〔主、我のことをどこまで知っておる?〕
まるで挑発するような質問だった。
「どこまでって言われても、私はよく知らないよ。だからこうして調べてる。でも魔女ファルキンの伝説は地方によっては色々と残ってるって、マリーナが言ってた。私は学園の授業ぐらいでしか聞いたことないから……」
〔伝説のぅ〕
唸るようにユーシーズがこぼす。
「うん。伝わっているどの話もファルキンは欧州を滅ぼしかけた邪悪な魔女だったって、そうなってるらしい……」
最凶最悪の魔女。幾多の都市を滅ぼし、魔女狩りの討伐に向かった『教会』を逆に滅ぼした戦禍の魔女。どれだけ調べてもそんな悪評しか出てこない。
〔なるほどのぅ、さてはテローの奴もわざと残したというわけじゃな。まったく、策を弄する柄でもないじゃろうに〕
「テロー? 何? 誰なの?」
「ん? 何を言うておる、テローは主の……。いや、そうか、あやつも我に似て甘いのぅ」
「はぁ、だから何の話?」
どうにもエディには理解出来ない受け答えだった。しかしユーシーズは自己完結して納得した様子。
〔知らんのなら主は知らんままの方がよい。なのに主はこうして調べよる。ほんに人の言うことを聞かん子じゃて〕
「だから、子供扱いしないでよ……」
性格からか、エディはそんな扱いを皆から受けている気がする。ルームメイトのマリーナにしろ、学内の友人達にしろ、エディを一人前扱いしてくれる者はいない。魔法の実力も半人前に届かない現状で一人の人格として認めて欲しいというのは贅沢なのだろうか。
そんなエディの陰気な雰囲気を感じてか
〔その書には他に何と書いてあるのじゃ?〕
と、気を利かしたユーシーズが話を進めた。
「どうって言われても……」
〔悪くしか書かれとらんか。なら、その書いてある全てを信じればよい。妖訣仇魔にして姦邪の魔女、ユーシーズ・ファルキンの真実がそこにあるじゃろぅて〕
エディが目を見開いた。そして歯を食いしばる。
「どうしてそんなこと言うの? 私わかるよ。ここには真実なんて書いてないって、馬鹿な私にだってわかるんだからっ! ユーシーズはそんな酷いことする奴じゃない!」
声を荒げたエディに、ユーシーズは純粋に驚いた様子で、後退るように浮遊した。
〔……ほんに仕方のない奴じゃの。魔女を憐れむなどと〕
「憐れむだなんて……だた、どの本を読んでも、あんたのことがちゃんと書いてないから……」
今にも泣きそうな声のエディは感情にまかせ言葉を絞り出す。
〔ほぅ。我は有名ではなかったのかえ?〕
「有名だよ。どの歴史書にも魔女戦争の原因って書いてある。一万人殺したとか、百万人殺したとか書いてある。『魔女の秘術(ウィッチ・クラフト)』でどれだけの人々を苦しめたのか、国を、『教会』を滅ぼして、そこまで壊して暴れて狂ってたって書いてある。書いてあるの、そんなことばかり書いてある。……でもどこにも書いてない。あんたがどんなだったのか、どういう風に育ったのか、どうして人を殺さないといけなかったのかなんて一言も書いてない! 魔女ファルキンは虐殺をして当然なんだとしか扱ってないの。まるで息をするみたいに殺したなんて! こんなの酷いよ。納得なんか出来ないよ。だってユーシーズ、そんな魔女に見えないもん……」
〔エディ……〕
何か声をかけようとしたユーシーズも、あまりのエディの必死さに言葉を失っていた。幽体の魔女は、遂に目に涙を溜め始めたエディの頭を優しく撫でた。
しばらく、顔を伏せ嗚咽を漏らすエディを見守ったユーシーズはやっとにして口を開く。
〔昔の我のことなどどうでもよい。じゃが一つだけ言うておく。そんな優しさは心にしまっておくのじゃ。その様では、主の目指す魔法使いは茨の道じゃて〕
魔女の言いたいことはエディにもわかる。エディが憧れた魔法使いという孤高の存在に心優しさなどというものは邪魔以外の何物でもない。実際、エディはその憧れた魔法使いの母に、親としての愛情を注いでもらった記憶はない。ずっと家を空け、子供を放り出して魔道の道を往く母と比べれば、今のエディの考え方は幼稚の一言に尽きる。
それでもエディは自分の考えが間違いだなどと思わない。魔法使いとして未熟と言われようと、今のエディには譲りたくない思いがあった。
「……だって。……ユーシーズは、そんなこと言ってくれて、私なんかよりずっと優しいんだもん。何にも出来ない私と違って、ユーシーズは私を思って言ってくてるのに……」
目の前で自分と同じ顔をしている正体不明の魔女に、エディは腹を立てている。自分自身を卑下するように、自らが戦禍の魔女と認めてしまうユーシーズに怒りを覚え、そして心苦しさに襲われる。
どうしてそんなに簡単に自らを『悪』と言いのけるのか、大罪にまみれた過去を一人で背負い込むのか、エディには納得出来るものではない。
心中渦巻くエディの感情は、幽世の声となってユーシーズに全て伝わっている。だからだろうか複雑な表情を浮かべ、幽体の魔女は夜空を見上げる。
細く欠けた月がそれでも輝く様に、無言で微笑みを返すユーシーズ。その表情はエディが感じた通り、とても最凶と謳われる魔女とは思えない静けさに満ちていた。
〔仕方がない奴じゃなの。ほれ、もう帰ろうぞ。あまりに遅いとマリーナが心配しようぞ〕
夜は更ける。未だに感情の高ぶりを抑えられないエディは、ユーシーズの優しい言葉にやっとに頷く。
どうしてこの口悪い魔女は優しくしてくれるのか、エディは不思議に思う反面、その優しさに甘えていた。
だから、エディは気付けないでいた。魔女の真なる考えも、彼女の事情も何もかも。エディは本当に何も知らない子供だった。
ただ独り、夜風のざわめきを感じ、不死の魔女の口元は引き締まっていた。
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魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第三章の12