一
消毒液の匂いが鼻についたけれども、古明地さとりはそいつをさほど嫌いにはならなかった。
のっぺりした床は、みがき過ぎてピカピカになるほど掃除が行き届いている。その上を行き交う人間たちは、ほとんどが飾りっ気のない、作務衣みたいな上下を身につけていた。
やつらはさとりの姿を見るとそろってギョッとなったが、それを引き連れてるのが前を歩く八坂神奈子だとわかると、とたんに胸をなで下ろす。はた目には、神奈子が妖怪をしたがえて歩いてるように見えるのだ。
「これは八坂様、ご視察ですか。おいでになる前に一言ご連絡をいただければ」
シャツの上に白衣を身につけた黒縁眼鏡の男が声をかけてきた。ここで働く医者の一人だ。神奈子の抜き打ち訪問に、たいそう驚いている。
「あら、院長に限って私に隠れてやましいことなどやってはいないでしょう?」
そう言って神奈子が医者に笑いかけると、そいつは頭をかいておじぎする。
なるほど、こいつはなかなかまっすぐなやつだ。さとりは眼帯で覆ってないほうの右目と、心を読む第三の眼とで医者の様子をのぞき込む。それというのもこいつも、周りの患者たちも、神奈子の厚い信者であるからに違いない。
「第五治療室に入った山井田さんの容体はその後安定して?」
「命の危険からは脱しましたが、依然予断を許しません。引き続き八坂様のお力を賜りたく」
その後も神奈子は医者と薬剤がどうの、オペの予定がどうのと話をしてなごやかに別れた。そのままさとりたちを連れて階段を上る。申し遅れた、火焔猫燐も一緒にいる。
(やれやれ、急に呼び出して何ごとかと思えば。業績自慢か何かかねえ)
などと考えながら、さとりの隣をおすまし顔で歩いている。さとりはそんな燐の背中をポンポンと叩いてやるのだった。
さて神奈子だ。階段の一番上まで登っていくと、階段すぐのドアを開けて外に出た。屋上のバルコニーはプランターやらベンチやらを並べた簡単な庭になっていて、患者や看護師が思い思いの場所でもってくつろいでいる。
神奈子は手を合わせる患者たちに手を振ってこたえると、さとりを連れてバルコニーのきわまで歩いっていった。病院の周りには守矢市街の四角いコンクリートの塔がそびえ立つ。そのまた向こうに建っているのが守矢国のシンボル、核融合タワーだ。
バルコニーから、噴水がある庭が見える。そこでも患者たちが何人か、看護師の付き添いでリハビリに励んでいた。
「どう? 自慢になるけれど、実際大したものでしょう。この病院は」
と、神奈子はそんな具合に切り出した。
「まあ、確かに」さとりが切り返す。「竹林の薬師さまがご覧になったら、羨むような施設であるのはなんとなくわかります」
「あら、八意殿をご存知なの?」かなり意外であったようだ。「以前立ち寄ってくれた際に、主任医師にどうかと声をかけてみたのだけれど、断られてねぇ」
「一処にとどまることをあまりお好みでないようでした」
さとりは手すりにもたれて、神奈子を見た。
「ですからまあ、この施設で動かされているカラクリがいかなるものであるのかについては、多少なり理解があるつもりですわ。そのカラクリを動かすのに、どれほど幻想のエネルギーが必要であるのかについても」
燐の口元がぴくりと動く。
「話が早くて助かるわ。ここの設備を支えているのが核融合の、お空の力ってわけ」
幻想が世界に溢れたことでもって、機械も何も幻想なしじゃ動かなくなってしまった。それなしじゃとても助からないような重い病気や怪我を持った人間が、神奈子にすがって守矢国にやって来て、遠い昔に失われた医術でもって命をつなぐ。そうした連中が神奈子に感謝して、立派な信者になるという仕組みだ。
「お空が生み出したエネルギーは、この病院のような施設へと重点的に回されるようになっているわ。今やあの子の力がこの病院の、いえ、この国に住まう全ての人間の命を支えていると言っても過言ではないわね」
「そんなお空を奪おうとするやつは、百万の命をドブに捨てる大悪党ですか?」
ふうと息を吐き出すように、さとりが笑う。
「いちいちやることがあからさまですねぇ。笑けてしまいます」
「どうとでも言ってちょうだい」対する神奈子も悪びれやしない。「その百万の命を担う立場としては、そうそうなりふり構ってもいられないのよ」
「それで」けんのんな空気を作るのを、さとりは嫌った。患者たちの目があるこの場じゃ分が悪い。「ここに呼び出した本来の用事があるのでしょう? 早く言ってみてはいかが」
「わかってるくせに」神奈子が苦笑いする。「近く、核融合炉を止めてお空に休みを与えるわ。お空自身はずっと回せられると言っているのだけれど、設備の定期メンテナンスはどうしても必要でね。市街中に通達を出すから、正確な日取りは追って伝わるでしょう」
「ちゃあんと会わせてくれるんだろうね?」
ここで燐が初めて口を出した。さとりがとっさに右腕を差し出し止める。この程度じゃ燐は軽々腕を飛び越え神奈子に飛びかかるだろうが、やらずにゃいられん。
「もちろんいつも通りに会わせてあげるわよ? ただ時期が時期なだけにね」
神奈子の目が、みるみるうちに刃みたく細まった。
「くれぐれも変な気を起こさないでちょうだいね?」
さとりと燐は病院の敷地を出ると、林立する鉄筋コンクリートの森の中にまぎれていった。機械で並べたみたいに整ったビルの群れは墓標みたく殺風景だが、その下を歩く人間どもの顔ときたらやたら活き活きしている。
「ねえさとり様」そんな人混みのさなかで燐はさとりの裾を引いて、こんな具合に切り出した。「そろそろあたいは我慢の限界ですわ」
「落ち着きなさい、お燐」
「これが落ち着いてられますか。あたいらに釘差すためにあんな茶番を見せられて、さとり様はよくぞ冷静でいられますねぇ?」
「現在進行形で、今は大きい声を出さないほうがいいときなのよ」コールタールの地面をカツカツ踵で踏み鳴らす。「ついてきてるわよ、あいつらが」
「あいつらって。……あー」心当たりを思い出し、燐はゾッとなっていた。ミシャグジさまが、洩矢諏訪子の率いる最強の国津神が、アスファルトの下、土石の中を湖沼のように泳いでいるのがさとりにはわかるのだ。
「風神さまは警備の強化に本腰を上げてきてるわね。前に、お目付けとして蛇神を憑かせてきたことがあったのよ。この前のパパラッチもたぶんそうだったわ。あれがお目付役じゃ、荷が重いと踏んだのでしょうよ」
「それじゃもしかして、ほかの連中も」
「もちろん」さとりは頼りになる地霊殿のペットどものことを思った。「今の私たちと同じく、入念に見張られてると見たわ」
「なんでまた、今になってそんな。あたいらは今んとこ模範的な市民をやってるってのに」
「時期が時期だって言ってたでしょう? 風神さまにはもう一つ、伝えたいことがあったのよ」
コンクリートの間からのぞく空を見上げる。そこには雲ひとつ見当たらない。
「白狼天狗の凶賊騒ぎに烏天狗のスパイもどきと、このところきな臭いことばかり続いているでしょう。お空の核融合を止めさせるとまず間違いなく、その隙をついてまた新しいやつらがやって来るわ。風神さまは、そいつらを一網打尽にするつもりよ」
「あー」薄暗い裏路地の前を通り過ぎる。「そいつらに手を貸すってわけには」
「そしたらきっと、私たちも網に引っかかることになるでしょうね。力を貸すそぶりを見せても駄目ね。なんだかんだと理由をつけられ、引っ張られることになる」
さとりはそっぽに目を向ける。コンクリート柱に阻まれて見えやしないが、その先にあるのはきっと、原初の姿を取り戻しつつある自然、山々。
「また『山』のやつらが攻めてくるかもしれないし、それ以外かもしれないし。どこからどのように手を出してくるかもよくわからないし。下手に手を出して共倒れになるくらいだったら、日和見をしていたほうがなんぼかマシだわ」
「それはそうかもしれませんが」
燐はいまいち納得がいっていない。
「それにこれはもしかしたら、私たちにとってもいい機会になるかもしれないわ。風神さまとその部下がどうやって新しい攻撃を突っぱねるのか、見てみたいとは思わない?」
「お手並み拝見ってやつですか」
そういうこと。と、さとりはダンスステップを踏むように歩く。
「私たちは手を出さない。しかし手助けもしない。せいぜいこの国の国防がどの程度のものか、見守らせていただくことにしましょう」
これで燐はしぶしぶうなずいた。これでいい。さとりはペットを守らにゃならん。それに、さとりには裏の目的がもう一つ。今度こそ「山」連中の裏側で踊る「あの子」の尻尾をつかんでやるのだ。燐に無理矢理でも思いとどまってもらった以上、収穫なしでは終われない。
まずは「あの子」をこちら側に取り戻す。
そのあと当然お空、霊烏路空も神奈子から取り返す。
それはとてもとても都合のいい目論見でしかなかったけれど、全てを取り戻したいさとりとしちゃあ、蜘蛛の糸みたいな糸口にすがっていくしかないのであった。
二
守矢国から遠く離れた山の中。
遠くからの見栄えはべつに普通の山と大差ない。しかしそいつも大した眼力を持たないやつから見たらの話だ。木々の間に目を凝らせば、その間を素早く行きかうあやかしの影が見えてくるだろう。そいつらは山を根城にしている妖怪どもで、まかり間違いただの人間が足を踏み入れようものなら怪しげな術を食らって追い払われればまだいいほう、連れ去られたあげくに取って食われても文句は言えないのであった。
そんな山の一角に川の源流があり、集まって渓流となり、やがては大きな滝となって下流に落ちていく。そんな滝壺に、白狼天狗すら見つけられない奇妙な揺らぎがあった。
そいつは滝壺の周りにできた水たまりにおかしな波紋を残して滝の裏側まで動いていくと、水の落ちる音にまぎれて声を出すのだった。
「キュウリ一五一八本、お持ちしましたぁ」
するとどうだ、ただの岩肌と思えた場所に、まっすぐな継ぎ目が現れた。そいつはだんだん大きくなって、人一人通れるほどのすき間になった。揺らぎがすき間に滑り込むと、そのまた奥の真っ暗闇へと踏み込んだ。後ろじゃ岩を模した扉が音もなく閉まっている。
「おい」その暗がりから声がした。「天狗さまに勘づかれちゃいないだろうな?」
「ばっちりさ。半径一キロにわたり追跡の気配なし。ちゃあんとデコイも置いてきた」
揺らぎは突然大きく波立つと、大きな大きなリュックを抱えた娘の姿に形を変えた。しかしそいつばかりじゃない、似たような姿の少女どもがほら穴の中に群れをなしている。
こいつらこそ谷河童衆。ご存知山のマッドエンジニア集団だが、世界がこんなんなってからは外界の技術をつぎつぎ手に入れ、今や天狗たちにも肩を並べる勢力になっている。
「だいぶ集まったか? 時間をかけると怪しまれるし、さっさと始めて終わらそうじゃないか」
集団に向かい合う河童が一人いた。そいつ、河城にとりは大図面を谷河童衆に配ってまわる。
「まずはそいつが現状の守矢国だ。地面の下まではさすがにわからんがまあ、そうそう変えられるようなもんじゃない。この場で頭に叩き込んでいけ……そして覚えたらすぐさま捨てるように。メモを取るのも禁止。一切の痕跡を残すなよ」
河童たちはわかった風にニヤニヤ笑っている。もうすでに図面を破るやつまでいる。そいつは水を吹きかけるだけで、たちまちのうちに溶けてなくなってしまうのだった。
「さて読みながらでいいや、世間話をしよう」大げさに手を広げる。「昨日だったか、大天狗さまのお使いが私んとこに来て言うんだよ。最近『山』の妖怪の離反が相次いでいる。谷河童衆においては守矢国への利敵行為と思われる軽率な行動を慎めってな。おお、嘆かわしい! 白狼天狗哨戒部隊に烏天狗に……集団統率が持ち味の『山』の妖怪がまあ落ちぶれたもんだ。だがちょっと待てよ、大天狗様の警句は、こうも取れないか」
人差し指立てて、笑顔の河童たちに目を配る。
「軽率でなければ、まるで問題がない、と」
くくく。くすくす。含み笑いがそこかしこから聞こえてきた。
「私からの話は、そんだけ。私たちはここに集まって、楽しく世間話をしてただけだ。天狗様にこの時間のことを問い詰められたら、そう言ってやればいい。そうそう、最後に皆にお土産があるんで、一つずつ持っていってくれ」
にとりは一つの平箱を差し出した。手の平に収まるほどの小袋がみっしりと詰まっている。
その会合は、本当にそれだけだった。河童たちはその場で本当に雑談等に興じた後に、一人、また一人とにとりから小袋を受け取っては滝壺裏の秘密会合所を立ち去っていった。ある者はそのまま自分の工房に戻り、またある者はそのまま戻ってこなかった。
さてどういうことだ、おかしかろう? 流れからしてこいつらの目標は守矢国だ。図面を渡して、ちょろっと話して、それで終わってよいものなのか?
河童というか妖怪は、個人主義で命令など聞かない。天狗が例外中の例外なのだ。にとり自身が一番よくわかっている。だからそいつを逆手にとった……作戦なんて、まるでない。
ほら穴に集まった全員が全員、独立独歩の遊撃兵だ。それぞれがそれぞれの計画をもって、守矢国の「盟友」たちと遊ぶつもりでいる。
なんでって? さて、なんでだろうね。
さて全ての河童が出ていったあと、最後ににとりが残された。箱に残った小袋を全て懐に収めると、ホワイトボードに張り出した写真やら図面やらを手当たり次第にはがしにかかる。
「ここまではよし。我が同胞は優秀だから、うまいことやってくれるだろう。しかし攻め手は多けりゃ多いほどいい。もうひと押しを頼みに行くとしようかねえ」
カチリ。何かのカラクリを動かすと、わずかに灯った照明が消えてほら穴は本当の真っ暗になったのだった。
三
守矢国と外を隔てる隔壁近くに来ると、急に整ったビル街から様子が変わる。お粗末な金網で仕切られた区画に足を踏み入れると今にも崩れ落ちそうな細長い建造物が立ち並ぶ、ゴミは捨てられ放題、浮浪者は寝転がり放題の危険な街が現れた。
さとりがそこに足を踏み入れると、腕に入れ墨など入れた連中がこそこそ物陰に消えていく。今やさとりはこのスラムを仕切るヤクザどもと何度かの「対話」を重ねており、進んでちょっかいを出したがるならず者などもはやいないのだった。
コンクリートと無秩序な増築が織りなす人口のほら穴を抜けていくと、ちょっとした広場に出る。そこでは自分の身長ほどある棒を抱えた男たちが壁にもたれかかったり地面に座り込んだりして、何事か話し合っているのであった。
ひび割れ眼鏡をかけた柳のような男が、さとりに気がついた。次々人間たちに声をかける。
「お、お帰りなさい、古明地さん」
「どうしたのですか、細山田さん。訓練に飽きた……のではありませんね」
彼らはこのスラムに秩序をもたらさんとする自警団員だ。それが広場の奥のほう、さとりのアパルトメントがある方向を見て噂し合っていたのである。
「そうだよ古明地さん、あのカラテみたいなやつ教えてくれよ」
多少は腕に覚えのありそうな若いやつが、不意にそんなことを言ってきた。
「武器を持った集団相手に、拳法を覚えたところでそうそう使い物にはなりませんよ。前から言っているでしょう?」
さとりは若いのをたしなめる。
「皆でバリケードを作って突撃を押しとどめる間に投石や放水で追い払ったほうが、全体としての被害は少なくなります。ヤクザの抗争は一回限りで終わるわけじゃないのだから、まずは『群』として街を守ることを覚えなさい」
「じゃあせめて個人的に教えてもらうってわけには」
「弟子を取るほど暇じゃありません」
若いのをにべもなくあしらうと、細山田氏に向けて歩いていった。
「いったいどうしたのですか。訓練はまだ終わるには早いけれど」
「申し訳ありません。少々風変わりなかたが先程いらっしゃいまして」
「ああ」細山田氏の心を読んで、合点がいった。
「立派な装束のかたでした。名のある仙人さまではないかと皆で言い合ってたところでして」
「説明はいりません。知ってるやつだもの」
「あいつですか、さとり様」燐が舌打ちして、牙をむく。「性懲りもなく、ちょっかい出しに来やがった。先行ってちょっと懲らしめに」
「落ち着きなさい、お燐」今にも走り出しそうな燐の首根っこを捕まえる。「まずは話を聞いてからでも遅くはないわ」
さとりと燐は自警団員たちと別れて、足早にアパルトメントに向かった。コンクリートの森の中に、腕組みをして壁にもたれかかる長身の影がある。
そいつが見えるや、さとりは走り出していた。「あ、汚え」という燐の声を背中に置いて。
一瞬飛び上がるように身体を上下に揺らすと、意表を突いてすねに蹴りを入れにいく。
ドスン、と手応えはあった。しかし地面に手をつくさとりの顔はさえない。
「ご挨拶ですね。いきなり足を壊しにくるなんて」
そいつは腕組みをしたままさとりを見た。そいつ自身はまったく動いてないが、膝のあたりを見るとどうだ、包帯が巻かれた手のような何かがさとりの蹴りを押しとどめている。
「お生憎様、ペット泥棒その二に払う敬意はございませんので」
「泥棒じゃなくて、保護。地底の動物が地上で被害を及ぼさないように指導しているの。何度も言っているけれど」
女、茨木華扇が腕組みを解くと、さとりを止めた「手」が消え失せた。華扇の右手にもまた「手」とよく似た包帯が巻かれている。
「こんな貧民街までよく付きまとえたものです。ペット返却の相談でもしに来ましたか?」
「あなたのペットはみんな手のかかる生徒ばかりだけど、まだあなたのところに返すつもりはないの。そもそも今の暮らしで彼らを押し付けられても、世話など出来ないでしょう?」
「もともと放任主義で育ってきた子たちですので心配は無用です。そんなことより」さとりは第三の眼を手にして華扇に詰め寄った。「うちの子たちを手にかけてはいないでしょうね? もともと皆地獄の動物なのですから、仙人の暮らしになんて慣れるはずがないわ。あなたとて私に嘘をつくことはできませんよ」
華扇は迫る第三の眼を蝿みたいに振り払う。
「手にかけたのはいないわよ。逃げた子はいるけど」
「ほら見たことですか。野生に帰ってたくましくやってることを祈るしかないわね……それで、ペット返却でなければどんなご用事で?」
「それは、もう」さとりから距離をとる。「様子を見にきたのですよ。聞けば市民権をまんまとせしめてここに住み着くようになったとか。何をやらかそうとしているのかしら」
「ペット泥棒は揃いも揃って猜疑心の塊ですこと。そもそもその市民権がないと、この国には出入りできないはずですが?」
華扇がおすまし顔で道着の裏側を漁ると、ほどなくして顔写真の入ったカードが現れる。
「風神さまを信仰しなくとも、模範市民であれば市民証を配ってくれるものなのよ。それで? この国で何をやろうとしているの?」
さとりは一度、なぜか燐のほうを見た。
「まあ、あなたには話しといても大丈夫かしら? 立ち話もなんです、一度入ってくださいな。お茶くらいは出しますわ」
華扇はがたついたテーブルの上に置かれた茶碗をしばし見た。湯気の立たないそいつは茶碗の底が真っ白く見えるほど透き通っている。
「これをお茶と呼ぶのは、さすがにおこがましくないかしら?」
「まずはこちらから逆に質問させていただきますが」
さとりは華扇の不満に、さらりと知らぬふりをした。テーブルを挟んで華扇の向かいに座る。
「あなたはいちおう幻想郷の賢者を名乗っていた御仁であったはず。それがどうして、現状を放置なすっているのかしら?」
華扇は茶碗を振りつつ、さとりを見た。「現状、とは?」
「おしらばっくれになる。幻想が外を飲み込んで、果てなき世界になったこの現状をですわ。元に戻す気はないのかしら?」
「この世界は、今や幻想郷と呼べるかどうかも怪しい状態だわ」
燐はさとりの隣に立って、さとりと華扇の話をわけもわからず聞いている。
「昔は外界にもわりと行き来できたんだけどねぇ。どうにかするといってもどこから手をつけたものやら。それに今の状態が、必ずしも妖怪にとって悪いわけではないと思うけれど?」
「本気で言っているのですね、それ。心が読めるのが少々腹立たしいわ」さとりはやれやれとばかりに足を組む。「人を探しています。この世界をどうにかしようとしている胡乱なやつを」
「それこそ、本気で言っているのかしら」
外から焼き芋屋台の声が聞こえてくる。
「本気ですよ。ペットたちを取り返すよりも、優先順位の高い事柄です。『あの子』は、こういう場所に現れてはそれらを破壊しようと仕向ける。荒唐無稽すぎて誰にも信じてもらえないけれど、幻想郷の賢者であったあなたならば知っていることもあるのではないですか?」
華扇はしばらくさとりを見ると、口元に茶碗を近づけ、喉を鳴らした。
「ほとんど真水ね、これ。さておき、誇大妄想としか思えない話ね。普通の人が聞いたなら」
「どうやら心当たりがおありのようで」
燐が目をぱちくりさせている。
「私も伝聞でしか知らないし、あなたの探し人と同じ存在であるかどうかは定かではないわ。子細が知りたいのなら、八雲に直接訪ねたほうが良い話ね」
「八雲、ですか」げんなりする。「あいつも私のことを毛嫌いしていたわ。いつお会いに?」
「私が会ったのは八雲の部下の、式神のほう。諸国散策している折だったわ」
「うちのペットを監視下に置いてる割にはそういうとこ行く余裕はあるんですね」
「それは、とにかく」咳払いを二三度やって。「何かに追われているようでね。時間をかけて旧交を温める、というわけにはいかなかったわ」
「落ちぶれて、どこかで食い逃げでもやらかしたのでは?」
「サトリならざる私には、そこまで知ることは出来なかったけど。とにかく私たちはせっかくだからということで、この世界のありようについて軽く情報交換を行ったわ。そこであいつも『荒唐無稽な話だが』と前置いた事柄がある」
さとりは思わず、息を呑んだ。
「曰くこの世界は、巫女以外の抑止力でもって管理されている。それは誰かの無意識に気配を消して忍び寄り、世界を維持する方向へ働きかけようとする。誰にも認知されず、誰にも記憶されない。ゆえにそれを『世界の無意識』と呼んでいる」
「世界の無意識」さとりは眉をひそめた。「どうやってその存在を知ったというのです?」
「多くの証言を収集し、分析した結果だそうよ」手にした茶碗を、コトリと置いた。「曰く、世界の無意識に接触した者はその記憶こそ失っているけれど、共通の特徴を持った少女の姿をなんらかの形で覚えている、と。ある者は夢見として、またある者は既視感の一種として……つば広の黒い丸帽子をかぶり、ベージュ色のシャツを着た」
ガタン、とさとりの座った椅子が鳴る。
「……覚えがあるのね?」
「探し人です」さとりが息を巻く。「首根っこ掴んででも連れ戻さなければ」
「近づいても気がつかない、記憶にも残らない。そんな存在を、あなたは見つけられると?」
「必ず見つけますよ。私が覚えている以上、方法はきっとあります」
華扇はしばらく口を半開きにして、さとりの顔を眺めた。
「やれやれ。やはりあなたは不穏な妖怪だわ。しばらく成り行きを見守る必要があるわね」
「別にいいでしょうに。国を滅ぼすとかそういう企みでもなし」
「私は、国よりもっとマクロな視点での話をしているの。仮に世界の無意識が実在するとして、それは当代幻想郷のバランサーとして機能するもの。下手に手を出したら、国が滅ぶどころの話ではなくなるわ」
「知ったことですか。滅びならすでに一度経験しました」
卓が裂けるのではと燐が心を配るほどに、さとりと華扇がにらみ合う。
「……決意はお堅いようで」先に動いたのは、華扇だった。椅子を鳴らして、立ち上がる。「では仕方がない。しばらくこの国に滞在し、あなたの行く末を見守ることにしましょう」
「お好きなように。ですが」さとりも椅子を蹴り飛ばす。「聞くだけ聞いて帰らせるだけでは、私も気が済みませんので。帰る前に組み手につき合っていただきましょうか」
「勝負するというの。あなたと、私が」華扇はそいつを鼻で笑い飛ばした。「私にのぞかれて困るトラウマなんてないというのに」
「勘違いをなさらないで。組み手は、組み手です」さとりは右手に拳を作る。「たまにはきちんと使わないと、動きかたを忘れるんですよ」
「拳法を学んだという話は、本当なのね。十全ではないように見えるけれど」
華扇がさとりの左手を差す。手首から先はいびつな包帯巻きだ。白狼天狗との戦いで落とされた左腕もだいぶん治ってきたが、まだ完璧じゃない。
「ハンデにもなりませんよ。それともこれを理由にお逃げになる?」
「安い挑発ですこと」せせら笑って背を向けた。「そこまで言うなら目にもの見せてあげるわ。あの広場でやりましょうか。あなたが指導している人間たちを前に、赤っ恥をかくといいわ」
「そちらこそ、仙人のくせにと幻滅されないようにすることです」
華扇に続いて外に出ようとする。と、さとりは後ろの気配に気がついた。燐がつぶらな目をして、その場に立ち尽くしている。
「どうしたの?」
「……今のお話はなんなんすか。仙人がさとり様の妄想に話を合わせてたってわけじゃ」
「両方とも狂ってると思う?」さとりは肩をすくめて笑う。「私としてもね、あのいけ好かない仙人が最初にこの話を受け入れるとは、思っても見なかったわ」
四
犬走椛が下界を望むと、原生の木立が羊の群れめいて前から後ろに流れていった。しかしはるか遠くに見える守矢国の、大黒柱じみた核融合タワーの威容は頑として動かない。
めまぐるしく変わる眼下の光景は、まるでアメーバのようだ。時として吐き気すら覚える。
「ちょっと、ここでゲロんないでよ? 白狼天狗がこの程度の速度で酔ってどうすんの」
すぐ後ろから、射命丸文の声がする。椛を羽交い締めにしたまま、森の上を飛んでいるのだ。
舌打ちを噛み殺す。そもそも妖怪の山の時分からしきりに公私構わず絡んでくるこの女が、椛はもともと好きにはなれなかった。
「誰かに手綱を任すのは得手としておりません。もう少し速度を落とすわけには参りませんか」
「これでも控えめよ、人一人抱えて飛んでるんだから。それにあんまりスピードを落としたら今度は『山』に捕捉されるおそれがあるわ」
今は見逃されてるだけなのでは。椛はその考えも頭の隅っこに追いやった。
「それなら単独で哨戒に出ればよろしい。自慢の写真機を存分に使えばよいではないですか」
「それができれば、とっくにそうしてるわ」言い返す文の声は不満げだ。「これ以上近づけば、八坂さまの風に飛び込まねばならないわ。さりとてこの距離では望遠レンズにも限界がある」
椛の脇に回した両手で、器用に頭をパシパシ叩く。
「よって白狼天狗の目が頼りということよ。従来の千里眼だけではなし得ない、高高度観測。その役務を見事果たしてご覧なさい」
「食客の立場でずいぶんと偉そうに……言われなくても果たすつもりですとも」
椛は遠きの核融合タワーに目を凝らした。千里眼でもってその姿がより鮮明になっていく。
「城塞の南南東に人間の集落……群れをなし身を守ることを覚えたか。駐留する軍隊らしき者の姿も見える。見張り要員として全部で十、いや二十」
「大したものね、そこまでつかめるの」
「千里先の景色を目の前で見るがごとくに見る、ゆえに千里眼ですから。ただ城塞の内部は相変わらず把握しかねます。壁そのものが高過ぎる……いや、あれはなんだ」
「何か見つけたのかしら」
「城塞の北北西に人とも獣とも異なるものが見えたような」
ドスンと体に強い強い圧がかかった。木々の流れがより速くなる。
「ちょっと、速度を上げるなら先言ってください」
「何言ってんの、善は急げでしょー? 回り込んで、様子を見やすくしてあげようってのよ」
「こっちは病み上がりなんだからもう少し丁寧に扱えー!」
爆音と椛の叫びとを置き去りにして、数分とかからずに二人は守矢国の周りを半周もした。その間には城塞都市へと続く大河を飛び越えている。
「どうです、何か見えましたか」
風の圧力で目を回しそうになりながら、必死に目を見張る。そいつは川のあたりに見えた、揺らぎみたいな何かだった。そいつに心当たりがなければ、絶対に見逃すたぐいの。
「あれは」声を絞り出す。「間違いない、河童衆だ。光学迷彩とやらを身につけているから、いつも見つけづらい。あれで風神の監視を欺けるというのか」
風向きが変わって、瞬く間に椛の視界がぐるぐる回る。
「だから方向を変えるなら先に言えと!」吠える間にぐんぐん加速だ。「どこ行くんですか!」
「決まってるでしょ、報告よ、報告」
「まだきやつらが何を企んでるかもわからんのにですか」
「あら、確認する必要あると思う?」文の声には一切の迷いなどありゃしない。「我々の動きにあいつらも感化を受けたのだわ。勘でわかる」
「きやつらが守矢へ攻め入ろうというのですか?」
「そうと決まったわけではないけれどねえ。あいつらは守矢の国づくりの多くに関わったから、きっと何か思うところがあるはずよ」
さあ、こうなったらもう止まらない。守矢とは反対の方向へ速度を増していく。
「これは面白いことになってきたわ」
(面白くない!)
宙を高く舞いながら、一回転してバランスを整える。スポーツシャツにショートパンツの、動きやすさを大事にしたスタイルだ。
そのままどうにか地上に降り立つ。しかし、みぞおちあたりがじんじん痛い。
(あんな素早い打ち合い、初めて見たぞ)(今は互角……いや、仙人さんが押してるぜ)
見守る自警団員が思い思いに組手を評する。だがしかし、連中の中に華扇の「イカサマ」に気がついてるやつはいない。
「大きなことを言ってたわりには、大したことがないわね。それとも、もう降参する?」
華扇はそんな台詞でさとりを煽ってくる。左の膝を突き上げて、軸足一本で体を支えている。蹴りに重きを置いたスタイルに見せかけて、本当の曲者は引き気味に構えた包帯巻きの右腕だ。
(またあれを使ってくるようなら、こちらも新ネタを披露するまでだわ)
両腕を腰だめに構えて飛びかかる。対する華扇は左手一本でさとりの突きを受け流す。その間に右手は観客からも見えない位置で、自らの懐に隠れてた。
華扇が打ち返す。さとりは余計なくらいに体をそらすが、それでも髪がバチリとなびいた。
「ちょいと」燐が口を出してくる。「さとり様は素手でやってんだ。卑怯じゃないのかい?」
華扇は燐を見ると、白々しく両手をぷらぷら揺らす。
「素手ですとも。まぎれもなくね」
「なーに言ってやがんだ」「お燐」
口出し無用の合図を送る。華扇の厄介なのがあの包帯だ。伸縮自在な上に観客の前でも何のためらいもなく攻防に使ってくるうえに、鉄のように重く硬くてたちが悪い。
(何がたち悪いかって……これが実際こいつの手加減だってことよね。全然本気出してない)
二発三発とはた目オーラみたいなものをまとった実際は包帯の拳をすれすれでさばき、機会を待った。こちらが包帯を嫌って体勢を崩したところで、仕掛けて来るに決まってる。
そこに、合わせた。ドスン。腹に重い一撃が食い込んだが動かない、痛くない。
そしてさとりの第三の眼は、クリーンヒットが不発に化けた華扇の虚を決して見逃さない。左のショートアッパーが綺麗な顎を割り砕く。
その予定だったさとりの左手の、手首から先がなくなった。
舌打ち。追撃の右が届く前に、華扇がさとりから跳び離れる。
「今のが白狼天狗を倒した際の、奥の手というわけね?」
構え直す華扇のはるか後ろに義手がわりの木片がカランと落ちた。形の崩れた仙人の右手が、すぐさま元通りになる。
「まったく、大した手癖の悪さですこと」
「次は油断しないわ。それで、まだ続ける?」
さとりは手首から先がない左腕に、余った包帯をくるくる巻いた。最悪なときにこそできることを探すのが肝心だと、拳の師匠も言っていた。
まずはあの厄介な包帯をなんとかしてやろう。包帯、そう、包帯だ。悪いことを思いついた。
再び立ち向かう。さとりと華扇の拳が交わる。さとりの左フックが空を切り、華扇が前蹴りで距離を離した。やっぱり左腕が短くなったのは少々きつい。
華扇がじりりと間合いを詰めて再び打ち込みに入ろうとすると目の前を白い布がさえぎった。
「姑息な真似を」垂れ下がったさとりの包帯を見て、華扇が毒づいた。
「人のこと言えた柄ですか」さとりは左手に現れた即席の鞭をヒュンヒュン振った。
繰り出されたそれを、華扇は蝿みたく払いのける。さらに二度三度と拳と包帯を交えるうちに、華扇がおかしいと思い始めた。吹けば飛ぶようなさとりの包帯に、何か手ごたえがある。最初はふんわりと、そのうちのっしりと、やがてどっしりと。
「なるほど」包帯を引き戻しながら、つぶやいた。「だんだんコツがつかめてきましたよ」
「まさか、あなた」華扇のおかしいがまずいに変わる。左手で手刀を作り、振りかぶった。
「最初からこれが狙いで」振り下ろす。狙いは左手、包帯を切り裂き落とす算段だった。
ズシン。地響きみたいな音とともに、華扇の手刀が止まる。
「ふむ」さとりは満足げに自らの左手を。そう、左手だ。包帯が手の形を作り、手刀を受け止めている。「少々不恰好ですが、慣れればそれらしくなるでしょう」
華扇が離れようとするが、左手をつかまれててかなわない。さとりの目が光り輝き、一気に間合いを詰める。右手に必殺の気を溜め込み、狙うは華扇の脇腹だ。
「想起」「甘いわっ!」
左手がくしゃっと潰れた。すんでのところで避けた華扇は、さとりの体を突き飛ばす。
ごろごろごろごろと広場の端まで転がり行くと、さとりは起き上がって今一度構えた。
「もう一本」「止めです、止め! これ以上の組み手は放棄します!」
自警団員たちがざわめくなか、華扇はさとりに背を向けた。
「あら、もう少しつきあって下さっても」
「冗談。これ以上色々盗まれてはたまらないわ」
「お互い様でしょうに」
華扇は首だけさとりに向けた。
「まったく、油断も隙もない。地上の妖怪があなたを忌み嫌った理由がよくわかるわ」
「心が読めるだけなんですけどねえ」
「本当の忌みは、それだけではない」
華扇は急ぎ、さとりから離れていった。
五
守矢神社の地下深くに、一般市民の立ち入りを強く強く禁じられたところがあった。
コンクリートに囲まれた大ホールほどの空間で、十数人ほどの白衣を着た工員がそこにあるものの調整を行っている。一様にマスクをかぶり、頭をすっぽりと帽子で覆って髪の毛一本、チリ一つ残すことすら許さない。
神奈子はといえば部屋の真ん中に立ちはだかって、目の前の葉巻じみた物体を見上げている。
「まったく、この期間は気が気ではないわ」
つばを飲み込む。核融合タワーの停止は、神奈子にとって過酷な戦いだ。自分の神通力をもとにこの常温核融合炉を稼動状態とし、メンテナンスの間守矢城塞都市の電力を補わなければならない。この設備は、ただ空を遊ばせておくだけのタワーとはものが違いすぎる。わずかなエラーですぐに停まってしまう代物を、神奈子への信仰心でもってどうにかもたせている。
「火力発電に切り替えるべきなんじゃないかねぇ。神奈子の負担が大きすぎる」
「たかだか一ヶ月か二ヶ月に一度のイベントのために化石燃料を備蓄するのはナンセンスだわ。それに信仰切れを起こした時にすぐ停まってくれるこの子の特性は私の性に合うわ」
いつの間にやら隣にいた諏訪子に、神奈子はそんな言葉を返す。
「まったくお空は、というか八咫烏は大したやつよ。人間たちが必死に研究し試行錯誤を繰り返して、ようやくものにした重水素のプラズマ化と封じ込め、そしてそれらをエネルギー取り出し可能になるまで維持する技術。それらを全て、指先一つでやっちゃうんだから。この設備のエネルギーですら、お空の百分の一にも届くかどうかときたわ」
「人間には過ぎた技術さ。恒常的に神徳をくれてやるのは、間違いだったんじゃないかねぇ」
「恒常的でも、どうにかなると思ったのよ。最初は」
「ことによっちゃ気まぐれな理由でもつけて、神徳を出し惜しみしたほうがいいかもしれん。いい加減身体がもたないぞ。お空も、私らも」
「追い追い考えればいいだけの話。今はだましだましやるしかないわ。そのためにも不届きな連中には、とっとと引き払ってもらわないと。そちらの準備は進んでいて?」
「んー」諏訪子はしばらく神奈子の横顔を眺めたものだが。「市内一帯に治安維持部隊を展開させた。人間が起こす騒ぎはそいつらにどうにか収めてもらうとして、人間以外は私らの出番だな。ミシャグジたちを地中に巡らせてる。早苗には地上に控えさせて、空からの襲来に備えてもらう。今んとこよくやっているよ」
「そう」神奈子は頷いて。「半日程度なら、ここの設備と信仰心で最低限の電力はまかなえるでしょう。その間に何かがあった場合は、頼むわね」
「お前さんもあんまり気ぃ詰めなさんなよ?」
同じころ、神奈子たちの頭上のそのまたずっと上。
東風谷早苗の姿は、核融合タワーの屋上にあった。目を閉じ、風の流れを読み、侵入者の形跡を捉えるのだ。今のところ目立った異変はない……風のレーダーにわずかにかすった、二人分の妖気を除けば。
(わかってしまうんですよねぇ、マッハに届く速さで真空波を撒き散らしながら進まれちゃ)
その気配はあまりにも遠くて、様子を見に行ったところで捕まえるのはまず無理だ。神奈子たちに伝えるかどうか迷ったが、心労を増やすだけにしかならないと思い今は放っている。
(またやって来るようでしたら……一切加減はできませんよ? 今の私たちには、百万市民の期待がかかっているのですから……)
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小説本です。また、続きものです。
I-05b「偽者の脳内」にて頒布する本文のサンプルとなります。
詳細はTwitterモーメントにまとめてありますので、そちらをどうぞ。
https://twitter.com/i/moments/859781699806216193