【 突入 の件 】
〖 司隷 洛陽 都城内 予備室 にて 〗
広い部屋の中で、白い布で四方を区切られた一角がある。 そこが、艦娘達の提督及び司令官であり、恋姫達には馴染む深い『北郷一刀』が、未だに眠りについている。
その白布を左右に重ね合わせている場所こそ、一刀へ向かう唯一の出入り口であり、華佗が許可した者しか入れない関でもある。
そんな所に、佇む数人の影あり。
赤城と加賀に案内される桂花達である。
ーー
桂花「…………………はあー、ふう~。 はあー、ふう~」
赤城「どうしたんです? 華佗さんより既に入室許可されたのですから、早く中へ入れば良いじゃないですか。 何時もの桂花さんみたく、図々しく人の都合も考えずに向かえば…………」
桂花「ば、馬鹿! それじゃ、わ、わわ……私が、厚顔無恥で、身の程を弁えないって………あ、赤城……アンタと同じ……扱いじゃないの!?」
赤城「………………………加賀さん、私……泣いてもいいですか?」
ーー
この一角には一刀しか居ないと……華佗から聞いていた桂花は、異様に緊張していて深呼吸を繰り返している。
しかし、桂花が動けない理由は、それだけではない。 自分の定められた役目に重責を感じ、もし失敗した場合に一刀を起こすべき方法を、独自に何度も思考していたのだった。
ーー
桂花『はあ…………駄目。 幾ら考えても一刀を起こす代案が思い浮かばない。 ただ接吻すればいい……なんて簡単に言ってくれたけど……失敗するのが、怖い。 それに、もし一刀の記憶が目覚めなければ……どうなるの?』
ーー
そんな桂花の様子を見た赤城は、純粋に心配して声を掛けるのだが、桂花から何時もの毒舌を返され、心の装甲を貫通されて涙の轟沈となる。
一緒に付いて来た恋とねねは、最初の宣言通りに出入り口の横で立ち塞がり、桂花以外の人を通さないと、踏ん張る。 まあ、この二人が居れば、武においても知においても、まず間違いは無いといえよう。
ーー
加賀「…………そろそろ入ったら、どう?」
桂花「あ、ああ………あのねぇ! わ、私が……どれだけ……」
加賀「色々と考えているのは理解できるのだけど……時間の無駄よ」
ーー
そう言って加賀は器用に歩を入れ換え、桂花の背後を取る。 そして、両手を添えて布の入り口へ押し出す。
未だに心の準備が出来ていない桂花は大慌てするが、加賀の動きには戸惑いなど無い。 さすが歴戦の空母である。
ーー
桂花「えっ!? な……何をする気!? ちょっ! お、押さないでぇ! 絶対、押しちゃ駄目ぇ!!」
加賀「その言葉、天の国では『飛び込む準備完了』……即ち『押せ』の意味になるわ。 じゃあ、頑張って」ドン!
桂花「そんな、嘘ぉぉ───キャアアアッ!!」
ーー
加賀に押されては、文官の桂花に抗う術も無い。 桂花は押させた勢いで薄く展開していた布を押しきり、中に転がり込む。
桂花はワタワタしながらも足を辛うじて動かし、何かに躓いて地面に倒れ伏した。 しかし、勢い良く地面に倒れ伏した割りには、『ポフッ』などと擬音がする。 しかも……何だか温かい。
ーー
桂花「ハァ、ハァ………ア、アンタねぇ! 実行を起こすには、まず入念な準備があってこそ成功が上がるのよ!? それが、急に幕の中へ私を突っ込んだって……あ、あれ? な、何よ……これ………?」
??「…………………」
桂花「………………か……一刀……!?」
ーー
お約束………いや、歴戦の提督諸兄ならば、既に気付いておいでであろう。 桂花が躓き倒れ伏したのは、北郷一刀だったという事に。
驚きのあまり声を出せない桂花に、布越しに聞こえる声がある。
ーー
加賀『………《乾坤一擲》………この言葉の意味が貴女に判る?』
桂花「《乾》は《天》、《坤》は《地》と読み、《乾坤》と合わせる事で《天地》の意味となすわ。 そして《一擲》は《賽子(さいころ)》を表すわ。 普通に読み解けば、天地を賭けた一回限りの大勝負………はっ!?」
加賀『…………そう。 天の国では《当たって砕けろ》ともいうわ。 だから、悩んでいても何も得ない。 貴女が……提督を真に想うのなら、頭で考えるのでなく心で訴えるの……』
桂花「心で………」
加賀『今までの想い……ぶつけてみなさい』
桂花「…………!」
ーー
加賀の言葉で決意する桂花へ、また別の声が聞こえる。
ーー
赤城『そうですよ! 桂花さん、頑張って下さい!』
桂花「あ、赤城に応援されても…………う、嬉しく……なんか無いわよ……」
赤城『そ、そんなぁ~! じゃ、じゃあ! 私からも為になる言葉を───』
桂花「はあっ? 赤城が私に、どんな………」
赤城『《Take your venture, as many a good ship has done(多くの良い船を見習って貴女も冒険をしなさい)》………ですよ! 金剛から教えて貰ったんです! これなら桂花さんにも─────』
桂花「その前に言葉が判らなきゃ意味ないでしょうがぁあああっ!!」
ーー
こうして、桂花達の活動は秘密裏(?)に開始された。
◆◇◆
【 迷い の件 】
〖 司隷 洛陽 都城内 予備室 にて 〗
勢いよく扉が開けられた後で、二人の人物が入って来るのを見て、華琳は思わず注視する。
昨夜の戦いで左慈達と共に『北郷一刀』を名乗り、自分達と共闘した──白き天の御遣いが、この席に登場したからだ。
身体の大きさこそ違えど、その容姿、服装、二人の仲睦まじさを見れば、その者達が姉妹だろうと予想。 いや、話す言葉をよく聞けば、『姉』という単語も混じるから、ほぼ確信している。
だが、華琳は驚くのは……そこでは無い。
あの時は闇の中でハッキリと見えなかったが、この場で改めて確認すれば、二人の持つ『もの』が尋常でないことを知る。
港湾棲姫が装備する巨大な鉤爪の『艤装』
北方棲姫の周囲を警戒するように動く『浮遊要塞』
それは、その者達の力が……自分達と異種なる物である事を覚ったからだ。
ーー
鳳翔「ああ、よくいらっしゃいました! お二方には先に連絡だけ届けましたが、無事に受け取られたか心配していたんですよ!」
港湾棲姫「ゴメンナサイ……迷ッテイタ。 空母水……ジャ、ナカッタ……何進ノトコデ……話……シテイテ……」
ーー
そんな華琳の驚きを余所に、華琳から離れた鳳翔は微笑みを浮かばせ二人を歓迎し、艦娘達も笑顔で近付く。 また、月達とは親交ある様で、気さくに話を交わしている。
だが、会話で表れた名前に………華琳の頬がひきつり、冥琳が黙する。
ーー
華琳「っ…………何進と……話をしていたって……それじゃあ───」
冥琳「…………………」
ーー
今、争点となっている『何進』の名前、『話をしていた』と内容を語る港湾棲姫に、落ち着いていた華琳の表情が歪む。 何進との密談があったとなれば、先に疑っていた件が真実味を帯びてくるのだ。
桂花を信じようとした華琳の心が揺らぐ中、冥琳が口を開く。
ーー
冥琳「………華琳、お前の言葉は全てが推論に過ぎない。 明命も戻って来ない今、確実な証拠が何も無い状態ないのだぞ? それなのに、何進殿と会話を交えただけで決めつけるは、ただの暴論に過ぎん」
華琳「…………私は桂花を信じたい! だけど、あの娘の話を聞いてしまったからには、疑いたくもなるわ!」
冥琳「ならば、『知之為知之、不知為不知、是知也』という言葉が理解できるか? 勤勉で鳴る曹孟徳なら、この言葉の意味を即座に判る筈だ」
華琳「『理解した知は教養となり、曖昧な知は戯れ言となる。 これが知識という物だ』という話ね。 論語の為政篇に書かれる孔子の語った言葉だけど、それが何? 今はそんな些細な話なんか………」
冥琳「簡単な事さ。 お前の聞いた事は『何進殿と話をした』という事実のみ。 それだけで何を根拠に疑うのだ?」
華琳「それは………何進が官職を捨て、一刀と合流する為に……」
冥琳「いや、鳳翔殿は何度も違う不定している。 その考えは誰が言った訳でもない。 お前自身が『不知為不知』ゆえ導き出された答えだからだ」
華琳「…………………」
冥琳「だが、それに乗せられた私も……人の事を言えないがな」
華琳「そこまで言うのなら………この内容の『知之為知之』を手に入れる為には、どうすればいいのよ! 私は、私は………」
冥琳「簡単な事さ。 判らなければ尋ねてみればいい」
華琳「……………はっ?」
冥琳「聞くは一時の恥、聞かぬは何とやらだ。 あいにく、私は人を問い詰めて語らせるのに長じているから、支障など全くない。 逆に言えば、寧ろ
またとない好機ではないか? ────かの御遣い殿を図るには?」
華琳「……………冥琳、まさか───」
ーー
深刻に話す二人に反して……実は周りの状況はそんなではない。
いや、別の意味で深刻な状況に陥っているが、放っておいても大丈夫そうである。 ただちょっとだけ騒ぎに………
ーー
北方棲姫「……来ル……途中……オ姉チャン……見付ケテ……曳航シテタ! ホッポ………エライ? エライ?」
月「は、はい! 大変ご立派だと思います。 陛下や劉協皇女も喜ばれますよ、きっと!」
詠「そうですよ! この判りにくい隠し部屋みたいな場所に、お姉様を導いたと言えば、お二方も大変喜ばれると存じます!」
北方棲姫「………喜ブ? …………良カッタ……!!」
ーー
港湾棲姫「…………曳航……ホッポニ……曳航………」
飛鷹「こういう事って意外とよくあるんだから。 吹雪だって、大和を曳航しようとしたしたんだし。 だから、決して恥ずかしい事じゃないんだから……ねっ?」
準鷹「うぃ~す! 港湾棲姫ちゃん、今日も御機嫌だねぇ! 御機嫌過ぎて、何だか数人に分かれて見えるよ! ひゃははははっ!」
飛鷹「もう、また昼間から酔っぱらって。 こっちは港湾棲姫が泣き止まないから大変なのに!」
隼鷹「……………おっ!?」
港湾棲姫「カ……一刀ニ……アキレ……ラレル。 オ姉チャン……ナノニ……道……迷ッタ……迷子………(つд⊂)」
隼鷹「いい女がぁ~泣かない泣かないっ! そんな顔見せたらぁ~提督が逆に喜んじゃうよぉって、にひひひっ!」
港湾棲姫「デ、デモ………」
隼鷹「大丈夫、大丈夫~ぅ! 楽しくなる飲み物をグイッて呑めば、直ぐに一発で気分爽快になっちゃうよってぇ! お~い、飛鷹ぁ~っ! 港湾棲姫ちゃんに呑める酒、い~っぱい持って来てぇ~!!」
飛鷹「ちょっと、まだ任務中じゃない! それに、港湾棲姫の分って言っておきながら、大部分は隼鷹が呑む気でしょう!? いい加減に呑むのを止めなさいよ!!」
ーー
こうして、突如現れた北方棲姫、港湾棲姫により一段と賑やかになる宴席だった。
◆◇◆
【 四方山話 の件 】
〖 ?? にて 〗
────あれから会話を交わした二人の北郷一刀は、立場も生い立ちも違う中、自分達に起こった出来事、興味を示す事を互いに語り合い、花が咲かせる。
ーー
北郷一刀「あの時は、どの勢力に加わっても反董卓連合側に参加するしかなかったんですよ。 まあ、どちらにしても……俺か桃香が動いて、月達を助ける手筈になったけど………」
一刀「…………今は、俺の立場が……かなり違う。 だから、両方に付ける選択があると、言われるのですね?」
北郷一刀「ええ、今回は俺の時と事情が違いますから……」
一刀「…………そうですか。 私達も慢心など出来ませんね。 一応、貂蝉達より反董卓連合の件は聞き及んでいましたので、球磨や多摩に命じて手を打たせましたが、どこまで上手くいくか……」
ーー
『恋姫側』北郷一刀が異世界召喚で三国志を体感した数々の出来事に、思慮深く考える『艦娘側』北郷一刀。 彼には彼なりの考えを持って、この後の展開を踏まえ、既に幾つかの手を打った事を説明する。
ーー
北郷一刀「あ、あの…………傍に控えている女の子達って……全員……戦艦……なんですよね? あの海に浮かぶ黒金の要塞なんですよねぇ!?」
一刀「そうですよ。 だけど、正式に言えば、戦艦と言うのは軍艦の艦種の名称でして─────」
北郷一刀「まさかの擬人化キタ───ッ!!」
一刀「─────!?」
北郷一刀「じゃ、じゃあ………大和! 戦艦大和はっ!?」
一刀「や、大和は─────」
北郷一刀「大和は居ないんですかっ!? あの天高く聳える主砲・副砲三連装ショックカノン! 数百光年を自在に空間跳躍する波動エンジン! そして何より無敵の艦隊決戦兵器、艦首波動砲!!」
一刀「……………………え? えっ………と……ええぇぇぇっ!?」
北郷一刀「目指せぇ! イスカンダルゥゥゥゥ!!」
一刀「それは違う大和ぉ────っ!!」
ーー
『遥か昔、テレビで見ました! やっぱり戦艦と言えば大和ですよね!?』
どこかの医者の如く熱弁を振るう『恋姫側』北郷一刀。
『いやいや、戦艦は空なんて飛ばないから! 空を飛ぶのは宇宙────』
それに比べ、その振舞いにカルチャーショックを受けて戸惑う『艦娘側』北郷一刀。
そんな二人は身振り手振りで語り合い、和気藹藹(わきあいあい)の時を過ごした。
しかし、時は無限では無く………
ーー
北郷一刀「ハァ、ハッハハハ………………ふう。 さて、そろそろ事態が動きますか………」
一刀「…………?」
ーー
一刀は、今まで突拍子も無い事を言っては笑っていた北郷一刀が、急に真面目な表情に変えると、姿勢を正し胡座から正座へと坐り直す。
そして、一刀へユックリと頭を下げた。
ーー
北郷一刀「北郷提督、大変失礼しました。 今までの無礼な振舞い、どうか御許し下さい」
一刀「きゅ、急に、どうしたんですか!? いきなり真面目な話をし出すなんて! 何か、身体の具合いでも────!?」
北郷一刀「ハハハ……俺は思念体ですから身体の具合いが悪いからって、性格まで変わりませんって。 ただ、俺は………貴方を試させて貰ったんですよ」
一刀「それは………」
北郷一刀「北郷提督………皆を……貴方に任せられるかどうかを………」
ーー
驚く一刀を前にして、北郷一刀は涼やかに笑みを浮かべる。
それは、見た目通りの十代の少年ではなく、どこか自分より年上に思える凄みを覚えた一刀だった。
◆◇◆
【 決断 の件 】
〖 洛陽 都城内 予備室 にて 〗
桂花は改めて、そこに横たわる北郷一刀の姿を確認する。
あの世界より去った彼よりも、更に伸びた背丈。
年相応に威厳と貫禄が出ている顔。
大陸では見たことの無い意匠が施された、両肩に付けられた飾り。
天の御遣いとして象徴的な白い着衣。
ーー
桂花「………………一刀……」
一刀「………」
ーー
桂花は一言だけ呟くと、ある部分を注視する。
それは、胸を中心に赤黒く染めた部分。 しかも、一点ではなく複数に点在し、唐突に起きた凄惨な光景を桂花へと伝える。
だが、そんな一刀の胸は……規則正しく上下していた。
ーー
桂花「………馬鹿………なんだから……」
一刀「………」
桂花「…………本当に………馬鹿、なんだから………」
一刀「…………」
桂花「…………あの時の一刀といい、今のアンタといい………どうして『北郷一刀』って名前の男は………待ってる女を残して……黙って逝こうとするのよ!」
ーー
口から出るのは安堵の言葉………では無く、罵詈雑言の類い。
しかし、その目は徐々に潤み、最後は双眸に溜まった物が溢れ、温かい水玉となりて、桂花の頬に一条の線を引いていく。
ーー
桂花「ねぇ、一刀。 貴方は……今でも……私を蔑んでいるの? 私が……男を……一刀を……嫌っていたから? 華琳様達との仲を……羨んで……邪魔したから? それとも…………私に……呆れたか………ら?」
一刀「…………」
桂花「赤城達を前にして、私が……役不足だって理解してる。 足手纏いになるのも……十分知っているわ。 赤城達の力は………春蘭や季衣、それどころか………あの恋より………遥かに凌駕しているんだもの………」
一刀「…………」
桂花「だけど………私の前から勝手に居なくなるは……もう嫌よ! 残されて……いつ戻るか判らないのに、何年、何十年も待ち続けるなんて─────絶対に嫌なのっ!!」
一刀「…………」
桂花「…………何とか………何とか……言いなさいよ!!」
一刀「…………」
ーー
泣きながら話す桂花だが、一刀に反応は無い。 無論、目覚める気配も……当然ながら無い。
そんな無反応の一刀に業を煮やさしたのか、桂花は膝を付いて側面に腰を降ろし、躊躇もせず一刀の顔に身を寄せる。
桂花の吐く息が、一刀の顔に掛かるほど接近し……桂花が小さい声で呟く。
ーー
桂花「……………何も言わないのなら………いいわよね?」
一刀「…………」
桂花「…………後で……文句を言って来ても………聞く耳なんて……ないんだから……」
一刀「……………」
ーー
意識が戻らぬ一刀に反応が無いのは当然なのだが、声を掛けないと気が落ち着かないらしい桂花。
それに、もし万が一……………途中で意識が戻られると困るようだ。
石橋を叩くが如く繰返した後、顔を───────
ーー
桂花「だから……早く起きなさいよ。 ……………ん」
ーー
─────ゆっくりと一刀の顔へ更に近付き……唇を重ねた。
◆◇◆
【 見定め の件 】
〖 ?? にて 〗
正座に坐り直した北郷一刀が、一刀に笑みを浮かべて視線を向ける。 その様子に一刀も襟を正し、目の前に座る人物を改めて見つめた。
白い制服を着用した十代の少年。
ーー
北郷一刀「さてと………北郷提督」
一刀「……………はい」
ーー
先頃は、確かに子供の無邪気さを含む、年相応の年齢に感じた。
だが、今の北郷一刀は違う。 まるで………遥かな時を経た老樹を相手にしている、そんな威厳を受ける。
冷たい汗が滑り落ちる感覚を味わいながら、一刀は前方から襲い掛かる威圧に耐えるべく、膝の上に置いた両拳を力強く握りしめた。
ーー
北郷一刀「………………」
一刀「………………」
ーー
このまま、この緊迫した時が続くと思われた。
一刀にとって今まで浴びた事が無い抑圧感、凄み、殺気、これらを混ぜた気をぶつけられ、必死に過ぎ去るのを待つしかない。
しかし、このまま屈するのも生来の反骨心からか認めたく無い為、視線だけは目の前に居る少年を睨み続けた。
だが、この二人が無言のままで見つめていたのは………凡そ三十秒。
突如、北郷一刀が口を開く。
ーー
北郷一刀「………………………だあぁぁっ! こんなの俺らしくない!」
一刀「────────ッ!?!?」
北郷一刀「華琳みたいに威厳を持ってやろうとしたけど、やっぱり止めっ! 俺には無理だ! 普通の一般家庭に生れた奴が、正式な職業軍人へ精神的な優位に立とうなんて、到底できるわけないじゃないかっ!!」
一刀「 ………………… ( ; ゜Д゜) 」
ーー
急に大声上げてドタバタし、自分の頭に手を伸ばして髪の毛を手でクシャクシャにする北郷一刀。
漏れ聞く言葉からすると、華琳の様に威厳を出してみたと言う事らしいが、あれほどの威圧を浴びせても、本人としては不満らしい。
華琳が見たら呆れて溜息を吐いたと思われるが、それを言い出す親しき者達は、この場所には居ない。
誰とは言わぬが、口汚く罵れられる事も、冷たい視線を向けられる事も、嗤われる事も、厭きられる事も、はわわあわわと心配される事も無いのだ。
幸いと言うか不幸と言うか、居るのは一刀だけだった。 その一刀としては、余りに唐突に終わったので、ただ唖然としているしかなかったのだが。
ーー
北郷一刀「───────北郷提督!」
一刀「は、はいっ!」
ーー
急に、北郷一刀が動き出す。
先程より幾分か冷静になった様子だが、それでも何か焦る様に距離を詰めて一刀の前へ更に近付いた。 まるで、どこかの漢女かと……親近感が湧く動きに、一刀は本能的な嫌悪を感じ思わず上半身を仰け反る。
だが、一刀に少しで張り付きそうな位置まで来ると、正座のまま両掌を前方に付けて、上半身も斜行させる。
日本人ならよく知る謝罪姿勢。
それを北郷一刀は、流れる様にこなしたかと思えば、顔だけ上げて一語一語吐き出すかの如く語りながら、真摯と視線を一刀へ向けた。
ーー
北郷一刀「俺は………俺は、貴方に……頼むしか無い!」
一刀「………な、何を───」
北郷一刀「俺の……大事な………掌中の……華。 愛しき……彼女達を。 北郷提督、貴方に……頼みたいんだ!」
ーー
それだけ言うと、北郷一刀は再び頭を床に付けた。
一刀は、あまりの見事な土下座に見惚れると同時に……その言葉の意味を覚り、顔を歪ませる。
男として決して言いたくない言葉、不誠実と思われても仕方がない発言。
だが、この男『北郷一刀』は………それを言わなければならなかった。
ーー
北郷一刀「本当なら嫌だ! 絶対に嫌だ! 幾ら別世界の俺にだって………頼みたくなんか……ないっ!!」
一刀「……………」
北郷一刀「だけど! だけど……俺には……皆に……会う事も……話し掛ける事も……抱きしめる事さえ……できない。 どれだけ……皆から………切望されても……俺は!」
一刀「北郷さん………」
ーー
北郷一刀は語る。
自分は、疾うの昔に消え去った北郷一刀の抜け殻。 本体が消えても、想いは残り止まり、何時しか形を成した者だから。
だから、本体でも肉体も無く 幽霊と似た者。
ーー
北郷一刀「俺じゃない俺に───彼女達を託したい! 世の中で、俺以外に任せられるのは、北郷提督。 貴方しか………いないんだ!」
一刀「………………し、しかし……北郷さんが………」
北郷一刀「俺は……どのみち、消えるのが定め。 遅かれ早かれ、誰かに託さなければならなかったんだよ。 それが、互いに出会う筈がなかった世界が交わり、こうして俺の下へ北郷提督が来てくれた………」
一刀「それは………………っ!?」
ーー
一刀は急に口を押さえた。
──────それは、違和感。 口に入ってくる柔らかい感触がして、甘酸っぱい若干鉄錆のような味が口内に広がる。
その様子を見ていた北郷一刀は、目を見開き心底驚いた顔をしたと思えば、笑顔で一刀を褒め讃え、今まで固ぐるしかった口調が素に戻る。
ーー
北郷一刀「……………………!! 凄いですね、あの桂花がデレるなんて………最後で最後に良いモノを見せて貰いました! 流石、北郷提督! そこに痺れる憧れる~!!」
一刀「─────こ、これって、何ですかっ!? 何なんですかっ!?!?」
北郷一刀「……………それは起きてからのお楽しみ……ですね。 さて、そろそろ時間が訪れたので、これで御別れです。 北郷提督、皆さんが待ってますよ。 早く戻ってあげて下さい」
一刀「────────!?」
ーー
北郷一刀の一言により、一刀の様子が変化する。
一刀の身体が少しずつ薄くなっていくのだ。 まるで、華琳との別れの再現の様に………色が、輪郭が………後ろの背景に溶け込んで行く。
北郷一刀は、その様子を寂しげに見守るが、一刀としては更に混乱へ拍車を掛けられたので、声を高くして非難しようとした。
だが、まるで土産だとばかりに北郷一刀は、一刀に言い添える。
ーー
一刀「だ、だけど……お、俺! い、いや───私は─────」
北郷一刀「それから────『俺の記憶』は全部、引き継ぎさせてありますから、向こうに戻って艦娘の皆さんと相談なりなんなりかして決めて下さい」
一刀「──────はっ??」
北郷一刀「……………俺としては、北郷提督に彼女達を任せると決めていたんです。 今は居ない本体も、反対なんて言わないでしょう。 まあ、不満は俺みたいにぶつけて来るんでしょうか………」
一刀「い、い───────────」フッ
ーー
一刀は唖然として、何らかの言葉を発しようとしたのだが…………その混乱の為、言わずがまま………消えてしまった。
後に残るは、最初の白い空間。
一人残った北郷一刀は………寂しげに笑うが、心は晴れ晴れとしていた。
そして、一刀が消えた位置を改めて注視し、ふと呟く。
《 よく、あんな真面目な『俺』が来たものだな 》と。
北郷一刀は、短い時間だったが一刀に接して人間性を試していた。
彼女達を任せてもいいかどうかと。 気分は娘を嫁に出す父親のようだが、これが俺の出来る最後の償いだからと割り切て、色々と。
基準は前の自分だから、かなり緩い基準点だと思われるが、北郷一刀としては真剣そのものだった。 社交性や人柄、屈しない精神力等、彼女達に付き合うに値するかと判断したかったからだ。
で、結果は────御覧の通り。
《 あの『俺』なら……任せられる だけど………… 》
あの懐かしき三国の時代に思いを馳せれば、凪達の警邏をサボって後で文句を言われ、愛紗に不真面目だと叱られ、冥琳より小言を言われたのに。 自分と比べると……えらい違いだと、苦笑した。
しかし、苦笑するが直ぐに真剣な顔となり、今は此処に居ない一刀へ思う。
託したのは託したが、最終的な決断は一刀に任せたのだ。
彼には既に彼自身を慕う可愛い娘達が居る。 北郷一刀は、あの娘達を蔑ろにしてまで、華琳達を頼もうとは思わない。
そもそも、この大陸で生れ育った華琳達は自立してるが、艦娘達は異世界の産であり、精神的支柱としても一刀が必要。
どちらが緊急性が高いか、考えれば直ぐに理解できる。
『寧ろ、そんな事をしたら俺が許さない! 擬人化した娘なんて最高じゃないか! 勿論、華琳達は至高だ!』
────などと息巻く北郷一刀である。
そもそも艦娘達を蔑ろにする一刀だったら、任せようとも思わないだろう。
『艦娘と共に………華琳達を抱え込むかは────北郷提督の決断のみ』
北郷一刀は、一刀の決断が善である事を祈りながら、その身体も空間に溶かし消えていった。
◆◇◆
【 帰還 の件 】
〖 司隷 洛陽 都城内 予備室 にて 〗
一刀「……………………んぅ……」
桂花「─────んん? はっ!?」
ーー
一刀の目蓋が動きだし口より声が漏れた。
何回か口付けを交わした桂花には、既に抵抗感が薄れ、性的快感に頭が支配されつつあった。 だが、流石に今まで起きなかった人物が目を覚まし、自分の顔をマジマジと見詰められたら、そんな快感で吹き飛んだ!
ーー
桂花「────か、一刀!?」
一刀「…………お、俺は…………つぅぅぅっ!」
ーー
一刀は痛む頭を押えつつ、桂花を直視する。
今まで昏睡状態だった一刀が、口を開いて自ら語り、多少は不自由そうであるが両手で頭を押さえた。 間違いなく目覚めたと判り、桂花は外で待機している赤城達を呼びに行こうと立ち上がった。
だが、そんな桂花に一刀が声を掛けて足を止めた。
二人が初めて会話したのは洛陽城内の反乱があった時だから、既に数日は経ている。 そんなに合間があるのに関わらず、桂花の真名で呼び止めれたのは、やはり北郷一刀からの贈り物のお陰であろうか。
ーー
一刀「桂花………か。 すまない、厄介を掛けた………」
桂花「ふ、ふん………」
ーー
そんな弱々しい一刀を直視できず……桂花は目を泳がす。
何故なら、理由はどうあれ一刀に自分から口付けを交わしたのだ。 今は覚醒した状態だから気が付かなくても、頭が働き始めれば容易に気付く。
今は単純に礼を言われたが、唇に残る感触で何をしたかは直ぐに理解できるだろう。 そうなれば、一刀から何か言われるのは……間違いない。
だが、予想は悪い方に覆された。
ーー
一刀「……………………あれ? 唇に何か………」
桂花「き、きき、気の性よ、気の性っ! わ、私が変な事するわけ無いじゃない!!」
一刀「いや………これは────接吻か!?」
桂花「───────!!」
ーー
一刀の言葉に桂花の顔が瞬時に沸騰し、口をパクパクさせた。
普段の桂花だったら、一刀の答えを軽く往なす事など造作もないのだが、実際に積極的行動をしたのは、桂花である。
その分、羞恥心で悶えていたため反論が遅くなったのだ。
それと同時に、普段は鈍感な一刀へ一矢報いたいと反骨心が、こんな時に限ってムクムクと頭をもたげ、更なる遅滞を招いてしまった。
例えば………一刀と少し距離を離し、顔をチラチラと背けながら
『そうよ、私から一刀に口付けしてあげたの。 ただ………か、勘違いしないでよね。 好きとか嫌いじゃな………も、勿論、嫌いじゃないんだけど……』
─────こんなふうに伝えたら────
どんな顔をするんだろう?
どういう反応を返すのだろう?
どういう言葉を私に掛けてくれるのか?
───と、期待を抱くのは乙女として当然だった。
だが、そんな葛藤をして反論を遅らせたばかりに、一刀が口を開いてしまう訳で…………
ーー
一刀「助けてくれてありがとう、桂花! 俺の呼吸が止まっているのを察して、人工呼吸してくれてたんだ! でも、男嫌いの桂花に余分な負担を掛けて───お、おっとっ!?」
桂花「ば、馬鹿ぁあああっ! それだからアンタは────」
ーー
一刀は何が気に障ったのか判らず、涙を浮かべポカポカと叩く桂花に困惑。
物音を聞いた赤城達が駆け付けるまで、この騒ぎが続いたのだった。
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やっと出来ました。