~鋼都ルーレ 上層~
アスベルが言い放った言葉、それを聞いたフィーの第一声は意外にもアスベルの予想を超えていた。
「非常識でぶっ飛んでる、と言いたいところだけれど……冗談とも思えないね」
「おや、意外……というか、フィーも経験してるんだよな」
「あの場所や二年前のあれを経験したら、アスベルの言いたかったとこも腑に落ちなくはないかなって」
二年前の<百日事変>、その後の<影の国>絡みも経験している以上、非常識なことに対して少し耐性が付いたと述べた。そもそも自らの育ての親自体が非常識の塊みたいなものなので、それがさらに増えたぐらいと付け加えた。
「でも、根拠はあるの?」
「まぁ、一応は。これに関しては、下手すればリベールも巻き込まれかねない案件だけにな」
過去に帝国で起きたとされる事件……それらを紐解くためのキーパーソンには会えていないが、もしこれまでの流れから推測した場合、数年以内に最悪の事態にまで発展する恐れがあるだけに予断を許さない状況だ。なぜここまで把握できているのかというと、アスベルが転生の際に受け取った“特典”が大きく関係する。とはいえ、それを大っぴらにすれば確実にリベールが戦渦に巻き込まれることを意味するため、自身の大切な人らにも伝えていない。
「最悪、この国だけじゃなくゼムリア大陸……いや、この世界そのものが崩壊する危険がある。あの質問でも流石に突拍子なかったかな」
「やってることはアスベルの危惧していることそのものかもしれないけどね……そろそろもどろっか?」
「だな。上手く取り成してくれてることを祈りたいが」
一個人という表現ならば正しいだろうが、“かの御仁”に関しては何というか『人間として生きている気配』を全く感じなかったことに一番疑問を浮かべていた。アスベルはこの疑問を頭の片隅に置きつつ、フィーとRF本社ビルへと戻っていった。
~ラインフォルト本社ビル24F ペントハウス~
二人がエレベーターを降りると、扉の前には笑顔を浮かべるメイド―――サクヤがいた。彼女は二人の姿を見つけると軽く会釈をした。
「お帰りなさいませ、アスベル様にフィー様」
「サクヤさん、待ってくれていたのですか?」
「いえ、シャロンさんから『そろそろ帰ってくるころだと思いますので、出迎えをお願いします』と仰せつかったものですから」
「……なんというか、流石だよね」
「今更だけれどな」
ともあれ、ペントハウスに戻ってきたアスベルとフィーが目にした光景は……一言で言い表せないような有様であった。
「これ、どういう状況?」
「えと、サクヤさん。俺ら明日も実習があるんですけれど……」
「すみません、ああなった会長を無理に止めると私らが潰されるまで飲みますので」
転がっているものはおそらく酒類の瓶や缶。そして、床に横になっていたりソファーで眠っているものなど様々。眠っているのはアスベルとフィー以外のA班の面々に間違いなかった。そして、ケロリとした表情でワイン片手に寛ぐイリーナの姿に何があったのかを凡そながら察した。
「あら、お帰りなさい。有意義な情報交換はできたかしら?」
「察されてるね」
「ええ、お陰様で……というか、これどうするんですか……」
このまま酔いが抜けきらなくて二日酔いされたら困る他ない……と思い、軽く酔い覚ましの処置を施した。とはいえ、個人差が出る処置なので午前中は動けなくなる公算が高い。明日の課題はアスベルとフィー、それに動ける面子で組むことになりそうだ。
(…そうだ。事のついでに、こっちも処置してしまうか)
酔い覚ましの処置のついでに、うつ伏せで眠っているリィンの背に手を置いて特殊な術を施す。服の上からでは解りづらいが、彼の背中に特殊な紋章が浮かび上がる形となった。
(“光”となるか“闇”となるかはお前次第だ。七の型を教わったということは、師父は本気で期待しているのだろうな、此奴に)
アスベルに目録の一切を任せたということは、とどのつまりそういうことなのだろう。それは十二年前に八葉一刀流を習得したときに理解している。ともあれ、リィンを初めとしたA班の面々をベッドに寝かしつけた後、先に寝ると言ったフィーを見送って、アスベルはイリーナと向き合う形でソファーに座った。するとグラスを差し出されたので受け取り、ワインを注がれる。
「まさか実娘に酒を飲ませるとは大胆な手に出ましたね……これは、グラン・シャリネですか」
「ええ、正解よ。素直じゃないあの子だから、本音を吐かせるにはこれぐらいしないとダメだと思ったのよ」
「俺はともかくとして、未成年相手にはやめましょうよ」
酒を嗜んでいる父親の影響というべきか……一度地元のギルドの受付の女性と飲んだ時には、自分と受付以外酔いつぶれていたことがあった。とはいえ、そこまで酒を飲みたいとも思わないのだが。
「……その様子だと、いろいろ聞きたそうね」
「ええ。ですが、その表情で凡その答えは理解できました。……いいんですね?」
「最悪の場合はお願いすることになるわね……できれば、簀巻きでお願い」
何処で誰が聞いているかわからない以上、具体的なことをぼかしたイリーナとアスベルの会話。その意味が解るのは当人たちだけであった。
その翌日、遅めでもよかったのだが朝早く目が覚めたアスベルは一人、ビルの屋上で座禅を組み、静かに集中していた。流石にノルドや自らの故郷ほどではないが、工業都市らしからぬ澄んだ空気を感じていた。すると、背後から近づいてくる気配を察し、言葉を発する。
「シャロンさんですか」
「あら、気配は消していたのですが流石ですね」
「それほどでも。で、他のA班の面子はまだ寝てますよね?」
「ええ。差し入れのサンドイッチです。朝食までの小腹埋めにと思いまして」
「ありがたくいただきます」
シャロンからの差し入れを手早く食す。彼女がその場を去るとアスベルは鞘に納めていた太刀を抜き、周囲に誰もいないことを確認したうえで振るい始めた。その太刀筋から音は聞こえず、傍から見ればただ立っている彼の姿にしか見えないことだろう。そうして20分ぐらいたった頃、彼の持っているオーブメントの着信音が鳴り、それを手に取った。
「アスベル・フォストレイトです」
『おお、起きていたか』
「朝早いですね、こんな時間に連絡とは。ひょっとして、先日の『カペル』絡みの件ですか?」
『ああ。お前も無関係でない以上伝えるべきだと思ってな』
先日、ZCFの中央演算装置である『カペル』のコア部分の窃盗未遂があった。偶然その場にいた<天剣>のお陰で事なきを得たが、その犯人はZCFで働いていた職員……身分を偽装していたことも判明していた。さらに調べを進めた結果<北の猟兵>の一員だということも判明した。
『ノーザンブリア自治州に対し、自治権信託無効化の通告書を遊撃士協会を通じて送付した。この旨はレミフェリア・アルテリア両国に事前通達し、了解を得ている。連中がエレボニア帝国の貴族派と通じている情報もあるので、気をつけてくれ』
「ありがとうございます……中将、オズボーン宰相が動けば貴族派も本格的な軍事行動に移る公算が高いです。恐らく、リベールも将来的に無関係とは言えなくなるでしょう」
『解った。陛下や殿下には俺から確実に伝えておこう』
「お願いします」
通信を切ると、アスベルは一息吐いた。そこで気になることを考え込んだ。
(いくら人間離れしているとはいえ、『超常的な力での蘇生』でないと復活などできはしない……最初から人間を辞めていない限りにおいて……『最初から』……)
残り少ない“原作”の記憶ととある古代遺物に記載された事柄を照らし合わせたアスベルは一つの仮説に辿り着く。もし、彼がそうであるならば『彼女』が生きている説明にもなる。心臓が機能不全になれば外部からの補助がない限り如何なる生物は死に至る……それを補う存在を既に有しているのならば、生き続けることは可能になる。
(……今は、この実習を無事に終わらせることを考えよう)
静かに昇る日……実習二日目の朝を迎えた。
「で、案の定こうなったか」
「ゴ、ゴメン、アスベル……あいたた……」
「酔い覚ましは飲ませたから、午前中は休んでもらおっか」
「で、現状動けるのは俺とフィー、セリカにステラだけか」
「そうなると、リーダーはアスベルになりますね」
「……まぁ、そうなるよな」
今の様子なら昼前までに回復するだろう。2日目の課題については夕方までとは言っていたが、どの課題もそこまで手のかかるものではなさそうなので、一気にこなすこととした。
「というか、アリサだけだったら残って面倒見たかったんだがな」
「そういうところは優しいですよね」
今更愚痴を言っていられないので、四人はテキパキと課題をこなしていく。休職中とはいえ現役遊撃士主導で動いたおかげか、渡された課題は
「よし、これでクリアだな」
「だね」
「いつもはサポートのアスベルとセリカが前衛に立っていますからね」
「あはは……でも、私らが前に出たら成長してくれないから」
圧倒するのは簡単だが、それではほかの面々の成長も見込めない。だからこそ積極的にいろんな人々の教導に手を貸していたりする。手配魔獣の討伐報告のために街に戻ると、騒ぎが起きていた。そして火の勢いで一斉に吹き飛ぶ窓ガラス。工場から火の手が上がっていた。逃げてきた人の証言だと、人形仕掛けの魔獣が突然工場内に入り込んできたと述べた。
「くそ、あの中にはまだ仲間が!」
「……時間が惜しい。三人とも、協力してくれるか?」
「無論です」
「おい、君たち。まさかあの中に!? 鉄道憲兵隊や領邦軍を待ってからでも……」
「いつ来るかわからないものを当てにするわけにはいきません。貴方方は避難をお願いします」
「すまない、お願いする!」
急いで中の区画に突入すると、大型の人形兵器が取り残されていた工員らを追い詰めていた。兵器のターゲッティングを逸らすため、アスベルは一気に加速した。
「せいやっ!!」
その人たちで兵器を怯ませ、間髪入れずにフィーがフラッシュグレネードを投げつけて相手の視界を晦ませる。
「あんたたちは……」
「細かい話はあとです。早く避難を! これはこちらで引きつけます!」
「すまない、くれぐれも無茶はしないでくれ!!」
工員らが無事に入口まで逃げていくのを見届けると、アスベルは息を吐き……一気に加速してキャノン砲らしきパーツを両断する。それを見たセリカは一気に駆け出して大剣を構える。
「はあああああっ!!!」
振るわれた剣は人形兵器の右腕を両断、フィーとステラも的確に関節部へのダメージを与えている。ここで手を緩めるのは悪手……アスベルとセリカは互いに目線でコンタクトを取り頷く。
「一の型“烈火”が極式―――“素戔嗚”」
「破邪、顕正!!」
超常に足りうる破壊力を持った二発の剣戟……それに耐えられるモノなどなし。大型人形兵器は完膚なきまでに破壊され、二人は武器を納めた。すると、そのタイミングを計ったかのようにクレア大尉が隊員を連れて姿を見せた。
「これは……一応感謝しておきます。あとは我々が受け持ちますので、外に退避してください」
「しかし…」
「忘れてないか? ここまで火の手が上がっていないとはいえ火事の中だからな……お願いできますか?」
「ええ、理解が早くて助かります」
こういった工場のどこに軍事的な機密が隠れているか解らないということなのだろう。ひとまず四人は工場の外へと出た。
「セリカの剣筋は久々に見たけど、キレ増してない?」
「暇があれば鍛錬したり、アスベルに手合わせしてもらってましたから。まだ一本も取れたことないですが」
「……アスベルって人間?」
「なぜに疑問形なんだよ……真っ当に人間やってますよ、俺は」
すると、そこにある程度の処理が済んだのかクレア大尉がアスベルらのもとにやってきた。ふと、クレアは不思議な様子でアスベルらを見つめていた。
「? 何か気になることでも?」
「ああ、いえ。昨日姿を見かけたときはもう少しいたはずですが、別行動ですか?」
「まぁ、そんなところです。何か掴めましたか?」
「はい」
聞ける範囲内だと、あの兵器が入っていたコンテナは三か月前に運び込まれたものであるらしい。となると、段取り自体は数か月前から進められていたものであると判断できる。そして、この程度鎮圧できる代物であり、幹部クラスが誰一人もいなかったとなれば、
「囮、ですかね」
「えっ……っ!? そういえば領邦軍のほうは」
「た、大変です大尉!!」
隊員がクレア大尉にザクセン鉄鉱山がテロリストの占拠されたとの情報が入り、速やかに部隊の集結を指示してその場を後にしようとした際、アスベルに小声で呟いた。
(―――ここから先は危険です。速やかに切り上げて避難することを望みます)
要は釘差しともいえる言葉を投げかけていった。その様子にセリカがジト目でアスベルを睨んでいたことに、周囲に冷や汗が流れた。
「……そろそろリィンらも回復して動けるようになってるだろう。ひとまずA班全員で話し合うぞ」
「まぁ、そういう流れになりますね。私としては到底看過できませんが」
「右に同じく、ですね」
「そうなっちゃうよね。ま、私も彼のことは気になるから賛成だけれど」
どう動くにしてもA班全員で話し合うのが先決と判断し、アスベルらは一路ラインフォルト本社ビルへと向かう。
いろいろ考えましたが、割り切ります(ぇ
事細かに記載してなかった部分を用いて整合性取る形に持っていく予定です。でないともし仮にⅢ編書くとしたらもろ影響受けそうな面子しかいねぇ……
今回はアスベルメインに書いてみましたが、戦闘シーンが虐殺シーンにしかならなかったため、大幅に端折りました。手配魔獣ェ… というか、まともに戦闘させようとしたら<使徒>とか<執行者>クラスになりますしおすし
<偽予告>
C「アンゼリカ・ログナー。君の噂は聞いている。街中の女性を悉く落とし、ついた異名は『乙女喰い』」
アンゼリカ「おいおい、人を化け物みたいに言わないでくれ……こい、<テスタ=ロッサ>!!」
ログナー侯爵「娘が人間を辞めたようです……辛いとです」
イリーナ「面倒だから爆発オチでいいかしら?」
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第106話 表と裏と帝国の未来へ