プロローグ
梅雨真っ盛りの六月。外はやっぱりあいにくの雨模様。
幻想学園にもクーラーはあるけれど、七月にならないとスイッチが入らない仕組みになっている。
生徒会室も当然のように蒸し暑く、じっとしているだけで体から汗が噴き出してきそう。
そんな悪条件の中で、これから幻想学園生徒会の初顔合わせが始まろうとしていた。
「あー、うっとおしい雨だなぁ。いつになったらお天道様が見られることやら」
窓辺に腰をかけて、雨の降る様子をぼーっと見ていた魔理沙が私に声をかける。
「今日は午後から晴れるって天気予報じゃ言ってたし、そのうち晴れるでしょ」
私は慧音先生から出された日本史の宿題を片づけつつ答えた。
慧音先生の宿題は資料を見ながらじゃないと出来ない問題が多いから、学校で片付けるに限るわね。
それにしても、なんで資料集や用語集ってこんなに重いのかしら? ほんと、持って帰りたくないものトップ三には入るわね。
「なあ、霊夢も会長になったんだから、このぐらいの雨を止めることぐらい簡単なことだろ」
「何バカなこと言っているのよ。そんなこと出来るわけないでしょ」
「いや、泣く子も黙る幻想学園の生徒会長様だぜ。このくらいのことわけないだろ」
そう。私は先日の生徒会選挙で幻想学園高等部の生徒会長になった。
まあ信任投票だったから、なれなかった方がおかしいのだけど……。
ともかく、私は魔理沙のいう『泣く子も黙る』生徒会長になった。
生徒の自主性を最大限尊重する幻想学園において、生徒会の力は絶大。
特にその生徒会のトップともなれば、中高一貫の幻想学園において知らない人はいないというほどの有名人になる。
生徒会の活動は行事の企画運営、各部活の予算編成と統括、校則の改廃の提言、より良い学校にするための教員との話し合いなど多岐に渡り、かつ権限が大きい。
しかも、生徒会に対する学園からの補助金は一切ない。その理由は、学園からお金をもらっちゃうと、いざという時に学園に丸めこまれる可能性があるというもの。
ただ、そのために生徒会が予算不足に陥ることもしばしば。
だから、行事の企画運営には出来る限りお金をかけないように、生徒会全員で知恵を絞らなくてはいけない。
「あなたねぇ、生徒会長は神様じゃないんだから無理なことだってあるわよ。予算編成だってままならないのに」
「だよなぁ。でも、あの人だったら出来てもおかしくないけどな。今、いきなり雨が上がって、あの人が『私がやったのよ』って言ったら、今でも『ああそうなのか』って納得しちまう気がするぜ」
魔理沙が言うあの人は、きっとあの人のことだろう。
私と魔理沙を小さい頃から見守っていてくれたあの人。
はちゃめちゃなことばっかりやるのに、なぜか多くの人から慕われていたあの人。
そして、私が生徒会に入るきっかけをくれたあの人。
「ん? どうした霊夢? 急に黙りこっくて」
いつの間にか魔理沙が私の目の前に座っていた。
「ん、少し昔のことを思い出していたのよ」
「昔っていうと……中等部の生徒会に入ったときのことか?」
相変わらず魔理沙は察しが良い。
もちろん、私と魔理沙が幼稚園時代からの付き合いだから、お互いに隠し事が出来ないってこともあるけど。
「そうよ。あの頃は何も分かっていなかったって、今さらながらに思ってさ」
私は当時の様子をはっきりと思い出した。
あの頃はともかく必死だったせいで周りが見えていなかった。今の私には、それがよく分かる。
だけど、それは今になって初めて分かることで、あの頃はそんなことに気づく余裕もなかったわね。
「最初はそんなもんだろ。それにしても、あれから三年か……早いな。まさに光陰矢のごとしってやつだぜ」
「あなたが正確なことわざを使うと、違和感があるわね」
私は素直に感心した。
魔理沙は頭は悪くないけど、かなりおっちょこちょいな面があるからね。
「茶化すなよ。それで、晴れてあの人と同じ立場になったわけだが、何か変わったこととか、思うことはあるのか?」
「まだないわよ。それに、私は一生かかってもあの人みたいにはなれないし」
そう、私にあの人のマネは絶対無理。
ただ、あの人みたいに生徒全員が幸せになれるような学園にしたいって、本気で考えている。
私にとってあの人は目標。でも、その目標に至るための道のりは、あの人とは全く違う物になると思う。
「そりゃそうだ。霊夢がああなったら、それこそ一大事だぜ。頭のネジでもぶっ飛んだんじゃないかと思うだろうし」
魔理沙がケラケラ笑いながら軽口を叩く。
「失礼ね。でも」
私は一度そこで言葉を区切って、自分がいま座っている会長席を撫でた。
私たちの教室にある机よりも古めかしい机。自然と丸くなった角や多くの傷が、この机が生徒会室に来てから長い年月が経っていることを示している。
歴代の生徒会長をずっと見守り続けてきた会長席。
そんな歴代会長の中にあの人も確かに存在する。
そして、これから私もその仲間入りをする。
「ここにあの人が座っていたのかと思うと、少し感慨深いものがあるのは事実よ」
あの人が三年前にここに初めて座った時は、どんな気持ちで座っていたのかしら。
今の私には想像するしかないけど、きっとこう思っていたわね。
『私が幻想学園を世界一楽しい学園にしてみせるわ!』って。
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