んんっと背伸びをする。
背がピンとして、気持ちいい。
背には脱出した遺跡ダンジョン。目の前には森。空は星々が輝く夜空。
「すっかりおそくなっちゃったな~」
ぽんぽんと、服と青い魔導アーマーについた埃や泥を払う。
シャワーでも浴びたいな・・すっかり汗臭いや。
少し緩んだバンダナを直そうと、量が多い栗色の髪を束ねている青いバンダナをほどく。
「あ」
悪戯な風が吹いて、バンダナはどこへ飛ばされてしまった。
大変だ!あれは大事な……お父さんの…!
アルルは慌てて、追いかける。
「待て~!!」
「ぐぅぅ~」
闇夜の森の中へ走っていく一人と一匹。
走る。
走る。
けれど、なかなか伸ばした手にバンダナが届かない。
冷たい空気が頬を髪を撫でる。けれど走っているおかげで身体は熱い。
「この待て~~!!」
「ぐぅ!」
「え?なあに?カー…わああぁぁぁっ!!?」
無我夢中でアルルは足元をよく見てなかった。
地面に巣を作るように張っていた木の根に思い切り足を引っ掛けて転んでしまった。
「いたたた~」
膝がじくじくと痛い。きっとすりむいたのだろう。
触ってみたら、べたりとした感触。血が出てるや。
アルルはすぐヒーリングを唱えようとした。
「……ヒーリング」
「え?」
けれど呪文を唱えたのはアルルの明るいソプラノの声ではなく、低い男性の声。
暗闇からぬっと現れる白い手のひら。びっくりしたが、その手は何かするでもなく目の前でじっとしている。
う~ん。立ちあがるのを手伝ってくれる意味だよね。
でも、ものすごくあやしい…けれど、悪い人じゃないのかな…?
アルルは少し迷った後、その手を借りることにした。
少し疑ってしまったけど、その大きな手は優しい気がしたからだ。
触れた手はひやりと冷たかった。
「…他に怪我はしてませんか?ああ、こう暗くて見えませんね」
ライト、という声と共に淡い光が現れる。
照らされて姿がはっきりする謎の人物。
手と同じく白い肌。光に反射して輝く銀の長い髪。深緑のローブの上に黒いマントを着ている長身。
見上げれば冷たげな端正な顔。こちらを見つめるルビー色の瞳。白くて綺麗で、冷たくて雪みたいな人。
たしか…
「シェゾを変態した人!」
「……たしかにシェゾ=ウィグィィは変態ですねぇ」
正確には先代の闇の魔導師であり、シェゾに闇の魔導師としての運命を受け継がせるのが正しい。
だが、ルーンロードはコケるのも注意するのを面倒だと感じ、テキトーに答える。
その場にシェゾがいたら、誰が変態だあぁぁぁあっ!!と悲痛に叫ぶだろう。
だが、残念なことにつっこみ役は不在であった。
「アルル=ナジャ。久しぶりですね…今日はダンジョンの探索をしていたのですか」
「はい。でもどうしてわかったのですか?ボクがダンジョンに入ったなんて」
「頭にクモの巣がついていますよ…」
「え、ええっ!?」
慌てて、頭についているらしいクモの巣を取ろうするアルル。
本当は顔も真っ黒に汚れているけど、ルーンロードはあえて言わないことにした。
「…ところで、あなたが探しものはこれですか」
「へ?」
驚くアルルの丸い目に映ったのは、ルーンロードの白い手の上にある青い布。
アルルの髪留めのスカーフだ。
「あ、ありが…」
「タダ、で?」
「え!?」
受け取ろうとしたアルルは耳を疑った。
今、なんて言った!?
「んふふふふ。冗談ですよ~」
クスクス、と笑うルーンロード。
う~ん…やっぱりシェゾの先代だけあって、意地が悪い人だ。
「けれど、こうして会えたの何か縁でしょう…少し話でもしませんか。お茶もぷよまんもありませんが」
「別にいいけど…」
近くの木の根元に座る二人。
頭の上で木の葉がザワザワと音を立てている。
何を話せばいいのかな?
はじめて会った時はシェゾに変なことを吹きこんでいたらしくて、危なくシェゾに夜ば……いや、忘れよう。
「ドッペルゲンガーって知っていますか?」
「え?…うん。知っている。実体を持たない影の魔物が遭遇した人に化けるんだよね」
「その答えは正しいですが、違います」
「?」
「この世には自分に瓜二つ人間が三人いる」
その話なら知っている。
顔も声もそっくりで、まるで双子ようだけどまったく血の繋がりはない。
そして…
「出会ったら、死ぬ」
「はい。あなたは出会ったことあります?」
「い、今のところは・・出会ったら死んじゃうかもしれないし。会いたくないかな~」
「けれど、いつかは出会うかもしれませんよ。その時どうしますか」
どうするかって、正直わからない。
死ぬっていうけど、何が起こって死ぬのかわからない。
出会ったそっくりさんが悪いのか、それとも自分が悪いかもしれない。
もしかしたら友達になれるかもしれない。
「とりあいず話してみよう思う。だってボクはそれが良い奴なのか悪い奴なのかわからないもの」
「あなたらしい、ですね…」
そう呟いたルーンロードはたしかに少し微笑んでいた。
答えるか、答えないか、どんな答えを出すか。試したかもしれない。
とりあいず笑ったことが、アルルをどう思っているかの答えなのだろう。
「やはり似てないですね」
「え?」
「昔この質問したら、わからないと答えられました。その時になったら、考えると…大雑把な人でした」
「…友達がいたの?」
思わずそう聞いてしまった。ルーンロードに友達がいるなんて想像できなかったからだ。
「んふふ…私だって友達ぐらい居ますよ。昔に昔にね…」
横顔は絹糸の髪で隠れて見えなかったけど、ルーンロードは楽しそうに笑みを浮かべていた。
「なんだか、その人のことを話す声が楽しそうだったからかな」
普段はノー天気娘と言われるアルルだが、こういうところはするどい。
(なら、もう少しシェゾ=ウィグィィにも気付いてほしいですね)
ルーンロードは内心そう思う。
シェゾもシェゾでどこかずれていて、後押しをしないと具体的なことをしないバカだ。
「…その頃は一番生きていると思えましたから」
「その人はあなたみたいに幽霊になっていないの?」
「あの人と私は違いすぎる。醜くこの世にしがみつく欲などなかったのでしょう」
「…」
アルルは何か言おうと思ったけど、何も言わないことにした。
どんな顔しているか見えないけど、寂しそうな声だった。16年そこそこ生きる自分には数百年もこの世にとどまっている幽霊にかける言葉が見つからなかったんだ。
だから…
「………」
「寝てしまいましたか…?」
返事はない。軽く肩を揺らすが寝息が聞こえるだけで、起きる気配はない。
「しょうがない…魔物も出てくるでしょうし。見張ってあげますよ」
「ぐぅ!」
ぴょんとアルルの膝の上で跳ねる黄色い物体。
「ああ、ルベルクラクの…額の石には興味はありますが、今は何もしないでおきますよ…」
そう囁いて、少女の栗色の髪をそっと撫でる。
この娘に免じてね…
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過去作品からお気に入りを、サイトより転載。
アルルとルーンロードがお話しているだけ。