「そんなことが…」
星から漢中の状況を聞いた本陣は静まり返っていた。
定軍山を拠点に漢中の調査をしていたところ異変が起こり、その中から敵部隊に追われた二人の少女を保護し、今は陽平関に拠っているらしい。
定軍山から撤収の際、璃々を残していってしまい、それを助けたのち、山を降りていた最中だったようだ。
「それじゃあ、綾那と歌夜は無事なんですね!?」
剣丞が二人の無事を念を押して確認する。
「確証は出せないが、少なくとも私が関を出るまでは無事だった。ただ、陽平関がいつ落ちるとも限らん」
「それじゃあ、急がないと!」
「そうだな。ならば先導は私がしよう」
と、話をしながら傷の応急処置を受けたとはいえ、満身創痍の星が立ち上がる。
「いえ、趙雲さんは休んで頂いても…」
止めようとする剣丞を制し、
「大丈夫だ。それと剣丞。私のことは星と呼ぶがいい」
「あ、はい。ありがとうございます!」
柔らかく微笑む星に、剣丞も笑顔を返すのだった。
――――――
――――
――
「うぅ~~~……星はまだなのかーーー!!」
関の上から敵軍後方を見ながら、地団太を踏む鈴々。
そろそろ星が言った二刻が経とうとしていた。
輜重の準備は既に整い、一部は先行して剣閣方面に撤退を開始させている。
あとは星の到着を待つだけなのだが…
「あ!あれはっ!!」
…………
……
「桔梗!桔梗!!」
関の中で綾那と歌夜から事情を聞いていた桔梗。
ひと段落といったところで、上から鈴々が降りてきた。
「なんだ騒々しい。星が来たのか?」
「そうじゃないんだけど!桔梗にも来てほしいのだ!」
「一体どうした?何かあったのか?」
「ん~~!!いいから上がってくるのだ!口じゃ説明出来ないのだ~!!」
見たものを説明できないのがもどかしいのか、手足をばたつかせる鈴々。
こういう風な慌て方をする鈴々も珍しい。
「分かった分かった、いま行く」
桔梗もそれに気付き、鈴々に促されるまま階段を登る。
「…歌夜」
「うん」
綾那と歌夜もこれに続いた。
…………
……
「「「――――っ!?」」」
三人は驚きをもって、その眼下の光景を見た。
その驚きの種類は桔梗、そして綾那と歌夜で違っていた。
「何故孫家がここに!?しかも、月と詠の旗もあるだとっ?」
「そうなのだ!訳が分からないのだ!」
鈴々と桔梗の驚きは単純な疑問。
ここに居るはずのない人物の旗が林立していること。
「歌夜……歌夜っ!」
「えぇっ!剣丞さまが…剣丞さまが助けに来てくださったのね!」
二人の視線は一つの旗で交錯していた。
円の中に太い線が一本入った図形。
鈴々や桔梗には意味の分からないその旗は、綾那と歌夜にとっては救いの旗。
新田一つ引き。
二人の愛しき人がそこにいる証だった。
――――――
――――
――
「いるわいるわ~うじゃうじゃいる♪」
最前線の雪蓮は眼前の部隊を見て、涎を垂らさんばかりに歓喜していた。
剣丞たちの布陣は、先程とほとんど同じ。
第一陣に雪蓮、第二陣に蓮華。
本陣と後備えを剣丞隊が務める。
唯一違うのが…
「私の獲物も残しておいて下されよ、雪蓮殿」
雪蓮の隣には、祭の他にもう一人。
大斧を構える壬月がいた。
もともと本陣にいたのだが、
「我らが仲間の尻拭いを、孫呉の方々だけに任せておくわけにはいかん」
と直訴して、前線行きが決まった。
「ふふっ、それはどうかしらね?我が孫呉の戦場は早い者勝ちが常なのよ♪」
「これはこれは。それですと、雪蓮殿の獲物が無くなってしまうことになりますが?」
「あら…面白いことを言うのね」
雪蓮と壬月の間に火花が散る。
「これこれ策殿、落ち着いて下され。壬月殿も、あまり策殿を煽らんで頂きたいの」
止め役に回らざるを得ない祭。
「別に本気になってる訳じゃないわよ、祭。なんだか壬月といると昂ってくるのよね~。相性が良いのかしら?」
「そう言って頂けると、私としても光栄の至りですな」
「……儂はなんだか壬月殿の声を聞くと、背筋がゾッとするんじゃがのぅ?」
そんな話をしていると、
「敵軍、動きました!」
敵がこちらに向かって進軍してきた。
「活きがいいわね~!それじゃあ壬月、行くわよ!」
「応っ!」
敵軍に突撃する雪蓮と壬月。
いつもの、主の久遠を諌める姿は影も形もない。
織田家筆頭家老という立場から解放されているからなのか、はたまた雪蓮の気に当てられたからなのかは分からないが、今の壬月は一人の
「前線、戦闘始まりました。雪蓮さまと壬月殿が先頭で戦っているようです」
「あぁ…姉様は~もう!壬月殿は何となく止めてくれそうだったのに…」
思春の報告に頭を抱える蓮華。
「ああなった雪蓮さまを止めるのは、冥琳さまでも難しいと思いますが…」
思春の呟きは、悩む主の気休めにもならなかった。
「もういいわ。万が一にも無いと思うけど、突破されないよう警戒だけは怠らせないように。両翼には特に注意しておきなさい」
「はっ!」
「ご主人様」
斥候に出ていた小波が戻ってくる。
「お疲れ様。前線の様子は?」
「はっ。敵軍こちらに攻めかかってきました」
「隘路で関と部隊に挟まれたら、こちらに攻めかかるは必定かと」
「なるほど、それで?」
雫の補足に頷き、小波に先を促す。
「は…お味方前曲が、その…突出して、交戦中です」
「ま~雪蓮さんなら仕方ないですね~」
「雪蓮姉ちゃんなら仕方がないか…」
もはや端から諦めていた。
「いえ、それが…雪蓮さまだけでなく、壬月さまも単騎駆けを…」
「いいっ!?」
想定外の事態に思わず奇声を上げる剣丞。
「それは…本当なのですか?」
詩乃も信じられずに目を丸くする。
「はぁ……金剛罰斧を振り回し、敵をバッタバッタと薙ぎ倒し…あぁいえ、もちろん峰打ちのようでしたが…」
「いや、峰打ちでも死んじゃうんじゃ…」
「そんなことより、陽平関の動きは?」
剣丞の呟きを掻き消すように、詠が質問を被せる。
「まだありません。遠目には、関の上に人影が数人分確認できましたが…」
「桔梗は動かない、か…」
疑り深い星と桔梗対策の董旗と賈旗だが、桔梗に対して効果はまだ出ていないようだ。
「でも、死地に追い詰めないほうがいいのかしら?」
これで陽平関からも兵が出れば、敵は完全に死地に追い詰められる。
死地に追い詰められた敵は、文字通り死に物狂いで戦うため、味方にも大きな被害が出る。
そのため、殲滅戦でもない限り、敵を完全包囲するのは悪手にもなりうる。
「んまぁ~、今のまんまでも死地にような状態ですし~」
「しかも、どうやら敵は正気ではないようですし、早めに兵を繰り出し、無力化することが肝要かと」
風と詩乃の意見は同じようだ。
「待っていればそのうち、桔梗姉さんじゃ止められずに鈴々姉ちゃんが出てくると思うけど…」
いかにもありそうなことを言う剣丞。
そんな時、
「小波さん、私を陽平関へ連れて行く事は出来ますか?」
月が小波にそう尋ねた。
「え?」
「ちょっと月!なに言ってるの!?」
「どうですか、小波さん」
声を荒げる詠に構わず、月は小波に続けて問う。
「は、はぁ…月さまお一人を運ぶことなら、可能だと思いますが……」
剣丞をチラチラと窺いながらなので歯切れの悪い小波。
「私が行って、鈴々ちゃんと桔梗さんに兵を出すようお願いしてきます」
「そんな月、危ないよ!」
「そんなことないよ。小波さんに連れて行ってもらうんだけだもん。小波さんの腕は知ってるでしょ?」
「う…そ、それじゃ他の人に行ってもらおうよ!そうだ!星がいいんじゃない?」
「ダメだよ。星さんは怪我してるし、小波さんの負担を考えても、体は小さい方がいいと思う」
「なら風が…」
「いえ~。風が行っても、事情を説明している間に、戦闘が終わってしまいそうですね~」
「自分で言うなっ!」
ツッコむ詠。
「ならボクが行くよ!それならいいでしょ!?」
しかし、月は首を横に振る。
「詠ちゃんならここに居て知恵を出すことが出来る。でも、私には何も出来ないから。だから少しでも役に立ちたいの」
「でもっ…!」
「詠姉ちゃん」
なおも食い下がろうとする詠の肩を優しく剣丞が止める。
「こうなった月姉ちゃんが梃子でも動かないこと、詠姉ちゃんが一番良く知ってるでしょ?」
「うぅ~~~……はぁ。分かったわよっ…」
詠はガックリと肩を落とす。
「小波、月姉ちゃんのこと、よろしくお願いね」
「はっ!」
「よろしくお願いします」
よほど心配なのだろう。詠は深々と頭を下げた。
「はい。お任せ下さい」
小波はお姫様抱っこの形で月を抱き上げると、音もなく駆け出した。
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どうも、DTKです。
お目に留めて頂き、またご愛読頂き、ありがとうございますm(_ _)m
恋姫†無双と戦国†恋姫の世界観を合わせた恋姫OROCHI、78本目です。
函谷関で、念願の紫苑救出を果たした一刀たち。
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