No.889861

大水

zuiziさん

オリジナル小説です

2017-01-21 21:49:46 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:416   閲覧ユーザー数:415

 早朝に夢うつつなまま目が覚めてどうしたのだろうと思っていると、軽い地響きのような音がして、おやなんだろうなあと思っているとどこかの堤が切れたという話が近所中からひそひそと聞こえてくるような、なんだかみんな逃げる支度をしているような気配がしており、私はというと窓を開けたら空が晴れているのでたしかに昨日は大雨だったけれども、今更大水なんてやってくるのかしらと思ってぼんやりとしているうちにまた寝てしまい、窓を開けたまま寝たので寒くてすぐ一時間もしないうちに目が覚めてもう一回起きて窓を閉めてまた寝た。

 起きてコーヒーを挽いて、昨日は目盛りが16で随分苦かったので今度は目盛りを10にしてみようかしらなどと思って、明かりを点けないででも午前中だったから部屋の中は十分に明るいから平気。テレビを点けてもどのチャンネルでも大水のニュースなんてやっていないから、私はもうすぐ水が来るんだということは信じられず、薬缶の湯気が吹きだしてくるのを見つめて火を止めなきゃと思うけど椅子から立ち上がることが何となく出来ないでガスの無駄遣いを盛大にしている、上げ舟をちらりと見てあれがあればまあ大丈夫かなあと思うけども水が腰まで来たときに果たしてそれから上げ舟をおろしてる余裕なんてないだろうから、そうすると今の内に私は何かしなくちゃいけないはずだけれども、億劫で面倒で、そんな気持ちはもうすぐそこまで迫っているかも知れない大水のせいなのかもしれなくて、なんだかわかんない。

 7時ごろ二軒隣の顔見知りのおばさんが窓の外を通ったのでおばさんどこへ行くのというと大水が来るので水塚まで歩いていくのだといって、見るとおばさんは見たことのないボストンバッグを持っていて本当に避難するようだったので、早朝に夢うつつで聞こえてきた近所中の声は本当だったのかしらと思っておばさん私も避難したほうがよいかしらと聞こうと思ったらおばさんはもういなくてつむじ風のように消えてしまっている。おやどこへ行ったのかしら、おばさんはもう避難したのかしらと思うとでも安心するような気がする、おばさんは少なくとも避難したのだからこれで大水が来たときも安心だし、私は一週間後におばさんと話をすることも出来るのだ、私が大水で死ななかったらの場合だけれども。

 じゃあ私も避難しようとしようかしらと思って薬缶から湯気が出てきているのをやっと止めて、コーヒー豆をコーヒーフィルター付きのあの器具、コーヒーフィルターがついてない場合は紙のフィルターをセットするあの名前の出てこない器具に入れて上からお湯を注ぐと、なんだかコーヒーが出てきて私は救われたような気がする。それからコーヒーを一口飲んで目を瞑っているとまた近所中のひそひそ声が聞こえてくるような気がしてきて、もうすぐ大水が来るよと誰か男の子の声、女の子の声、いろんな様々な声なき声、それで私は二階に上がって屋根裏部屋の窓から表を覗くと、窓の外はきれいな初冬の澄んだ空でどこにも雨雲の掛かっている様子はなく、なんだこれなら大丈夫だと思う、私は下へ戻ってもう一口コーヒーを飲んだらもうコーヒーは冷めていて悲しい、私は電子レンジにコーヒーを入れてオレンジ色の光をじっと見つめてマイクロウェーブは目に悪いんだってことを何回も自分に言い聞かす。

 それからやっと動き出す気持ちになって上げ舟をおろして、これをおろしてしまったらもう上げ舟を元の位置に戻すには前に一緒に住んでいた友達しか方法は知らないなあと思って、思ってみればこの家だって一緒に住んでいた友達のお父さんの持ち物だというのだけれども、なんだか知らない内に私が転がり込むような塩梅になってしまったときも友達は嫌な顔一つせずに居てくれたし、私はずうずうしかったかしらと今でも思うけれどもまあ仕方がない、あなたの用意してくれた上げ舟のおかげで私は今日も大丈夫なのだと思って中に保温の水筒に入れたコーヒーなどを入れておいて、水に流されている間でもいつでもコーヒーが飲めるようにしておく。

 窓の外を見る、そしたら水が来ている、私は見なかった振りをして窓を閉めて上げ舟の中に毛布を持ち込んで、穴が開いてないといいなあと思って。

 


 
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