No.909071

あの日の恋をもう一度 ...4

くれはさん

睦月結婚もの第13話。

――それは、未来の見えなかった彼女達の昔話。
そして、……。

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2017-06-06 23:57:28 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:876   閲覧ユーザー数:876

「――1週間後、次の海域を攻略するわ」

 

……ある日の、薄曇りの朝。

いつもよりやや影の色の濃い、執務室――そこに集まった睦月達に向けて、私はそう告げた。

 

リンガ泊地という晴れの日の多い土地であり、その為普段は窓から陽光の射しこむ事も多い執務室。

だけど、今日は太陽が雲で隠れ――その為、差し込む光は薄く、暗かった。

そんな中で睦月達に話をしたのは。

――次の海域……つまりは、昔、私の乗った船が深海棲艦に襲われ。沈んだその海への、進攻だった。

 

「みんなの意見として、問題があったら言って。

 海流とか天候とか、その辺は電に調べて貰ってて問題なさそうだったけど」

 

――けれど、その話を睦月達にする事に対して。

落ち着き、話の仕方を特には変えず、溜め息さえも漏らさないように気を付けて。

そこの攻略は何でもない事であるかのように振る舞う様に努める。

 

「……いや、特にないと私は思うよ」

 

響が、そう意見を口にする。

ここにいる皆は――電も、暁も、響も、睦月も、そして神通に青葉、如月も。私が過去に、

そう言う出来事に遭ったと知っている。……けれど、そこには触れずに意見を言い、

そして攻略の方針に対してに頷きを返してくれた。……その事に、少し安堵する。

 

 

……そこに行く事に。司令官としてのこだわりはない。

そこは、この先に続く奪われた海への中間点であり。それ以外の意味はないんだから。

 

そして、私個人としてのこだわりは――ないと言えば嘘になる、その程度にはある。

だけど、それは私の感情で、私の因縁で。ここへの因縁は睦月達にはないんだから。

……だから、睦月達が触れないでいてくれた事に、少し嬉しさを感じて。

 

 

 

 

 

――そして、

 

「次は、ちょっと大変になるかもしれない。『あれ』が――重巡級改が居るかもしれないから。

 だから、しっかり準備お願いね。数年前の事だから、今は居ない可能性も勿論あるけど。ね」

 

私がこの海域について、睦月達よりも本土よりも多くを知っているただ一つの情報――

重巡級改の存在について、注意を促して。

 

 

そして、私達は解散し――それぞれに準備を始めた。

艤装の整備、演習、地形の把握、そして戦いに臨む為の十分な休息と、それらを進めながら。

曇り切り、太陽の見えない空を見上げ、ぽつりと……私は呟く。

 

「……こういう話をする時くらい、晴れてた方が景気がいいのにね。嫌な曇り方」

「それは……お天気の事だもん、仕方ないのです。でも、睦月も晴れてる方が好きだよ?」

 

そう言ってから。

睦月は何故か、私の顔を数秒じいっと見て。

 

「……?どうしたの、睦月?」

「えへへ、何でもないよ?ちょっとてーとくの顔をじいっと見たくなっただけ。

 ……さ、これからの出撃の為にお仕事しよっか?睦月はてーとくの相棒だもん、

 二人でお仕事ばりばり進めちゃうのです!」

 

 

 

 

 

ここは、リンガ泊地、鎮守府。

海より来る異形の存在、『深海棲艦』に対抗するべく作られた前線基地。

 

私の――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――全く、失礼しちゃうわ。暁だけがお留守番なんて、まるで子ども扱いみたいじゃない」

「仕方ないさ。あまり多くで海に出ると、却って見付かり易くなる。……それに、

 暁も分かっているんだろう?暁に任せても問題ないと思ったから、司令官はそうしたんだ、って」

 

……静かな空間の中。す、す――と、小さな音だけが響く。

その音は、私の隣――黒い生地のエプロンを付けた、私と背丈の変わらない姉の手元から生まれていた。

 

少し前までは、野菜に包丁を入れるその動きさえも危なっかしくて。

人参を切るにも大根を切るにも、力を入れ過ぎ……まな板を割ろうとするかの如く、大きな音を立てていた。

しかし今はそれもなく、ある程度慣れた手付きを見せながら――

 

「……分かってるわよ、響」

 

――ぶう、と少しだけ頬を膨らませながら。一人で料理の準備を進める暁は、私の言葉にそう答えた。

 

 

 

 

 

……朝の会議を終えて。それから少々の時間が経過し、今は昼の少し前。

私は自分の艤装の整備を終え、さて次は何をしようか――と考え。

 

『――ごめんね、暁。今回は鎮守府で待っててもらっていい?

 流石に、私含めて八人は……ちょっと動くには重いから』

 

……先程の会議の中で、司令官にそう言われ。

今回は戦列を離れる事になった暁の様子が気に掛かって居た事もあって、暁の様子を見に行く事にした。

 

暁は出撃の準備を行ってはいなかった為、工廠には居ない。

けれど、私と暁の電の3人に与えられた、鎮守府の真新しい居室にもその姿はなく……。

何処にいるのかと暫く探して、ようやく見つけたのは……食堂。そこで暁は、一人で料理をしていた。

 

 

 

と、……暁がキャベツを切り終えたタイミングで、そこまでを思い返して。

未だ、聞いていなかったことを確認する。

 

「……それにしても、どうして一人で準備を進めているんだい、暁。

 今日の昼食は、司令官と神通の予定だっただろう?」

「それは、……」

 

私のその問いに、暁は少しだけ口を閉ざす。そして、

 

「明後日、響もみんなも出撃して……暁だけお留守番なんだもの。

 みんなが帰って来るまで、何もする事がないじゃない。だから――」

 

野菜を切り終え、調味料を揃え。フライパンで切ったそれを炒める準備を進めながら暁はそう言う。

そして、その暁の言葉に――ふむ、と私は頷く。

皆がいなくても、一人で過ごせる様にしたい、ということなら分かる気がする――

 

 

 

「――だから、暁一人で作る絶好の機会だもの!

 いつもは司令官が私達に教えてくれた料理を、司令官と二人でお料理当番する事になってるけど、

 暁一人で作って、教えて貰ったお料理、こんなに上手になったのよ、って!

 司令官より美味しい物作って、暁がもう頼れるレディなんだって、ぎゃふん、って言わせてあげるんだから!」

 

 

 

――と思ったら、もっと個人的な理由だった。

そんな話をする中で暁は炒め物を始め、何度かフライパンの中を掻き回した後に調味料を投入。

油と調味料の跳ねる音が、暁の小さな手の少し先で響く。

 

「……。まあ、暁の好きにするといいさ。今日が当番じゃないのに作ってた理由は分かったよ。

 秘密で料理の特訓をしたいという事なら、私はその結果を楽しみにさせて――」

「何言ってるのよ、響。響にも付き合ってもらうんだから……はい、どうぞ」

 

どうぞ、と。

そう言った暁の手には、今出来上がったばかりの炒め物が小皿によそられ、――私の方に差し出されていた。

 

「……これは?」

「味見。暁だけじゃ、ちゃんとできたか判断できないもの。だから、響にも食べてもらうのよ」

 

……成程、と納得する。

先程から、料理を作る途中で私の方をちらちら見ていたり、私を引き留めようとしていたのはそれが理由か。

まあ、居合わせてしまったのなら仕方ない――と、その小皿を受け取り、箸で炒め物を摘まみ、口へ。

 

「……どう?遠慮なく言っていいから」

「む……」

 

暁に注視の視線を向けられながら、口の中に入れたそれを咀嚼する。

……この姉の手料理の感想を、遠慮なく言わせてもらうなら。

 

「……そこそこ、かな。少し水分が残っていて、味付けが薄くなっているけど。

 でも、悪くはない。見た目もきれいだしね。今の状態なら十分だと思うけど」

「そこそこじゃだめなの!それじゃ、司令官をぎゃふんって言わせられないじゃない!

 ……もう、響ったら暁に甘いんだから」

 

……そう言いつつ、暁は作った料理を自分の口でも確かめ。

自分の料理の出来が私の感想通りと認める様に、顔を顰めた。

 

「……まだまだ、頑張らなくちゃ。ねえ響、だから――」

 

そして暁は、黒く長い髪を揺らしながら。私の方を向いて――

 

 

 

 

「――だから、響も付き合ってよね。

 暁はもっともっと料理が上手くなりたいの」

 

 

 

 

その暁の言葉に、――時間があれば付き合うよ、とそう返して。

次はどうすればいいかと相談をしながら、二人で後片付けを始めた。

 

 

***

 

***

 

 

「――如月ちゃんは、どうなのでしょうか。提督と睦月ちゃんの事は」

 

――お昼の少し前。

いつもなら燦々と太陽が照って、蒸し暑いくらいの温度になる筈のリンガ泊地は……

朝から変わらず曇ったままの空で。そんな空の下で、私は神通ちゃんと二人で埠頭近くにいた。

 

艤装の整備を終えた私は、……何となく、海が見たくなって。

ぼうっと、ここで曇り空の下の海を眺めていた私に……神通ちゃんが声を掛けてきたのが、少し前の事。

暫くは、私達に与えられた個室の事――

私と睦月ちゃんの暮らしぶりや、神通ちゃんと青葉ちゃんの生活――とか、

最近の調子なんかを話していたんだけど。不意に、神通ちゃんがこう聞いてきたのよね。

……睦月ちゃんと司令官の事について、私がどう思っているのか、って。

 

……神通ちゃんが、どうしてそんな事を聞いてきたのか。その理由は分かる。

だって、少し前まで司令官に対して値踏みするような目を向けていた私が……

急に、司令官と睦月ちゃんを近付けようとしているんだものね。

 

「電ちゃんから、少しだけ聞きました。提督と如月ちゃん達の間であった事は」

「……そう」

 

この間のお風呂でのこと、よね。と、……少しだけ考えて、あの時に私が言った事を思い返す。

 

 

 

 

――でも、司令官は……睦月ちゃんが好きなのよね?

 

 

――聞かせてほしいの。司令官は、睦月ちゃんをどうして好きになったの?

 

 

 

「どうなの、かしらね。……わからないの。

 司令官と睦月ちゃんの事をどう思っているか、っていう事……上手く、答えられないの。でもね?」

 

……あの日。

司令官が、自分に生きる意味を見出さず、ただ他の誰かの幸せを願う生き方だと知って。

それでも、――司令官が睦月ちゃんに向ける思いは、間違え様もない位強い……好きの感情だと知って。

私は、あの人に。そんな思いを燻らせたまま生きて欲しくないって、そう思った。

……睦月ちゃんを好きだというあの人が、その気持ちを抑え込んでいるのが、辛いとも思ったのかもしれない。

 

「ふふ、……可笑しいかしら、神通ちゃん?

 最初は、司令官が睦月ちゃんを幸せに出来る人か……あの人を試そうとしていたのに、ね」

 

今度こそ、睦月ちゃんが幸せに生きられるようにする……それだけを願って、私はこのリンガ泊地に来た。

そのはず、だったのに……ね。私は、いつの間にかあの人にも幸せになって欲しい、って思い始めていたの。

 

……睦月ちゃんや響ちゃん達が過ごしてきた、大切なものを失いながら希望もなく生き続ける――

そんな辛い時間を、生き方を、私はあの人にして欲しくなんてなかったんだもの。

 

 

睦月ちゃんに、幸せになって欲しい。

司令官が睦月ちゃんを好きなら、司令官が睦月ちゃんを幸せに出来る人かを知りたい。

だけど、……それとは別に、私はあの人にも幸せな生き方をして欲しい。

それで、睦月ちゃんと司令官を近付けて試そうとしている、なんて。随分とおかしい行動をしている。

 

 

 

だけど神通ちゃんは、私のそんな『複雑かもしれない』感情を見通したみたいに、ふ、と笑って。

 

「いえ。それは……如月ちゃんが優しいからだと思います。

 私は、提督がそういう人であると分かっていても――仕方がないかもしれないと諦めてしまう位に、

 擦り切れてしまっていますから」

「擦り切れて――」

 

擦り切れて、と。自嘲するように微かに笑う神通ちゃんの言葉に。

少しだけ、心に痛みが走るように感じた。

 

私の知らない、私の沈んだ後。睦月ちゃんも、響ちゃんも、神通ちゃんも……

みんな、戦い続けていて。そして、色々なものを失っていった――。

その時間を知らないことが、私が擦り切れていない理由なのかしら、と一瞬そう考えて、

……その考えを吹き飛ばす様に、頭を軽く振る。

そうじゃないわ。そう考えるのは、私のそれを美点と言ってくれる神通ちゃんに失礼だもの。

 

 

「神通ちゃんにそう――優しいって言ってもらえて、嬉しいわ」

 

 

『複雑かもしれない』と、自分でそう思っていた感情を――『優しい』と言われた事に少し驚きながら。

その言葉に、だから、と続けて。

 

 

「……その『優しさ』で誰かを助けられるのなら、私は助けたいって思うの。

 あの時泣かせてしまった睦月ちゃんを、それにまだ会えていない弥生ちゃんも望月ちゃんも――ね」

 

 

……睦月ちゃんがここにいると、それを一番に知って。私は、ここに来た。

だって、私は。あの日に泣かせてしまった大切な人たちを幸せにする為に、

もう一度命を貰ったんだって……そう、思っているから。

 

「……それに、司令官も、ね。助ける人が多くて、少し大変かしら?」

「そこで提督も含めてしまうのが、如月ちゃんの『優しさ』ですね」

 

ふ、と。今までよりも、少しだけ嬉しさを感じるような表情で、神通ちゃんは笑った。

そして、

 

 

「大切な人を、助けたい、――ですか。そう、ですね」

 

 

顔に浮かべたその嬉しさが消えてしまったように、違う感情が神通ちゃんの顔に浮かんでいく。

さっきとは違う表情を浮かべた神通ちゃんは、海を見、空を見て、そして――呟く様に、言った。

 

 

 

 

「如月ちゃんとは違いますけれど――助けたいと、そう思うのは。私も同じかもしれません。

 ……私は、睦月ちゃんには返さなければいけない借りがありますから」

 

 

 

 

 

睦月ちゃんも如月ちゃんも、気にしないでいてくれては居ますけれど……と。

恐らくは、私の知らない記憶の事を呟きながら。

 

「……少し、雨が降ってきましたね。中へ戻りましょうか、如月ちゃん」

 

そう、言いながら。ぽつりぽつりと降り始める雨……それに濡れる事も気にせず、

神通ちゃんは遠い目をして、海の向こうを見ていた――。

 

 

 

***

 

***

 

 

 

「――あの、ね?電ちゃん、おかしいって思わないで聞いてほしいのです。

 最近、どうしてかな……てーとくの事を考えると、胸がとくんとくん、ってするの」

 

 

 

……艤装のお手入れの後、暗めの空でちょっとだけ不安になりながらお洗濯物を干して、

そうしたら、やっぱり雨が降ってきて――慌てて干したばかりのお洗濯物を取り込んで。

 

そうだ、部屋干しをしようって。

そう思って考え方を切り替えて、出来る限り光の当たり方や風通しのよさそうな場所を探して、

一通り干した後――電は、一緒にお洗濯物を干した睦月ちゃんと一緒に、

私達の……私と響ちゃんと暁ちゃんの、3人の部屋で。お茶にしていたのです。

 

最初は、他愛もないお話をしていて。

だけど、電が『司令官さんが――』『司令官さんも大変なのです』って、司令官さんの名前を出す度に、

睦月ちゃんは、びくり、ってして。

 

「……どうしたのです?睦月ちゃん」

 

そんな睦月ちゃんの様子が、ちょっとだけ心配になって。声を掛けてみたのですけど。

そうしたら……睦月ちゃんは顔を真っ赤にして。内緒の話を打ち明けるみたいにして、そう言ったのです。

 

 

そう思っている間にも、ぽつり、ぽつりと。睦月ちゃんは、言葉を続けます。

 

 

「……この間、如月ちゃんとてーとくと三人で居た時に、ね?

 最近睦月が頑張ってるから誉めてあげてほしい、ってそう如月ちゃんが言って。

 それで、てーとくに頭を撫でて貰ったのです」

 

睦月ちゃんは、そこで一回言葉を切って。

……何かを言おうとして、けれど言い方が思いつかなかったみたいに困った顔をして。

そして、こう言ったのです。

 

「頭を撫でて貰えて、……その撫でられる感じが、てーとくの手が、気持ち良くて。

 すごく、ほっとして、……どきどき、して。落ち着かなくなって」

 

それでね、それでね、まだもっとどきどきする事があって、と続けて、

 

「てーとくから、相棒って呼ばれて、頼ってもらえるのが嬉しくて。

 睦月の方からも相棒って呼んでみて、そうしたらまたどきどきし。」

 ……そんな風に頼ってもらえるのが、嬉しくて。もっと近付きたくなって」

 

少し、顔を赤くして。……睦月ちゃんは、私の目を伺う様にして。

 

「ときどきだけど、てーとくの方から手を伸ばしてくれるのも、嬉しくて。

 ……すぐ、引っ込めちゃうけど」

 

そこまで言って、睦月ちゃんは言葉を切って。

……じっと、私の目を見つめるのです。そして、

 

 

「……ねえ、電ちゃん。睦月のこの感じ、何なのかな……?」

 

 

睦月ちゃんは、右手で胸のまんなかを抑えながら、そう言いました。

 

 

……その、睦月ちゃんの姿に。ああやっぱり、と私は思い至りました。

これは、きっと。本土にいた時、最近の風俗資料として私達に差し入れられた、

漫画の中にあった――

 

 

「――それは、きっと『恋』っていうのです、睦月ちゃん」

 

 

「恋……?」

「ええっと……。好きな人の事を考えると、どきどきしちゃうこと、……なのです?」

 

好きな人、と。私がそう言った途端に、睦月ちゃんはもっと真っ赤になって。

その反応は、やっぱり漫画の中で『恋』をしているような人たちが見せたような照れで。

司令官さんもそうなのですし、あの漫画って本当だったんですね、なんて考えながら――、

睦月ちゃんに、『恋』を……自分も知らない、漫画から学んだ『それ』の知識を話します。

 

 

 

 

 

――漫画。今睦月ちゃんへ話して聞かせている、その知識の大本……、

いわゆる、『少女漫画』って呼ばれているそれは、本土で保護された私達に与えられた、

最近の風俗を知るための資料の一つでした。

 

私達に与えられた、たくさんの資料。それらの資料は、

――船に憑いて、船に乗る人たちと多くの時間を過ごして、

船に乗る人たちの生活が知識のほとんどな私達にとっては、新鮮なものばかりだったのです。

 

 

暁ちゃんは、きれいなお料理やお菓子。それに、お洋服やモデルさんが載っている本が気に入って。

雷ちゃんは、ドラマを見るのに熱中していて。

響ちゃんは、……特に何かに関心を寄せる事はあまりなくて、私達の事をよく見ていました。

ときどき、私達の知らない――響ちゃんだけが知っている仲間のことが載っているご本を、

呼んでいたりはしていたみたい、なのですけど。

 

 

それで……私は、コンピューターや、それに漫画に興味を引かれて。

その中で見つけた、『恋』について気になって、

保護された私達のお世話をしてくれている監督官さんに、その事を聞いてみたのです。

 

 

『――人間さんは、恋をするのですか?』

 

 

――ええ、そうですね。

  人間は、恋をして、付き合って、結婚して……そうして伴侶を得て、人生を生きていくんです。

 

 

『――恋って、どういう物なのですか?』

 

 

――なかなか、答えるのは難しい質問ですね。

  そうですね、人によって感じ方は変わるとは思いますが……、

  その人のことをずっと考えてしまう位、気になる相手が出来る、というものでしょうか。

 

 

『――恋をして、……どうなったのですか?』

 

 

――あの人のことがもっと知りたい。あの人の傍に、もっと近付きたい。そう考えてばかりの日々でした。

  思い返せば、ただ、熱に浮かされるように急いてばかりだったようにも思います。

  でも……それで私は、旦那を捕まえられたんですから。私にとってはそれが正解だったんだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

……そうして、私は『恋』について学んで。

そして今、司令官さんと睦月ちゃんは、きっと恋をしているのです。

だから――

 

 

 

「……そっか。そういうのが『恋』なんだね……。睦月は、てーとくに『恋』、してるのかにゃ……?

 …………じゃあ、じゃあじゃあ、睦月はてーとくのあれにお答えしないとなんだよね?『結婚して』、って」

 

 

 

――ねえ、司令官さん。

睦月ちゃんは、電が見て分かるくらい、こんなに司令官さんのことが大好きなのですよ?

 

 

***

 

***

 

 

 

――微かに聞こえる水音。ぼんやりとした意識の私の耳に入ったのは、そんな音だった。

そして、頬に張り付くざらざらとした嫌な感触が気になり、一気に意識がはっきりする。

 

『……、ここ、どこ……?お父さん、お母さん……?』

 

むくり、と起き上がって。周囲を見回した私の目に入ったのは、海と、白い砂浜と、名前も知らない植物と――

そして、何人もの倒れている人の姿、だった。

私は駆け寄って、ここが何処か、って聞こうとして――

 

 

 

 

      ・・・

――そして、幼い私は気付く。

ああ、これはまた、あの時の夢を見ているんだって。

 

私はこの後、無残な姿になった人たちの姿を見る。

この近くには、私の言葉に反応を返してくれる無事な人なんて誰もいないんだと思い知る。

そして、

 

 

ぱしゃん、と。水音が響き。

誰かいるの、と振り返る私の目に入るのは、きっと、あの……、

 

 

 

白い肌、黒い服、そして光る青い目の、腕に大きいものを付けた『何か』が――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――唐突に、その身体を爆発で揺らした。

 

 

 

 

 

『……え?』

 

……どう、して?これは、あの時の夢じゃないの?

そう思いながら、いつも見る夢と――私の記憶と違う出来事に、私は困惑する。

と――

 

『いっしょに逃げよ!――ここにいるのは、危ないのです!』

 

――誰もいないはずの記憶の砂浜で、私は突然腕を掴まれて。

幼い私よりも少し背の高い……深緑のスカートを翻す女の子に手を引かれ、私は走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ここまでくれば、安心かなあ?』

 

私とその子は、しばらく走り続けて。

砂浜からだいぶ離れ――島の、だいぶ奥へ。

そうして足を止めた頃には、あの白いお化けはもう何処にも姿は見えなくなっていた。

 

『怖くなかった?』

 

……少し考えて、怖かった、と言う。

どうしてか分からないけれど、この子には――怖くなかった、なんて嘘を言う必要はないと、そう思ったから。

 

『……そっか、頑張ったね。

 うん、いい子いい子。大丈夫、ここにはお姉ちゃんがいるから安全にゃ!』

 

そう言って、その子は私の頭をゆっくりと撫でて。

どうしてだろう、その撫でられる感触は――ぜんぜん、嫌じゃなくて。

 

……そして、その子は。私の頭を撫でる手を少しだけ緩めて、

 

 

 

『あ、そう言えばお名前、まだ言ってなかったのです。あのね、お姉ちゃんはね――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ・・・・・・

…………そして私は、夢から覚めた。

椅子に座り、頭だけを落としたまま寝ていたと、そう自分の今の状況を認識して――

ああ、そう言えばここしばらくこの先へ進行する為の調べものしてて寝不足だったわね、

なんて思う。

 

……それにしても。

 

     ・・・・・・・・

「あの日に睦月に助けられた、なんて夢……都合良すぎでしょ……」

 

 

夢は、記憶の整理……なんて、そんな風に言われる。

自分の中の記憶を整理する時、深い眠りでない時にそれを夢として見る――

だから、全然関係ない事柄が混じって、有り得ないものを見ることもある。

 

だけど、と。そう言った後、一つ溜め息を吐いて。

 

「どれだけ睦月を特別にしたがってるのよ、私……」

 

そう言いながら、電灯の点いた執務室の天井を仰ぐ。

ああもう、如月にあんなことをされ始めてから、調子が狂いっぱなしじゃない――

 

 

 

 

 

『――ね、司令官。今日は睦月ちゃん、凄く頑張ったかしら?

 じゃあ、司令官から睦月ちゃんに、ご褒美を上げたらどうかしら』

 

数日前の、その言葉から。如月は、私と睦月を積極的に近づけようとする――

そんな様子を見せ始めた。

 

 

……例えば、食事の当番が私と睦月の時に、ちょっかいをかけに来たり。

 

 

……例えば、睦月と如月の部屋、と割り振った部屋に、

  私を招いてお茶をしようとしたり。

 

 

……例えば、わざと私に近付いて、私と睦月に距離を意識させたり。

 

 

 

睦月を、今度こそ幸せにする。その目的の為に。

暫くは私を見張る様にしていた如月が、どうしてそんな事を急にし始めたのかは分からない。

だけど、如月の目的が、私に睦月を意識させようとしているっていう事なら……、

 

「……目論み通り、効いてるわよ」

 

 

……以前よりも近くにいる事が増えて、睦月の匂いを覚えた。

髪を撫でた時に、耳の上の髪がすぐ元に戻ってしまうくらい強い癖っ毛なのを知った。

睦月の今の、料理の好みを知った。私の料理の好みを、睦月が少しだけ覚えた。

私が睦月を撫でて、……逆に、睦月が私を撫でるようなこともあった。

 

そう、如月の目論見通りに、少しずつ私は睦月の事を知って。少しずつ、距離が近くなり始めている――。

元々睦月との距離は、それほど遠くない……むしろ、睦月が近づきたがる癖があるから、

元々距離は近かったけれど。如月が私達を近付けようとする分、――前より尚距離が近く。

 

……そして、その中で。睦月のもっと近くにいたい、っていう気持ちが大きくなっていく。

だけど、……だけどね。

 

 

「……駄目」

 

 

駄目、と。もう一度、強く心に思う。

……それは私がしてはいけない事だ、って。

 

 

……あの日、重巡級・改に襲われ、たった一人生き残った私は。

軍学校に入り、その時の心と身体の傷を癒しながら生きていく中で――

爺と、寄越された大量の本で多くの事を学んだ。その中には、生け花や金属加工、棒術なんてものもあったけれど。

それは、私が立ち直ったら、どんな生き方でもできる様にという……爺の願いだった。

 

だけど、結局私は……与えられた物にどんな人生も見出せず。

だったら――生きたい人生がないのなら、私の様な『不幸な誰か』がもう現れない様に、

誰かの為に生きて死ぬ事は出来る事を選びたいと、軍人になる事を望んだ。

 

 

 

『――私は、お前に普通の生活に戻って欲しかったんだがな。

 その為に、どんな生き方もできるように色々な事を教えたつもりだったんだが』

 

『分かってるわよ、爺。そうして欲しかったのは、十分に分かってる。だけど――』

 

 

 

――だけど、生き方が分からなかった。大切なものを失って、……そこから、前を向く事が出来なかった。

だから私は、――誰かの為に生きて、戦って、死ぬ、その事だけははっきりしている、

生き方が分からない私でも選べる、この生き方を選んだ。……だから。

 

 

 

 

……抱えた思いが大切になって、叶えたいと、そう欲が出て。

そうしたら、わたしは――守りたいものを守る、その踏ん切りをつけられなくなる。

 

 

 

 

「それは……駄目だもの」

 

 

ここで過ごす内に、いつしかとても大事になってしまって。

守りたいと……どうか今度こそ、幸せになって欲しいと。そう思う位に大切になってしまった、

あの子達が危機に陥った時。そんな自分勝手なものを抱えた私は、飛び出せなくなるかもしれない。

 

――だから、そんな思いは抱いたら、いけない。

 

 

 

 

「……それに、ね」

 

 

 

 

自分の中の、睦月への想いに流されてはいけない理由が、ある。

 

 

 

「だって、これは私の片思いだもの。……その為に判断を見誤るなんて、しちゃダメじゃない」

 

 

 

今見た夢の、睦月の手。その本物じゃない感触にも揺れる心を、その言葉で抑える。

その事実を――片思いであることを思いながら、心臓の鼓動を収めようとする。

 

……そう、これは片思い。

出会った時に、結婚して欲しいと言ったのも。

その後に、睦月が近くにいてくれて安心するようになったのも。

あの子を、相棒と呼んでいいか聞いたのも。

如月に聞かれ、答えた睦月への思いも全部――私の片思いの行動。

 

睦月がそれに応えてくれるかもしれない、なんて都合のいい思い込みで、心を捨てられなくて……、

あの子達を危機に巻き込む訳には、行かない。

 

 

 

 

 

 

 

――あの子達は。一度、辛い人生を送った皆は、尚更。

これから幸せに生きていくべきなんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――と、暫くそうしていて、

やっと自分の心が収まったと、そう思った頃。

 

「お邪魔しますね、司令官」

「……青葉?」

 

執務室のドアに、軽い打音を響かせて。

ノックの後、開かれたドア――その向こうにいたのは、青葉だった。

 

「どうしたの、青葉」

「いえ、ちょーっと司令官に見て貰いたいものがありまして」

「見て貰いたいもの?」

 

そう言って。青葉は机の方へと歩いて来て……、私の前に、1枚の写真を差し出した。

 

「……これ」

「はい、多分……司令官とそのご家族の写真ですよね。

 青葉が貰ったカメラに入ってたフィルム、覚えたばっかりの技術で現像してみたら

 出てきたんです」

 

――それは。

あの日に私と両親で撮ったと、そんな記憶がうっすらとある……1枚の家族写真だった。

そして、その写真に写る私と両親は――

 

「笑ってる、のね。……こんな表情、ここ数年鏡でも見た事ないわ」

「この写真が出来た時、青葉びっくりしたんですよ?司令官、こんな表情で笑うんだ、って」

「……まあ、子供の頃だしねえ」

 

子供の頃、と。この写真に写る幼い私の姿を見ながら――

この数時間後に私は笑えなくなるのよね――なんて、他人事のように思う。

 

 

「で、これが青葉の用事?」

 

差し出された写真を預かり、――どう扱おうかと少しだけ悩んで。

結局、決められずに。写真の表面を伏せる様に、机の上に置いた。

そんな様子を見ていた青葉は、けれどそれについては何も言わず――

 

「……いえ、この写真の事以外にもう一つ。

 青葉、ちょっと司令官に話を聞いてもらいたいと思いまして」

 

……いつの間に、手に持っていたのか。私があげたカメラを手に、青葉は。

少し困ったような表情で、そう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……執務室に差し込む光の色は、少しだけ暗い色に変わり。

そんな中、青葉はその手に、カメラを握ったまま。口を開こうとし、躊躇い――それを繰り返していた。

私は、そんな青葉の様子を珍しいと、そう思いながら。青葉の言葉を待って……話さない。

 

 

そして、

 

「司令官」

 

青葉が、呟く。その呟きは、……今までの青葉の声色よりも、低くて。

見つめる青葉の表情からは、いつもの陽気さが消え。――陰が、射す。

 

「青葉は、戦いが好きじゃありません。……司令官は、御存知だと思いますけど」

「……そうね、知ってる」

 

……青葉は。

今、このリンガ泊地で――不十分な戦力の中で、おそらくは一番強い青葉は。

戦いが好きじゃないと、そう言った。

 

実際、青葉が着任したころには。青葉は――もっと暗い表情をしていた。

自分の身体を、そして砲を見ては……溜め息を吐いていた。

 

……だから私は、思った。きっとこの子は、戦いに倦んでいるんだって。

本土に居た時、私が共に戦っていた軍の人間にも、そんな顔をしていた人はいたから。

……まあ、青葉程ではないけどね。

 

 

そして、そういえば、と。

昔は、もっと暗い表情だったのに――青葉が、笑顔をよく浮かべる様になったのは。

いつからだったかしらね?

 

 

「青葉、本当は――もう、戦いなんてしたくなかったんです。

 青葉は最後の最後まで生き残りましたけど、その中で、仲間も、大切な人も何人もいなくなって……、

 それをずっと見てきたから、これ以上戦うなんて嫌だったんです」

 

 

青葉が一言、言葉を紡ぐたびに。その影は濃く、より濃くなって。

 

 

「……そして、もう一度この世界に生まれた時。

 ああ、青葉はまた戦わなきゃいけないんだ、って思いました。

 だって、生まれた青葉の手には、もう武器があったんですから」

 

 

青葉は、吐き出すように。少しずつ、今まで喋る事のなかった本音を私に見せてくる。

 

 

 

 

――艦娘と呼ばれる存在がどこから来るのか。それは分かっていない。何者なのかも、正確には分からない。

だけど、幾つか分かっている事がある。

 

艦娘と呼ばれる子達は、女の子の姿をしていて。

過去の戦争で戦った艦船の名前と、その記憶を持っていて。

生物の様な生まれではなくて、海の上に突然現れる存在で。

 

 

そして、その現れた瞬間――生まれた瞬間から、その身体に艤装を纏っている。

 

 

理由は、分からないけれど……、

彼女達は、ここに生まれた瞬間から。青葉の言う様に、その手に武器を持っている。

それを生まれた瞬間から見せられるのは、どんなに苦痛なのかしらね――と、そう思って。

青葉に、どう声を掛けようか。そう考え始めた時――

 

 

不意に、青葉の顔に。笑顔の色が混じった。

 

 

「だから、この鎮守府に来た時。嫌々でも戦わなくちゃいけないんだ、って思ってたんですよ。

 青葉は、武器を持ってるんですから」

 

今まで顔に射していた影が、薄れていくみたいに。

笑みの色を少しずつ濃くしながら。青葉は続ける。

 

「だけど、そんな青葉にですね?……司令官、カメラを渡したんですよ。

 持ってきた荷物の中に入ってたけど、私は使わないから、って」

 

カメラ、と。

青葉が言ったその予想外の言葉に、私は困惑する。……どうして、それでそんなに笑うの?

 

「……だって、本当に使わないんだもの。爺がいつの間にか私の荷物に入れてただけで」

「あれ、あとで司令官のお父さんの遺品だって聞いてびっくりしたんですよ?

 そんなものを青葉にくれたんだって」

 

青葉が言う『カメラ』。それは、私がこのリンガに司令官として電達と一緒に来た時に、

持ってきた荷物――その中にいつの間にか爺が紛れ込ませていた物だった。

 

一度海に出て、睦月を迎えて。それから荷解きをして――

そんな中であのカメラを見つけた時……正直に言えば、どう反応していいか分からなかった。

……だってあれは、『これが近くにあったらお前も辛い事を思い出すかもしれない』って、

そう言って。爺がずっと預かっていた――あの深海棲艦の事故の日の、父さんの持ち物だったから。

 

「……でもですね、司令官。あの時、青葉はすごくびっくりしたんです。

 だって、戦う為の武器じゃない――趣味のためのものを渡されたんですから。

 司令官は、もしかしたらそんな事考えてなかったかもしれないんですけど」

 

……うん、そうね。確かに何にも考えてなかった。

私が持ってても使わないなら、他の誰かに使われた方がいい、って。それだけだったもの。

――だけど、青葉にとっては、そうじゃなかった、っていう事?

 

「青葉は」

 

一呼吸おいて、彼女は、

 

 

 

「司令官に、戦い以外の物を貰ったって。

 戦う以外の生き方を出来る物を貰ったって――そう、思ったんです。

 だから、……青葉は、それを教えてくれた司令官についていきたいって、そう思うんです」

 

 

 

「……」

「……」

「…………」

「…………」

 

どちらからも、言葉が切れて。沈黙だけが、執務室に広がる。

そして、

 

「……いやいや、こういう話を真面目にするのは恥ずかしいですね!

 要約するとカメラありがとうございました、っていう事です!……それじゃ、青葉、失礼しました!」

「え、あ……うん……?」

 

青葉のその予想外の言葉に、私は困惑して。何も言えないでいて――

そんな私に、青葉は少しだけ表情に照れを見せて。

 

……がちゃん、と。執務室の扉で、少しだけ大きな音を鳴らして。

青葉は、帰って行った。

 

 

 

 

「…………」

 

青葉が帰った後。

私は、青葉から手渡された写真を手に、青葉の言った言葉を――少し考えていた。

 

「『戦う以外の物』、……かあ」

 

思いもよらない、言葉だった。だけど――

 

……青葉が、戦う以外の物を。戦いが終わったその先に使える物を見つけたのなら。

私はそれを青葉が叶えられるようにしたい。

それは、青葉がそうしたいと願ったもので。――もしかしたら、青葉の幸せに繋がるのかもしれないから。

 

そして――

 

「睦月達も、そうよね。――青葉と同じ様に、戦い以外の物を見つけられるなら」

 

きっと今度は、それで幸せに生きられるはずなんだから。

そう、だから。尚更にと――青葉が来る前、揺らいでいた心を抑え込んでいた、その思いを強く意識する。

 

椅子から立ち上がり、そして窓際へと一歩――また一歩と歩き。窓から、揺れる水面を見て、

雨が入るのを防ぐために絞められた窓のガラスを撫でながら、……呟く。

 

 

 

 

 

「――あの子達が、今度は幸せに生きられるようにするために。

 私は、守らなきゃよね」

 

 

私が今まで生きてきた――前を向く事も出来ずに、ただ戦う事だけを生きる道筋だって選んだ人生は、

きっとその為にあるんだって。

 

……疼く心を、抑え込んで。私は、心の中でそう強く思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……と、

 

「失礼するよ、司令官。……邪魔じゃなかったら、少しいいかな。

 と、……外でも見ていたのかい?」

 

……海を眺める、私の背後。そこから、誰かの声と――足音が聞こえた。

振り返り、そこにいた相手を私は認識して、その名前を呼ぶ。

 

「……響」

 

そこにいたのは、響だった。……その姿を認めて、私は少しだけ安堵する。

……ああ、こんな事を考えてる時に会う子が、他の子じゃなくてよかった、って。

 

そう思いながら、私は響に答えを返す。――そうね、海を見たくなったのよ、と。

それに響はふうん、と頷いて、

 

「何となく海を見たくなった、か。……そうしたくなる理由は似る物だね。

 私も……司令官も、海にはそれなりに繋がりがあるからかな」

「……いい物ばかりじゃないけど、ね。その繋がりも。

 響も――私も、ね」

 

司令官も、と続けるところに。響が一瞬逡巡したと、そう感じた。だから、急いで言葉を次いだけど。

……気を遣わせてるわね、私は。

 

 

……そして、響はわたしの横に並んで。二人で海を見つめるような格好になって――

私達の会話が一旦途切れ、少しの間が開き。そして、

 

 

 

「司令官」

 

 

 

そう言い、響は私の方を向き――顔を見つめる。

 

「私は、今だから聞きたい事があるんだ。司令官の人となりを知った、今だから。

 ……だから、聞かせてほしい」

 

そして、響は――

 

 

「――もしも、この先の戦いで」

 

 

その後の言葉を続けるのを躊躇うみたいに、数秒の間を空けて、

 

「……」

 

……だけど意を決したように、唇を結んで。続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「誰かを見捨てれば――救援に行く事を諦めれば。

 あるいは、誰かが囮になれば、残った皆が助かるかもしれない。

 私たちの生きてきた時間では、しばしばあった事ではあるけれど……」

 

 

 

「――そんな選択を迫られた時、司令官はどうするんだい?」

 

 

 

――響は、そう私に聞いた。


 
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