No.90115

真・恋姫無双~魏・外史伝31

 こんばんわ、アンドレカンドレです。
13日から15日まで久方振りに実家に帰りました。お盆帰りです。ご先祖様のお墓に水をあげたり、花を添えたり、線香をあげてきました。皆さんはこのお盆をいかに過ごしましたか?
 さて、本当なら金曜日に投稿しようと思ったはずの第十四章・後編を今日投稿します。この後編こそこの章の本編、前、中編は飽くまで前座です。
 という訳で真・恋姫無双~魏・外史伝~第十四章~君は何がために・後編~をどうぞ!!

2009-08-17 01:02:36 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:5506   閲覧ユーザー数:4476

第十四章~君は何がために・後編~

 

 

 

  「お、お前・・・、何をした!今彼女に何をしたーーーーッ!!!」

  「僕なりの愛の形ってやつを彼女のはらわたにぶち込んであげただけさ。

  ・・・君も見たでしょぉ?彼女・・・とても素敵な死に方をしていたじゃぁ無い!?」

  「何がそんなに可笑しいんだ・・・。」

  「へッ・・・?」

  「何がそんなに可笑しいんだって聞いているんだよ!!」

  「あ、れぇ~?君でもそうやって怒るんだ~ね~♪あっはははははははははははははは!!!」

  「ッ!!!殺す!!」

  「ふふふ・・・、殺す?この僕を?君が?!あははははははははあはは!!!まさか君の口から

  そんな言葉を聞けるなんて思いもしなかったよ~♪」

  「うおおおおおッ!!!」

  「はっははぁあ!!いいねいいねぇ~、その眼ぇえ!涙流しながらに、僕を殺す気満々のその眼!

  ゾクゾクしちゃうよ~!!!この外史でまさか君にそんな眼で睨みつけられるな~んて・・・、

  思ってもみなかったよ~!!!」

  「うるさい!黙れ!!黙れーーー!!!―――を、皆を返せえええええ・・・!!!」

  

  ―――これはとある一人の男の記憶の断片・・・。

    この苦しくつらい記憶、しかし男はこの記憶の断片を心奥底に押し込めなかった・・・。 

    男は、その記憶を胸に抱き、生きる原動力としていた・・・。

    男の生きる理由・・・、それは復讐・・・。その記憶を自分の心に植え付けた者を

    この手で殺す事であった。

 

  「・・・・・・・・・祭。」

  「・・・・・・・・・祭・・・殿。」

  既に日は沈み、空は朱色から黒へと変わり始めた頃・・・。

 天幕の中、雪蓮と冥琳は目の前に現れた白装束の素顔を見た瞬間、驚愕のあまりに絶句する。

 南海覇王の切っ先は雪蓮の腕の震えに合わせ、ガチガチッという金属音を立てていた。

 そんな二人の喉から出した言葉は・・・目の前に立つ人物の真名であった。

 

  二人が驚くは無理も無い・・・。この祭と呼ばれた女性。

 彼女は黄蓋、字を公覆という。孫家三代に渡り仕えてきた呉の老将であり、弓の名将である。

 しかし、黄蓋は二年前の赤壁の戦いにて志半ばで命を落とし、その身を長江へと沈めたので

 あった・・・。それ以後、必死の捜索も空しく結局彼女の遺体を発見する事は出来なかった。  

  「・・・やれやれ。二人して何だ、その幽霊でも見たような顔でわしを見おって。折角、

  2年振りに会えたというのだからもっとこう泣いて喜んでも罰は当たらんと思うのだがな。」

  祭は雪蓮、冥琳の二人の顔を見て呆れながらにそう言った。

  「まさか、化けて出てき・・・。」

  「いやいや。死んでおらぬというに。ほれ、この通り足も2本ともついておろう?」

  そう言って、祭は白装束を上げて二本の足を見せる。

  「じゃあ、本当に祭なの・・・?」

  白装束から見えるその二本足を見て、雪蓮は今一度祭に聞く。

  「先程からそう言っておろうに。」

  「祭・・・!!」

  「う、うわあああああああああああっ!!!」

  雪蓮が祭に近づこうとするより先に、冥琳が我先にと祭の傍に駆け寄り、そのまま祭に子供の

 ように泣きながら抱き締めた。

  「め、冥琳・・・?」

  冥琳のその意外な行動にポカンとする雪蓮。

  「よくぞ・・・、よくぞご無事で・・・。」

  泣きながらに喋る冥琳。祭は子供をあやすように冥琳の頭を優しく撫でていた。

  「ははは・・・、泣くならもっと泣いてもかまわんというに・・・。なぁ、冥琳?」

  祭の一言に顔を赤くする冥琳。すぐさま祭から離れ、眼鏡を外し涙を急いで拭ったのであった。

  「・・・み、見苦しい所を見せてしまいました。」

  照れ隠しの様に、冥琳はきりっとした軍師の態度を取るのが可笑しく思えたのか、くくく・・・

 と喉を鳴らす祭。

  「よいよい。今程のお前さんの顔はわしの心の中に閉まっておいてやるからのぅ。」

  「あ、鼻が出てる・・・。」

  「・・・・・・っ!?」

  「冗談よ、冗談♪」

  「・・・し、雪蓮!!」

  冗談を言って冥琳をからかう雪蓮。その冗談に冥琳は雪蓮を叱るが、その声に怒りの感情は

 こもっていなかった。そんな二人を祭は微笑みながら見ていた。

  「さ、早くこの事を他の皆にも知らせないと!皆も冥琳のように泣いて喜ぶわ、きっと!!」

  「雪蓮・・・!!」

  そう言って、雪蓮は天幕から出ようと出入り口の布に手を掛けようとした・・・。

  「待たれよ、策殿。」

  それを祭によって、その行動を止められてしまった。

  「え、何よぉ~?・・・あ、もしかしていきなり皆に合うのは照れ臭い・・・とか?」

  けらけらと笑いながらそう解釈する雪蓮。しかし、肝心の祭は逆に真剣な表情へと変えていた。

  「その前に、二つほど誤解を解かせていただきたい。」

  「誤解・・・?祭殿、それは・・・。」

  「まず一つ、わしは生きていたわけでは無い・・・。あの時、わしは確かに夏侯淵の放った

  一矢によりわしの命を絶たれた。」

  ポカンとする雪蓮と冥琳・・・。祭はいきなり何を言い出すのだと、そんな顔をしていた。

  「祭・・・?あなた、何を言っているの?あなたはこうして生きているのよ。

  あなただってさっき死んでいないって!?」

  雪蓮の指摘通り、子供でも分かるその祭の話・・・。祭は赤壁の戦いで死んだ、しかし

 今二人の目の前にいる祭は生きているという、この矛盾。祭はこの雪蓮の疑問に両腕を組んで

 唸り出す・・・。

  「ふむ・・・、それなのですが、それを説明するにはこのわしの頭はそう賢く出来て

  おりませんでな。」

  どうやら、祭でもこの矛盾をちゃんと説明するのは難しいようだ。それでも必死になって答えを

 導きだそうとする。そして苦心の末に出した答えが・・・。

  「・・・強いて言うなら、蘇った・・・と言った方が一番近いやもしれません。」

  「蘇ったって・・・、五胡の妖術でも使ったの?」

  真剣真顔で言う祭、そんな彼女の言葉が信じられず若干冗談気味に聞く雪蓮。

  「妖術とはまた違うのだが・・・そう受けとってもらって構わんさ。女渦という物好きな男に

  よって再び生を得た次第。」

  「じょか?」

  誰それという言わんばかりの顔をする雪蓮。一方、黙って聞いていた冥琳はその単語に反応した。

  「女媧・・・、古代中国神話に登場する蛇身人首の女神の名前だが・・・。」

  「じゃあ何?死んだ祭を神話に出て来る神様が生き返らせたって・・・そう言う事?」

  「雪蓮、女媧は女神だ。祭殿はその者を男と言っているのだからその結論は違かろう。」

  「じゃあ・・・、祭は・・・そのじょかとかいう男の妖術で蘇ったって・・・?」

  祭が言った事を雪蓮は要点をまとめた内容を口にして出すと、祭は首を縦に頷いた。

  「ちょっと祭、頭大丈夫?もしかして、どこかで頭をぶつけたりとか?」

  「・・・・・・。」

  二人の疑心の目・・・。祭はやっぱりという顔をしながら軽くため息をついた。

  「やはり信じてはもらえないようだな。・・・まぁ、別にこちらはどうでも良いのだ。

  わしが一番言いたい事は二つ目の方なのだ。」

  「二つ目って・・・。」

  そんな雪蓮の言葉を受け流し、祭は話を続けた。

  「そして二つ、わしがここに参っ理由・・・。二人の期待を裏切ってしまう形になって

  しまうのは少々心苦しいのだが・・・、そなた達の力になるべくして参ったのではないのだ。」

  「・・・?」

  冥琳はここでようやく止まっていた思考を動かした・・・。

 そもそも何故、祭がここにいるのだろうか?そして祭が身に纏っている白装束・・・。

 この時、冥琳の脳裏に残酷な結論がよぎった。

  「なら、祭はここに何をしに来たっていうのよ!?」

  祭がさんざんじらされて我慢の限界に達した雪蓮は祭に向かって思わず怒鳴ってしまった。

  「うむ、それはだな・・・。」

  そう言うと、祭は両腕を組み直した。

  「雪蓮・・・!!祭殿から離れ・・・!!」

  「こうするためじゃ!」

  冥琳が話しきる前に、祭がその話を遮ると同時に、組んでいた両腕を勢いよく広げる。

 その際、祭の両手から金属片数本が雪蓮に向かって飛んでいく。

  「・・・っ!!」

  「雪蓮っ!!」

 

  ザシュッ!!

  天幕の出入り口から勢いよく側転しながら出て来る雪蓮。その右肩には金属製の小型の刃

 (果物ナイフのような)が血を流しながら刺さっていた。

  「くぅっ・・・。」

  雪蓮は右肩に刺さっている小型の刃にを手を掛けるとそのまま引き抜いた。自分の血で濡れた

 小型の刃をその辺に捨てる。周囲を見渡すと、恐らく祭の仕業であろう。天幕の前で護衛していた

 兵士達が気を失って倒れていた。

  この時、雪蓮はひどく混乱していた・・・。まさか祭にこのような仕打ちを受けるとは思いも

 しなかったからである。一体どうしてこんな事を、祭は・・・。考えた所ですぐに分かるはずも

 無かった。そんな事を頭の中でぐるぐると駆け巡らせながらも、左手で出血する右肩を押さえていた。

  ビュンッ!!!

  「ふ・・・っ!」

  雪蓮はとっさに身をかわす。彼女が立っていた地面に数本の先程の小型の刃が三本ほど

 刺さっていた。そしてそのまま木箱が重なっている所に身を隠した。追い打ちをかける様に、

 雪蓮が隠れた木箱に小型の刃が刺さるのであった。

  「策殿~!どうしたのですかなぁ!そんな不様な姿、小覇王の名が泣きますぞぉ?」

  ザッザッと土を踏み締めながら、両裾から小型の刃を取り出すと祭は陽気な感じで

 雪蓮に話しかけた。

  「祭!あなたいきなり何をするのよ!」

  木箱に背中を預けながら、祭に問いただした。

  「何を?見ての通り策殿に刃を投げつけておるのですが。」

  「ならどうして私にそんなものを投げて来るのよ!?当たったら危ないじゃない!

  すでに当たっちゃってるけど・・・。」

  最後の方がやや聞き取りにくい声で喋る雪蓮・・・。

  「そうですのー・・・。わしの愛情表現(?)ですかのぅ。」

  「そんな愛情、こっちから願い下げよー!!」

  「雪蓮!!」

  遅れて天幕から出て来た冥琳。左手には護衛用の剣、そして右手には南海覇王が握られていた。

  「冥琳!!」

  冥琳の声に雪蓮は敏感に反応する。雪蓮は木箱の影から出て来る。その時、すでに冥琳の

 右手には南海覇王は無かった。

  ビュンッ!!!

  祭はそこを逃すまいと両手に持った小型の刃数本を投げ放つ。雪蓮は前に飛び込み前転して、

 その刃を避ける。着地した所で雪蓮は右手を天に高く伸ばした。そしてその手に南海覇王の

 柄が収まる。

  「ありがとう、冥琳!」

  そう言って雪蓮は無形の構えを取り、祭と対峙するのであった。

  「祭!今ここで謝るんなら、あなたがした事は全部冗談として流してあげるわ!」

  「ほう・・・、本当ですかな?とはいえ、私は冗談でやっているわけでは無いのです

  が・・・。」

  「雪蓮!そ奴は蓮華様達が遭遇したという謎の白装束だ!!周囲に気を付けろ!何処かに

  仲間が隠れ潜んでいる可能性が高い!!」

  「何じゃ、冥琳?このわしをそ奴呼ばわりとは・・・。ちと言葉が悪いのではないか?」

  「・・・・・・っ!」

  祭の言葉に思わず、苦虫を噛んだ顔をする冥琳。と、そこに・・・。

  「姉様、どうかなさいましたか・・・、え?」

  何も知らない蓮華がその場に現れた。

 

  蓮華は考えていた・・・。一人でずっと考えていた・・・。

 あの時の事を、自分の前に現れた青年の事を・・・。

 蓮華は青年の言っていた内容、南海覇王について雪蓮達に報告はしていなかった・・・。

 調査の内容から逸れていたという理由、その青年の正体が分からず、なおかつその情報が

 不確かなものであったという理由から生真面目な蓮華は報告をためらった。

  しかし、青年が持っていた剣・・・。あれは紛れもなく孫家代々伝わる伝家の宝刀

 『南海覇王』であった。唯一無二の剣、この世に一つとしかない剣が何故二本存在しているの 

 か、そしてそれを何故彼が持っていたのか?その身に朱色で身に纏う青年・・・。信用できる

 はずの無い男の言葉。

 

  ―――奴等には気を付けろ・・・。

 

  ―――特に・・・、女渦は孫権を狙っている・・・。

  

  そのまま切り捨てればいいはずなのに。どうしてかそれが出来ず、頭の中に居座り続ける。

 不思議と嫌な気分にはならなかった・・・。蓮華には青年のその言葉に偽りや悪意を感じら

 れなかった。

 むしろ逆・・・、自分の身を心から案じる彼の優しさが込められていた様に感じていた・・・。

 そして、その背中は何か大きなものを背負っているかのようにとても大きく感じた・・・。

  蓮華はこの行軍の中、そんな事をずっと考えていた。そのせいもあって、思春からお体の

 調子が悪いのですか?と言われてばかりでいた。

  そして天幕の中・・・。

  「・・・やはり、姉様に相談してみるべきなのかしら?」

  一人、そう自分に言い聞かせるように言った。

 誰が言い出したのか朱染めの剣士なんて呼ばれるようになった謎の青年の事を、

 雪蓮に思い切って打ち明けてみよう・・・、そう考え始めていた。そして、

 天幕の外にいた思春に説明をして雪蓮のいる天幕へと向かう。自分も同伴致します,

 と案の定思春が言ってきたが蓮華は大丈夫と言った。

 

  蓮華の目に映ったのは、あまりに意外な光景であった。

 右肩から血を流しながら剣を握る雪蓮と同様に剣を握る冥琳、そして何より彼女を

 驚かせたのはその二人に挟まれるように立っていた人物であった。その人物が身に

 纏う白装束、身に覚えがあった。

  以前、思春とともに遭遇した謎の戦闘集団の恐らく首領格であろう白装束のそれと

 同じものであった。

 そしてそれを身に纏っていた人物が・・・。

  「祭・・・!?」

  彼女の声に反応し、その三人が彼女の方に目を向けた。

  「蓮華!」

  「蓮華様!」

  「おお、これは蓮華様。お久しゅうございます!」

  祭は蓮華の方に向きを変えると、そのまま片膝をつき一礼する。

 一方で蓮華は祭がここにいる事に戸惑いを隠せなかった。

  「どうして・・・?」

  「・・・・・・。」

  「どうして、あなたがその服を着ているの?」

  「蓮華様、その者は・・・!」

  「どうしてその白装束をあなたが身に纏っているの?」

  冥琳の忠告は蓮華の耳には届いていなかった。蓮華の目には祭だけが映り、そして祭と以前

 遭遇した白装束の者の姿形が重なっていく。そしてその二つに重なったそれがおもむろに立ち

 上がる。

  「っ!蓮華、逃げなさい!!」

  「えっ!?きゃっ―――!!!」

  ビュンッ!!!

  蓮華が気付いた時には、祭が蓮華に向かって小型の刃三本を投げ放っていた。

  キイイィィィイイインッ!!!

  三本の刃は蓮華の前で叩き落とされ、地面に落ち、そのうちの一本が地面に突き刺さった。

 だが、これは蓮華のしたことでは無かった。これを為したのは彼女の身を庇うように前に立ち

 ふさがった人物であった。

  「思春!!」

  蓮華は目の前の人物の真名を叫ぶ。

  「ご無事ですか、蓮華様!」

  それに答える様に思春前方を警戒しながら後ろの蓮華の無事を確認した。

  「思春、あなたどうして・・・?」

  「申し訳ありません、やはり蓮華様の身を案じて・・・。」

  蓮華の問いに思春はばつが悪そうに答える。蓮華はやっぱりと言いたげな顔をする。

 一人で大丈夫と言われて、そこに待機していたがやはり気になってしまい・・・体が自然と

 赴いてしまったのであろう・・・。

  「思春、久しいのぅ・・・。あれから少しは口の方も達者になったかのう?」

  「・・・っ!黄蓋殿、やはり貴殿でしたか・・・。」

  鋭い眼光で祭を睨みつけながらそう言う思春、それに対してやれやれといった感じで聞く祭。

  「何を今さら・・・、お主とはあの時既に顔合わせをしたではないか?」

  「・・・・・・。」

  祭の言葉に思春は言葉を失くしてしまった・・・。

  「・・・そうか。策殿や冥琳が妙にわしを警戒していなかったのは・・・、お主が報告

  を怠慢したせいか・・・?」

  そうかそうか、とけらけらと思春をあざ笑う祭。

  「思春、あなた知っていたのね!?白装束が祭である事を・・・!!」

  蓮華は思春を問い詰める。

  「・・・申し訳ありません。」

  蓮華はそれ以上の追及はしなかった。何故なら自分も彼女と同じ様に青年の言葉について

 黙っていたのだから、自分の事は棚に上げて責めるのは筋違いだと蓮華は考えた。

  ドーーーンッ!!!

  「なっ!?」

  突然、銅鑼の音が陣内に響き渡る。一度、二度、三度、間を取りながら三回鳴った。

 その音に外で周囲を警戒していた者。天幕の中で休んでいた者、食事をとっていた者皆が

 反応する。何だ何だと天幕から出て来る兵士達、周囲に敵がいないか、きょろきょろと

 辺りを見渡し始める。陣内は瞬く間に混乱に陥ってしまった。

  「冥琳様!!」

  「・・・穏か。」

  そんな中、自分直下の部下達を引き連れて冥琳の元へに駆けつけてきたのは穏であった。

  「先程の銅鑼の音、誰の仕業だ?」

  「はぁ~、申し訳ありません。どうもそれを見たって人は誰もいなかったみたいです。」

  「・・・そうか。他の兵士達の様子はどうだ?」

  「皆かなり混乱しちゃってます。敵の奇襲か何だーって・・・!早く対処した方がいいかと。」

  二人の軍師が会話をしている傍ら、穏が引き連れてきた一人の兵士が気付く。

  「おい、あれって・・・黄蓋様ではないか?」

  その兵士の一言に他の兵士もその指を指す方向に目をやる。

  「ほ、本当だ!」

  「あの人は・・・黄蓋様!でもどうしてここに・・・!?」

  兵士の間に動揺が走る。それに気づいた穏は冥琳に聞くと、冥琳は無言で視線を逸らす。

 その逸らした視線の先に祭がいた。はっと目を大きく見開く穏。すでに祭は雪蓮、思春、

 蓮華によって取り囲まれていた。その状況から大まかであるが、穏は全てを把握した。

  「私は何が起きても大丈夫なように、これから兵の皆さんを落ち着かせてきます。」

  「頼む。」

  はい~。と言って、穏は部下達と一緒に下がっていった。

 その様子を横目で見ていた祭は、おもむろに右手を前に差し出す。掌は空に向けられ親指と

 中指の腹同士を合わせていた。

  「何をする気!?」

  「役者が一通り揃ったので、次の展開に進ませようかと。」

  祭は何でも無い様に言ったあと、合わせていた親指と中指を擦らせるとパチンと空気を

 はじく様な音が鳴る。それと同時に何処からともなく黒い影が陣内へと侵入してきた。

  「・・・祭。あなた・・・!!」

  雪蓮が発した声は低く、南海覇王を握る手に力が込められる。

 雪蓮達の周囲をその黒い影、忍装束のような衣服と武具を身につけ、顔全体を包帯で隠され

 その右腕には二本の刃がまるで爪の様に備わっている武具で固められていた。

  「こ奴等・・・、あの時の成りと恰好は似ているが得物が代わっているようだな。」

  思春は背に蓮華を隠すように、鈴音を構えつつ冷静に目の前の敵の姿を分析する。

  「思春!」

  「蓮華様、私から離れないように!こ奴等・・・蓮華様を狙っております。」

  そう言われ、蓮華は目の前の敵を見る。身をかがめ、前のめりの体勢をとりながら、

 視線は自分から逸れる事無く定まっていた・・・。

   

  ―――奴等には気を付けろ・・・。

 

  ―――特に・・・、女渦は孫権を狙っている・・・。

  

  あの時の、彼の言葉が、蓮華の脳裏をよぎる。蓮華はこの時、不思議と何処かその

 言葉にああ、やっぱりそう言う事かという納得をする。そして帯刀していた剣を鞘から

 抜き取り、背中を思春に預け、剣の切っ先を敵に向け牽制する。その後方から援軍か、

 呉の兵士達が自分達の安否を確かめようと名前を叫びながらやって来た。その叫びに

 そちらに目が行ってしまう蓮華。

  「・・・!!」

  一人の敵が蓮華に向かって襲いかかると、それに呼応するからのように次々と二人に

 襲いかかるのであった。

 

  「祭ぃいいいーーー!!!」

  ガギィィインッ!!!

  一本の剣、一本の小型の刃が交差する度に火花を散らし、鈍い金属音が鳴る。

 雪蓮の怒涛の叫びと共に放たれる攻撃をその小さい刃にて軽く受け流す祭。

 そこに背後から襲いかかる敵に雪蓮は気が付かなかった。

  ザシュッ!!!

  鈍い斬撃音、地面に崩れ倒れる・・・。

  「突出過ぎだ雪蓮!!あなたの悪い癖よ!」

  敵の攻撃から雪蓮を守った冥琳、すかさず雪蓮の悪い癖を指摘する。

  「冥琳!助かったわ!!」

  雪蓮は振り返る事無く、礼を言う。

 冥琳は考えていた。祭が率いるこの戦闘集団・・・、今までに出会って来た賊とは類を逸脱していた。

 この異様なまでの連携、まるで一人一人が一つの意志で支配されているかのような統率、一体何者が

 これまでの指揮をしているのだろうか。周囲を見渡してもそれらしい人物はいなかった。

 もっとも陣内はすでに混戦状態、あちらこちらで呉の兵と敵の兵とで白兵戦が展開されていた。

 この狭い場所では陣形を成してもあまり意味を為さない。呉の兵士達は四人一組の少数での隊形で

 迎撃を展開していた。その的確な判断はさすが穏であると感服する。だが、それ以上に感服するは

 敵方・・・、兵力ではこちらの半分にも満たない数で、こちらの戦力と同等の戦力を発揮している。 

 しかも少数で多数の敵を一度に相手する場合におけるとても合理的な戦法と、なおかつ相手の動きの

 先を呼んでいるのか様な動きでこちらの兵達を圧倒していた。向こうには祭が付いているのだから

 こちらの戦いにおける癖を知っているのはある意味当然と言えば当然かもしれないが・・・。

  「ぐがあああっ!?」

  「雪蓮!!」

  突然の雪蓮の悲鳴に反応じ、彼女を見やる冥琳。

 雪蓮の右肩から血が噴き出る。その肩を掴みながら肩の傷口に祭の親指が強引に抉り込んでいた。

  「己の弱点を相手にさらさないのは、実戦の基本でしょうに・・・。」

  そう言いながら、祭は親指にさらに力を込め、傷口を食いこませていく。苦痛に歪む雪蓮の顔が

 さらに歪めながらも、南海覇王で祭を振り払うと、祭は後ろに身を引き一歩二歩と後ろに跳ねながら

 下がっていった。

  「ん?」

  この時、祭は雪蓮達とは別の気配を感じ取った。

  「ぐ・・・っ。」

  再び血が噴き出た右肩の傷口を左手で押さえ、圧迫する。

  「雪蓮、傷を見せなさい!」

  そこに冥琳が自分が身に着けていた長手袋を外しながら駆け寄って来る。

 雪蓮は言われた通りに傷口を見せると、冥琳は外した長手袋を使って傷口を止血した。

  「ちぃ!!」

  ブゥンッ!!!

  思春の放った一撃が敵では無く、空を切る。それは蓮華や他の兵士にも言える事であった。

 やはりあの時は明らかに強くなっている。しかしこの短期間で如何な手段を使ったというのか。

 思春はこちらとの距離を測りながら詰めて来る敵達を警戒しながら防戦一方の戦いが展開していた。

  「・・・!!」

  「はぁあっ!!」

  敵が爪状の二本の刃で思春に斬撃を放つ。それを鈴音で受け止め、はじき返しそのまま切り

 返しを放つが、それを別の敵の刃によって防がれてしまう。そこに横から別の敵が襲いかかって来る。

  「くぅっ!?」

  思春はその攻撃を回避し、敵の一撃は空を切った。そして再び、先程と同じ状況に戻る。

  「これでは・・・きりが無い!!」

  思春の傍で剣を構えながら両肩で息をする蓮華。そこに問答無用に敵の凶刃が襲いかかる。

  「しまっ・・・!」

 その一撃を蓮華は剣で受け止めるが、その際に体勢を崩してしまう。それを見逃さなかった

 一人の敵がその刃を蓮華の心臓に目掛けて放った。

  「蓮華様ぁあああっ!!!」

  思春が蓮華の前に出る。そしてその刃は思春の左鎖骨の下を刺し貫いた。

  「思春!!」

  「ぐぅ・・・、蓮華様はやらせはしない!!」

  思春を刺し貫く刃が腹の部分で折れる。そして彼女の鈴音が敵の首を斬り飛ばした。

  ザシュッ!!!

  「・・・!?!?」

  首から上を無くした敵の体は後ろに倒れ、同時に思春も片膝つき、自分を刺し貫く刃に手を

 かけると、一気に引き抜いた。

  「思春!」

  彼女を身を案じ、蓮華が側に駆け寄り思春を抱きしめる。出血そのものは大したものでは

 無かったが、じわじわと傷口から血が流れ、服を濡らした。

  そんな思春の状態など知るか言わんばかりに、敵達が彼女達との距離を詰めていく。

 思春はそんな連中に切っ先をむけるが、その切っ先には力が無くぶれていた。

 二人の額に一筋の汗が流れ落ち、頬を伝って、雫となって落ちた・・・。

  その時、汗の雫が風で流される。それは二人にも感じ取れない様な微弱な風・・・。

 その微弱な風が吹き抜けた時、彼女達の前を風が一気に抜けていった。

  ザシュッ!!!ザシュッ!!!ザシュッ!!!

 その風の中に聞こえる斬撃の音。風が吹き抜けると、そこには敵達の亡骸が倒れていた。

 蓮華と思春は風が吹き抜けていった方向に目をやったその先、血が滴る切っ先を振り

 払って拭いとる男の後ろ姿。

  「奴は・・・あの時の!!」

  思春がその青年の姿を確認する。見間違う事が無い、その鮮血の朱色の外套を身に纏い

 その目を隠さしたその姿・・・。その外套の合間から片刃の細身の剣が出ている。

  「朱染めの剣士・・・?」

  その者の通称の名を蓮華が呟く・・・。それを聞いて、雪蓮もその青年を朱染めの剣士と

 認識した。朱染めの剣士は目に立ちはだかる敵達を牽制しながら、祭と雪蓮達がいる所へと

 歩み寄っていく。敵達は警戒するかのように、彼を避けていく。そして朱染めの剣士の姿を

 見て祭は言った。

  「ほう・・・?お主が・・・そうか。女渦の小僧が言っておったのはお主の事か!」

  一人勝手に納得する祭。女渦から彼の事を聞いているのであろう。彼に遭遇し、祭は

 嬉しそうな顔をする。そして祭は対峙していた雪蓮からそっちのけで、小型の刃を彼に

 投げつけるとすかさず自分も彼へと駆けて行った。

  「待ちなさい、祭!!あなたの相手は私よ!!」

  祭の後を追う雪蓮。しかしそれは横から割って入って来た祭が率いてきた敵達が雪蓮の

 前を遮る。

  「ちぃ・・・!邪魔するんじゃないわよ!!」

  苛立ちから雪蓮は舌打ちする。襲いかかって来る敵達を返り討ちにすべく南海覇王を

 振るった。

  

  キィイインッ!!!

  祭が投げ放った小型の刃を剣で弾き返すと、朱染めの剣士も祭に立ち向かって行った。

 互いに近づく二人、先に攻撃を仕掛けて来たのは朱染めの剣士の方であった。

  ブゥオン!!!

  やや低めの横薙ぎの斬撃、祭はそれを小型の刃で剣の刃先を受け止めそのまま剣の根元まで

 擦り着けながら朱染めの剣士の間合いの内側へと入っていくとすかさず反対の方の手に取った

 小型の刃で斬りかかるが、彼の左手にその手を取られ、後ろに放り投げられる。

  「ほっと!」

  放り投げられ崩した体勢を整えながら、後方に下がっていく祭。そこに追い打ちをかける様に

 朱染めの剣士は祭の上から斬撃を叩き落とすが、それを軽々と小型の刃で受け止められてしまう。

  「懐かしいのぉ・・・、よくこうやってお主に稽古を施してやった・・・。」

  「・・・?」

  刃と刃が拮抗し合う最中、突然祭が彼に話しかけてくる。一体に急に何を言い出すのかと

 朱染めの剣士は眉をひそめる。稽古を施す・・・?この言葉が彼の頭を駆け巡る。

  「そして決まって次の日には全身筋肉痛になっておった、がな・・・!」

  語尾を強めると同時に、祭は朱染めの剣士の剣を彼の頭上より高くはじき返すと、

 小型の刃で彼の腹部に斬りかかるが、朱染めの剣士はその弾き返された剣に身を委ねる様に

 後ろへと下がっていたため、その斬撃を回避し、そのままその剣の動きに合わせる様に身を

 半回転させ祭に横薙ぎの斬撃を放った。

  「ぬおぉ!!」

  意外、という顔をする祭は後ろに宙返りする事でその斬撃を回避すると再び、距離を取る。 

  「・・・。」

  この時、朱染めの剣士の脳裏をある光景が過る。そして全てを理解する・・・。

  「成程・・・、そう言う事か。」

  理解した彼を見て、祭は不敵な笑みをこぼした。

  「ふむ、わしの正体に気付いたようじゃのぅ?頭のキレも相変わらずじゃな!」

  「・・・!」

  自分に向かって来ると思い、剣を構えた朱染めの剣士。しかし彼の予想は外れる。祭は彼を

 無視して大きく飛ぶと敵と戦っていた弓兵の後ろへと着地すると弓兵の首筋に小型の刃を立て、

 首をかっ切った。

  「ぐぎゃあっ!!!」

  首から大量の血を流しながら倒れる兵士の手から弓を二本の矢を取り上げると、すかさず

 近づいてくる朱染めの剣士に標準を定める。そして彼に向けて二本の矢を同時に弓の弦で引き、

 撃った。

  ビュンッ!!!ビュンッ!!!

  二本の矢が朱染めの剣士に飛んでいく。一般兵に支給される弓で二本の矢を同時には放つ

 所はさすが黄蓋公覆。しかし、朱染めの剣士はその二本の矢を同時に剣で叩き落とすと今度は

 地面に刺さっていた剣を走りながら抜き取って、そのまま祭に投げつけた。祭は右に体をずらす

 事でかわすと、そのまま彼女の後ろに立っていた天幕の柱に刺さる。そして再び彼に目を向ける

 祭であったが、そこには当の彼の姿が無かった。

  「・・・っ!!」

  とっさに気配を感じ、上を見上げるとそこに彼はいた。

 飛び上った朱染めの剣士は剣を振り上げながら、祭に頭上に落ちる態勢に入っていた。

  「ちっ!」

  矢で撃ち落とすのは間に合わないと判断し、舌打ちする祭。 

 朱染めの剣士は祭に向かって斬撃を放つ。振り下ろされた剣は祭の手前をかすり、片足を

 ついてしゃがみ込んだ形で着地する。そしてそこから立ち上がろうと地面するすれまで

 振り下ろされていた剣を持ち上げようとした。

  ガギッ!!!

  「・・・ッ!!」

  剣の峰の部分を足で踏みつけられ切っ先が地面に埋まり、身動きがとれない。見上げるとそこに

 近距離から彼を射抜こうとする祭の姿があった。後は張った弦を離すだけ・・・。

 朱染めの剣士は咄嗟に左手を外套の中へと潜らせると同時に、祭は矢の羽を掴んでいた右手を

 離そうとした。

  ガギィイッ!!!

  朱染めの剣士が外套から左手を出すと、その手には別のもう一本の剣が・・・。そしてその剣の刃が

 器用に矢の先端を捉え、祭は矢を放てなくなっていた。その朱に染まった外套の中から見える下の服。

 それは外套と同様、否、それ以上に血の独特の赤黒さが一層際立った色で染まっていた。

 数秒間、二人はその体勢で硬直する。周囲の者はその数秒がとても長く感じてしまう錯覚に襲われる。

  だが、彼女達を一番驚かせたのは彼がその左手に持っていた剣であった。ただ一人を除いては・・・。

  「あれは・・・!」

  雪蓮は自分が持つ剣と彼が持つ剣を見て比べる。それはまさに瓜二つ、彼が持っているのは

 南海覇王であった・・・。

  朱染めの剣士は祭の足に踏みつけられていた剣を引き抜くとその態勢から祭との距離を一気に

 追い詰めると右切り上げの剣撃を放った。

  ザシュッ!!!

  斬撃を放たれた先に、すでに祭の姿は無かった。あったのはその斬撃で破壊された弓と矢、そして

 彼女の左腕だけ、持ち主を失ったそれらはそのまま地面に音を立てて落ちる。スタッと軽やかに

 天幕の頂上に着地する祭。当然ながら彼女は左腕を無くし、その傷口を右手で押さえるが

 指の合間から血が流れ出ていた。

  「ほぅ・・・、あの頃よりも随分と腕を上げたではないか・・・。最も、それも無双玉とやらの

おかげなのであろうがな。」

  「・・・。」

  祭と朱染めの剣士は互いに視線を合わせ、にらみ合う(ただし、朱染めの剣士は目隠しを

 しているため、飽くまでそのように見えるだけである)。先に視線をそらしたのは祭の方であった。

 その視線は雪蓮達に向けられた。

  「策殿!」

  「!!」

  「皆の顔を見れてこの黄公覆、満足ですぞ!」

  「祭殿・・・!」

  「祭!」

  「わしらはある事をするべく、この場を失礼させてもらう!!縁があればまた相見えましょう!」

  「祭殿!!」

  「祭様!!」

  「では、さらばじゃ!!」

  そう言い残して祭は天幕の反対側へと消えていく。それに合わせるかのように、陣内にいた敵達も

 その場を離脱、暗く深い林の中へとその身を隠していった。

  「逃がさない・・・!」

  そう言った朱染めの剣士も、祭の後を追うように天幕の頂上へと素早く飛び移る。

  「待ちなさい!あなたは一体に何も・・・!!」

  立ち去ろうとする彼を雪蓮は止めようとする。が、彼女の言葉を振り切って朱染めの剣士は天幕の

 向こうへと姿を消した。そしてそこに残されたのは雪蓮達だけとなった。その場は先程までとうって

 変わり沈黙に支配される。

  「朱染めの剣士・・・。あなたは・・・、あなたは何のために?」

  蓮華は今に掻き消えそうな声でそう呟いた・・・。


 
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