第1話「入学式」-2
「ふむ、何をしている少年達?」
学校に近づいてくると辺りにも建物が増えてくる。田舎とは言え、この学校の近辺には山向こうの町との数少ない交通手段である大きな街道がある。故にその近辺にはデパートや銀行、はてはコンビニまで(一軒だけだけど)存在する利便性を誇るのだ。まぁ、19時にはどこもしまってしまうのだが……
そんなビルの見える位置までついたとき、道路わきの桜の木から俺らを呼ぶ声が聞こえた。
「あれ?姉ちゃん!」
桜の根元に体育座りで虫眼鏡を構えた女性が一人。
「おう、元気か綾人」
飄々とこちらに近づく女性は海藤永良。空に溶け込むような淡く透き通った水色のショートボブに無骨なまん丸眼鏡。さらに手の指先しか出ないほど大きめの白衣を羽織ったどこか不思議な雰囲気を放つ、市立見藤高校の2年生で綾人の一つ上の姉である。
「おはようございます、エイラ先輩」
「はざーっす!」
綾人に続き二人も挨拶を交わす。綾人と永良さんとは小学中学年以来の知人である。独特な空気を纏っているためか、友人などが皆無なところが同じな綾人と同じ、友達とも言えるほど仲のよい人物だ。
「ふむ、おはよう諸君。元気がある子はお姉さん好きだぞ」
「一つしか違わないけどな」
「その一つが絶望的なまでに大きな差であることに気がつかないとは、我が弟ながらなんて幼稚で稚拙で愚昧な思考回路だ」
「ああ?なんだとエイr……」
「まぁ落ち着けって綾人」
これじゃあまるでエイラ先輩の言ったとおりだ。
「ははは、すまないねウラハ君。綾人ももう少しはウラハ君を見習いたまえ」
「うっせーーー!エイラだって……」
「姉さんは?」
「……姉ちゃんだって白衣洗ったことないくらいずぼらな性格じゃねえか!!!」
あぁ、こういう些細なところで根底の上下関係が垣間見えるなぁ……綾人。
「うむ、白衣はもともとあまり洗わないものなのだぞ?色々と日常生活じゃまず使わない薬品がべっとり付着しているからな」
けらけら笑って綾人を一蹴する先輩。だけどエイラ先輩って部活動してないし、そんな危ない薬品使う機会ってあるのだろうか、などとつい考えを巡らしてしまう。
「それに私はあまり汗をかかない体質でね。まぁそんなに臭わないさ。ほれ、臭うかねウラハ君?」
そういって胸元あたりの箇所を引っ張って近づけてくる。微妙にその選択はエロティックです先輩……
「う~ん……、女性のほのかに甘い匂いです。あと薬品の臭い」
「ふむ、そうだろう?」
どこか満足そうなエイラ先輩。
「ウラハ君、正直すぎるよっ!!!」
対照的に顔が真っ赤な蘭。プンスカと湯気を立てています。
「ふむ、といってもある程度したら処分しているから安心したまえ。白衣とは消耗品なのだよ」
「うわ、ブルジョワっすね先輩!」
「いや、こういった服は専門店に売ると結構高値になるのだよ」
「き、危険すぎです先輩!!!」
うまく理解できなかく首をかしげる心葉、全てを理解し顔が真っ青の蘭、そしてもうげんなりな綾人だった。
「……ちっ、これじゃ話が進まねえ。なんで姉ちゃんはこんなとこにいんだよ?」
「ふむ、ちと研究をな」
そういうとおもむろにシャベルを取り出す。どうやら桜の木の根元を掘っていたらしい。
「桜の木の下には白骨死体が眠っていると噂であるだろう?それについて、ちと頼まれごとをしていてな」
「え、じゃあ……」
「ああ。確認していたのだ」
「……」
「……」
「……」
「なんだ、その生ぬるい眼差しは?」
色々とツッコミどころ満載だが、やはりこの人はどこかズレてるところがある。いわゆる天然な方なので自覚はないらしいのだが。
「ほう……その面は信じてないようだね?」
「ああ、入学式サボってこんなことしてる姉ちゃんがまず信じらんねえわ」
流石は綾人だ。真正面から正論で攻撃してくるわ。
「何、出席日数はもう足りている」
「そういう問題じゃ……、今日入学式だっつってんだろーが!!!」
そして流石はエイラ先輩。まともに対応する気がわずかにも感じられない。本当に海藤姉弟は仲がいいな。
「まぁ、冗談はさておき、この調査はあくまで依頼された対照用の被検体資料を集めていたに過ぎないのでな。入学式には2・3年は任意登校なのだよ。始業式ももう終わったのでな」
パンパンと白衣の汚れを軽くはたくとシャベルを内ポケット内にしまう。しかし不思議なことに、エイラ先輩のポケットというのは出し入れしてもポケットの厚みが変化しないのである。
いや、もうエイラ先輩なので……ということで皆割り切っているけど、何度見ても不思議でしょうがない未来の猫型ロボットも真っ青なポケットだ。
「ふむ、ではこちらの調査も済んだのでな。私もこれから登校するとでもしようか」
「そうだよウラハ君、もう大遅刻なんだから少しは急ごうよ!」
いやはや、まったく主旨を忘れていましたよ。
エイラ先輩のアクの濃さは俺らじゃ対処できないレベルだと再確認した俺たちであった、まる。
「しかし、今日は嫌な空気だな……」
「はあ?」
学校へと再び出発してから唐突にエイラ先輩が口を開いた。
「どういうことだよ姉ちゃん?」
「ふむ、今日は果てしなく運気が悪いんだ」
例のごとくまたそれか、と早くも呆れ顔の綾人。しかしエイラ先輩の顔はどことなくいつもと違い真剣みを帯びていた。
「……どういうことですか先輩?」
そんな姿が気になった。普段が自由奔放で何を考えているか分からないような人であるため、こういった普段じゃ見られない姿というのはいやに生々しさが感じられたのだ。
「いや、テレビや本のあれではなくてな……、私の直感、というか」
一言一言が煮え切らない感じでしゃべる。それはまるで何かを高速で計算しているかのように。
「なにかこう……絡みつくような、蜘蛛の糸のごとき些細な違和感が……な」
「んな気まぐれしょっちゅうだろ、姉ちゃん。んなこたーいいからさっさと行こうぜ!」
「ふむ……」
それでも生返事のエイラ先輩であった。
街中に入れば、もう学校への道のりは単純なものとなる。大道を抜けて街との境の辺りにウラハ達の通うこととなる学校が存在する。歩けば十分ほどの道のりであり、普段はこの辺りに放課後は学生がちらほらとたむろしている。
珍しいエイラ先輩の様子に辺りの空気は妙に重くなっていた。
「…………」
「…………」
だめだ、気まずくて話すタイミングが完全になくなってる……
「…………」
「……姉ちゃんもいつまでそんな辛気臭い顔してんだよ。今日はせっかくの入学式、もっと明るくしてこうぜ?」
こういう場面においても綾人は手馴れている。いや、もともとこういった辛気臭い場面が嫌いな性格だからもっともと言えばもっともなんだけど。でも、それでも流石は姉弟というだけあって、こういった雰囲気に関しても慣れた様子で対応している。
これが中学でも人望を集めた者の手腕か。そんなことを想う人望の少ない二人。
「ふむ、すまなかったな。いや、なにぶんあまり慣れない感覚だったものでな」
「いや、でも先輩の感はよく当たるからそんなに気にしないでくださいよ。それに悪い予感の正体はだいたいつかめていますし……」
「ほう、それはどういう?」
「俺も気になるぜ、ウラハ!」
思ったとおり食いついてきた。こういうところは似てるんだなぁ。蘭はもう気づいてるらしく、黙したままだが。
「簡単なことですよ。記念すべき最初の登校日に大遅刻。そりゃーもうその後の展開なんて鬼が出るか蛇が出るかの二択じゃないですか……」
「……なーんだ、そんなことかよウラハ!」
え?
「ふむ、相変わらず生真面目なんだなウラハ君は。まぁ、そこがかわいらしくもあるんだが」
「一言多いですよ先輩……!」
うむ、なめてました。ごめんなさい。この姉弟にこういった常識は希薄であったんだったな。言ったこっちが恥ずかしく思うくらいじゃないか。
「だが、そうは言うもののあまり遅すぎても感心は出来ないな。よし、そろそろペースでも上げようか」
「はい」
先輩の一声で気合が入る。今まで忘れていたが、今日が初登校日なんだ。なんだか今更になってまた緊張してきたなあ。
「……」
「なに服装整えてるんだよウラハ?」
くそう、学校が近づくにつれて緊張が強くなってきたじゃないか……
「そんなに強張らなくても、そんなにたいそうなものではないぞ、ウラハ君」
「そうだよ、前から口酸っぱくして言ってるのに、全然進歩しないんだから……」
すまない先輩、蘭。俺はそんな意識して緊張が解けるほど器用な男じゃないんです。だからとりあえず服の乱れとか確認することに集中しないと脂汗がとんでもないことになってしまうんです……
「…………♪」
「!?」
その時、ふと男性が自分を追い抜いた。自分たちが少し遅いくらいだったと思えるし、相手のスピードもそこまで早くも感じられない。いたって普通に歩いて追い抜いただけだ。
それに容姿も別になんの変哲もない、二十代前半の爽やかな青年だ。
早朝のトレーニングでもしていたのか、全身にスポーツ用らしきボディスーツを着ている。その姿も行動も一切普通。大きなバイオリンケースのような物を担いで入るものの、ただの通行人として処理できる人物である。なにかいいことがあったのか、どこか調子よさそうに軽快なリズムで進んでいた。
しかし、そんななかでも少し違和感を覚えた。それは何がおかしいとか、誰がへんだとか、そんなことではなくて。ただ、本当に些細なことなのだけれど、エイラ先輩の言っていたことに似た感覚。
「……臭い?」
「え、何か言ったウラハ君?」
本当に微かで、実際ただの気のせいだと言われたら納得してしまう程度の違和感なのだけれど。それでも脳裏に最悪の風景しかよぎらない『臭い』が一瞬感じられた。
しかしそれはどこから、どのような……
既になくなったその臭いを軽く探してみた。
「ん、何してるんだウラハ?」
ふと立ち止まって辺りをウロウロする心葉に3人が立ちどまる。
「……いや、なんでもない。行こっか」
少ない人並みではあったが、自分達を少し速い歩調で追い抜いた青年が何故か印象に残った。彼らからその臭いが漂っていたように、一瞬思えた。
「エイラ先輩……」
「ん、どうしたウラハ君。ついに溜めていた性欲に歯止めが利かなくなったか?」
あ、また後ろで蘭が鬼のような目で睨んでる。もはや気配だけで感知できますヨ。つうかエイラ先輩最近ちょっとそういう下ネタ多すぎです。
「いやその……」
「ふむ、違うのか。それは残念だ」
「先輩、あんまりウラハ君をからかわないでください!」
「ふむふむ、いやすまない。ウラハ君は君の獲物だったな。ハハハ」
蘭の眉間にしわが半端じゃない量できてるよ……。つうかこの兄弟はそろって蘭と相性良すぎだな。
「まぁ冗談はさておき、さっきの青年のことを言っているのかねウラハ君?」
「!?」
思わず顔を上げる。まさかそこまで的確に分かっていたとは思ってもいなかった。勘がいい人とは思っていたけど、まさかこれほどまで分かっているなんて、一種超人ではないかと思うほどの鋭さだ。
「誰のことだよ姉ちゃん?」
「誰か知り合いでもいたの、ウラハ君?」
やはり二人は気づいていない。それじゃやっぱり気づいたのは俺とエイラ先輩だけ……
「先輩……」
今までずっと半信半疑だった違和感が増幅する。同じ違和感を感じた先輩がいるだけで、その存在はオレの中で格段に信憑性を高めていた。
「ふむ、すまないがウラハ君。私はおそらく君が思っているほど敏感には感じていない」
「……え?」
すまなそうにこちらを見るエイラ先輩。その目は明らかに曇っている。
「言っただろう、今日の私は特に感が強いらしい。さっきの青年に追い越された時、かすかに嫌な予感が漂ったのだよ。生々しくも泥濁とした気配がな」
言い終わるとその場で立ち止まる。軽く眼鏡の位置を直し、一同に面と向き直った。
「またかよ姉ちゃん。いつまでその話題引っ張ってんだよ!」
「私がここまでつまらないことを引き伸ばすと本気で思っているのか、綾人?」
呆れ顔だった綾人顔から急激に熱が引く。それもそのはず、この手の空気をはらんだときのエイラは決まって嘘を言わない。普段からふざけた態度いる分だけ、そうでないときとのギャップが非常に明確なのだ。鋭い視線は綾人の視線を殺していた。真剣であり強靭な意志を内包するだけに、その視線の鋭さは野獣をも髣髴とさせる。
しかしそれでも納得は出来ない。いくらエイラの発言が正しくとも、あまりに抽象的過ぎる。いまだ真実だと実感できるだけの情報がないのだ。故に綾人も蘭も言葉を濁さざるを得ない。立ち止まった4人はいまだ険悪な空気に包まれる。
「……ウラハ君は何か感じたの?」
まずこの空気を打開するため、蘭が口を開いた。まず気になっていたことでもあり、ウラハの意見を聞きたかったと言うこともあるのだろう。
「うん、なんつうか一瞬血の臭いがしたんだよ」
「血か、んな臭いしてたか?」
「だから一瞬。ホントに微かだったけど、なんか一発で嫌なイメージを連想できるくらい濃密な感じがしたっつーか……」
うまく説明できないのがもどかしい。自分でも矛盾していること言っているのは分かってるのだが、どうしても言葉がのどにつっかえてしまう。
「ウラハ君は幼少のときより人より感覚が鋭敏だったからな、おそらくは本当に血油の臭気が染み付いていたのだろう」
「はい、多分……」
「でもその人どっかいったんでしょ?なら別に大丈夫だよウラハ君。私達は今日入学式があるだけなんだからさ。それに何も臭いがしてたって言ってもそういう職業の人なのかも知れないしさ」
確かに蘭の言うとおりだ。違和感を覚えたからと言ってなにか異変が起こったわけでもない。無用な心配だったのだろう。
「そうだよな。ちっと入学式ってことで俺緊張しすぎて調子が悪かっただけっぽいし」
「ったく、ウラハはいつもそうだよな~。ま、そこがお前らしさでもあるんだけどな」
再度一同の歩みが再会する。ただエイラ先輩だけが腑に落ちない顔をしていたが。
「しかし、もう開始時刻から30分の遅刻とは……ここまでくると笑っちまうな!」
「まったくだね」
談笑しながら学校へと向かう。ただそこには、いつもいるメンバーのうち一人が欠けているのだが。
「……ん!?」
学校へ向かうためビルの角を曲がった4人。しかしそこで異変に気がついた。
突然学校の非常サイレンが鳴り響いたのだ。
「はぁ!? なんだよ、今日って避難訓練とかあったのかよ?」
頭をかきながら呟く綾人。しかし防災訓練があるのならその隙にうまく潜り込めるな……などと考えていたが、その考えを即座にエイラが遮断した。
「違う、避難訓練など今日行うわけがないだろう!」
その一言に状況が理解出来ない中、エイラだけはいつもの調子が既に消えていた。明らかに動揺している。これには綾人も言葉に詰まってしまう。
「じ、じゃあなんだっつーんだよ?」
質問をしつつ一同は学校へと急いで向かう。
「訓練では校舎内だけベルを一時的に鳴らすだけだ。全ベルを鳴らし続けているということは、訓練ではないことが起こったということだ」
淡々と言葉をつむぐその口もとには余裕が見られない。それもそのはず、近づくにつれて臭ってくるその臭気は、先程ウラハが言っていたものと同じなのだから。
「ふむ、これは消防用のベルを鳴らした時のものだな。」
「先輩!一哉、あいつ多分学校にいると思います!」
「ああ分かっているよ。無駄に生真面目な一哉君のことだ、定時15分前には既に到着していただろう……」
この異様な状況下でもウラハとエイラは平常心を保っていた。最悪の状況を想定した上で戸惑いを表に出さない。それは、彼らの最後の親友が残されているから。
尾ヶ崎一哉、ウラハ達のグループのラストメンバーである。穏便で朗らかな優しい性格を持つも、大柄な体躯に加え生来の強面から周囲に友達がいなく、そんな中でウラハ達と出会い仲間となった。個性豊かなメンバーの中でもいつも笑顔で話を聞くような、そんな大人しくも明るい少年であった。
異常なことが起こっていることなど、その場に居合わせた者ならば即座に理解できたであろう。ならばすぐさま警察を呼ぶなり、ないしこの場から逃げ出すのが普通の考えである。間違っても現場に向かうなどと言う行為は出来ない。その行為が出来るようになるのはある程度事件がまとまった場合のみである。
だが彼らは逃げない。命の危険や身の安全を気にするほど彼らはまともではないから。
「くそ……くそ!」
焦りに耐え切れずぼやくことしか出来ない。ここまで来てやっと事態を飲み込めた己の愚鈍さに綾人は歯噛みする。全力で駆け抜けても一向にたどり着けないような錯覚。焦りばかりが身を焦がす。
「何が起きてんだよ……」
エイラの知能指数は高かった。それは平均的学生とは比べられないほどのもので、模試の成績でも全国で5位以下になったことが無いほどだ。いわゆる天才と呼ばれるもので、天才とは奇人変人であるものも少なくない。そういった意味ではエイラもそっちの類であった。
学力だけではなく様々な分野における知識を得ることが趣味であったエイラは、中学に入学するころには手に入る知識は大概得てしまっていた。
つまらん。
天才であるが故に全てが関心でしかない。勉強も、運動も、全て知識としてあるだけ。知らないものには興味がわく。しかし知ってしまえばなんてことはない。つまらないただのガラクタ。エイラにとってこの世界とは所詮経験を得るためだけの、何の味気も無いモノクロな世界であった。
しかし いつからであっただろうか、彼との出会いで彼女の世界に色が宿ったのは……
「……ふむ」
経験から好奇へと変わっていく思い。それまでとは大いに違う感覚に戸惑いすら覚えた自身がいた。
ならばこそ、己を変えてくれた彼らという存在がいかに大切であるかなど言うまでもないだろう。
誰も気づいてはいないが、彼女と同じ想いが彼らにもあるからこそ、今のこの関係が築けたのだろう……
つまらない記憶が脳裏を過ぎる。私らしくもないことだ。これを世に言う動揺というものであろうか……
「まぁ、そんなことはどうでもいい」
ビルの角を鋭く曲がる。そこから小さく校門が見え始めた。
「よしっ!やっと着いた……」
急速に速度を上げるウラハ。しかしその行く手を遮るようにエイラ先輩が立ちはだかる。
「な、何をするんですかエイラ先輩!」
「ふむ、逸る気持ちはおおいに解るぞウラハ君。だが、ここは目的を絞って行動するべきだ」
「目的……?」
そういうとおもむろに白衣のポケットから自分の携帯を出し、どこかにかけ始める。
「……はい。……の・・・学院です。……はい、お願いします」
「?」
「いや、すまない。遅ればせながらも警察にな。無いよりかはましだ」
まあ、来ても事をややこしくするだけだろうけどな……
学校は既にサイレンが鳴りやんでいる。まさしく死んだような静けさがあたりに充満していた。
静かだがかすかに風は流れており、その流れに乗って何か得体の知れない臭いが混ざってくる。まるで鮮烈な赤を想起させるような、不吉でおぞましい生臭さ。
ここからは直接は校庭が見えない。立地上、正門付近の辺は校舎に囲まれて校庭が見えない構造となっている。外から校庭を覗くとなると裏門の方角から、ないし裏門に近い東門から見ないと直接は見えない。
今心葉たちがいるのは正門と東門のある辺の角にあたるところである。
「では外周伝いに、西門から続く道にかけて探索していこうか」
「はぁ!?何言ってんだよ姉ちゃん!」
綾人は全く理解できなかった。まだ一哉が学校内に残っている可能性もあるのに学校に入ろうとしないなどという選択をとる姉の考えが。
「臭いでもおそらくは分かるであろうが、臭気は外部から風に乗ってきている。この生臭い臭気のなか、一哉君が万が一にも避難していないとは、それこそ考えられんな」
「うぐ……」
「ふむ、おそらくは利口な一哉君のことだ。なんとか入学式会場内……体育館から西門へ逃げ出せているとは思う。第一、まだ中にこの臭いを発生させた『原因』がいた場合も対処に困るからな。」
そういうと西門の方へからだを向け……
「それにまだ私の勘はそう悪くは告げていない。一哉君を追うと仮定した方が賢明だ」
その一言で全ては了承。無言で全員はまた走り出す。この状況下でのエイラのリーダーシップは天性の才と言うべきか、こういった時にこそ役に立つべき年長者のカリスマ性であった。
「西門からはおそらく街へ向かっているだろう。我々の到着なども考えると少々不明な点もあるが、とりあえず西門へ行って状況を確認してみよう」
そうして、一同は西門へ向けて走って行った。
「……くっ」
分かっていた。予期はしていた。だがそれでも驚愕は起こりえずにはいられなかった。
正門から西門へ向かうまでの直線上、左には柵で校内を隔てているが、内部が見えるようになっている。
正門から曲がり角付近までの間には駐車場が設けられている。そこでまず鮮血を見ることとなった。思っていた以上に赤く、黒い。血液以外にも様々な内容物が飛散している光景が車の陰に残っていた。
原形も残さない程にバラバラに、肉と骨と血と臓腑が大量に地面と駐車してあった車にこべり付いている。
その様子に動揺を隠せないでいるのは心葉と綾人。
綾人はその現実離れした光景に、必死に口を押さえている。それもそうだ。ホラーやスプラッタ系の映画を平然として観れるからと言って、実物を前にしても同じようにできることなどできないからだ。
ただの外的要因、間接的、直接的映像だからというだけでもない。現実で起こったという異常性が、彼の脳内のキャパシティを遥かにオーバーさせてしまった結果でもあるのだ。
だが、だからこそここで立ちどまれるはずがなかった。ただ走ることに専念しようとする。それしか彼には今できない。
歯を強く噛みしめるのは心葉である。
「……」
目を背けても眼球には鮮明にその赤が刻み込まれていく。
蘭の今まで過ごしてきた人生の幸福を全て塗りつぶすように広がるは、赤い紅い校舎の壁。垂れる液体。広がる水溜り。全て蘭の記憶を陵辱し蹂躙を続ける。
何より自分でも驚いたことはその落ち着き様であった。
血の赤を見ても、ばら撒かれた臓腑の臭気を嗅いでも不思議と精神は狂乱することなくいられる。恐怖という感情はこの身を支配していることは確かな事実。だがそれでもどこか客観的に見据える私がいた。
そんな自分が少し怖く思ったけど、そんなことに思考を巡らせる程の容量をつんでないので考えるのはやめ。今は一哉君を見つけることが先決だから。
だから無駄な考えは切捨てる。それに、私が考えなくてもきっとエイラ先輩が先のことまで考えてくれてるはずだから。
未だにこの状況が認められないでいるけれど、それでも冷静にあらなくては……
ウラハ君がいる限りは……
そして数分もかからないうちに西門にたどり着く。そこにはそれまであった血の痕跡は見られず、平日の学校のような無人の寂しさがただそこに佇んでいる。
「……そこまでのものか」
ふむ、一人もここまでたどり着けなかったと見るべきか、ここには被害が及ばなかったと見るべきか、それともここからは何人かは脱出できたと見るべきか。いや、考えるだけ空しいだけだな。
一帯にはなんら異常は見られなく、おかしな気配も感じられない。異様な静寂と、西門の向こうに広がっているであろう光景の負の予感しか残されていない。
「くそ、一哉のやつどこにもいねえじゃねえか……」
「ふむ、なんら逃走の痕跡も見られないとこから見てもここにはまだ来てはいないようだな」
あたりは静寂しかない。そう、一切の人為的音が聞こえないのだ。
本来入学式であるはずならば、すぐそばの体育館で行なわれているであろうなんらかのスピーチやなにかで外部にその音が漏れていてもおかしくはない。むしろそれが自然なほどである。
その自然がないことの不自然。この静寂は4人にプレッシャーを暗にかけていた。
「……どうしよう、一哉君どこにいったんだろう」
清姫が不安そうな声で両手を握る。彼らについて、綾人以外は友人が極端に限られているためにそのつながりはとても強い。特に閉鎖的な思考の強い清姫にとって、仲間という存在が何よりも大切であるのだ。よってこの不安は彼女の支えを揺るがしかねない大きな不安要素なのであった。
「大丈夫さ清姫。あいつはいざって時にやる男だ。きっと安全さ」
「ウラハ君……」
清姫を励ますウラハの言葉はえてして誰に放たれたものなのか。おそらくただの気休めに過ぎない一言は、自分自身を納得させるためのものだったのだろう。
しかしそれでも今の状況下ではそれすらも必要であった。
「ふむ、ウラハ君の言うとおりだ。何があったのか。いや、何が起こっているのかは知らないが、ここにいても危険なだけだ。ひとまずはここを離れよう。後のことは私たちの領分ではないからな」
そういってきびすを返す先輩。しかしその顔は未だ曇ったままだ。
まだ釈然としないままその場を離れようとしたそのときだった。
「…………な」
そこで4人は固唾を呑んだ。遠く正門の方から角を曲がって近づいてくる影が3つ。
「…………!」
徐々に距離は縮まり、そこに巨躯の男が走ってくるのが視界に入る。
4人はついに走り出す。まだ先は長く、顔もよく見えない。だが、その巨体に制服姿はそうそう二人といるものではなく、男もこちらに手を振ってかけてくる。
「……よっしゃ!」
誰とも知れず声が漏れた。その事実が綾人にはどうしようもなく嬉しいことで、さらに誰か他の生徒も二人助かっているのがうれしくてたまらなかったから。
「よかった……」
蘭も安堵に気持ちがゆるむ。
「…………」
しかしそれでもウラハには違和感があった。そう、純粋な嬉しさはもちろんある。だが、また『あの時』と同じ違和感を感じる……
「さて、急ぐとしよう」
今回はエイラ先輩も何か感じたわけではないのだろう。二人と同じくどこか安心した表情で迎えている。
しかし気づいたときには遅かった。
それが、俺にとって最初の悲劇であった。
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現代忍者風味殺戮バトル風味小説1-2です。
ぶっちゃけまだ全然序章です。
(追記)ちょっとずつ更新しました。