許子将に言われた言葉。
大局に逆らえば、待ち受けるは身の破滅。
その言葉通りに、北郷一刀はこの世界から消えようとしていた。
一刀は華琳と2人で最後の時を過ごす。
月明かりに照らされて、2人は言葉を交わす。
目を閉じれば、瞼に浮かぶ思い出の数々。
懐かしみながら、初めて出会った日から、今日に至るまでを語りあう。
でも、2人の会話は長く続くことはない。
一刀の体は世界に解けるように、徐々に薄れていく。
「どうしても……逝くの?」
華琳は一刀に背を向けて、内に秘めた感情を隠しながら一刀に尋ねる。
「ああ……もう終わりみたいだからね……」
一刀も、自分がどうなるかわかっているからこそ、普段通りを装う。
2人だけの時間。2人だけの世界。
──別れの時。
「ああ! 一刀の体が透き通ってる?」
それを邪魔する春蘭の声。
春蘭だけではない。
秋蘭に桂花、季衣等、魏の面々に加え張三姉妹までもが2人の世界に乱入してきた。
「華琳さま、一体これは?」
桂花は一刀を指さしながら華琳に尋ねる。
華琳は2人の世界を壊され、苛立ちを覚えたが、耐えて逆に聞き返す。
「あなた達、大勢で来て一体何の用かしら?」
華琳の問いに答えぬ訳にもいかず、代表して秋蘭が華琳に報告する。
「はっ。戦時中でしたので申しておりませんでしたが、戦争が終わった今が報告の機会かと思い、一刀と華琳さまに報告せねばならぬことがございます」
「何かしら?」
「ここにいる者皆、一刀の子を身籠っております。」
「「なっ?」」
驚きの声を上げたのは、勿論一刀と華琳。
余りに予想外の爆弾発言であった。
「秋蘭、それは本当のことなの?」
念の為、確認を取る華琳。
しかし、秋蘭がそんな冗談を言う筈もなく、
「大陸一の医師である華佗の診断ですので間違いないかと」
一刀の子を身籠ったことは嘘偽りのないことであった。
「ところで華琳さま。何故一刀は体が透き通っているのでしょうか?」
「役目を終えて、この世界から消えようとしているのよ」
華琳は頭を押さえながら答える。
それを聞いた面々が一刀に詰め寄る。
当然だ。
父となる筈の人物が、子が日の目を見る前にいなくなろうとしているのだから。
しかし、彼女らを遮り、華琳がゆらりと、一刀の前に出る。
「どういうことかしら、一刀……」
低い声が、とても恐ろしく、一刀は思わず華琳と距離を取る。
「どういうことって言われても、こればっかりは確率の問題で……」
「やることやっているのに、どうして私だけ懐妊しないのよ!」
「ちょっ、華琳? 何てこと言い出すんだよ」
華琳に詰め寄られている間にも、一刀の体はどんどん薄くなっていく。
「……恨んでやるから」
「ははっ、それはまじで怖いんですけど……」
「……逝かないで」
「ごめんよ……華琳」
「……一刀」
「さよなら……愛していたよ、華琳──────」
その言葉を最後に一刀は世界から消えた。
「…………一刀?」
華琳はその場に崩れ落ち、膝をついた。
「一刀……? 一刀……!」
いなくなった者の名前を呼び続ける華琳。
周りにいた者は誰一人として、口を挟むことはできなかった。
「ばかぁ……っ! ホントに消えるなんて……なんで、私だけ子を授けてくれないの……っ!」
そこにいるのは、誇り高き王なのではなく、
「ばか……ぁ……!」
ただ一人の寂しがり屋の少女だった。
──月明かりの下、少女は泣き続けた。
──自分だけ、懐妊しなかったことを悲しみながら……。
≪了≫
あとがき
応援メッセージが届いてるそうなので、確認しようとしたら見習いは使用できませんとのことで、急遽書かせて頂きました。
念の為、「母に語りて」とは一切関係ありません。
ただの一発ネタです。
多少端折っていますが、3ページ目は可能な限り魏エンドに合わせています。
やることやってんだから呉エンドみたいな状況になっても、可笑しくないはず。
一刀いないけどねぇ。
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今日の魏は祭り騒ぎどころの話ではなく。