~エレボニア帝国東部 ガレリア要塞~
リィンらがガレリア要塞に来て、特別実習の二日目。午前中は正規兵らと混じって筋力トレーニングに勤しんだ。とはいえ、サラだけならばまだしも元正規軍のラグナ・シルベスティーレ教官や、ラウラの兄であるスコール・S・アルゼイド教官の授業を潜り抜けてきた面子。それを傍から見ていた他の正規兵曰く
『正直付いてこられるとは思ってもみなかった』
とのことであった。そして保存のきくあまり味気のない昼食を無心の境地で頂いた後、午後の特別講義にてクロスベル方面もとい通商会議に関する情報が伝えられることとなった。
「クロスベル方面に<帝国解放戦線>が、ですか!?」
「ええ。共和国方面でも別のテロリストらしき組織が動いてるらしくてね。情報局でもその線で動いているそうよ」
「何か対策は取られているんですか?」
「無論だ。だが、今回のことに関しては完全に情報局の仕切りでな。正規軍にも『心強い協力者がいる』という風にしか伝えられていない」
「ま、そうなるよな(概ね予想通りの情報規制といったところか)」
最悪共和国側のテロリストと結託・共闘という形でお互いの政敵を葬ろうという魂胆なのだろう、という想定で情報局は動いているとみていい。その協力者の存在もラグナ教官はすでに把握しているが、それを伝える義理はない。現状教え子である彼らに影響は出ないかもしれないし、何よりここの司令部を統括してる第五機甲師団の師団長にその可能性を伝えたところで『寝言』だの『世迷言』などと一蹴される可能性が高い。
「お前のことだから、その協力者の存在も知ってるんじゃないのか?」
「知ってるけどちょっと話せないんだよねー。めっちゃ強い人だってことぐらいは言えるけれど」
「………(クロスベルには団長とあの人もいるから……最有力は彼らかな)」
ユーシスとミリアムの会話を聞きつつ、フィーの中で思いつく可能性が一番高く、なおかつ実力的に妥当な心当たりはあるものの、それを口にして混乱は避けたいので押し黙ることにした。それはともかくとして、<帝国解放戦線>自体かなりの規模を持つ組織だという現実がある。それにかかわる様々な嫌疑や噂などはあるが、未だ彼らへの核心に至る部分は解明されていないのが現実であった。ラインフォルト社製の高速飛行艇を所有していることからもそのバックにいる存在が大きいという可能性がある。
「心配ですね。皇子殿下や皇女殿下、それにトワ会長も行っていますし」
(確か、エリゼもリベール王国の随伴員でクロスベルにいるんだよな……)
「まぁ、アスベルとルドガーの二人が行っていることだし、滅多なことにはならないと思うわ」
続いて伝えられたのは<帝国解放戦線>の幹部連中―――“G”ことミヒャエル・ギデオンはアスベル経由で詳細が判明したものの、残る幹部“S”“V”“F”“C”の四人については詳細不明となっている。
「そういえば、幹部三人をアスベルが一人で圧倒したらしいが、本当なのか?」
「ああ、事実だ」
「現状、仮にリィンと私とラウラで組んだとしても一人に食い下がれるかどうかだと思う」
「うむ、だろうな。特にあの“C”という人物の実力はかなりのものだと思う」
先月の夏至祭でアスベルは幹部連中をたった一人で、しかもアーツを使わずに圧倒していた事実。リィンらからすれば、三つほどしか歳が変わらない人物がかけ離れた実力を有している……そこに至るまでにどれほどの修羅場を積んだのかも想像がつかない。
「流石はリベール王国軍きってのトップエースといったところか」
「え、ナイトハルト少佐は知ってるんですか?」
「十代でリベール王国軍中将の地位に登りつめた人物。その武もさることながら卓越した戦略眼・戦術眼を持つとも謳われた白隼が誇る『紫炎の剣聖』。かの百日戦役の英雄:カシウス・ブライトの後継者とも噂されるほどだ」
「で、でも、本来遊撃士が軍人というのはあり得ない話なのでは!?」
中立を謳う遊撃士と国防を預かる軍人……互いの性質からして両立しえないというマキアスの言い分は至極真っ当ともいえる。その言葉を受け止めたうえで、ナイトハルト少佐は言葉をつづけた。
「レーグニッツの指摘も尤もだ。だからこそ、彼は正規軍の指揮権自体有していないらしい」
「言ってしまえば、それだけ高い地位にいれば彼らへの命令を行える人物が絞られるってわけね。まぁ、リベールの王族にはA級正遊撃士がいる例もあるから、その辺りには融通が利くのだと思うわ」
「シュトレオン殿下ですね。本人もその辺りのことを言ってましたし」
現実問題として広告塔でもある彼らを手放すわけにもいかない遊撃士協会自身の意固地によってその特例が生まれてしまったというのはあえて伏せられたが、それを抜きにしても遊撃士自体への理解が高い国の存在は無碍にできない。
「そうね、その幹部連中の練度からしてルドガーにセリカ、それと少佐殿ぐらいなら互角に行けるんじゃないかとは思うけど」
「さ、流石に過大評価しすぎかと……」
「こればかりはヴァンダールに同意する」
「あら、ナイトハルト少佐はあのヴァンダール少佐と双璧をなすほどの強さと聞いていますが?」
「私はともかく、彼は本当に強い。最近手合わせする機会はないが、彼が一枚上手だろう」
流石に褒められるのには慣れていないのか、ナイトハルト少佐はそうつぶやいた。そして特別講義も終わり、いよいよ『列車砲』の見学へ入ろうとなった時、ナイトハルト少佐の持つARCUSに連絡が入る。
「む、失礼。私です―――ええ、私にですか? 解りました。繋いでください」
「外からの連絡でしょうか?」
「どうした、ミュラー。いったい何があった?」
『事の次第を簡潔に伝える。先ほどオルキスタワーにて<帝国解放戦線>と共和国側のテロリストの襲撃を受けた』
「何っ!?」
『追い払うことに成功したが、そちら側にも何らかの動きがある可能性が高いとオリヴァルト殿下とアスベル君が言っていた。気を付けてほしい』
「わかった。そちらも気をつけてくれ」
ナイトハルト少佐の連絡相手は先程話題に挙がったミュラー・ヴァンダール少佐本人。彼からオルキスタワー襲撃とガレリア要塞に対するアクションがあると警告し、通信を切ったナイトハルト少佐はサラ教官やリィンらⅦ組のメンバーに事情説明する。
「ええっ!?」
「ガレリア要塞に何らかのアクションがある……ラグナ、あの可能性は?」
「大いにあるだろうな」
「え、それって……」
スコール教官とラグナ教官の話にエリオットが問いかけようとしたところで、突如彼らを襲う振動。そして突如大きな爆音―――戦車の砲撃音だと判断するのに時間はかからなかった。この振動の原因を見極めるべくリィンらが要塞の外に出ると、新型戦車『アハツェン』が勝手に動き出して施設を攻撃し、そのまま演習場へと移動していた。
「リーゼちゃん、あの制御パターンは可能?」
「できなくはないかと思います……心当たりは一つしかないですけど。結社<身喰らう蛇>なら」
「なっ!?」
「おいおい、一介のテロリストに手を貸してるっていうのかよ!?」
「とはいえ、あの戦車をこのまま放置するのは……」
「それならば任せるがよい!!」
手を拱いているリィンらのもとに姿を見せたのは数台の戦車。そしてそのうちの一台の車上に直立不動で立っているのは第四機甲師団長であるオーラフ・クレイグ中将。あの戦車自体陽動の可能性もあると判断した。
「すでに事情は聴いている。ナイトハルト、お前はここに残れ。敵の狙いが見えない以上、あれが陽動の可能性もある。セリカ・ヴァンダール、其方もお願いする」
「了解しました」
「ええ、承知しました」
「相手は新型戦車。無人操縦ゆえ遠慮なく鉛の砲弾を叩き込んでやれ!!」
『イエス、コマンダー!!』
そうして演習場へと向かっていく第四機甲師団の面々。こうして見ている分にはかっこいいと呟くエリオットの気持ちに同意しつつも、ここは一度要塞内へ戻るべきかサラ教官が提案しようとしたところ、ガイウスが遠くから聞こえてくる音に気づき、空を見上げた。二隻のラインフォルト社製高速飛行艇は戦車の入り口を封じて対空迎撃の増援を潰し、そのまま両翼の発着場に降り立つ。
「やつら、いったい何を……」
「あの場所―――狙いは列車砲か!!」
「バレスタイン教官、アルゼイド教官、シルベスティーレ教官、それとヴァンダール。協力を要請する。お前たちはここに―――」
「聞けません!」
「ここに留まれというのであれば、勝手にでも付いていきます!」
「ナイトハルト少佐。ここも安全とは言えない。事態は一刻を争ううえ、頭数は一人でも多いほうがいい。それに、お前が関わった教え子たちが信用できないのか?」
「………解った。お前たちは私とバレスタイン教官の指示に従え。急ぐぞ!」
万が一『列車砲』が発射されるような事態ともなれば、間違いなく周辺諸国の批難は避けられない。それにオルキスタワーには自国の皇族や関係者もいる以上、発射は絶対に阻止しなければならない。その思いを強く持ったうえでリィンらは列車砲格納庫へと急ぐ。
ガレリア要塞内部……その様相は先程までの平穏な風景などみじんもなかった。兵士らは容赦なく殺され、その亡骸が施設のいたるところに転がっている状況であった。目的の達成のためならば手段など選ばないテロリストとはいえ、<帝国解放戦線>のこのやりようにはまともな言葉すら出てこない状況であった。
「これは……!!」
「ひどい……」
「硝煙のにおい……火薬も使ってるっぽいね」
「見事に隙を突かれたというわけか。戦車の暴走も含めて、全て囮……」
「事態は相当深刻……やはり彼らの狙いは二門の『列車砲』というわけね」
「―――時間がありません。教官、俺たちも協力させてください。二門の列車砲が発射される前に彼らを止めましょう」
リィンのその提案に他のⅦ組の面々も同様の意見を次々と述べた。この正義感の強さにはクロウも思わず苦笑いを浮かべた。
(やれやれ、クールかと思いきやお熱いこった)
「トールズ士官学院特科クラスⅦ組。これより両翼列車砲を止めるべくミッションを開始する。日頃の成果を出す時だ…クロスベルにいるアスベルやルドガーを助けるためにも、全力で教官たちをサポートするぞ!」
『おお!!』
とはいえ反対意見は言わずそのままB班の面々はナイトハルト少佐やスコール教官と共に左翼列車砲格納庫へと向かい、サラ教官やラグナ教官らとリィンらA班は右翼列車砲格納庫へと各々向かうこととなった。道中の人形兵器を片付け、リィンらがちょうどガレリア要塞の崖側―――列車砲が配備されている方面の外回廊に出た。目の前にはガレリア峡谷、そしてクロスベルのベルガード門。そしてゲートが開いて列車砲が展開される。事は一刻を争うこの状況で、それを足止めするように突如姿を見せたのは、先ほどよりも大型の人形兵器。
「くっ、この忙しいときに……! あんたたち、速攻で―――」
「それなら、助太刀させてもらうわよ!!」
「えっ……」
別の方向から聞こえてくる声にリィンらが振り向くと、外回廊の下から跳んできた一人の少女。彼女は自らの得物である棒に光の刃が顕現し、一直線に二体の人形兵器へ走っていく。
「せいやぁっ!! ヨシュア、レン!!」
「まかせて、エステル!!」
「りょーかい♪」
続けて姿を見せた二人の連携により、大型の人形兵器は火花を放ちながら峡谷側へと落ちていき、大きな爆発音が木霊する。突如とした展開もさることながら、本来ならばここにいるとは思えないメンツの登場にリィンらはおろかサラ教官ですら面食らった表情を浮かべている。
「ふぅ……久しぶり、リィンたち。サラやラグナも久しぶり」
「いや、あんたたち!? どうしてこんなところに!?」
「えと、細かい事情は後で話しますので」
すると列車砲の砲身が展開する。完全な発射体制……オルキスタワーには大切な人がいる。
オリヴァルト皇子……アルフィン皇女……トワ会長……アスベル……ルドガー……エリゼ……
「やめろおおおおおおおおお!!」
リィンの叫びもむなしく、列車砲は発射………
「…え?」
「音だけ、だね」
されたのは、音だけ。つまり空砲だった。ミリアム曰く事故防止のために初弾は空砲が入っているとのこと。ひとまず安堵はしたものの、まだ予断を許さない状況は続いている。サラ教官は今一度エステルらに向き直った。
「で、誰の差し金?」
「オリビエからの依頼よ。原因の究明と解決を直依頼されちゃってね」
「ヨシュア、それは間違いないのか?」
「ええ。父さんにも確認しましたが、僕らはオリヴァルト皇子とアルフィン皇女から依頼を受けて動いています。どうやら目的は同じですし、殿下からは心強い協力者がいると聞いていたので」
「レンは面白そうだから、という理由だけれどね」
この状況においては、味方は一人でも多いほうがいい。それにサラ教官自身二年前のリベールにてその実力の一端を垣間見ている。連中の規模の全容が見えないのもそうだが、人形兵器との戦闘経験が多い三人がいるだけでも心強いのは確かだ。
「はぁー……ま、いいわ。あんたたちの力はよく知ってるし、協力してもらえるかしら?」
「もちのロンよ。教官になったからって腑抜けてないでしょうね?」
「腑抜けられないわよ。そんなことしたらあの人の百倍特訓コース行なんだから」
「あはは……」
リィンらA班に加えサラ教官、ラグナ教官、エステル、ヨシュア、レンの面々は一路右翼列車砲へと急ぐ。
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第96話 事は一刻を争う