No.887756

三ツ星

第45回 #かげぬい版深夜の真剣創作60分一本勝負
お題:「三つ星」
に則り作成。SSはとても久しぶりです。大和さんちょっとだけでます。

2017-01-07 23:43:32 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1289   閲覧ユーザー数:1287

 夕闇にすっかり覆われた鎮守府のあちらこちらに灯が灯る。昼は無機質に過ぎるこの空間も、ナトリウム灯の橙色の光に装飾されると、存外見られる景色になるな、と不知火は常々思っていた。

 夜間の出歩きは色々と規則がうるさいが、今日の不知火は大手を振って歩ける身であった。

 戦艦娘大和の招待、というのがその理由である。最も厄介な司令の許可も、彼女が代行して得てくれた。開放感とその手際の良い計らいに報いるべく、不知火は間宮に前もってお願いしていたお菓子を受け取って、戦艦・空母寮へと急いだ。

 

 

 不知火と陽炎は、戦艦・空母寮の玄関を出ると、振り向いて深々と頭を下げた。

「大和さん、大変美味しかったです。ごちそうさまでした」

「さすが三ツ星シェフ! ごちそうさまでした」

 不知火と陽炎の褒め言葉に、そんなたいしたことありませんよ、と大和はにこやかに言った。いや、苦笑しながら言った、という方が正解だろうか。三ツ星シェフという言葉に何か含むところを感じ取ったのかもしれない、と不知火は感じた。

 彼女の手による料理は、事実どれも美味であった。突然の思いつき、というほどでもないのだろうが、自由に市場や漁港を歩き回れる身でもない。材料をかき集めるのが至難の業だったことは、二人にも痛い程よくわかった。その難事を経ての歓待に、二人は盛んな食欲を以て応えた。大和は始終ご機嫌で、あれやこれやと陽炎達の話をニコニコしながら聞いていた。

 そうして恙無く会食は終わり、二人は大和に厚く礼を述べてから、居室のある駆逐艦寮へと向かうのだった。

 

 

「結局、日頃のお礼なんて言ってたけど、実際のところはどういう理由で招待されたのかしらね?」

「そうですね。何とも言えません。大和さんはとても楽しそうにしていらっしゃいましたけど」

「まさか一服盛られてたりなんてことは」

「冗談でもそういう言い方はよくありません」

 不知火の容赦ない視線に、陽炎は首をすくめた。

「大和さんはお寂しいのかもしれませんね。普段は出撃の機会も少なく、不知火達のように、水雷戦隊のようには気軽に訓練もできません。その上、最近はほとんど司令に付き添っての実務でしたし……」

「まぁ、おかげでこっちが楽できたしね……。でも、そう考えると主客が逆だったわね、今日は」

「そのあたりの気の遣い様が格の違いというものでしょう」

 不知火のひんやりとした冷たさの混じる声に、陽炎は歩を速めて、彼女よりも二歩三歩前に出た。その背に不知火の言葉が突き刺さる。

「まさか手ぶらで行くとはさすがに不知火も予見できませんでした。そんなことが想像できたなら現地集合にはしませんでした」

「あ、星が結構見えるわね! 今夜は!」

 あまりにわざとらしい陽炎の言葉に、不知火は視線だけちらりと空に向けた。オリオン座がはっきり見えた。

「そういえば先ほど、三ツ星シェフと言っていましたね」

「え? うん」

「何故三ツ星なのでしょうか?」

「さ、さぁ……。理由まではわからないなぁ……。何かのガイドブックか何かでの最高評価が星三つなんでしょ」

 陽炎が頭の何処かの引き出しから引っ張り出してきたような言葉を紡ぐ間、不知火は顎を上げて空を見つめていた。街灯の少ない処で立ち止まると、先を歩いていた陽炎も引き返してくる。

「そうですか。……では、三ツ星というのは最高の賛辞なんですね」

「そのつもりだったけど」

「そういうことでしたら、不知火達も三ツ星を目指しましょう」

 不知火の唐突な言葉に、陽炎は息をのんだ。どうやら、急に料理人にでもなるつもりなのか、と真に受けたようだ。

「陽炎と、不知火と、黒潮と」

 不知火が瞳を閉じて、とても和やかに声を出した。

「三人で、三ツ星。丁度、あのオリオンのベルトのように、オリオン座の要石のようなあの三ツ星のように。この鎮守府の、この賑やかな仲間達の要に」

「悪くないわね。でも、せっかくだったら」

 陽炎の指が、最も強く白々と輝く星を指差した。それから時計回りに三角形を描いた。

「シリウスと、プロキオンと、ベテルギウス。冬の大三角にしない? 支えるのがオリオンだけじゃ物足りないでしょ。全天を支えないとね」

「でしたら、陽炎はシリウスですね」

「そりゃあ、陽炎型ネームシップだもの。一番明るいのは譲れないわ」

「それでこそ陽炎です」

 臆面もなく褒められて、陽炎が苦笑いした。さすがにクサすぎたという認識があるのか、頬を赤らめている。

「冬の第三角もいいですが、夏もいいですね」

「ん? まぁ、そうねぇ。デネブとアルタイルとベガだっけ?」

「まぁ、夏であれば二つで十分ですけどね」

「そう。欲がないのね」

 陽炎は涼しげにそう言って、それから橙のわずかな光に照らされていてもわかるほどに、みるみる顔色を変えた。

「陽炎、シリウスからベテルギウスになりましたよ」

 不知火はクスッと笑みをこぼしながら、さも楽しそうに言った。

 


 
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