『魔法世界』とは言っても、数学などの授業内容は普通と変わりはなかった。担当の先生も同じで安心してたんだけど、普通とは違う授業があることも気付いていた。
私にとってそれが『魔法世界』での一番の問題かもしれない。
「『魔術』に『魔術理論』か…」
次の時間がその『魔術』の授業だった。私の知っている時間割りではその時間は『体育』のはずなんだけど、ここでは『魔術』に入れ替わっている。どうやら『魔術』の時間は体育も兼ねているらしい。どうしたものか…何の対策も練れないまま今私は、グラウンドに居る。
そうだ!『体調が悪いから』って、見学させてもらえばいいんだ!そうすれば授業を受けずに済むし、ボロも出さずに済む。
名案(?)を思いつき、早速担当の先生の所へそのことを伝えに行こうとして隣に居た梢ちゃんに腕を掴まれ止められてしまった。
「あれ?那美どこ行くの?もうすぐ授業が始まるよ?」
「あーうん…なんかちょっと急に体調が悪くなってきたから休ませてもらおうかと思って…」
「えっ…大丈夫?」
梢ちゃんは一瞬、本当に心配そうな顔をしたがすぐに疑わしい眼差しで私の方を見て、
「ん??今まであんなに元気だったのに、おかしいなあ…」
「い…いやでも…ホントに体調が…」
「さっきクラス中を騙すような名演技を披露した大女優様とは思えないねぇ」
バレてるし…
梢ちゃんは私の顔をまじまじと見て一言。
「那美?嘘つきの顔になってるよ?」
「ごめんなさい」
素直に謝った。梢ちゃんに嘘は通用しないと思ったからだ。そんな私を見て苦笑いを浮かべながら梢ちゃんは、
「もう!いくら魔法が使えないからって、ずる休みするのはよくないよ!実技が駄目なら理論の方で取り返せばいいんだしね」
ん…?今、何と仰いました?
「いや、だから魔法が使えないからって、ずる休みするのはよくないよって…」
それを聞いて、私に光明が差し込んだように思えた。そして梢ちゃん、あなたの後ろには後光が差しているのが見えます。あなたは私の救世主です!
どうやら『魔法世界』の私は『魔法を使えない』ということになっているらしい。もちろん実際に魔法なんてものは使えないわけで、この情報は非常にありがたかった。
私は梢ちゃんの両手を力強く握り締め、心の底から感謝を述べた。
「ありがとう梢ちゃん!私、魔法を使えなくてホントに良かった!」
「いや…魔法が使えないのはあんまり良くないけど…でもやる気になってくれてよかったよ」
話しているうちにチャイムが鳴り、授業が始まった。今日は男女ともに魔術を使ったサッカーをやるらしい。ボールに魔法をかけて、燃やしたり、それを水や氷の魔法で消して雷の魔法をかけて相手に返したり…これぞ『燃えサッカー』!でも、見る分には楽しそうだけど、魔法の使えない私にとっては、危険極まりないサッカーだ。
それを先生もわかっているらしく、私だけ皆がドッカンドッカンやっているグラウンドから離れ、隅っこで一人特別授業を受けている。まるで、さらし者のようでとっても恥ずかしい。
「ちなみにこの授業は、小学校一年生並だから。ま、わかってるとは思うけど」
魔術担当の女性教師に皮肉たっぷりに言われ、ますます肩身が狭い。向こうではすごい魔法戦が繰り広がられているというのに、片やこちらは小学一年生。
「絶対に魔法を使えるようになってやる!」
このままでは終われない!私のやる気に火がついた。それはもう、てんぷら油と間違えて、ガソリンを入れたような燃え上がり方だ。先生の言うことを熱心に聞く私はいつもと様子が違うのか、最初戸惑っていたみたいだけど、次第に私のやる気の炎がうつったように先生の指導にも熱がこもってきた。
「とにかく魔法というのは、空間にある魔力を自分の魔力と結びつけて放つの。自分の魔力だけで魔法を放つと、体にものすごい負担が掛かるからね」
「なるほど…自然エネルギーを味方につけるってことですね?」
「そうよ。それでまず大事なのはイメージよ。体の中に空間の魔力を吸い込むイメージ。火でも氷でも雷でも…自分に使いやすそうなものをイメージするの」
目を閉じ、両手を広げて説明してくれる先生。
「なるほど…仙人が霞を食べるような感じですね?」
「違うわ。それは断じて違うわ。あれはただ食事してるだけじゃない」私のボケた回答にツッコミを入れつつ、「とにかく、目を閉じてイメージよ。自分の周りに小さな火が浮かんでるとイメージしてみなさい」
うーん…でも、私としては仙人が霞を食べるイメージが、一番しっくり来るんだけど…というか、この世界でも仙人って通じるんだね。もしかしてホントに居るとか?
でもまあ、とりあえず先生に言われた通り、目を閉じて小さな火が浮かんでるイメージを浮かべてみた。次々先生から指示が飛んでくる。小さな火がどんどん増えてくるイメージ。その火が集まって、徐々に大きくなっていくイメージ。その火が自分の中へ入ってくるイメージ。
「そして最後にその火が自分の中の魔力と合わさって…」
そこまで言ったところで…
ビュン!
と言う風を切る音とともに、自分の顔の前を何かが物凄い勢いで通り過ぎて行ったのを感じた。目を閉じていた私は、何が通ったのかわからなかったが、先生の視線を追いかけて、その先にあるものを見て血の気が引いた。そこにカッチカチに凍ったサッカーボールが転がっていたからだ。そのサッカーボールを拾って、叩いてみた。もの凄く硬い。シャレになんないよ。
「男子!気をつけなさい!頭に当たってたら死んでたわよ!」
「すいません。急にコントロールを失って…」
ボールを取りに来た男子が、脳天気すぎてムカッとする。
「ん?この声は…」
振り返ると、そこにはあの馬鹿、五十路竜也がいて、私の顔を見るなりあからさまに嫌そうな表情をしてきたので、私も同じように嫌そうな顔をしてやった。まったく、こいつは何か私に恨みでもあるの?それとも、好きな女の子に意地悪するって言うあれ?出来れば後者でお願いします…って言いたいところだけど、こいつ相手だと一ミリもそんな感情沸いてこない。
「あんた…まさかわざと狙ったとか…?」
「そんなわけあるか!そもそもボールを蹴ったのは俺じゃねーし。まあボールが飛んでった時心の中でちょっと『当たれー』なんて思ったけど」
ピキッ!とサッカーボールの氷の割れる音がした。
「それよりお前も早く、魔法が使えるようになるといいな。小学一年生」
朝の仕返しとばかりに、憎まれ口をたたく。
ピキキッ!とまたもや氷の割れる音がした。
私は、無言で馬鹿に近付き、
持っていた、カチカチのサッカーボールで側頭部を殴打。
ごめんね五十路君、わざとじゃナインダヨ?ただちょっと手元が狂っちゃったみたい。それか、サッカーボールがあんたのこと嫌ってたのかもしれないね。
って、さすがにそれは苦しいか…先生がこっちを見てる…よしここは…
「せっ…先生!私、ボールを投げかえしたら五十路君の頭に当たっちゃいました!」
これはさすがにわざとらしかったかな?なんて思ってると、先生は、
「心配しなくても大丈夫よ。体操服には魔法の威力を和らげる効果があるから」
へえ、この体操服にはそんな効果があったんだ。なるほど、だから皆全力で魔法を使いまくってるわけね。グラウンドでドカドカやってるのを見てみると、確かに体操服に当たった魔法は全部とはいかないまでも、結構消えてるね。
ところで、私のしたことを先生は黙認してくれるらしい。この先生も今のあいつの態度に立腹していたのだろう。それか、自分の目の前にあんな凶器を飛ばした男子に怒っていたのかもしれない。代表して罰を受けるとは五十路君、君も酔狂だね。
ちなみに、体操服で防御されるのは『首から下』だけらしい。
その後、何事もなかったように授業は再開された。倒れた馬鹿を放置したまま。
結局魔法は使えなかった…残念。
昼休み。私は梢ちゃんと二人で中庭に来ていた。
「それにしても五十路の奴しぶといね?。あんなカチカチの凶器で頭殴られたのにもう復活してんだから。しぶとさからしたら、ゴキちゃん並だね」
別に復活しなくても良かったのに…
とは言うものの、ちょっとホッとしていた。もしこのまま起きなかったとしたら私どう責任を取ればいいんだろう、なんてことを授業を受けながら考えてたからね。まあそのせいで魔法が使えなかったと言っても過言ではないでしょう。あとであの馬鹿に抗議してやる。
「おやおや?安心したような顔になってるよ?どうしたのかな?」
「もう!人の顔を覗き込まないで!それよりお弁当食べようよ」
「そだね」
私達は同時に弁当箱の蓋を開けた。
うわ!何ですかこのお弁当。ご飯の上にそぼろと海苔でクマの絵が描かれ、おかずもなんかいちいちキャラクターっぽく作ってる。気合を入れて作るのはいいけど、こんなお弁当を喜ぶのは小学校低学年までだよお母さん…もうちょっと気を使って…恥ずかしいよ。
でも、私のお弁当を見て梢ちゃんは目を輝かせていた。
「うわ!那美のお弁当やっぱり凝ってるね?!いいな?」
こんな幼稚園弁当のどこがいいんだか。
「いい加減、この子供っぽいお弁当やめてって言ってるんだけどね…お母さんがヤダって
言うもんだからずっとこのままなんだよね…」
「いいじゃない!うちなんか殆ど前の日の余り物と、冷凍食品なんだから!」
そっちの方が断然いいよ。何ならお弁当作りを梢ちゃんのお母さんと入れ替えてほしいくらいだよ。それに梢ちゃん、あなたのお弁当もなかなかの物だよ?前日の余り物には一手間加えてあるっぽいし、冷凍食品のエビフライにも、梢ちゃんのお母さん特製のタルタルソースがかかってるじゃない。結構手間をかけて作ってくれてると思うよ?
人は往々にして親の愛情に気付かないもんだね。
私達はいくつかのおかずをそれぞれ交換して、食べ始めた。
「こうして二人でお弁当を食べ初めてもう二ヶ月近くなるんだね」
「そだね?うおっ!那美の卵焼き、めちゃうまい!」
「もう何度も食べてるじゃない。それより梢ちゃんのこのコロッケすごくおいしいよ!」
「ああそれ昨日の肉じゃがの余りだね。私は『無理やりコロッケ』と呼んでいる」
交換した他のおかずも頬張り、箸を揺らしながら説明してくれる。説明してくれるのはいいんだけど、口の中に物を入れて喋っちゃ行儀悪いよ。あ、ほら!口の周りにいっぱい物がくっついてる!
私は、梢ちゃんの口の周りをティッシュで拭いてあげながら、
「私、梢ちゃんに会えてホントによかった」
真面目な顔をして梢ちゃんを見る。
「なんだよ急にー!改まって言われると恥ずかしくなるよ」
少し顔を赤くして、箸をふりふり、照れくさそうに梢ちゃんは笑う。
「私だって良かったって思ってるよ。そう言えば那美ってば最初に私に話しかけてきた時ちょっとビクビクおどおどしてたよねー」
梢ちゃんは私の頭をくしゃくしゃと撫でながら楽しそうに話す。
「え…私、最初そんな風に見えた?」
「うん、見えた。小動物みたいで可愛かったなー」
私にそういう自覚はなかったけど、そう見えたのなら本当だろうとなとも思った。何でそんな風にしてしまったのか思い当たることもある。
小学校に入学する前、すごく仲の良かった友達が居た。だけどその子は突然、別れも告げずに引っ越してしまい、まあ子供心に傷ついたのかもしれない。私は数日間部屋にこもって泣いていた。
そんなことがあったからか、小学校に入学しても友達を作ろうとしなかった。友達になったって、どうせまた何も言わずにどっか行っちゃうんだから…とかどこかで思ってたからだ。そんな状態が小学校を卒業するまで続いたっけ。
中学生になって、引っ越していく子なんてそんなに多くないんだなってわかったから、クラスメイトとも少しは話をした。だけどまだちょっと疑ってたし、友達と呼べるほど仲良くなった子は居なかったんだけど、中学三年の時に初めて出来たんだよ、友達が。それが相沢友美ちゃんだった。だけど友美ちゃんは放課後は生徒会で、私は帰宅部。あんまり遊ぶことが出来なくて、結局中学時代は結構寂しかった。
「それで、本格的にこれじゃダメだって思って、高校に入学した時に声をかけたのが…」
「なるほど!この私だったわけね!」
梢ちゃんは誇らしげに胸を張る。
「うん。梢ちゃんのお陰でクラスの皆とも仲良くなれたし、すっごく感謝してるんだ。あ
りがとう梢ちゃん」
「にゃー!かわいいやつめー」
梢ちゃんは勢いよく抱きついてきて、頭をまたくしゃくしゃと撫でる。
私の顔は梢ちゃんの胸の中。男子生徒の諸君、羨ましかろう!とか叫んでみたかったけど、力強く抱かれて、口が塞がってるので喋れない。…って言うか梢ちゃん、苦しい!どれだけ力が強いの!私が離れようとしても全くびくともしない。頭がボーっとしてくる。それにしてもいいねこの胸。そしてずるいね、このフカフカ。半分ほしい…って何考えてんの!ヤバイ!窒息する!
走馬灯が現れようかというその瀬戸際、もの凄い突風が吹き、梢ちゃんがよろめいている間に辛くも脱出できた。どうやらどこからともなく飛んできたメロンパンが梢ちゃんの顔に直撃したらしい。メロンパンに命を救われた。メロンパン様々だね、まったく。
「あー苦しかった…」
「あはは、ごめんごめん。にしてもなんでメロンパンが飛んでくるかな?まあいいか。それよりお弁当食べちゃおう。その後は食後のデザートだ!」
梢ちゃんはメロンパンを高々と掲げ、私にも分けてあげようなんて言ってたけど、お弁当だけでお腹は一杯だし、ましてやどこから飛んできたのかもわからないメロンパンなんて食べる気にもならなかったので、断固拒否した。
それにしても一つ勉強になったね。『過度の愛情表現は凶器になる』。うん、私の胸が大きくなった時のために覚えておこう。
抱きつき攻撃で、少し崩れたお弁当を食べ終えたあと、ぼんやりと空を眺めていた。
『魔法世界』の空は、普通の世界の空よりも澄んでいるみたい。排気ガスを出す車が走っていないからかもしれない。心なしか空気もおいしいように感じるし。朝にあれだけいた巨大な鳥も、今は飛んでいない。
ところで梢ちゃん、そんなメロンパンをモリモリ食べて大丈夫?お腹壊しても知らないよ?
そうだ…梢ちゃんには言っといた方がいいかな…私は別の世界からこの世界に飛ばされちゃったってこと…私はこの世界の人間じゃないってこと…きっと信じてくれないだろうけど…
「もぁみ?あおあもいえみあっふぇうお?」
「梢ちゃん…口の中の物を飲み込んでから喋ろうね?」
梢ちゃんは私の言った通り、飲み込んだあと改めて、
「那美?顔が真面目になってるよ?」
「うん…私、実は梢ちゃんに言っておきたいことがあって…」
「私に愛の告白?」
「うん…私、実は梢ちゃんのことが…って!そうじゃなくて!」
梢ちゃんは私の肩を叩いて大爆笑している。話の腰を折られ、あらぬことを言わされそうになって、私は顔を真っ赤にして猛抗議する。
ひとしきり笑って、ひとしきり抗議したところで、本題に戻そうしたけど…やめた。
特に理由は無い。ただ何となく。こんなこと、いつでも言えるしね。
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魔法の世界に飛ばされた女子高生 美南那美が秘密を解き明かす。