5月3日――――
それから3週間。キーアの記憶は戻る気配もなく、その素性も、遊撃士協会の情報網に結局引っかかることはなかった。創立記念祭が終わり、市長選を数ヶ月後に控えてはいるが比較的落ち着いた日々の中………ロイドたちは彼女との生活に完全に馴染んでしまっており、日常的な業務にも復帰していた。またキーアも、日中はロイド達に仕事があるのを理解したようで、我儘も言わずに留守番しているのであった。そして―――
~特務支援課~
「ただいま~。」
「帰ったぜ~。」
「あ、かえってきた!おっかえりー!!」
ビル内に戻って来たロイドとランディの声を聞いたキーアは嬉しそうな表情で2階から駆け下りてロイドの身体に飛び込んだ。
「はは、いいタックルだ。おかえりキーア。いい子にしてたか?」
「うんー!ツァイトといっしょにちゃんとお留守番してたよ。としょかんの本も3さつ読んじゃった。」
苦笑しているロイドに尋ねられたキーアは嬉しそうな表情で答えた。
「へえ、そりゃ凄いな。」
「ふふ、子供向けの本とはいえ午前中に3冊も読んじゃうなんて。」
「やはりこの子はかなりの情報処理能力を持っているのではないかと………将来がすごく楽しみです。」
「うふふ、レン程じゃないけど中々の才能を持っているわね。」
「まったく、揃いも揃って親バカ連中だな。って、俺も人のことは言えねぇが。」
キーアを誉めているロイド達の様子にランディは溜息を吐いた後、苦笑していた。
「ふえー?それよりキーア、お腹がすいちゃった。昼ゴハンにしよー!」
「はは、そうだな。今日の当番は俺だけど、みんな、パスタでいいかな?」
「うん、いいわね。」
「レンもそれでいいと思うわ。」
「ロイドさんの料理でしたらわたしは何でも。」
「俺のは大盛りにしてくれや。」
「はは、了解。」
「ロイドがゴハン作るの?それじゃあキーアも手伝うー!」
ロイドが昼食を用意しようとしている事を知ったキーアは無邪気な笑顔を浮かべて手伝いを申し出た。
「キーアちゃん……料理なんてしたことあるの?」
「ひょっとして何か思い出したとか……?」
「さっき読んだ本のなかにコックさんが出てきたからー。つくってた料理がすごくおいしそーだったの。」
「ハハ、なるほどな。」
「まさに子供らしい理由ねぇ。」
「それじゃあ、せっかくだからキーアに手伝ってもらおうかな。」
「うん、れっつごー!」
その後ロイドはキーアと共にパスタを作り、仲間達と共に昼食を取り始めた。
「お、美味しい……これ、本当にキーアちゃんが作っちゃったの!?」
パスタの美味しさに驚いたエリィは信じられない表情でキーアを見つめた。
「下ごしらえまでは俺がやったけど……茹でてからの調理は全部、キーアがやってくれたんだ。」
「マジかよ……!?」
「正直驚いたわ。レンでもこのレベルの美味しさにするには最低でも一度は同じ料理をする必要があるし。」
「お店で出せるレベルですね………キーア、グッジョブです。」
キーア一人で店で出せるレベルの美味しさの料理を作った事に仲間達が驚いている中ティオはキーアを見つめて褒め
「えへへー。美味しくできてよかったー。」
褒められたキーアは無邪気な笑顔を浮かべて喜んでいた。
「ひょっとして料理人の家の子なのかな?親御さんがいるなら今頃心配で仕方ないだろうけど………」
「……そうね。でも、仕方ないわ。遊撃士協会の情報網を頼っても未だ情報がないくらいだし……」
「レンの方も駄目ね。レンの情報網は”裏社会”に関しての情報もあるけど、そっちにも引っかからないもの。」
「よほどの辺境出身か、それとも何か事情があるのか………」
「んー?」
ロイド達が自分の出身について考えている事をあまり理解できていないキーアは不思議そうな表情で首を傾げて考え込んでいるロイド達を見回した。
「ま、その辺のことは考えだしたらキリがねぇさ。手掛かりが見つかるまではウチの子ってことでいいだろ?」
「そうだな……―――はは、しかし課長も留守ってツイてないよな。せっかくのキーアの手料理を食べる機会を逃がしちゃって。」
「警察本部で会議ですか……この所、なんだか多いですね。」
「そうね………何かあるのかしら?」
「…………………」
ロイド達が話し合っている中レンは真剣な表情で黙り込んでいた。するとその時通信機が鳴った。
「通信だ………誰からだろう?」
「エニグマにかかって来ないって事は課長やフランちゃんじゃなさそうだな。」
ロイドは食事を一端中断して通信機に近づいて受話器を取り、通信を始めた。
「はい、こちらクロスベル警察、特務支援課です。」
「あ、ロイドさん?えっと………ノエルです。警備隊のシーカー曹長です。」
「ああ、久しぶり。一月ぶりくらいかな。どうしたんだい?支援課の方に用件でも?」
「ええ、実はその………個人的に、支援課の皆さんに相談したい事がありまして………」
「個人的な相談………?」
「あ、個人的といっても仕事の範疇ではあるんですけど………その、すみません。いきなりこんな連絡をして………」
「いや、ちょうど昼時で休憩してたから構わないよ。今、どこにいるんだ?よかったら直接話そうか?」
「ほ、本当ですか?今ちょうど、クロスベル市の北口にいるんです。これから伺ってもいいですか?」
「ああ、待ってるよ。そうだ、よかったらランチでも食べていくかい?パスタでよかったら簡単に用意しておくけど。」
「い、いえ、そこまでは………」
ロイドの提案を聞いた通信相手―――ノエルは断りかけようとしたが
「………すみません………よかったらお願いします………」
通信越しに空腹の音が聞こえた為すぐに自分の言葉を恥ずかしそうな様子で撤回した。
「はは、了解。それじゃあ急いで来てくれ。」
「はい!」
そして通信を終えたロイドは自分の席に戻った。
「誰からの連絡だったの?」
「ああ、ノエル曹長だった。何だか俺達に相談があるみたいだけど………」
「へえ、珍しいこともあるもんだな。」
「なになに、だれか来るのー?」
「ええ、警備隊のお姉さんです。」
「けーびたい?」
自分の質問に答えたティオの話を聞いたキーアは首を傾げていた。
「ランチがまだみたいだから追加でパスタを茹でておこう。」
その後支援課のビルに来たノエルはキーアが作ったパスタをご馳走になった。
「ごちそうさまでした。―――凄く美味しかった!これ、本当にキーアちゃんが?」
「うん、そだよー。したごしらえ……だっけ。それはロイドがしてくれたけどー。
「いやいや、それでも十分すごいよ!うーん、キーアちゃんの噂はフランから散々聞いてたけど……まさか可愛い上にこんな特技まで持ってるなんて!」
「はは、フランはキーアの事をすごく気に入ったみたいだからな。」
「端末で話す度にキーアと話をさせて欲しいっていつも頼んできてますよね。」
「傍から見たら通信の目的が仕事じゃなくてキーアのようなものよね。」
ノエルの推測を聞いたロイドは苦笑し、ティオは静かな表情で呟き、レンは呆れた表情で呟いた。
「あはは、ウチの妹、可愛い子には目がないんで……」
「ねえねえ、ノエルってフランのおねえさんなのー?そういえばカミの色がおんなじだしカオもそっくりだねー。」
「そ、そうかな?あたしはあの子みたいに可愛いタイプじゃないけど……あっと、危うく本題を忘れるところでした。―――その、さっそく話をさせてもらっていもいいですか?」
「ああ、構わないよ。」
「確か、山道の外れにある遺跡についての話だったか?」
「ええ、それが………」
そしてノエルはロイド達に事情を説明した。
「―――幽霊が出る遺跡、だって?」
「………そうなんです。正確に言うと、幽霊というか言い伝えの化物というか………とにかく、見た事もないような不思議な魔獣が出没して………」
事情を聞いて目を丸くしているロイドにノエルは説明を続けた。
「当初、調査に当たっていたベルガード門の部隊は撤収………タングラム門のお前さんたちにお鉢が回ってきたってわけか。」
「ええ………それで昨日、何人かの隊員と調査に入ってみたんですけど………気味の悪い魔獣ばかり現れてみんな腰が引けてしまって………」
「うふふ、興味がそそられるお話になってきたわね。」
「ちょ、ちょっと待って。………もしかして………幽霊退治の手伝いを私達に?」
ノエルの話をレンが興味ありげな表情で聞いている中、エリィは若干表情を引き攣らせながら訊ねた。
「い、いえ………あくまで遺跡内部の調査が目的なんですけど………やっぱり駄目でしょうか?」
「う、うーん……遺跡の調査と言われても俺達もどうすればいいのかさっぱりわからないけど………―――君がここを訪ねたってことは何か心当たりがあるんだな?」
「………さすがはロイドさん。実は……その化物と戦った時なんですけど。導力魔法(オーバルアーツ)の効き方が普段と違う感じがしたんです。」
「なんだって………!?」
「それって、もしかして………」
ノエルの話を聞いたロイドは真剣な表情をし、エリィは驚きの表情をし
「以前このメンバーで入った”星見の塔”と同じ………時・空・幻の上位三属性が働いていたような感じですか?」
ティオは話を続けて尋ねた。
「うん………あの時の事を思い出しちゃって。それで、皆さんにも見てもらってご意見を伺えないかなって………」
「なるほど……」
「それで支援課の方に………」
「皆さん、お忙しいのは重々承知しているんですけど………このままだと、また司令閣下が放置しろとか命令してきそうで………」
「ま、あの事なかれ主義の司令だったらあり得そうだな。」
「普通に考えたらそんな所、ほおっておいたら後で絶対何か問題が起こるでしょうね。」
「うーん…………みんな、せっかくだから曹長に協力してみないか?市外の活動にはなるけど何だかちょっと気になるし。」
困っている様子のノエルを見たロイドは考え込んだ後提案した。
「そ、そうね………」
「わたしの方は異存ありません。」
「レンも問題ないわ。……というか今の話を聞いて、むしろ興味が湧いてきたくらいよ♪」
「俺も問題ないぜ。お嬢の方はどうやら、気乗りがしないみたいだが?」
ロイドに尋ねられた仲間達は目を逸らして頷いたエリィ以外頷き、エリィの様子に気付いたランディはからかいの表情で指摘した。
「そ、そんな事ありません。幽霊が怖いなんてそんな子供みたいな―――あ。」
「語るに落ちたか。」
「クスクス、エリィお姉さんの弱点、発見ね♪」
「エリィ、ユーレイが怖いのー?」
ランディの指摘に答えた後ある事に気付いて頬を赤らめたエリィの様子を見たランディは口元に笑みを浮かべ、レンは小悪魔な笑みを浮かべ、キーアはエリィに尋ねた。
「そ、そんなことないのよ?ただその、得体の知れない相手は慎重に対応すべきというか……」
一方キーアに尋ねられたエリィは表情を引き攣らせながら説明した。
「無理もないですよ………あたしも任務じゃなかったら進んで調査したいとは思いませんし。………でも、このまま何も無かった事にされちゃうのはなんだか納得できなくって………」
「あ……」
「その気持ちはよくわかるよ。えっと、何ならエリィは留守番してくれてもいいけど………」
「わかった、わかりましたとも!私も行きます、行きますとも!」
「エリィさん、ヤケクソですね。」
「やれやれ、無茶しやがって。」
「うふふ、幽霊と対面した時のエリィお姉さんの反応が今から楽しみね♪」
その後ロイド達は端末に来ている新たな支援要請を片付けた後、ノエルが運転する警備隊の装甲車によって山道の途中にあるトンネルまで行き、そこから徒歩で件の遺跡に向かった―――――
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第45話