昼になると表では風が強くなってきてしきりにいろいろな噂話が聞こえてきてお彼岸だから死者がみんな山の方から帰ってくるからといって家に入れないようにするためにはこの藁で出来た忌中の札を下げておかなくちゃいけなくて、そうしないと死者は遠慮しないで家の中まで入ってきてしまってコタツに座ってお茶を飲む――私も小さい頃に一度だけ、都会育ちの母が忌中の札を忘れてしまったために昨年に心臓の病で死んだおじいちゃんが入ってきてしまってコタツに座ってお茶を啜って、新しいお茶が欲しいなあと呟いてそれから窓の外をぼうっと見ていて私はこの居間から見える窓の外の景色とともに四十年は過ごしてきたのだけれども、その間にいろいろな景色が変わってしまって、あそこに見えるビルもあそこに見えるビルもあんなものはなくて昔は全部梨山で、子供たちは捨てられた梨から漂ってくる甘ったるい腐敗臭を嗅いで酔っぱらってみんな学校を休んでしまったものだし、私だってそう、と呟いて居なくなって私はおじいちゃんの座っていたところに座り直して窓の外の景色を見て、そんな景色は知らないし私が生まれたときからあのビルもあのビルも建っていたんだものと思い、それからお母さんに今おじいちゃんが居たよと言うとお父さんが怒ってどうして忌中の札を出しておかないんだといってさんざん怒って覚えているのは熊の木彫りの人形を投げつけてそれで今でも熊の咥えている鮭の尻尾には割れ目があってそこはお母さんがアロンアルファでくっつけた跡なんだ。
ひどく寒くて私は隙間から風が吹いてくるのに辟易してなかなか玄関へ出て行く気にならずにそうしていつの間にか部屋の中にはたくさんの死者たちが居て、お父さんやお母さんや若くして病気で死んだ妹は色濃く見えてそれから私には見えない位薄くなってしまっている死者は私から縁が遠いけれども私の血脈に連なるご先祖様たちの一部で、みんなそろってきてしまってコタツに入ってお茶を飲んでいるので私の用意しておいてあるお気に入りのルイボスティーもローズヒップもみんな無くなってしまって私は悲しい気持ちになる、死者たちは食べられるものや飲めるものはみんな飲んでしまって、というのもあの世ではいつも食糧難だからこっちに来て食べ物や飲み物をみんな要求して来るので、おじいちゃんがティーバッグをプラスティックの安い使い捨てコップに入れてポットからお湯を出そうとしているのを私はロックを解除しないとお湯は出ないんだよと思い、それから台所の方で冷蔵庫の開く音がして生卵が次々と割られていくのを聞いているけれども何にも出来ない。みんな食べ尽くされてしまう。仕方がないんだ私は忌中の札を下げておくのを忘れていたんだもの。
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オリジナル小説です