第二十四話 すれちがい
ここは汜水関内部。いよいよ連合軍との決戦が始まる。だが、汜水関を守る董卓軍、袁術軍の士気は決して高くなどは無かった。
「こらこら!あんたら何ちんたら動いってんねん!」
霞が兵士たちに渇を入れるがあまり効果は無かった。それもそのはずだろう。相手は自分たちの兵力の十倍もの相手だ。対峙するだけでものすごい恐怖感を感じるはずだ。大義は我らにあると頭では理解しているものの、死に対する恐怖は簡単にぬぐう事は出来ないだろう。人は大義のみでは生きられないのだから。
さらに追い打ちをかけるように、ここ最近、両軍に変なうわさが流れていた。同盟関係にあった孫策軍が連合軍の劉備と結託してこの汜水関を攻め落とそうとしていると。
董卓軍はともかく、袁術軍の混乱はとても大きかった。彼らの中には孫策軍に入っていたものもいるし、雪蓮に対して憧れをもっている者も少なくない。そんな孫策軍が自分たちを攻めようとしている。冷静にはなれるはずがない。
「やはりあいつはそういう奴なんだ!大義はこちらにあるというのに状況を見て寝返るとは!」
「少し落ち着きい。何も噂が本当とは限らへん。うちはあの孫策が一刀たちを本当に討とうとしているとはとても思えへんのや!」
「お前は奴を何も知らんからそんな事が言えるのだ!孫策は冷酷な女だ。敵には容赦や情けをかけたりなんかしない!」
冷静で無かったのは何も兵士だけでは無かった。華雄もまた冷静では無かった。彼女は怒っているのだ。一刀たちに忠誠を誓っていながら、自分たちを裏切った事に。
華雄は心のどこかで雪蓮の事を認めていた。憧れていたと言っても良いかもしれない。王でありながら自ら先陣に立ち、兵たちを引きいる姿はまさに圧巻と言えただろう。自分もあのような立派な武人になりたい。そのように思っていた。
雪蓮は自分の武を馬鹿にした。あの時は腹が立って仕方が無かったが一刀が抑えてくれた。雪蓮も過去の事は水に流そうと言ってくれた。自分もそれを良しとした。これからは一刀たちの元、共に武を競おう。共に一刀たちのために武を使おう。そう思っていた。
だが、雪蓮は裏切った。
大義を忘れ、利に走ったのだ。
許せるはずが無いだろう。一刀たちに忠誠を誓いながら。あんなに一刀が………いや、一刀だけではない。董卓様も袁術様も信用していたのに。
なのに裏切った。自分たちの信頼を裏切ったのだ。
「………雄!」
「………え?」
「華雄!」
「あ……な、なんだ?張遼。」
華雄は呆けていた。霞の声にようやく気付いたのだ。
「なんだ?……じゃあらへん。本当に大丈夫なんか?」
「……あ、ああ、もちろんだ!」
ちっとも大丈夫そうには見えなかったが霞は何も咎めなかった。この汜水関には無駄に使える兵力がいないのだ。だから、将である華雄には風邪をひいていても、怪我をしていても絶対に戦場に出て貰わなければ困るのだ。少しくらいの心労で士気を落とされては困る。
「それなら良いんやけど………」
「……なんだ?」
少し言葉を濁している霞が気になった。
「華雄、うち等の目的は時間稼ぎや。」
「ああ、そうだな。」
「そうや。だから………その………」
華雄は霞が何を言いたいのか少し分かっていた。
「大丈夫だ張遼。討って出たりなんかしない。」
「………ほんまか?」
「当たり前だろう。それに一刀様とも約束したのだから。」
「それなら良いんやけど………」
「大丈夫だ。……そろそろ敵が来る。行こうか。」
「あ、ああ!もちろんや!」
華雄は思いのほか冷静だった。だが、霞は不安でならなかった。本当に嫌な予感がする。自分の勘は良く当たる方だと思っている。今だけはこの勘が当たりませんように願った。
連合軍 雪蓮、劉備side
「さてと、それじゃ行こうかしら。」
既に雪蓮たちは軍の陣形を整えている。後は出発するだけだ。
「みんな、手筈道理ゆっくりと戦ってね。」
「はっ!」
劉備は関羽ら劉備軍の猛将に命じた。ゆっくりと戦えと。
今回、この策は信用ある重鎮たちにしか話していない。つまり兵たちには一切何も知らされていないのだ。理由はある。一つは秘密保持のため。人の口は閉ざす事など出来ない。秘密を知る者は数が少ないに越した事は無い。
もう一つは士気の問題だ。いくら孫策軍や劉備軍とはいえ、一般兵士たちはこの連合に大義があると思っている。それがまったくの逆だったら混乱は避けられないものになってしまうだろう。混乱を防ぐためでもあるのだ。
だが、これらは作戦において何の影響も持たない。兵士は将に付き従う者たちだ。つまり将が奮闘すれば兵士たちも奮闘する。その逆もまた然りだ。将である彼女たちが焦るな、ゆっくりやって行こう、と命じればその通りに動く。
「関羽将軍!関羽将軍はどちらですか!?」
突然、兵士の一人がこちらにやってきた。これから進軍だというのに一体何の用事だろう?
「なんだ!?」
「はっ!先ほど袁紹軍の顔良様が兵300を連れて、こちらの援軍としてきたようです!」
「な、何!?援軍だと!?」
「は、は~……顔良様はそのように言っておられますが……」
一体どういう事なのだろうか?みんなそんな風に思っていた。そんな中、雪蓮が口を開いた。
「あ~……たぶん、私たちのせいかも……」
「な、なんだと!?」
「さっき、袁紹の所を訪れた時、歯の浮く様な褒め言葉でたぶらかしてね。たぶん、怪しまれたんだと思う。」
「………まあいい。我々は何も後ろめたい事など無いのだからな。」
関羽は顔良の事を一時捨て置いた。
「こんにちは。麗羽様の命で援軍に来ました顔良です。皆さんよろしくお願いしますね。」
「あーはいはい……よろしくね~。」
雪蓮は何とも気の抜けた返事を返した。それもそうだ。兵300で援軍なんてありえない。間違いなくこちらの様子を探りに来たに決まっている。
だが、なんて事は無い。先ほど関羽が言ったように何も後ろめたい事などありはしないのだ。ちゃんと汜水関を攻めるのだから。ただそれがとても時間のかかるものだとしても……。
そうして、劉備軍と孫策軍は袁紹の軍300を加えて汜水関に進軍を果たしたのだ。
汜水関 霞、華雄side
北郷軍の斥候の一人が帰ってきた。
「申し上げます!先ほど、連合軍からの先遣部隊が侵攻し始めました!」
「旗は!」
華雄は斥候を威圧するかのような感じで脅している。だが、本人は脅しているつもりなどは無かった。斥候の一人は口を濁していた。少し混乱しているようだ。
「おい!聞いているのか!?旗はどこの軍かと聞いているのだ!」
「は、はい………それが……その……」
「なんだ!」
「ひっ!………『劉』と『孫』の旗でした。」
辺りは騒然となった。噂は本当だったのだ。孫軍が連合軍の劉備軍と手を組み、汜水関に攻め入ろうとしている。
予想していればどんな事態にも対応できる。それが一般論であろう。だが、予想している事が逆に仇となる場合がある。それは『一番起こって欲しくない事態』である。仮に孫策軍が攻め入るという噂が無く、いきなり攻め入られた場合、『戦だから仕方が無い』と割り切る事が出来よう。
だが、彼らは考えてしまった。もし、孫策軍が攻めてきたらどうしようと。そしてそれは現実のものになってしまった。そこから生まれる、焦燥感、動揺、混乱、他の負の感情が一気に出てしまったのだ。当然、士気が上がるわけも無く、兵士たちはただただ今の状況を認めるしか出来なかった。
「……おのれ!……おのれ!おのれ!孫策め!」
華雄も激情に駆られている。だが、彼女たちがそんな状況に陥っているなど雪蓮たちが分かるはずも無く、孫策軍はとうとう汜水関の前まで来てしまったのだ。
孫策、劉備軍side
今、雪蓮たちの軍は汜水関の前まで来ている。だが、何の行動も無く、陣を張る気配も無い。顔良はそんな雪蓮たちを見て不思議に思い、質問したのだ。
「あの~……孫策さんたちはどうして行動しないんですか?」
別に焦っているわけではないが、敵を目前にして何の行動も起こさない事に不思議に思ったのだ。
「相手はあの汜水関よ。慎重になるに越した事は無いわ。……まさかと思うけど、私たちに突撃を命じたりはしないわよね?」
「い、いいえ!そんな事は……」
雪蓮の言葉に口をはさむのを止めた顔良。顔良だって馬鹿じゃない。相手はあの最強の関の一つだ。何の作戦も無いまま突撃したら全滅は必至だろう。だから、雪蓮たちが慎重になるに越した事は無いのだけど………何かやる気のようなものを感じられない。
雪蓮たちは、汜水関に少し違和感のようなものを感じていた。汜水関を守っている将は華雄と張遼の二人だろう。汜水関に掲げられている旗を見れば分かる。だが、その旗が現れたり消えたりしている。何かの合図のように見えなくもないが、それは無いだろう。
だがそんな事はどうでもいい。雪蓮たちはこの関で二、三週間は持たせようと思っていた。それだけの時間があれば一刀たちは余裕を持って脱出する事が出来る。そう考えていた。
だが、ここで雪蓮たちが予想もしない事態が起きた。
「孫策ー!!」
オオオオオオォォォォォォオオオオッッ!!!
いきなり汜水関の堅い門が開き、そこから華雄率いる部隊が突撃してきたのだ。
少し前 華雄、霞side
「おのれ!おのれ!孫策め!」
「ちょっ!お、落ち着き、華雄!」
「うるさい!」
「華雄!」
華雄は門を開けて討って出ようとしていた。当然ながら、霞がそれを止める。先ほど、雪蓮から見えた旗が現れたり消えたりする現象はこれだった。
「張遼、お前は悔しくないのか!?あそこにいる孫策は我らを裏切り、敵に付いたんだぞ!」
先ほどは冷静だったのにこの取り乱しよう。華雄は確かにあの時は冷静だった。だが、見てしまったのだ。雪蓮が敵の劉備軍の将と行進しているのを。華雄は雪蓮の姿を見た途端、今まで抑えていた感情が漏れ出してしまったのだ。
「うちだって悔しい!悔しいけど……だけど、うち等の役割を忘れんなや!うち等はなんとしてでもここを守りきらにゃならんのやで!」
そうだ。自分たちの目的はここで時間を稼ぐ事。だが、この華雄は怒りに飲まれて自分たちの目的を見失っていた。ただ雪蓮の事が許せない。その一心だった。
「張遼!放してくれ!私は孫策が許せん!」
「阿呆な事を言うな!そんな事出来るはず無いやろ!」
霞は必死だった。華雄は自分を見失っている。とにかく落ち着かせない事のは始まらない。ここで霞に妙案が浮かんだ。
「そや!あんた一刀と約束したんやろ!」
「………一刀……様?」
「そや!あんた言ったやろ!必ず守るって!忘れたんか!?」
「…………」
次第に華雄から力が抜けて行く。そして激昂していた時の熱も冷め始めたのだ。
華雄も一刀に心を許している。いや、心が引かれていると言った方が正しいだろう。それは彼女を見ていれば分かる。そして、一刀の名前を出せば落ち着きを取り戻してくれる。そう信じていた。そして、一刀の名前を出した瞬間、思った通り華雄は力を抜いてくれた。霞ももう大丈夫だと思い、華雄の手を放したのだ。
だが、それは誤りだった。
「一刀様………そうだ!あいつは一刀様を……!」
華雄は落ち着いたのではなかった。考えていたのだ。
「一刀様を裏切った!」
「お、おい!華雄!何をする気や!」
華雄は激情に駆られて、霞が止めるのを振り切り、門を開けさせそのまま突撃していったのだ。
「華雄ー!!」
霞には誤算があった。一刀の名前を出せば落ち着いてくれると信じていた。だが、それは誤りだった。華雄の一刀に対する忠誠心は非常に高く崇高なものだった。そんな一刀の寵愛を受けていながら、雪蓮は連合側に付いた。霞は一刀の名前を出すことでより一層、華雄の怒りに火を付けてしまったのだ。
雪蓮、劉備軍side
有り得ない事が起きた。誰もが考えていない事が起きた。
「孫策ー!!」
汜水関を出て華雄の部隊が突撃してきたのだ。相手側は籠城をとるだろうと思い込んでいたからこの奇襲は孫策軍、劉備軍にとって大打撃であった。
「ど、どうして!?」
「馬鹿な!」
雪蓮と冥琳がそう思うのは当然だっただろう。劉備軍の将たちも信じられない光景に目を点にしている。自分たちの考えが間違っていたのか?それともこれは一刀たちの作戦なのか?分からないが、いずれにしろこのままでは孫策軍も劉備軍も瓦解してしまう。とっさに彼女たちの軍師たちは速やかに陣形を整えさせたのだ。
「孫策ー!!」
だがその中で、凄まじい速さでこちらに向かってくる騎兵がいた。華雄だ。華雄は孫策軍と劉備軍の陣形をを真っ二つに斬り裂き、そのまま雪蓮に向かって突撃していったのだ。
「えっ!?華雄!?」
「孫策!貴様ぁ!」
華雄はとうとう雪蓮たちの前までやってきてしまった。そして、華雄は何のためらいも無くその大きな戦斧で雪蓮を斬りつけたのだ。
「くっ!」
雪蓮はその攻撃を何とか防いだ。だが、華雄の猛攻は止まらない。雪蓮は華雄の猛攻を防ぐ事しか出来なかった。
「華雄、どうして!?」
「どうしてだと!?それはこちらの台詞だ!」
「えっ?」
「なぜ、我らを裏切った!?」
「!!」
二人は凄まじい攻防を繰り広げていた。その凄まじさゆえか、華雄の部隊も孫策軍も劉備軍も戦いを止め、二人の戦いに目を奪われていた。そして、二人を囲むようにまるで一騎打ちのような空間が出来上がったのだ。
「孫策!なぜ、我らを……一刀様を裏切った!?」
「ち、違……!」
違う。雪蓮はそう叫ぼうとしたがとっさに止めた。ここには孫策軍と劉備軍だけじゃない。監視として顔良率いる袁紹軍もいるのだ。だから、雪蓮は公衆面前で弁明する事が出来なかった。
「私は貴様を許す事が出来ない!」
「っ!華雄!」
次第に華雄の方が雪蓮を押してきた。華雄の猛攻に雪蓮は防ぐことしかできなかった。だが、雪蓮は防ぐことしかできないのではなく、防ぐ事しかしていないのだ。つまり、まったく攻撃をしていないのだ。
(違う!華雄、私たちはあんたたちを助けに来たの!お願い、気付いて!)
雪蓮は心の底から願った。だが口にする事が出来ない。皮肉にも華雄は手を止めるどころか、攻撃の手数が多く、鋭くなってきてしまったのだ。
「孫策!私は決して貴様を許さない!私たちの……一刀様の信頼を裏切った貴様を……!」
華雄は渾身の一撃を放とうとした。雪蓮は態勢が悪く、華雄の攻撃を避け切る事は出来なかった。
(やられる!?)
「雪蓮!」
雪蓮は思わず目を瞑り、冥琳は叫んだ。誰もが華雄の攻撃が決まったと思っただろう。だが………
「………え?」
雪蓮に華雄の戦斧が振り落とされる事は無かった。おそるおそる目を開けてみたら、そこには……
雪蓮の剣で斬られて、真っ赤な血を流しながら倒れていた華雄の姿があった。
雪蓮は少しだけ返り血を浴びていた。そして彼女の剣にも。間違いなく、華雄をやったのは自分だろう。そう思っていた。
「……雪蓮……」
雪蓮は呆けていた。そして冥琳が雪蓮のそばに来て声をかけようとした。
あの時、雪蓮は本当にやられると思っていた。だが、それは自分に華雄を攻める意思が無かったからだ。実際に戦えば、華雄なんかより雪蓮の方が幾分も強いだろう。しかし、それでいて戦わなかったのは、雪蓮たちには一刀たちを助けると言う作戦ゆえだ。
華雄が斧を振り落そうとした時、雪蓮は自分の意思とは関係なく、勝手に体が反応してしまったのだ。そして、華雄を斬ってしまった。
「雪蓮、大丈夫か?」
冥琳が雪蓮に声をかけた時だった。
「……将軍が……華雄将軍がやられた!」
「華雄将軍が!」
「うわあああああぁぁぁ!!」
「だめだ、勝てっこねえ!」
「逃げろおおぉぉ!!」
華雄の部隊が勝手に瓦解し始め、次々と逃亡していったのだ。自分たちの精神的主柱を失ったための瓦解だ。これらは華雄の人気を思えば分かる。だが、問題はそのあとだった。冥琳たち大軍師たちの予想を超えた事が起こってしまったのだ。
「孫策様が敵将を討ちとったぞ~!」
「さすが孫策様だ!」
「俺たちも孫策様に続け!」
「うおおおおおぉぉぉぉおお!!」
孫策軍は命令の無いままそのまま汜水関に向かって突撃してしまったのだ。
「なっ!そんな馬鹿な!」
冥琳は兵たちの行動が信じられなかった。確かに今の状況は攻め入るのに最も充実した状況だ。大将が敵将を討ちとり、自軍の士気は上がり、敵兵は逃亡し始めた。これほど要素が出来ているのだから何も知らない兵たちが攻め入るのは当然だろう。孫策軍はその場の状況に合わせて行動する事が出来る優秀な軍だ。だが、優秀すぎた事が返って仇となってしまったのだ。
「俺たちも孫策軍に遅れを取るな~!行くぞ!」
「おお!!」
劉備軍もまた孫策軍の侵攻に助長され、命令も無いまま進軍していった。
「なっ!お前たち、勝手な行動をするな!」
「はわわはわわはわわ!!」
「み、みんな、ちょっと落ち着いて!」
劉備たちも兵を抑えようとしていたが、既に時は遅く乱戦状態になっていた。乱戦になってしまった以上、指揮系統が成り立たなくなってしまっていた。
孫策軍と劉備軍は数で華雄軍を圧倒し、開門していた門まで到着してしまっていた。
霞side
事態を信じられなかったのは雪蓮たちだけではない。汜水関にいる霞もまたこの事態が信じられなかった。
「どういうこっちゃ!?」
華雄を止める事が出来なかった自分にも責任はある。だが、この展開だけは読めなかった。いや、信じたくなかった。雪蓮が華雄を躊躇いも無く斬り、孫策軍と劉備軍をこの汜水関に突撃させた。
いや、起こってしまった事は仕方が無い。とにかく早く体勢を整え、籠城戦に持ち込まなくちゃいけない。霞は私情を自分の心の内にしまい込んだ。
「まだや!さっさと門をしめんかい!」
霞は兵たちに命令を送る。だが、混乱しているため指揮が上手く伝わらない。その時、命令を聞いた兵士の一人が返答してきた。
「駄目です!孫策軍、劉備軍が入り乱れて既に門を制御することが出来ません!」
「だったら、城壁から弓で射てもうたれ!」
「華雄隊に当たりますよ!すでに混戦状態です!弓は使えません!」
……解っていた。だが、自分たちは何もしていない。それがとても悔しいのだ。だが悔しくとも霞は一角の将。素早く辺りの状況を整理し、行動に移さなくてはならない。
「………虎牢関まで撤退するで。」
「……え?今なんと?」
「何度も言わせんなや!全軍、虎牢関まで撤退するで!武器も食い物もいらん!とにかく馬に乗って虎牢関まで走れ!」
状況を整理して霞が判断した結果がこれだった。だが、霞は正しい。既に門は制御不能になってしまっている。その時点で勝敗が決してしまっていたのだから。
「張遼将軍、華雄隊はどうすれば!?」
華雄の部隊はいまだに門前で戦っている。彼らを救出する事は難しいだろう。
「………もう無理や。うち等が逃げるまでの時間稼ぎになってもらう。」
「なっ!?………ぎょ、御意!」
霞は正しい。今更助けた所で被害が増える一方だ。ならば彼らをおとりにした方が幾分も良いだろう。霞たちはは馬に乗り、撤退を開始した。
「孫策……あんた本当にうち等の事を裏切ったんやな………待っとれ、華雄。仇は必ず取るさかい!必ずや!」
霞は今まで見せた事の無いような憤怒に満ちた声で決意した。そして、煙が上がっている汜水関を背にして虎牢関まで馬を走らせたのだ。
曹操軍side
ここは曹操陣営。曹操率いる将たちは汜水関が落とされる様を後方から見ていた。
「華琳様、先ほど汜水関が落ちました!」
「………そう。御苦労さま、桂花。」
まるで何事も無かったかのようにふるまう曹操。それもそのはずだ。彼女はこの事態を予見していたのだから。
「さすがは華琳様!情報一つで関を陥落させるとは!」
「春蘭、何を勘違いしているか分からないけど、私は何もしていないわよ。」
「……へ?」
「私は今回、情報を流しただけ。ただそれだけよ。」
「で、ですから、華琳様が情報を流した事によって敵が勝手に瓦解したのでは……」
「確かにそうなったら良いな、とは願ったわ。でも、本当の狙いは敵の士気の減少と混乱をさせるために流したの。だから、これは私にとっても嬉しい誤算だわ。」
そもそも、曹操たちが流した情報は敵の混乱を狙ったものであった。雪蓮たちの策は確かに素晴らしいものであった。だが、どんな名軍師にも読めないものがある。それは人間の感情だ。
北郷軍からすれば、雪蓮たちは何十万もの兵力を備える連合の一部。自分たちの十倍近い兵力を前にするというのはどれほどの恐怖であろうか?巨大な力を有するこの連合が、恐怖と言う力で北郷軍を煽りたてれば、北郷軍はいとも簡単に崩れ出すだろう。それこそ、曹操が狙っていたものだった。
曹操は予見していたもののこのように上手くいくとは思ってもみなかった。自分の思い通りに事が動く。凡人なら天に愛されているとしか思わないだろう。しかし、この曹操は自分にとっての嬉しい誤算ですら一つの事象としか捉えなかった。
「ですがよろしいのですか?華琳様。」
「何が?秋蘭。」
「こたびの汜水関攻略の名声はすべて孫策軍と劉備軍の物になってしまいますが……」
「別に構わないわ。それどころか、あの麗羽のことだからきっと………」
曹操は何かを考えていた。彼女の頭には凄まじい策謀が次々と湧いて出ているのだろう。
「春蘭!」
「はっ!」
「秋蘭!」
「はっ!」
「季衣!」
「はい!」
「桂花!」
「ここに。」
曹操は次々と自分たちの部下の名を挙げて行く。そして呼ばれていった者たちは次々に彼女の前に跪いていった。
「次は虎牢関よ。私の考えが正しければ北郷一刀は必ずそこに現れる。必ず生け捕りにするわよ!」
「御意!」
この汜水関の戦いですら、彼女には何の意味も持たない。次の虎牢関に向けて彼女たちは早々に準備を開始した。
汜水関陥落の情報はここ洛陽にも届いた。霞が素早く兵を送り込んだのだ。
「そ、そんな!」
詠もこの情報を信じる事が出来なかった。無理も無いだろう。計算では二週間以上は持つはずだった。それが半日で落とされてしまったのだから。
「作戦の大幅な変更が必要かもしれませんね。」
稟は冷静を装っているが無い面は酷く焦っていた。
「もう少し、兵を虎牢関に送った方が良いですかね~?」
風も何を思っているのか謎だ。だが少なくても平静ではないだろう。
彼女たち軍師は、今の状況にとても混乱していた。だが一番混乱していたのは彼女たちではなかった。
「………そんな……雪蓮!」
北郷一刀だ。一刀はこの情報を信じる事が出来なかった。汜水関が半日で落とされた事についてではない。彼女が、雪蓮が華雄を討ちとり、汜水関攻略の先陣だったという情報だ。
「雪蓮、どうして!?」
彼女の連合参加は仕方のないものと思っていた。だから少なくても自分たちに対して敵意などは無いと信じていた。
だが雪蓮たちは汜水関を落としてしまった。これが現実だ。
「本当に……本当に俺たちを……」
一刀は本当に雪蓮たちを信じれば良いのか分からなくなっていた。
「本当に俺たちを裏切ったのか?雪蓮!」
一刀たちは知らない。雪蓮たちの想いを。だが、戦場と言うものはそんな切ない思いをも捻じ曲げて伝えてしまう。
想いはすれ違う。一刀たちと雪蓮たちの想いは戦場と言う空間の中で次々にすれ違い、誤解を生んでいくのだ。
続く
こんばんわ、ファンネルです。
一刀たちは雪蓮たちの策を知りません。戦場という不安定な場所ゆえにこのような事が起きてしまった。そう思いください。
次回は虎牢関戦です。自分は戦闘シーンを描くのがとても苦手ですので、うまくかけるかわかりません。今回も戦闘というより、舌戦見たいな感じでしたし。
この作品で大体の流れが分かってきた人もいると思いますが、まだネタばれしないでくださいね。
では、次回もゆっくりしていってね。
Tweet |
|
|
182
|
25
|
追加するフォルダを選択
こんばんわ、ファンネルです。
今回の話は自分なりにガチに書きました。少し筆が変わってしまったので皆さんを楽しませることができるか不安です。
今回の話は結構重要です。この話を見た人は今後の展開が読めるかもしれません。
続きを表示