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Blue-Crystal Vol'01 第一章 ~運命の交叉~

C90発表のオリジナルファンタジー小説「Blue-Crystal Vol'01」のうち、 第一章を全文公開いたします。

2016-07-30 14:31:08 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:1008   閲覧ユーザー数:1008

 

 <1>

 

 その世界において、人間とは仮の支配者に過ぎなかった。

 例えば、昔日の賢人たちが叡智を結集し築き上げた文明。

 或いは、支配欲に狂いし権力者の手によって興された強兵の国。

 各々の時代を象徴し、栄華を極めたこれらは全て大地の上に存在し、その大地もまた一切の例外なく、世界を構成する自然という法則の上に成立しているがゆえである。

 時の為政者が如何なる善政を敷いたとしても、如何なる堅固な城壁を構えて外敵に備えたとしても、自然がもたらす些細な気紛れによって、その命運は大きく左右され、そして、人間とはその大いなる力の前には全くの無力。

 地震、大火、豪雨、落雷、洪水。

 或いは干ばつ。

 そして、それよって発生する疫病や飢饉。

 そう。この気紛れこそが、真の意味において世を支配するもの。

 人、動植物、果ては魔物の生命をも弄び、歴史を裏側より操り、織り成すもの。

 その正体を、人はこう呼ぶ。

『災厄』──と。

 数多の命と文明、そしてこれらの遺産が『災厄』という名の支配者によって灰となり、儚く消えていく。

 長き歴史のなか、このような悲劇は一度や二度ではない。

 しかし、その度に人は立ち上がる。

『災厄』に見舞われるたび、彼らは生きるための力と知恵を身につけ、その知恵を行使する為に様々な努力を重ねていった。

 大火に耐える造りの城を築き、豪雨に耐えうる治水を街に施した。

 病に備えて薬を発明し、飢饉に備えるため、蓄えという概念を身に着けた。

 だが、自然の気紛れは、そのような人間の思惑をも嘲笑う。

 激震によって発生した地割れは、人が築いた城を崩落させるに十分な威力を有していた。

 人の予測を超えた豪雨は、忽ちのうちに河川を氾濫させ、それにより蔓延した新たな疫病は既存の薬を受け付けず、果てには蓄えた食料をも腐らせていく。

 人間の歴史とは、これら『災厄』との戦い──その系譜であり、そのような観点から見れば世界中が戦場であると言っても過言ではない。

 ──そんな終わりなき戦場の一つ。

 世界に存在する七つの大海。これを隔てるかのように浮かぶ五大陸。その最西端に位置するラムドと呼ばれる島国がある。

 南北に細長く伸びるラムド島は、南に標高の高い山脈が集中し、北に進むほど平坦な地形が続くといった地形。それゆえに人々の多くは北に集い、やがて執政と商業の中心地として栄えていき、南の地では豊富な鉱山資源と、標高による気温差を利用した農耕や牧畜によって、国の産業を支える役割を担っている。

 多くの街道が南北を縦断するかのように築かれ、その上を多くの隊商が行き来していた。その周囲を甲冑や刀剣類で武装した強面の戦士たちが、野盗や魔物の襲撃に備え、これらと並び歩く。

 近海では、或いは湖では船乗りが荷を運び、魚を捕り、森林では猟師が弓矢と猟犬を駆使して獲物を狙う。

 日がな一日安穏と暮らす者、昼夜を問わず勤労する者、学門に生涯を捧げる者、神への奉仕に従事する者、一家の主の帰りを待つ女子供──

 様々な場所で、様々な人々の生活が営なまれていた。

 一見すると、これらは平穏めいており『災厄』との戦いとは無縁のようにも見える。

 しかし、この島国ラムドこそが今まさに、大いなる『災厄』に見舞われんとしていたのであった。

 

 ラムド島中央部にアルトリアと呼ばれる都がある。

 建国の日より存在し、今もなお、執政の中心としての役割を担っている『王都』である。

 そのアルトリアの北側。深緑の木々に覆われた小高い丘陵の上にそれはあった。

 石造りの王城。

 外壁の白色は周囲の緑の中において一層際立ち、その彩りたるや、一目見た者を陶然と魅了するほど。正門側の防壁に備えられた二つの見張り塔よりも更に高く、天を衝くかの如く聳え立つ三つの尖塔もまた各々細部の形状が異なっており、機能的でありながらも芸術的。まさに人間の長き歴史の中にて培われた叡智の粋を集めたが如き麗容を誇っていた。

 そんな麗姿たる王城の主──ラムド国の王は王宮の露台より姿を現し、南の空を仰いでいた。

 視線の先にあるのは、澄み渡る青空の中に浮かぶ黒点。

 例えるならば、それはまるで暗黒の太陽。天空の円屋根にぽっかりと開いた孔。

 そして、その孔からは下界に向けて絶えず黒き砂状のものが舞い降りている。

 冠を戴きし若き王は思わず身を乗り出し、露台の手すりを掴んでいた。そして、天空の孔の先に見える黒の空間に向け、鋭い視線を投げかけていた。

 その表情は複雑。憂いの色彩が帯びたかと思えば、やりきれぬ怒りを込めたかのように、眉間に深く皺が寄る。

 そうかと思えば、嘆きを堪えんとばかりに目尻が震えはじめ、遂にはこれらの感情を押し殺すかのように、奥顎に力が込められる。

 黒き太陽を見つめ続けること数瞬。王はゆっくりと口を開いた。

「──ただのお伽噺だと思っていた」

 絞り出すかのような声。口調は重々しく、苦悩の感情に満ちたものであった。

 その発言は、王の背後、十数歩ほどの距離を置いて控える一人の女へと向けられたもの。

 長く、しなやかな髪が印象的な女性であった。後頭部のところで結い上げられたそれは毛先に至るまで小奇麗に手入れが施されている。

 派手さとは程遠い容姿であったが、物腰より滲み出る穏やかさと相俟って、見た者に清潔感と安心感を印象付ける。そんな女性であった。

 だが、そんな彼女を特徴づけるものが一つだけ存在していた。

 それは彼女が纏いし装いし衣。

 宮廷の貴婦人のそれを彷彿させるかのように露わとなった肩と二の腕。豊かな胸の双丘を覆う布地の下、腹部を絞るは薄紅色の帯、そして下半身は脛まで伸びた長いスカートといった、着用者の女性的な魅力を十分に表現できる洗練された構造をしていた。

 だが、特徴的なのはその色。薄紅色の帯以外の布地の色にあり、それらは僅かな汚れも見当たらぬ純白色によって統一されていたであった。

 まるで、この王城の色彩に倣っているかのよう。その様たるや、伝承や神話の世界に登場する、神の寵愛を得た聖女の如し。

 そんな彼女の装いを一層際立たせているのは、肌が露わとなった胸元を飾る装飾品。

 淡き青の色彩を放つ水晶があしらわれた首飾り。純白の衣装、紅色の帯と好対照な色彩が、彼女の神秘性を更に引き立てていた。

 だが、この聖女へと向けられた王の言葉からは、そんな彼女に対する神妙さ、畏怖の感情など一切感じられぬ。それどころか、まるで忌々しいものを吐き捨てるかのような口ぶりであった。

「異界への門。忌まわしき魔物発生の源泉。我が国を蝕み続ける『災厄』が、まさか現実に、事もあろうか私の目の前で起ころうとしているとは……」

 そして王は口にした。天空の円屋根にぽっかりと開き、地上に向けて黒き砂を舞い降ろし続ける暗黒の孔へと向けて。

 誰が言いだしたかはわからぬ、その災厄の総称を。

『魔孔』──と。

 そして、王は憎悪の感情を込めて睨み付けた。

『魔孔』と呼んだ孔より降り注ぐ落下物──魔物の群れを。

 インプ、夢魔、怪鳥に妖鳥、そして悪魔。数多ある魔物のうち、飛行を可能とする有翼の種ども。人に仇なし餌食とする鬼畜、或いは堕落させる外道ども。

 やがて南の空に赤みが差した。

 魔物が舞い降りし南の山岳地帯、その斜面に造られた山村であろうか。今、村は『災厄』の襲来により、そこにて育まれた人々の営みが破壊されはじめていた。

 空を焦がすこの赤色は──恐らく炎であろうか?

 国を統べる男は、その様を遥か遠くの王宮から見届けるしかできなかった。

 怒りと苦悩に満ちた表情で、王は女の方へと向き直る。

「──どうしてだ?」

 そして、問うた。

「『魔孔』は六十年前に消滅したのではなかったのか?」

 女からの答えはなかった。

 ゆっくりとした所作で前へと足を踏み出した彼女は、王の隣の位置にて歩みを止め、露台の手すりに手をかける。

 天を仰いだその瞳に──暗黒の太陽が映る。

 その目には如何なる感情も宿してはいなかった。だが、呆然という訳ではない。何らかの意思を有しながらも、彼女は『魔孔』を眺めていた。

 首元の青水晶が、陽光を浴びて淡い光を放つ。

「──!」

 刹那、彼女の隣にて同じ空を見上げていた王が、声ならぬ声を上げる。

 視線の先には、変哲もない透き通った青空が広がっていた。

 一点の曇りもない、純然たる蒼が。

 消えていた。空より『魔孔』が。

 何の前触れもなく。

「どういう事だ?」王は戸惑いながら、女に尋ねる。

「何をしたのだ?」

 白衣の女は首を横に振る。

 そして、告げた。

 ──私は何もしてはいない、と。

 だが、王は言葉に秘められた真意を汲み取れず、表情に刻まれし戸惑いの色を一層濃くするのみ。

 女は続けた。

「ただ、移動しただけです。あれは一箇所に留まることはありません。ある時は空、またある時は海、そして、またある時は地上。洞窟、火山の奥底──活動期に入った『魔孔』は、あらゆる場所に現れては災厄を撒き散らすのです」

「活動期だと?」

 王は怪訝めいた表情を浮かべた。

「では、六十年前に消滅したのは……」

「消えたのではありません。一時的に閉じただけなのです」

「その眠りから覚めたのが、今なのだと。お前の来訪はこの『魔孔』の再活動に関することだと言うのか?」

 王は一度口を閉ざし、生唾を飲み込む。

 そして、続けた。

「──名を教えては頂けないだろうか? 大聖堂の使いであるとは聞いているが、その口ぶりから察するに『魔孔』の性質を熟知しているその素性に大変興味がある」

「私の名などにそのような価値はございませぬ。ですが、素性を知りたいという陛下のご希望に沿う答えならば、ご用意することは可能です」

 女はそう告げると、その手で胸元に光る青水晶に触れる。

「私は『聖石の巫女』──『魔孔』に眠りを与える事ができるこの『聖石』の使い手に与えられし名にございます」

「貴殿ならば活動期に入った『魔孔』を閉じることができる。そう言うのか? 一体、どうやって?」

「活動期の『魔孔』は神出鬼没。人の手が届く地上に現れた時を狙うしかありません」

「地上に現れる場所と時間に、見当はついているのか」

 巫女は首を横に振る。

「各地を旅し、偶発的に遭遇する事以外に方法はございません。ですが、六十年前──先代の巫女が見事『魔孔』を閉じ、休眠させることに成功させましたのですから、全くの不可能という訳ではございません。陛下のご協力が頂ければという前提ではございますが」

「人を出せ、という訳か」

 若き王は吐き捨てた。忌々しげに。

 その口調は『魔孔』に対する怒りが尾を引いたものであり、同時にこの交渉上手な女に対する苛立ちでもあった。

「確かに我が国では魔物から街を守るため、所要な都市に騎士隊の活動拠点を置いている。土地勘も確かで、地域住民からの信頼も厚い彼らの情報網をもってすれば、確かのそのような異変に対する情報程度ならば簡単に掴むことはできよう」

「先代も当時、こうして王宮を訪れ、協力を求めたと言われております。我が大聖堂と宮廷の関係は、言うなれば『魔孔』という災厄と戦う同志として、長きにわたって関係性を構築して参りました。私はそれが今も受け継がれているものと信じ、あの『魔孔』休眠への協力を求めに参じた次第にございます」

 胸元の青水晶が光を放つ。

 水晶とは、一般的に衝撃に弱く脆い鉱物であると言われている。にも関わらず、巫女の胸元で輝くそれには一切の疵すらなく、陽光に反して放たれる青い光は純然にして神秘的ですらあった。

 そして、短くも深き沈黙の後、彼女は告げた。

「──私はこれより『魔孔』を閉じるための旅に出ます」

 巫女の瞳に真摯な光が宿る。

 その光は胸元を飾る水晶のそれと、どこか似ていた。

「旅のご支援を、どうか」

「……わかった」王は即答した。

「偶然に頼るしかないというのは歯痒いが、それが災厄から国を守る唯一の手段だと言うのならば、宮廷としてもそれを拒む理由はあるまい」

 王は沈黙の中より垣間見えた巫女の覚悟の強さを感じ取っていた。

 彼の決断はその意思を汲むがゆえ、その口ぶりたるや既に答えが決まっていたか如し。

「言え。各地の情報網以外に『魔孔』を閉じるために必要なものとは何だ?」

「『魔孔』休眠の儀式は、それが地上に転移した時を見計らい、その間近で行わねばなりません。故に儀式が完成するまでの間、『魔孔』の奥よりやってくる魔物の軍勢から私の身を守っていただくための手段を必要としております」

「ならば、旅に必要な金と、貴殿の身辺を護衛するため、腕利きの騎士を数名用意しよう。あとは各地に点在する騎士団には『魔孔』に関する情報を集め、近辺にて発見次第、貴殿に護衛として同行するよう命を下すとする──今、我々にできるのは、この程度の事でしかないが」

「いえ、十分にございます」

 巫女は、改めて王へと向き合い、ゆっくりと頭を下げた。瞳に真摯な光を湛えたまま。

「五年──私に時間を頂ければ、必ずや『魔孔』を眠らせてご覧にいれましょう」

「期待はしている。故に無理はするな」

 若き王は、励ましの言葉を投げかける。

「焦って事を成さんと思えば、却って満足のゆく結果は得られぬもの。力を蓄え、気が熟すまで待つ勇気を持つこともまた必要と心得よ」

 そして、彼は室内に戻るよう、巫女を促した。

「この季節のアルトリアはまだ寒い。そのような薄着では身体に堪えよう。今、貴殿を歓迎する宴の準備に取り掛かっている頃合、始まるまでの間、室内で休まれるといい。温かい茶でも用意させよう」

 

 巫女が室内へと入ったのを見送った王は、改めて天を仰ぎ、空を見上げた。

 そこにはもう、災厄の中心たる『魔孔』は存在せぬ。その視界には雲一つない青空だけが広がっていた。

 だが、僅かに南の空が赤く燃えているのが見えた。

 今、まさに『魔孔』からの被害を受けた集落より、火の手があがっていた。

 南の山岳地帯、その斜面に造られた山村。

 今頃、麓の街に駐留している騎士隊が村を救うため、急ぎ山道を駆けあがっている事であろう。

「今回は凌げよう。だが……」

 王は呟いた。そして、憂慮する。

 いつの日か、必ず訪れるであろう『魔孔』再来の日を。

「数十年もすれば、また開いてしまうのだ。次は果たして、このように上手くいくものか──」

 次に『魔孔』が開いた時、もし政治的な混乱期と重なってしまった場合、このように手厚い支援ができるというのか?

 いや、それ以前に──その時に至る前に、何らかの理由で巫女の継承が途絶える可能性もあろう。

 或いは、からくも『魔孔』の災厄を退けたときに必ず起こるであろう国力の衰退──その間隙を狙う野心的な他国の侵略を許してしまうのかも知れない。

 そう。人の世界は常に流動的なのだ。未来への確固たる保障など、何処にもありはしない。

 だが、対する『魔孔』はいずれ確実に目覚め、活動を繰り返す。

 機械的に。そして冷徹に。

 この性質を変えぬ限り、人間はいずれ、この災厄に敗北する運命にある。魔物に蹂躙され、惨たらしく死んでいく未来が約束されている。

『変質』

 これこそが、この国の者達に与えられた使命。『魔孔』という災厄から決別する為の唯一の手段なのかも知れない。

 しかし、それは容易な事ではなかった。

『魔孔』の長い覚醒周期──数十年という時間。それは、人々の記憶より恐怖心を薄めさせるには十分にして余りある代物であるがゆえに。

 今回の災厄は、あの巫女の活躍によって凌ぐことは出来よう。

 そして、その直後には国中が一丸となって様々な対策を講じる為、誰もが知恵を絞るであろう。

 様々な案が講じられ、新たな規則が作られ、誰もが精力的に動くであろう。

 いずれ、再び訪れるであろう悲劇を回避するために。

 子や孫の時代に、自分達と同じ運命を辿らせぬために。

 だが、『魔孔』が休眠期に入り、平穏な時が十年、二十年と続けば、必ずや人間は弛緩する。

 手が緩む。強靭な意思もゆっくりと萎んでいく。

 過去の痛ましい記憶から逃避し、再び泡沫の甘い夢を見るようになる。

『魔孔』は虎視眈々と狙っているだろう。先の災厄を知る者が老いて世を去り、国中の緩みが最高潮に達した時を。

 王は歯噛む。

 そう。その時はもう、自分はこの世にいないのだから。

 未来、必ずや訪れる滅びの日に対し、何をする事もできないのだから。

 ふと、南の山より燻りあがる煙に王の目が留まる。

 天の『魔孔』から降り注ぎし魔物の襲撃を受け、炎上する山村から立ち上る煙。それはまさに滅びの未来への狼煙。

 王は絶望的な思いに駆られていた。

 

 だが、この時──王は知らなかった。

 この呪われし輪廻を、運命の輪を断ち切り、この国に『変質』をもたらす力を持つ者が今、彼が見つめし炎の中から生まれんとしている事など。

 そして、それは王族や貴族などといった血統や境遇に恵まれた訳ではない、ただの子供であるという事など。

 ──全ての始まりは、この災厄によって歪められた、ほんの僅かな運命の交叉に過ぎなかった。

 

 <2>

 

 話は少し前に遡る。

 ラムド国の南部には、大部分を樹林によって覆い尽くされた山岳地帯が広がっている。

 この地にはこれら上質の材木を目的とした一部の人間達が定住し、山の斜面に集落を形成。彼らは同村の仲間との互助のもと、伐採や開墾、そして獣狩りなどの手段を糧とした生活を営んでいた。

 しかし、現在はと言うと、昔日の豊かな営みは陰りを見せ、まるで発展していく時代の潮流に逆らうかのように、これらの村々は衰退の道を辿り始めていた。

 辺境の地の常なのか、村で生まれ育った若者はやがて華やかな生活に憧れるあまり、故郷を捨て、都会への移住をはじめ、それに伴い、村を支える労働力の高齢化が急速に進行。かつて、林業や農業で支えていた村の産業は急速に衰退。これらの事情が、更に人々の村離れを誘発していた。

 無論、年を追うごとに村にて産まれる子供の数は減少しつつあり、目下の課題である村の若返り──その解決の糸口すら見当たらぬ有様。

 そんな山村の一つ。

 入植時代の初期に拓かれた村。名こそなくとも当時の代名詞とも言うべき場所として知られていた。

 その知名度の恩恵か、数こそ少なく、頻度こそ稀であれども村入りを希望するものが各地より訪れることもあるほど。

 他の山に点在する村とは異なり衰退とは無縁。ゆえにそこに住まう村人達の表情も明るかった。

 畑では老人たちが野良仕事に精を出し、近くの山林では一家の主が、斧を振りかざして大木の幹に刃を叩き込む。

 広場では子供たちが遊び、それを見守る母親たちが歓談する。

 この村では、いまだ昔ながらの生活が変わることなく維持されていた。まるで時代の潮流に、自ら望んで取り残される道を選んだかのように。

 季節は初秋──収穫の時期である。この村に限らず、農業を主産業としている街や集落では収穫を祝う祭りが行われるのが常。

 だが、祭りの主役たる村の大人たちはと言えば、その準備に焦り、奔走する様子などなく、ただ、のんびりと時を過ごしていた。

 祭りに必要な設営や、振る舞われる料理、芸を披露する楽団──これらに要される人員、準備や手配、それらに伴う金銭的負担などは全て、その地を支配下に置く貴族達が全て背負うという決まりになっているがゆえ。

 余った税の還元と、貴族たちによる権力の誇示と発揚。そして、これら支配者に対する民草の忠誠心を維持させることを目的として百数十年前より始められたこの慣習。何一つ労することなく普段触れる機会のない都の文化に触れ、王宮で振る舞われる酒や料理を腹一杯に味わう事ができるとあって、村人たちもこれらの施しを歓迎せぬ謂れはなく、忽ちの内に定着していった。

 今年はどのような催しが行われるのか?

 振る舞われる料理は? 酒は?

 どこの高僧が祝詞を授けてくださるのか?

 訪れる楽団は? 踊り子は誰なのか? 吟遊詩人は誰なのか?

 そして、彼女らの容姿は? 衣装は?

 劇団は? 演目は? そして道化は──?

 この辺境の、名も無き村において祭の話題を口にせぬ者は皆無。そして、胸躍らせぬ者もまた皆無であった。

 洗練された芸術に芸能に対する興味、神事に対する純然たる畏敬、これらに精通した瀟洒な担い手たちに対する厚い憧憬の思いが、彼ら辺境の民の心を強烈に動かしている。

 宴を数日後に控えて誰もが浮足立つなか、一際その日を心待ちにしている少女がいた。

 娘は村の外れにある草原の真ん中に佇み、ひとり歌に興じていた。

 髪は艶を帯びた黒瑪瑙、肌は雪のように白い象牙。容貌の繊細さは齢六つにして十分に引き立っており、幼いながらも、その顔つきはどこか清楚な印象。

 そんな娘の喉から発せられる歌声は、子供ながらに、なかなか堂に入ったもの。

 腹の底から押し出された呼気が音程に合わせて調整された声帯を通し、発生した音の振動を胸や頭部に伝播させていく。

 これら三種の振動は、絶妙な共鳴と化して少女の口腔より発せられた。子供特有の透明感を帯びた歌声は、周囲の山々に反響。天使の輪唱と化したそれらはやがて──雲一つなき青空へと溶けて消えていった。

 全ての声が止み、草原に静寂が訪れたその刹那。

「──また、その歌かい?」

 少女の足元より、声がした。

 長い沈黙に耐え切れぬと、軽く茶化すかのように。

 少女の隣にて寝そべっていた声の主がゆっくりと身を起こす。

 銀色に輝く髪の少年。彼もまた、なかなかに繊細な顔立ちをしていた。子供ゆえに男特有の凛々しさとは無縁であったが、不思議と魅惑的。

 年の頃は八つか九つといったところであろうか。そんな彼が、歌に興じる少女をからかっては、屈託のない笑みを浮かべた。

 決して美少年と称すべき容姿ではなかったが、誰もが一目で好感を覚える、そのような相。どこか愛嬌のある笑みに、少女もまた笑みを返す。

「去年の収穫祭の時、聖歌隊の人に教えてもらった歌よ」

「アイリは凄いな。あの日から一年──毎日欠かさず練習しているんだから」

「──うん」アイリと呼ばれた少女は、元気よく頷いた。

「今年は一緒に歌うんだ。この歌を教えてくれた人たち──ルインベルグ聖歌隊と人たちと」

 少女は目を輝かせていた。

 遥か北方の地──万年雪に覆われし宗教都市ルインベルグの大聖堂。そこはラムド国最大にして、最長の歴史を有する聖歌隊を擁する、言わば歌い手の聖地にして名門。

 歌唱技術のみならず、指導もまた国内屈指の高水準。歌を嗜む者ならば、国内外問わずその名を知らぬものは皆無。宗教組織の一部であるにも関わらず、その技術を目当てに、信仰に興味を示さぬ者──時には異教徒の類に至るまで、その門を叩く者が現れるほど。

 その集団が昨年、この村の収穫祭に訪れたのである。

 娯楽に恵まれぬ辺境の民にして、かつ多感なアイリは忽ちの内に、その繊細にして華やかな歌声に魅了された。絶対なる美の頌歌に強く感銘を受けるあまり、祭りの期間中、他の催しをそっちのけで聖歌隊の歌に聞き入ってしまうほど。

 聖歌隊も毎日通う健気な少女に関心を示したのか、アイリが聖歌に興味を示したと知るや、彼女のために特別に指導をする時間を設け、一曲、伝授するよう計らったのである。

 その粋な計らいに無垢な少女が感動せぬ謂れはなかった。歌に対する興味は憧れとなり、日を追うごとに憧れは熱意へと化した。

 そして、アイリは仄かな夢を抱くに至る。他の子供たちの例に漏れず、都での暮らしを。

 由緒正しき聖歌隊の一員になるという夢を──

 ここは碌な娯楽も刺激もない、林と畑しかない辺境の山村。少年は子供ながらに、この村が抱える退屈さというものを感じていた。

 しかし、そんな中であるにも関わらず、彼女は見つけていたのだ。人生の目的を。退屈からの脱却を。

 ──少年は、そんなアイリを心底羨ましく思っていた。

 それはまさに生きる意味そのもの、今後の彼女に生きがいをもたらせてくれる至宝に他ならないのだから。

 表情が微かに変化を遂げる。

 屈託のない笑みから、羨望へと。

 アイリは、少年の微かな変化を敏感に察していた。

 そして、優しく励ます。

「私にだって見つける事ができたんだから、きっと見つかるわ」

「そう……かな?」

「大丈夫よ」

 黒髪の少女は、その歌声に相応しき天使の笑みを浮かべた。

「画家ラファイエットの孫──アイザック。貴方なら必ず」

「爺さんの話は勘弁してくれよ」

 アイザックと呼ばれた少年は、迷惑そうに頬を掻いた。

「あの偏屈者のお陰で、僕たち家族はどれだけ肩身の狭い思いをしたか──」

「麓の都では、かなり有名な画家だったのでしょう?」

「──色々な人達が家を訪れていたよ。理由はわからないけど、爺さんはそれをひどく嫌がっていた」

 子供ゆえに、アイザックは知らなかった。

 家を訪れた者達が全て、彼の祖父の名声を聞きつけた人間。言い換えれば、仕事の依頼者であった。

 だが、その依頼の内容とは惨憺たるもの。その大半が表現者本人の矜持に反する作品の製作を依頼するといったものであったのだ。

 そんな世の理不尽さに業を煮やした祖父ラファイエットは、この山での隠居を決意。同じく画家を志したアイザックの父も、自立ができるほどの腕を持っておらぬがゆえ、なし崩し的に、一家全員が同行することを余儀なくされた。

 それが二年前の出来事である──

 しかし、長きにわたって険しい山々を開墾する事によって生き続けてきた山村の者達が、そのような労苦を知らぬ都からの新参者を快く受け入れるはずもなかった。

 村の集会や日々の農作業においても徒や疎かにされるのが常であり、その様たるや共同絶交も同然。

 そして、子供というものは──そんな大人たちの背中を見て育つもの。そんな大人たちの悪しき世界は子供にも脈々と受け継がれていた。瞬く間にアイザックは子供たちの間より孤立。彼がこの村に移り住んでから二年。村の子供たちと遊んだことは皆無。ただ一人、こうして人目につかぬ草原をのんびりと歩き回る日々を過ごしていた。

 そんな彼が、アイリと出会ったのは一年半前。

 アイザック一家の境遇を憐れんだ村長一家が、密かに擁護をはじめたのである。だが、村長と言えども、所詮は多くの村民のうちの一人に過ぎぬ。たかが一家、五人そこそこの人間が庇ったところで、村を支配する風潮が劇的に変わる訳ではなかった。

 だが、これをきっかけに、一家と村長家との交流が始まった。

 そして、村長家の一人娘が、このアイリいう名の少女。

 歳も近いこともあって、自然と二人は友人となった。

 アイリにとってのアイザックは、村の中で唯一、村の外の世界を知る少年。多感な少女の興味を刺激するには十分な存在であると言えよう。

 また、アイザックにとってのアイリとは、まさに孤立という闇の中から救い出してくれた天使に等しき存在。

 そんな二人が出会ったのだ。惹かれあうのは必然。恋と友愛の差も理解できぬ子供同士による、仄かな想いが交わった瞬間であった。

 その日から、二人はこうして村外れの草原で遊ぶようになった。

 都で流行っている音楽、衣服に装飾品、娯楽。

 白を基調とした、荘厳なる礼拝堂の内装の美しさ。

 読み書きや計算を指導する学者の私塾のこと、そこで勉学をともにした友人のこと。

 そして、都に駐留する白銀の甲冑に身を包んだ勇猛なる騎士団。

 アイザックは乞われるまま、都での生活の話を、身振り手振りを交えて話し、アイリもそれを笑顔で頷きながら聞き入る。

 半年もの間、村民の悪感情に晒されるなか、すっかり塞ぎこんでいたアイザックも、ここでは自然に振る舞うことができた。

 その話に刺激を受けてか、アイリもまた村の外の世界に対する憧れを語るようになっていた。

 だが、アイリは村長の娘。将来、この村の中心人物として、盛り立てる役目を背負わねばならない。そのような、子供特有の憧れを軽々に話す訳にはいかなかったのだ。

 そう。この草原は、二人が自然体となり素直な気持ちを語ることができる聖域となっていた。

 ──かつて、この国では魔物が跋扈していたのだという。

 ゆえに、集落を高い壁にて囲い、騎士や兵士を配備する事によって、その脅威に備えていた。

 だが、それは六十年も前のこと。騎士団の努力の甲斐あって魔物たちは絶滅。こうして今、子供だけで自由に村の外で遊ぶことができる。

 平和であるがゆえに作ることのできた──二人の秘密の場所。

 未来への夢を存分に語るという子供にのみ許された特権、その恩恵を二人は存分に享受し、そして謳歌していた。

「いつか、アイザックは描いてくれたじゃない。歌っている時の私の絵を──」

「短時間で描いた、簡単な絵じゃないか。そんな大袈裟な」

「──それでも凄く上手だったよ」

「落ちぶれたとはいえ、一応は画家の一家だからね。簡単な描き方くらいは教わるものさ。爺さんや父さんにとっては、遊び半分で教えたようなものだろうけど」

「それじゃ、真剣に教えてもらえれば、アイザックだって画家になれるよね?」

「そう簡単な話じゃないみたいだよ?」

「──そうなの?」

「爺さんが言っていた。『技術だけを覚えても、一人前の絵描きにはなれない』って。『色々なところを旅して、見聞を広めた上で、景色を見なければ、その場にある色彩──自然美の妙を表現する事は決してできない』ってね」

 アイザックは自虐気味に吐き捨てた。

「今の僕には少し難しいだろうね。三年以上も経つのに、まだ村の人たちに受け入れてもらえないのに、村を出るなんて──まるで逃げているみたいだから」

 少女は落胆する友の顔を、まるで慰めるかのような笑みを浮かべて見つめる。

 そして、言った。

「──いいじゃない。逃げたって」

 穏やかな笑みは一瞬だけのこと。今、少女が浮かべている笑みは、悪戯めいた小悪魔めいたそれへと変じていた。

「私だって大人になったら逃げるつもりだもん──聖歌隊に入るために。その時、アイザックも私と一緒に逃げるんだよ。こんな退屈で嫌な大人たちばかりの村なんかからさ」

「──アイリ?」

 少女の思わぬ発言に、アイザックは素っ頓狂な声をあげた。

 だが、少女は一切の遠慮なく、未来への展望を語り続けた。

「聖歌隊は各地を旅して回るそうよ。だから、私が聖歌隊に入って国中を回るようになったら、アイザックもそれについてくればいいんだよ。そうすれば、色々な景色を見て回ることができるんだから。そうすればアイザックも一人前の画家になれるかも知れないじゃない」

「でも、お前は──」

 お前は村長の娘だろう?

 将来、この村の中心になるんだろう?

 そんな言葉が、少年の喉から出ようとする。

 だが、そんなアイザックの言葉は、少女によって遮られた。

 目の前に差し伸べられた、アイリの小さな手によって。

 直後に彼女が紡いだ、強い意志の込められた言葉によって。

「──約束」

 アイリは笑顔だった。だが、その眼差しは真剣だった。

 優しくも鋭い心の強さが、少年の胸を射貫く。

「……そうだな」

 少年は参ったと言わんがばかりに溜息をついた。

「また、絵を描いてみるよ。今度からは真剣に」

 完全に決意をしたわけではなかった。でも、アイリの強さを前にして、少しだけ心が動いていた。

 にも関わらず、その返答で満足したのか、少女の表情が天使の笑顔へと変じる。

 アイザックの手が、アイリの手へとゆっくりと伸ばされる。

 天使との契約を交わすために。

 まだ、八歳と六歳。子供同士の他愛もない、だが、人生で最も大事な約束を交わす瞬間だった。

 

 しかし、異変は二人の手が触れあった瞬間に起こった。

 アイザックの視界から全ての色彩が失われた。草原の青も、太陽の赤も。

 そして、アイリの髪も肌の色も──

 全てが黒に包まれた。瞬時にして、夜の帳が降りたかのように。

 山の天候は変わりやすい。だが、太陽が黒き雷雲に覆われたとて、これほどに急激な変化は起こりえぬ。

 この異変にアイリの笑みが凍りついた。

 先程の意志の強さは何処かに吹き飛んだかのように、その様はあまりにも不安げで、年相応に弱々しい。

 アイザックも同じであっただろう。それを無意識の内に互いが察したのか、二人は思わず身を寄せ合った。

 そして──辺りを支配する闇の正体を探らんと、ゆっくりと空を見上げる。

 刹那、二人は目を瞠った。驚きのあまり、視線の先は固定されたまま──二人はその場にへたり込んだ。

 先程まで雲一つなかったはずの青空に大きな黒い穴が開いていた。それは天空の円屋根、その八割以上を覆い尽くさんがばかりに広がっており、太陽の光そのものを遮っていた。

 巨大さと、穴の向こうにある漆黒の空間。

 その異様さは吸い込まれんがばかりの威圧めいた気配を帯び、二人の子供は錯覚を覚え、同時に冷静さを奪い去っていく。

 アイリとアイザックは互いの身体にしがみつき、その場に座り込んでは泣き叫んだ。

 自分達を覆い尽くさんとする闇に言い知れぬ恐怖を覚え、ただ怯え続けた。

「助けて──」

 アイザックの腕の中、アイリが声を振り絞る。

 恐怖が動きを呪縛する。言葉が止まる。思考が凍りつく。

 そんな恐怖の泥中にいるにも関わらず、アイリは助けを求める声をあげていた。恐怖を振り切って。思考を止めず、動きを止めず、微かながらも声を発する。

 とても、六歳の子供とは思えぬ勇気。

 アイザックの心もまた、彼女の勇気に触発された。

「アイリを連れて村に帰らないと──」

 闇に怯える心を必死に抑え、色彩も視界も消え失せた闇の中、村へ戻る道を模索しはじめた。

 自分達は所詮、子供に過ぎない。このような異変を前に出来る事など限られよう。

 まずは急いで村に戻り、大人たちに保護を求めなければ。

 退屈な村、嫌な大人──普段はそう思っていても、この村が、村の民がいなければ、アイリは今こうして息災に育つことはなかったのだ。

 村は彼女にとって大事なものであることには変わりない。

 アイザックは、そんな彼女の思いを尊重した。

 少年は眼前に広がる闇を凝視した。だが、彼が見ていたのは闇ではない。

 今、彼の目の前に浮かんでいるのは黒く染められた帆布であった。アイザックはその上に想像上の景色を描写していく。

 意識下に存在する不可視の絵筆を走らせ、描きあげていく。二人で過ごしていた草原を。地面に広がる草花を。遥か遠くに聳える山々を。

 木々の一本、葉の一枚、草花の隙間から覗く土に至るまで。闇の下に覆い隠された本来の景色を思い描き切ったのである。

 そして、全周の黒き絵画のなか、少年は見つけた。

 村へと至るあぜ道のある方角を──

「アイリ、こっちだ!」

 少年は少女の手を引き、歩きはじめた。

「アイザック──?」

「絶対に手を離さないで」

 不安げな声を発する少女を懸命に励ましながら、アイザックは言った。

「必ず、村に連れて帰ってあげるから──」

 しかし、その歩みは遅々たるもの。普段の歩みの半分の速度にも満たぬ。

 一歩足を進めるたびに微細な変化を遂げていく意識下の景色を描きなおしては、おのれが進むべき方向を導きだし、アイリを先導する。

 それはまさに彼がもつ画才の一つ──景色に対する並外れた記憶力ゆえに成せる業であった。

 高名な画家である祖父の血を継ぐがゆえに起きた奇跡か、或いは子供特有の柔軟な脳に、絵画の教育を施したがゆえに身についた異能か、その記憶には寸分の狂いもなく、おのれの意識下で正確な景色を描写し続けていた。

 おのれの異能に身を任せ、アイリの手を引き、少年は闇の中を彷徨い続ける。

 月や星の明かりもない真の暗闇、更には言い知れぬ恐怖に堪えながらの歩みは、忽ちの内に脆弱な子供たちから正常な感覚を奪い去っていく。

 一分が十分以上に感じられた。その誤った認識が、たったの十分が一時間とも二時間とも誤認させる。

 百歩の距離を、千歩、万歩の距離であるかのように錯覚させる。

 そんな混濁としていく認識の錯誤が、疲労へと姿を変えて二人を襲った。通い慣れた道であるはずの村のあぜ道が、ぬかるんだ沼地を歩いているかのよう。歩みは重く、歩調も覚束ぬ。

 どれだけの時間、どれだけの距離を歩いただろうか──そんな当たり前の感覚すら麻痺して久しいと思い始めた頃、二人の視界にあるものが止まった。

 それは、常に黒一色に占められた視界のなか、僅かに揺らめいた光。ゆらゆらと揺らめく橙の灯り。

「あれは……松明の灯りかな?」

 それを視界に認めたアイリが安堵の声を漏らす。

 村の誰かが松明を灯しているのだろうか。闇の中を歩き続け、ようやと見つける事ができた光。十数分ぶりに与えられた視覚と、村人たちの健在を示唆するそれとは、これほどまでに安心感を与えるのか、彼女より発せられる声からは恐怖と緊張が抜け、いつもの声色へと戻っていた。

 刹那、アイザックの右手に軽い痛みが走る。

「早く行こう!」

 痛みの原因は彼がその手を引いていたアイリだった。

 不意に視界の中に現れた灯火の数々は闇に怯える少女にとって、まさに救いの光に他ならぬ。恐怖に怯える子供にとって、一刻も早く縋りたいと思うのは至極当然と言えよう。

 そして、それは幼いアイザックも同じであった。

 何の目標物もない闇の中、景色の記憶を回想し続けるといった作業は少年の精神力を著しく消耗させていた。火の明かりで一定の視覚が確保された今、そんな姑息的な異能はもはや無用の長物であった。

 彼もまた救いの誘惑に抗う事はできなかった。アイリが引く手に従い、少年もまた足を速める。

 この時、二人は知らなかった。

 おのれの運命が、この拙速めいた判断によって大きく変わってしまった事になど。

 ──気付くべきであったのだ。村の中に見える家屋の大きさに対し、村よりあがる松明のものと思われた火の大きさが、あまりにも大きすぎるという事に。

 そう。燃えていたのは松明ではなく──村の家屋。

 最初は一つに見えた炎は、瞬く間に二つ、三つと数を増やしていき、遂には十を超えた時、それらは大きな一つへと融合。大火と化した。

 その事に二人が気付いたのは、村の入り口へと立った時。大半の家屋が燃え盛り、火の粉が舞い降りる村は逃げ惑う者達による恐慌の坩堝を前にした時であった。

「──父さん! 母さん!」

 立て続けに村を襲った闇と炎という異変──それが一体、何に起因しているかはわからない。

 しかし、村が、家族が危機に瀕しているのは明白。

 ──愛する家族の無事を、一刻も早く確認したい。そんな至極当然な衝動が、二人の背中を押した。

 それは冷徹なる死神の手か? 或いは無慈悲なる悪魔の手か?

 次の瞬間、二人は炎の海と化した村の中へと駆け出していた。

 天を焦がさんばかりの隆盛を誇る大渦を前に、その姿はあまりにも矮小にして脆弱。

 やがて、二人の幼き姿は橙の大火の表面に付着する二つの黒点と化し──そして、消えた。

 

「いったい、どうしたというの……?」

 漏れ出るアイリの声が涙に混じる。

 炎の海と化した山村へと足を踏み入れた二人が見たのは、あまりにも壮絶にして、予想外の光景であった。

 村の家屋に火をつけていたのは──事もあろうか、村の若者達。

 右手に血に濡れた鉈、左手に松明を握りしめた彼らは、渦を巻く炎に一切臆した様子はなく、ある者は悠然とした所作で村を闊歩しては建物に火を放ち、またある者は逃げ惑う女子供たちを見つけては、手にした鉈を振りかざし、まるで獲物を見つけた獣の如き速さで襲いかかっていった。

 平和であった山村は、今やまさに修羅場。炎の赤と鮮血の紅が織り成す、一方的な放火と虐殺の場と化していた。

 家屋の陰より、その様を目にしたアイリとアイザックは、再び恐怖に呪縛されていた。家族の無事を確認したくとも叶わず、だからと言って愛する者達を見捨てて逃げるわけにもいかぬ。

 思考は完全に止まっていた。疲労と怯えによって足が震え、もはや立つ事も叶わぬといった有様。

 アイザックは、声を殺して泣きじゃくるアイリの身体を強く抱きしめる。だが、それは彼女を安心させたいがための行為ではなく、恐怖のあまり彼女にしがみついているだけに過ぎなかった。

 どうして村の若者たちが、このような凶行に及んだのか?

 空を覆う闇との関係とは?

 頭の中に思う浮かぶであろう様々な疑問。それを振り切って、少年と少女は一心不乱に祈った。

 いや、神に祈るほかに、術がなかった。

 ただ、助かりたいと。

 自分を、そして家族を助けてくれと。

 自分や家族が、村中を闊歩するこれら狂人の目に留まることがないようにと。

 現実とはしかし、限りなく非情。

 もしも、二人の子らを背後から眺める者があったなら、見たであろう。二人が身を隠す家屋の裏側から回り込み、その背後ににじり寄らんとする暴漢の姿を。

 それは、村の若者衆のうち、筆頭格にある男であった。表では好青年を演じつつも、裏ではそれで築き上げた信頼と人脈を悪用し、余所者であるアイザック一家に対し、先頭に立って執拗で陰湿な苛めを行うだけに飽き足らず、既に青年の域にあるにも関わらず幼きアイリに興味を示し、あわよくば彼女を娶って、村長の座を狙わんとする──まさに卑劣漢と称するに相応しき小悪党。

 だが、今の彼には、そのような卑劣な知性すらも備わってはいないようであった。

 左手の松明は三軒の家屋を炎上させ、右手に持つ鉈は、既に六人の女子供を殺めていた。滴り落ちる血の感触を愉しみながら、口より殺めた者達の名を繰り返し、かつ誇らしげに唱え続けている。

 胸中に渦巻く原因不明の破壊衝動に身を任せ、破壊と殺戮を愉しむ獣と化していた。双眸を限界まで見開き、いまだ自分の存在に気付かぬアイリとアイザックの背後に忍び寄る。

 その時、男より発せられた異常めいた気配に、遂に二人の子供たちが気付いた。

 そして、ゆっくりと振り向く。いや、振り向いてしまったのだ。

 恐怖に凍り付く二人の視線と、狂喜に満たされた男の視線が絡み合った。狂人の口より繰り返され続けた被害者の名の羅列に──アイリとアイザックの名が付け足される。

 もし、この場に居合わせた者がいたとしたら、聞いたであろう。

 少年の悲鳴を。少女の泣き声を。青年の哄笑を。

 肉を裂き、骨を断つ独特の不快な音を。

 そして、いまだに続く──二人の子供の悲痛な叫びを。

 次の瞬間、二人が目にしたのは、頭上で制止したままの血塗れの鉈と、それを振り上げた姿勢のまま死んでいる男の姿であった。背後から左の肩口に目掛けて叩き込まれたと思しき斧の刃は、男の心臓まで達し、それが致命傷となっていた。

「だ……誰?」

 アイザックが、恐怖に震える口で疑問の言葉を紡ぐ。

 その答えは、力尽きた鉈の男が頽れた事によって示された。

 現れたのは禿頭の老人。

 気難しそうな性格が表れた顔立ち。だが、その両目は今も村を破壊し続けている狂人のそれとは違い、人間らしい知性の光に満ちていた。

 老人は左手に持った松明を前に翳し、今しがた救った子供たちの姿を確かめる。

「アイザック、アイリ──」

 肩で息をし、時折咳き込みながら老人は言った。

「こんなところを、ほっつき歩いておったか。この馬鹿者どもが」

「爺ちゃん!」

「ラファイエットさん!」

 禿頭の老人とは、アイザックの祖父ラファイエットであった。二人の無事を知り、老人はほっと息をつく。

 しかし、表情までは晴れることはなかった。狂人と化したとはいえ、人間一人を殺めた事には変わらぬ。足元に横たわる若者の姿を一瞥し、奥歯を強く噛んだ。

 そんな難しい表情を浮かべる祖父にアイザックが訊ねる。

「……村で何が起こっているんだよ?」

 その声は、恐怖で震えていた。

 二の句が告げず、言葉が詰まる少年に代わり、アイリがその語を継いだ。

「どうして……村のみんなが私たちを襲っているの? 家に火をつけているの?」

 子供たちから発せられた、至極当然な疑問。その答えは、老人の仕草によって示された。

 彼は視線を落とし、そして向けた。足元に横たわっている若者の骸──その下敷きとなって息絶えている、もう一つの骸へと。

 老人の視線を追う先に、それを視認したアイリがひっと小さく悲鳴をあげる。

 それは傍目には人間の赤子のように見えた。

 しかし、その背には蝙蝠のそれを模したかのような羽が生え、そして顔はと言えば、皺がれた老人のそれ。

 まさに異形の生物と称するに相応しき、邪悪な容貌であった。

 若者が倒れた際に下敷きとなったのであろうか? 醜く開け広げられた口から大量の血を吐き、息絶えている様はあまりにも醜く、見るもの全てに強烈な不快感を覚えさせた。

「こ、これは……」

「インプだ。人に憑りつき、耳元で誘惑の言葉をささやき、言葉に乗せた魔力をもって人を凶暴化させる魔物よ」

「魔物?」その言葉を聞いたアイリが、怯えを伴った声をあげる。

「うむ」老人が頷く。

「若い者はみな、奴らに取り憑かれてしまった。こうなってしまっては手の施しようがない。村はもう……」

 そして、彼は言った。

 三人で村を出て、山を下りようと。

「待って! 父さんと母さんは? それに、アイリの家族は?」

 アイザックが問うも、祖父は首に振った。

 そして、何かを語らんと口を開くが、不意にその動きが止まった。

 しかし、それはほんの一瞬のこと、ラファイエットはこう言った。

「皆が野良仕事に出た時にこれが起こったがゆえ、行方はわからぬ。うまく逃げおおせていると良いが──」

「そんな……」

「すまぬ」老人は、落胆するアイリに詫びた。

「今は、彼らが無事に逃げてくれている事を祈るほかにあるまい。まず、我々も生き延びて彼らが迎えに来てくれるのを待つのだ」

「でも……」

「アイリ。一緒に逃げよう」

 言い淀む少女に、アイザックが説得を試みる。

「このままじゃ村の人たちに殺されちゃうよ。まずは逃げなきゃ、アイリも家族と再会することもできなくなる!」

「……うん」

 長い逡巡の後、少女は小さく頷く。その間、彼女はずっと涙を流し続けていた。

 その時だった。三人に近づきつつある気配が生じた。

「──いかん!」

 その微細な空気の変化を、アイザックの祖父ラファイエットが素早く察した。

 気配の主は、インプに正気を売り渡した、また別の若者であった。

 近くを通りがかった際に自分達の声を聞かれたのだろうか、或いは狂人特有の鋭敏な第六感が探し当てたのか、その若者はゆっくりとではあるが、確実にアイザック達の方へと向かい近づいてくる。

 察した後の、彼の動きは素早かった。

 血に濡れた斧を放り投げた老人は、松明を預けたアイザックの左手を取り、逆の手でアイリを抱え上げた。

 その所作は乱暴で、アイザックは手に走った痛みに顔を顰めるも構わず、老人は村の端を目掛け、駆けだす。

 逃走に気付いた数名の狂人が三人を追いかけてくる。対するラファイエットは、子供を一人抱え、更にはもう一人の子供の手を引いている状況。老人一人の体力では、到底逃げきれる事は叶わぬであろう。

 にも関わらず、彼は必死となって逃げた。生存への執着か、或いは未来ある二人の子供を守るという大人としての義務感ゆえか、その足取りはまるで若者の健脚ぶりを彷彿させるかのよう。両者の距離は縮まる事はなく、村の敷地を囲む柵をも乗り越え、村からの脱出を果たした。

 村を抜ければ、あとは鬱蒼と生い茂る山林。そして麓までの一直線の下り坂。身を隠す場所も豊富であり、転倒にさえ気を付ければ歩くのも楽である。

 少女を抱える祖父と孫は山の斜面を必死に駆け降りた。速度を落とすことなく木々の間を器用にすり抜け、山のあちこちに点在するぬかるみを飛び越え、そして、そんな三人を目ざとく見つけ、臨戦態勢に入らんとする毒蛇の頭を上から思い切り踏みつぶす。死にたくなくて、孫を、アイリを守りたくて、老人と少年は限界を超えた強さを発揮した。

 村より遠く離れ、そこで三人はようやく走るのを止め、初めて背後を振り返った。星一つない黒一色の空間の中、炎燃え盛る山村は闇に没した。永遠の闇の中に──

「急に暗くなったかと思えば、今度は魔物だって? いったい何が起こったっていうんだよ!」

 アイザックは苛立ちの声をあげ、アイリは再び泣きだした。

 老人は、そんな孫とその友に向かい、答えた。

 彼らが常に疑問に思っていたであろう、この異変の正体を。

 視線を上に──空を裂き、陽光を遮り続ける天空の闇へと向けながら。

「魔孔──この現世と、魔物が住まう異界とを繋ぐ孔よ」

「孔? じゃあ、魔物というのはこの──」

 そう言い、アイザックも視線を上へと向けた。

「この闇の中から現れたというのか?」

「そうだ」老人は頷く。

「六十年前にも同じことが起こった。今日のように光が遮られ、空から数多の魔物が舞い降りた。そして『魔孔』は一箇所に留まり続けることはなく半日や一日が精々」

「じゃあ、それが終わればもう、あの魔物は現れない?」

 涙声でアイリが訊ねる。しかし、老人は首を横に振る。

「一度開いた『魔孔』は簡単には閉じぬ。ただ移動するのみだ。時には空、時には海上、地上、またある時には地底へと続く洞穴の奥底とな。そして、吐き出し続ける──魔や鬼、悪霊や邪な畜生どもの類を」

「六十年前にも現れて、それが簡単に閉じないって、今までずっと魔物なんて出ていなかったじゃないか。爺ちゃんの時はどうやって?」

「私のような、田舎の画家ごときに真実はわからぬ」

 祖父は苦しげに言った。

「火山のように活動期や休眠期があるとも言われておるが、噂では人為的に『魔孔』を閉じる術があるのだという。真偽のほどはわからぬが、それを知ったところで今の我々だけではどうすることもできぬ。まずはこの闇から逃れる事を考えるのだ」

 再び三人は山を下った。右も左も同じ光景の山林。頼るのはアイザックの持つ松明による限られた視界と足の裏より伝わってくる下り坂の感覚のみ。しかし、そんな絶望的な状況下であれども生存への意思は一時たりとも萎えることなく、一人の老人と二人の幼子は疲れを忘れ、必死の思いで歩を進めた。

 来るかどうかもわからない、背後からの追手に怯え続けながら。

「麓の街に向かうのだ。我々の故郷の街へ」

 歩きながら老人は子供たちを励ます。

「安心しろ。私は画家ラファイエット──贅沢さえ言わねば稼ぎの口などいくらでもあろう。生活の心配はいらぬ。そこで三人腰を据えて待つのだ。そうすれば私の噂を聞きつけた村の生き残りが訪ねてくることもあろう。そうすればいつかは両親と再会する日もやってこよう」

 二人は涙を止め、気丈に頷いた。濡れた頬を拭い、再び力強く山の地面を踏みしめる。

 その目は未来への微かな希望を見据えていた。

 いや、それは希望と呼ぶにはあまりにも脆い、まるで蜘蛛の糸のようにか細い望みであった。

 しかし、運命というものは慈愛など欠片もなく、ただ残酷にして冷酷であった。

 既に追手はアイザックら三人に接近を果たしていたのだった。

 追手の位置は後方ではなく、前方──

 村の若者たちは、既に行く手へと回り込んでいた。木々の影に隠れ、獲物の接近を虎視眈々と待ち構えていた。

 そう。彼らは元来、生まれた頃よりこの山村で過ごして来た者達である。子供であるアイリ、山村の新参者であるアイザックやその祖父などよりも山の地理に明るい。ゆえに、逃亡者の狙いや、その道順など手に取るかのように読み切っていたのだ。

 もし、この闇の中に月明りでも差し込んでいれば、それに反して放っていたであろう。

 手に握られし鉈の刃が放つ、怪しい輝きが。五つほど──

 もしも、この場に居合わせた者があったなら聞いたであろう。たちまち山林の中より沸き上がった叫喚、刃が風切る音と、喚きかわす声と声、狂人と老人の絶叫、そして子供たちの悲痛な悲鳴を。

 見たであろう。これらの騒音より数刻が経とうとも、この場より生きて立ち去る者が誰一人として存在しておらぬのを。

 数時間後、空を覆う『魔孔』が消えた。再び陽光が南の山々を照らし始めた頃、麓より山中の坂道を駆け上がる一団が現れた。

 彼らは麓の都を守衛する騎士隊の者達であった。突如現れた山々を覆う闇に不審を覚え、慌てて調査へと乗り出したのである。

 先頭に立つのは全身を甲冑に身を包んだ中年の騎士。兜はつけておらず、小太りの顔に生々しい戦傷の跡を恥ずことなく堂々と晒していた。

 その様たるや、歴戦のオーク戦士のよう。だが、彼はれっきとした人間。このラムド国騎士団の幹部であり、国土南方を管轄する騎士隊を監督する人物である。

 名はオルク・ディカプリス。このような醜面であれども、王家の遠戚筋にある男であった。

「この辺りか? 争いがあったというのは」

 醜面の騎士は、傍らに控える側近に確認する。

「──はっ」問いを受けた騎士は、小さく一礼する。

「先発の者からの報によると、もう少し先とのことにございます。目印のため近くに人を立たせて──ああ、あちらのようです」

 隊は目印となった先発の者をみつけ、あとは彼の案内のもと、争いの形跡となった場所へと誘導された。

 そこは修羅場の跡。息ある者はおらず、また血や泥に濡れておらぬ骸もまた皆無であった。

 横たわる死体は十一。うち、五つは山村の若者と思われたものであり、その各々の傍らには同数のインプの骸。

 そして、残りの一つは禿頭の老人──ラファイエットであった。彼は蹲るかのような恰好で息絶えていた。

 その背には無数の、鉈によるものと思しき切傷が刻まれており、そこからの失血が直接の死因と思われた。

 醜面の騎士は顔をしかめ、惨状に嘆息して言った。

「なんたる有様。まるで若者たちが寄ってたかって老人を苛め殺したかのようではないか」

 案内役の騎士がこれに答える。

「彼らはこの奥にある山村の者達。そして、この老人は数年前にその山村に隠居したとされる画家ラファイエット殿にございます。先発隊からの報告によりますと、その山村は既に全滅。至る所に村人と思しき者達の死体が山と積まれ、生存者は皆無とのこと」

 側近の騎士が頷き、こう考察する。

「状況から鑑みるに、原因はこの若者たちがインプどもに操られたことによる凶行と見て間違いはないでしょう。そして、このインプどもは、あの闇──六十年前に閉じたはずの『魔孔』が再び開いた事によって発生したのではないかと」

「むう……」

 醜面の口から呻き声が漏れる。老人の死体に歩み寄り、その手に握られた鉈を目にする。辺りを見回せば、散乱している同種の得物の数は合わせて五つ。加害側と思しき若者達の死体と同じ数であった。

「何らかの理由でこれを奪い、必死に抵抗をしたのであろうが、このような鬱蒼とした山林、逃げ道はいくらでもあったはず。どうして戦うことを選んだのか──些かに奇妙」

 この疑問に対する答えは、思わぬところから与えられた。

 それまで聞こえていなかった声、風によって揺らされた木々の音に掻き消されていた声が、不意に彼の耳に届いたのである。

 ──弱々しい呼吸声だった。

 出所はといえば、蹲るかのように倒れている老人の骸の下。驚いた騎士が老人の死体を丁寧に仰向けに転がすと、そこに生命ある者を発見した。

「これは……」騎士は喘ぎを漏らす。

「子供。しかも、二人だ」

 騎士は答えを得た。どうして、この老人が暴漢に襲われながらも逃げ出さず、戦う事を選んだのかを。

 ──全てはこの子供たちを守るため。

 老体にとって、二人の子供を抱えてのこれ以上の逃亡は無謀と悟り、ならば戦って活路を見出さんとしたのであろう。

「必死だったのだろう。必死ゆえに鬼神の如き力を発揮してこれらを撃退するも、自身もまた深手を負い、限界を悟ったのだろう。ならばせめてと思い、残った命の灯火を──せめて子供たちを庇うことに費やしきったのかも知れぬ」

 一行の長は、配下の者に目で合図を送る。それに応じた二人の騎士が、冷たい土の上に横たわる子供たち──アイリとアイザックの身体をゆっくりと抱き上げる。

「外傷は認められませぬが、気を失っているようです」

「襲われた事によって受けた精神的な衝撃に、心が耐えきれなかったものかと」

 抱きかかえた者からの報を聞き、一行は安堵の息を漏らした。だが、それも次の瞬間には一変。誰もがその表情を沈痛なものへと変じさせた。

「──我々は恥じねばならぬ」

 そんな騎士たちの心情を代弁するかのように、側近の者が強く拳を握りしめ、言った。

「この山々も、南方を守衛する我が騎士隊の管轄下にある。故にこの山中の村に住まう者達も、我々にとっては守らねばならぬ対象であったはず。本来、この老人の代わりにこの子供たちを守らねばならなかったのは我々ではなかったのか?」

 別の側近が続く。

「皆の者。今日のこの光景を決して忘れてはならぬ。本来、我々騎士団は──古来より『魔孔』より襲来する魔物に備えて組織された部隊であったはず。にも関わらず、このような犠牲が出てしまったのは、これらの山村に僅かでも騎士隊を駐留させなかった我々の危機感の不足によるもの、長く続いた平和の日々に我々の心が緩んだ結果に他ならぬ」

 騎士達が沈痛な面持ちで上官の言葉を聞き入り、目を伏せるなか、一行の長たる醜面の騎士オルクは抱きかかえられる子供たちの、泥に汚れた顔を、憐れみの目で眺め、心底より同情をした。

 そして、しばらくの沈黙の後、静かに供の者たちに告げた。

「老人の亡骸は貴人として丁重に弔え。この子供たちはわが養子とする」

 

 <3>

 

 こうしてアイリとアイザックの二人は騎士オルクの屋敷にて、養子として育てられることとなった。

 当主には実子はなく、代わりに同じく南方を拠点とする貴族家の子息を預かっては騎士としての教育と訓練を施す私塾を開いていたが、これら門下生たちとはなんら分け隔てる事なく育てられた。昼餐や晩餐は勿論のこと、更には屋敷での遊戯に至るまで、常に彼らと共にあった。

 だが、あくまで二人は平民である。このような厚遇をもって貴族家に迎えられる事など、他の未開の国ならばいざ知らず、厳格な身分制度が敷かれたラムド国では前例がない。

 しかし、当主はこの慣例を敢えて無視をした。山村の惨劇を看過してしまったのは、自らが率いる騎士隊が十分な役目を果たさなかったがゆえと位置づけ、ならばせめてもの償いとして、生き残りの二人には幸せな人生を歩んでほしいと思うがあまりに。

 醜い容姿とは裏腹、極めて心優しく、同時に思慮深い性格でもあったのだ。

 そして、門下の者たちはと言えば、最初こそは境遇に対する同情心ゆえに二人を受け入れていたが、日々の生活の中で次第に打ち解け、本来の明朗な性格を知るや、当初のぎこちない関係は急速に自然なものへと変じていき、遂には互いに心を開きあう間柄へと昇華していった。このような関係性を構築していたため、異なる出自の者達も、二人を平民の出と疎外することはなく、逆に大いに慕うようになっていた。

 こうしてアイリとアイザックの二人は、心優しき養父のもと、故郷を失った悲しみを、新しい生活の中で癒していくこととなる。

 だが、騎士オルクの償いと温情はそれだけで終わらなかった。

 彼は二人に対し、この屋敷にて門下である貴族家の子息らと同じ教育を受けさせたのである。

 それは、騎士や貴族となる人間として最低限習熟しておくべき知識と教養。

 剣術や馬術のみならず、外国語の指導や算術、宮廷内における礼儀作法、更にはラムド国における社会の仕組み──経済や法律、宗教や歴史などの座学に至るまで、その水準たるや国内屈指の高さを誇るもの。

 成人し、屋敷を出て独立した後でも困らぬようにという格別の配慮であった。

 アイリとアイザックは、幼いながらもその配慮の意味を理解した。理解が二人にもたらしたのは、養父とその門下の者達に対する一層の感謝であり、良い意味での謙虚さであった。

 そして、その温情に応えるかのように二人は門下生たち──いや、二人にとってはまさに兄や姉、弟や妹も同然の者達とともに日々の勉学に励んでいった。

 片田舎の農村育ちという事情もあってか、最初こそ文字の読み書きすらままならなかったものの、勤勉な二人は忽ちの内にこれらの知識を吸収していった。その努力と研鑽ぶりには誰もが一目置くほどであり、教師を務めたオルクの側近たちは目を丸くして二人を手放しで称賛した。

 そんな多々ある座学のなかで二人が最も興味を示し、そして影響を受けたものがある。

 それはこの国の歴史──なかでも『魔孔』の性質と、騎士団との関係であった。

『魔孔』とは魔物が住まう次元と現世を繋ぐ孔。数十年間隔で活動期と休眠期を繰り返し、活動期に入ると、ラムド国のあらゆるところに転移を続けながら、数多の魔物を吐き出し続ける、まさにこの国の災厄の象徴といっても過言ではない超自然的な現象であり、アイリとアイザックより故郷を奪ったのも、その災厄の影響によるものであった。

 ラムド国の歴史とは、この『魔孔』との戦いの歴史と言っても過言ではなく、その一環として組織されたのが、『魔孔』からやってくる魔物より、人々の生活を守ることを目的として王国黎明期に組織された騎士団と呼ばれる武装集団。

 その活動内容は多岐にわたり、『魔孔』の休眠期は街の治安維持や国防、そして国内行事への参加といった、国の武を象徴する組織としての活動が主。だが一度、活動期に入ると一変、監視と魔物の討伐が主体になるという。

「『魔孔』はひとりでに休眠期に入る訳ではない。これを閉ざし、休眠へと至らせるのは、北の大聖堂より派遣されし信仰篤き聖女──『聖石の巫女』と呼ばれる御方のみ」

 講師を務める騎士が言った。

「我々騎士団が『魔孔』を監視するのは、その正確な位置の情報を巫女様にもたらすため。そして『魔孔』を閉ざす儀式を妨害せんとする魔物の群れから巫女様を守るため」

 技術と教養の指南は、こうして数年にわたって続けられた。

 

 ──そして、時は過ぎた。

「私はいまだに信じられぬよ」

 当主は感慨深げに継子の姿を眺めていた。

 あの日、山中で拾い上げた黒髪の少女は、思春期の歳月を境に美しく成長していた。特徴であった容貌の繊細さは一段と引き立ち、見る者に思わずため息を吐かせるほど。艶を帯びた髪は腰まで伸び、雪のような白い肌との対比が、彼女の美しさを一層際立たせていた。

 そして、月日を経て魅力を増したのは、その隣に立つ青年もまた同様であった。幼少期には繊細であった面立ちは、いまや精悍そのもの。一人前の男としての強さと優しさを兼ね備えた容貌へと変じていた。

 時を経て斑白となった当主の髪が僅かに揺れた。下げられた視線は。成長した子らが纏いし装いへと向けられる。

「共に過ごしはじめた頃、てっきり二人は夢見ていた歌手や画家になるものと思っていた。しかし──」

 手塩にかけて育てたはずの二人の装いは聖歌隊の一員としての衣装ではなく、また、その手に握られしは絵筆や絵具の類でもない。

 身に纏いしは騎士の甲冑。そして、腰に佩きしは騎士の刀剣。

 そう。二人は自分がかつて夢見た道ではなく、騎士としての道を志していたのであった。

「父上」

 青年の域へと達した銀髪の男は言った。

「あの日、暴漢の凶刃から庇い続けてくれた祖父の身体から温もりが失われていくのを感じながらも、私とアイリは何もする事ができませんでした。その腕の中で小さく蹲り、命が失われつつある祖父に背を向けたまま、ただ怯えるのみ──あの日ほど自分の無力を悔やんだことはありません」

「そして、その為に私たち二人にできる事を模索し続けた結果がこれにございます」

 黒髪の女が続く。

「かの『魔孔』は八年前に休眠期へと入りましたが、いつ活動を再開させてしまうかはわからない以上、魔物によって家族を失ってしまう子供がまた現れることでしょう。それを防ぐ力の一端を担えればと思い、志願した次第にございます」

 これらの言葉に当主の男は、はっと心づいた。

 この屋敷は、騎士を志す者へと向けられた私塾。そういった性質上、指導される教育の内容は図らずも偏っていたのだった。

 ましてや、二人は元来、不幸な過去を背負った拾われ子であり、最初から騎士道を志してなどいないはずだった。

 にも関わらず、良かれと思って授けた知識と教養によって、二人の稚い心に植え付けてしまったのだ。武人としての心得というものを。

 そして、芽吹かせてしまったのだ。あの日の無念を晴らすための力に対する渇望を。

 騎士となり、自分から故郷を奪った敵──魔物を駆逐し、そして『魔孔』の脅威と戦うことこそが、失われた故郷に対する手向けであるのだと結論付けさせてしまったのだ。

「──もう少し、私が器用で、賢い人間であったならばな」

 醜面の当主は言った。言って、静かに頭を下げた。

「こんな誘導じみた教育をせずに済んだものを。お前達にもっと自由に将来を選択できるような育てかたができたのかも知れぬというのに」

「いいえ、父上」アイリは言った。

 当主は一瞬、反論とも思える返答に唖然となった。が、黒髪の女騎士は続けた。

「この屋敷で過ごした日々は、私たちが本来為すべき事を改めて認識させてくれたものと思っております。聞けば、故郷の街はあれ以来、人の寄りつく事ができぬ魔物どもの領域と化し、今も放置されているのだとか。これでは村の者達が浮かばれません。今もなお、蹂躙された村の中で、彼らの霊は嘆き悲しんでいることでしょう。そして、その中には私たち二人の家族もいるのですから」

「私たち二人が、この屋敷へと迎え入れられたのは、まさに神の思し召し。現世に迷いを遺した家族と村の仲間たちを自らの手で供養することができる絶好の機会を授けて下さったものと思っており、そして私たちはその御導きに全身全霊で応じていきたいと思っております。そして今後、どこかで同じ悲しみが繰り返される事がなきよう、騎士となって『魔孔』の脅威を防ぐための役に立てればと思っております」

 決然と言った二人は互いに顔を見合わせ、静かに頷きあった。

 その時の二人の表情に刻まれし感情、瞳を彩る感情の色彩は、まるで同一のもの。

 村の生き残りとしての使命に殉ずる強い決意。

 その様は、まさに騎士。一人前の武人に相応しき威容であった。

 歴戦の騎士である当主の男を圧倒するほどの。

 ゆえに、当主は唸り、押し黙るほかになかった。

 この時、銀髪の青年アイザックは二十一歳。

 黒髪の女アイリは十九歳。

 そう。彼らこそがあの悪夢の日から十三年経った少年と少女の現在の姿であった。

 傍目の装いこそ騎士然としているものの、その胸当てには所属を表す文様もなければ、叙勲の際に授けられる盾もない。

 言わば、見習いの立場である。

 今の彼らは平民出の騎士という希少性以外には特に目立たぬ、取るに足らぬ存在に過ぎぬ。この国に『変質』をもたらす力、その片鱗すら、まだなかった。

 

 <4>

 

 この国の騎士団は、貴族や豪商、閥族の出身の者によって構成されている。

 家督を受け継ぐ長兄以外の子息は、幼少期に高位の騎士の邸宅へと預けられ、十年程度の教育と修行を受けるのが常。これらの期間の後、適正と判断された者が国王からの叙勲を受けて正規の騎士となり、隊への所属が認められる。

 アイリとアイザックが騎士の修行を初めて十三年。武術や教養面双方において、先んじて正規の騎士となった同世代の者達と比較しても遜色はないと評されるほど。

 しかし、二人はいまだ見習いの地位のままであった。

 本来、騎士とは社会の治安維持の役目を担うと同時に『魔孔』の脅威から民を守る事を至上とする誇り高き防人。この役目は、特権的な地位にある家が、その地位に胡坐をかいて社会的な批判や指弾を受けぬようにするための責務であると考えられてきた。

 言い換えれば、本来、彼らの庇護下に入らねばならぬはずのアイリやアイザックのような人間が騎士になるという事は即ち、彼ら貴人の沽券に関わる事と言っても過言ではなく、騎士オルクがいくら二人の継子を推挙しようとも、叙勲の権限を握る王家が一向に首を縦に振らぬのは、貴族社会からの反発を懸念するがため。

 ──前途は多難であった。

 騎士団の詰所にある休憩室。アイリはぼんやりと虚空を眺め、今日何度目かの欠伸をする。

 南方の都市ラズリカ。ラムド国を代表する都市の一つであるが、温暖な気候、温和な住民の気質、そして何よりも国の南部地方を総轄する騎士オルクの膝元という事情もあってか、その治安は極めて良好。

『魔孔』が休眠期に入って八年。騎士団が総力を挙げて魔物討伐に乗り出した結果、その数は大きく減少。人が碌に通らぬ森林や山中の奥地などに立ち入らぬ限り、これらと遭遇することはなくなっている。

 即ち、現在の騎士団は極めて暇な状況にある。

 この部屋には、数名の騎士が待機していたが、このアイリの悪態を諭す者がいなかったのも、そのためであった。

「アイリ」

 ただ一人、幼馴染にして現在は義兄ともなったアイザックを除いては。

 アイリは、非難めいた鋭い視線を向ける彼より視線を逸らし、苦笑いを浮かべて小さく舌を出す。

 二人が出会って十年以上、何度、何十度とこの反応を見続けてきたことか。アイザックは半ば諦めたかのように溜息を吐いた。

「……確かに毎日、こうも暇だとな」

「せめて、魔物の住処になっている、山村の掃討作戦でも初めてくれないかなぁ。そうすれば、私たちの目的も果たせるんだろうけど」

「流石に、無策のまま始めるわけにはいかないだろうな」

「そう、だよね」

 アイリは不満げな表情をする。

「安住している魔物を下手に刺激してしまえば、却って麓の村に被害が及ぶ可能性がある。特に周辺の集落では、そのいった山狩りの類を反対する声が強いのだとか」

「だからって、このまま魔物が蔓延るのを許しておくわけにもいかないじゃない! それにあそこは、私たちの故郷でもあるんだよ?」

「そうだな……」

 アイザックが表情を硬くする。

「父上も掃討を認めてほしいと議会に書簡を送り、働きかけてもらっているけど状況は芳しくない。せめてもう一つ、何らかの後押しがあればと嘆いておいでだ」

「何らかの後押し……」

「山狩りを行う事に対する明確な利点の証明を行った上で、改めて掃討作戦に対する賛成を呼びかけ、有力者の賛成に取り付ければ可能性はあると思う」

 アイザックは言った。

「父上は調査のためと称して、騎士隊を入山させる計画を立てているとのことだ。もし、そこで有益な情報が手に入れば、その可能性は高まるのだとか」

「それ、本当なの?」

 退屈によって澱んでいたアイリの目に光が差す。

「本当なら、その隊に私とアイザックも入れてもらおうよ。そこで功績をあげれば、腰の重い宮廷も流石に私たちの叙勲を認めざるをえないでしょうし」

「勿論、父上もそのようにお考えだ。今は色々な方面に根回しを行っている段階、今日や明日に始まる事ではないだろうが、恐らく近いうちには……」

 この時だった。談笑に興じていた騎士達の声が不意に失われた。

 部屋の入り口をくぐり、戸口に立つ者がおり、それが原因だった。静寂に不信を覚えたアイリとアイザックも振り返り、そして見た。

 槍と、簡素な胸当てで武装した男であった。

「──なんだ、お前か」

 控えていた騎士の一人が溜息とともに、そう言った。

「入り口の警備はどうした? 何か緊急の事態か?」

「ええ、はい」

 戸口に現れた男は、騎士隊詰所の入り口を守衛する日雇いの番兵であった。上官たる騎士に投げやりな言葉をかけられ、慌てて姿勢を正す。

「アイザック様とアイリ様に取り次いでほしい、と」

「俺に?」

「私に?」

 名を呼ばれた二人があげた、素っ頓狂な声が同調する。

 二人は正規の騎士ではない見習いの立場である。彼らの役目は正騎士の補佐が主であり、その活躍が表に出ることは稀。その名が市井の人に知れ渡ることは少ない。

 知人の訪問ならば屋敷を訪れるはず。にも関わらず、その来客は騎士隊の詰所を訪れ、事もあろうか見習いの二人を名指しで指定しているのだ。

 それは『騎士としての』二人に何らかの要件があるという証左。それゆえに、アイリとアイザックのみならず、その場に居合わせた者全てが訝しがった。

「いったい、その客とは誰なの?」

 アイリは問いただす。程なくして、取り次いだ番兵の男は答えた。

 来客の名を。

 アイリとアイザックの運命を変える者の名を──


 
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