No.88649

その瞳に映りし者 第8話

madokaさん

小説「その瞳に映りし者」の第8話です。
人は誰しも心に葛藤を持つ…相反する心は、やがて…
主人公たちの苦悩を描いています。

2009-08-07 23:19:15 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:568   閲覧ユーザー数:537

その瞳に映りし者

~第8話 葛藤~

 ジュリアンがリリアに乗馬を教えていると、突然…

「いけないっ!だいぶ時間がたったわ…もうそろそろ帰らないと、皆が心配してる」

と、リリアが叫んだ。

あまりに楽しくて、つい時間がたつのを忘れていたのだ。

「そうだね、そろそろ帰るとするか…これからも、時々こうやって逢える?」

ジュリアンは、リリアに促した。

「ええ…たぶん大丈夫と思うわ!」

リリアは頷いた。

「じゃあ、3日に1回のペースで、今日と同じ時間にここで待ち合わせよう…約束だよ」

ジュリアンは、右手の小指を差出し、そう言った。

リリアも同じく差出し、二人は指切りをした…。

 

 ジュリアンと別れたリリアは、急いでソユーズ家に戻ってきた。

玄関では、ナディアが心配そうな顔をして、リリアを待ちわび立っていた。

「おかえりなさいませ、リリアさま…」

「遅くなって御免なさいね…ジュリアンに乗馬を習ってたのよ…どうかしたの?」

深刻そうなナディアの顔を見て、リリアは尋ねた。

「ジュディさまが、大変怒ってらっしゃいます…帰りが遅いと…」

ナディアは、リリアの耳元で小さな声で囁いた。

「そう…すぐジュディのところに行くわ」

なんとなくナディアの顔を見て、そんな気はしていたのだが…。

リリアは、すぐにジュディの部屋に向かった。

 

 ジュディは、いつものように本を読んでいた。

「あの…ただいま、ジュディ…遅くなって御免なさい!わたしね…」

「一体、何処に行っていたのかしら…こんな時間まで…」

「実は…ジュリアンが朝早く尋ねてきて…乗馬を教えてくれるっていうので、今まで習ってたのよ」

「ふ~ん…本当にそれだけかしら…」

「私たち、何もやましいことなんてしてないわ…ただ普通に遠乗りをして…」

「でもね…世間はそんなふうに見ないの…悪いけど、誤解されるような行動は謹んでほしいわ…あなた、ソユーズ家の長女なのよ…変な噂がたったらどうするのよ」

「……」

ジュディの嫌味には、慣れてるつもりだったが、

さすがに今回は本当に怒ってるようだったので、それ以上は弁解しなかった。

「これから気をつけます…」

リリアは、そう言うと部屋から静かに出ていった。

ジュディは、その後…

持っていた本を床に投げ捨て、沸々と湧き上がる怒りを抑えられずに、唇を噛んだ。

 

 一方、ベアトリスの屋敷では…

あることで、夫妻共々悩んでいた。

それは、一人娘のクラウディアの結婚話だった…。

もうすっかり年頃のクラウディアは、美人だったがジュディ以上にプライドが高く、

どれだけベアトリスが縁談を持ちかけても、まったく応じずに、今日に至っていた。

ベアトリスの夫ヘラルドは、誰でもいいから嫁に行ってくれと常に願っていた…。

さすがに、堪忍袋の尾が切れたベアトリスは、クラウディアにこう問い詰めた。

「クラウディア…お願いだから、そろそろ決めてちょうだい!もう何人縁談を断っていると思ってるのよ…あなた、もしかして、誰か好きな人でもいるの?」

「お母様…それにはお答えできませんわ…お母様はすぐ人にしゃべるじゃありませんか」

娘にそう言われて、思わずたじろぐベアトリスであったが、

「そ…そんなことありませんよ…誰にも言わないから、本当のことを言ってちょうだい!」

と、クラウディアにつめ寄った。

するとクラウディアは、思いも寄らぬことを言い始めた。

「私ね…実は、シュテインヴァッハ家の次男、ジュリアンが好きなの…」

「え…!?」

ベアトリスは、思わず絶句した。

よりにもよってジュリアンとは……。

「あなた、それ本当なの?…」

「嘘じゃありません…以前から、ずっとあの方とだったらと思ってたの」

娘の突然の告白に、ベアトリスは放心状態になった…。

「クラウディア…他に誰かいないの?…もっといるでしょう…何もジュリアンじゃなくても…」

ベアトリスは、必死に説得したが、クラウディアは頑なに拒否した。

 

 娘の幸せを願わない親はいない…。

ベアトリスだって、例外ではないのだ。

しばらく悩んだ結果…

意を決したのか、その後すぐにシュテインヴァッハ家に赴いた。

 

 ベアトリスの突然の訪問に、驚いたのはジュリアンの方だった。

「一体どうしたんですか?婦人…」

ジュリアンを見て、ベアトリスは思いつめたようにこう言った。

「あなたに大事な話しがあるのよ、ジュリアン…」

その様子をみてジュリアンは、これはただ事ではないと思った。

「実はね…こんなことを突然言うのも何なんだけど…ソユーズ家の話し…一度白紙に戻して…その…うちの娘との縁談を考えてほしいの!」

「え…?それはどうゆう…」

ジュリアンは、ベアトリスの突然の要望に驚きを隠せなかった。

「つまり、娘のクラウディアと結婚してほしいのよ!」

ベアトリスは、ジュリアンに身を乗り出し、懇願した。

「……」

ジュリアンは、すぐにこう返答した。

「申し訳ありませんが、婦人…そのご要望には応じかねます…謹んで、お断りします」

「な…なんですって?!…」

「クラウディアほどの美しい令嬢なら、きっと他にいくらでも、候補は見つかると思います…何も僕でなくても…」

「あなたじゃないと、駄目なのよっ!」

ベアトリスは、必死にジュリアンに訴えた。

だがしかし、ジュリアンは首を縦に振ろうとはしなかった…。

「あなた…もしかして、ソユーズ家の娘のどちらかを…」

「そのことには、お答えできません」

静かに答えるジュリアンを見て、ベアトリスは絶句した…。

やはり、無理だったか……。

一分の望みにかけてみたが、ジュリアンにはどうやら思い人がいるようだった。

 

 シュテインヴァッハ家から帰る途中、ベアトリスはずっと考えていた。

(このまま、引き下がるわけにいかないわ…なんとかして、わが娘の思いを成就させなくては…)

そう思ったベアトリスは、そのままの足で、今度はソユーズ家へと向かった。

 

 ソユーズ家では、すぐにリリアとジュディがリビングに呼ばれた…。

いつもとは違うベアトリスの様子に、リリアもジュディも困惑した。

「叔母さま…一体どうしたんですか?そんな深刻そうな顔をして…いつもの叔母さまらしくないですわ」

ジュディが、沈黙を破って、ベアトリスに尋ねた。

「今日、訪問したのはね…自分から話しを振っていながら、身勝手だと思うでしょうけど…実は、シュテインヴァッハ家の兄弟たちの事で話しがあるのよ」

「シュテインヴァッハ家の?!…何かまずいことでもあったんですの」

ジュディは、不安そうな顔で聞いた。

「今後、次男のジュリアンは、お婿候補から外してほしいの…」

突然の話しに、リリアもジュディも驚いた。

「何故ですの?ジュリアンさまとの間になにか…」

「私には、年頃の一人娘がいるんだけど…その子がね…ジュリアンでなきゃ、嫁に行かないと言うのよ…」

「あのクラウディアが…ジュリアンさまを…?そうだったの…それは意外だったわ」

ジュディは、従兄弟のクラウディアとは仲が良く、子供の頃はよく一緒に遊んだ。

美しく聡明なクラウディアの望みなら仕方ないと、ある程度納得したようだった。

しかし、リリアの方は違っていた…。

「リリア…先ほどから、何も話してないけど…あなたの意見が聞きたいわ…今の話しを聞いて、納得してくれたかしら」

ベアトリスの問いに、リリアは暫く答えようとしなかった。

「リリア…あなた…」

ベアトリスは、まさか…と思った。

すると、急にジュディが冷ややかにこう言った。

「叔母さま…ジュディだって、きっと理解してくれるでしょう…だって、自分より年上の従兄弟が切望しているんですもの…ねぇ、そうでしょ…リリア」

そう言って、リリアをみつめた。

「…ええ…ジュディの言う通りだわ…叔母さま…私がその話しに反対する理由はありません…クラウディアには幸せになってもらいたいし…」

リリアは、うつむいたままそう答えた。

「ありがとう、リリア…本当に御免なさいね…もっといい縁談をもってくるから」

ベアトリスは、そう言うと、安心したように帰っていった。

 

それを見送ったあと…

ジュディはリリアにこう言った。

「リリアって、本当にいい子ちゃんよね…自分に嘘がつけるんだもの…私にはとても真似できないわ」

「……」

「ジュリアンは、素敵な人だったけど…クラウディアのために諦めるわ…」

ジュディはそう言うと、自分の部屋へと戻っていった。

一人になったリリアは、暫くうつむいたまま動こうとしなかった。

それを見たナディアは、心配になりこう話しかけた。

「リリアさま…大丈夫ですか?…あの…」

「ナディア…私だったら、大丈夫よ…心配しないで…」

リリアは立ち上がり、部屋へ戻ろうとして、こう呟いた。

「これからは、もう…乗馬もできないかもね…」

リリアの寂しそうな後ろ姿を見て、ナディアはリリアの悲しみの深さを知るのだった。

 

 あれから3日がたち、本来なら2人が遠乗りする日を迎えた。

しかしその日は、朝からどんよりと雲が垂れ込め、今にも雨が降りそうだった。

リリアは、ずっと窓の外を眺めていた…。

「まさか、こんな日に待ってたりしないわよね…」

リリアの部屋に入ってきたナディアも、同じく窓の外を眺めながら聞いた。

「生憎のお天気ですね…今日は、どうされるのですか?ジュリアンさまと…」

「行ける訳ないでしょ…叔母さまを裏切るわけにいかないわ…それに、やっぱり誤解を招くような行動は出来ないし…」

「ジュディさまに言われたからですか…」

ナディアは、問い詰めるように尋ねた。

「いいえ、違うわ…ジュディに言われたからじゃない…私の意志よ…」

リリアは、自分に言い聞かせるように答えた。

 

 しばらくして、雨が降り出した…。

屋敷から遠く離れた湖のほとりで、一人待つ者がいた。

それはジュリアンだった…。

「とうとう降ってきたか……」

降りしきる雨の中で、ジュリアンはリリアを待ち続けた。

こんな天候の日に来るはずのない者を、ひたすら待つ…

それは、自分の出した答えでもあった。

ベアトリスの話しを聞いて、ひとつ確信したことがあったのだ。

自分が誰を好きなのか、誰を大切に思っているのか……

ジュリアンは、ただひたすらリリアの笑顔が見たいと思った。

だがそれは、叶わぬ夢と消えた……。

結局、リリアはその場に現われなかったのだ。

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
1
1

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択