「ワカラナイ……」
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マイ「艦これ」「みほちん」
:第19話(改1.8)<白い闇>
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私は食堂の時計に目をやった。まだ時間的に少し早かった。
しかし今日は、さすがに疲れた。何かが肩に圧(の)し掛かってくるような感覚だ。
「もう休まれますか?」
気を利かせた秘書艦が言った。
「そうだな……そうするか」
一瞬、硬直していた私は、その言葉でハッとして、ゆっくり立ち上がった。
祥高さんは噛み砕くように言う。
「司令宿舎は食堂を出て左手、通路の突き当りを外に出た隣の建物になります」
「了解した」
「案内を付けましょうか?」
その秘書艦の言葉に、ざわめく駆逐艦たち。目配せするなって!
「いや、大丈夫だ」
私は残念そうな表情の駆逐艦たちと冷静な秘書艦に軽く敬礼をした。周りの艦娘たちも一斉に敬礼をする。
秘書艦の案内通り、食堂を出て左手に向かう。
本館から出て直ぐに司令宿舎だった。
「なるほど、ここか」
指を指して場所を確認した。
それから一旦、二階の執務室へ戻ると鞄と鎮守府の資料を抱えて再び階段を下りた。
だが宿舎のドアを開けようとした瞬間だった。
「あれ?」
開かない。
「そういえば鍵を預かっていないな」
少し困っているとバタバタと言う足音がして秘書艦が走って来た。
「あっ、済みません。これを」
案の定、彼女の手には鍵が握られていた。
「そうだね」
私は場を取り成すように苦笑した。
(秘書艦も忙しいから意識がぶっ飛ぶこともあるのだろう)
そう思いながら鍵を受け取ると鍵穴に差し込んで回す。ガチャンと言う音と共に扉は難なく開いた。
「失礼しました」
祥高さんは少々顔を赤らめて恐縮している。
「いや大丈夫だ」
私は別に咎めなかった。むしろ艦娘なのに小さな忘却をする彼女を余計に人間臭く感じていた。
「ありがとう」
私は固まっている秘書艦に軽く手を上げると宿舎へ入った。
明かりを付けながら考えた。
(普通の艦娘は感情の動きが人間より少ない)
だが彼女は、その点が他の艦娘とは異なる印象を受けるのだ。
私は手を止めた。
(そう言えば、あの大人しい寛代も感情の動きこそ乏しいが、やはり人間臭く感じる)
不思議なものだ。
荷物を置いた私はざっと宿舎内を確認する。ここは二階建てだ。
一階には応接室と簡易厨房、それに専用の風呂。寝所は二階らしい。
(この鎮守府の規模なら十分過ぎるくらいだな)
しかし多くの提督は、このご時世でも贅沢な生活に慣れている。だから過去、美保に着任した指揮官も、この狭さに我慢ならなかったのだろう。
それから脱衣所と浴室を確認した。今日は疲れたから湯船は有難い。水の制限が無い陸上(おか)の宿所は艦(フネ)より快適だ。
念のために浴室内を確認をすると、やはりタオルや石鹸など必要なモノは全て準備されていた。
(祥高さんを支える鳳翔さんは、きっちりしているな)
取り急ぎ今夜は来客もないだろう。私は早々に入浴することにした。
蛇口を見ると、お湯と水と両方あった。さすが鎮守府らしい。
(これなら直ぐに入れそうだ)
ホッとした私は腕時計のベゼルを廻して残り時間を合わせる。お湯の蛇口を回すと一旦、応接室に戻ってソファに腰をかけた。
「はあ」
疲れがドッと出た。
そういえば艦娘たちにも修理や整備をする入渠(にゅうきょ)施設がある。外見は『お風呂』だが彼女たちには『修理』だ。
もちろん立派な『女湯』なので上官と言えども『男子禁制』である。これを設置しないと艦娘を艦隊に組み込むことは出来ない。それが煩わしいと艦娘を敬遠する提督も少なくない。
祥高さんの説明する顔が浮かぶ。
『作戦指令だけでなく入渠のタイミングや、そのための資材運用も司令の重要な任務です』
『それは面倒だな』
彼女は頷く。
『この鎮守府には今のところ運用資材を大量消費する艦娘は居ません。しかし今後、配備される艦娘によっては<大食い>の艦娘が来ることも予想されます』
『大食い?』
確か正規空母は、よく働くが大メシも喰らう。直ぐに一航戦の『赤城』や『加賀』が思い浮かんだ。艦載機を運用するから当然だろう。
(だが彼女たちは海軍の主力だ。こんな僻地に来ることは無いだろう)
艦娘のご機嫌取りも司令の重要任務なのだ。海軍始まって以来の艦娘だけの鎮守府の指揮官は意外に大変そうだ。
十分と経たないうちに私はサッと入浴した。まだ湯船は一杯ではないのだが、つい素早く済ませてしまうのは船乗りの習性だ。
寝室から夜空を見ると月は既に三日月だった。私は、そのままベッドに倒れ込む。
寝入りばなに、どういうわけか茶色い蜂に追い掛け回される夢を見た。
(弓ヶ浜で襲ってきた敵の戦闘機だろうか)
ウトウトしているうちに私は深い眠りに落ちていった。
気付くと私は荒れ狂う冬の日本海に居た。そこは忘れもしない、あの『白い海』だった。
(まさか?)
数十メートル先の海上に茶色い髪をやや振り乱した艦娘らしき少女が立っていた。微(かす)かに見覚えがあるがハッキリ思い出せない。
ただ彼女の鬼気迫る姿にも関わらず私には不思議と恐怖は感じなかった。
むしろ懐かしさと同時に心を掻きむしる哀しみが伝わって来た。
(大きな目をした彼女)
思い出せない。型式から軽巡だろうか。
彼女は私を向き手を差し伸べ何かを叫んでいた。
『……』
だが私には彼女の声がまったく聞こえなかった。
「君は……誰だ?」
荒れる海の上で私もその艦娘に問いかけた。だが私の言葉も相手には伝わらない。彼女の両手は空しく宙を切っていた。
(この荒波のためか?)
彼女もまた互いの言葉が伝わらないことに気づいてハッとしていた。
逆巻く波の状況が目に入るが私には何も聞こえない。まるで無声映画だ。
虚しく心苦しい時間が過ぎる。
私が無反応なことを悟った少女は哀しい表情をした。すると急に背後から黒い霧のようなものが現れた。
嫌な予感がする。このまま彼女を去らせては駄目だ。
「待て! ……おい、君っ」
私の叫びも空しく彼女は徐々に黒くなっていく。
(もうダメか?)
その時ようやく、か細い声が聞こえた。
『ワカラナイ』
「なに?」
私は改めて声の先を見た。
その時、私は衝撃を受けた。こんな哀しい表情の艦娘を未だかつて見たことが無かった。
彼女は俯(うつむ)き加減にハッキリした声で言った。
『ワカラナイ』
だが何かが私の記憶を邪魔している。どうしても君の名前を思い出せない。
何か言わなければ! そんな焦燥感に駆られた私は叫んだ。
「おーい、待て!」
だが、その問い掛けも空しく陰影の薄くなった彼女は、そのまま漆黒の闇の中へと消えてしった。
その艦娘の声が私の脳裏で反復していた。
『ワカラナイ……』
それは水中で聞くような反響音を伴っていた。
白い海、灰色の空、そして漆黒の闇。
「……」
何も出来ない私が呆然としていると突然目の前の視界が開けた。それは、あの全滅させられた舞鶴沖の海戦だった。
旗艦を失って右往左往しながら次々と敵の餌食になる若い駆逐艦たちの叫び声が響く。まさに地獄絵図だ。
(これがなぜ? 今ここで……)
悪夢だった。
私は決して優秀な司令官ではないが、あの海戦は思い出したくない。むしろ、それを忘れようと必死に軍人の責務を全うすべく努力してきた。
そのとき私は、うなされていたと思う。だが悪夢は私を解放せず、いつ終わるとも知れない重苦しい波が幾重にも私を襲った。
翌日の早朝だろうか。
私は外から聞こえてくる艦娘の怒鳴り声で目を覚ます。
「助かった」
気付くと全身、汗びっしょりだ。体が重い。
(あの「白い海」は舞鶴沖だが、あの茶髪の子は?)
その瞬間、頭がズキズキした。
「だめだ、いつも肝心な部分が思い出せない」
取り敢えず悪夢を見続けなくて済んだが。
頭を押さえつつ、フラフラとベッドから立ち上る。少し明るくなった窓辺へ向かうと三日月が空に、かなり傾いていた。
窓から見下ろすと、あの夜間訓練をしていた部隊がいた。何か揉めてるらしい。
隻眼(せきがん)の艦娘が怒鳴っていた。
「何度も言ってるだろう! 敵が居たんだよ。たっくさん!」
応対しているのは当直らしいメガネをかけた艦娘だ。
「いえ決して咎(とが)めているわけではありません。ただ戦闘は必要最低限に留めて頂きたいと何度も申し上げているはずです」
隻眼は負けない。
「でもよぉ、逃げたって敵は追撃してくるんだぜ。こっちは大破している娘もいるんだ。逃げ切れっかよ? そのまま轟沈するくらいなら徹底的に叩くべきだろう?」
メガネは言葉に詰まったようだ。
「だからと言って、あなたまで大破を」
「俺は良いんだよ。ゼッタイ負けないから!」
大破している隻眼は強気だった。
どうも昨夜、食堂で叫んでいた<夜戦娘>たちだ。皆、ボロボロになっている。前髪を垂らした艦娘がフラフラで、もう一人の艦娘に抱えられていた。
状況的に夜戦部隊全員が中破以上のようだ。
(轟沈した艦娘は、いないのか?)
悪夢と、この事件で私は二度寝する気分が失せた。
沈みかけていた三日月は不気味な痘痕(あばた)を晒しながら赤色で浮かんでいた。嫌な雰囲気だ。
私は直ぐに着替えると作戦司令室へと向かった。
以下魔除け
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※これは「艦これ」の二次創作です。
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PS:「みほちん」とは
「美保鎮守府:第一部」の略称です。
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久しぶりに入浴した私は癒されたが、その夜『あの艦娘』の夢を見た。