No.875725

星の海へ落ちるように、恋に落ちるおはなし

jerky_001さん

みぽりん誕生日記念に某所に投下したみほ杏SSです。
ハワイ時間ならセーフ!セーフ!…だよね?

2016-10-24 08:31:04 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:1675   閲覧ユーザー数:1627

「そう言えば、みぽりんの住んでるところって今日は電気止まっちゃうんだっけ。」

昼休み、沙織さんからの何気無い質問でわたしは今日の計画停電の事を思い出した。

先週始めにマンションの自室のポストに刺さっていた役場からのお知らせのチラシ。老朽化した電源設備交換作業に付き、10月23日の夜6時半から深夜3~5時の間、四つの区を跨いでの計画停電が行われると言う。

「でも、みほさんの誕生日とかぶってしまうなんて、タイミングが悪いですね。」

「大洗は学園艦としては古い艦だからこう言う不測の事態も仕方無いだろう。その分この後、戦車道のチームメイト皆で祝えば良い。」

そう、間の悪い事に今日この日は、私にとって十七回目の誕生日だった。去年の今ごろは、正直言って色々と辛かった時期でお祝いに興じる心の余裕も無かっただけに、今年は素直に誕生日を喜べると思っていた分、停電の件を知った時は内心、落胆を隠しきれなかった。

あんこうチーム一同始めチームメイトのみんなは、そんなわたしの為に停電の時間も配慮して、この後の戦車道の時間の一部を割いてまで誕生会を開いてくれるそうだ。その心遣いが嬉しくて、沈みがちだった気持ちがどれ程救われた事だろう。

「私、友達の生誕日を祝うだなんて多分小学生以来で、僭越ながら期待で胸が…あ、向こうから会長殿が…」

ひょっとするとわたしよりも浮き足立っているんじゃないかと言う様子のゆかりさんが、会話を途中で飲み込んで、談笑していた廊下の向かいから小走りで駆けてくる会長の姿を指差した。

示し合わせたわけでもないのに会長と会えた。わたしは思わず嬉しくなって、会長に向かって胸の前で控えめに手を振った。

会長はこちらの仕草に気付いて、だけど駆け足は緩めず手を振り返しながら、

「やっほー西住ちゃん。ごめんね今日は色々忙しくってさー午後の練習はみんなで始めといてー」

すれ違い様にそう言い残し、足早に去って行った。

「…珍しいですねぇ。いつもだったら真っ先に、西住殿に飛び付いて来るのに。」

「会長も、今夜の停電で色々調整しないといけない仕事が有るのかも知れませんね。」

…きっとそう。先に麻子さんも言った通りこの学園艦は古い。二度の廃校を乗り越えたと言っても、根本的な問題はまだ山積している。

だから、会長がこの一週間程学園で寝食を過ごして家には帰らず、その為にわたしは終業後も一人自宅で過ごし、その間わたしの誕生日について会長とお話しする時間が一度も無かったとしても、仕方が無い。会長は、わたし一人にかまけていられる程、小さな存在じゃ無いのだから。

…仕方が無いんだ。

 

***

 

「西住隊長!こっこれっ、私達からのプレゼントですっ!」

ウサギさんチームのメンバー達に背中を押された澤さんから、可愛らしいプリント柄の包装紙に包まれたプレゼントが差し出される。

わたしがそれを手に取ると、澤さんはチームメイトの輪の中に引っ込み、緊張がほどけた様子で黄色い歓声をきゃっきゃ、と上げていた。何だか微笑ましい。

午後の練習を早々に切り上げて始められたわたしの誕生日パーティーも既に粗方催しが終わり、今こうしてチームみんなからのプレゼントも手渡された。テーブルの上は色とりどりのプレゼントの包みで彩られて、極彩色の様相を呈している。

でも、その中にわたしが一番求めていた色彩の欠片は無かった。

「遅れて済まない!どうにか間に合ったようだな。」

傍らから聞き慣れた、僅かに圧の有る声色が響いてはっとなり、声の方を向く。

生徒会の河嶋先輩と小山先輩。その間を何時も定位置にしていた会長の姿は、そこには無かった。

「西住さん。これ、私からのプレゼントね。そっちは桃ちゃんから。」

私の視線の意図を察し、気遣ってくれたのか、小山先輩が歩み寄り、ギフトバッグを手渡してくれた。河嶋先輩も照れ臭そうに高価そうな装丁の化粧箱を携えている。

「それと、」

こっちが本題。と、言葉を付け加えると、小山先輩が鞄から何かを取り出した。

「これを、会長から預かって来たの。」

手渡されたのは、白無地の小さな洋封筒。大洗女子学園の校章をあしらった封止めが貼られたそれは、その飾り気の無さから見ても誕生日プレゼントと言う訳では無さそうだ。不可解に思いながら封止めに指を伸ばすと、先輩達が慌ててそれを制止した。

「待ってくれ西住。一つ言付けも預かっているんだ。」

「“その封筒は、家に帰ってから開けてくれ”…って。」

不可思議な伝言。不可解さを増す事態。わたしは率直に、会長は今何所に、と二人に訪ねる。河嶋先輩と小山先輩は、お互い一度視線を合わせた後、向き直って首を横に振る。

「済まないが会長は“まだまだ準備が残ってる”と言って外出したきりで、私たちも行き先は知らないんだ。」

「会長はここ数日、あちこち駆け回って方々に頭を下げて何かを準備しているみたいなんだけど、その内容は私達にも教えてくれないの。」

疑問の終着点にたどり着く為の唯一の当てが外れ、行き場を失った不安と寂しさが宙をさ迷った。そんなわたしの掌を両手で優しく包み込み、小山先輩が語りかける。

「…でもね、西住さん。会長とずっと一緒に過ごしてきた私達だからね、これだけは断言出来るの。」

握る手に僅かに力が込められ、わたしの瞳をまっすぐ見据えて、

「会長は絶対に、西住さんの誕生日を忘れてなんかいない。」

小山先輩の、しっかりと確信の籠った言葉。私なんかよりも遥かにずっと、会長のそばに寄り添い続けたからこそ、紡げることば。傍らの河嶋先輩も、小山先輩の言葉を後押しする様に深く頷く。

「だから西住も…あの人を信じてやってくれ。」

 

***

 

がちゃり。マンションの自室の扉を開ける。両手にはプレゼントで一杯の手提げ袋。本当はまだまだ持ちきれない程の量があったのだけど、何よりも会長からの封筒と伝言の事もあるし、停電前に家に帰れる様にとみんなが気を利かせて、残りの分は後で届けてくれるように手配してくれた。逸る気持ちは胸に秘め部屋に上がり、荷物はその場に。

ふと、窓の外に目を遣る。既に陽は沈みきり、停電を前に身構える町は普段より家々の灯りも疎らだ。何時もと同じ場所なのに、何処と無く少し違う世界の様。

…思いを巡らせ佇んでいる場合じゃ無い。照明が落ちる前に封筒の中身を確認しておこう。鞄に手を伸ばし封筒を手に取る。悪戯心で明かりに透かしてみたりもするが依然、中身は判る筈も無い。

会長がここの所ずっと家に帰る暇も無く飛び回っていたのも、それ故わたしの誕生日について一言も口にする事も話し合う暇も無かったのも、その答えがこの中に書いてあるのかもしれない。

期待と不安がない混ぜになりながら、意を決して封止めに爪を入れる。校章をあしらったそれが糊の糸を引きながらぺりり、と剥がれ、そこに収まっていたのは一切れの便箋。

彼女のしたためた想いを紐解く様に、折り畳まれた便箋を開いてゆく。

 

そこにはたった一言。

 

「屋上でまってる。」

 

***

 

微かに息を切らせ、階段をかけ上がる。

いい加減、焦らしに焦らされるのにも飽き飽きして来たのも有る。この先に、求めていた答えが待っていると言うのも有る。

でも、本当はもうそんな事はどうでも良いのかも知れない。

屋上で、会長がまってる。記された言葉に間違いが無いと、ただそれだけが予感として有った。

今すぐ会長に会いたい。理由はそれだけで良かった。屋上へと続くドアまで、あと五段、四段、二つ飛ばして、一段。ドアノブに手を伸ばすと、鍵の掛かった様子の無い扉は放たれ、屋上へ飛び出す。

 

「会長っ」

 

愛しい人が、そこには居た。

「まってた。西住ちゃん。」

屋上の手すりに片手を掛け、宵闇の中で尚主張する朱色のツインテールを風にはためかせた、いとしいひと。

息を整え、ゆっくりと会長の元に歩み寄り、正対する。

言いたい事は沢山有る。聞きたい事も山ほど有る。でも、何一つとして考えに纏まらずやがて、先に口を開いたのは会長の方だった。

「最初に謝らないといけないね、西住ちゃん…ここの所全然構ってあげられなくて、本当にごめん。」

…この人は、ずるい。本当にずるい。そんな風に頭を下げられたら、もうわたしからは何も言えなくなってしまう。

「でも、でもね西住ちゃん。どうしても、今日じゃなきゃダメだったんだ。今日のために準備しなきゃいけない事が、沢山有ったんだ。」

また、あの表情。はにかんだ様な困った様な、既に見慣れた会長の表情。体調を崩して、私に看病されている時の様な。あんこう鍋バーティーの席で、私に打ち明けたい事があるのにそれを誤魔化している時の様な。

…あの日わたしたちの前で、ずっと秘密にしていた戦車道を始めた理由を打ち明けた時の様な。

「…会長。」

不安に駆られ、会長の目を見つめる。強い意思と慈しみを湛えた瞳。わたしはまだ言葉を紡ぎ出せない。

会長は懐の携帯電話に表示された時刻に目線を落とすと、再び言葉を切り出す。

「もう、停電の時間だ。」

そう、言い終えた瞬間。

屋上から広がる町の景色に灯る光が、まるで波が引いていくかの様にさぁっ、と落ちて行く。

町並みの端の方、遥か彼方まで光が消え入り、町は、宵闇に包まれた。

心細ささえ感じる静寂の中。慣れない夜目の中で微かに見える会長の指が天を指し、一言。

 

「空を見て、西住ちゃん。」

 

…見上げた天球には、星々の海原が広がっていた。

 

「すごいでしょ?学園艦って普段海の上だし、標高がちょっとした山ぐらい有るから、町の灯りが消えるとこんな風に星が綺麗に見えるんだ。」

「…素敵。」

一面見渡す限り、星々の光が散りばめられ、夜の闇に爛々と瞬く。町の上空に突然現れた、山間の避暑地の夜空にも似た光景。その非現実的さに、思わず息を呑む。

「会長まさか、今日までこの為に…」

「いやー艦内スケジュールの届け出を見ていたら近々電源設備の保全作業があるのに目が止まって、はっ、と思い付いちゃってさー。」

わたしの誕生日に、星空をプレゼントする。たったそれだけの為に、今日まで。

「それから先は電設科やら、市役所やらに飛び回って口八丁手八丁でそれらしい理由をでっち上げて、それ以外に迷惑を掛ける関係各所にも頭を下げて、どうにか作業を今日に前倒しして貰ったんだよねぇ。」

自身の持てる権限を最大限駆使して、それでも足りない分は足で成果を稼いで。

…この人には、本当に叶わない。

自分の手にした権力を理解し、その扱い方を熟知し、その全てを、“だれか”の為に捧げる事を厭わない。

そんなどこまでも横暴で、どこまでも独善的で、どこまでも優しい、この人が。

わたしはどうしようも無い位、好きになってしまったんだ。

自然と会長の掌に腕を伸ばし、手を繋いでいた。

何と無しに、再び町の方に目を向ける。視界の端から端まで見渡す限り暗闇の、その彼方。艦橋の灯りと、船舶識別灯と、停電を免れた地区の灯りが地平線の向こうから僅かに照らし、夜空と町々との境目を浮かび上がらせる。

ここはまるで、光に縁取られぽっかりと空いた、暗闇の裂け目の様。

再び空を見上げる。

夜目に慣れてきたのか、先程にも増して自己主張を強めた星の光が、町の明かりに遮られる事無く瞳の中に映し出される。

「星降る夜なんて言うけど、正しく今にも星が落ちてきそうな光景だねぇ。」

違う。余りにも壮大で、神々しい光景にわたしは畏敬の念さえ抱きながら、会長とは違う感覚を抱いていた。

落ちて“行く”んだ、わたしたちが。暗闇の裂け目を通って、この星々の海原へ。光の水面へ。

「本当はね。」

声のトーンが打って変わる。

「星空を見せるだけなら、陸に上がって、何処か星の綺麗な所へ連れて行くのも良いかなと思ったんだけど。」

わたしたち二人にとって印象に残る想い出の光景。それは決まって、星空の下だった。だからこそ会長も、一度はそこに思い至ったのだろう。

「…でもね、やっぱりここで、じゃなきゃダメだったんだ。私達が守った、私の大切な学園で、西住ちゃんの心に、絶対に忘れられない星空の思い出を、刻み付けたかったんだ。」

愛しい想いで胸が一杯で、絞り出す言葉さえ枯れ果ててしまった。きっと、夜の闇の中で無かったなら、零れ落ちた涙の跡も見られていただろう。

繋いだ手に、力を込めた。会長もわたしに応えて、手を握り返してくれた。

 

「会長、わたし、絶対に忘れません、今日のこの瞬間を。忘れられるわけ、有りません。」

 

…この恋に落ちて行こう。この眩しくなるほどの星々の光へ、落ちて行く様に。

 

おわり

 


 
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