No.864118

同調率99%の少女(9)

lumisさん

艦娘の資格を有していた内田流留。しかし彼女はその現実を受け入れられないでいた。自分の日常を守るためにひとまず忘れることにしたが、忘れる努力をする前に艦娘どころではない事態に巻き込まれて、忘れることすら忘れてしまうほどの悪声狼藉の立場に立たされる。
 艦娘川内の資格があると判明した少女の、学園生活エピソードです。集団イジメをテーマにしています。本巻9巻最終話近くまで、艦これ・艦娘のかの字も出てこないほぼオリジナル小説状態です。

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2016-08-17 21:01:00 投稿 / 全17ページ    総閲覧数:568   閲覧ユーザー数:563

=== 9 艦娘部勧誘活動3 ===

 

--- 1 壊れ始める日常

 

 翌日以降、1年生の間では一つの出来事と噂が漂った。それは、内田流留が女子に人気の吉崎敬大に告白して、見事振られたという話である。

 流留が登校して教室に入ると、今までもよそよそしかった女子がさらによそよそしくなっているのに気がついた。その態度には、刺々しい視線による圧迫感もあった。しかし女子からの反応には慣れていた流留は大して気にもとめず、いつもどおり着席し授業の準備を整えたのち日課となっていた仲の良い男子生徒のところに行き朝の挨拶をする。

 

「おはよー。○○くん、○○くん、みんな。」

「え、あぁ……おはよう。」

「お、おはよう。」

 

 男子生徒もよそよそしくなっていた。挨拶を返した男子のうちの一人が、小さめの声で流留に訊いてきた。

「なぁ内田さん。敬大に告ったってマジなの?」

 

 その一言に流留は片方の眉を下げて激昂しかけ、逆に聞き返した。

「なに……それ。誰から聞いたの?」

「いや~、女子たちの間じゃもう話広まってるぜ。てかマジなの?」

 流留は頭を振る。

「そんなわけない!だって敬大くんの方から告ってきたんだもの。」

 

 つい、流留は喋ってしまった。この場に吉崎敬大がいない(クラスが違う)ことは幸いだと思ったが、それは逆に状況を悪化させてしまう結果となる。クラスの大半が流留の方に視線を向けてきた。わりと大きめの声で言ってしまったのでクラスの女子にも普通に聞こえてしまったのだ。そして流留の側に数人の女子が詰めかける。

「ちょっと内田。適当なこと言わないでよ。あなたが敬大くんに告白したの、私達知ってるんだからね。」と女子A。

「は?そっちこそ適当な事言わないでよ。当事者はあたしだったんだから。あたしが言うからにはこっちが本当の話よ。」

「ふ~ん。どのみち告白は本当だったんだ、その口ぶりからすると。」

「……!!」

 

 流留はしまったと思い苦々しい顔をした。その様子を見て別の女子生徒Bは攻勢をかける。

「否定しないところを見るとマジなんだね。」

 女子たちは顔を見合わせてクスクス笑ったりため息をついたりしている。

「敬大くんに告るなんてなんてことしてくれたのよ。私達は敬大くんに迷惑がかからないように適度に距離を保って彼に接するようみんなで取り決めてきたのに、あんたが告ったせいで私達の均衡壊れるじゃないの。どうしてくれるのよ!」

「んなこと知らないって!あんたたちが勝手に決めたことでしょ。あたしには関係ないしファンクラブごっこならよそでやってよ。」

 手でシッシと払って女子生徒AとBの攻勢を手荒くあしらう流留。だが女子生徒たちも負けてはいない。別のことも持ちだして流留をやり込めようとしてきた。

 

「敬大くんもそうだけど、Cくんとベタベタするのもアレでしょ?あんた実は私達の友達の想いを知っててやってるでしょ? CくんやDくんを好きって子の気持ちを弄ぶためにわざと男子とつるんでるんだ。」と女子A。

「あんた恋愛に興味ないふりして男子に近づいて色んな男子をひっかけてるでしょ。確かに内田さん、あんたルックスいいし男子から多少は人気あるのは認めるけど、そういう色仕掛けめいたことして色んな人の気持ちを弄んでかき乱すの、正直言ってうざいのよ。何時の時代の性悪気取りなのよ、え?」

 別の女子生徒も加わってきた。

 

 その後他の女子生徒からも堰を切ったように今まで流留に感じてきた気持ちが飛び出して流留にぶつけられていく。どれもこれも流留にとっては嘘っぱち、尾ひれがついた出元の分からない内容でしかなかったが、彼女らにとって自分らの和を乱す悪と認識したものには必要十分な口撃材料だった。

 

 

 チャイムが鳴る。流留のクラスの担任が前の扉から入ってきた。国語の担任の教師である。教室の後ろからは副担任である阿賀奈が入ってきてホームルームが始まった。

「はいはい。ホームルーム始めるぞー。おいそこ!おしゃべりはやめて早く席に着きなさい。四ツ原先生、彼女らを座らせて下さい。」

「はぁい。ホラホラ、あなたたち早く席に座りなさい。」

 

 先生が来たために女子生徒たちは流留への口撃を一旦ストップさせる。何人かは舌打ちをして自身の席へと戻っていく。流留も気分がムシャクシャするが、授業が始まるのでイライラを我慢して着席するために自席に戻った。

 

 

((これだから!!女子同士の交流は嫌なのよ!どいつもこいつも誰が好きだとか誰ちゃんのためにとかお友達ごっこして。みんな自分勝手。))

 

 方向性は違えど、実際自分勝手さに関してみれば彼女も人のこと言えた義理ではないが、他人に猜疑と嫌悪の念を抱いているうちは自分のことは棚に上げて気づかないのが人の常。彼女も同じだった。

 

 

--

 

 

 途中の休み時間の間、いたたまれなくなった流留は教室を出て適当に他クラスの男子生徒と話そうとするが、尾ひれがついた噂はすでに他クラスにも及び、今まで流留に接していた男子生徒は面と向かって拒絶する男子生徒はいなかったが、理由を付けてその場を離れる者がほとんどであった。彼らは女子から手厳しく注意を受け、流留を見捨てる態度を取り始めた。

 

 1年の大半の女子が、同性と仲良くせず男子生徒とばかり仲良くする変わりものの美少女、内田流留に対してよろしくない感情を持っていたことが、この数時間で衆目にさらされた結果となった。この話は、一部の生徒を伝って上級生の一部の耳にも入っていった。それは那美恵たちも知ることとなる。

 

 流留は当事者の吉崎敬大に話をして誤解を解いてもらおうとしたが、午前中のすべての休み時間に彼はおらず、また彼のクラスの女子にあしらわれて話すことかなわずにお昼を迎えた。

 

 さすがの流留も普段仲良く接している男子生徒の空気の違いを感じ取ったのか、その日は一人で昼食を取ることにした。

 

 

 

--- 2 生徒会の反応

 

「ねぇ、なみえ聞いた?内田さんの話。」

「うん。今朝来たらもうその話題で周り持ちきりだったもん。びっくりしたよ~。」

 那美恵と三千花は自身の、2年生の教室で話していた。途中で二人と仲の良い女子が那美恵の席に近寄り、その話に加わる。

「1年の吉崎くんって確かにカッコいいし人気あるらしいから、告りたくなるのも無理ないよね~。でも1年の間じゃ告白はしないさせないっていうのが不文律だって聞いたよ。内田って子も可哀想に。振られた上にそれ破ったからこの有り様じゃあ仕方ないよね。」

 その後も噂を聞いてきた那美恵のクラスメートが様々な話を那美恵と三千花に語りかける。二人はそれにうんうんと頷いて話と雰囲気を合わせて話を聞いてはいたが、内心は別の感情を抱いていた。

 

 

--

 

 お昼休み、弁当を持ち生徒会室へ行って二人で食べる那美恵と三千花。真っ先に飛び出た話はやはり内田流留のことだった。

 

「内田さんのこと、すんごいことになってるねぇ。」と那美恵。

「休み時間を経るたびに話の内容が膨れ上がってるのはビックリね。あそこまで尾ひれがつくって言葉がぴったりな状況も見事すぎてなにも言えないわ。」

 うわさ話が嫌いな三千花は表情をわざと苦々しくして言った。それになみえは相槌を打つ。

「うんうん、ここまで来ると清々しささえあるよね~」

 

 昼食の弁当を口に運びながら三千花が問いかける。

「そもそもおかしくない?彼女、昨日は視聴覚室に艦娘の展示見に来たわよね。吉崎って男子生徒に告白する時間なくない?」

「視聴覚室に来る前に何かあったんでしょ~。そんな素振り全く見せなかったけど、もしかして告白があったから少し気持ちが落ち着かなかったのかも。」

 

 那美恵が昨日のことを思い出して彼女の気持ちを推し量る。その言葉に三千花も頷いて那美恵の想像を補完した。

「確かに。彼女ほとんど上の空だったもの。あの時はてっきり艦娘のことに驚きすぎてああなったのかと思ったわ。」

「うんうん。あ! もしそうだったのならみっちゃん、昨日のあたしへの言葉謝ってよー!」

「え?いやーそれは……。でも一般の人がいきなり資格あるって言われて迫られたらああなるのは明白じゃないの?あれはあれで正しい注意だと思ってるから私は謝らないわよ。なみえも少しは反省なさい。」

「ぐぬぬ。また泣くぞ~」

 那美恵はおどけて泣いてみたが、三千花はまったく動じなかったのでおとなしく箸を進めた。三千花はそんな那美恵の様子なぞ意に介さず自分が気になったことを彼女に訊いてみた。

「ねぇ、内田さんの告白、あれどう思う?」

「どうって……告白自体はしたか、あるいはないけどそれに勘違いされることがあったというのが想像かなぁ。」

「私もそう思う。どのみち当事者の内田さんと吉崎って人は晒し者になってるんだから可哀想よね。」

「まぁね~。でもあたし達が何かして解決できる問題でもないし、関わらないほうがいいとは思う。」

「そこはなみえも貫き通すのね。」

 

「うん。だってさ、いくら内田さんが艦娘になれる人だからって同情して彼女を助けるために首を突っ込んだらさ、少なくともあたしだと、生徒会長が関わってきた!何かあるのか!って余計にこじれそうじゃない?」

「確かに。なみえじゃ影響力でかすぎだわ。個人で関わったって言っても多分人はそうは思わないでしょうね。」

「うんうん。それに艦娘のことと彼女のプライベートのことはまったく関係ないし、返事は保留って言ってきた以上はあたしは事を見守ることしかできないかな。これは内田さんの問題だしね。」

 

「……本音は?」

「噂に悩んで弱ってる彼女に手を差し伸べてつけこんで惚れさせてチョメチョm」

 那美恵が言い終わる前に三千花は彼女のおでこをペシリと叩いて不穏な案をストップさせた。

 

 

--

 

 しばらくすると生徒会室に別の生徒が入ってきた。書記の三戸と和子だ。那美恵が二人の表情を見る限りは、二人も内田流留のうわさ話を聞いてやってきた口であったのは明白であった。

 

「会長!副会長!内田さんのこともう耳にしてますか?」

 入ってくるなり二人の姿を見た三戸が口から発した。

「うん。2年の間でももう広がっちゃってるよ。」

「内田さんって、やっぱり昨日の内田さんのことですよね?」

 和子も心配そうに確認してくる。

 

「で、どうします?」

「うん?どうするってどーいうこと?」

 三戸が那美恵に確認するが、その意図はまったく伝わっていない。普段察しがいい那美恵でも三戸の言いたいことがわかっていない様子だった。那美恵の呆けた顔を見て、改めて説明を加える三戸。

 

「内田さんをどうにかして助けるんっすよね?」

 そういうと三戸は期待の眼差しで那美恵に視線を送る。が、那美恵の発した言葉は三戸の期待をひとまず裏切るものだった。

「ううん。助けないよ。だってあたしたちには関係ないし。」

 

 三戸は那美恵の言葉を聞いた途端に長テーブルにのしかかるように強めに手を置いて那美恵に反論した。

「!! え……何言ってんすか会長? 十分関係あるっしょ? だって艦娘になれる人なんっすよ!?」

「三戸くん、落ち着こ。」

「いやいや!会長が望んだ人じゃないっすか!なんで助けないんっすか!?」

 三戸の言葉には三千花が反論した。

 

「三戸君。落ち着きなさい。」

「そうです三戸君。これは私でもわかることですよ?」

三千花と和子になだめられてようやく落ち着く気になった三戸。軽く深呼吸をした。その様子を見て三千花は改めて反論する。

 

 

「なみえも私も実のところ、なんとかしてあげたいの。だけどね、なみえはもちろん私ですら仮に動いて彼女を助けたとなったら、ものすごく目立つのよ。個人で動いたつもりでも生徒会が動いたと思われてしまうの。わかるでしょ?」

 三千花の言葉を受けて和子も自身が想定していた考えを述べる。

「一個人の私情に生徒会が関わったと思われたら問題が多いですね。それでなくても私達はまだ内田さんとは同調率という点でしか繋がりがありませんし。傍から見たら無関係なのになんで生徒会が?と変に思われてしまいます。」

 

 三戸は理解は出来たが納得いかない。苦々しい表情にそれがハッキリ現れている。

「でも……俺は、会長と内田さんを俺の手でつなぎとめてあげたいんっす。せっかく見つけた艦娘仲間になれる人なんだし、彼女が困っているのをここで見捨てたら、彼女学校に居づらくなってクラスの雰囲気だって悪くなるままだろうし、それになにより会長の望みが叶わなくなるのが俺自身つらいんっすよ。せっかくここまで関わったんだし。」

 

「三戸くん……ありがとう。でもそこまで君が責任感じてしまうこと、ないんだよ?」

 那美恵は優しい口調で三戸をささやきかける。彼は那美恵がお願いした内田流留への勧誘、それを通した繋がりの構築に責任を感じていた。その責任感の前では、那美恵の優しい言葉でさえそれほど意味をなさなかった。那美恵は気づいたが、三戸をいたわらずにはいられなかった。

 いたわりつつも、那美恵は三戸を諭す。

「内田さんのことはね、きっと君もわかってるだろうけど彼女自身の問題なんだよ。だから彼女が決着をつけるべき問題。それにまだ昨日の今日で半日なんだし、当事者同士の動きを様子見たほうがいいと思うな。」

 那美恵の言葉を聞いて三戸は落ち着きを取り戻していく。

「わかったっす。もうちょっと周りの様子を見ます。」

「うんうん。そーして。……で本音は?」

 

「内田さんが困っているところに手を差し伸べて弱みに付け込んで恩を売って艦娘になってもらって会長に喜んでもらいたいっす。」

 三戸の発した言葉を耳にした3人は1~2秒してからプッと吹き出した。真っ先に吹き出したのは、珍しいことに三千花だった。

 

「フッ……!なにそれ三戸君!?アハハ~誰かさんとほとんどまったく同じこと考えてる~!」

 三千花はそう言いながら那美恵のほうを向いた。見られた那美恵は

「ギクリ」

 と口から擬音を発しながら引きつった顔をした。

 

「いや~あんたら気が合うわね。良いコンビになりそうだわ~」

 誰が、とは口にせず、那美恵と三戸を交互に見ながら三千花はツッコミを入れる。

「みっちゃ~ん?」軽いしかめっ面になって那美恵は唸る。

「アハハ。ゴメンゴメン。それよりなみえ。せっかくだからなんか案出してあげたら?」

 

 三千花の促しに那美恵は深くため息をつく。素の行為ではなくわざとらしいオーバーリアクションなのは誰の目にも明らかだった。

「はぁ~……。ま、いいけどさ。でもこれは内田さんのプライベートの話だから、あくまでもってことでお願いね。」

 那美恵のもったいぶらせた発言に三戸は表情を明るして反応する。

「え?え? なんすか?何かいいアイデアが!?」

「アイデアというか、あたしたちは表立って動くべきではないから、二人にはそれとなーく情報収集をお願いしたいってこと。」

「俺や」「私がですか?」

三戸と和子は声を揃えて聞き返した。

 

「うん。でも……二人を監察方みたいに使うようで申しわけないなぁって気が引けちゃってさ。」

 那美恵が心配するのは、二人を使いっ走りか完全な部下であるかのように扱ってしまうことだった。

「なぁんだ。そんなことっすか。」

「会長、そんなの今更ですよ。私達は次の生徒会を継がなくちゃいけないんですから、どんどん指示してもらってよいと思います。」

「三戸くん……わこちゃん……。」

 

 那美恵は書記の二人が少しだけ頼もしく思えた。

 

 

--

 

 気を取り直して、那美恵は二人に自身の考えを打ち明ける。

「まだ半日だし、さっきも言ったけど当事者たちの対応を待つのが先というか当たり前。その上で、三戸くんとわこちゃんには、男子と女子の視点とグループというか集団の中での内田さんと吉崎って人の情報を集めて。生徒会が探ってるって思われると今後やりづらくなるだろうから、二人の交友関係の範囲内でいいからね。まずは情報集め。2~3日したら教えて。」

「「はい。」」

 

 那美恵は三戸にはもう一つ指示する。

「三戸くんは内田さんとそれなりに仲良いって言ってたから、場合によってはガツンとアタックして直接聞き出しちゃってもいいと思う。」

「あ、でも会長。内田さんと仲良い1年の男子たちには、内田さんとは距離を置けって女子から脅し的なお願いされてるんっすよ。女子もそうなんだよね、毛内さん?」

「うん。そういえばそう。私も他の子から言われたけど、適当な返事して流しておきました。」

 三戸と和子の回りにも、流留を無視しろ・敵対しろという女子間の連絡が回ってきており、着実に内田流留包囲網は広まりつつあるのだ。

「めんどくさいわね。小中学生じゃないんだから……。」

 眉間を抑えて1年女子の対応に呆れる三千花。

「まー、全員そんなお願い聞くわけじゃないっすからね。俺は元からそんなの無視するつもりでした。」

 三戸の言葉に和子も頷く。

 

「じゃあこれが最後。この情報収集は、あくまでも三戸くんとわこちゃんが勝手にやってるってことにして。これを念頭に置いて立ちまわってね。」

「「はい。分かりました。」」

 

 内田流留のプライベートの問題に、生徒会が裏で解決の支援を試みる計画が動き出そうとしていた。

 

--- 3 追い詰められる少女

 

 

 流留はお昼休み中にも吉崎敬大を探したが見当たらず、誰にも頼ることができなくなっていた。あてもなく校内を歩く彼女の姿は、1年女子の間では、代わりの男子を探して歩いてると悪言をつかれてしまう始末。仕方なく吉崎敬大のメッセンジャーサービスのアカウント宛にメッセージを残すことにした。

 

 午後の授業が過ぎ、途中の休み時間。流留は携帯電話をチェックすると、吉崎敬大から返信があった。

「大変なことになっててゴメン。誤解解くのは無理そう。」

流留は返信する。

「敬大くんの言うことなら聞くんじゃないの?なんとかしてよ。」

すぐに返信が来た。

「ムリムリ。俺が話しても聞く耳持たん女子ばっか。何もかも都合の良いように取られてる。しかも午前中は女子から呼び出されて告白受けまくっててうぜーことになってる。ヘトヘト(~O~;)」

「そう。女子の間じゃ敬大くんへの告りに不文律があるらしいからそっちはしばらくすれば落ち着くんじゃない?」

「マジか。そっちは?」

「午前中までのとおり。女子の間のいじめって、男子のより陰湿なのね~。あたしじゃなかったら大変なことになってたよ。あたしはこういうの慣れてるからいいけどさ。」

「ゴメン。用事できた。まああとd」

 

 敬大からのメッセージは途中で途切れ、メッセンジャー内での会話は中断した。

 

((まあ、人のうわさなんて2~3日ほうっておきゃ収まるか。中学の頃の似たような問題あったときもすぐ収まったし。ここであたしが慌てて何かしすぎたら余計長引かせるだけだし。))

 流留は過去似た経験をしていたが、持ち前の豪胆さで切り抜けていた。

 

 

--

 

 放課後になった。流留は携帯電話を見ると、メッセンジャーに敬大からメッセージがあったのに気づく。

「放課後、B棟校舎の屋上入り口で待ってる。」

 それを見た流留は早速行ってみることにした。

 

 

 そこでは敬大が物陰に隠れるように待っていた。

「何……してるの?」

 少々情けない様子の彼を見て流留は聞いた。流留の声を聞いて吉崎敬大は顔を上げて確認した後立ち上がり、辺りを見回す。

「いやさ。朝から俺って見ると告りにくる女子ばっかで大変だったんだよ。今も女子の目をかいくぐってやっと一人になれたんだよ。」

「人気者は大変なんだね。」

「うっせぇ。まー、女子にそんな不文律があったなんて知らなかったし、俺が撒いた種だから自業自得なんだけどさ。」

 ほとんど同時に二人はクスクスと笑い出した。

 

 二人は状況を確認し合った。

「俺はもう一度みんなに話して誤解を解いてみようと思うんだ。その時はさ、ながるんにも一緒にいてほしいんだ。」

「あたしが一緒にいたら……まずくない?」

「それはどうなるかわからないけど、一人より二人のほうが説得力はありそうだろ?」

 

 敬大の案を聞いてうーんと唸り考えこむ流留。それよりもと流留は提案し返してみた。

「それよりもさ、この話、誰かがわざと漏らしたと思わない?そいつを探し出すべきだと思うな。」

「もしかして、あの時の足音の主か!?」

「うん。そうそう。」

 

「それは無理じゃね?証拠も何もないし。」

 言いながら敬大は立ち上がる。手を腰に当てて俯いて流留に視線を向けたのち、苦々しい顔をして言葉を続ける。

「とはいえ足音の主が事実を曲げて広めたのは十中八九確かだろうな。けど噂がここまで広まった今、大元のそいつを探しだして懲らしめても解決しきれない気がする。くやしいけどそいつはもう放っておいて誤解を解いて回ったほうが俺はいいと思う。」

 

 流留は彼を見上げていて首が痛くなったのか、自身も腰をあげて膝立ちになり、すぐに立ち上がって階段の手すりによりかかる。

 

「……結論がでないね。」

「あぁ。」

 

「あたしはさ、もういっそのことこの話題は無視して放っておいたほうがいいと思う。騒いだら騒いだだけ逆効果。敬大くんは……人気があるし普段通りしていればそれでもう問題なくなると思う。」

「そういうもんかな?」

「そういうもんよ。」

「でもながるんは?」

「あたし?あたしも基本は無視するからいい。こういうの慣れてるし。」

 流留のその一言に敬大は一抹の不安を覚えたが、流留の性格は理解していたつもりなのでそれ以上気にしないように感情を抑えた。

 

「ゴメンな、ながるん。俺が告白したせいでこんなことになって。」

「いいって、もう。」

「さすがにこんなことになって、ながるんに迷惑かけてまで付き合ってもらいたいとは思わない。」

「……。」

「少なくとも、高校にいる間は俺はもうながるんに迫ったりはしない。俺は本気で好きだから、これ以上迷惑をかけたくないんだ。」

「敬大くん……あたしは前も言ったけど、君の気持ちには答えられないから、そうしてくれると助かる。」

 敬大の言葉を額面通りに受け取る流留。その言い方を目の当たりにして敬大は口を開きかけたが、すぐに閉じ、その小さな動きを流留に悟られないようにした。

 その日は結局二人とも確たる対応策は出ずにいたため、ひとまず噂話しには無理を決め込むようにした。

 

 

--

 

 一方の那美恵たちはというと、流留のことも気にはなるが表立って気にかけるわけにはいかないため、その日もいつもどおり放課後に艦娘の展示を行なった。

 前日よりは少なかったがそれでも6~7人来る盛況さであった。同調は、流留が合格したとはいえもしかすると他にも同調できる生徒がいるかもしれない。可能性は多いに越したことはないということで希望者に同調を試してもらったのだ。

 

 結果、2人試して2人とも不合格。

 その内の一人は、前日も試した女子生徒であった。その生徒は前髪が長く、後ろは長い髪を雑に縛っただけの、お世辞にもオシャレとはいえない、オドオドした態度でメガネを掛けた少女であった。いかにも目立ちたくないですといった風貌で、那美恵はひと目で気づいていた。

 

「あれ?あなた、確か昨日も試しに来たよね?」

「!! あ……はい。すみません。」

「ううん。いいよいいよ。でも結果は同じだと思うよ? それでもいい?」

「あ、ええと……はい。試したいんです。」

 

 自信なさげな様子でその少女は那美恵に頼んで食い下がる。頭をポリポリと掻きながら那美恵はそれに承諾し、彼女に川内の艤装を試させた。

 結果は32.18%と、不合格であった。その結果を受け、しょんぼりと(那美恵にはそう見えた)帰っていくその少女。

 

「あ、名前聞くの忘れた。ま、いっか。」

 2回試しに来たその少女のことを、那美恵はそれ以上は気に留めなかった。

 

--

 

 翌日・翌々日にもなると、先の話としての噂の拡大自体は収まっており、流留に対する扱いは1年女子の間ではほぼ確立されていた。男子の方はというと、多数の女子と1人の女子どちらを敵に回すかを天秤にかけろと暗に女子達から迫られ、情けないことに大半の男子がその判断を決めていた。そしてその決断は吉崎敬大にも及んでいたが、敬大はあくまでも誤解を解くために反発する。しかし女子の捉え方は変わらない。

 

 登校してきて日課である同じクラスの仲の良い男子に朝の挨拶をするも、誰も挨拶を彼女に返さなかったその態度に流留はイラッとした。そして周りを見渡すと、離れたところにいるクラスの女子(の集まりのいくつか)が笑いをこらえている。無視をした男子はものすごく気まずそうに極力視線を流留に向けないよう努めて男同士で話を続けるフリをしている。

 

 流留は、彼らが自身に対して怖がっているわけではなさそうということをなんとなく察していた。が、察したところで流留は言わずにはいられなかった。

「あのさぁ……。Aくん、Bくん。そんなビクビクしないでさ、挨拶くらい返してよ。そーいうの見ててイライラするんだよね。」

「あ、あぁおはよ、内田さん。」

「ちょっと話してて気がつくの遅れたわ。おはよう。」

 

 流留を無視しきれない男子生徒は一応反応を返す。直接的な怖さは、気の強い性格の流留のほうが上だからだ。そういう態度は他の男子も同様だった。皆が女子との不和を望まない選択をしたためである。どこにもぶつけようがないもどかしさを感じたままひとまず挨拶は終わりとし、流留は黙って自席に着き授業の開始を待つことにした。

 集団イジメとなりつつあるこの空気は、静かに校内を侵食し続ける。

 

 

--

 

 休み時間数回、ある写真がこの時代の若者に人気のSNS内で出回っていることが判明した。出回った範囲は、流留のいる高校の生徒間の範囲だ。

 流留はそのSNSを、仲の良い男子生徒とつながるために少しは使っていたが、その写真は回ってこず、目の当たりにすることはなかったので別のクラスの男子生徒から言われて気がついた。ある休み時間中、流留は他の女子の視線や陰口はまったく気にせずいつもどおり別のクラスの男子生徒と雑談しようと足を運んだ。

 その教室に入って男子生徒に近づくやいなや、男子たちは慌てて流留の側に行き彼女を一旦教室から外に出し、廊下で小声で話しかけた。

 

「内田さん、あの写真気づいてる?」

「は? あの写真って何?」

「やっぱ知らないのか……。ながるんと敬大の写真が○○内で出回ってるんだよ。」

別の男子生徒は額を少し掻いて状況説明を補完する。

 

「これだよ、これ。」

 

 そういってその男子生徒から流留は写真を見せてもらった。その写真は複数あるがいずれも、先日吉崎敬大と流留が屋上入り口で話していたときの写真だった。共有された文章にはこう書かれていた。

 

「振られた内田流留がまーた敬大に迫ってる~!土下座かよ~」

「敬大くんその日何度目の女子からの告白なんだろー?最後がこいつって敬大くんもかわいそ~敬大くんにマジ同情(ToT)」

ひどい文章や別の写真のアングルとなると

「迫ったあげくにフェ○かよ!?なんなのこの女!頭おかしいんじゃないの!?」

「実は流留に近寄った男子全員色仕掛けされてたりww この淫乱女に」

「さすがにフェ○はないっしょww みんなエロフィルターかけて見過ぎwww 単に抱きつこうとしてるんでしょ?どのみちうぜーことに変わりないわ~」

 

 などと、またしても尾ひれがついたものだった。しかも今度は確実に誤解されやすい状況証拠たる写真付きで、SNSで出回るという履歴が残る形での噂の流布なので前日以上にまずくなるのは明白だった。無視を決め込んだばかりの流留はさすがにこれは無視しきれない・自分の手にはもう負えないことになりつつある恐怖を感じ始めていた。

 

「これ……誰が撮ったの……誰が書いたの……?」

 男子生徒たちに問いかける流留の声は震えていた。彼女の質問に男子生徒たちは答えるには答えたが、彼女の慰めにもならない回答だった。

「共有されまくってて誰が誰から受け取ったとか誰が送ったかもうわからなくなってるんだ。」

「さすがにながるんがフェ……校内でそんなことしないとは誰もが信じてるけど、敬大と会ったのは確かなの?」

 

 何が気に入らないのか、やり方が汚すぎる。そう憎しみの思いが湧き上がると同時に流留の心は一気に限界に近づいた。泣きそうになるのをこらえ、声をゆっくりと重々しくひねり出して答える。

「敬大くんから呼び出されて……こんな嘘っぱちの話、どうにか……誤解を解かないといけないよねって話してて……。敬大くんから告白されたのが本当で、敬大くんからこんなことになってゴメンって謝られて……」

 女子達から厳しく言われていた男子生徒たちだったが、普段気が強く自分たちと楽しそうに話していた彼女がこれほどまで追い詰められ、震えて泣きそうになっている様を目の当たりにし、広められた噂話、張本人、そして女子に従おうとしていた自分たちに辟易し怒りさえ感じていた。

 

「うん。だろうと思った。ハッキリ言って女子共の話ひどすぎるぜ。」

「あぁ。なんでここまでしてながるんを貶めたいのか嫌うのかムカつくわ。」

「女子ってこえぇ……」

 別の男子生徒がふとこんなことを提案した。

「上級生や先生の耳に入るのも時間の問題だろうからさ、いっそのこと生徒会に相談してみたらどうだ? 1年の○組に三戸と○組に毛内さんっているだろ? あの二人、先日からどうもこの噂話を探ってるようなんだ。もしかしたら生徒会が助けてくれるかもしれないよ?」

「正直内田さんと付き合いある俺たちの中でも、内田さんにこうして面と向かって協力できるやつらはもうほとんどいないし俺たちだけじゃ限界だ。こんな写真付きの嘘話が広がって先生たちにまで伝わって悪化する前に頼るべきだよ。」

 

 生徒会と聞いて流留は思い出した。三戸から話を聞いた件のこと、彼らが関わっている艦娘のことを。おおよそ自分とは縁がない、非日常の世界に首を突っ込んでいる人たち。生徒側の最高権力者集団。全生徒に知れ渡る、性格は明るく少し砕けすぎるところがあるが成績優秀・運動もできる文武両道な生徒会長、光主那美恵。

 流留は自分と彼女らに、縁がないために頼るのをためらった。明らかないじめとはいえまだ2~3日しか続いてない状況。自分でなんとかできると高をくくってるところもあったためだ。

 だがせっかく提案してくれた男友達の思いを無駄にしないためにも、ひとまず感謝の意を伝えて気持ちの整理も兼ねて考えることにした。

 

「ありがと。そうだね。相談してみるのもアリかも。ちょっと考えてみる。」

「早いほうがいいと思うよ。SNSのアカウントはやめておいたほうがいいから、これ。三戸のメアド。毛内さんのは知らんからとりあえず三戸に話してみたら?」

「わかった。」

 

 そう言って流留は三戸の連絡先を聞き、その場は一旦自分の教室へと戻ることにした。

 

 

--- 4 相談

 

 翌日昼休み、生徒会室には那美恵たち4人が揃って昼食を取っていた。件の話は三戸達を通じて那美恵たちの知るところとなった。写真付き・ひどい共有文章とともに広まりすぎた状況に、さすがに那美恵も頭を抱えて、一つの判断をせざるを得なかった。

 

「これは、思った以上にまずいね。」

「ひどすぎる。いくらなんでもここまで書かれたら内田さんが可哀想すぎるわ!あからさまに適当な写真と適当な文章だし。」

 SNS内で流された数々共有文章と数カットの写真付きの投稿を見る4人。那美恵は戸惑いの表情を見せ、普段冷静な三千花も怒りを露わにしている。

「もちろんこんな文章全部ウソに決まってるっすよ。」

 と三戸も険しい表情をして強くまくし立てる。

「私達女子の間でも、これらの文章での共有に関しては同情派が増えてます。いくらなんでもやりすぎだと。明確ないじめとなれば先生たちや私達生徒会が黙ってないって言われ始めてます。」

 和子は女子界隈の話をする。

 

「先生たちや3年の先輩たちの耳に変な形で入ると何かとまずいから、もうあたしたちは暗躍して探ってる場合じゃないね。これは明らかな集団いじめだよ。それが分かった以上、生徒会として動いてきちんと対処しよう!」

 那美恵のその一言に、その場にいた全員が頷いた。

 そうして那美恵が3人にまず指示したのは、次の内容だった。

 三千花には○○高校生徒会代表として、そのSNSの運営会社に例の写真付きの投稿すべての削除を願い出ること。権威が足りないのであれば、生徒会顧問に事情を話すのも仕方なしと。

 三戸と和子には書面にて、ここ最近個人を根も葉もない噂で集団で陥れる行為が横行している、各自冷静な判断で対応すること、と表向きは穏やかな文面で注意を促す。

 そして裏の根回しでは風紀委員会および放送部を通じて、当事者たちと第一次の影響範囲と思われる生徒たちに直接アプローチし、しっかり耳を傾けて勝手な判断で個人を攻撃しないことを注意して回る。今度は生徒会としての正式な行為なので、那美恵は二人に堂々と立ち振る舞ってもよいと指示を出した。

 噂の出処がわからない以上は明確な犯人を探しだすことはできないため、生徒会としてはそれが限界だ。

 

 昼食を早々に食べ終わり、それらのことを話して決めていると、三戸の携帯電話からアラームが鳴った。彼は気づいてチェックをすると、すぐに顔を見上げ那美恵たちに視線を配って口を開いた。

「会長、みんな。なんと、内田さんからのメールっす。」

「え!?なんて?」

 

 彼女の方からコンタクトがあるのは意外だと、那美恵も三千花も和子も驚きの表情をして三戸に聞き返した。三戸は失礼かもと考える間もなく一言一句そのままメールの内容を読み上げた。

「三戸くん。突然メールゴメンなさい。個人的なことで悪いんだけど、相談したいことがあります。できれば、三戸くんだけで。放課後生徒会室に行きます。」

 

「三戸くんだけ、ね。同性の私達は信頼されてないということなのかな?」

 三千花がやや寂しげな声で言った。

「無理ないと思います。」

 気持ちを察し一言で済ます和子。

「相手から来たならチャンスだね。放課後はあたしとみっちゃん、わこちゃんはいつもどおり艦娘の展示をしよ。三戸くんはここに残って、彼女の望み通りのシチュにして話を聞いてあげて? 三戸くんは今日は内田さんの対応に専念すること。おっけぃ?」

「はい。了解っす!!」

 

 生徒会としての対応は各自する。まずは自ら飛び込んできた当事者たる内田流留への直接のフォローをするため、那美恵は三戸に指示を出した。

 

 

--

 

 ここ数日の校内の空気はある一点を除いて普段の空気を取り戻し始めていた。その違う一点とは、誰も流留を気に留めようともせず、いない者として扱うようにしている点。つまり無視という集団イジメの一定段階に入った形になる。

 校内の空気感は流留にとって苦痛以外の何物でもなかった。当事者としては嘘っぱちでも、どうとでも捉えられる確固たる証拠の写真が出回ったことで女子たちの態度は無視という基本姿勢にプラス、絶対的な嫌悪が出始めた。彼女らは、SNSで出回った文章をそっくりそのまま受け取って、それが現実のものだと信じて疑わない。

 

 男子は、あまりにもかわいそうな流留に味方するために態度を改める者もいたが、女子に準ずる態度が大半であった。中には流留に好意を寄せていた者達もいた。彼らは普通の女子とは違う立ち居振る舞いをし、自分たちに話をしっかり合わせてくれ、きさくで飾らない可愛さ、恋愛沙汰の噂がなかった彼女を信じていた。そんな彼女が吉崎敬大と(振られたという噂とはいえ)良い仲であった・普通の女子と同じだったという信じていた理想を裏切られたショックの反動で、女子からの注意を受ける前から流留と距離を置く者もいた。

 もはや誰が一番の原因と確たる存在かを突き止めることのできない、集団イジメそのものの構図が完全にできあがっていた。内田流留に興味が無い生徒や最初に噂を流したと思われる生徒たちとは関係ない生徒たちは、このことをいじめとしてすら認識しておらずサラリと流して普段通りの生活をする生徒もいる。変に関わったり、噂を伝える立場になったりと傍観者にすらなりたくない考えだ。

 

 先日以来流留と吉崎敬大は一切接触しなくなった。というよりもできなくなっていた。もはや二人が弁解して回ったところで収まる状況ではなく、いかようにでも誤解できる状況証拠の写真が出回っては、お互いがお互いの首を絞める形になることを恐れたために、二人ともあえてお互いを無視・無関係として思い込むことにしたのだ。ただ流留が知らないところでは、敬大は密やかに弁解を続けて誤解を解こうと努力をしていたが、実を結ばずにいた。

 人気のある吉崎敬大は、自身の弁解というよりも女子達の都合の良い解釈によって誤解は早々に解け、むしろ内田流留の色仕掛けの主たる被害者として同情を集めさらに人気を集めていた。結果的に誤解は(彼一人としては)解けたとはいえ本人が望んだ結果ではなく、さらに女子から言い寄られる慌ただしい状況に辟易する。元来他人が思うほど気が強くなく流されやすい敬大は、流留のことは思い続けるも周りの空気に流され影響され、本当のことを信じてもらえない交友関係・女子たちに嫌気が指していた。

 一方で一度は強く想った相手のこと、どうにかして解決の手をと思う辛抱強さだけは忘れずに過ごしていた。

 

 流留は、明確な味方がいなくなり孤立していた。

 写真と投稿を目の当たりにした日はあまりのショックで帰路を歩く足が異常に重く感じた。次の日の今日は気持ちが落ち着いたのかまだましだが、それでも気が重く、今までの日常で振舞っていた溌剌さがとてもではないが出せない。

 お昼休みに流留は生徒会書記の三戸にメールを出した。味方がいない今、もはや頼れるべきところにおとなしく頼るしか無いと思った。あるいは、こんな日常などもういらないという決意を固めるに十分な状態になっていた。

 

 

 放課後になって人気が少なくなった頃を見計らい、生徒会室へ歩みを進める流留。三戸から来たメールにてOKをもらっていた。

 

「わかったよ。ちょうど会長たちは視聴覚室へ艦娘の展示しに行くはずだし、俺は理由つけてサボらせてもらった。あ~もちろん内田さんのことは言ってないからね。」

 

 流留は生徒会室の前に来た。ノックをするのにためらう。が、こんなところを誰かに見られたらまたあらぬ噂を流されてしまう。辺りを見回したあと、急ぎ短く2回ノックをする。中からは男の声が聞こえた。三戸の声だ。流留はその声に従い、生徒会室へ入った。

 

 

--

 

 生徒会室には三戸しかいなかった。

「や。内田さん。どうしたの? 相談したいことって?」

 ややお調子者でひょうひょうとしたところのある三戸が、普段の口調で流留に尋ねた。

 

「三戸くん、もう知ってるよね。あたしのこと。」

 流留は10秒ほど沈黙していたが、やがて口を開いた声のトーンを普段より2割ほど落として言う。合わせて生徒会室の戸をそっと締めた。

「うん。噂ものすんごい広まり方だったからね。」

 

 また沈黙が続く。次に口を開いたのは三戸だった。

「実は俺と毛内さんはさ、内田さんたちの噂の出処を探ってたんだ。」

「そっか。」

「……驚かないの?」

「他の人からそれとなく聞いてたから。それで、何か分かった?」

「ゴメン。ほとんどわからなかった。力になれなくてゴメン。」

 座りながら三戸は頭を下げて流留に謝った。流留は両手を前で振って三戸の謝罪をやんわりとなだめる。

「いいっていいって。ただの高校生だもん。そんな調査大変だろうし、あたしなんかのために生徒会に動いてもらうのも気まずいし。」

「そうは言うけど一応生徒会にいる身としてはさ、生徒のギスギス感が出て学校の集団生活に影響が出るとまずいからさ。このままひどくなると上級生や先生たちの耳にも入っちゃってもっとややこしいことになるだろうし。」

「そういう仕事面での心配ってことね……。」

「あ、いやまぁこれは会長や副会長の言ったことの受け売り的なことだけどさ。でも同じようなこと思ってるのは本当だよ。」

 三戸の言葉を聞いて流留は安堵感と事務的な感覚での虚しさを感じた。

 

「で、内田さんの相談は?」

「あのね、生徒会の力で、あの…投稿、噂の広がりを防いで欲しいの。」

「うん。……えっ、それだけ?」

「それだけ。」

 

 流留は本当は言いたいことが山ほどあった。が、まだ言い出す勇気がないし、それらを適切に言うだけの言い回しも思いつかない。

 三戸は流留の願いを聞いて打ち明けた。

「そのお願いに関しては大丈夫。会長も事態を重く見たみたいで、こう対応しろって指示受けてっから。さすがに名前を挙げての注意はプライバシーもあるからそこはボカすけどね。」

「うん。ありがとう……」流留は手を胸に当てて一息ついた。

 

 普段は気が強く活発でカッコいいと可愛いが両立している流留が、ひどく小さく弱々しく見えた。言い方を変えれば、しおらしく見え、そこらにいるか弱い少女のようだと、三戸は感じた。いわゆるギャップ萌えを密かに感じていた。

 が、そんなことは口が裂けても言えないシリアスな空気なのでなんとか三戸は自重する。

 

 流留はゆっくりと口を開いて、言葉を紡ぎだして自分の気持ちを述べた。

「あたしは、こういう周りからの勝手な言い分には慣れてるからいいんだけどね……。あたしの周りの人にまで迷惑かけちゃってるみたいで辛くてさ……。」

 

 さすがの三戸も、流留のその言葉の半分に嘘が入っていたのに気がついた。それは、小動物のように怯える今の彼女の姿を見ればとてもそうとは思えないくらい、態度と吐露した気持ちに乖離が見られたからだ。

 まがりなりにも流留に普段接する男子生徒の一人として彼女を見てきた三戸は、言わずには居られなかった。

「ねぇ内田さん。本当のところはどうなんだ? 悪いけどさ、今の内田さん見てるととても平気だとは思えないんだわ。せっかく生徒会を頼ってくれたんだし、内田さんは艦娘の艤装と同調できたんだし、できれば助けたいんだ。それは本心からそう思ってるよ。」

 

 三戸はうっかり口を滑らせ艦娘のことに触れてしまった。流留のためにと思って接するように務めていたつもりだったが、艦娘のことを含めて言ってしまえば、関係が無ければ助けるつもりはなかったのかと思われてしまうのではとすぐさま不安になる。

 が、流留の反応は良い意味で三戸の予想を裏切るものであった。

 

 三戸の言葉を受け、しばらく沈黙していた流留だったが、俯いていた頭を急に挙げて三戸の顔を見て言い出した。

「!! 三戸くん!それ! それよ!」

「へっ!? な、何が?」

 

 予想外の反応をする流留の言葉に三戸は驚いた。そんな三戸の様子をよそに流留は言葉を続けた。

「あたし、艦娘になる!」

「えぇ!!? ってマジ? ていうかなんで今このタイミングで!? ちょ、まっ!」

「三戸くん驚きすぎ。落ち着いてよ。」

「あぁゴメン。でもなんで?」

「うん。急にやりたくなったから。」

「理由になってないじゃん……。どうしてか言ってくれないとスッキリしないよ。」

 

 そりゃ当然だと流留は思った。本当の理由や目的を三戸にそこまで言う義理はないし、自身の根源たる心がそう叫んだ感じがするのだから理性ではどうしようもない。ただそれを、彼女は適切に表現するほど言葉はうまくない。

「あたしのボキャブラリーだと上手く説明できそうにない……けど、本当に急にやりたくなったの。だから三戸くん、お願い! ってこれは生徒会長に言わないとダメかな?」

 

 まっすぐに三戸を見る流留のきりっとした目。意志を固めた表情が伺えた。三戸は流留の数日ぶりに男勝りなカッコいい女子の姿を見た気がした。惚れてまうやろ!と心のなかで三戸は叫んだ。

 彼女の真意を知る由もない三戸は、その目を見てそれ以上の理由を聞くのを止めた。

「艦娘のことはわかったよ。話を戻してさっきの内田さんの相談のことなんだけd

「それはもういいの!!!」

 

 意志を固めた凛々しい表情から一変し、目を瞑って表情をゆがめて俯きつつ語気を荒らげて叫ぶ流留。片足でドスンと強く踏む音が響いた。

「とにかく、生徒会にお願いしたいのはみんなを落ち着ける一言注意を出してくれればそれでいい。あたしの対応はしなくていい。気にしないで! そして……あたしを艦娘にしてください。お願い……します。」

 

 言葉の最後のほうに行くにしたがって流留の声は涙声になっていた。三戸は瞬発的に怒った流留の様子が、さきほどまでの弱々しい怯えた姿に戻っていくのを目の当たりにした。

 そんなに人の心を察するのが得意でない三戸でも、今の彼女は何かから目をそらそうとしているのがわかったが、それを指摘されるのさえ彼女は拒んでいるように見えた。怒鳴られた時にビクッとした三戸は、それ以上彼女に突っ込むことはできずただ一言言った。

「わかったよ。これ以上は言わない。内田さんの気持ちの本当のところは……もう気にしないでおく。あと、艦娘のことは後で会長に伝えておくよ。それでいいんだね?」

「えぇ。ありがと!!」

 

 生徒会室での二人のやりとりはこうして若干のモヤモヤを残し流留の突然の艦娘部入部の決意をもって締めくくられようとしていた。

 流留から釘を差されたが、当然三戸は流留に感じた違和感などを那美恵たちに告げるつもりでいた。

 

--- 5 幕間:謎の見学者

 

 

 一方視聴覚室での艦娘の展示をする那美恵たち。一人足りないということで、艦娘部顧問の阿賀奈に手伝ってもらっていた。

 見学者は全員帰り、落ち着いた頃の会話である。

 

「三戸くん、大丈夫かなぁ~」

 那美恵が一言で心配する。そばに居た三千花がチラリと那美恵を見て言った。

「なんだかんだで三戸君のことは大丈夫だって信頼してるんでしょ?」

「えへへ。まぁね。」

 そこに阿賀奈が入り込んでくる。

「なになに?三戸君がどうかしたの!?」

 さすがに先生相手では内田流留周りのことを言うのはまずいと思い、那美恵は適当な事を言ってごまかした。

「いえ。ちょっと別用で生徒会室にこもって仕事してもらってるので。ヘマやらかさないかちょっと心配になったもので~」

 

 阿賀奈は特に興味無いのか、ふぅんと言うだけでそれ以上那美恵たちに絡もうとはしなかった。代わりに、今日の展示の状況の感想を口にした。

「そろそろ1週間経つけど、意外とまだ人来るわね~。先生驚いちゃった。」

「やはり土曜日のデモが効果あったんだと思いますよ。月曜からこんな感じでしたから。」

 三千花が阿賀奈に同意した。

 

 この日は5~6人見学者が来て、そのうち2人が同調を試した。そんな見学者の話題。

「ところで、あの子また試しにきたわね。なんなのかしら?」

 三千花がそう言及した子、それは先日から立て続けに来ている女子生徒だった。

 

「うんうん。今日もチェックして33%で不合格だったし。」

「ねぇなみえ。艦娘の艤装って、何度やっても同じ結果なのかな?」

 多少の誤差はあれど、その生徒の毎回の結果が気になった三千花は那美恵に尋ねてみた。

「あたしもそんな詳しいわけじゃないからなぁ~明石さんならわかるかも。」

「西脇提督じゃなくて?」

「うん。艤装のことだったら提督なんかより間違いなく明石さんでしょ~。」

 

「それはなみえから聞いてもらうとして、もし同調率が劇的に変わることがないなら、毎回試しに来ても無駄だから早々に諦めさせたほうが彼女のためじゃないの?」

 三千花はそう提案すると那美恵は頷いてそれに賛同した。そしてその女子生徒の気になった動きを挙げてクスクスと笑い合う。

「うん、そうだねぇ。あの子、他の生徒がいるときにこそっと入ってきて一人になった後に同調試すの申し出てくるのが面白くってあたし笑いそうになっちゃったもん。」

「あ~確かに前も昨日もほとんどまったく同じパターンだったよね。本人あれで目立ってないつもりなのかしら?」

「逆に印象強く残るよね~」

「えぇ。」

 

 そして那美恵が時計を見ると展示の限界時間に達していた。廊下から和子が戻ってくる。

「どうかなさったんですか?」

「え? うん。今日も来たあの子、一体なんなんだろ~な~ッて話してたの。」

「さっちゃんのことですか?」

「「「さっちゃん?」」」

 

 和子が何気なく発した名前のような言葉に、和子以外の三人は声をハモらせて聞き返した。その反応を意に介さず和子はサラリと答える。

「はい。[[rb:神先幸 > かんざきさち]]、私はさっちゃんって呼んでます。」

「友達?」

「はい。同じクラスで、周りからは地味子って呼ばれてますけど。」

「また絶妙に特徴を突くようなひどいあだ名だなぁ~」

 那美恵が神先幸の呼ばれ方を少し気にすると、それに対して和子が言った。

 

「本人もわかってるらしいんですけど、気にしてない様子です。」

「アハハ。んで、その神先さんってどういう子なの?わこちゃんは前から友達だったの?」

「高校入って隣の席同士だったので話すうちに仲良くなりました。さっちゃん地味で目立たないけど良い娘ですよ。この前の中間テストでも1年生で10位以内で頭けっこういいんです。恥ずかしがり屋で目立つの嫌いらしくていつも俯いてますけど、人の細かいところに気がついてさり気なく指摘してくれるし、まめな性格で優しい娘です。」

 

「へぇ~。もう3~4回は艦娘の展示見に来てるけど、艦娘に興味あるのかな? 同調も3回ほど試しているし、艦娘になりたいのかも。」

 那美恵はなんとなくその神先幸が気になってきた。地味で目立たないとはいえ、さすがに何度もくれば否応なく目立つ。本人がそのことをわかっているかどうかまではわからないため特に考慮に入れない。那美恵の質問に和子は一応答えるがあまり適切な返事にはならなかった。

「さぁ……私が艦娘の展示を手伝ってるって話した時は特に反応してくれませんでしたし、てっきり興味ないものかと思ってました。さっちゃんの趣味って読書や散歩が好きとかそのくらいしか話してくれないので。」

 

「散歩が趣味な女子高生って……。なかなか渋そうな子ね。」

 三千花は途中でクスリと微笑し興味ありげな反応を示す。

「ま、あそこまで艦娘に興味示してくれるのはあたしにとっては嬉しいことだよ。川内の艤装とは相性悪いのは残念だけど、いつかフィーリングの合う艤装に巡りあわせてあげたいなぁ。」

 

 

 那美恵がそう言うと、三千花はあることを思い出したのでそれを口にしてみた。

「そういえば、軽巡洋艦神通とかいう艤装ってどうなったの?あれから1週間以上は経ってるし、もう鎮守府に配備されてるんじゃないの?」

 那美恵はそのセリフを聞いてハッとした表情をした。

「あたしとしたことが、すっかり忘れたよ……。」

「まぁこのところ色々あったからねぇ。」

 親友の気持ちを察して声をかけてあげる三千花。二人の掛け合いを見た阿賀奈が質問してきた。

 

「ねぇねぇ。じんつうのぎそうってなんなの?先生にもわかるように教えてよ~」

 阿賀奈の質問には三千花が答えた。

「はい。なみえが西脇提督と約束してたんです。新しい艦娘の艤装が配備されたらもらうって。」

 

 さすがに三千花の説明だけではわからないと思い、那美恵が事の顛末を交えて説明しなおした。

「……というわけで、直近で配備される艤装を予約してたってことなんです。うちの高校の艦娘部のために無理やり約束して優先させちゃました。てへ!」

「あ~。光主さんずる賢いんだ~。」

 

 阿賀奈から冗談めかして突っつかれ、那美恵はエヘヘと笑って済ませた。そのとき三千花もその場にいてわかっていたので、阿賀奈に冗談交じりに那美恵の様子を教えた。

「そうなんですよ先生。なみえってば、西脇提督を脅してまで艤装ガメようとしたんですよ。叱ってあげてくださいよー。」

 それを聞いた阿賀奈は那美恵に向かってわざとらしく怒った。

「光主さん、めっ!大人を脅したらいけないんだよぉ~!」

「んもぅ!みっちゃんも先生もやめてよ~~」

 

 

 すぐにふざけあう那美恵と三千花(主に那美恵からだが)に、はぁ…と溜息を付いて冷静に眺める和子。彼女は、友達の神先幸が本当に艦娘に興味があるなら、どうにかして力になってあげたいと頭の片隅で考えていた。

 

--- 6 生徒会の対策

 

 展示終了の時間が訪れた。那美恵たちは展示を片付けて帰ることにした。3人とも三戸のことは気にはなるが、生徒会室に3人揃って戻る頃にはさすがにカタはついているだろうと捉えていた。阿賀奈とは視聴覚室の片付けが終わった後に別れた。

 

 最初に運ぶものを生徒会室に持って行って、那美恵達3人が生徒会室の扉を開けると、同時に生徒会室から出ていこうとする流留と鉢合わせになった。

 

「うあっ!?」

「きゃっ!」

 

 先頭にいた那美恵と部屋から出ていこうとしていた流留は同時に驚いてのけぞる。そして那美恵が真っ先に反応して口を開いた。

 

「あれ、内田さん? 生徒会室から出てきてどうしたの?」

 生徒会室から内田流留が出てきたことに驚いてみせた那美恵は本人に問いかけた。

 

「あ、生徒会長!? あの~ええとー……。」

 流留は言い淀んでまごつき、部屋の中にいた三戸をチラリと見て視線を送った。その視線を受けて、三戸が代わりに答えてくれるものと彼女は思ったが、三戸のしゃべりは違うものだった。

「内田さん、いいんじゃね? 直接本人に言えばさ。」

「うー……それはそうだけど。」

 

 普段のハツラツさはなく、ソワソワする流留。そんな様子の流留を見て那美恵は流留を一旦生徒会室内に入るよう促し、提案した。

「とりあえず部屋に入って待っててくれるかな? お片づけした後ゆっくりはなそっか。」

「……はい。」

 

 生徒会長である那美恵の言うことにおとなしく従い、流留は生徒会室に戻って三戸のとなりに座って待つことにした。

 那美恵たちはその後せわしなく生徒会室と視聴覚室を行き来して展示道具を片付けている。最初は三戸も黙って座っていたが、再び戻ってきた三千花にどぎつく注意を受け慌てて視聴覚室へと向かって行った。

 

「あの……あたしも手伝いましょうか?」

「ううん、内田さんはいいのよ。どうせすぐ終わるし、これ生徒会の仕事のようなものだから。」

 三千花は頭を振り、流留をそのままにさせて再び視聴覚室へ戻っていった。一人取り残される流留はぼうっとしてるしかなかった。

 

 

--

 

 数分後、ようやく生徒会の4人が生徒会室に戻ってきた。5人になったところで、続きが話された。

 それは三戸が対応した事の確認の意味をこめた繰り返しだった。

 

「改めて内田さん、お久しぶり。元気にしてた?」

「……。」

流留は落ち着いた様子でいる。が、那美恵から話しかけられても口を開こうとしない。

 

「内田さん。」

 三戸が一言名を呼んで促す。すると流留はようやくしゃべりだした。

「生徒会長にお願いがあります。あたしを、艦娘にしてください。鎮守府っていうところへ連れて行ってください。お願いします。」

 流留の口から発せられたのは、それだけだった。彼女が今置かれている状況については触れられなかったのに那美恵は気づいたがあえてそれを指摘はせず、片腕をおもいっきり揚げてガッツポーズをしつつ一言返事を返す。

 

「おっけぃ!やっと決心してくれたんだね!嬉しいよ~」

 

 那美恵の表情はにこやかに、一方で艦娘になることを決心した流留の表情は目を細めて暗い表情をしたまま。その二人の様子をみた三千花は那美恵があえて触れなかった流留の今の状況について我慢できずに指摘する。

「艦娘になるのはいいんだけど、内田さん。あなた、今自分がどういう状況に置かれているかわかってる? なんで今このタイミングで艦娘に? 私はちょっと理解できない。説明してくれない?」

 那美恵とは違ってビシビシと突っ込む三千花。流留はさきほど三戸に対してそれ以上は言わせず、言わなかったことを、ここでも同じようにするつもりでいた。

 

「そんなの、副会長には関係ないじゃないですか。あたしは艦娘部に入りたいってことを伝えるためだけにこうしてここにわざわざ残ったんですから。」

「!!」

 流留の言い方と態度に激昂しかかる三千花。それを那美恵が手で遮って止める。

 

「まぁまぁみっちゃん。艦娘になってくれるって言ってるからとりあえず今はそれでいいとしよ?その他のことはきっと三戸くんと話したんだろうし。ね? ね?」

 

 そう言って那美恵は三千花と流留に目配せをした。異なる対応を見せる那美恵と三千花を流留はこう思った。ちゃらけているけどなんか適切に配慮してくれる良い先輩と、いかにも真面目ぶってそうでつっかかってくるおせっかいな先輩。

 流留は中村三千花という先輩とは気が合わないと直感した。

 一方でそれは三千花にとっても同じだった。自分の現実が見えていないのか見てないのか、突然関係ないことを言い出す今ある意味ホットな1年生。きちんと振る舞う気がないのか。

 到底自分とは気が合いそうにないと。

 

 牽制しあっている二人を見て那美恵は虚空を見上げながら「んー」と喉を震わせて唸ったのち、つぶやきだした。

「これはあたしのひとりごとね。あたしは、助けをきちんと求めてきた人はなんとしてでも助ける。そうでない人には、まわりを取り繕う程度に助けるだけ。あたしってなんてクールなんだろ~!?」

 

 突然わけのわからないことを言い出す那美恵に流留は怪訝な表情をして静かに驚いた表情を見せた。三千花は、おそらく自分と内田流留に対して言ったであろうそのセリフの意味するところを理解し、はぁ、と溜息をついた後に那美恵に向かって言った。

「わかったわよ。なみえの判断とやりかたに従うわ。でもお昼にみんなで決意したばかりなのに、どうなっても知らないわよ?」

 

 

 三千花の忠告とも取れる愚痴を那美恵は手をひらひらさせて受け流して、次の一言で話を進めることにした。

「よっし。じゃあ時間も時間だし、最後に内田さんに川内の艤装との同調、もう一度試してもらって今日は終わろっか。そしたら内田さんはもう帰っていいよ?」

 

「はい……えっ? また、その機械試すんですか?」

 軽く返事をしたあとに流留は最初に同調したときのあの恥ずかしい感覚を思い出して頬を赤らめた。その様子を見て那美恵は流留の耳元に顔を近づけ、そうっと小声でフォローの言葉を囁いた。

「だいじょーぶだいじょーぶ。あの感覚は最初だけだから。多分もう起きずにすぐに艤装と同調出来るはずだよ。ささ! レッツトライ!」

 告げられた後の流留の耳は赤みを帯びてその身は熱を帯びていた。

 

--

 

 軽い那美恵に促され、一同は生徒会室に保管するために持ち運んできた川内の艤装からコアの部位とベルトを取り出し、那美恵はそれを流留の腰にまこうとした。

 

「会長、あたし自分で巻きますよ。」

 そう言って流留は自分でベルトを腰に巻いた。制服のスカートにもベルトがあり、艤装のベルトはそれよりも若干幅と厚みがあるので、制服のそれよりも少し上あたりで巻くことにした。

 

「じゃあ呼吸をして落ち着けて。この前あたしが教えたやり方覚えてる?」

「……いいえ。」

「アハハ。正直でよろし~。こうするんだよ。じゃあやってみよ?」

 

 流留は深呼吸をして、同調する準備が整った合図を那美恵にする。それを受けてタブレットを持った三千花がアプリから川内の艤装の電源を入れようとする。

「? え? あれ? ちょっとなみえ。なんかConnection Errorとか出るんだけど。これ何?」

 三千花が異変を訴えた。那美恵は三千花に近寄り彼女の持っていたタブレットのアプリの画面を見る。すると、確かに英語でエラーメッセージが長々と表記されている。那美恵はその英文を読んでみた。

「え~と。起動のためのバッテリー残量が不足か、電源ユニットが接続されていません? 通信ユニットと電源の接続に異常がなんたらかんたら。」

「……え?」

「え?」

 読み上げた那美恵に一言で尋ねる三千花。それに一言で返す那美恵。つまり二人ともわけがわからないという状態になった。

 

「な、何が起きたんですか?」

 互いに聞き返し合う那美恵と三千花を目にし、状況を分かってない流留がハッキリ質問する。書記の二人ももちろんその状況をわかっていない。

「そういえばなみえ。艦娘の艤装って、電源とかはどうなってるの?」

「え、ええと。あの~。アハハハ。多分電気?なんだろーけど、わかんな~い。」

 本当にわからないので仕方ないと思いつつも茶目っ気混じりで謝る那美恵に、三千花は想定を交えて言った。

「そういえば学校に持ち運んでから一度も電源をどうのこうのしたことなかったわね。もしかして、今までバッテリー充電してなかったの!?」

「……はい。」

 非常にか細い声で那美恵は返事をした。

「マジで!? 川内の艤装、バッテリー切れ起こしてるじゃないの!?」

 

 三千花の叫び声を聞いてやっと理解が追いついた書記の二人も口を開いた。

「夢の永久機関搭載の最新機器とかじゃないんっすね……。」と三戸。

「1週間も充電しないで保っていたのがもしかして不思議だったんでしょうか? 艤装って電池保ちいいのか悪いのかわからないですね……。」

 和子も思ったことをツッコミ風に口にした。

 

 

 バッテリー切れ

 

 川内の艤装は那美恵たちの高校に持ち込まれてから1週間以上、一度も充電されていなかったのだ。その状態を呆けて見ていた流留は三戸になにかヒソヒソと話し、誰へともなしに提案する。

「充電ならコンセントとか無いんですか? それかUSBとタッチ充電とかもダメなの?」

「そんな……携帯電話じゃないんだから。」三千花が突っ込んだ。

「多分、工廠にある電源設備じゃないとダメなんだろ~ね。あぅー。」那美恵は凹んだという表情をして俯く。

 

「これじゃあ明日の展示は艤装なしでやるんすか?明日も試しに来る人いたら気まずいっすね。」

 三戸が懸念した事に那美恵・三千花・和子は一人の少女のことを真っ先に連想した。が、色々可哀想だが無理だと判断するしかない。

 

「提督か明石さんに連絡しておくよ。さすがに運べないから翌日以降に取りに来てもらお。」

 連絡は那美恵がすることにし、結局翌日の艦娘展示は急遽中止することにした。どのみち生徒会メンバーはあることを集中して対策しないといけない。

 期せずして出来た時間を手放しに喜べない那美恵たちだったが、艦娘部入部の意思を見せた流留に、入部届けを出してもらう必要もあるので、時間ができたのは良いことだと納得することにした。

 

 

「内田さん。あとで入部届け出してね? 艦娘部の顧問は四ツ原先生だから。」

「えっ? あがっちゃんが顧問なんですか? え~……。」

 流留の素直な反応に那美恵や三戸が笑う。そして三戸が流留に言い放つ。

「やっぱそれが普通の反応だよなぁ。まぁでもあの先生。俺らが思ってるより優秀な人っぽいから心配しなくていいんじゃね?」

「三戸くん……あなた艦娘部と直接関係ないからって適当なこと言って無理やり納得させようとしてない!?」

「し、してない!してない!」

 

 きりっとした目をさらにキリッとさせて三戸に睨みを効かせて言う流留。その視線にドキッとした三戸は慌てて頭を振る。そんな三戸をフォローするように那美恵は言って流留を平和裏に納得させた。

「ま、でも艦娘のことすぐに覚えてわかってくれたし、良い先生なのは確かだよ。アレな性格みたいだから1年生のあなたたちはなんか避けてるようだけど、気楽に接してもいいかもね。」

「はぁ……。」

「ま、ともかく入部届けを出してくれたら、それで晴れて内田さんも艦娘部の一員だよ。そしたら今度帰りにでも一緒に鎮守府行こっか!提督にも会ってほしいし、鎮守府気に入ってくれると嬉しいな。」

「はい!それは早くにしてもらえると嬉しいです!」

 その後、流留は生徒会室を出て帰っていき、生徒会室にはいつもの4人が残った。

 

 

--

 

「……ということなんっす。」

「そ。内田さんはそう言ったんだ。」

 生徒会室に残った那美恵たちは三戸から内田流留本人が相談してきた内容について聞いていた。流留が生徒会4人の前では決して話さなかったことのほぼすべてを、三戸は彼女に悪いと思いながらも、生徒会メンバーとして仕方なしに生徒会長たちに伝えた。

 

 

「俺も彼女の真意がわからないんっすけど、とりあえずは俺達がやろうとしていたことと内田さんの相談内容が合致していたからいいかなと思ったんす。」

「で、三戸君が話している途中で突然彼女は艦娘になりたいと言ってきたと?」

 三千花からの確認に三戸は頷いて答えた。

「はぁ……。あの子の思考がまったくわからないわ。なみえも結構飛ぶところあるけどあの子も負けず劣らずね。」

「あれー、誰かからさり気なく貶められているような気がするぞー」

 三千花はそのぼやきを無視しておいた。

 

 無視されたので那美恵は仕方なしに真面目に話を進めることにした。

「……ま、彼女の望みに一致してるところは早めにやっとこ。昼間指示したとおりにみっちゃんはSNSの運営会社に連絡、三戸くんとわこちゃんは案内の資料作って、口頭で言ってまわれるところは言ってみんなに注意喚起する。場合によっては先生方に相談するのも仕方ないや。あたしたち生徒だけで解決できるのにも限界あるし。」

 

「えぇ、わかったわ。内田さんの考えや態度も気にはなるけど、あくまでも周囲の噂による騒ぎを潰す、そういうことよね?」

 三千花の確認に那美恵はコクリと頷いた。

「じゃ、今日は解散。すっかり遅くなっちゃったからみんな揃って帰ろー」

 気がつくと18時をすでに過ぎていた。那美恵の一声で全員帰り支度をし、男子の三戸を先頭に4人は珍しく揃って下校し帰路についた。

 

 

 

--

 

 その日の夜、那美恵は艦娘の展示を中止する旨をSNSの高校のページに書き込んでおいた。

 合わせて提督に川内の艤装のことについてメールし、提督経由で明石に伝えることにした。その後、提督から転送されたメールを受け取った明石は那美恵に直接メールをし、艤装の状態を一度確認しに行く旨を伝えた。那美恵はそれを承諾した。とはいえ学外の人間が学校に入るには学校側の許可が必要なため、正式な連絡は後日することになる。

 

 

--

 

 翌日。

 お昼に生徒会室に集まった那美恵達4人+生徒会顧問の教師は、内田流留付近の件について対応策の最終調整をしていた。なぜ生徒会顧問の先生がいるのかというと、三千花がSNSの運営会社に連絡する前に、やはり学生だけでは不安に思ったため仕方なく顧問の先生に事の次第を伝えたためだ。

 

 

 顧問の教師は、内田流留本人の言い分をきちんと聞いて証拠として書き起こすか録音しておかないと何の解決もならないと生徒たちにアドバイスをした。那美恵たちの対策に諸手を挙げて賛成したわけではない。顧問としても、あまり大事にさせる気もないので当事者同士で解決して欲しい考えである。ただ肝心の当事者同士の根本の話が見えない以上はどうしようもない。どのように解決するにしても、なんとかして当事者の口から証言を取っておくべきだと、那美恵たちはアドバイスを受けた。

 

 直接流留から相談を受けた三戸が顧に言う。

「でも先生。内田さんが話したがらないというか触れてほしくない様子なんっすよ。だから俺もそのときそれ以上突っ込めなくて。」

「私達もそのことを受けて、じゃあなみえ…会長の考えたことで対応すればいいかひとまずいいかなと考えていたんです。それではダメなんですか?」

 三千花が顧問の先生に補足説明をしたのち聞き返す。三千花の問いかけを聞いて顧問は答えた。

 

「ダメではありませんけれども、それが内田さん本人が望む対応だったとしても、相談を受けて対応する以上は彼女の言い分をきちんと聞いておかないと、あとで困るのはみなさんですよ。あなた達は何一つ確実な要素なしで動こうとしていませんか?」

 先生のいうことももっともだと那美恵は思った。やはり強引にでも先日聞き出しておくべきだったかと反省する気持ちを抱く。

 

「先生。彼女のことはあとで聞き出すとして、あたしが考えた対策はいかがですか?ちょっと心配になっちゃいました。」

 顧問は頭をやや傾けて目をつむって数秒したのち、那美恵の不安に答えた。

「そのでまかせと思われるの内容の投稿を消してもらう依頼をするのは有効でしょう。本当に全部消してもらえるかどうかはわかりませんが、連絡してみる価値はあります。これは明らかに個人への誹謗中傷ですからね。ただ校内への掲示の文章はすこし変えたほうがよいですね。」

 

 和子が家で考えて打ち出してきた書面の内容に添削が入る。掲示の文章は和子が引き続き作成し、顧問の教師がレビューを行うことになった。那美恵と三戸は、流留と直接コンタクトして聞き出す役割。三千花は顧問の教師とSNSの運営会社に連絡する。

 

 

 

--

 

 放課後になり那美恵たちは再び生徒会室に集まって作業の続きを行なった。先生が加わったこともあり和子や三千花の作業は捗っている。

 掲示用の文章は噂などという言葉は使わず、最近SNSなどのサービスで学外にも見えるような形で生徒間の誹謗中傷が行われてる旨に触れ、その手の行為を行なっているのを発見した場合は学年主任および生徒会から厳しく注意、場合によっては厳罰に処すという構成の内容になった。その内容で学年主任の先生にも確認してもらうことになった。学年主任へは、風紀の管理のための定期的な掲示としてどうか、という相談で話が通されたために、流留への集団イジメは気づかれずに済んだ。そしてその文面で学年主任からOKが出たので、学年主任および教頭の印が押されてその文書は公的な文書に?化する。それと同時に風紀委員へも個人の名は伏せて提示され、公的権力によって学内の集団イジメの空気という害毒を中和させる準備が整っていった。

 校内の各掲示板への掲示およびSNSの高校のページの連絡欄に同文面のPDF版が添付された。

 

 SNSの運営会社への連絡のほうは、サポートセンターからの素早い連絡があった。サポートセンターによると、そういう事情であれば対応してもよい。すべての投稿には、その共有元となる元投稿が紐付けられており、すべて追えるようになってためにこの発端である人物を特定することもできるがどうするか?と説明と確認が来た。それを追えば誹謗中傷の投稿を流した最初のユーザーアカウントがわかるのだ。

 

 那美恵たちの高校の生徒間に出回った投稿は再共有を繰り返されて入り組んだ膨大なものになっており、普通に対応したのではもはや対処のしようがない。そのため三千花と顧問の教師はそこまでの調査をサポートセンターに依頼した。連絡は生徒会顧問の先生の名を挙げ、自分ら側の箔を付けることにした。

 サポートセンターから聞いた内容を三千花は那美恵や三戸たちにも報告し、うまくいけばいじめの犯人を突き止めることも不可能ではないと、希望を持たせた。

 

「それが本当なら、ますます内田さんからこれまでの本当の事情を聞いておかないとね。」

 パソコンを操作する三千花ととなりにいた先生の向かいの席に座っていた那美恵はそう言う。

「どうします?早速内田さん呼び出しますか?」

 那美恵の隣にいた三戸は携帯電話を手に取り、那美恵と三千花に合図を送る。

 那美恵はもともと連絡してもらうつもりだったが三戸から流留の様子を聞いていたので、おそらくどこかしら同校の生徒の目がある場ではきっと彼女の本心を聞き出せないだろうとも思っていた。

 

「よし。三戸くん。内田さんに連絡取っておいて。都合があえば明日の放課後にでも生徒会室に来てもらお。」

「はい。了解っす。」

 那美恵からのGOサインが出たので、三戸は早速流留にメールした。

 

「内田さん。ちょっと話したいことがあるから、時間あるとき生徒会室に来てくれない?」

 ほどなくして彼女から返信が来たので三戸は読み上げた。

「なに?艦娘のこと?何かあった?わかった。すぐ行く。」

 

「すぐ行く!?」三戸は思わず最後の言葉を2度読み上げた。

 数秒後生徒会室の扉がコンコンとノックされた。那美恵がどうぞと促すと、扉を開けて流留が入ってきた。全員、いくらなんでも早すぎだろ…と心のなかでツッコミを入れた。

 

 

「アハハ。三戸くん、もう来ちゃったけど、よかったかな? ちょうど一人で校内ブラブラしてたから暇でさ……」

 流留は三戸と隣にいた那美恵をチラっと見ながらそういった。そして三戸の奥にいた生徒会顧問の先生に気づくと、慌てて取り繕う。

「あ!先生……! ゴメンなさい!今はさすがにダメだったよね?じゃあまた今度……」

 そう言って踵を返して出ていこうとする流留を、三戸ではなく那美恵が呼び止めた。

「ちょっと待って内田さん。先生、みっちゃん。あとは任せていいかな?」

「え? えぇ。いいわよ。こっちはこっちで作業続けるだけだから。三戸くんも連れて行くんでしょ?」

 三千花は頷いて承諾し、那美恵の考えを察して確認する。すると言葉を発さずに那美恵は頷き返した。

 

 

 三戸と一緒に何かを話すのかと思っていた流留は、那美恵も加わりそうな雰囲気を目の当たりにして、少し戸惑いと拒絶の色を見せ怪訝な顔をする。そんな様子を気にせず那美恵は彼女と三戸を生徒会室の隣の資料室へと連れて行くため促した。

「内田さん、三戸くん。隣の部屋にいこっか。あっちでなら色々3人で話せるよ。ね?」

「了解っす。内田さん、いいかな?」と三戸も確認混じりに促す。

 その二人の仕草を見て流留は、不安に感じるも黙って頷いて二人の後ろに付いて資料室に向かった。

 

--- 7 彼女の胸中

 

 資料室に流留が入ると、扉の隣で待っていた三戸は彼女が扉から離れたのを確認してから扉を閉めた。そして自身もあとに付いて行って資料室の開いているスペースに立った。

 すでに那美恵と流留は椅子を見つけて座っている。三戸は二人の境目に椅子を持ってきて座る。ちょうど三角形に位置取りする形となった。

 

「さて、今日内田さんに来てもらった理由はわかる?」

「そういう確認いいですから目的だけ言って下さい。」

 流留は那美恵に突っかかってくる。が、那美恵は特に意に介さず言葉を続けた。

「わかった。今日来てもらったのはね、艦娘のことではないんだ。三戸くんに話してくれた、相談のことなの。」

 

 その言葉を耳にした瞬間、流留はビクッとして一瞬で表情をこわばらせた。

「相談してくれたことはね、今着々と対応中です。あなたのご希望どおり……に本当になるかどうかはみんなの反応次第だけど、あたしたちに出来る最善のことはするつもり。そこでね、最善の結果を生むためにはね、あたしたちにはどうしても足りない情報があるの。」

 那美恵は一息置いた。流留はゴクリと唾を飲んで言葉の続きを待つ。三戸も同様の様子で生徒会長の言葉を待っている。

「あなたの口から、あなたに起こったことを教えて欲しいんだ。」

 

「!!」

 触れてほしくないところに触れてきた、流留はそう感じた。それを悟ったかのように那美恵は続ける。

「もちろんプライバシーもあるし、あなたが言い出しづらいこともあるかもしれないね。だから無理にとは言わないよ。それに聞いたとしても、それを無理やり今回の解決策に絡めたりはしない。」

「……。」流留は口を真一文字に閉じて聞いている。

 

「あたしたちはね、せっかくあなたから相談を受けたんだから、あなたの味方でいたいの。あたしたち2年生にも聞こえてくる噂や例の投稿、あまりにひどいと思ったもん。けど、実際のところは知らないからなんとも言えないんだよね。あなたのために動きたくても、あなたの周辺の本当のことがわからないから本当の解決ができないの。このある種矛盾、わかってもらえるかな?」

 

 那美恵の問いかけに対し、コクリと頷く流留。しかし反論する。

「……けど、あたしは、言う必要はないかなと思ってます。あたしの味方をしてくれるのは嬉しいし生徒会の力で上からガーッと押さえつけてくれればそれでいい。あたしのこと助けてくれるってなら、少しはあたしの気持ちを察してくれてもいいんじゃないですか?」

「なんで? 言わないとさ、誰もあなたの本当のことわかってくれないよ?あなたが正しいならそこはきちんと言うべきだと思うよ?そうでないと、内田さんはあんなひどい誤解をされたまま。嫌でしょ?」

 

 正論だ。流留はそう思った。

「別に……もうどうでもいいです。きっと嫉妬した馬鹿な女子たちがやらかしてくれたことなんで。そういう輩は無視するに限りますし。」

 

 そう言い放つ流留は、たしかに自分にとってはもはやどうでもいいことと捉えていた。これからまだ2年と少し高校生活は続く。かなり堪える噂と投稿だが、1年生の生活が過ぎればきっと自然に収まる。周りは所詮愚かな凡人の同性だ。今までの経験則で、噂なんてすぐに立ち消えるとわかっている。だが見た目で証拠が残るSNSの投稿はまずい。だからこそすぐに目につかない程度に収めてくれさえすればそれでいい。

 一方で、自分の根源でもあった日常を壊してくれた同級生のいる高校での、これ以上の日常なぞもういらない。どうせ今の人間関係が固まってしまえば、あたしが今まで接してきた(男)友達はいなくなるも同然なのだから。あたしはきっとボッチになる。ボッチ自体は自分にとっては大したことではない。あたしが恐れるのは、かつての日常を模した日常が脅かされること。だからあたしは決めたのだ。自分でも矛盾しているかもと思うけれど、どうせ壊されるならこれ以上学校で、理想だった日常を作る気などないということ。

 戦いという同じ目的のために集まり、人間関係でいざこざが起こらなそうな艦娘としての生活とその先に、望みをかける。新しい出会いを求める事自体には抵抗は一切ないから艦娘の世界に飛び込まない手はない。

 

 流留は黙ったまま心にそう思った。流留の沈黙を視界に収めたままの那美恵はさらに突っ込む。

「はぁ……あのね。そう達観するのは勝手だけどさぁ。あたしの気持ちを察してくれっていうのはさ、長年付き合いのある人同士だからこそできるんだよ? 高校入ってたかだか数ヶ月程度かそれ以下の周りの人が察してくれるなんて自分勝手なこと、まさか思ってないよね?だとしたらそういう考えはやめたほうがいいよ。」

 さらに那美恵の口撃が続く。

 

「あとね、なんで本当のことを知ってもらうのをそんなに恐れてるの?」

 那美恵は流留が肩をすくめて縮こまっている様子をを見ていた。那美恵はそんな彼女の態度を見て、確実に何かあると気づいた。流留はまったく意識していなかったが、自分の決意とは裏腹に秘めた感情が態度に表れていたのだ。

 

「ちがっ! あたしは怖がってなんか!」

「じゃあ話して。でないとあたしたちはあなたを助けないよ。」

 実質脅しである那美恵の言葉を聞いた流留と三戸はそれに反発する。

 

「!!」

「会長!それじゃあ脅しっすよ!それはいくらなんでも……」

「まぁ、それは冗談としてもね。今すぐでなくてもいいから、本当のこと話して。こう言ったら反発食らうかもしれないけど、あたしはあなたに縁を感じたの。縁がなければあたしは生徒会長として当たり障りないことしかやらないと思う。なんの縁かは……きっとあなたならすぐに気づくと思う。縁を感じたからあなたをなんとしてでも助けたい。」

 

 流留は反論した。

「あたしのこと何も知らないくせに、勝手に縁なんて感じないでくださいよ!生徒会長はあたしの味方なんですか?それとも? 正直言って、生徒会長の態度見てるとわからなくなってきます。」

「お互い様だよ。あたしはあなたのことがわからない。ほとんど初対面だし、あなたが言うところの察してくれだなんてとてもできない。何も知らないんだから知ろうとするしかないじゃない。」

 

 那美恵は背もたれにグッと体重をかける。椅子が地面に擦れてキシッと鳴った。一旦上を向き、一拍整えた後続ける。

「それにね、あたし思うんだぁ。血のつながりよりも、旧知のつながりよりも、初めて会った人に一瞬で深いつながりを感じることって、ある気がするの。」

「それが、あたしとの縁だっていうんですか?」

「うん。で、その縁は見事繋がりを示してくれた。……それが、艦娘になれるという資格。」

「艦娘……」

「あなたも何か思うところがあったから、いきなり艦娘になりたい!って三戸くんに打ち明けてくれたんだよね?それだって、縁なんだよ。」

 

 那美恵の言葉の途中で小さく頷き、口を開かない流留。

 

「無理強いはしないよ。あなたが気持ちを落ち着けてから、ハッキリと真実は○○だから助けてくださいってあたしを頼ってくれるのを待ってる。あたしはね、あなたには気持ちよく高校生活と艦娘生活を謳歌してほしいの。」

「生徒会長……。」

「どーかな?あたしは女だから信用できない?三戸くんから同じこと言ってもらったほうがよかった?」

 

 流留は数秒沈黙の後、頭を振って那美恵に向かって口を開いた。目の前の生徒会長の語る言葉は意味がわからない・時々厳しく肌に当たる感じがする。しかしなんとなく心まで突き刺さり響くものがある。流留にしては珍しく、話してると気が楽な、心が暖かくなれる同性。縁と言われても正直実感はないし、その場のノリで言っているだけなのかもしれない。本当になんとなく、わずかではあるが、この人なら安心できるかもと流留は心を揺さぶられ始めていた。

「いいえ。そこまで言ってくれるんなら、少なくとも生徒会長は信用します。でも…それでもまだあたしは、すみません。100%は学校のみんなを、同性を信じられない。あたしの……日常を壊した同性が……憎いです。日常を壊されたくない……怖い。」

 流留は言葉の最後に表情を歪めて感情を露わにする。

 

 那美恵はその微妙な仕草を逃さない。すかさず反芻した。

「日常?」

 流留はしまったと思い、ハッとした。しかし遅い。彼女の右前にいる生徒会長は興味津々に視線を送ってくる。流留は言葉に詰まる。 ついに本音の一部が漏れてしまった。

「えと……あの……。」

「んふふ~。それがあなたの本心、なのかな?」

 那美恵はニンマリした顔で流留を見つめる。

「な、なんですかそのいやらしい顔……?」

「ううん。少しでもあなたが本当の気持ちを出してくれたのがうれしくって。」

「うぇ!?」

 たじろぐ流留を目の当たりにして那美恵はアタックを弱めない。

「話すと、きっと楽になると思うよ。さぁさぁ白状しちゃえ~~。」

 

 人を食って掛かるその態度、流留はそういうのが嫌いだった。

「そ、そういう言い方やめてください。」

「エヘヘ。ゴメン。調子に乗っちゃった。でもあなたの本心がほんの少し見えてね、あたし嬉しいんだよ。これは本当。その……さ、あなたのその日常とやらに、三戸くんは入っているのかもしれないけれど、そこにあたしも入れてくれないかな?」

「え!?」

 

 那美恵の言い回しに流留は激しく心揺さぶられた。光主那美恵その人の普段の調子や態度はこちらの調子が狂わされるものがあるが、それは心から嫌というのではない。不思議と心落ちつき、引き寄せられていく。その喜なる感情を伴った戸惑いが流留に一言だけの口を開かせる。

「あ、あたしの……日常?」

「うん。あなたの~日常を、ちょっとだけ非日常にしちゃったりするかもだけど、それはとっても楽しくてあなたなら気に入ってくれるってほしょ~するよ!」

 あるときはお調子者っぽく、あるときはまじめに全力で取り組む、自分らの高校のすごいと評判の生徒の筆頭。そんな光主那美恵を慕う人は多い。

「うりうり~。ど~ですかぁ、今あたしを買ってくれればお買い得だよぉ~。」

 那美恵は相手の脇腹をつつくかのごとく肘を連続で突き出す。当然位置関係からして流留には当たっていない。

「ちょ、会長。説得するのかふざけるのか……。」

 三戸がアタフタとするが那美恵は一切気にしない。

 

 もし初めて同性の友達を作るなら、この人ならば気が楽で安心できるのかも、この人になら自分の思いを打ち明けてもいいのではないか。

 自分に親身になってくれているというなら、この人に甘えたっていいのではないか。

 頼れる年上の人。

 

 冷静に考える。艦娘になるのなら、少なくとも流留にとって光主那美恵という存在は卒業までずっと近くにいる存在になる。従兄弟たちのように一緒にいられるかもしれないし自分を裏切らない。助け続けてくれる。

 そう思考が方向性を定めた流留の心は動き始め、欠けていた何かを掴めそうな気がした。

 

((光主那美恵さんに、あたしの日常にいてもらいたい。いてもらえたら、学校でのこれからの日常を我慢して過ごせるのなら……))

 

 そして流留の心は、その根底から決まった。

 決意した瞬間、彼女の目からはポロポロと涙がこぼれ落ち始めた。そこまでの刹那、傍から見れば突然流留が泣き出したように見える。それを見て慌てる那美恵と三戸。

「あーあー!内田さん泣いちゃったじゃないっすか!会長が冗談めいた事言ってからかうからっすよ!」

 三戸が那美恵に突っ込むように責め立てる。三戸が煽ったので那美恵はさらにうろたえて三戸と流留の顔を何度も見返す。

「え?え?え? あたしの言葉そんなにきつかったかなぁ!?あたしまずいこと聞いちゃった? ゴメンね~!!」

 

 那美恵は椅子から腰を上げて流留に寄り添い、肩に手を当てつつ近くで謝り続ける。

「ゴメン! あたしったら、まだそんなに親しいわけじゃないのに、触れられたくないことだってあるよね?だかr

「いえ。そんなんじゃないんです。」

 流留は鼻をすすり、涙を拭ったあと、言葉を続けた。

「色々考えちゃって。あたし……。」

「内田さん?」

 

「生徒会長。あなたのこと、信じてもいいですか?」

「……うん。あたしがどこまであなたの力になれるかわからないけど、あたしが守ってあげる。信じて。」

「じゃあ、艦娘になったら、一緒にいてくれますか?」

「え?あぁうん。そりゃあもちろん! あたしは1年早く卒業しちゃうけどそれでもいいならね~」

「それでも、いいです。鎮守府ってところにいけばいつでも会えるんですよね? 頼ってもいいんなら、とことん頼っちゃいますよ。ホントにいいんですね?」

 那美恵はコクリと頷いた。

 

「うん。なにがあっても、あたしはあなたの味方だよ。学校内でも学校の外でも、できるかぎり守ってあげる。だから安心して。あ!でもただじゃ頼らせないよ~。その対価は身体で支払ってもらうからね~」

「え゛!?」

 流留は軽く引いた。三戸は何かを妄想してしまったのか頬を赤らめてポカーンと見ている。普段那美恵の態度や一言にすかさずツッコミを入れてくれる親友は隣の部屋なので、ボケが宙ぶらりんになる。

 

 仕方なくツッコミ説明を交えて話を戻す。

「身体って何やねん!って突っ込んでくれないとぉ~。」

「へ?あ、あぁ~はい。すみません。」

「まぁいいや。つまりね。鎮守府にはいろんな学校の生徒さんが来るんだし、うちの高校の代表として恥ずかしくないようにしてってこと。ビシビシ鍛えてあげるから覚悟してよね。おっけぃ?」

 流留が納得した様子を見せると、ウンウンと那美恵は頷いた。

 それを見て誰からともなしにプッ、クスクスと笑い始める。流留はすっかり泣き止み、少し充血した目は元の白さを取り戻し、その目は下瞼が少し上がって笑みを作っている。

 

 流留は思った。生徒会長はこういう人なのだ。無条件で頼らせてくれるわけじゃない。優しいだけじゃない。お調子者なだけじゃない。言い方は軽いがその中身はきっと厳しい。安心できる厳しさ。

 きっと、光主那美恵を慕う人は、彼女の人たらしたらんところに惹かれるのかも、そう流留は感じた。

 

「会長になら、あたしの本当のことを話します。あたしの日常を、助けてください。それから、友達になってください!」

 

--

 

 そう言って流留は、これまで自身に起きたことを語り出した。彼女が語り始め二人の少女の隣にいた三戸がふと時計を見ると、資料室に入って話し始めてから30分ほど経っているのに気がついた。流留は、ものすごく安心した表情で、(主に那美恵に対して)自身のことを語り続けた。

 

「そっか。そうだったんだ。女子って怖いよね~。あたしだって女だけど。」

「そうだったんだ。敬大のやつがもともと。でもそれ俺聞いてよかったのかな……? あぁいや、敬大の告白を他人に漏らすつもりないけどさ。」

 那美恵が苦虫を噛み潰したような表情で同情混じりに感情を漏らす。一方で三戸も苦々しい表情をしていたが、仮にも友人の告白の真相を知ってしまったことで戸惑いを隠せないでいる。

「アハハ、なんか友達の事密告したようでゴメンね。そんなつもりなかったんだけど、敬大くんが告ってきたことは本当だからさ。」

「あ~別にそれはいいよいいよ。でも内田さんが女子たちが噂するようなことをしてなくてよかったよ。」

「あたしの事、本当に信じてくれるんだ……。」

「当たり前じゃん。内田さん嘘言えるような人じゃないし。」

「アハハ……ありがとね。三戸君が友達として残ってくれてよかったかも。」

 見つめ合う流留と三戸。いい雰囲気になりかけたのを那美恵が破る。

「うおぉ~い、ふたりとも? あたしお邪魔っぽい?良い雰囲気な感じなところ悪いですけどぉ~~?」

「「!!」」

 見つめ合っていた二人はアタフタとして那美恵に視線を向け直す。

「アハハ、ゴ、ゴメンなさい。そ、そんなつもり全然ないですからぁ~!」

 そのつもり、本気で何も思ってないことが彼女の口ぶりと振る舞いに感じられた三戸はややガッカリして頭をガクッと垂らした。那美恵はそんな二人の反応にクスクスと微笑んでから続ける。

 

「でも、みんな勝手だよねぇ。」

「ほんっと、そう思いますよ。まぁあたしも人のこと言えないですけど。でも○○たちの口ぶりにはイライラしましたもん。」

 那美恵の言葉に同意しつつ、再び自分の境遇の一部を語る流留。苛立ちも復活させてしまい下唇を強く噛み締める。

「人ってさ。誰もがね、自分が見たいと欲する現実しか見れないもんなんだよ。つまり都合の良い現実しか見ないの。」

「あ~分かる気がします。」

「俺もわかるっす。」

 流留と三戸は那美恵の言葉に激しく頷いて納得の様子を見せる。

 

「ま、これは大昔の本に書いてあったことの受け売りだけどね。で、自分が見たくない・見る必要が無い現実も見られる人こそが、いわゆる天才とか、デキる人ってこと。」

「ふぅん……。」

 流留はものすごく感心した様子で聞き入っている。

 

「……でね、都合の良い現実から一歩距離を置いてその現実の本当の姿を見ようとする努力、これが大事なんだってさ。だから今回のことだって、噂話は真に受けないように心がけたもん。みっちゃんと一緒にね。」

 

「……あの副会長ですか?」

「うん。あの副会長ってみっちゃんが周りからどう思われてるのかわからないけどぉ~。」

 那美恵のさりげないツッコミに流留は慌てて取り繕う。

「えっ、あーえーと。あたしが単に感じただけなんですけど。副会長さん、厳しそうだし糞真面目で固そうだなぁ~って。」

「内田さんにかかるとみっちゃんもそうなっちゃうか~。ま、友人としては否定しないけど。でもみっちゃんも悪気があってあなたに突っかかったりしてるわけじゃないのは、わかってあげて。ね?」

 

 那美恵は言葉の最後にウィンクをしながら流留に視線を送った。それを見て流留は少しだけ苦い顔をしながらも頷く。

「でもな~、なんとなく、副会長は苦手かもです。」

「アハハ。ま、根は乙女ちっくで良い娘だからそんなに嫌わないでいてあげてね。彼女もあなたのこと本気で心配してくれてたんだし。」

「はい。」

 流留は申し訳無さそうに頷いた。

 

「それで続きだけど、たまには自分が見たい現実を見るのも大事。そうじゃないと疲れちゃうでしょ?そのバランスが大事だって思うの。だって人間だもの~って頭ではわかってるけど、あたしもまだまだね、絶賛しゅぎょー中です!」

 ふざけて敬礼して言葉を締める那美恵。

「へぇ……。そんなことまで考えてるなんて、生徒会長はやっぱすごい人だわ~。」

「いやいや! あたしだって結構自分が見たいと望む現実しか見てないところあるよ~!ガンガン失敗してるし人を傷つけちゃうことあるし。」

 那美恵は両手を前に出して頭と手のひらを激しく振って否定した。

 

 

 流留と那美恵の間にはすっかり打ち解けた雰囲気があった。もともと流留は社交性があり、一旦話し込めば大抵の人とは仲良くなれる自信と気質があった。それは今までは趣味がらみであったが、目の前の生徒会長とは、心の底から仲良くなれそうと確信を得ていた。それは、かつて自分の一番大事だった人たちと同じ程度に彼女の中では一気に格上げされていた。

 

「どーお?少しは気が楽になった?」

「はい。なんだか、スッキリしました。やっぱ同性の友達っていいですね。なんで今まで作ってこなかったんだろうって、今ものすんごく思いました。」

「アハハ。うんうん。苦しいことは溜めない・諦めないで出してスッキリしちゃおーね。内田さんとはもうお友達だよ?」

「はい。それじゃあ改めてお願いします。あたしを助けて下さい。」

「はーい。喜んで。そんであたしに具体的にしてほしいことは?」

「それは……」

 

 一通り流留から思いを聞き終えた後で那美恵はようやく彼女の要望を聞いた。その内容は期待していた内容とは異なったのに当惑する。

「え、ええと……本当にそれだけでいいの?」

「はい、それでいいです。あたしは失ったものに興味ないですから。それに、あたしが騒ぐことでまた余計ないざこざ作りたくないので。だから、適当に収めてくれればよくって。あたしはこれからの日常を作ることに集中したいから。」

 そう言って流留はまっすぐに那美恵に視線を向ける。その眼の色に那美恵は彼女の強がりを見たが、それと同時に剛とした本気を見た。多分、この内田流留という少女は強固なまでに頑固だ。一度決めたら意志が強い。それがどれだけ問題を起こしてきた、あるいは巻き込まれてきたのか那美恵は知ることはできないが、この良くも悪くも強い意志ある彼女は危なっかしいと思うのに難しくなかった。それはこの数十分話を聞いて打ち解け合った中でも理解できる。

 眼力が強い。那美恵もそれなりにキモが座っていて視線を合わせるのに苦ではないが、この少女の強さはすごい。

 根負けした那美恵はいったんまぶたを閉じて瞬きする。そしてゆっくり口を開いた。

 

「ふぅ……。内田さんは強いなぁ。」

「へ? そ、そうですかぁ?」

「うん。なんとなくそう思ったよ。その強さは色々厄介そう。でもあたしはそんな内田さんのこと、好きになれそう。」

 流留は那美恵の言葉を理解できずに頭にたくさんハテナを浮かべて眉をひそめる。

「アハハ、ゴメンねワケのわからないこと言って。とにかく言いたいのはね、あなたの気持ちを尊重しますってこと。あなたのご希望にとやかく言わないで、望むようにしてみせるから、それは安心して。まぁ、後は内田さん次第ってことになるけど、本当にそれでいいのかなって最終確認。」

「えぇ~と、はい。お願いします。」

「そっか。さて、一通りあなたの事聴き終わったから、みんなの前に戻れそう?」

「はい!」

 

 少女二人が見つめ合い何か理解し合ったように和やかになっていく空気を感じる、唯一男子の三戸は微笑ましく二人を見て頷いていた。というより、今この空間が彼にとっては猛烈に幸せ空間だった。

 なにせ普通にしていれば校内でも一二を争う(と勝手に思っている)美少女二人と密室に3人きりなのだから。加えてどこからともなく漂ってくる良い匂い。間違ってもそんなことは口に出して言えないと自重する三戸だが、察しの良い生徒会長からツッコミが入る。

 

「三戸くん……?なぁにそのにやけた顔?なんというか、すんごい」

「キモいよ?」

 那美恵の視線の先にいるおかしな存在に気づいた流留が言葉を補完してWツッコミとなった。

 

--- 8 一応の収束

 

 隣の部屋から笑い声が聞こえてきたのに三千花は気づいた。どういう話の流れになったのかわからないが、きっと親友が内田流留と上手いこと打ち解けられたのだろうと直感した。

 しばらくして生徒会室と資料室の間の扉がキぃっと音を立てる。3人が生徒会室に再び姿を表した。三千花はその3人の顔・表情を見て、その直感が確信に変わった。

 

 最初に一声あげたのは流留だった。

「ふぅ~~~!あ~スッキリした~!」

 肩をコキコキ回したり首をクルクル回して動かしてストレッチ混じりに声を出す。

 

「も~三戸くんったら激しいんだからぁ~。あたしも内田さんもヘトヘトだよぉ~」

「ちょ!!なに人聞きの悪いこと言ってんすかぁ!?」

 両頬に手を当ててウソの照れをする那美恵のシモネタ気味な冗談に手を振って全力で否定しつつ慌てる三戸。そんな三戸をジト目で三千花と和子が睨みつけた。

「いやいや!二人が頭に思い描いてることなんてしてないから!!ホントにあったらそりゃ嬉しいけど!」

 

 そんなのわかってるわよと三千花たちは三戸の弁解を一蹴し、今回の問題たる那美恵と流留に視線と声を向ける。

「そのスッキリした様子だと、内田さんの本当のことは聞き出せたみたいね。」

「うん。バッチリ。それに内田さんはあたしのこと信じてくれるって言ってくれたんだよぉ。」

「そ。じゃあ私達にも情報共有してもらえるのかな?」

「うーん。それはどうだろー? 一応内田さんのプライバシーもあってぇ~」

 那美恵がもったいぶらせて話さないでいると、流留は那美恵に向かってコクリと頷いて言った。

「会長、もう別にいいですよ。」

 彼女のその表情はにこやかさが完全に復活していた。

「そぉ? じゃあみっちゃんたちにも話しちゃうよ。それとも自分の口から言う?」

「あたしから言います。」

 流留はシャキッと答える。

 

 そして流留の口から、先ほどと同じ内容がその場にいた全員に向けて語られることとなった。その内容は、三千花と和子、そして生徒会顧問の先生を安心させ、またそれと同時に噂や投稿の張本人に対し改めて憎しみを抱かせる内容だった。

 

 

--

 

「わかったわ。内田さん、相当つらかったでしょうね……。周りからそんな風に思われて揶揄されて無視されたら、私だったら絶対耐えられずにどうにかしてたと思う。あなたよく爆発したりせずに平静を装っていられたわね。はっきり言ってすごい。その度胸羨ましい。」

「いやぁーそんな褒められると、照れます。」

 まさか三千花から評価されるとは思っておらず、照れを隠さない流留は横髪を指でクルクルかき回す。

 

「そんなあなたに朗報があるの。ねぇ内田さん。犯人探しして、徹底的に解決してみる気、ない?」

「えっ!?犯人わかるんですか?」

 流留は生徒会室の中央の机に身を乗り出してその意志を表した。

「えぇ。あなたと吉崎くんを盗み見たっていう人はわからないけど、噂というか、SNSのほうは元の投稿者を今運営会社の人に調べてもらってるから、きっと犯人がわかると思う。」

 三千花から提案をされて流留は、しばし首をかしげたり俯いたりして考え込んだが、やがて答えを出した。

「うーん。ま、いいです。どうせ時間が経てばみんな忘れるし、生徒会のほうで覚えてもらえればそれで十分です。」

 まだ逃げるつもりの姿勢でいるのかと三千花は流留に対して感じ、言葉強く言い返す。

 

「けどね内田さん。一度犯人をきちんと突き止めて処罰しないと、また同じことの繰り返し起きるよ?無視すれば解決するって思うのと、泣き寝入りはまったく別物なんだから。」

「あたしは……あたしを信じてくれる人が一人でもいればそれでいいんですよ。あとはどうでもいい。言わせたいやつには言わせておけばいいんです。」

「でも……」

 三千花は食い下がるが、その言葉を遮って流留は続ける。

 

「それに今回は敬大くんっていう相手が悪かったんですよ。好きって娘多いみたいだから、多分ヤキモチ焼かれてハメられたんです。もう敬大くんとはお互い話さない関わらないって決めたから、そのグループの娘たちもそのうちコロッと忘れると思うんです。どのみちあたし、もう無視されてますけどね、ヘヘッ!」

 普段の明るくハツラツな様子で鼻息粗めに皮肉を込めて笑う流留。

 

 流留のその様子を目の当たりにした三千花は那美恵の側に寄り腕を掴んで部屋の隅に引っ張っていき、彼女に耳打ちした。

「ねぇなみえ。あなた内田さんを説得出来たんじゃないの?本当のこと話してくれたのはいいけど、今回のいじめに対する態度というか考え方があんな感じだと、根本からの解決にならなくない?」

 三千花の指摘を受けて、んーと唸ったのち那美恵は三千花に言い返す。

「あたしも一回は確認してみたんだけどね。彼女がそれでいいって言って真剣に見つめてくるからさ、あたし根負けしちゃった。」

「なみえが先に視線をそらすって……内田さんって、噂に違わず気が強い娘なのね。」

「でも内田さんはね、周りの人と仲が悪くなるのを怖がってるんだと思う。恨みを買いたくないんだと思う。デリケートな面もあるんだよきっと。」

「でもだからってこのまま上辺だけの対応みたいで終わるのは私たちとしても気まずくない?」

「みっちゃんはちょっと忘れかけてるかもしれないけど、あたしたちがやるのは彼女からお願いされたこと。生徒会として風紀を乱さないよう注意を呼びかける対策をするのと彼女のお願いが大体一致してるからそれをするわけでさ。犯人探しは一理あるけど、それやったら無視・気にしないを決め込んでてもどうしても気になっちゃうのが人間だよ。悪い感情残しちゃう気がするから、あたしはそこまではやらないほうがいいと思う。あくまでこちらからの提案ってだけにしとこ?」

「そんな……それじゃ再発を防げないじゃない……。」

「今回はそれでいいとしてさ、彼女が今以上のことをお願いしてきた時に、何かしてあげよ?」

 那美恵の言葉に納得の行かない様子を見せる三千花だったが、一つため息をついて気持ちを切り替えた。

「……わかった。けどなにか起きてから次の対応っていうのは後手であってあまり良くないよ。だから最初の投稿者だけはあたしたちでしっかり情報保管しておきましょう。次に同じ問題が起きそうな噂が漂ったらそれを切り札にするのよ。それをどうするかはなみえに任せるわ。」

「サラリと重大な情報預けようとするねぇ~みっちゃん。ま、いいや。内田さんを守るためだからね。あたしにお任せあれ。」

 那美恵は拳を胸に添えて張りながら言った。

 

--

 

 ふたりが部屋の真ん中の机の側に戻ってくると、三戸がどうしたのかと尋ねた。

「ううん。ちょっとね。みっちゃんと今後のことについて確認し合っただけ。」

 那美恵は頭を振って三戸に回答した。

 そして那美恵は三千花の顔をチラリと見た後、まばたきだけで頷いてから流留に視線を向けて口を開いた。

「内田さん、じゃああたし達の提案は今回はやらないということで、いいのかな?」

「はい。ありがたいけどそれはそれで。あたしが望むのは最初に言ったことと、早く鎮守府に連れて行って下さいってことだけでよろしくです。」

「おっけぃ。じゃあそれ以上はあたしも何も言わない。内田さんとの話はこれまで!」

 那美恵は流留の方から三千花、三戸、和子のほうに視線を戻して言う。

「みんな、掲載の準備はできてるよね?あとはSNSの運営会社からの連絡待ち。投稿データの証拠がもらえるならきっちりもらっておいて、その後全部消してもらう。それで、内田さんからの依頼作業は完了。」

「えぇ。」

「了解っす。」

「わかりました。」

 

 その後生徒会顧問の先生と和子は掲示用の文章をコピー機で刷ってきた。時間にして17時を過ぎた頃。校内にはほとんど人の影はない。貼り付けに行くには人に見られず、集中できていい頃だ。

「会長、校内の掲示板はこれだけあるので、4人でやればすぐ終わると思います。」

と和子は数を数えながら言った。

「先生も手伝いますから、5人ですよ。」

「あの!あたしも手伝いますよ!」

 流留も声を揚げた。それに対して三千花が断りを入れる。

「いや、内田さんは別にいいのよ。あなたに関係あるとはいえ、これはあくまで生徒会としての仕事だから。」

「いえいえ。張り紙くらいは手伝わせて下さいよ!今はなんだか、少しでも動きたくてしょうがなくって。」

 

 ポジティブな方面で食い下がる流留の勢いに負け、三千花は那美恵がコクリと彼女が頷いたのを確認すると、流留の参加を承諾した。

「わかったわ。じゃあ内田さん。貼り付けるの手伝ってください。」

「はい!」

 

 6人で行なった校内の掲示板への貼り付けは、それなりに大きい校舎2棟あるにもかかわらず10分もかからずに終わった。そして那美恵質6人は再び生徒会室へ戻ってきて、作業の完了を報告し合った。

 掲示がどれほどの効果があるかは流留は想像つかない。しかしやっと信じられる人ができた、壊れた日常の代わりになりうる生活が目の前に迫ってきているという安心感と期待感が、彼女にもとのハツラツさと元気を取り戻させつつあった。

 

 

--

 

 翌日・翌々日になったが、校内の空気はそれほど変わっていなかった。ほのめかした程度の内容では効果が望めないと那美恵たちの誰もが感じたが、SNSの方に目を向けると、空気が一変していた。

 やはり流留には回ってこなかったが、それらの投稿を見たという彼女に味方する数少ない男友達、彼らにつながる数人の女子生徒たちから人づてで話を知ることになる。

「あの掲示板ヤバくない?先生たちにこのSNS見られたかな?」

「あの投稿消さないとまずくない?」

「心配することないっしょ。単なる脅しっしょ。それにウチラだって回ってきたの再共有しただけだし。それにしても誰やったんだろ?」

「流留と吉崎くんが相談しに行ったんじゃないの? でも敬大くんは先生たちからも評価いいしチクるなんてしない人だし。きっとあの内田流留がしたんだよ。男子とばっかいて態度でかくて成績悪いやつ。マジうぜぇ」

「でもそんなやつがいじめられてますなんて言ったって誰が信じるのよ?問題ないって。」

「そーそー。それに全員がマジで処罰されるなんて現実的にありえない。」

「そもそもこの写真だれが最初に投稿したの?何組のやつ?」

「そいつだけ処罰受けるだけっしょ。あたしたちにはかんけーないよね~」

「どのみち内田流留ネタ、もー飽きたからどうでもいい。どのみちあんな変人無視するに限るわ~」

「・・・でも○○くんにも手を出してたようならあたしは絶対許さない。追い詰めまくってやる。」

「まぁその時はその時でいーんじゃない?またどこかからいいネタ写真流れてくればサイコーだよね~。」

「ね~」

「ね~」

 

 様々な反応はあれど、確実に掲示は人々の心に影響を与えていた。そしてこの手のいじめをかつて中学時代に受けたことがある流留の経験則は、ある意味当っていた。

 さらに翌日になると、実際の学校生活の雰囲気でも、もはや流留の写真ネタに関することはすでに遠い昔のような、古いネタ扱いになっていた。流留がふんだように、もともとが吉崎敬大の取り巻きによる行為だったために、流留と吉崎敬大の関係がまったく話題にあがらなくなると、流留へのいわれなき誹謗中傷もあっというまに鳴りを潜めることとなる。ただしそれは完全に無関係の一般生徒の話であり、流留に想い人を盗られたと信じて疑わない一部の女子生徒からは引き続き静かに恨みを持たれることになる。

 わずか数日程度とはいえ、一度根付いた当事者への印象はなかなか拭い去れない。もともとが同性との交流がほとんどなく男子生徒とばかり接していた変わり者の流留である。ただの生徒の誹謗中傷よりも印象付けが強い。そのためしばらくは同性たる女子たちからの誤解が完全に解けることはなかった。

 

 誤解が完全に解けるまでは女子たちはもちろん、流留の取り巻きだった男子、密かに想いを寄せていた男子たちからも、噂や投稿による流留の印象は根強く残り続け、流留はなんとなく避けられる日々が続く。

 流留はこの日以来(三戸以外の)男子生徒と話すのを控え、普段は誰とも話さない孤立した存在となっていく。ただ変わらないのは、変わり者の美少女であること。態度の一変した彼女に興味を抱く者も少なからず出てくるが、先の噂話の影響もあって、彼女に直接コンタクトを取ろうとする者はいない。

 

 そして変わったのは、新たに彼女の心の拠り所となった、光主那美恵と艦娘部の存在である。かつて流留が小さい頃から追い求めてきた安心できる・依存できる従兄弟たちの影、その代わりにと求めて作ってきた日常は、彼女の変化とともにゼロクリアされた。それでも原点である従兄弟たちの影を捨てきれない彼女は、新たな拠り所として1年年上の光主那美恵と艦娘部、そしてまだ見ぬ艦娘の基地、鎮守府に希望を託すのだった。

 


 
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