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呂北伝~真紅の旗に集う者~ 第004話

こんにち"は"。
先日、人生で初めてスマホの画面を割ってしまいました。
泣きたい気持ちを抑えつつ、ちょうどiphone8が出ることを知っていたので、ついでに変えてきました。まだまだ使おうと思っていたのにと思っていた矢先のことですので、新機種の嬉しさはあまり感じれていませんでしたが、私は元気です(泣)

さて、今回より各キャラの過去回を書いていきたいと思いまして、一発目は郷里です。

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2017-09-26 22:47:23 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2406   閲覧ユーザー数:2204

呂北伝~真紅の旗に集う者~ 第004話「郷里」

郷里が一刀と出会ったのは、5年前のことである。その当時一刀は養父丁原の代行として扶風を統治したてで、まだそれほど有能な人材なども集まっていなかった。内政関連の管理は一刀、軍事関連の管理は愛華(メイファ)がそれぞれ一手に引き受けている時である。いくら統治者の子息であろうと、それにあぐらをかいていればいずれ領民の心は離れてしまう。自らの立場を確かなものとするために、一刀は必死に働いた。だがそんな時にちょっとした事件が起きてしまう。季節は夏。愛華が夏風邪をこじらせてしまったのだ。

「......離しなさい、恋。......私は行くの……」

「ダメ。お姉ちゃん、まだ治っていない。キチンと治す。寝ないとダメ」

寝室にて乱れた寝間着姿の愛華が恋に抑えられていた、何時もの整えられた美しい黒髪も風呂に入れていない為に”ふけ”が出ており、肌も擦れば乾いた汗から出る塩が零れるほどであった。現状の扶風を知っているだけに、彼女は寝室でおちおち休んでもいられなかった。風邪で力制限が上手くいかなく、また当時10歳にしては、大人以上の腕力があるその小さな体を振りほどいて起き上がるのにも抵抗があった。

「やれやれ、まだ駄々を捏ねているのか?」

寝室に一人の青年が入ってくる。扶風の統治者であり、愛華の主である一刀である。

「......一刀。私は大丈夫だ...から…...。働...け...る......から……」

言葉たどたどしく喋る愛華に対し、主であり幼馴染でもある一刀は小さく笑って、寝具の上で無理に体を起こそうとする愛華の頭にそっと手を置いた。男性特有の冷えた掌が、熱くなった頭になんとも心地よい感触を与え、愛華の焦る気持ちを落ち着かせた。

「いいから休め。体調管理も仕事の一つだ。早く治して仕事に復帰してくれ」

それから一刀は小さく鼻歌を歌い、それがなんとも心地よい子守歌へと聞こえ、愛華をいつの間にか夢の世界に誘っていた。しかしその世界に誘われていたのは一人だけではなかった。

「恋。起きろ」

「.........寝てない」

いつの間にやら、恋の体も船を漕いでいたようであり、ハッとした表情で一刀に向き直っていた。

「恋。お前の仕事はなんだ?」

「......じじょのお姉さんの言うことを聞いて、お姉ちゃんの頭の布を換えてあげること。......お着替えの時に、お姉ちゃんの体を拭いて...あげること。......じじょ?の作ったご飯を食べさせ......てあげること?」

言葉が連なるにつれて徐々に語尾が弱くなってきた恋であるが、一刀はそれに頷いた。

「それじゃあ、任せたぞ。恋」

「ん。任された」

親指を立てて去ろうとした一刀に恋も親指を立てて返す。

「......病食まで食べるなよ?」

「...............食べない」

大きな間を置いて、恋は俯きながら応える。よく食べる妹の性格の行動に釘を指しておく。無論そんな妹のことをよく知っているため、病食の用意と共に恋用のつまみも用意している。

「さて.........どれから手を付けるか......」

一刀は腕組をしながら廊下を歩き、考えをまとめていた。

警邏、政務、軍事などなど、どれを置いても明日に引き延ばせない案件ばかりであった。この様な事態を想定していなかったわけではない。っが、如何せん、陥ってみると、自らの陣営の将不足は本当に痛々しく感じた。

一刀は大まかな指示を城に詰めている文官に与え、自らは兵の調練を行なった。朝には調練を終わらせると、その流れで兵たちを連れ警邏を行ない、そして夕方に文官に与えた仕事の確認を終え、夕飯を終え次第自らが目を通すべく案件を終わらせる予定である。統治を引き継いだ若手領主として、仕事に手を抜くことは出来なかった。その過程を流れ通り進め、文官が帰った夕暮れ時。一刀はここから自らの領主としての仕事に移れる筈であった。だが季節は夏であり、如何な夕暮れ時と言えど残暑が残る時間帯であり、一刀は襟元を引っ張り蒸れた首筋に空気を送り込む。首元に新しい空気が入り込み、一時の涼しさを手に入れることが出来るが、それと同時に一刀は激しい喉の渇きに苛まれた。文官の案件は一通り確認を終えている。

食堂に向かい湯を持ってきて茶を点て一息入れようと思った時、政務室の扉より乾いた音が聞こえてきた。

「呂北様。茶をお持ちしました」

あたかも見計らったかの様な声に自然に警戒してしまうのだが、しかし聞こえてきた声が聞いたことある声であるので、彼は入室を許可した。

「お疲れ様でございました。不躾かとも思いましたが、少し一息入れてください」

入ってきた少女は、やはり自らが見知った人物でもあった。

彼女は臧覇(ぞうは)、字を宣高(せんこう)といい、呂北に仕える兵士の一人であった。元は兗州泰山郡華県の出身であるが、厳格な父親の「可愛い子には旅をさせよ」の言葉で、12の時に家を出された。女子の一人旅は何かと物騒かと思いきや、これまた厳格の父親の武の教えにて腕はよくたっていた為襲われる心配は無かった。

各地の領主に食客として働かせてもらい、路銀を集め全国を旅する予定であったが、12の少女ということもあり、侮られ望んだ働き口は見つからず、色々手を尽くし路銀を集めるも、半年後、とうとう旅の資金が尽きかけた時にこの扶風にやってきた。とりあえずまずは路銀を稼ぐために背に腹は代えられぬと思い、一般兵の募集を受けると見事に受かった。そして半年後、普通の一般兵よりはまだ教養があった為に、一つの隊の隊長にまでは出世出来たが、それで満足する彼女では無かった。自らの非番の日は城の掃除や雑務などを行ない、給金がでればそれをコツコツ為、それで兵法書を買い、苦手な勉学にも励んだ。そんな中、一部の者を除き、城の者達が帰宅し、自らは何時もの様に雑務を行なっていると、執務室にてただ一人残る自らの雇い主の姿を見つけた。

雇い主である呂北は、僅かに汗を垂らしながらも、木簡に筆を走らせて未だに政務に励んでいた。

現在呂北の副官である高順は病気のため療養中である。その高順の仕事を受け持ち、朝には自分達を率いて軍務を行ない、夕方には内政を行ない、朝から晩まで仕事に手を抜かない呂北の姿勢に、臧覇は感銘を受けていた。何か手助けは出来ないかと思ったが、自らはただの一部隊を仕切る兵に過ぎず、内政を手伝えるかと聞かれれば否であった。少しでも役に立ちたいと思った臧覇の取った行動は、食堂に行き茶を点てることであった。父親より生きるための最低限の教育を受けている為に、普通に茶の点てることは造作も無かった。決して名人ほど上手く点てられるわけでは無かったが、そんな臧覇には秘策があったのだ。

臧覇は三つの急須を持って室内に入った。それに対し呂北は仕事に追われている為に、臧覇の入室を許可してからは、彼女の姿を視覚に捉えることなく仕事を続けた。臧覇は一つの急須を手に取り、湯呑に茶を注ぎ淹れると、そっと呂北の左隣に置いた。呂北は別段猫舌というわけでは無いために、右手は筆を走らせながらも、左手でそのまま湯呑を取る。切羽詰まっているのか、勢いそのままに湯呑に口を付けた瞬間、呂北の右手の動きが止まった。視線は飲みかけていた湯呑を持つ左手に向けられ、視線そのままに右手に持つ筆をそのまま硯の上に置いた。

そして腕組をしながらも椅子に背中を預けなおし、一気に湯呑の茶を煽った。

「......もう一杯」

この時初めて呂北は臧覇を視覚に捉え、彼女は自身を見つめる主の眼光に一瞬たじろぐも、再び湯呑に茶を淹れなおした。

「......もう一杯」

再び呂北が茶を煽り臧覇に催促を促すと、次に彼女が持ち出した急須は真ん中の物であった。湯呑に注がれた茶は僅かに湯気が立ち昇っていた。これを呂北がまた二杯ほど一気に煽り、一つ息を吐いて少し目を瞑る。

「......もう一杯」

少し間を置き臧覇に茶を催促すると、彼女はまた急須を変えて、注がれる茶から遠目でも判る程立ち昇る湯気を出し、今度は熱い茶が湯呑を満たした。

呂北はその茶をゆっくりと味わいながら飲み、やがて飲み終えると臧覇に問うた。

「......確か君は……」

「はい。主の兵の一部隊を任せていただいております、臧覇と申します」

「だったら聞く。お前、茶を点てることが出来るということは、それなりの教育を受けているだろう?点て方の順序を知らぬ訳ではないだろう?何故初めに温めの茶を出した」

「それは、この時期を考えてのことであります」

「ほう」

「現在、いくら夕方と言えど、残暑しつこく残り、喉には大変な負担がかかります。いくら気持ちと喉を潤す為に茶を煽っても、ゆっくり飲まなければならない為にそれは微々たる物になります。なれば最初に直ぐに飲みやすい茶を用意し喉を潤していただき、そして喉への負担を考え少し温めの茶を用意しました。そして完全に喉が潤ったことを確認した後、熱い茶にて気持ちを落ち着かせていただこうと思いました。」

「なるほど。立て続けに5杯の茶を飲ませて、相手が水っ腹になるとは考えなかったのか?」

「それは問題ありません」

「何故だ?」

「主は本日明朝より政務に励んでおられます。高順様の後埋めをなさる為に。恐らくご昼食も簡潔に済まされたのではございませんか?さらに言えばこの暑さです。とても一杯や二杯の茶で喉が潤いきるとも限りません。なればこそです......」

臧覇の持論に納得したかの様に呂北は頷くと、彼はまた臧覇に命じた。

「臧覇。今から墨汁を作り続けろ。そして手が空いている間は、この部屋の整理を続けろ」

呂北の命令に臧覇ははっきりとした返事を返すと、彼女はまた一杯の茶を淹れた次に、隣の机にて硯の上で砥石を擦らせ追加の墨汁を作り続けた。十分な量が出来次第彼女は既に済んだ木簡などを集めながら、部屋の片づけを始め、墨が無くなれば作り、出来ればまた片づけを再開するなどの動作を繰り返していき、夕日が落ち、呂北が全ての政務を終える頃には、部屋は呂北が今日初めて入った時より綺麗に整えられていた。

「主、お疲れさまでした」

現在呂北は窓を空けて、その窓に向かって煙管で煙を吹かせていた。

「それでは主失礼します」

「.........待て」

臧覇が帰ろうとした瞬間、呂北が彼女を呼び止めた。

「臧覇、最後に湯浴みをしたのはいつだ?」

「湯浴み......ですか......?」

扶風の領内には湯に浸かれる場所が二つだけある。それは街中の公共の場として設けられた湯浴み場と、城の湯浴み場である。公共の湯浴み場は男女共に分かれているわけでは無く、また城の湯浴み場も、湯を張る為にはそれなりの金がかかる為に三日に一度しか開放していない。さらにさらに城の湯浴み場も男女共に分かれてはいないが、男が使える日、女が使える日と分かれており、実質的に城の湯浴みを使おうとすれば6日に一度しかチャンスが無いのだ。またさらにさらに、隊長と言えど、臧覇の様な下級兵が湯浴みを使える機会など滅多にあるわけでもなく、臧覇も使用できた数は片手で数えてもお釣りが来るほどであった。その使用できた日も、ゆっくり浸かれたわけでもなく、軽く体を漬ける程度の短い時間であった。それでも女性であるために、毎日体を拭くことを忘れた訳でもなかったので、臭いはないと思いながらも、呂北の問いを聞いた瞬間、背中を向けている主を他所に、小さく自分の体を匂った。呂北はまた一つ煙を吐いて、言葉を続けた。

「今日は女の湯浴み開放日だ。今の時間帯なら誰も入っている者もいないだろう。褒美だ。ゆっくり浸かっていけ」

「......え?でも、開放時間が……」

「俺が許可したと番頭に言っとけ。なんか言ってきたら俺に言いに来い」

「で、ですが......」

「くどいぞ。......早く行け」

また煙を吹かし始めた呂北に臧覇は遠慮しながらもそのまま一つ礼を言って、部屋を出ていった。

 「ふあぁ、やっぱり大きい」

小さな布で体を隠しながら、12の少女にしては発達した胸部を抑え、恐る恐る臧覇は入っていった。湯を使うために、毎日の体の垢落としでは落とせない垢をしっかり落として肌の輪郭を丸くさせてから、一つ湯を被った後に彼女は湯船に浸かった。

数度か入っていない、ましてや漬ける程度の湯浴みで体験出来ない心地よい感覚と開放感に快楽を覚えながらも、臧覇はゆったりと湯浴みを堪能した。

「それにしてもホントに大きな湯浴み場よね。いったいどれだけのお金が使われたのかな?」

臧覇は別段守銭奴というわけでは無い。だが金銭を切り詰める浪人生活の中で、自然と金銭に対しては敏感になり、過剰な金がかかったものなどを見ると、遂自分の中で価値を決めたくなってしまうのだ。

「そういえば、呂北様、煙草を吸っていたな......。ホントに美味しいの?」

母親無く、男手一つで育てられた臧覇は、いつも父親の背中を見て育った。そんな彼女の父親は一日の終わりには必ずと言っていいほど葉巻を吸っていたのだ。主である呂北は窓を空け換気をして煙を吹かせていたが、父親にはそんな気遣いはなく、いつも父親の部屋は煙を吹かせた匂いが立ち込め、故郷での一日の始まりは、必ずしもと言っていいほど父親の部屋の換気であった。「煙草は良くない」と反論しようものであれば、必ず葉巻と煙草の違いを熱く語っては話しを濁らせていた記憶は昨日のことの様に思い出した。

主である呂北に父親を重ね合わせながら、故郷のことを思い出し湯に浸かる臧覇。やがて湯から上がり、臧覇は呂北に一つ礼を言ってから兵の借家に戻っていった。湯に浸かった影響か、その日は心身ともにスッキリさせて、そのまま夢の世界に入っていった。

 


 
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