No.909308

アイガンドウブツ

SAさん

天使に目を付けられて“天国”に連れて行かれる女子高生の話。

2010/5/1 公開

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2017-06-08 21:54:03 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:220   閲覧ユーザー数:220

 部活を終え帰路を急いでいた。秋も深まり暦の上では既に冬、先程まで覗いていた太陽も鳴りを潜め周囲は闇に包まれている。頼りない街頭を供に歩く道、ふと気付く。後ろからの足音に。思わず振り返るも姿はなし。けれどこちらが立ち止まろうが歩こうがその音が消えることはなかった。徐々に近付くリズムに怯え走り出す。音は焦ることなく歩くだけ。

 姿なき足音が共に歩くようになってから程なくして今度は視線を感じるようになった。家族と一緒に食事をしていても、一人部屋に戻って漫画を片手に寝転んでいても。教室でも部室でも外出先でも常に纏わり付いていた。きっと気のせいだと言い聞かせ、絡み付く視線を無視して生活を続けること数週間。生まれて初めて恋人が出来た。

 彼と翌日の待ち合わせ時間と場所を再確認、他愛無いお喋りをした後お休みと優しく囁かれ電話を切る。会話の余韻に浸りながら、明日のデート用の服はこれで良かっただろうかと身体に当て、もう幾度目かになるチェックをしようと姿見に自身を映した。

 鏡が見せたのは私ではなく深い翠色の瞳。

 肺から空気が漏れ服が手から滑り降りる。二歩後退ると背中に何かが当たる感触。そんな筈はない、だって私がいるのは部屋の中央。なら一体何が、今背後に在ると云うの。悲鳴を上げようと息を吸い込んだ瞬間何かで口を塞がれ――気付いたら別世界だった。

 

 目の前には羽の生えた人間。その背後には純白眩しい荘厳な建造物。

 羽人間がにっこりと微笑み掛けてきた。思わず後ろを振り返るが誰もいない。向き直るとくすりと笑われた。

「あ、の……」

「ええ、貴女で合っていますよ」

 あ、日本語。良かった、少なくとも意思は通じる。「ここ、どこなんでしょう」

「分かり易く言えば天国、ですね」

「……え」

 羽人間は相変わらず柔やかなまま手を差し出した。「どうぞお手を。貴女をお連れしなくてはならないのです、大天使様のご命令でして」

「大天、使? え、あの、何ですかそれ」

 この一言で相手の微笑に少し罅が入った。「言葉に気を付けなさい。我々を信奉していない貴女がこちらに来ること、即ち魂の救済を約束されたのは偏に大天使様のご助力があってこそ。本来ならば深淵の劫火へと落とされていたのだから、赦しを与えて下さったあの方のご機嫌を損なう発言は控えた方が賢明と云うものですよ」

 天国、魂の救済、深淵の劫火。羅列された単語は一つしか意味を成さない。だけどそんなこと、有り得る筈がないのに。

「色々と疑問はあるでしょうがまずは大天使様の元へと行って頂かなくては。先刻からずっと貴女をお待ちなのです」

 失礼、の一言を呟き相手が左手に触れる。浮遊感の後、周囲の景色が変貌を遂げた。先程とは別の場所に立っている。

「このままお進み下さい」右隣に立つ羽人間が、花々に彩られた小道を指して言う。「この先の四阿にてお待ちです」

「あの、一人で、ですか?」

「お人払いをされておりますから」

 上辺はさっきから変わらない。初顔合わせから今に至るまで隣の存在はずっと微笑んでいる。でも雰囲気が冷たい。肌で感じる、歓迎されていないのだと。

 四阿で待っている大天使様とやらはどうやら私の味方らしい。さっさと赴いて、さっき言われた通り機嫌を損なわないよう努力した方が当面は良さそうだ。礼を述べ歩き出す。

 しばらく進むと真っ白な玉葱屋根が見えてきた。そこにはまたも羽の生えた存在が一人。純白のベンチに座り、頬杖を付きながら彼方を気怠そうに見つめている。近付くにつれ髪は銀糸、纏うローブは緋色と判明した。瞳の色は、ここからでは分からない。

 一つしかない入口の正面に立ち、何と声を掛けたらいいのか視線を泳がせ考える。

 こんにちは。

 お待たせしました。

 初めまして。

 今宜しいですか。

 お呼びですか。

 ……何か、違う気がする。

 何と言えば良いのか迷ったまま視線を戻せば、そっぽを向いていた大天使様とやらがこちらを見ていた。玉葱屋根の影になっていてやっぱりその目は窺えない。まだ何と言葉を掛けるか決めていなかったので慌てる。「あっと、その、私」

「要らない」

「は?」

「君の名前だよ。必要ない」

「はぁ……いや、ええと」

「何だ、まだ分かってないの」

 相手が立ち上がる。ゆっくりと近付いて来た。四阿の床を歩く度響く足音。独特なリズム。背筋が粟立つ。

「駄目じゃないか、飼い主の命令を無視して他の男に尻尾を振るなんて」

 どうしてこの足音に聴き覚えがあるの。

「まずは『待て』を教え込まないといけないね」

 どうしてこの視線に馴染みの不快感を覚えるの。

「大丈夫、これからちゃんと躾直してあげるから」

 どうしてこの翠の瞳に見覚えがあるの。

「さあ、おいで……」

 どうして差し出されるこの手に恐怖を覚えるの――。


 
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