No.892037

別離   18.別離

野良さん

式姫の庭、二次創作小説「別離」本章が最終話となります。
長々とお付き合い頂き、ありがとうございました。

第一話:http://www.tinami.com/view/825086
第二話:http://www.tinami.com/view/825162

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2017-02-06 00:15:12 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:1075   閲覧ユーザー数:1060

「ご主人様」

 小烏丸が涙を拭って顔を上げた。

 笑顔は無理だけど……別れる悲しさより、今までの事を一杯思い出して。

 今ここで、思いを伝えられない皆の分も。

 最後に、これだけは伝えたい。

「ありがとうございました」

 私たち……ご主人様の式姫で、本当に幸せでした。

「……こちらこそな、本当にありがとう小烏丸」

 あの方が差し出す手を、握りしめる。

 私は刀。

 人の手が産み出した。

 人の手が振るった。

「はい……」

 私は、この手を忘れない。

 小烏丸の顔は確かに笑顔で……だけどその頬を涙が一筋伝って、落ちた。

 

「さようなら、ご主人様」

「ああ、さらばだ、小烏丸」

 

 手を離し、小烏丸は背を向けて、門に向かって歩き出した。

「こうめ様……私はお先に」

「小烏丸……」

「では」

 私は、門の向こうでお待ちしております。

 こうめ様……貴女様もこの門を潜ることを信じて。

 

 男が大樹の切り株に手を添えて、目を閉ざし……そしてややあって、目を開いた。

「首尾は?」

 

 願いを込めて空を見上げた白兎の目はそれを見た。

「苦しんでる?」

 絶望の淵で、それでも睨むように空を見上げていた天狗が、異変を感じた。

 大気に満ちていた黄龍の気をかき乱す、この力は。

「何ですの……これ」

 

 異常な力が、空を満たす。

 黄龍の首の辺りから薄く光が漏れ出で、苦しげに体をくねらせた。

 

「へっ、流石だぜ……」

「きれーっスね」

 

 黄龍の首から漏れ出した光が一閃し、夜闇を引き裂いた。

 空気その物を灼き焦がす匂いが辺りに漂う。

「何と凄まじい」

 小烏丸の呟きが戦慄の色を帯びる。

 

 夜明け間近の薄闇の中、天に描かれた黄龍の影絵。

 その首が、ずるりと動き。

 見上げていた男が、こうめに向けて肩を竦めた。

「ご覧の通りだ」

 巨大なそれが、落ちた。

 

 その切り口から、龍の影絵を消し飛ばすように、強い光が差し天を満たす。

 天女の唇がわななく。

「天破の雷光が、来る」

 

「来い、建御雷」

 ここに、この封印の要に。

 

「この世界の行く末、君たちに託す」

 守ってみせろ、人と式姫よ。

 

 雷光が世界を引き裂いた。

 龍の長大な体が光の中で、跡形も無く四散する。

 目を開けていられない程の光に、皆が目を閉ざした。

 その、目が閉ざされるまでの、一瞬の光景。

 こうめの目は、確かにそれを見た。

 光の中、一人の少女が槍のような長大な柄を持つ不思議な剣を手に、降りてくる。

 それを、あの人が抱き留める。

 その凜々しい顔に、淡い笑顔を最後に浮かべて。

 少女の姿が、光の中に消えた。

 

 まぶたを通しても、尚眩い光の乱舞と、衝撃を伴う轟音が世界を揺るがす。

 その只中で……大地の本当に深い所で、何かが苦痛と悔しさに身じろぎする気配を、確かに皆は感じた。

 

「勝った……」

 

 それは一時だけの物でしか無い事も、皆悟っていた。

 それでも、次の戦いが待つにせよ……明日に続く道を切り開いた勝利。

 

 閃光が消えたのを、閉じた目の向こうで感じる。。

 恐る恐る開いたこうめの目を、優しく温かい光が満たした。

 黄龍の復活と妖魅との戦で荒れ果てた庭を、曙光が包む。

「……建御雷殿は?」

 男は、切り株に手を当てたまま、こうめに優しく目を向けた。

「ここに居るよ」

「……あ」

 その大樹の切り株から、若い一枝が伸びていた。

 命に満ちた、瑞々しく涼やかな。

「建御雷は、ここで今ひととき、あの黄龍を封じてくれている」

 脚を引き摺り、よろける体を支え合い。

 集まってきた式姫に、男は言葉を続けた。

「でもそれは数年しか保たない……だから、しっかりとした封印を再度施す必要がある」

 そう言って向けてきた男の目を、彼女たちはしっかり受け止めた。

「皆、手を貸してくれ」

 

 はい。

 

 その返答には、迷いは欠片も無かった。

 我ら皆、たとえその途次に倒れるとも……貴方と共に歩みましょう。

 

「で、取り敢えず狛犬は何をするッスか?」

「そうだなぁ……」

 狛犬の言葉に、男が僅かに無精髭の見える顎を撫す。

 やる事が困難で、かつ多すぎる。

「まぁ、頼みたいことは色々あるんだが、取り敢えずは……」

「なんですの?」

 そういう天狗に男はニヤリと笑いかけた。

「飯くって一眠りしようや」

 その男の言葉に何か天狗が言い返す前に、白兎が華やかな笑い声を上げた。

「あはは、そうだよね、お腹空いてたら、何にも出来ないもんね」

「アタイも腹へったぞ、ししょー、肉ねーか肉」

「魚しかねぇよ」

「ちぇー、しかたねぇ、明日辺り山いってくっかなー」

 

 わいわいと騒ぎながら、まだ辛うじて形の残っている母屋に向かう一同。

 少し遅れて歩き出したこうめが、ふと視線を感じて、あの大樹の切り株に振り向いた。

 ただ、春の風の中、あの一枝が揺れているだけ。

 

「……建御雷殿、お主が託してくれた未来、確かに受け取った」

 わしは……今また、未来を託されようとしておるのか。

「こうめ、もうこの庭は……」

「判っておる!」

 判って……いる。

 黄龍の封印が成った後、それを永続させるべく、貴方が下した決断。

「判って居るが……あんまりではないか」

 この庭を、世界から切り離す。

 あの妖狐のようなあやかしに乗ぜられぬ為に。

 伝説に語られる仙境「桃源郷」のような、この世の狭間へと。

「お主はたった一人で、ずっと」

 封印に全ての力を使うために、式姫の主で居ることも、もう叶わない。

 

 何故、この人が全部負わねばならぬのだ。

 

「お主の生は、一体何だったのじゃ!」

 そのこうめの言葉に、彼は僅かに表情を改めた。

「こうめ、今の言葉は取り消せ」

「だが!」

「取り消せ、こうめ……俺の生を侮辱する事はお前でもゆるさん」

 静かだけど、確かにその声には怒りがあった。

「……わしは、侮辱など」

「判るよ、その言葉がお前の優しさなのは、良く判る……だけどな、こうめ」

 

 俺は生きたぞ。

 

「お主……」

「俺は、生き抜いた果てに、お前に次代を託したんだ。その選択に、一片の悔いもない」

「……すまぬ」

「詫びるのは本来こっちさ……ちゃんと話を出来なくて悪かったな」

 表情を柔らかくして、彼は桜を見上げた。

「人ってのはよ……血じゃ無くて、想いを継いでくれる奴が居てくれれば、それで足りるんだ」

「……わしのような小娘が、お主の想いを継げるのか。

 不安そうなこうめに、幼い日のこうめの顔が重なる。

 不安だよな。

 多分、誰でも一歩を踏み出す時は、同じ不安を抱える物なんだろう。

 でも、俺にもこうめにも、そんな時に支えてくれる奴らが居る。

「もう継いでるだろ」

 そう言って、彼は門の向こうに目を向けた。

「小烏丸が主を待ってるぞ」

「わしを?」

「そう、式姫と共に生きる主を……さ」

 全ての戦い果てたあの日、お前が聞かせてくれた夢。

 その夢に向かって、お前の祖父と、俺のように……式姫と共にその運命を切り開いていけ。

「……判った」

 歩きだそう。それが、貴方の望みであるならば。

 式姫之庭。

 

 天仙の達筆になる門の扁額を見上げて、こうめは大きく息を付いた。

「……一つ頼みがある」

「何だ?」

「この庭を出るよう、わしの背を押してくれ」

「……それは」

 言いよどむ男に、こうめは前を向いたまま言葉を継いだ。

「こんないい女を振ったのじゃ、その位はやっても罰は当たらんぞ」

 

 ばか……。

 

「……生意気な口を利くようになりやがって」

 苦笑と共に、震えるこうめの背に、大きな手が添えられた。

 その手が僅かに躊躇う、その気配を背中で感じる。

 

 ……それを、お主の気持ちだと思って、良いか?

 

「行ってこい、こうめ」

 繊細な羽を扱うように、優しく軽く。

 だけど確かに前に。

 押された。

 

「行ってくる」

 

 お主の分まで、この世界で生きるために。

 こうめの足が門を超えた。

 一歩……二歩。

 待っている小烏丸の方に歩き出す。

「……ご主人様っ!」

 悲痛な小烏丸の声に、こうめは振り向いた。

 門が塀が……全てが消えていく。

 この世界から、式姫の庭が消える。

 人柱たる彼と黄龍の封印を伴い、誰も手出しのできない場所に。

 

「なぁ、こうめ」

 門の向うから、穏やかに笑う彼の姿が見える。

「……なんじゃ」

「もう一度、お前の夢を聞かせてくれ」

「わしの夢」

「ああ」

 最後に、お前の口から、お前の言葉で。

 

 頷いて、こうめは口を開いた。

 悲しみに押しつぶされそうな喉が、震える声を絞り出す。

「わしは、人が式姫と共に在る世を作りたい」

 この庭のような楽園を。

「わしは、そう願う人を……一人でも増やしたい」

 この庭を美しく彩る事に手を貸してくれた、そんな人たちを。

「わしは、人と式姫が手を携えて、その運命を切り開く、そんな生き方の手伝いをしたい」

 貴方の見せてくれた生きざまを継ぐ者達を。

 

 屋敷と共に、彼の姿が消えていく。

 

「だから……だからわしは、式姫と共に生きる者たちを、一人でも多く育てるために」

 わしは。

「わしは、学び舎を作る!」

 

 消えていく庭の向うで、彼が優しく笑いながら頷いた。 

「こうめ、その夢が叶う事、俺も願ってる」

 

 涙で、多分ひどい顔してるけど。

 貴方が覚えていてくれる顔が、これで良いのか、判らないけど。

 こうめは真っ直ぐに顔を上げて。

 

「わしを信じろ!」

 

 そう、高らかに口にした。

 

「……ああ、信じてる」

 

 あの日以来、ずっと。

 それは、これからも変わらないよ、こうめ。

 

 

 この世界から、式姫の庭が、完全に消えた。

 あの松も、池も、式姫たちが笑いさざめいていた広場も、彼女たちが日常を過ごした建物も……。

 主と共に、この世界を去った。

 

 後には広漠とした原が広がるだけ。

 そこに、あの広大な庭が合った事が嘘のように、春の息吹を乗せて風が吹き抜けていく。

 それをじっと見続けるこうめの背に、小烏丸が歩み寄る。

「……こうめ様」

 その声に振り向いたこうめは、だが、もう泣いては居なかった。

「さ、行くぞ小烏丸」

「……もう少し名残を惜しまれても」

「何を言うておる、やる事は山ほどあるのじゃ、時を無駄にしてはおられん」

 もう、その顔は、完全に前を向いて。

「こうめ様」

「お主にも、色々と手を貸して貰う……これから大変じゃぞ小烏丸」

「……はい、こうめ様!」

 

 そう、やる事は山ほどある。

 口にはしなかった、もう一つの自分の願い。

 

 いつか、あの人を解放する。

 

「その時、伝えるから」

 最後に一度だけ、庭のあった場所を振り返る。

「また、いつか……の」

 

 あの庭に、再び至る。

 貴方に守られる少女ではなく、こうめが、貴方の前に立ってみせる。

「……さて、行くか」

 そう呟いて、長くなるだろうその道を、こうめは歩き出した。

 

   式姫の庭 二次創作小説 「別離」 了


 
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