「この人殺しが!」
「死ね!」
「クズ野郎!」
ありとあらゆる罵声を浴びらせられ、それに合わせて殴られ蹴られ、時には骨を折られたり。手足は鎖につながれて、倒れることもできない。
「………」
公開処刑のような日々の中、俺はただ何も考えずにいた。そうでもしないと精神が壊れるから。
「死んじまえ!」
一人の男がナイフを振り上げて、腕を深く切り裂いた。大量の血が流れ、地面をゆっくりと赤に染め上げる。
「………」
とっくに限界を迎えていた俺は、血の流れ出た量に比例して、意識を失っていく。
ああ、これが死ぬってことか………
人を人殺しと呼びながら、自分が人殺しになった哀れな男を軽蔑しながら、暗闇に堕ちていった。
「起きなさい」
「………」
「起きてください」
その声に、ゆっくりと目を開ける。
「………」
そこは、殺風景ながらも気品を感じる部屋だった。そして俺の正面。三十代くらいであろう女性が椅子に座っている。女性は俺の目を見ると、話し始めた。
「はじめまして、丁海(ひのと かい)さん」
「はじめましてって…確かにそうだが」
さっきまで死にかけてたはず……いや、死んだのか?そのはずなのに、今は体に傷一つない。それになんだここ。そしてあんた誰だよ。
「私は天国と地獄、両方の管理をしています。貴方達にわかりやすく言えば『閻魔大王』といったところでしょうか」
「閻魔大王……ってことは、俺は死んだのか?」
「ええ」
簡潔に答えられた。まぁ、俺自身死んだと思っていたから別に対して驚かないけど。
「それで、俺はどうしたらいいんだ?」
「本来ならここで生前の行いを鑑みて、天国と地獄のどちらに進むべきかを判断するのですが……」
閻魔は表情に影を落とす。
「貴方の場合、多くの人の悪意によってその命を落としてしまいました。そういった理由でここに来る者も少なくはありませんが、大抵の場合、既に行き先を決めるだけの判断材料が揃っています。ですが、貴方の場合は例外中の例外……本来あってはならない死に方に加え、善人か悪人かを決定できるほどのものも無い」
「つまり?」
「つまり、どこにも行けないということです」
天国にも地獄にも行けないとなると、どうなるんだ?ある本の中では何も無い『無』に変換されるってのは見たことあるけど…
「ですが、そのままにしておくわけにもいきません。ですから、貴方には特例の処置を施します」
そういって閻魔は側にあった本棚から一冊取り出した。
「ここには特例事項が記載されていて、貴方の場合に見合う処置をいたします」
閻魔が本を閲覧している間、俺は閻魔の机にあるライトを手に取った。それに気づいたのか、閻魔は顔を上げた。
「何をする気なの?」
「あ、お気になさらず」
人の家の物を勝手に触ってお気になさらずってのは無理があるだろうけど、こんなところにある家電なんて普段見れる物じゃないから、すんごく気になる。
あ、これ配線とかが少し劣化してる………型も俺がいたとこよりかなり古いし、結構な年代物みたいだな。
「そろそろいいかしら?」
「あ、はい」
すっかり夢中になっている間に、調べてくれてたみたいだ。
「貴方に見合うのはただ一つ、『転生』だけでした」
「転生?…って、生まれ変わるってことか?」
「そうですね。そして、ただ生まれ変わるのではなく、今の年齢のまま、別の世界へ転生していただきます」
……えーっと、つまり、ラノベとかによくある『異世界転生』ってやつ?…閻魔が嘘言ってるとも思えないし……まさか自分が経験することになろうとは。
「さっきの様子を見る限り、開発などに大いに興味を持っているようなので、それをしやすい環境へ送りましょう」
「ありがとうございます」
そこまでしてくれるとは、閻魔様って意外に優しい。
「ただし、行った先での命の保証はできません」
「十分ですよ」
あんな終わり方じゃ納得できない。いわゆるやり直しをさせてくれるなら、願ったり叶ったりだ。
「では承諾も得られたことですし、早速転生いたしましょう。最後になりますが、何か質問はありますか?」
「特には」
「わかりました。では、私がいいと言うまで目を閉じていてください」
「それでは、目を開けてください」
閻魔様の穏やかな声が聞こえ、閉じていた目を開ける。そこには見る限りの海。……あれ?
「そこは貴方がいた世界とは」
ザッパーン。
説明の途中で、俺は見事棒立ちで着水を果たした。
「殺す気ですか?」
「申し訳ありません。転生する世界を決めることはできても、場所は不確定になってしまうもので………」
「先に言ってください」
もし猛獣がはびこってる場所だったらどーすんだよ。始まる前からチェックメイトじゃねーか。
「とにかく、貴方にはその世界で生き延びてもらうほかありません。どうか幸あらんことを」
なんとも無責任な言葉とともに、閻魔様の声は聞こえなくなった。……こっからどうしろと?泳げと言いたのか?岸なんてどこにも見えないのに?
「これってダメなパターンだな」
そう言って諦めかけた時、遠くから誰かが来るのが見えた。しかも立った状態で海上を移動してる。とにかく俺は精一杯手を振って、自分がここにいることをアピール。すると、俺に気づいて進路を変えて来た。
「大丈夫ですか!?」
やってきたのはごついアクセサリーを背中と腕につけた女の子。………いろいろと突っ込みどころ満載なんだが、俺はどうするべきなんだろうか。
「えっと…大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫」
くだらんことを考えてたら本気で心配された。
「と、とにかくここは危険です。近くに鎮守府がありますので、すぐに向かってください」
「鎮守府?」
どこだ?近くって言われても全方位綺麗な水平線しか見えないんだけど。それよりも………
「そういえばさっきから硝煙やら火薬の匂いがするけど……」
「あー、それは………」
女の子は気まずそうな表情をして俯いたが、すぐに明るい表情に差し替えた。
「それは後ほど説明しますから。移動手段がないのであれば、私がご案内いたしますが」
「ぜひ頼みたい」
八方ふさがりの状態で渡りに船。この機会を逃すわけにはいかない。
「わかりました」
そう言って、女の子は俺を抱っこ、と言ってもあのお姫様抱っこだ。
「どうしましたか?」
「…恥ずかしくて死にそう」
一応成人している男が、年下であろう女の子にお姫様抱っこされている状況を想像してほしい。……当事者としてはとてつもなくいたたまれない気持ちになるはずだ。
「貴方のお名前は?」
「丁海(ひのと かい)だ。よろしく」
「私は吹雪型1番艦駆逐艦『吹雪』です。よろしくお願いします」
もう脳みその許容量を超えそうです。え?これが駆逐艦?見た目は女子、中身は駆逐艦!その名も駆逐艦吹雪!みたいな?なんてどうにもならない疑問を抱いたまま、俺は鎮守府とやらに連れて行かれた。
「ここが私のいる鎮守府です」
そう説明されながら、陸地に足をつく。いやー、やっぱ陸地っていいよね、うん。人間海上で暮らすもんじゃないよ。
「それでは、ここで」
「ちょっと待った」
立ち去ろうとする女の子を飛び止める。
「駆逐艦ってことは、指揮する人もいるんだろ?だったらその人にも礼を言わせてほしい」
「い、いえ!大丈夫ですよ!そんなこと」
「そうでもしないと俺の気がすまない」
「だから大丈夫です!そこまでしていただかなくても!」
………なんか様子がおかしいな。そこまで拒絶するもんじゃないと思うが……
「何か事情があるのか?」
「それは………」
やっぱり。
「困ってんなら力になるぞ?なんせ命の恩人だからな」
「大丈夫です……それに、そんなことをしたら………」
「これでも一度閻魔大王様に謁見してるんでな。大概のことじゃ俺は退かないぞ?」
「………」
吹雪は顔を伏せたまま、やがてポツリポツリと話し始めた。
「失礼します」
吹雪がノックして中に入ると、いかにもふてぶてしい男が座っていた。
「あん?何の用だ」
「この度の遠征途中、こちらの方を保護しました。司令官に謝礼がしたいとのことでお連れしました」
紹介されて、一歩前に出る。
「丁海と申します。海で漂流していたところを貴軍の駆逐艦、吹雪に救助されました故、早急に謝辞をと思いこうして参りました」
この提督(クズ野郎)にわざと丁寧な言葉を選んで謝礼の真似事をしてやった。
「フン。用が済んだらとっとと出て行け」
話に聞いていた通りの愛想のなさに加えて、人間的にクズと言うのもおこがましいくらいの神々しいベスト・オブ・クズだな。
「わかりました。それでは失礼いたします」
手筈通りあっさりと引き下がって、執務室を後にした。
「………ごめんなさい」
吹雪が俺の隣を歩きながら、ポツリと言う。
「本来なら私たちがあの提督に講義をするべきなんでしょうが……兵器として扱われている私たちに人権なんてありません。提督に逆らえば、何をしても権力で正当化されてしまいますから………そんな私のお願い事を聞くなんて」
「はいストップ」
ネガティブな思考に陥りかけている吹雪の言葉を、強引に止める。
「確かにここではそれが基本かもしれないが、話を聞く限りひでぇと思って、なんとかしたいと俺が思っただけだ」
鎮守府に来る途中、吹雪から話を聞いた。
吹雪たちは艦娘と呼ばれ、かつて開発され運用されていた艦隊の記憶を引き継ぎ、人間では到底太刀打ちできない敵である「深海棲姫」に対抗しうる唯一の存在。彼女らは体の大きさに合わせた装備、艦装と纏い、深海棲姫たちと戦っている。そんな彼女らは「人に非ず」と言われ人権を与えられず、ただの「兵器」として扱われてきたらしい。
そして吹雪のいる鎮守府では、艦娘のまとめ役である提督が、艦娘を国一番のブラック企業も泣いて逃げ出すレベルで酷使したり集めた資源を売りさばいて、その金で豪遊したり、理不尽な暴力を加えていたらしい。この上なくクズ野郎だな。
「でもさ、正直どうしたらいいかわからない」
ここは自分の常識が通じないかもしれない異世界。下手に動けば命が代償となりかねない。艦娘たちに協力してもらっても、所詮兵器だと言われて一蹴されるのがオチだろう。あの提督が失脚するようなことを上層部に報告できれば、チャンスはあるかもしれない。
「そういえば、ここにはどれくらいの艦娘がいるの?」
「えーっと、私と不知火さんと天龍さん、龍田さん、榛名さん、加賀さんに陸奥さんに摩耶さんですね」
「全部で八人か………それで、あのクズを追い出す話に協力してくれそうなのは誰かいる?」
「う〜ん……」
吹雪は腕を組んで考え始めた。その時、吹雪の腕についている艦装が目に入った。あまりにも普通に接しているため、吹雪がいわゆる人でないことを忘れそうになる。
「皆協力してくれそうですけど……少し問題があって…」
「?」
「私たち艦娘は、それぞれの鎮守府から出ることは禁じられています。ゆえに、外の人と関わるのは提督と国軍の上官さんだけなんです。提督がどんな人であっても、その人がその人であるだけで、他にたくさんの違った人がいる。皆、頭ではわかってるんですけど………吐き出せない苛立ちからか、人そのものを悪く思うようになってきてしまっているんです………」
「協力云々の前に、俺自体の存在を嫌うかもしれない、か」
それは由々しき自体だ。艦娘からの協力を得られないとすると、他にどんな手がある?
「実力行使ってわけにもいかないか」
それをしたら間違いなく俺が死ぬ。
「吹雪。一つ聞きたいんだけど、この鎮守府としての活動記録って、本部みたいなところに提出したりするのか?」
「え?えぇ……国軍の中に各鎮守府からの記録をまとめ、今後の方針を立てる部署があるんです」
「そこは、記録に関してうるさいところか?」
「……えぇ。とても厳しいですね。ちゃんとそれなりに活動していれば何も言われないんだけど、もし少しでも不可解な点があったら、鎮守府に訪問に来たりします」
俺の質問に首を傾げながらも答えてくれる。………そうか、そんな部署があんなら、ワンチャンあるかもしれない。
「よし、方針は決まった。っと言いたいとこだけど、ここにいる艦娘に少しだけ協力してもらわなくちゃいけない」
俺は他の艦娘を説得する方法を考えながら、吹雪に鎮守府を案内してもらった。
さて、俺は今全力で走っている。体力にあまり自信のない俺にとってはかなりキツイのだが、立ち止まることはできない。
「外の人間のくせにここにいるんじゃねぇよ!ぶっ殺すぞ!」
吹雪に案内してもらってる途中で、ショートヘアーに女版海兵隊みたいな格好をした少女……艦娘に追われている。両腕に艦装がセットされていて、止まれば一撃木っ端微塵にされるだろう。
「摩耶さん!落ち着いてください!この人は提督みたいな人じゃないんです!」
吹雪も俺の隣を走っていて、説得(?)をしてくれている。が、
「うるせぇ!」
と聞く耳を持たない。このままじゃ俺の中身(物理)が読者にこんにちはをしてしまう。もはや言葉を発することができないくらい消耗している俺は、ただ道なりに走ることしかできなかった。
それからどのくらい経ったかわからない。部屋の並んでいる真っ直ぐの廊下の先で、一つのドアが開いた。
「さっきから騒がしいわね…ってきゃあ!?」
出てきたのは頭に触覚みたいなのがついていて、ヘソ出しルックの巨乳さん。だが、俺にそれが目に入らず、そのまま部屋から出てきた女性とぶつかった。その時初めてその女性を認識すると同時に、立ち止まってしまったという絶望感と全速力で人にぶつかってしまった申し訳なさがぐちゃぐちゃに入り混じり、加えてここまでの疲労もあったせいか、仰向けに倒れたまま動けなかった。
「………」
「ようやく止まったか……手間かけさせやがって」
「ちょっと摩耶さん!」
「え?一体何が……って人間?」
方や立ったまま俺の顔面に艦装を突きつけている少女。方やそれを止めようとしている少女。方や状況が飲み込めず、俺と摩耶という少女を交互に見ている女性。
喋れない俺は、とにかく摩耶から逃げたかったが、もう足が動かない。
「動くんじゃねーぞ」
「摩耶さん!本当にやめてください!この人は私たちを助けてくれるんです!」
「………どうも話が読めないわね。お互い一旦落ち着きましょう」
女性は立ち上がって、摩耶と俺の腕を掴み、さっき出てきた部屋に連れていく。無論俺は床を引きずられて。
「というわけで、丁海です」
女性、陸奥という艦娘の部屋で摩耶と陸奥にご挨拶。一応吹雪が俺がここに至るまでの経緯を話してくれたので、侵入者などと思われることはない。問題は俺の自己紹介。ありのままのことを話してみたが、全員首を傾げている。
「えーっと、つまりあなたは一度死んだけれども、その閻魔大王様の計らいでこの世界にやってきたってことでいいのかしら?」
「はい」
まぁ、こんな話信じろなんて到底無理な話だし、頭のおかしいやつと思われるのがオチだな。
「そうね。単身で海にいたこと、ここにいて私たちを見てもなんとも思わないこと。確かにこの世界のことを知らないみたいね」
「え?信じるんですか?」
思ってもみなかった言葉に、素っ頓狂な声が出た。
「ええ。でないと説明がつかないわ。……で、ここの提督にお礼を言ってはいさよならってわけじゃないんでしょ?」
「察しが良くて助かります」
そうして俺は、ここの提督(クズ野郎)を追い出す計画を話すことにした。
「命の恩人からの頼みで、ここの提督を失脚させることにしました」
「はぁ?」
「え?」
いきなりのことに、摩耶と陸奥は驚きの声を上げた。
「まぁ言いたいことはあるだろうけど、とりあえず話を最後まで聞いてくれ」
「提督のクズっぷりは吹雪から大体聞いてる。艦娘がいくら講義しても無駄、俺が交渉してもおそらくダメだろう。そこでだ。ここにいる艦娘の協力と、俺のスキルを組み合わせる」
スキルなんて大層なことを言ったが、できるのは機器の作成や修理だけ。潜入や諜報と言ったスキルは持ち合わせてないない。そこを現地の艦娘に協力してもらうという魂胆だ。
「少しいいかしら?」
俺の提案に陸奥が手を挙げた。
「もしそれでうまく行ったとして、あなたにメリットはあるの?」
「命の恩人に恩返しができる。それで十分」
ちゃんと正直に本心を述べたのに、何故か陸奥と摩耶が睨んできた。
「怪しすぎるわね」
「そんな人間がいるわきゃねーだろ」
そんなに言われるとさすがに凹むわ。
「とーにーかーく。俺は恩返しがしたい。そっちは提督を追い出したい。単なる利害の一致だ。もし俺が艦娘たちの敵だと判断したなら、その場で煮るなり焼くなり殺すなり好きにしてくれ」
ここは強引にでも納得してもらわないと、話が進まない。俺はあえて自分が不誠実なことをしない宣言をしたのだが……
「なら、今ここでぶっ殺す」
摩耶が艦装を俺に向けた。彼女たちが本当に艦隊ならばさしずめ20.3cm連装砲といったところか。間違っても人間に向けていいものじゃない。
「いやいやちょっと待て。利害は一致してるって言ったろ?それに俺はここから出て行けと言われてるから、ここにいることがばれちゃまずい。騒ぎを起こしたら俺だけじゃなくて、お前らも危険だぞ?」
艦娘たちは「解体」できる。方法は知らないが、それが艦娘にとって一番嫌なことらしい。ゆえに一番重い罰でもある。あの提督なら、解体待ったなしだな。
それをわかっているのか、摩耶は不本意ながらも構えを解いてくれた。
「うん、わかってくれて嬉しいよ。で、一つ重大な問題があるんだけど………いいかな?」
「何かしら?」
「俺、住む場所も先立つもの…つまり金もない。作戦を実行する前に、先に餓死したりするかもしれない」
実際はそっちの方が問題だったりする。一番ありがたいのが、この鎮守府に留まらせれくれること。だがそれをすると当然リスクも大きい。
「んで、だ。こっちの要求なんだけど、しばらく……といってもいつまでになるかわからないけど、この鎮守府に留まりたい。もちろん提督には秘密で」
「そ、それは………厳しいんじゃないですか?」
俺の隣で吹雪が言う。
「………」
だが、陸奥はすぐに結論を出さずに考え込んでいた。摩耶は………おとなしく待ってるみたいだ。
「いいわ。その条件でいきましょう」
「ちょ、正気か!?」
「えぇ。正気よ」
………うん、俺自身こんな条件を引き受けてくれるとは思わなくて、俺もびっくりしてる。
「でも陸奥さん。それってかなりのリスクがありますよ?見つかってしまったら間違いなく失敗に終わります」
吹雪の言う通り。部外者を駐留させるだけでなく、諜報活動の片棒を担いでいたとなれば、俺はもちろん、一緒にいた艦娘も罰せられる。おそらく解体一択で。
「確かに危険かもしれない。でも、このまま手をこまねいていると、いずれ私たちは全員解体されてもおかしくない。バレて解体されても、少し時期が早まったというだけよ。それに今までとは違って、外部からの協力を取り付けることができる。海さんはここに留まれて、最低限室内で過ごすことができる。一種のギブアンドテイクよ」
「そこまで考えてるとはありがたい。おかげでこっちもやりやすくなる」
話がまとまったところで、早速行動に移りたい。
「それならここの艦娘全員に交渉してこないとな」
[※ここからはダイジェストになります]
「なんで外の人間がいんだよ!!」
「あらぁ〜、これはオシオキが必要かしらねぇ〜」
「待て、落ち着け!話くらいは聞いてくれ!!そんな物騒なモン振り回すなああぁああああ!!!」
「……言いたいことはそれだけですか?」
「うん、話を聞いてくれてありがとう。連装砲をこっちに向けないでくれるともっと嬉しい」
「というわけなんだけど」
「ええ、榛名は大丈夫です」
「一航戦にたいして協力しろだなんて、命知らずなの?」
「いや、そういうつもりではなく……さりげなく攻撃しようとしないで下さい。二度も死にたくありませんので」
というわけで、なんとか協力してくれるよう説得した。危うく四回くらいは死ぬところだった。
「………本当に全員説得したのね」
「また閻魔様にお世話になりそうでしたけどね」
陸奥に報告すると、目を丸くして驚いていた。
「みんな人間が嫌いって相当言ってるのに…」
「まぁ、何はともあれ結果オーライです。手筈はみんなにも伝えてありますから、その通りにお願いしますね」
「わかったわ」
そうして俺は、陸奥の部屋に泊まることになった。理由としては部屋の広さ。艦娘にも駆逐艦、軽巡洋艦、重巡洋艦などがあるが、陸奥は長門型二番艦。すなわち戦艦である。艦装が大きい艦娘ほど広い部屋が割り当てられているらしい。そしてもう一つ。
「わかっているとは思うけど、変な気を起こしたら容赦はしないわよ」
ここの艦隊屈指の実力者でもある。戦うことになったら多分灰も残らないかもしれない。
「了解です」
この世界の来て一日目がこんな感じであった。これ以上のドタバタはごめんだと思いながら、部屋の端っこで眠りについた。
「朝よ。起きなさい」
「………」
「ねぇ、朝よ。起きて」
「………」
「はぁ…仕方ないわね」
「……うぅ……」
「せい」
「ゴファァッッッ!!?」
激しい痛みとともに、暗闇の世界から一気に覚醒した。喉に正拳突きをするとは………この女、俺を殺す気か。
「早く寝ぼけ眼を覚ましなさい。今日から作戦開始するんでしょ?」
「……うぃ〜」
そんなこと言ったな。みんなを危険なことに巻き込んでるんだ。いくら眠くてもやることをやらなければ申し訳ない。
とはいえ、ここでの生活は常に気を張ってなきゃならない。もしあの提督に見つかれば、その時点でチェックメイトだ。トイレに行くときでさえ周りを警戒しとかなければならない。
「加賀さん」
廊下を歩いているときに、今あの提督の秘書をしている加賀さんに会った。
「何かしら?」
「この鎮守府に自由に使ってもいい資材ってありますか?」
「自由、ね。自由ではないけれど、例の計画で使うのでしょう?」
「はい。早速必要なものを作らないといけませんので」
「なら、工廠に行くといいわ。資材も置いてあるし、道具もいろいろ置いているから」
「ありがとうございます」
お礼を言って、早速工廠へ向かう。昨日吹雪に案内してもらったおかげで、大体の位置は把握できている。
「わぁお………」
工廠に着くなり、俺は嘆きの声を上げた。
床は誇りに塗れ、歩くたびに舞い上がる。そこらに様々な機材の残骸らしきものも散乱して、道具に至ってはあまりにも乱雑な扱いをしているのが見て取れた。
「………」
それを見て、俺の中の職人としてのプライドに火がついた。こんな状況で散々な状態の中で、納得のいくものを作ってやるよ畜生!
「………」
最悪の状況の中、俺は一心不乱に使えそうなものを見つけては分解して、部品として使うものを選別しているんだが、さっきから誰かが見てる。まぁ、提督でないことは確かだからいいんだけど、もう十分くらいそのままだ。いい加減気になって、入口の方を見る。
「…榛名か」
「すみません…お邪魔してしまったみたいで」
入口から榛名がよそよそしく入ってきた。
「いや、大丈夫。っというより、榛名はここの所属なんだから、堂々と入ってきたらいいのに」
「そ、それはそうなんですけど………作業の邪魔になるかなって思いまして………」
「そんなこと気にすんなよ。んで、何しに来たんだ?」
「少し艦装の修理をしようかと思いまして」
そう言われて榛名の艦装を見る。所々凹んでいたり、傷が目立ったりしているところが多い。
「ちょっと失礼」
それが気になって、近くで観察してみる。
こういったものは整備が終わるときに見た目にも多少気を使って細かい傷なども丁寧に直すはず。それなのに、ずっと整備していないかのように、傷の部分が腐食している。こんな状態で主砲を打てば、いつ自分の艦装が壊れてもおかしくない。
「あ、あの…?」
「その整備、俺にやらせてくれないか?」
「え、はい?」
言うが早いか、俺は榛名の艦装を運び、早速解体する。
「うぇえ!?私の艦装がっ?!」
「きっちり整備してから返すから安心してくれ」
ほう、艦装の中ってこんな風になってんのか。これは意外と俺でも作れるんじゃないか?って、中身の整備も行き届いてないのかよ………。
「あの〜……」
この部品は取り替えないと、戦いの途中で故障するな。全体的に部品の取り替えから必要かもな。
「えっと……海さん」
「ん?」
「もう原型とどめてないんですけど………」
中身を露出させ、取り替える必要のある部品は取り除き、それに代わる部品の材料を持ってきて、目印のように置いて行っている。
「大丈夫。構造は大体理解したから」
戸惑っている榛名を尻目に、俺は黙々と作業を進めていく。その頃には工廠に来た本来の目的を忘れていた。
「よし!」
日が沈み切ってしまう頃、ようやく榛名の艦装の整備が終わった。しばらく整備してなかったせいか、劣化が激しく、かなりの時間がかかった。
「ほら、できたぞ」
「これは……」
艦装を榛名に見せると、目を見開いていた。
「これ……私が初めて艦装をつけた時と同じくらい……綺麗」
「そっか。それなら良かった」
いい仕事をした、っと思ったところで、腹の虫が鳴いた。そういや朝から何も食ってねぇ。
「ふふ、大きな音ですね」
「なんかカッコがつかなかったなぁ」
「食堂に行きましょう。私もお腹が空きましたし」
笑顔で言う榛名に案内されて、俺は食堂へ向かった。
………………何か忘れてる気がする。
「それで、何か言い訳はある?」
食堂の中、俺は艦娘たちに正座させられていた。
「あ、あの、そんな怖い顔しなくても………」
「あなたはそう思うかもしれないけど、他は、ねぇ?」
「あうぅ…」
榛名がかばってくれるかと思いきや、あっけなく引き下がった。ここはおとなしく腹を括ろう。
「言い訳はしません。榛名の艦装が気になって、作戦そっちのけで整備してました」
「潔くてよろしい。だけど、時間はないの。明日からちゃんとやってくれるかしら?」
陸奥が理性的に話してくれているおかげか、血気盛んな方々もおとなしくこっちを睨んでいるだけだ。
「えーっと、明日からと言わず、今日の夜でいいですか?」
俺はもともと夜型の生活を送っていた。そのせいで、夜の方が元気だったりする。………もちろん意味深の方じゃない。いや、完全にそうじゃないとは言わないが。
「夜って……それは構わないけど、大丈夫なの?」
「ええ。こっちの世界に来る前は夜型の生活でしかから。そういうわけで行ってきます」
みんなの返事を待たずに、俺はさっさと工廠に篭りに行った。
「……ん?待てよ?」
すっかり時間のことを忘れて工廠に引き篭もっていると、とある疑問が浮かべ上がった。
ここの提督、どこにいるんだ?
食堂にも堂々と入って飯食わせてもらったし、工廠にはもう何時間引き篭もっているかわからない。それなのに、一度も見つかりそうになることはおろか、存在自体怪しいものになってきてる。ここの艦娘たちも、それが当たり前だと言わんばかりに振舞っていた。
「どうなってんだ?おかげで作業はやりたい放題なんだが………」
だが、万が一にでも見つかったらその瞬間にチェックメイトだ。気を抜いちゃいけない。
「失礼します」
「………」
「なんでしょう?」
頑張ろうと再決心した瞬間に加賀さんが入ってきた。………心臓止まるかと思ったぞ。
「いえ、ただビックリしただけです。こんな時間にどうしたんですか?」
そう答えながら加賀さんの持っている物が目に入る。小さめの盆に、お握り二つとお茶の入った湯飲みがあった。
「これを渡すために来ただけよ」
「ありがとう」
「お礼なら吹雪や榛名に言いなさい。あの子達が作ってくれた物だから」
淡々と言いながら、すぐそばにあったテーブルに盆ごと置いた。その仕草が妙に様になっていて、ちょっと感心する。
「では、失礼します。食べ終わったらそのまま置いていてもらって結構です」
一度も振り返ることなく、加賀さんは工廠を出て行った。
「…よし、頑張りますか」
早速お握りを食べ始め、英気を養いつつ窓の外を見る。時計を見ると、午前三時。この世界に来る前は、誰かからこんなことをされることはなかった。そのせいか、普通のお握りよりも格段に美味しく感じられた。
「これが?」
徹夜で一つ盗聴器を作ったところで、みんなにお披露目することにした。正直眠いが、できるだけ早く作戦を実行するため、昼食後の食堂に集まってもらっている。
ちなみに、提督は鎮守府内の施設を利用することはほとんなどなく、艦娘たちと行動を共にすることはないらしい。だからこうして堂々と入り浸れる。
「これは音声を盗聴すると同時に、録音も出来る。提督が普段いる場所に仕掛けて、証拠として音声を残すことが出来る」
「こんな小せぇのにそんなことできんのかよ」
摩耶の言葉に賛同するように、他のメンツも盗聴器を見たり触ったりしている。
「んで、これを後2つ作って、執務室、提督の寝室、会議室の見つからないであろう場所に仕掛ける」
天龍が盗聴器を見ているところで、それを取り上げてもう一つ、同じ形をしたものをポケットから取り出す。
「もし見つかってしまった時、多分没収・撤去されるだろうから、その時のためのダミーも、一人一つ用意する」
「うわ、そっくりね」
「二つ持ってたらどっちが本物かわからなくなっちゃうわねぇ〜」
「その辺は後々対策を考えるさ」
「その辺は随分と適当なんですね………」
ここで実は何も考えるつもりがなかったなんて答えたら、連装砲の雨の中を走り回ることになるだろう。
「で、早速この第一号を提督の部屋につけて欲しい。できるだけ怪しまれないように」
「となると……秘書艦の加賀先輩が適任でしょう。執務室に出入りすることが一番多く、提督の行動に一番詳しいですから」
「そうね。その役目は私が引き受けましょう」
不知火の言葉に、加賀さんは二つ返事で了解してくれた。これは意外とうまくいくかもしれない。
「じゃあ、よろしくお願いします。後二つは今から早急に作りますので、またその時に」
「待ちなさい」
では、と言ってまた工廠に向かおうとすると、陸奥に止められた。
「あなた、寝てないでしょう?確かに早くしたほうがいいけど、首謀者であるあなたが体調を崩したら元も子もないわ」
「自分なら大丈夫です」
「それでも!今はしっかり休みなさい。これはあなたのために言ってるの」
これは……退いてくれなさそうだな。おとなしく言うこと聞いとくか。
「…わかりました。では、お言葉に甘えて」
午後三時。俺は昨日と同じように陸奥の部屋で寝ることにした。
『ったく、ロクに資材を集めやがらねぇせいで売り捌けねぇじゃねえか……』
盗聴器の二号、三号が完成し、予定していた場所にも設置完了。録音した音声をまとめ、それが何日の何時ごろに言われたものなのかの記録をつけていく。その役割は加賀さんが中心となってやってくれているため、特に心配はいらないだろう。自分も何かしてやりたいけど、変に動いて迷惑をかけるわけにはいかない。
「あとは、改竄記録さえ手に入れば………」
それが一番の難関でもある。さすがにカメラなんてものを作るにはそれなりの材料と道具が必要になる。それを調達することはおそらくできない。となるとそれを諦めて他の決定的な証拠が必要になる。
「何か良い方法ないか…………………あ」
もし資材を売りさばいている現場を押さえて、売った量と報告書の量、実際に工廠などに保管されている量が分かれば、チェックメイトだ。
「よし」
ちょっと閃いた俺は、工廠から出て陸奥の部屋に向かった。
「で、本当に尾行するつもりなの?」
「そうでもしないと決定的な証拠が掴めないからな」
資材を売りさばいているのなら、必ずどこかでそれを買い取る相手とあっているはず。その会話と本人からの証言が得られれば完璧。何があろうと言い逃れはできない。
「確かにそうかもしれないわね。お願いするわ」
思いの外、陸奥は俺に任せてくれた。これは成果なしで戻って来るわけにはいかないな。
「任せてください。なので、提督が外出する日を教えてください」
「ええ。そうねぇ……前回は十日前だったから………」
「じゃ、行ってきます」
八日後、外出した提督の後をつけるために尾行作戦が決行された。
「あ、ちょっと待って。これを持って行きなさい」
引き止めてきた陸奥が渡してきたのは、財布だった。
「これは?」
「何かあったらそれを使ってもいいからね」
中を見てみると、何枚かの紙幣が入っていた。
「ああ、ありがとう」
今度こそ外に出ようとすると、加賀さんが紙を差し出してきた。素直に受け取って確認すると、地図だった。
「別にたいして心配していないけれど、万が一の事を考えておいたわ」
俺がお礼を言おうとすると、いつもの仏頂面で立ち去ってしまった。お礼を言いそびれてしまったが、これ以上ぐずぐずしている暇はない。
「じゃ、今度こそ行ってきます」
いってらっしゃい、という言葉を背に、昼前の街に繰り出す事にした。
街は寂れているわけでも、それほど栄えているわけでもない。だが、ゆったりとした暮らしに向いているようだ。途中途中でコーヒーのいい香りがしたり、機械の部品などを売っている店があったりして危うく寄り道仕掛けたが、大事な役目の方を優先させた。
「………」
ターゲットを見つけた俺は、なるべく怪しまれないように一般人を装って右曲左曲しながら一定の距離を保つ。幸い、今日は通行人が多く、俺が目立つような事はなかった。
「ん?」
尾行してしばらく経った時、提督は歩きながら周りを気にし始めた。さっきまで周りに目もくれずにいたのが嘘のようだ。そして、少しずつ裏路地に続く道に近づいたかと思うと、身を隠すように入っていった。俺はそれに続くように提督の後を追った。
「……たも………だな」
「…から………んねぇ」
入り組んだ裏路地の一番奥。そこで二人の男の話し声が聞こえた。見つからないように物陰に隠れ、持参した盗聴器のスイッチを起動する。
「俺は商人だから物の売買を請け負ってはいるが、ホントにバレてもしらねぇぞ?」
「うっせぇな。今までバレてねぇんだから問題無しだ」
「…毎回の事だが、俺はどんな責任も負わない。それが取引条件だ」
「んなこたぁわかってんだ。とっとと買い取りやがれ」
「……う〜ん……この量だと、このくらいか?」
「随分買値が安いな」
「仕方ねぇだろ?物の相場は日々変化してる。それに合わせて買い取りもしないと、誰も得をできない」
「ケッ、まぁいい。受け取りはいつものとこだ」
「はいはい。じゃあ、明日の夜に取りに行くから、準備だけしておいてくれ」
ここで提督がこっちに歩いてくる音がした。どうやら商談は終わったみたいだ。
「さて、結構な収穫だ」
証拠を残した盗聴器を大事にバックの中に入れて、鎮守府に戻る事にした。
「とまぁ、これが今日の俺の成果だ」
その日の夜、艦娘全員に集まってもらって、録音した会話を聞いてもらった。
「あんの野郎〜〜〜っ!!ふざけた事しやがってぇ!!」
「これは……提督としてではなく、人として最低ですね」
みんな提督の資材の売却を知っているが、改めてその会話を聞いて怒りを顕にした。そんな中、龍田がゆっくり手を挙げた。
「それで、明日の夜に買取にくるみたいだけど、どうするの〜?」
「もちろんそこでも証拠を抑える。それでまたみんなに手伝ってもらう事になるけど……」
俺は頭に浮かんだ方法をみんなに伝えた。初めは驚いていたけど、ちゃんと理解してくれたみたいで、快く協力してくれることとなった。
「こんばんは」
夜も更けそうな時間、俺は変装した状態で提督の前に姿を現した。時間帯としては、昼に提督と商談をしていた相手が資材を持ち帰ってすぐである。
「?なんなんだお前」
「私はこの近くで機械の修理や開発をしている者です。少しご相談がございまして」
そう言いながら懐にしまっていた札束をちらつかせると、提督の表情が一転した。
「私の研究開発に膨大な資材が必要なんです。これで手を打ってくれませんかね?」
「わかってんじゃねーか」
提督は札束を受け取ると、工廠の方を指差した。
「あそこに資材が保管してある。好きなだけ取っていきな」
「好きなだけ?本当ににそれでよろしいのですか?」
「ああ。いつも取引してる奴が安く買い叩きやがってよ。これだけ払ってくれるなら問題なしだ」
「そうですか。感謝いたします。……そうです。この話を受けてくれたお礼と言ってはなんですが、こちらを差し上げます」
そう言いながら取り出したのは、一本のワイン。結構な代物で、一般人なら目にすることも稀なものだ。
「ほう…ありがたく頂くとするか」
ワインを手渡し、提督はおそらく鎮守府内にある寝室に向かったはず。
「よし」
提督の背中が見えなくなり、作戦も佳境に入った。早速工廠の中に入ると、加賀さんを除く艦娘が集合していた。
「あら、上手く行ったみたいね」
俺の姿を確認するなり、陸奥は上機嫌にウインクしてきた。
「ああ。でも、まだ油断はできないから、頑張ろう」
俺の言葉に全員がうなづき、資材を持ち出す作業に取り掛かった。
「んで、どれだけ持ち出せばいいんだ?」
作業を開始してしばらく。摩耶が聞いてきた。
「多ければ多いほどいい。全部持ち出せるのがベストだな」
「これ全部かよ……朝までに終わんのか?これ」
摩耶が燃料の入ったドラム缶を片手に、ため息をついてうなだれた。…なんだか申し訳なくなってきた。他のみんなも文句を言わずに作業してくれているが、結構な重労働のせいか、表情が少し硬い。
「ごめんな。こんなことに付き合わせて」
「謝んなよ。私達だって望んでアンタに協力してんだから」
疲れの見える笑顔を向けられて、謝罪の言葉が出なくなった。たとえ彼女達が望んだことだとしても、やっぱり完全には割り切れない。
「ちょっと摩耶!サボってないで早くしなさい!」
「わかってるよ」
陸奥からのお叱りを受けて、摩耶はさっさと仕事に戻った。大の男二人でようやく持ち上げれるようなドラム缶やら鉄やらを軽々運んでいるのを見ていると、人間と艦娘の違いを見せつけられているようで、俺はおとなしく資材を持ち出す場所に向かった。
「ここにいましたか」
鎮守府の目の前の海岸で、加賀さんにあった。
「どうでしたか?」
「手筈通りです。今は執務室でぐっすり眠っています」
あのワインには強力な睡眠薬を入れておいたから、少なくとも昼までは目を覚ますことはないだろう。まさかここまで上手くいくとは思わなかった。
「それは重畳。工廠にいるみんなにもそれを伝えて、三十分くらい休憩させてあげて」
「休憩、ですか………そんなことよりも作業を優先しないと、提督がいつ起きてくるかわかりませんよ?」
さすが加賀さんと言うべきか、最悪の事態を想定してるのか………
「確かにそうですが、資材の持ち出しは最低書類でごまかせないくらいの分持ち出せれば十分なんです。それよりも誰かが体調を崩す方が問題ですから」
そうなると、下手をすればごまかしが効かずに、この計画自体が失敗に終わってしまう可能性がある。それに、首謀者でありながら一番楽をしているからこそ、申し訳ない。
「…ふふ」
何を思ったのか、加賀さんは微笑んだ。
「あなた、だいぶ変わっているわね」
「よく言われます」
あなたが提督だったら良かったのに………
呼吸するような音で、加賀さんが何かをつぶやいた。が、俺の耳には届かず、とりあえず深くは聞かないことにした。
「海さーん!!」
加賀さんも工廠組に経過の報告をした後、資材の持ち出しの作業を手伝って、空もだいぶ白んだ頃。吹雪を先頭に、ここの艦娘全員で巨大なコンテナを引っ張ってきた。……………うん、深く考えるのはよそう。
「工廠の中の資材、全部このコンテナに入ってます」
「全部っ!?まじかよ………」
それがベストだとは言ったけど、正直本当に達成するとは思わなかった。
「さ、早くやろうぜ」
「早くしないと〜、それだけ危ないわよ〜」
「そうだな」
俺は足元の砂を払って、大きな茶色の取手を思いっきり引き上げた。中からは冷たい空気が溢れ、短い階段の先にエレベーターが設置されている。
「ここは?」
「この鎮守府ができる前、大量の資材が埋蔵されてた場所だったみたいで、当時使われていた資材の保管庫が残ってるんだ。って自分で調べた風に言ってるけど、これは不知火が教えてくれたんだ」
当の本人はコンテナを引っ張ってきてばててるみたいだけど。
「作業も終盤だ。みんなで頑張ろう!」
おう!と俺の呼びかけに応えてくれたみんなは、コンテナから資材を運び出し始めた。
「よっと」
ガシャン、と地下に散乱していた廃材をどかして、資材の置き場所を作る。悔しいが、俺にはこれくらいのことしかできない。みんなが資材を運び込んで行くなか、その隣でガラクタと格闘を繰り広げていると、榛名が声をかけてきた。
「どうした?」
「あの、海さんも休んだらどうですか?」
榛名の手には、水の入ったペットボトルがあった。
「ありがと。でも、休まなくても大丈夫」
ペットボトルを受け取り、水を体内に流し込む。
「でも………」
「あーもう。ちょっとくらいカッコつけさせてくれよ。ここで休んじまったら、男として失格だ」
その話題を振り切るように、荒々しく作業に戻った。榛名もおとなしく作業に戻ってくれたみたいだ。
「………はぁ」
それからどれだけ時間が経ったかわからない。さすがの艦娘たちもヘトヘトのようで、冷たいタイルに座り込んでいた。
「なにはともあれ、終わったな」
疲労と眠気で半分死にそうだが、大仕事の達成感からなんとか立ち上がることができた。
それにしても、積まれた資材を見て圧倒された。これだけの量を運んだと考えると、この作戦がどれだけ強行軍でやってのけたかがわかる。
「ようやく、準備が整いましたね」
加賀さんがフラフラと立ち上がりがなら、肩を並べてきた。
「そうですね。これで終わりじゃありませんからね」
よし、と気合を入れる。
「それじゃあ準備も整ったところで、全員休憩!」
みんなの反応を待つことなく、俺はその場に倒れて寝始めた。
「ご足労いただきありがとうございます」
三日後の深夜、俺は変装をした姿でまた提督に会っていた。もちろん、これも作戦の一つ。そして、以前と違うところが一つ。国軍本部の監査官が近くにいることだ。
「…テメェ………ウチの資材全部持って行きやがっただろ!」
「はい、そうですが。何か問題でもございましたか?」
俺は監査官の様子を気にしながら、わざと提督を煽っていく。
「ふざけんじゃねーよ!!」
「ふざけていませんよ?あなたがいくらでも持っていっていいとおっしゃいましたから、その言葉に従ったまでです」
さて、そろそろかな………
「お話は伺いました」
ようやく監査官が姿を現した。そう年を取っているわけではないが、威厳があり、人の上に立つ者という風格が漂っている。
「古城弘(ふるき ひろ)提督。あなたの今までの行いはこの方に話していただきました」
「な、なに言ってやがる……!俺はあんたらに目ぇつけられるようなことなんて」
『ったく、ロクに資材を集めやがらねぇせいで売り捌けねぇじゃねえか……』
その音声を聞いて、提督は言葉が止まった。
「あなたが行ってきた不誠実な行動。艦娘たちへの不適切な扱い。資材を売却、それをそのまま自らの財としたこと。全て状況証拠と証言。そして、物的証拠も預かっています」
監査官は小型のレコーダーを取り出して、音声を流す。そこには提督の不誠実な行動を裏付ける発言が大量に収まっていた。
「さて、これらについてきちんと説明していただけますか?」
「ふ、ふざけんなよ………な、なんでこの俺が……」
後ずさりをしながら逃げようとする提督。
「クソがぁ!!」
やがて走り出したかと思いきや、すぐに足が止まった。
「これも、監査官殿からの命令ですので」
この鎮守府に配属されている艦娘たちが、提督に艦装を向けていた。
「諦めなさい。あなたに逃げ場はありません」
やがて提督は地面にへたりこみ、乾いた笑い声をあげていた。
「今回はありがとうございました」
提督(クズ野郎)が連行されていく様を見学したあと、監査官からお礼を言われた。
「いえいえ、こちらこそご足労いただきありがとうございます」
「古城弘提督の名義で文書が来た時は驚きましたが、この音声が同封されていては、私たちも動かないわけにはいきません」
今回の作戦。まずは使えそうなセリフを録音すること。もう一つが、俺が資材を買い占めたように見せかけること。そのために、町の金融からお金を借りてきた。………とてつもない額で、身元を証明するものが何もない。あいにく詰みそうになった。
「ですが一番の功労者は、あいつらですから」
そう言って艦娘たちのほうを見ると、みんな笑顔を向けてくれた。
「資材の保管を確認できました。その他問題のあることはありません」
手帳を閉じ、監査官が微笑む。
「民間人ながらも、このような危険を冒してまで、不正を暴いてくれたこと。そして」
そっと、艦娘たちに視線をやる。
「彼女たちの強い希望により、丁海さん」
「あなたをこの鎮守府の提督に任命いたします」
空が白み始める頃、新たな人生に大きな転機が訪れた時だった。
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あることから死に至ったエンジニアが、閻魔大王の計らいで別の世界へ……