全兵、準備完了です。
これより突撃します、迎撃態勢を完全に整えている三万の軍に三百の兵で。
まぁ、誰が聞いても正気を疑う行動ですが、自らの事ですと意外と腹が据わるものですね。
敵である北郷一刀はご丁寧にも正面に本陣を敷いており、迷い無く進める地獄への一本道です。
「・・行くぞ」
門が開き、騎乗した左慈が飛び出しました。
私も馬を駆り、後方の兵達も遅れじと左慈を追います。
先頭集団に交じるには場違いな武の無い私ですが、これも悪くない気分ですね。
受ける風は心地よく、心がどんどん昂ぶって来ますよ。
もうすぐ構えている敵弓兵の射程範囲内です、遠目に見えている北郷一刀が手を挙げています。
あの手が振り下ろされた時、数え切れない程の矢が私達に降り注ぐのでしょう。
私は懐に手を伸ばし、極秘に作成していた火薬玉を取り出します。
左慈には作成を禁じられていた代物ですが、ギリギリの所でこれを投擲すれば堅固な陣に穴を開けれるでしょう。
このまま特攻して散るのも悪くありませんが、私は左慈の思いを少しでも叶えさせてあげたい。
・・せめて北郷一刀に一太刀を。
一つしかありませんが威力はそれなりです、下手をすれば味方を巻き込むかも。
ですが、これしか方法がありません!
間も無くデッドゾーン、私が火薬玉を全力で投げようとした時、
「止まれーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
突然の大声と共に、左慈が急停止したのです。
私は危うく足元に火薬玉を投げかけ、後ろの兵達も勢いを殺しきれず多数の者が転倒しました。
状況が理解出来ない私達を他所に、左慈は馬から降り前を見据えて直立しています。
左慈、一体何を!?
これでは、もう為す術がありません。
少数の私達にとって唯一の利であった勢いを失ってしまった、もはや数の前に平伏すだけです。
私達が左慈の行いに呆然としている内に、北郷一刀が眼前に来ていました。
傍に控えるは、呂布、典韋、馬超、馬岱。
そして、私は想像もし得なかった光景を目にします。
・・本当に、信じられません。
あの左慈が、北郷一刀を前に膝を付いたのです!
「・・頼む。俺の命と引き換えにこいつらを助けてやってくれ。・・こいつらは俺の、・・俺の・・・・・・・」
言葉は続かず、口元や握っている拳から血が流れています。
左慈、貴方は・・。
そして、左慈の下に駆けつけて北郷一刀に対し土下座する者達が。
「御遣い様、取るに足りねえ命ですけど差し出しやす。どうか左慈の旦那を許してくだせえ!」
ヒゲさん。
「あっしも差し出すっす。どうかお願いっす」
「お、お願いなんだな」
チビさん、デブさん。
そして私を除いた全員が続き北郷一刀に懇願したのです、左慈の為に。
・。
・・。
・・・心が、・・震えます。
北郷一刀に負けた事など、もう本当にどうでもいい。
私の心を占めているのは彼等への感謝。
・・ああ、そうなのですね。
以前に貂蝉が言ってました、この世界は私達の本当の望みが叶う世界なのではないかと。
左慈が北郷一刀に対して持つ殺意、そして裏にあった羨望。
仲間と共に困難に立ち向かう彼の在り方。
絶対に認めたくは無かったでしょうが、左慈、この世界に来てから貴方はそれを為していたのですよ。
管理者のままでは持ち得なかった、これ以上ない大切な仲間を得る為に。
力だけでは決して手の届かないものを。
・・心にストンと落ちてくるものがあります。
・・ええ、もう充分です。
私は必要の無くなった火薬玉を懐に戻し、皆に倣い下馬して膝を付きます。
「于吉、貴様まで何をしている!」
決まっているでしょう、これ以上の願いなどありません。
「北郷殿、我が身と引き換えに、何卒私達の願いをお聞き届け下さい」
「真・恋姫無双 君の隣に」 第70話
お兄さん、これはあれですかー?
好きな女の子に対して気を引く為に、故意に意地悪する思春期特有のあれですかー?
息絶え絶えとなっている伝者が入室してきまして、桂花ちゃんが文を受け取ります。
いよいよ本格的に他城陥落の報が届くのの始まりです。
「・・華琳様、許が開門したとの事です」
これで二つ目の降服です、まだ華軍侵攻から三日と経ってないんですけどね。
「・・一刀の所在は?」
「判明してません。おそらくは侵攻軍に同行していないかと」
「・・そう」
見た事の無い俯く華琳様のお姿は、とても儚げです。
お兄さん、戦は臣下に任せて自分は後方待機ですか、本当に苛めっ子ですね。
いえ、王様なんて本来そういうものですけど、それでもあんまりだと思うのですよー。
少しは華琳様のお気持ちを汲んであげて下さい。
為す術も無く国を蹂躙され、反撃の唯一の的が不在。
お兄さんにとって華琳様が眼中に無いと取れてしまいますよ。
それ此の報の事もです。
戦では相手の伝達手段を遮断しようとするのが常ですのに、こんなに迅速に詳しい情報を此方が得られるという事は、故意に伝達の阻止を行なっていないのでしょう。
嫌がらせに等しいです。
「風、そうは言うが相手の士気を減らすには合理的で有効な遣り方だぜ?」
「宝譿、男性は特にその辺りがわかってないのです。理屈が合ってれば納得できるなんて勝手な言い分ですよー」
むー、お兄さん、風はお冠ですからねー。
ハックション!
やっぱり夏でも地下は結構冷えるな、牢屋が快適なのも変な話だけど。
恋や流琉と共に最奥にある牢に歩を進めて、牢囚である左慈と顔を合わせる。
「殺せ」
いやいやいや、開口一番にそれかよ。
「分かった」
恋も待って、お願いだから。
矛を構えようとするのを急いで止めて本題に入る。
「処分を伝える、国外追放だ。華国領土内の在住権を認めない、以上だ」
今後の統治とか、色々考えた上での判断だ。
間髪を入れずに左慈が返答する。
「貴様の温情など吐き気がする、殺せ」
あのさ、俺とお前って碌に話した事も無いよな、どうしてそこまで蛇蝎の如く嫌われなきゃいけないんだよ。
「とにかく決定だ。于吉達にも同じ処分を下してる。明日解放するから十日以内に国を出ろ、いいな」
お前が俺の臣下にはなってくれないのなら、麗羽達との約束を守るにはこれしかないんだよ。
また戦わずに城が開門したぜ、これってホントに戦かよ?
「文ちゃん、兵士さんが勝手な行動を取らないようにしっかりと見ててね。絶対に規律を破らせちゃ駄目だよ」
「分かってるよ、ちゃんと見ておくさ」
繰り返し同じ事を言われてんだから。
「絶対だよ、私達元仲軍は全ての行動を見られてるの。馬鹿な真似をしたら折角の一刀さんの好意を台無しにしてしまうんだから」
気合入ってんな、斗詩。
ま、当然だけどな、この戦の功で姫達の処遇が変わるんだ。
一ヶ月前まで敵だったアタイ達が元仲兵を引き連れて戦に参加してるのは、アニキからの提案だ。
戦に負けたんだから相応の罰を受けなきゃいけねえんだけど、功を挙げれば相殺とまではいかなくても減らす事は出来るってな。
願ってもない話にアタイらは此処にいる訳だ。
「斗詩、あたいこんな戦は初めてなんだけど。大体アタイらの時もそうだったけど、アニキの戦って不意打ちばっかじゃん。ズルくね?」
平原を攻められたのも、魏に対してもよ。
なんか納得いかねえんだよな。
「う~ん、そこは解釈によるかな?兵法書なんかだと相手が戦いたい時に戦を仕掛けるのは良くないって書いてるしね」
そうなのか?本なんて読んだ事ねえから分からん。
「それにさ、文ちゃん。例えば剣で攻撃されるって分かってれば、こっちも剣なり盾なり用意するよね?」
「そりゃそうだ。何もしなきゃやられちまう」
「戦だってそうじゃない?来るのが分かってれば敵が大軍でも策なり味方を増やすなり考えられるでしょ?」
斗詩の説明にアタイはふんふんと頷く。
「相手に準備させないのは有効な手だと思うよ。尤も大軍になればなる程に隠すのは難しいけどね」
そうかっ、つまり抵抗されるのが嫌だから不意を討つのか。
「出来るだけ楽に勝ちたいって事か」
「み、身も蓋も無いけどそういう事かな。実際に行なうのは大変だと思うけど」
成程、それがアニキの戦い方って訳か。
それなら今の状況にも納得だ。
・・たださ、これって功になんの?
アタイは未だに剣を握ってすらいねえんだけど。
「斗詩達や公孫賛も、お前や麗羽の為に恥を忍んで役目を受けてくれたんだ。麗羽だってお前達の減刑を俺に願ったよ。その気持ちを無下にする気か?」
既に結構な時間が経っている。
頑なに左慈は処刑しろと言うので、あの手この手で説得を試みたが返事は変わらない。
何かおかしくないか、この状況。
「・・・殺せ」
プッツン。
もう切れた。
「いい加減にしろ!殺せ殺せって、お前は捕らえられたビキニアーマーの女騎士か!」
「!!、貴様っ、言うに事欠いて、殺すっ!!」
「やれるもんならやってみやがれ!!」
牢越しに餓鬼丸出しで顔を突き付けあう俺と左慈。
普段はなるべく冷静に対応しようと心掛けているけど、余りに腹が立って自制が吹っ飛んだ。
絶対コイツとは仲良く出来ない。
「兄様、兄様、落ち着いて!」
「びきにああまあの女騎士?」
頭に血が昇った俺達は、戻りの遅さに様子を見に来た翠達が来るまで罵り合っていた。
左慈も最後は気が抜けたのか、諾とは言わなかったが拒否の言葉も吐かなくなったので了承と勝手に決めさせて貰う。
後で俺は流琉に篤々と諭され、恋の追求に難渋する事になる。
身から出た錆だけど、左慈に対して恨み言を考えてしまうくらいは許して欲しいと、何かに請う俺だった。
城の方向より一騎の騎影が見え、それが左慈だと視認した私達は急ぎ迎えに行きます。
「待っていましたよ、左慈。無事に解放されてなによりです」
「・・フン、他の奴等はどうした」
「固まっていますと要らぬ嫌疑を持たれませんからね、ひとまず別々に行動する事にしました」
華としましても国外に出るまでは監視ぐらい付けてるでしょう。
「ならばいい」
左慈は馬の歩みを止めず、そのまま街道を進みます。
口数が少ないのは何時もの事ですが、今の左慈は更に人に対する壁を感じます。
ひょっとして、
「左慈、照れているのですか?」
「・・貴様、本気で死にたいらしいな」
おお、北郷一刀に対する並の殺気。
これ以上は私でも危険ですので話を変えましょう。
「それで左慈、これからどうするつもりですか?国外追放ですので先ずは行き先を決めませんと」
「馬鹿か、貴様は。奴を討つに決まっているだろうが!」
やはりですか、今更驚きませんが流石に無理なのでは?
「では曹操のところに?それとも益州の劉璋ですか?」
もう選択肢はそれ位しかありませんしね。
「・・北だ」
北?
「北に向かい、鮮卑と匈奴を倒して俺の国を建てる!そして奴を倒す!」
なっ!
「す、凄え、凄えよ、左慈の旦那!どこまでも付いていきやすぜ!」
「あっしもっす!お供しやす!」
「た、建てるんだな」
左慈の宣言にヒゲさん達は興奮状態ですが、私は余りの事に言葉が出ません。
国を建てる、左慈の執念はここまで昇華してしまった。
北方異民族に於いて特に強い力を持つ二族、確かに成し遂げれば強力な国が出来ます。
左慈の往く道は、遂に王への道にまで辿り着いた。
・・北郷一刀、貴方という存在はどこまで私に生きる喜びを与えてくれるのか。
「ヒゲ、チビ、デブ。部下共へ遼東で集まるように伝えろ。それと撤退戦で散っている奴等を集めて来い、俺の鍛えた兵が易々とくたばっている訳がないからな!」
「分かりやした」
「急ぎ集めてくるっす」
「い、行くんだな」
「于吉。国取りの段取りを考えろ、貴様の役目だ」
「フフフ、人使いが荒いですねえ。分かりました、精一杯遣らせて頂きます」
これからの事を考えますと、楽しみで弾む心が止まりません。
ええ、どこまでも共に参りましょう。
新たな目的を胸に、私達は北に向かいます。
そして二十年後、北の地に天狼と称される王が誕生します。
ですが天狼王は建国後、一度足りと華国に攻め入る事をしませんでした。
「フン、孫までいるような爺の相手などつまらん。精々利用してやれ」
強力な武を背景に国を纏め、北の地に生きる人々に新たな世界を提示したのです。
「華が奴の事を忘れて腐った時は、必ずお前達が滅ぼせ。いいな!」
それが子孫や臣下に残した、左慈の最期の言葉でした。
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一刀と左慈。
交わらなくともその出会いは唯一無二のものだった。