No.888051

紫閃の軌跡

kelvinさん

第94話 八葉の極致

2017-01-09 16:20:13 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:2231   閲覧ユーザー数:2053

~リベール王国 レグラム自治州 アルゼイド流練武場~

 

「はぁー……まぁ、こうなるとは思ってはいたが」

 

そう言葉を零すアスベルの眼前に移るフィールドには二人の人物が真剣―――本物の武器を持って対峙していた。一人は同じクラスでありⅦ組の重心的存在であるリィン・シュバルツァー。対するのはレグラム自治州の当主でありアルゼイド流筆頭伝承者でもあるヴィクター・S・アルゼイド。それを傍から見守っているA班の面々や執事のクラウス、そしてヴィクターの妻であるアリシアだ。

 

こうなったことの経緯を簡単に説明すると、夕方遊撃士協会支部に報告のため戻ってきたところで本国から戻ってきたヴィクターと会い、その流れでアルゼイド侯爵邸で夕食と相成った。その席で、ヴィクターはリィンをみてこう言葉を発した。

 

『……リィン君。どうやら、君は何かを畏れているように見えるな』

『えっ……』

 

ヴィクターは以前に<八葉一刀流>の使い手―――開祖である“剣仙”ユン・カーファイとその筆頭継承者である“紫炎の剣聖”アスベル・フォストレイトの二人と剣を交えたことがある。もっともその決着はつかずじまいではあった、とヴィクターは述べた。

 

彼とてその全容を知っているわけではないが、その一端だけでも凄まじい東方剣術の集大成ともいうべき武術。その使い手でもあるアスベルはその極致に最も近い人間といわれることもあるが、本人は否定している。それは置いておくが、かつてリィンとヴィクターが対峙した際、リィンは“あの力”を一瞬だけ偶発的に解放し、ヴィクターに競り勝ったという事実がある。だが、それはあくまでも数年前の話。現段階で“例の力”を解放した際の強さは正直アスベルでも推し量るのは難しい。それはヴィクター自身も同じ思惑なのかもしれない。

 

『―――そこまで見抜かれていたとは、参りました。ですが、これで決意は固まりました。侯爵閣下、自分と手合わせお願いします』

 

とまぁ、表面上見ればかなり無謀ともいえるようなリィンの言葉により、この対決が実現した。

 

「ワクワク、リィンと“光の剣匠”の勝負かぁ。でも、リィンってそんなに強かったっけ?」

「―――無謀すぎる。指南ならばともかく、達人相手の手合わせなどと…」

「流石に分が悪いか…」

 

この勝負を心待ちにしているミリアムの言葉に、ユーシスは率直かつ酷な言葉を言い放った。その言葉にはガイウスも心配そうな表情を浮かべるほどだ。言葉は発していないがエマもリィンを心配そうな表情で見つめている。そしてラウラはというと

 

「………」

「ラウラならてっきり、反論するかと思いましたけど?」

「否定はしない。だが、リィンも父上も似た者同士なのだろう……反論したところで却下されるのが目に見えている」

「男の子は意地っ張りですからね。まぁ、手合わせなので事故にはならないとは思いますけど」

 

人のことを言えた義理ではないがどことなく頑固な面がある、とセリカの問いに対して答えつつも不安そうな表情を浮かべていた。それを察してかアリシアも苦笑とも取れるような表情であった。そして残る面子はアスベルとルドガーの二人なのだが、二人の表情は真剣そのものだった。

 

「多分、リィンの畏れている何かを引きずり出すつもりなんだろうが……アスベル、あの人だけで止められるのか?」

「………正直何とも言えない、としか言えん」

 

一応周りには聞こえないよう小声での会話。原作ならば初伝~中伝クラスだが、リィンは既にいくつもの実戦経験をこなし、即席ではあるが彼が修得している型の奥義を文字通り叩き込んだ。そして数年前にほんの一瞬とはいえヴィクターを上回り、勝利を得た。その点の対策もヴィクター自身が心得ているであろう。

 

「問題はその想定すら上回った場合だ。下手するとヴィクターさんでも腕一本ぐらいもっていかれる可能性がある」

「………根拠はあるのか?」

「アイツの戦闘経験だよ。俺らやセリカ、リーゼを除けばその次に戦闘経験が多いのは間違いなくリィンだ」

 

<百日事変>、<影の国>においてのかなり濃密な戦闘経験。ユン・カーファイをはじめ、同門のカシウス・ブライト、アラン・リシャール、アリオス・マクレイン……そしてアスベル・フォストレイトからの指南。極め付けに、<八葉一刀流>にはアルゼイド流同様に他の武術で学んだ知識や技巧を取り入れていく要素もある。リィンの畏れによって空転しているそれらが完全に噛み合った場合、正直何が起こるかわからないとアスベルは断言した。

 

「万が一の場合は俺が止めに入る。ラウラたちのカバーリングは任せることになるが」

「それぐらいならな……練武場壊すのだけは避けてくれよ?」

「最善は尽くすよ。ま、杞憂に終わればいいんだが」

 

最悪の事態は起こってほしくはないと述べたアスベル……その時はまだ、彼の杞憂が皮肉にも現実になるとは思ってもいなかった。運命の火ぶたは切って落とされた。互いに高まる気。審判であるクラウスの合図によってリィンとヴィクターの戦いが幕を開けた。いや、それは戦いというよりも子供をあやすような大人の図に近く……数分後、片膝をつくリィンと悠然と<ガランシャール>を構えるヴィクターの姿がそこにあった。

 

「5分と持たずにこれとは……」

「流石、というべきですね」

 

もはや勝負は決したと思えるような光景。だが、リィンと対峙しているヴィクターはこの時、眼前に映るリィンの内に秘める何かに対し、己の本能が警鐘を鳴らしていることに冷や汗が頬を伝う。

 

(彼の内に秘めるもの……剣士として解放してやらねばなるまい。だが、この空気の肌触りは一体何だ……)

 

これ以上踏み込めば自身も無事では済まない、という危険を孕んだ本能の警鐘。しかし、この手合わせは彼から望んだもの。現に、リィンは息を整えると静かに立ち上がり、戦闘続行の意思を示している。

 

「リィン、これ以上はもう……母上!?」

「あの子は、まだ戦う気ですよ? それに、あの人も止める気はないようです」

「だが、これ以上戦ったところで意味があるとは……」

 

周囲もリィンを心配する声が聞こえているのは事実。リィン自身はまだ戦えるという意思を示しているのも事実。ならば、己のとる道は一つ。決心したヴィクターは自らの武器である<ガランシャール>を片手で振り上げた。

 

「―――そなたの限界がここではないことは解っている。この期に及んで“畏れ”躊躇うのならば、強引にでも引きずり出させてもらおう。さぁ、見せてみるがよい――――!!」

 

先ほどとは比べ物にならぬほどの剣速。武器もろともリィンを両断しようかというほどの威力を秘めた刃がリィンに到達しようとした瞬間

 

「―――甘い」

 

リィンの姿が消えたかと思う暇もなく、ヴィクターの側面から襲い掛かってくるリィン。その姿は銀髪灼眼と先ほどまでのリィンとはまるで別人の動き。そして禍々しさを思わせるようなオーラを身にまとい、ヴィクターに斬りかかっていく。ここまでは“原作”と変わりない動きを見せている。これにはヴィクターもしっかり対応している。このまま杞憂に終わるのかとルドガーは思ったが、その横にいるアスベルは先ほどよりも真剣な表情―――臨戦態勢といっても過言ではないぐらいの佇まいだ。激しい鍔迫り合いを見せているリィンとヴィクター。見るからにまだヴィクターに余裕がある。

 

「―――拙い。これで完全に繋がった」

 

アスベルがそう言い放った瞬間、リィンの動きが突然変わった。今までの攻め一辺倒から一転して、突如距離を取って太刀に剣気をまとわせた。その気を纏った太刀をリィンは躊躇いもなく振るうと、刃は九つに分かれてとても剣筋の軌道とは思えない斬撃がヴィクターに襲い掛かる。

 

「あれって、確かアスベルが地下道の時に放った…!?」

「六の型<空蝉>の奥義が一端、参式『九頭竜』。威力はあれに匹敵するほどの鋭さだ」

 

それを皮切りに、次々と繰り出される<八葉一刀流>の奥義。不思議なことにその完成度は非常に高いことにもアスベルは冷や汗を流す。今までの鍛錬の中でここまで完成度の高い奥義をリィンは一度として放ったことがなかったのだ。それ以上に、この奥義の完成度の高さは杞憂で終わってほしいと思っていた場合が現実になりかねないところまで来ていることを意味している。

 

こうなれば多少の傷を負わせることは已む無し。そう判断したヴィクターは自らの気を高め、絶技を放つ。

 

「―――だが、ここまでだ! 絶技、洸凰剣!!」

 

目にも止まらぬ神速の剣技。それを繰り出されてはさしものリィンですら太刀打ちできない……だが、リィンはその剣技に対し周囲を驚愕させるような行動を起こした。それはなんと

 

「―――――――なにっ!?」

「ウオオオオオオオオオッ!!!」

 

剣気を纏ってその剣技を真正面から受け止めたのだ。いくら“己の力”を解放したところで限界が生じるのは目に見えている。だが、眼前に映るリィン・シュバルツァーという人間はその常識をさらに超えるような動きを発揮する。なんと、受け止めていた剣技を弾き返したのだ。この反動でヴィクターは強引に距離を取らされ、すぐさま構えるが

 

「ホロビヨ……」

「ぐうっ!?」

 

先ほどよりも上昇したパワーとスピード。しかもただ闇雲に剣を振るっているのではなく、相手の武器特性を掴んだうえで的確な剣捌きをしているためにヴィクターは<ガランシャール>で防ぐのが手一杯の状態。手合わせを始めた時からは想像もできない有様に驚く周囲の人間。その中で、アスベルはリィンの持ちうる力を冷静に分析していた。

 

(“あの力”を解放すれば身体のブーストは確かに可能だ。元々のポテンシャルが高いのはそう鍛えていたからに他ならない。だが、今のアイツは暴走というより力を掌握した状態で戦っていることに近い。まぁ、歯止めが利かない部分は暴走なんだろうが)

 

……男同士の戦いに水を差すのはあまりよろしくはないのだが、このままだと本当にヴィクターの片腕が持っていかれかねない。そう判断したアスベルは一息吐くと、自らの周囲の景色がモノクロ状態へと変化した。そして、周囲を完全に置き去りにするような形でアスベルはリィンとヴィクターの間に割り込んだ。

 

 

「ナンダ……!?」

「………アスベル君!?」

「すみません、侯爵閣下。できれば水を差したくはなかったのですが……こうなってしまった責任の一端を担ったものとして、けじめはつけます」

 

そう言ってアスベルはヴィクターを台座の外に追いやるように軽い力ではじき出した。そんなこともお構いなしといわんばかりに振るわれるリィンの刃であるが、アスベルはまるでそれが見えているといわんばかりに軽やかな動きで斬撃を躱す。

 

「父上、大丈夫ですか!?」

「ああ、問題はない。……こうなれば、彼に託すほかあるまい」

 

はじき出されたヴィクターの元にラウラが駆け寄るが、リィンとの戦闘による軽傷程度で済んだとヴィクターは返した。その上でフィールド上にいるリィンとアスベルを見やる。

 

「フウウウウウウウ………」

「やれやれ……できれば、こんな形で使いたくはなかったんだが、叩き込む意味では今を置いて他にはない、か」

「あれは……!?」

「!? な、何ですかこの異質な気は……まるで夏至祭の時に見せた……」

「おいおい、もう実戦レベルにまで仕上げたってわけかよ……やっぱアイツは天才だわ」

 

殺気を仄めかす様なオーラを纏うリィンに対し、アスベルは太刀を抜き放って静かに息を吐く。彼の周囲を覆うように気が満ちていく。だが、それは先月の特別実習の折に彼が一度だけ見せた代物であり、それを目撃しているラウラとセリカ、ルドガーはその正体にも気付いている。

 

「<八葉一刀流>における極致―――『静の理』と『動の修羅』を同時に発現させる代物。師父曰く“神衣無縫(しんいむほう)の境地”と言っていた領域。先月の時は無意識的にやってしまってたが、ちゃんとお披露目するのはこれが初めてだな」

 

正反対ともいえる二つの境地。アスベルはそれらをただ混ぜるのではなく体内を循環させるようにコントロールすることで、ユン・カーファイの言っていた『時間制限』すら取っ払った境地を編み出したのだ。その裏には彼が会得しているもう一つの剣術における力のコントロールがなければ絶対に完成しえなかった、ということも付け加えておく。

 

「イクゾ……」

「ああ。こい、リィン。お前の目指している世界の広さ、その一端だけでも教えてやる!」

 

同じ<八葉一刀流>の使い手……互いに高まる気。先に仕掛けたのはリィン。

 

「クラウガイイ……」

「遅い、はあっ!!」

「グッ……!?」

 

その一撃だけでも軽傷では済まないレベルの斬撃を自らの武器で軌道を逸らすと、その摩擦をなんとデコピンの要領を使うかのごとくリィンに対して斬り上げ技を繰り出す。反射速度も高まっているリィンであったが、完全に躱すことができずに傷を負う。カウンターを主体とする三の型<流水>からそのまま四の型<空蝉>に繋げるスタイルチェンジの剣術は筆頭継承者であるアスベルだからこそできる芸当。立て直す暇は与えないとばかりに、アスベルは再び息を吐き視界を再びモノクロに染める。

 

「……あの技巧、ルドガーは知ってますか?」

「多分、“前”の時に使ってた技だと思う。アイツはそこまで使うことなんてなかったし、俺が知る限りにおいてあのような技巧は見たことはなかった」

 

アスベルの転生前に彼が会得していた歩法『神速』やその二重掛け『刹那』。その技巧はルドガーでも使えないことはないのだが、いかんせんかなり高い集中力を要するためにある程度テンションが上がってこないと難しい。それをほぼローギアの状態から使いこなせるのはアスベルの持つ天才的な戦闘センスによる部分が大きいと断言できるほどに。

 

人間の知覚しうる領域を超えた状態のアスベルだが、リィンとてただでやられたくはない。その一心からか、己の太刀に膨大な闘気を纏わせる。それは先ほどヴィクターが見せた『洸凰剣』に近い代物を放つ準備。無論、それはアスベルにも見えている。その気配を瞬間的に悟ったリィンはその刃を叩きつけるように振るう。

 

「流石、というべきだな。だが、“力”を完全にふるえないようじゃ、そこまでというだけだ。お前には特別見せてやる、師父が言っていた極式を超えた“唯一無二の剣技”」

 

――― 五の型<残月>が奥義、神式(しんしき)『神桜絢爛(じんおうけんらん)』

 

それはもはや人智をも超えた先にあると述べた八葉の極致。空気だけでなく音すらも断つほどの神速の剣技。その剣を自在に操ることができれば、殺人も活人も己の匙加減でできる………アスベルが最も得意とする五の型の剣技により、リィンの容姿は変化する前の髪と瞳の色に戻り、片膝をついてその場に座り込んだ。それを見たアスベルも一息吐くと己の持つ太刀を鞘に納めた。

 

「やれやれ……ま、こうなった原因は俺にも一端はあるから責めるつもりはないが。少しは頭が冷えたか?」

「ああ、お陰様で。尤も、アスベルのあの技は本気で死を覚悟したけれど」

「アホ。お前に万が一下手なことしたらエリゼとソフィアに後ろから刺されかねないわ」

 

互いに師父から教わった『天然自然の理』。自らの持ちうる力を認めること……アスベルとて素直に受け入れたわけではないが、自らの持ちうるものを否定するのは自分自身の否定でしかない、と割り切っていた。気が付けば他のA班のメンバーやヴィクター、アリシア、クラウスが二人の周囲を囲むように立っていた。

 

「人智をも超えた剣技。それがユン・カーファイ殿の仰っていた“八葉”というところかな、アスベル君」

「知っていたのですか? というか、見えてたんですか?」

「以前手合わせした際に『儂をも超える才覚の少年がいた』という話を聞いてな。その際に少しだけ教わった……目の当たりにしたときは言葉も出なかったが。流石に剣の軌道自体は私でも完全に捉え切れなかった」

 

こういう類の人はかなり強くなってくるので、正直手の内はあまり明かしたくないのが本音であった。

予想外の展開とはいえ、まずは土台ができたと内心安堵していたのは言うまでもない。

 

 

いろんな漫画とか小説の要素を取り入れた形でアスベルの本気の一端をお見せしました。

あと、リィンも強化フラグは立ちました。本格的に着手するのはⅠ編終了後なのですが、あと何話かかるのかわかりません(汗

 

で、Ⅲの新キャラ云々を以前触れた件なのですが、これには理由がありまして……とりあえず、Ⅰ終了後にすぐさまⅡへ突入するわけではない、と押さえていただければ結構です。

 

で、ここで事務連絡。次からはしばらく外伝入ります。更に特別実習の二日目(カイエン公のくだりとかローエングリン城のイベント)丸々カットします。必要そうなところは回想シーンで書き起こすつもりなので(という名の後々のネタ稼ぎともいう)

外伝は主に零・碧組の行動となります。ちょこっと零のエピソードも織り交ぜていく予定です。主に彼や彼女が大暴れするだけなのですが(遠い目)

 


 
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