No.911754

真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第百四十一話

ムカミさん

第百四十一話の投稿です。


そろそろ河に着かせなきゃ(執筆速度、話の展開共に遅くて申し訳ありません)

2017-06-27 01:26:20 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2308   閲覧ユーザー数:2023

 

秋蘭と黄蓋が弓の腕を競った翌日。

 

朝を迎え、陣を畳み、いざ出立しんとしている中、一刀は目立たぬように桂花と話をしていた。

 

というのも、桂花に呼び止められたからで、その内容は――――

 

「一刀、あんたの意見を聞いておきたいわ。

 

 黄蓋と龐統が連れてきた部隊の兵数なのだけれど、申告してきた人数と事前に数えていた人数が微妙に合わないの。

 

 あんたはどう思うかしら?」

 

というものであった。

 

ただ、それだけでは情報が曖昧に過ぎるわけで。

 

「合わないってどのくらいなんだ?」

 

「二人よ。申告してきた人数の方が少ないのよ」

 

「二人……正直、どちらかの数え間違いの可能性が非常に高いと思うんだけど……

 

 ウチの隊の奴が数えたのか?」

 

「いいえ、違うわ。普通の偵察兵よ。だから、私もどう判断すべきか悩んでいるのよ」

 

「隊の奴じゃないのか。う~ん……」

 

桂花の回答によって一刀は余計に考え込む。

 

一刀自身が言っていたように、通常であれば二人など誤差レベルの話だ。

 

が、情報に重きを置く二人だからこそ、そこは曖昧なままでは流したくなかった。

 

特に、今回の場合は千にも満たない少数部隊の話なのだから。

 

「敢えてあの二人に直接突き付けてみるのもいいかも知れない。

 

 もしも何等かの策であれば、直球を投げ込むことで一瞬だけでもボロを出すかも知れないからな」

 

「そうね。さっさと片付けてしまいましょうか」

 

桂花は頷くと陣の中心へと向かっていく。そこで兵士を一人捕まえて件の人物を呼びに行かせたのであった。

 

 

 

「あわわ……あの……私はどうしてここに呼ばれたのでしょうか……?」

 

突然来た兵に呼ばれてやって来てみれば、そこは人気のない場所で、待機していた人物は魏の文官の長とトップの内の一人。

 

そのような状況で狼狽するなという方が難しいだろう。

 

これでは情報に余計なマスクが掛かってしまう可能性があり、若干失敗したかな、と考えつつ一刀は口を開いた。

 

「別に取って食おうってわけじゃあないよ。

 

 ただ、ちょっと龐統さんに聞いておきたいことが出来たんでね」

 

「あんたたちから提出された部隊の詳細だけれど、こちらで把握していたものと比べて人数が足りていなかったのよ。

 

 何か心当たりはあるかしら?」

 

「人数が足りていなかった、ですか。ちなみに、それは何人分でしょうか?」

 

「二人よ」

 

「ぇ……?二人、ですか?」

 

桂花が話を切り出した時は特に変化を見せなかった龐統が、整合の取れない人数を聞いた途端に驚きを見せた。

 

これは何を意味するのか。一刀と桂花としてはそれを読み取りたいところ。

 

「あの……それは数え間違い、では無いのですか?」

 

「もちろん、その可能性はある。

 

 けれども、うちの間諜連中には情報の大切さは常々言い聞かせているんでね。

 

 今回くらいの人数で数え間違いは無いと考えたいところだ」

 

「そうですか。確かに、魏は情報に対する考え方が蜀や呉よりも重いみたいですからね。

 

 それでは二人という人数が本当に足りないのだとすると…………」

 

一刀の回答に納得を示すと龐統は考え込む。

 

その様子からは偽りが見出せなかった。

 

「…………もしかしたら、でも構わないでしょうか?」

 

「ええ、構わないわ」

 

「でしたら……周瑜さんの策の可能性が考えられます」

 

「周瑜の策?それは根拠があってのこと?」

 

桂花は首を傾げる。龐統のその発言はまるで黄蓋を含めて呉の部隊を売ろうとしているかのようだったからである。

 

何を考えてそのような発言をしたのか。

 

龐統と黄蓋が組んで潜入してきているのはまず間違い。

 

それは一刀の話した『未来』と一致しているのだから。

 

二人が組んで来たということは、逆に言えば二人で力を合わせるからこそ策を成し遂げられるとも取れる。

 

では、その相棒を売り飛ばすことに一体何のメリットがあると言うのか。

 

なまじ情報を持つが故に混乱に陥っている状況であった。

 

「根拠はあります。と言っても、薄いかも知れませんが。

 

 私が連合を離れる直前、周瑜さんは魏にもう一度間諜を送り込む、と言っていました。ですが、魏の本隊周りの護りが堅く、それが難しい、とも。

 

 もしも、黄蓋さんと私が脱走を試みることを看破していたのだとすると……

 

 黄蓋さんが連れ出すだろう部隊の中に、予め間諜を仕込んでいたのでは無いかと考えます」

 

「なるほど。言われてみれば確かに、この機に乗じれば入り込みやすいよな。

 

 ただ、もしそれが本当だとすれば、一つ疑問、というより疑惑が出て来る」

 

「なんでしょうか?」

 

「黄蓋も、初めから周瑜の策に加担しているだけなんじゃないのか?

 

 龐統さんが脱走の手助けをした、と言っていたが、それも機に乗じてそう見せかけただけ、とか」

 

「それは……無いと、思います」

 

龐統は断言まで出来ず、言い淀んだ。

 

その様子を眺め、一刀もまた別の意味で悩む。

 

ここまでの一連の問答で龐統に不自然な点はあったのか。

 

答えは、ほぼ否、であった。

 

では、ほぼ、とはどこから出て来るのか。

 

それは決して最後の言い淀みでは無い。むしろ、それがあったから『ほぼ』となったのだ。

 

それまではもっと疑っていた。

 

その理由は、龐統の受け答えがしっかりし過ぎていたからである。

 

まるでボロを出さぬように予め想定しておいたパターンに嵌めたかのように。

 

一貫してその態度であったならば、合わない人数はこれ即ち連れてきた部隊から離脱して陣内に散った敵の間諜であると言える。

 

が、最後の龐統の言い淀みが別の可能性を見せてきた。

 

呉の動きについて龐統は本当に知らなかった、或いはそもそも呉は動いていないという可能性だ。

 

こうなると、それまでの反応の意味が異なって来る。

 

受け答えがしっかりしていたのはさほど重要な案件とは思っていなかったから。

 

そこから考えられる限りの可能性を――但し、龐統自身はそれほど高くないだろうと考えている可能性となるのだが――提示した、というもの。

 

「…………どうする、桂花?」

 

「う~ん…………多分、あんたと同じ結論に至ったと思うけれど」

 

「そうか。だったら、あの間諜隊から十人は動かした方が?」

 

「ええ、許可するわ。いるのなら確実に捕らえて。

 

 気付けなかったということは盗られた情報は大きいと見るべきよ。

 

 既に抜かれた情報の量も、可能な限り調べたいところだけれど……」

 

「恐らくそっちは厳しいな。

 

 いや、待てよ……”あいつ”なら向こうで聞き出せるか。いや、でも……

 

 …………やっぱり戦までには間に合いそうに無いか」

 

一刀と桂花の間で着々と対応が決まっていく。

 

その間も龐統は二人の会話を真剣に聞き入っていた。

 

傍から見れば次の指示があるまでしっかりと待機しているだけのように見えるが、実際の所は魏の機密を探るために一言一句漏らさず聞き取ろうとする姿勢が為す技だ。

 

が、さすがに一刀も桂花も龐統が側にいる状況で迂闊な発言はしない。

 

言葉をぼかし、省略し、一刀と桂花には正しく通じても龐統には別の意味として取れるよう会話を交わしていた。

 

そして、一先ずの対応を決めると再び龐統に向き直る。

 

「呉の間諜の力は凄まじい。正直に言って、魏よりも上だろう。

 

 だからこそ魏は今まで守りを固めてきたわけなんだが、どうやら龐統さんの予測が当たっていれば、今回は侵入を許してしまっている可能性が高いわけだ。

 

 こんな状況になったとなれば、龐統さんにもう一つ聞いておきたい。

 

 呉が求める情報の優先度なんかは分かるかな?

 

 それさえ分かれば、流れた情報にある程度の予測を立てることが出来るんだが」

 

「申し訳ありません、そこまでは分かりません。

 

 ただ、この前の戦の結果を受けて急遽決まったことのようでしたので、重点的に探るのは武将や軍師ではないでしょうか?」

 

「この前の戦、ね。

 

 あれは痛み分けだったと思っているんだが、あっちの被害は想定よりも相当大きかったということなのか?」

 

戦力分析が不十分だったと感じたから。

 

呉の行動理由はそこだと一刀は推測する。

 

但し、龐統の話が真実である場合は、というのが言葉の頭についているのだが。

 

「兵数として見た場合の被害はそれほどでもありませんでした。

 

 ただ、将の怪我は想定していても、復帰不能は想定外だったのです。

 

 よほど上手く配置がかみ合えば魏の将の一人でも行動不能以上に追い込める可能性は残した上で、連合側の将の大怪我以上の危険は極力排除する。

 

 そんな策を朱里ちゃん――――諸葛亮と周瑜さんは立てていました。

 

 蜀と呉の最高の頭脳が計算を狂わされたとありまして、魏の将の力を再認識すべく動き出したものと思われます」

 

それはお互い様だろう、と一刀は内心で苦笑を漏らした。

 

幾度か使っていたとは言え、ほぼ初見で一刀が用意した所謂”天の武器道具”が破られた上、一時的ながらも将の一人に再起不能レベルの一撃を見舞ってくれたのだ。

 

場合によっては、他にも通じないものがあったりするかも知れない。

 

いや、孫堅と馬騰に限って言えば、小手先の道具類はまず通用しないだろう。

 

いずれにしても、これ以上は推測にしかならないと言い張られたら、龐統からまともな情報は得られないだろう。真に寝返っていた場合でも同じ状況となるであろう状態になっているのだから。

 

「それじゃあ、最後に龐統さんにもう一つだけ聞きたいことがある。

 

 趙雲について、どういう人物なのか、何を考えているのかを教えて欲しい」

 

龐統の身体がほんの一瞬だけ強張る。それは予想もしていなかった内容だったからか、はたまた――――

 

「星さんについて、ですか?

 

 一体どうしてなのでしょう?」

 

「正直に言えば、馬騰を除いて蜀で最も怖いと感じている存在だからだ。

 

 蜀に潜り込ませている間諜からも、趙雲はまるで雲のようで掴みどころが無いと評されていた。

 

 それはつまり、策を立てるに当たって十分に不確定要素となる。

 

 せめてその考え方の方向性でも知っておきたいところなんだ」

 

一刀の言葉を聞いて、龐統は少しの間考え込んだ。

 

そして遠慮がちに口を開く。

 

「その……星さんについては私も詳しくは話せることがありません。

 

 ただ、彼女はこれと決めたら手段を問わずに邁進する傾向にあると思います。

 

 彼女の中で許容される言動の範囲がどの程度までなのかは分かりません。

 

 朱里ちゃんや雫ちゃん――――諸葛亮や徐庶の二人でも細かいところまでは理解出来ていないのでは無いでしょうか?」

 

回答を聞き、一刀は目を細めて龐統を見つめる。隣では桂花も同じようにしているだろう。

 

果たして、これは龐統が情報を渡すまいとして取った行動なのか、或いは本当に理解し切れていないのか。

 

龐統は一切目を逸らさない。その瞳は一見、真実であると告げていた。

 

「…………なるほど。

 

 ありがとう、龐統さん。桂花、他に何も無ければ」

 

「ええ、そうね。助かったわ、龐統。

 

 もう行っていいわよ」

 

「はい、失礼します」

 

龐統は一礼し、その場を去って行った。

 

その姿が完全に見えなくなってから一刀が小声でつぶやく。

 

「……どう思う、桂花?」

 

「半々、ね」

 

「同じく、だ」

 

思わず、二人同時に溜め息が口を突いた。

 

そしてどちらからともなく苦笑する。

 

「どうやら、思った以上に強くなっているみたいだな。

 

 それが龐統だけなのか、それとも……」

 

「あんたらしく無いわね。随分な楽観じゃない、それ?

 

 諸葛亮も、それと徐庶もきっと、同じかそれ以上でしょうよ」

 

「ま、だよなぁ。

 

 しょうがない。やれることをやっていこう。

 

 追加の情報が多少得にくくなっただけ。既に入っている情報だけでもなんとかなるだろうしな」

 

「ええ、そうね。その辺りは私と零に任せておきなさい。

 

 あんたはちゃんと武将と、それから”天の御遣い”としての役目を果たしなさいよ」

 

そうして互いにエールを掛け合い、二人も解散していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからわずか半日後、魏軍はとある騒動に見舞われていた。

 

「そっちに逃げたぞーっ!捕らえろーっ!!」

 

行軍を乱すように轟く怒号。

 

それを発する兵から離れるように走る者が一人。

 

周囲の兵は突然のことに驚き、動けない状態だった。

 

しっかりと目的を理解して動けているのはほんの数名のみ。

 

それを束ねているのは一刀だった。

 

「くそっ!本当に紛れ込んでいたのか……!

 

 鏑矢で合図を!奴の進行方向を塞げ!!」

 

「はっ!」

 

側の兵に命じると、すぐさま兵は鏑矢を放つ。

 

大きな音と共に矢が進軍方向の左向きに飛んでいく。

 

よく見れば矢には色の付いた短冊のようなものが括りつけられていた。

 

矢の飛来して行く方向が目標の進む方向を示す。関係者の間で事前にそう打ち合わせていたのである。

 

この鏑矢が放たれると、各所の数名の兵が動き出す。

 

そして、瞬く間に敵の間諜を逃さぬ包囲網が完成していた。

 

 

 

もうお分かりかとは思うが、この兵たちは皆黒衣隊員。

 

朝の龐統の話を受けて、この日の黒衣隊には一つの命令が下っていた。

 

それは軍の各地に散って周囲の兵の監視を行うこと。

 

味方の監視自体は黒衣隊の職務の一つであるし、今まで幾度も命を受けて実行もしてきていた。

 

が、今回のように実際に事が起こったことはこれが二回目となる。

 

行軍中の追跡・捕縛のための連携の全てが万全というわけでは無かった。

 

それでもどうにか包囲網を完成させられたことは評価に値するだろう。

 

「よし!追い込むぞ!

 

 味方の兵に紛れ込ませるな!その前に引き摺り出せ!」

 

一刀は包囲網を形成する隊員を残し、残る者を率いて網の中へと踏み入る。

 

何も知らない兵達は尚も目を白黒させていたが、一部の敏い者たちは勘付き始めた様子。

 

動きを止めてしまっている兵達の中にあって唯一周囲の人を掻き分けて進まんとしている人物を捕らえるべく動き始めていた。

 

「うっ……!ちくしょう……っ!」

 

周囲の兵達の動きやその前の一刀の指示の声から敵も状況を理解する。

 

そして、最早逃げ場は無いと悟ると――――

 

「……ふっ!……ぅ…………」

 

「なっ!?くそっ!

 

 目標死亡!繰り返す!目標死亡!」

 

「ちっ……やられたな……

 

 いや、流石だと言うべきか。何れにしろ、まだ侮ってしまっていたようだな……」

 

敵は自決した。

 

目前にまで迫っていた隊員は自ら首を掻っ切った敵を目にし、すぐさま報告の声を上げる。それによって一刀にもすぐに状況が理解出来た。

 

一切の躊躇なくこのような行動を取れるということは、かなり高度に訓練され、情報への考え方も教育されているのだろう。

 

確たる証拠は挙げられなかったものの、状況的にはやはり呉の間諜。

 

それはつまり、龐統は真実の情報、或いは的確な推測を話して来た、ということになる。

 

「ふむ……一先ず切り上げだ!

 

 死体は回収して運べ!

 

 本件に関係の無い者は進軍を再開せよ!

 

 疑問のある者もいるかも知れないが、それは本日の野営時まで待て!

 

 以上!進軍再開!!」

 

一刀が号令を出せば、兵たちはこれに従う。

 

果たして夜に本当に質問までしに来る者がいるのかまでは分からないが、少なくとも今は歩みを止めさせるべきでは無いと判断したのであった。

 

「隊長、死体の回収終わりました。

 

 どちらに運びましょう?」

 

「華琳、桂花、零を交えて話したい。

 

 本隊へ運べ。それと秋蘭にも伝令を」

 

「はっ!」

 

進軍指示を出している間に隊員は死体の回収を終えていた。

 

ここからの対応をどうするかについては実のところ未定である。

 

一刀は”知識”を話した者を集めて今後の対応について練ろうと考えた。

 

そしてまた、間諜はまだ一人残っているのであろうことも念頭に置いておかねばならない。

 

「死体を運ぶのは一人でいい。後の者は引き続き監視任務を続行だ。

 

 情報が正しければあと一人、間諜が紛れ込んでいる。決して逃がすな。

 

 緊急事態の際の合図も覚えているな?いざとなれば躊躇なく使え」

 

「はっ!お任せください!」

 

隊のこれからの行動を指示すると一刀は軍としての動きを定めるべく本隊の方向へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど。さっきの鏑矢はそれだったと言うわけね。

 

 そして当の間諜には死なれてしまった、と」

 

「ああ、申し訳ない限りだ。

 

 今にして思えばもう少しやりようもあったのかも知れない」

 

「そうね。ただ、貴方にとっても突然のことだったのでしょう?

 

 それに、さすがに躊躇なく自らの首を切るとは想像を付けにくいわ。仕方の無い事だったと諦めましょう」

 

先程の事の顛末を報告した後の華琳の反応がこれ。

 

彼女の言葉からも分かる通り、一刀は黒衣隊としての職務を隠して事に当たっている。

 

従って、一刀が事の対応に当たったのは最も近くにいたからだ、という事になっているのだった。

 

本当の事を言うわけにもいかず、一刀はもう一度心の中で謝罪する。

 

会話の途切れ目を見て次は桂花が口を開く。

 

「華琳様、口頭での簡単なものでしたが今朝の報告を覚えていらっしゃいますでしょうか?

 

 我々の方で事前に計上していた黄蓋の部隊の数と申告された数が合わず、龐統に問い質したところ、呉の間諜が潜り込んでいる可能性が浮上したとのあれです。

 

 実は私自身、龐統の話には半信半疑だったのですが、こうなってくると事実であった可能性が。

 

 引き続き間諜の捜索は行う予定なのですが……」

 

「私は、そもそもこちらの数え上げがどこまで信用がおけるのか、そこが問題だと思うわ。

 

 五百に満たない少人数だからと言って、十人単位でなく正確な人数を数え上げたというのは本当なの?

 

 どこかで数え間違って一人や二人の誤差が出ることは普通のことでは無いかしら?」

 

現状を整理する桂花に悩んでいる様子を見て取ったのか、零が改めて疑問を呈する。

 

その内容にはさすがに桂花もすぐには反論出来なかった。

 

それでも、少し言葉に詰まりつつも桂花としての考えを口にする。

 

「確かに、零の言うことも尤もよ。けど……

 

 けど、軍師として情報を扱う立場にある以上、可能性が僅かにでもあるならば無視してはいけないと思うわ」

 

「それは私も分かっているわよ。

 

 問題としているのは、その僅かな可能性にどれだけ労力を使うのか、という事よ。

 

 確かに間諜が一人見つかったわ。なら、二人目も見つかるまで探すつもりなの?」

 

「いいえ、そんなことはしないわ。ただ、念のために今日の間は探させるけどね。

 

 人数の誤差はあったものとしても、それは一人だったのかも知れない。もっと言えば、見つけた間諜は今回の件とは関係ない可能性すらあるわね。

 

 どちらにしても、私が悩んでいるのは龐統の真意よ」

 

「そこは一刀が私たちを集めた内容でもあるのでは無いかしら?

 

 ねえ、一刀?」

 

桂花の言葉を引き継いで華琳が話題の矛先を一刀へと向けた。

 

一刀はこれに首肯で答えてから説明を始める。

 

「前にも話した通り、龐統と黄蓋はこうして今、魏に来ている。

 

 が、悪いがその間の敵方の詳しい策の内容などは分からない。

 

 だからこそ、この場で皆に聞きたい。

 

 龐統は今回、黄蓋側を陥れるような推測内容を桂花に話したことになる。

 

 これが全て予め計画された敵の策だとは考えられるのか?そうだとして、連合側、というよりもあの二人にとっての利点とは何が考えられる?」

 

これには皆が悩むこととなった。

 

元より想定していなかった方向に事態が進んだだけに、状況がややこしくなっているのだ。

 

誰もが言葉を発さない中、まず口を開いたのは秋蘭であった。

 

「すまないが、あまり深い内容までは私は想定出来ない。なので、黄蓋と同じ弓を扱う将としての立場から意見を言わせてもらおう。

 

 黄蓋がどの程度近接武器を扱えるのかは定かではないが、少なくともそれを主武器とする武将には及ばないだろう。

 

 そう考えると、敵である我々の懐深くまで潜り込んでいる今のような状況下で疑いの目を向けられるような状態をわざわざ作り出すとは考えにくい。

 

 だから私は、偶然、という説に一票を入れさせてもらおう。

 

 ただ、これは呉と蜀が完全な協力態勢にあるならば、の話になるのだがな」

 

沈黙の降りた会議も、誰かが口火を切れば議論は始まるもの。

 

秋蘭の発言を切っ掛けに他の三人も自らの意見を口にし始めた。

 

「なら、私は上に立つ者としての意見を言おうかしら。

 

 細かい策までは想定出来ないのだけれど、敢えて黄蓋を切り捨てることで策の成功率が格段に上がると言うのであれば、私はそちらを選ぶでしょうね。

 

 それを黄蓋が承知しているか、或いは知っているのかさえも関係無いわ。

 

 私たちが行っているのは、戦。どんな手を使ってでも相手を出し抜いて勝ちを手中にしてこそ意味があるのよ」

 

「私は予めあった策では無いと思うわ。

 

 もしもこれが全て予定されたものだっていうのなら、事を起こすのが遅いし、何より受け身に過ぎるのよ。

 

 こちらを騙して龐統をよりこちらの懐深くに潜り込ませる策だとして、もっと早く行動を起こして龐統を信用させる方向に持っていくはずよ。

 

 策の上塗りの線も考えにくいわね。あの二人が連合の本隊から離れている今、敵の情報伝達は速度が遅いどころか下手をすれば届かない状態なのだから、危険ばかりが大きすぎるわ」

 

「私は零とは逆に策の可能性を考えるわね。

 

 連合が二重に策を張っていた、そんな可能性を疑っているわ。

 

 一つ目の策が連れてきた部隊から間諜の切り離し。これによってこちらの内部の詳細な情報を届けさせたのでしょう。

 

 折を見て脱出させるか、或いは発見されてしまったら二つ目の策。

 

 龐統にでも黄蓋にでも、周瑜の罠の可能性を匂わせる発言をさせてこちらの信用をじわじわと上げる策ね」

 

四人の意見を聞き、一刀は腕を組んで考え込む。

 

「誰の意見も合っているようで、誰の意見もズレているかのようだな……

 

 う~ん、参った……」

 

これがドンピシャだ、というものは見つからない。

 

この状況では推測に推測を重ねるしか出来ず、絶対の真実は得られないだろう。

 

さて、どうすべきか、と悩んでいると、華琳が舵を取るべく口を開いた。

 

「一刀、現状では一つに絞れないのでは無いかしら?

 

 なら、一つと決めず、幅を持って対応を決めてはどう?」

 

「たし、かに……

 

 絞ってしまうのは逆に危険、か」

 

華琳の言う通り、取りこぼしや外れていた際の初動が遅れかねない。

 

であれば、幅を広めにとって対応すればベターだろう。

 

そうなると、デメリットは――――

 

「人手は……桂花、足りるか?」

 

「そうね……

 

 間諜捜索はさっきの通り、今日中で一度取りやめにしておけば、大きな問題は無いと思うわ」

 

「なら、そうしましょう。

 

 ただし、龐統と黄蓋には別途監視を付けておきなさい」

 

「はい、気付かれないよう、腕の立つ者を任に当たらせることに致します」

 

こうして、華琳の言葉を切っ掛けにして、対応がささっと決まった。

 

その折、桂花は視線のみで一刀に確認を取っている。

 

黒衣隊の余力を問うたものだったが、一刀はこれに小さな首肯で答えていた。

 

例え連合が何を企んでいようと、その全てを叩き潰してやる。

 

そんな決意に至る会議となった。

 

 

 

 

 

それから更に半日。

 

結局、間諜はあの一人しか見つからなかった。

 

黄蓋には一刀と桂花で別途問い質してみたのだが、流石の年の功でのらりくらりと躱された感があった。

 

勿論、こちらも何も知らなかったのであれば納得のいく態度でもあった。

 

引き続き、龐統と黄蓋の監視を行う。

 

それが一連の騒動の一旦の締め括りとなったのであった。

 


 
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