No.856495

いのち の 色

絵本風のみじかいお話。

美佐子の出会ったおじいさん。

その人から、大切なものをもらった。

2016-07-02 22:18:00 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:334   閲覧ユーザー数:328

「今日もかいてるの」

 

 お母さんが、美佐子に話しかけた。

 

「きれいな、お花ね」

 

 美佐子は、お母さんがいつも褒めてくれるから、寂しくなかった。

 

 赤い色鉛筆で、お花をかいた。

 

 オレンジの色鉛筆で、そのまわりに小さなお花をかいた。

 

 緑色の色鉛筆で葉っぱをかいた。

 

 青い色鉛筆でお空をかいた。

 

 お父さんに見せるため、いっしょうけんめい絵を描いた。

 

 それを、お母さんが褒めてくれるから、美佐子は、お父さんが家にいなくてもさみしくなかった。

 

 お母さんが、美佐子を抱きしめた。

 

 ギュッとしてくれた。

 

「今日も、お父さんのお見舞いに行くよね?」

 

 美佐子は、暖かさにつつまれながら、お母さんを見あげた。

 

「そうね。洗濯物をたたんだら、いこうね」

 

「うん」

 美佐子のお父さんは、隣町の大きな病院に入院していた。

 

 もう、長い間、入院している。

 

 お母さんが、病院の先生と話しているのをきいたことがあった。

 

 治らない病気で、まだいっぱい入院しないといけないそうだ。

 

 美佐子は、お父さんと公園に遊びにいった時のことを思い出す。

 

 元気な時のお父さんは、よく公園に美佐子を連れて行ってくれた。

 

 そこには、いつも、きれいなお花が咲いていた。

 

 美佐子は、それを思い出しながらいつも絵を描いていた。

 

 

 

「お父さん」

 

 美佐子が声をかけると、病室のベッドで寝ていたお父さんが目を開けた。

 

「美佐子。来てくれたのか」

 

 お父さんが美佐子の頭をなでてくれた。

 

「お父さん、これ」

 

 美佐子は、今日かいたお花の絵を差し出した。

 

「上手にかけたね」

 

 お父さんは、絵を褒めてくれた。

 

 絵を受け取る時に、お父さんの手が見えた。

 

 だんだんと細くなって、骨が目立つようになってきた手。

 

 美佐子は、その手が怖かった。

 

 お父さんとお母さんが、何かを話していた。

 

「お父さん。欲しいものはない」

 

 美佐子はお父さんにきいた。

 

 美佐子は、怖くなった何かから目を背けるようにきいた。

 

「そうだな。本が欲しいかな」

 

「本?」

 

「うん。小さい頃に読んだやつ。宮沢賢治のグスコーブドリの伝記が読みたいかな」

 

 お父さんは笑った。

 

「ブドリは死んじゃうんだけど、そのおかげでみんなが幸せになるんだ」

 

 美佐子は、ビクッとなった。

 

 怖くなった何かが、また見えた気がした。

 

「わたし買ってくるよ」

 

「大丈夫かい」

 

 お父さんが笑いながら、身を起こした。

 

「わたしは、もう小学3年生だよ」

 

「じゃぁ。お願いしようかな」

 

「うん」

 

 美佐子は、病室を飛び出した。

 

 怖くなったものから、逃げるように飛び出した。

 病院の前には、古い本屋さんがあった。

 

 いつも、開いているのかわからないような古い本屋。

 

「すみません」

 

 美佐子は、サッシの引き戸を開けようとした。

 

 でも、硬くなってなかなか開かない。

 

 そのとき、戸の間から、ほそく骨が浮きでたような手が、出てきた。

 

 美佐子は、ビクッとなった。

 

 その手は、引き戸を開けてくれた。

 

「いらっしゃい」

 

 店の中で、白いあごヒゲをたくわえた、おじいさんがほほえんでいた。

 

 美佐子は、店の外で、驚いて立っていた。

 

「何か探しものかね」

 

 おじいさんは、笑顔で美佐子を店の中に招き入れた。

 

 店の中は、きれいに本が並んでいた。

 

 きれいに掃除されていた。

 

 毎日、お店が開いているように、きれいに本が並べられていた。

 

「あの。宮沢賢治のグス…」

 

 お父さんに、ああはいったが、美佐子は本の名前が出てこなかった。

 

「グスコーブドリの伝記かね」

 

 おじいさんが、優しそうに笑っていた。

 

「確か、この辺にあったんだが」

 

 おじいさんが、本棚の上の方の棚をあさっていた。

 

「あった、あった」

 

 おじいさんが「宮沢賢治全集」とかかれた本を差し出した。

 

「この中にかいてあるよ」

 

 おじいさんが、笑顔で本を差し出した。

 

 本を握るおじいさんの、ほそく骨が浮きでたような手が見えた。

 

 美佐子はだまって、差し出された本を見ていた。

 

 その手を見ていた。

 

「何か、心配事があるね」

 

 おじいさんが、優しく、優しく声をかけた。

 

 優しく、優しく、美佐子の頭をなでてくれた。

 

 美佐子は、こらえきれなくなった。

 

 怖くなった何かが、わかった。

 

 今まで必死に、絵を描いてごまかしていたものが、抑えきれなくなった。

 

「お父さんが。死んじゃう」

 

 美佐子は泣き出した。

 

 泣きながら、繰り返した。

 

「お父さんが病気で。入院して。お父さんがいなくなっちゃう」

 

 美佐子は、涙が止められなくなった。

 

 おじいさんは、優しく頭をなでていてくれた。

 

 泣いている美佐子の声を聞きながら、優しく頭をなでていてくれた。

 

 おじいさんは、店の奥からイスを出してきた。

 

「さあ、お座り」

 

 おじいさんは、美佐子を座らせると、また、優しく頭をなでてくれた。

 

「おじいさんには、病気のことはわからんが」

 

 おじいさんは美佐子の横にイスを置くと、自分も腰をおろした。

「お嬢ちゃんは、絵がすきかね」

 

 美佐子は、びっくりした。

 

 おじいさんとは、今日、はじめて会うのだ。

 

「指が、色鉛筆でよごれとるよ」

 

 おじいさんは、笑った。

 

 美佐子の右手の中指に、色がついていた。

 

 美佐子は、少し、気持ちが軽くなった。

 

「お嬢ちゃんは絵を描く時、どんな色を使うかね」

 

「赤とか。オレンジとか」

 

「それだけじゃ、ないじゃろう」

 

「緑とか。青とか」

 

「そうじゃな。いろいろな色を使うね。いろいろな色を使うから絵はきれいになるんじゃ」

 

「うん」

 

「その絵を、だれかに見せるじゃろう」

 

「お父さん。お母さんとか」

 

「よろこんでくれるじゃろう」

 

「うん、いつも褒めてくれるよ」

 

「そうじゃろう」

 

 おじいさんは、うんうんとうなづいた。

 

「いのちとは、なんだと思うね」

 

 美佐子は、突然、きかれて答えられなかった。

 

 

「いのちも、絵と同じじゃよ」

 

 

 

 おじいさんは、優しい目で美佐子を見つめていた。

 

「いろいろな色があるから、生きていけるんだよ」

 

 おじいさんの、透きとおる優しい目がそこにあった。

 

 

 

「毎日、ご飯を食べる。お米や、野菜や、お肉を食べる。

 

それはひとつひとつもいのちで、そのいのちの色をもらっているんじゃ。

 

楽しいことや、苦しいこと、つらいことがある。

 

でも、それも、いのちの色となって、お嬢ちゃんを形つくっているんじゃ。

 

お嬢ちゃんを、素晴らしい絵にしてくれるんじゃ」

 

 

 

 おじいさんの優しい目に吸い込まれるように、美佐子はきいていた。

 

 

 

「そして、お嬢ちゃんという素晴らしい絵は、誰かをかならず、幸せにするんじゃよ」

 

 

 

「うん」

 

 美佐子は、なぜだか、素直にうなずくことができた。

 

 

 

「お父さんのことは大変じゃろうが、大切な色をもらっていることを忘れてはいかん。

 

お父さんもいっしょうけんめい、お嬢ちゃんに大切な色を渡しているのじゃよ。

 

だから、お嬢ちゃんもお父さんにいっぱい会いに行って、大切な色を渡しておあげ。

 

幸せな絵を描くためには、たくさんの色が必要だからね」

 

 

 

 おじいさんは宮沢賢治全集を紙袋に入れると、美佐子に差し出した。

 

「お金はいいから、これは持っていきなさい」

 

「でも」

 

「表紙が汚れているから、売り物にはならんのだよ」

 

 おじいさんは、笑った。

 

 

 

 美佐子は知っていた。

 

 

 

 その本は、とてもきれいだった。

 お父さんは、きれいな宮沢賢治全集を受け取ると、とてもよろこんでくれた。

 

 美佐子が、次の日、おじいさんにお礼を言おうと、病院の前の本屋に行った。

 

 でも、店は閉まっていた。

 

 次の日も、次の日も、ずっと店は閉まっていた。

 

 今でも、美佐子は思う。

 

 あの出来事は、夢なんじゃないのかと。

 

 でも、たしかに、お父さんの手の中で、きれいな、きれいな本は輝いているのだった。 


 
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