No.92646

声を聞かせてよ

tubasaさん

短編です。
軽い気持ちで読んでください。

2009-08-31 18:18:30 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:930   閲覧ユーザー数:903

 

声を聞かせてよ(短編小説)

 

 

 ずっと……ずっと好きな人がいた……。

 

 あたしは、ただ見ることだけ。ずっと、あなたのことが好きだった。

 

 毎日、毎日。寝るときも、目覚めるときも。いつでもあなたのことを考えてた。

 

 そう、いつでも。だけど、その愛は叶わない。

 

 叶えれないんだ。

 

 何故なら、彼は――――

 

 

 

 

「……事故?」

 

 突然の出来事だった。

 

 あたしが世界で一番好きだった人が事故に遭ったのだ。

 

 それを聞いた瞬間、あたしの世界が灰色になった。

 

 だけど、灰色になった世界をあたしは変えようと必死になった。

 

 何故なら、彼があたしに言ったから。

 

 ―――迎えに行くから―――

 

 そう言ったからあたしは毎日、毎日。病院に寝たきりの彼を看病し続けた。

 

 「今日はりんご持ってきたよ」

 

 寝たきりの彼に一人、話しかける。

 

 もちろん、返事はない。それでも、続ける。

 

 「…あたしね、うさぎりんご作れるようになったんだよ」

 

 そう言ってみせると、りんごを取り出し果物ナイフで切っていく。

 

 「あ」

 

 りんごを切っていると手に刃が当たり、血が垂れてきた。

 

 「失敗しちゃったっ」

 

 笑顔で答える。もちろん彼は返事をしない。寝たきり。

 

 「今度こそうまく作ってるからね」

 

 私はそう言うと病室から出る。すると声が聞こえた。

 

 「前にいた205号室の男の子だけどー」

 

 「毎日見舞いに来て一人ごとは怖いよねー」

 

 「いないのにねぇ」

 

 看護婦さんたちがなにやら話していた。遠くからだったからよく聞こえなかったけどあまりいい会話じゃないようだから私は病院を出た。

 

 外の冷たい風が私の肌を凍らせるかのようになびく。

 

 身体が冷えてきたので、家に帰ることにした。

 

 

 

 ……

 

 ………あたしはまた、歩き出す。 

 

 灰色の世界に興味も意味も何もない……

 

 だけど、彼の言葉は私のモノだから。

 

 だから、あの言葉を信じるよ。

 

 

 夢から覚め、私はいつもどうりに病院に向かう。

 

 外はいつものように寒かった。ワッフルコートを身にまとい彼の病室まで出向く。

 

 もちろん、りんごと果物ナイフを持って。今度はうまくやれる。

 

 昨夜、私はうまく出来るまで徹夜したんだから……!!

 

 病院に辿り着き、205号室の病室に入る。

 

 「また、来たよ!!」

 

 元気よく入る。もちろん、返答はない。

 

 「今日こそ出来るようになったよっ!」

 

 明るく振る舞う。彼の隣にある椅子に座りバッグの中からりんごと果物ナイフを取り出す。

 

 「じゃあ行くよ」

 

 果物ナイフをりんごに向けて切っていく。

 

 シャ、シャ、シャ、シャ。

 

 りんごを切る音だけが病室に残る。

 

 「……ごめん。また失敗だよ」

 

 指から紅い血が流れる。

 

 「毎日出来ないってのも変だよね……」

 

 彼に返答はない。それでも続ける。

 

 「明日はうまくやってみせるから」

 

 

一日後。

 

 また歩き出す。

 

どんな光さえ指さない場所。

 

 それがここ。

 

 この病室。

 

 どんな彼方でも。

 

 どんな暗闇でも。

 

 あたしは希望を持ってここにくる。

 

「今日もね……りんご持ってきたの」

 

 そろそろ。

 

 終わりがきてもいいんじゃないかな……

 

 あたしはあなたがいるから“いる”だから。

 

 今ここに。終わりをさ……。

 

「……ねぇ返事して、よ」

 

 同じ言葉を繰り返す。

 

 何度も何度も声をかける。

 

 そして、私は彼の手を掴む。

 

 そう、それで彼が目を覚ますなら

 

 あたしは死んでもいい。なんだってする。

 

 だから、目を覚まして……!!

 

 

 

 ……

 

 ………手術が終わりあたしは彼を見ていた。

 

 「……」

 

 あたしの頬は涙で溢れてた。

 

 雨粒のような涙を。

 

 「さよなら」

 

 そう告げるとあたしは彼の”いた”ベットにうつ伏せる。

 

 彼は何も言わなかった。

 

 人形のように。

 

 無表情で。無垢で。無言で。

 

 あたしは絶望した。すべてに。この世界に。この大気に。何もかもに。

 

 だって、すべては偽りだったのだから。

 

 そんなことに気付けない。自分が創りだしたまやかし。現実を突き離すための。

 

 何もかも受け止めれない。受け止められなかった。

 

 そして、私は狂うようにいなくなった彼の病室に行く。

 

 それの繰り返し。そうすれば、いつの日か帰ってくると思って。

 

 だけど、そんな日は今日で終わり。

 

 今度はあたしから行くからね。待ってられないよ。

 

 「最初から……こうすれば……寂しい思いしなかったんじゃないかな?」

 

 何度も、何度も、何度も、何度も、話しかけた。

 

 それでも、返事はない。だったらもうすべて終わりにしよう。

 

 そう思うとあたしはバッグにある果物ナイフを取り出し彼の首筋へと突き付け横にスライドさせる。

 

 彼の首筋から濁流のように血が流れ出る。あたしの顔は彼の血でまみれる。隣にある鏡であたしの顔が映る。

 

 その顔が面白おかしくて笑った。

 

「あはっ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 もう、いいや。もう……。

 

 周りにいる人間はただの人形。

 

 そう、人形なんだ。誰も彼を助けてあげれない。助けてあげれるのはあたしだけ。

 

 あたしがいれば彼は楽しい。

 

 あたしがいれば彼は気持ちがいい。

 

 あたしがいれば彼は幸せ。

 

 あたしがいれば彼は寂しくない。

 

 あたしがいれば彼は恐くない。

 

 あたしがいれば彼は弱くない。

 

 あたしがいれば彼は強い。

 

 あたしがいれば彼は迷わない。

 

 あたしがいれば……。

 

 ああ、そうか。こんな灰色な世界はあたしたちの居るべき場所じゃないんだ。

 

 早くみんな殺して永遠の愛を手に入れるっ……。そう、そうすれば彼と永遠。

 

 永遠なんだ。

 

 あたしは病院を一気に駆け抜ける。

 

 もちろん彼の身体を引きずって。

 

 「ちかずかないでねぇっ!!!!」

 

 絶叫とともに果物ナイフを振り上げる。

 

 医師達が駆けつける。それでも、あたしは怯まない。

 

 彼を横に寝かし、あたしは立ち上がった。

 

 意を決したときに何やら声がした。

 

 ――――助け、て――――

 

 「えっ?」

 

 今の声って……。

 

 ――――助け、て――――

 

 彼の声っ……!!

 

 「痛いのっ!? ごめんねっ!! すぐ助けるからっっ!!」

 

 彼の身体を抱き寄せる。

 

 「すぐに楽にしてあげるから!!」

 

 あたしは彼の唇に朽ちずけをし、周りにいる人間を壊すことにした。

 

 大丈夫。彼のための世界を作るためならなんでもできる!!

 

 拳を握りしめ奥歯を強く咬み駆けた。

 

 数分後。

 

 人間どもを一掃し、どこかの病室に入り込む。

 

 あたしは彼をベッドの上に寝かしその上にあたしが乗る。

 

 つまり、馬乗り状態だ。

 

 血だらけの手を彼の頬に置く。彼は意識がなくなる寸前だった。

 

 あたしがもっと、うまくやれれば……。

 

 「汚いね……ごめんねっ!」

 

 よく見ると服まで血でまみれていた。

 

 「今、脱ぐから……」

 

 ワッフルコートを脱ごうとした。でも……

 

 「あ、でも恥ずかしいな……」

 

 「ごめんねっ。今楽にするからねっ」

 

 果物ナイフを彼の腕を突き刺す。

  

 ―――痛い、痛い、痛い、―――

 

 彼の声が何度も、何度も聞こえた。

 

 だから。

 

 その声が聞きたくて。

 

 「アハハっ、もうちょっと待ってねっ」

 

 果物ナイフをもう一度、彼の肌を滑らせる。

 

 ―――殺せ、殺せ、殺せ―――

 

 アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!

 

 楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい!!!!

 

 もっと聞きたい……。

 

 もっともっともっと!!!!

 

 「もう少し待ってねっ!!」

 

 

 

 ……

 

 ………ああ。

 

 灰色の世界が一瞬で紅一色になったよ。

 

 さよなら。

 

 これであたしの出来ることは終わったよ。

 

 これで、二人。永遠だね。

 

 あたしは最後果物ナイフを突き立て――――

 

 ごめんね。ただ、あたしは一緒に居たかっただけんだ。

 

 君と一緒にこの灰色の世界に居るよりも二人の世界でさ。

 

 

End

 

 

 
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