ほのちゃんの パン屋さん
街はずれに、ちっちゃな女の子、ほのちゃんのパン屋さんがありました。
小さなお店だけど、とてもおいしいパンが売ってあります。
いつも、お店はお客さんでいっぱいです。
いつも、お店はパンのいいにおいでいっぱいです。
ほのちゃんのおばあちゃんが作るパンは「しあわせのパン」といって、みん
な大好きでした。
ほのちゃんも、おばあちゃんのつくるパンが大好きでした。
ほのちゃんには、お父さんとお母さんがいません。
むかし、雨がふらなかった年に、食べ物がなくなり、いなくなってしまった
のです。
おばあちゃんは、ほのちゃんを家に引き取って育ててくれました。
おばあちゃんの家は、パンを焼くいいにおいでいっぱいでした。
ほのちゃんには、やさしいおばあちゃんがいてくれました。
だから、寂しくありませんでした。
いつも、おばあちゃんは、ほのちゃんを抱きしめてくれます。
おばあちゃんの「しあわせのパン」を食べて、ほのちゃんは、いつも元気い
っぱいでした。
おばあちゃんの「しあわせのパン」を食べると、こころまで暖かくなりまし
た。
ほのちゃんは、ニコニコ、しあわせでした。
でも、夕焼けは、きらいでした。
真っ赤になった夕日が、山のむこうへ、沈んでいきます。
そして、赤くそまった夕焼け空を、大きな瑠璃色のドラゴンが飛んでいきま
す。
ほのちゃんは、いつも、大きな瑠璃色のドラゴンを見ると、こわくなりまし
た。
ほのちゃんは、おばあちゃんにききました。
「あのドラゴンは、どうして飛んでいくの」
おばあちゃんは、少し寂しそうな顔をして答えました。
「ドラゴンはね。魂をあの世に運ぶために飛んでいくんだよ」
大きなつばさを広げて、瑠璃色のドラゴンがたかい空のうえを、西の空へと
とんでいきます。
真っ赤な大きな夕日が、沈んでゆきます。
その夕日に向かって、大きな瑠璃色のドラゴンがとんでいきました。
大きなつばさをはためかせ、大きな瑠璃色のドラゴンが、ゆっくり、ゆっく
りとんでいきました。
「おばあちゃん。わたしもパンが焼いてみたい」
次の日、ほのちゃんは、おばあちゃんにパンを焼かせてもらいました。
いつも、おぱあちゃんのお手伝いをしています。
パンの焼き方は知っています。
「ほのちゃん。ひとりでできるかな」
おばあちゃんがききました。
「ちゃんと、できるよ!」
ほのちゃんは大きな声で返事をしました。
小麦粉に塩水を加えます。
やさしくまぜます。
まぜ、まぜ。
生地に粘りが出てきたら、力を込めてこねます。
よいしょ、よいしょ。
ほのちゃんは、力を込めて生地をこねます。
いっしょうけんめい、生地をこねます。
おばあちゃんは、やさしく、ほのちゃんを見ていました。
寝かした生地が、ぷく~っと、ふくらみました。
ほのちゃんは、その生地を優しく型に入れて、焼きました。
パンの焼ける、いいにおいがしてきました。
「おばあちゃん。できた」
ほのちゃんは、大喜びです。
はじめて、ひとりでパンが焼けたのです。
おばあさんは、やさしくほほえんでいます。
「おいしいパンが焼けたか、たべてみるかい」
おばあちゃんはききました。
「たべる~」
ほのちゃんはわくわくしました。
おばあさんがパンを切ると、ほのちゃんに差し出しました。
ほのちゃん、パク。
パンを一口でほおばります。
おいしい!
でも、おばあちゃんのパンとは何かがちがいます。
「どうだい」
おばあちゃんが、優しくききました。
「うぅ~ん」
ほのちゃんは、考えこんで、しまいました。
おばあちゃんの「しあわせのパン」とは、何かがちがいます。
おばあちゃんの作っているとおりにつくったのに。
おばあちゃんの「しあわせのパン」とくらべると、何かが足りません。
おばあちゃんは、にこにこ笑っています。
「ほのちゃん。どうだい」
ほのちゃんは考えました。
いっしょうけんめい考えました。
でも、分かりません。
ほのちゃんは、お店のなかをぐるぐる歩き回りました。
窓の外には、にこにこお日様。
窓の外を、気持ちのいいお日様がてらしていました。
「そうだ。みんなにきいてみよう」
ほのちゃんは、まちにいくことにしました。
ほのちゃんは、バスケットに焼きたてのパンを詰め込むと、家を飛びだして
いきました。
町に着くと、ほのちゃんは、さっそくパンをくばってまわりました。
いつも、ほのちゃんのパン屋さんにきてくれる町の人たちは、よろこんでパ
ンを食べてくれました。
「ほのちゃん。おいしいよ」
「ひとりで焼いたのかい。すごいね」
みんな、ニコニコ笑顔です。
ほのちゃんは、うれしくなりました。
ほのちゃんは、次の家に向かって走って行きました。
すると、広場の泉のところにひとりの女の人が座っていました。
まちでは、見かけない人です。
マントをきて、荷物を背負っています。
ひと目で、旅の人だとわかりました。
疲れているのでしょう。
泉のそばに座りこんでいます。
ほのちゃんは、その女の人に近づきました。
その女の人はうつむいたまま座りこんでいます。
ほのちゃんが前にたっても顔を上げません。
「これをたべて。元気をだして」
ほのちゃんは、その女の人の手を、にぎりました。
そして、にぎったその手に、持ってきたパンをそっとにぎらせました。
その女の人は、はっと顔を上げました。
そして、手をみました。
ほのちゃんがパンを渡すために、にぎってくれた手。
「ありがとう」
その女の人は、ほのちゃんの渡してくれたパンを食べました。
「おいしい」
その女の人は笑顔になりました。
ほのちゃんは、とてもうれしくなりました。
自分のパンで、その女の人は笑顔になったのです。
「やっぱり、わたしのパンは、しあわせのパンだ」
そう思いました。
その女の人はいいました。
「わたしは長い間、ひとりで旅をしていたの。ずっと、ずっと、ひとりで。
でも、今日、あなたが、手を、にぎってくれた。パンをわたしてくれた。
とても、うれしかった。ありがとう」
その女の人は立ちあがりました。
「あなた、おなまえは」
「ほのちゃん」
ほのちゃんは、大きな声で返事をしました。
「わたしは、サリ」
サリは、きれいな女の人でした。
「ほのちゃん、その先に、わたしみたいな旅人が病気になって休んでいるの。
ほのちゃんのパンを、わたしてあげて」
「わかった」
ほのちゃんは元気に返事をしました。
サリにつれられて、ほのちゃんは街の外れの大きな木のところにいきまし
た。
そこにテントを張って、ひとりの男の旅人が横になっていました。
病気のせいで、顔は青白く、体はやせています。
「大丈夫?」
ほのちゃんが、声をかけました。
その病気の旅人は、うっすらと目を開けました。
ほのちゃんは、病気の旅人の手を、そっと、にぎりました。
「元気を出して。わたしのパンを食べて」
ほのちゃんは、にぎった病気の旅人の手に、そっと、持ってきたパンをにぎ
らせました。
「ありがとう」
病気の旅人は、なみだを流しました。
そして、ほのちゃんのわたしてくれたパンをたべました。
「おいしい。元気になるよ」
病気の旅人は、にぎってくれたほのちゃんの手を、握り返しました。
ほのちゃんは思いました。
「やっぱり、しあわせのパンは、人を元気にするんだ」
サリは、ほのちゃんにいいました。
「わたしたち旅人は、帰る場所が見つかるまで旅をつづけなければいけないの。
でも、もうこの人は歩けない。
だから、ほのちゃん、明日もまたパンを持ってきてあげて」
「わかった。かならず、持ってくるね」
ほのちゃんは、いっしょうけんめい、パンを焼こうと思いました。
病気の旅人が元気になるように、いっしょうけんめい、パンを焼こうと思い
ました。
ほのちゃんは家に帰ると、おばあちゃんに、今日のことを話しました。
おばあちゃんは、だまって話を聞いていました。
「それじゃ明日も、いっしょうけんめい、パンを焼かないといけないね」
おばあちゃんが言いました。
「おばあちゃん。明日もパンを焼かせて。どうしてもつくりたいの」
ほのちゃんが、おばあちゃんにいいいました。
「そうかい」
おばあちゃんが、うれしそうにうなずきました。
次の日も、ほのちゃんはパンを焼きました。
昨日と同じように、パンを焼きました。
でも、昨日とはちがいました。
ほのちゃんは、病気の旅人のことをおもって、いっしょうけんめい、パン生
地をこねます。
たべてくれる人のことをおもって、いっしょうけんめい、パンを作りまし
た。
たべてくれる人が、しあわせになるように、こころを込めていっしょうけん
めいパンを作りました。
そばでおばあさんが、うれしそうにみています。
おいしそうないいにおいを立てて、パンが焼き上がりました。
「おいしいパンが焼けたか、たべてみるかい」
おばあちゃんはききました。
「たべる!」
ほのちゃんが、元気に答えました。
ほのちゃんが、パンを一口食べました。
おいしい、やさしい香りが、口いっぱいに広がります。
食べると、こころまで暖かくなります。
食べると、元気いっぱいになります。
「あっ」
ほのちゃんは、気がつきました。
それは、おばあちゃんの「しあわせのパン」の味でした。
「おばあちゃん」
ほのちゃんは、おばあちゃんに顔をむけました。
「ほのちゃん。よく、頑張ったね」
おばあちゃんが、ほのちゃんをやさしく抱きしめてくれました。
ほのちゃんは、とてもうれしくなりました。
ほのちゃんは、焼き上がったしあわせのパンを持って、病気の旅人のところ
に、はしっていきました。
サリが、病気の旅人に付きそっていました。
はしってくるほのちゃんをみると、サリはそっと病気の旅人にいいました。
「ほのちゃんが、パンを持ってきたくれたわよ」
旅人は、うれしそうにわらいました。
でも、起き上がることはできませんでした。
ほのちゃんは、病気の旅人の手をにぎりました。
「元気になって。わたしのパンを食べて」
ほのちゃんは、つよく病気の旅人の手をにぎると、パンをにぎらせました。
病気の旅人は、うれしそうにわらっています。
「ほのちゃん。ありがとう」
うれしそうに、わらっています。
「ほのちゃん。ぼくはもうすぐ旅立つだろう。
でも、旅立ちのときに、ほのちゃんが手をにぎってくれている。
とても、あたたかい手で、手をにぎってくれている。
ぼくは暖かさにつつまれて、旅立つことができる。
本当にしあわせだ。ありがとう。本当に、ありがとう」
病気の旅人は、もうパンを食べることはできませんでした。
空から、大きなかげが舞い降りました。
大きなつばさを広げて、瑠璃色のドラゴンが、舞い降りました。
大きな瑠璃色のドラゴンが、ほのちゃんたちを見おろしています。
ドラゴンはいいました。
「こころ優しき少女よ。礼を言うぞ。
人は旅立ちのときに、みな悲しみにつつまれる。
この世に残していくもの、やり残したこと、やり遂げられなかったことに
思いをはせて、悲しみにつつまれる。
だが、この者は、しあわせにつつまれて旅立てる。それは本当に尊いことだ。
それを与えたのは、こころやさしき少女。おまえだ」
瑠璃色のドラゴンは、病気の旅人をその手に抱き上げました。
瑠璃色のドラゴンが、大きなつばさを広げました。
それをみて、サリがドラゴンにさけびました。
「大いなる冥界の渡し手、瑠璃色のドラゴンよ。
わたしたち旅人は、自分の帰る場所が見つかるまで、旅をつづけなくてはなら
ない。病気で倒れれば、居場所も見つからないまま消えなければならない。
けれど、ほのちゃんは、そんな私たちの手をにぎってくれた。
しあわせを感じさせてくれた。
だから、ほのちゃんにも、祝福を与えてください」
サリは、必死にさけびました。
大きな瑠璃色のドラゴンが見おろしています。
「我は、冥界の渡し手。祝福を与えてることはゆるされぬ。
だか、そなたたちの示した慈愛のこころに答えよう。
こころ優しき少女よ。そなたの両親を冥界に運んだのは、我だ。
そのときの、両親の言葉を、おまえにつたえよう」
空から、光が差しこむと、ほのちゃんの両親のこえが聞こえました。
「ほのちゃん。あなたに手をにぎってもらって、見送ってもらって、旅立てる。
本当にしあわせです。本当に、本当に、しあわせです。ありがとう。
だけど。ほのちゃん。ごめんね。ひとりにして。ごめんね」
大きなつばさをはためかせて、瑠璃色のドラゴンが空に舞い上がりました。
旅立つ旅人を抱えたまま、空に舞い上がりました。
ほのちゃんは、サリに抱きしめられて、はげしく泣きました。
ははげしく、はげしく泣きました。
大きな瑠璃色のドラゴンが、たかい空のうえを、西の空へと、ゆっくり、ゆ
っくり、とんでいきました。
次の日から、ほのちゃんは、おばあちゃんといっしょにパンを作りました。
食べてくれる人のしあわせを願って、いっしょうけんめい、いっしょうけん
めい、パンを作りました。
ほのちゃんのパン屋さんでは、ほのちゃんとおばあさんがつくる「しあわせ
のパン」が売ってあります。
お店はお客さんでいっぱいです。
「しあわせのパン」を食べて、みんなしあわせな気持ちになります。
「しあわせのパン」を食べて、みんなあたたかい気持ちになります。
みなさんも、ほのちゃんのパン屋さんに、行ってみませんか?
とっても、しあわせになりますよ。
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絵本風のみじかいお話、第2弾。
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