第九話 勇気とお節介
唐突だが、舎弟は自室で一人悩んでいた。
「あーもう、じれったいっス!」
じれったいというのはサキと轟の事である。轟は晴れ着のサキに一目惚れ、サキは轟の事が好き。結局は両想いであるのだが、その事を知っているのは自分だけ。しかしサキには口止めされてるし、轟は轟で、一人でいるときに例のかんざしを取り出しては、ため息をつく様子を見る事がある。要するにまだ忘れられないのだ。その事をサキに話した事もある。先日、轟との勝負を終え、帰る所のサキに話を振ったのだ。
2月某日。夕刻の公園。
サキの後を追いかけて来た舎弟がサキに声を掛けた。
「サキさん、ちょっとお話いいっスか?」
「ん?なんだいお前かい。ああ、いいよ。」
「唐突ですまんスけど、サキさん番長の事好きスよね?」
いきなり核心を突く舎弟。
「ば!な、な・・・」
「バナナ?」
「違ーーーう!そうじゃなくて!そんなこと、ある訳ないだろ!」
「嘘っス。自分はこの前理解したっス。サキさんの番長を見る目は恋する女性の目だって。」
「・・・・・そ、そんな。アンタにまでばれてるなんて・・・」
マチコ、操、そして舎弟。どうも轟の周りには鋭いのが多い。
「気付かない方がおかしいっス。でも、一番気付かなきゃいけない人が全然気付いてないスけどね。」
「そうなんだよ!」
食いついた、と舎弟は思った。こうなれば彼のペースである。
「まったくあいつってばなんであんなに鈍いかね?この前だって温泉でさ・・・」
普段から想いが伝わらないもどかしさを感じていたのだろう、一気に愚痴を吐き出すサキ。
「どうスか?気持ち軽くなったスか?」
ひとしきり話し終えたサキに舎弟が訊く。
「あ、ああ・・・まったく不思議な奴だねお前って・・・」
「褒め言葉と受け取っとくっス。で本題なんスが・・・」
舎弟はかんざしの件をサキに話してみた。
「そうなのかい?・・・でも駄目だよ。それはアタイが好きなんじゃなくて、金髪で晴着の名前も知らない女が好きなんだから。アタイだって判ったらきっとがっかりするだけさ・・・」
舎弟はそれは違う、と思った。気付かない轟が鈍いという事は置いておくとしても、がっかりするほどいつものサキには魅力が無い訳じゃない、サキは否定するかも知れないが、轟だってサキの事を憎からず、いや少なくとも好意を持って接しているのは間違い無い、と。だが、そう告げてもサキはこう言った。
「そうだとしても、あいつが自分で気付かない限りは、いつものアタイを好きになるって事にはならないだろ?それに、なんだかんだ言っても今の関係って結構居心地いいんだよ。」
「サキさんがそう言うなら・・・それでいいのかも知れないっスけど・・・」
「ん?」
「自分は辛いっス。」
「は?」
意味が理解出来ないサキ。
「いえ、なんでもないっス。それじゃこれで失礼するっス。ありがとうございましたっス。」
頭の上に”?”マークが浮かびそうな表情のサキを残し、舎弟はその場を後にした。
と、そんな事があり、舎弟は悩んでいたのだ。
「このままどっちつかずの状態って自分には辛過ぎるっスよ・・・かと言ってあの二人が付き合う事になっても操さんが悲しむ事になるっス・・・あーーーー!どうすればいいスか!」
舎弟は気配りの男だった。強力な話術と気配り。将来出世するに違いない。
「でも、やっぱりお節介かも知れんスけど、何もせずにはいられないス!」
舎弟は一つの決意をした。
数日後。河川敷。
舎弟はこの数日間チャンスを待っていた。サキが轟の許へ来るのを。この真冬に、晴れているとはいえ屋外で昼寝する変人に付き合うのはきついものがあったが。そしてついにそのチャンスがやって来た。
「轟!勝負しな!」
「おう、それじゃ・・・」
「ちょっと待ったっス。」
いつもの二人のやり取りに舎弟が割り込んだ。
「ん?なんだ舎弟。」
「今回の勝負、自分に代理させて欲しいっス。」
「お前が?俺の代わりに?」
「違うっス!逆っス!自分がサキさんの代わりになって番長と勝負させて欲しいんス!」
「え・・・ええええええ!?な、何それ!」
意味が掴めないサキと轟。
「・・・理由、あるんだろ?」
「思うところあるっス。でもそれは聞かないで欲しいんス。黙って勝負してやって下さいっス!」
轟の問い掛けに舎弟はそう言って頭を下げた。
「そうか・・・よし、分かった。種目はなんだ?」
「ドッジボールでお願いするっス!」
「よし、いいだろう。」
「ちょ、ちょっと・・・」
戸惑うサキを置いてきぼりに二人は轟高校に向けて歩き出した。しばらく呆然としていたサキもその後を追って行った。
轟高校グラウンド。
「サキさん、今回は悪いスけどギャラリーしててもらえるスか?」
「そりゃいいけど・・・なんで代わりなんか?」
「とにかく今日は見ていて欲しいんス。自分が番長相手にどれだけやれるか。」
「だからなんで・・・」
「自分はサキさんの事好きっス。」
「・・・・・・・!」
「だから番長の事で苦しむサキさん見てると辛いっス。」
「あんた・・・辛いって言ってたのは・・・」
「それじゃ行くっス。」
舎弟はそう告げ、会話を切り上げるとコートに入っていった。
「準備はいいな?よし、お前から来い。」
そう言って轟は舎弟にボールを投げる。それを受け取った舎弟が言う。
「遠慮や手加減は無しっスからね。」
「当然だ。」
「それ聞いて安心したっス・・・それじゃ行くっス!」
舎弟と轟の、一対一のドッジボール勝負が始まった。
勝負が始まって、もう十数分が経っただろうか。ほぼ無傷の轟に対して舎弟はボロボロになっていた。一対一の場合、避けてはいけない、必ず捕るか当たるかしなければいけない、というのが轟流ドッジボールのルールである。
「おらあ!」
「ぐふぅっ・・・!」
何度目かの直撃。舎弟はそれでも立ち上がり、
「ボールはまだ生きてるっス・・・」
と、言葉とは裏腹に、死んだ返球をする。轟は足元に転がってきたボールを拾い上げると、
「よくこれだけの攻撃に耐えたな・・・褒めてやるぞ。だが!」
そう言いながら一際大きなフォームで振りかぶる。轟の必殺球のフォームだ。
「!」
「往生せいや!」
避けずに捕りに行く舎弟。しかし今の舎弟にはそれも敵わず、またも直撃してしまった。
そして舎弟はとうとう力尽き、大の字に倒れてしまった。
「はあ・・・はあ・・・ありがとう・・・ございました・・・っス!」
それを聞き、轟は立ち去って行った。サキは二人を交互に見やった後舎弟に駆け寄った。
「ちょっと・・・大丈夫かい?」
「大丈夫っス・・・さすがに限界スけど。」
舎弟はそう言いながらなんとか上半身を起こした。
「アタイには解らないよ。なんでこんな事・・・」
「・・・自分はこれだけやれたっス。だからサキさんも勇気出して欲しいっス。」
「!」
「早い話がただのお節介ス。自己満足っスよ。これから自分がいる時にサキさんが来たら、その度に代理でドッジボールやるスよ。だから自分が死んじゃう前になるべく早く勇気だして欲しいスね。」
舎弟はそう言うとゆっくりと立ち上がり、体に付いたグラウンドの砂を手でぱんぱんと払った。
「まったくもう、それじゃ脅迫じゃないか・・・バカだね。」
そう言いながらちょっとだけ泣きそうになるサキ。
「それじゃ自分はこれで失礼するっス。・・・サキさん?」
「え?」
舎弟はサキに背中を向け、歩き出した所で振り向かずに彼女に問いかけた。
「今日の自分、カッコよかったスかね?」
「ああ・・・思わず惚れちゃいそうなぐらいにカッコよかったよ。」
それを聞いた舎弟はサキに満面の笑顔を向け、右腕でガッツポーズを作った。
サキは去っていく舎弟の背中を見送りながら、
「勇気、か・・・」
そう独り呟いていた。
つづく
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