その一瞬が永遠に続くのだろうと僕は本気で思っていた。
真冬の朝。
吐く息は白く、透かして見た海が浮いている淡い空へとなびいては、溶けかけの月を覆う雲の一部となっては消えていく。
様々な服を重ねていることをケラケラと嘲笑いながら通り過ぎる寒気を無視することは出来ず、怒ったように鼻先と耳を、鏡を介さずとも、赤くさせていたのが分かるほどだった。それを堪えようと身体を震わせて、知らんぷりを決め込むことしか出来なかった。
僕はいつもの並木道を歩いていた。
葉が奪われ、剥き出しの木々達が寒空の元で律儀に並び、のっぺりとした灰色の壁と身を引き締め合い、互いに体を寄せ合う黒い小石達で覆われた道。
向かいの道にバス停が見える。雨除けの為か、日除けの為か、特に厚くもない屋根が建てられている。もう少し歩けば、こちら側にあるバス停も見えてくる。
ちょうどそこにバスが向かってきた。
朝早いのもあってか乗客は少なく、誰かが降りたのが見えると、バスは寒さを堪えきれなかったのか、大きく息を吐き出して走り出した。
僕は歩みを止めた。
なんとなく、バスが通り過ぎるのを目で追っていた。
珍しいものでも見たかのようにこの場所で動くものを目で追いたかっただけか、バスの中の温かさを羨ましい、とでも思ったのかもしれない。
暫くして視線を戻す間際、その世界の一部を切り取ったように動けなくなった。
バスから降りた乗客は少女一人だった。
雪を輝かせたような銀色の髪に、彼女に合わないような少し大きめのコートを着込んで、ピンクの手編みのマフラーを巻いていたのが印象的だった。
普段なら、女性も大変だな、と見ているこちらも寒くなるような恰好を理解しようとせずにその努力を一蹴し、感心しては他人事を呟き、立ち去るだけなのだが、彼女の姿を見て、何も言葉が浮かばなかった。
頭から、目から、感覚から、彼女がいること以外が消えた。
バス停から降りた彼女は、自分が向かう方とは逆で、僕の前を通り過ぎていく。二人しかいないこの場所で、こちらを振り向く様子はない。
彼女の恰好も寒空の下ではとても役割を果たせていないらしく、耳と鼻を赤くさせ、バスから降りて暫くして、かじかんでいるであろう両手で口と鼻を覆い、しきりに体を震わせていた。
マフラーを揺らして、彼女が僕を通り過ぎていく。
彼女に惹かれていたのには、擦れる寒さ以外に染まるその頬から溢れる決意にも似た表情にもあったのかもしれな い。
彼女にとって、大きな行事でもあるのだろう。
気付けば、彼女はもう随分と遠くに見えていた。
決して振り向くことなく、彼女の姿は地平線に飲み込まれようとしていく。
瞬間、彼女が手を振ってきた。
ここぞとばかりにポケットに入れていた、もう外へは出さないと決めていた手が無意識にするりと飛び抜け、それに応えようと、震える拳を開いていく。
白い雲が僕の邪魔をする。
彼女の姿はもう見えなくなっていた。
風が、開いた拳に宿る僅かな熱を一瞬で奪い、僕と一緒に縮こまっていく。
彼女は一切振り返らなかった。きっと、あれは風でマフラーが揺れたのを見間違えたのだろう。
歩みを止めていた僕の足を動かし始める。
また、息を吐くと雲が出来て、月を覆う。
消えた後、残っている雲はそのまま、上に消えず、僕のように少しずつ横へと動いていた。
月を通り過ぎる雲もこんな気持ちなのだろうか。
陽が淡く僕に当たる。
知らぬ間に寒さは薄れていくのだろう。
その時、彼女はまたこの道を通るだろうか。
その後の彼女のことは今は知る由もない
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空想委員会「マフラー少女」より
バレンタイン?知らない日ですね