「これは…」
マリアージュを誘爆し、その爆破の跡地を辿りながら遺跡を進んでいくと、明らかに辺りとは雰囲気の違う場所に出た。そこは、他とは違ってエネルギーが通っており、風化も汚れも何もない綺麗な保存状態で、そして真っ白な空間だった。中心には巨大な魔方陣で作られた檻のようなものがあり、その中には少女の姿があった。見た目は10歳程度で、長い茶髪、眼は閉じられており、眠っているのが伺える。
側にある端末の画面には『イクスヴェリア』と、古代ベルカ文字で書かれていた。
「おいおい、俺のイメージと随分かけ離れてるぞ…」
「僕もびっくりです…まさかイクスヴェリアが、まだあの頃のままだなんて…」
冥王イクスヴェリアは、年端もいかない少女だったって言うのか?こんな子が暴君だと?地球の董卓とうちの月さんの例といい、歴史なんて当てにならないな。
「さて……おい、俺の声が聞こえるか?」
俺は少し大きめな声で呼びかける。だが、中の少女はピクリとも反応しない。お腹が規則正しく動いているから、間違いなく生きてはいるのだろうが…
「怪しいのは、この魔方陣か…」
この魔方陣は見たところ、イクスヴェリアを守る結界なのだろう。どういう原理なのか、効果は何なのか、全くの未知数…とは言え、ある程度予測はしているが…
「…よっ」
俺は側にあった小石を拾い、それをイクスヴェリアの結界目掛けて投げてみる。すると、小石は結界に触れると同時にジュッという音を立てて蒸発してしまった。
「……ま、予測通りだな」
やはりと言うか、物騒この上ない結界だこと。触れたら即消滅とか流石に笑えないわ。
「んー…この端末からじゃ、この結界は解除できねぇみたいだな」
アギトが側にある端末を弄りながら言った。となると、この結界は何らかの外的要因か、もしくはイクスヴェリア自身が作っているものになる。恐らくは後者。魔力の流れがイクスヴェリアから出ているからな。
なるほど、スカリエッティが先にレーゲンを狙ったのは、これを壊す為でもあるのか。
「レーゲン、魔剣を使う。アギトは念のため離れてろ」
「了解。それが手っ取り早いわな」
「了解です。解除する時は、声に出して下さいね」
ユニゾンイン
それと同時に、俺の中の魔力原が休止状態になる。魔力が使えなくなったのだ。どれだけ演算しようとも、大元のブレーカーが落ちていたら、電力が着かないのと同じで、魔力そのものはあっても使えなくなった。その代わりに、一本の黒い魔剣が手から現れる。
退魔剣ゼウス
この漆黒の大剣はありとあらゆる魔を絶つ代わりに、生物は殺せない、神騎の中でも異例中の異例の剣。切り裂くのは魔力などの異能だけで、異能で出来たものであれば何だって斬れる。その代わり、使用者も使用中は魔力を使えないというハンデがある。魔力による身体強化はもちろん、飛行や念話も、何もかもが出来なくなるのだ。
「ふぅ…やっぱり魔力がねぇのは落ち着かないな。アギト、何があっても近づくなよ。切っ先が少しでも触れたらシャレにならん」
「わぁってるよ。あたしもまだ死にたくねぇ」
異能を斬る事に特化しているおかげで、アギトのようなユニゾンデバイスには天敵だったりする。存在そのものが異能という存在に、刃が少しでも触れようものなら、問答無用で消滅してしまうからな。
「さて、そろそろ眠り姫にも起きてもらうか」
俺は結界に向けて魔剣を振り下ろす。魔剣は間違いなく結界を斬り裂き、ゆっくりと魔力が消滅していく。相変わらず、なんの感触も残らない。斬った側はなんの手ごたえもないから不思議だ。
結界は程なくして消滅し、中にいたイクスヴェリアはゆっくりと地面に落ちていく。その様が何とも儚く、か弱く、なんだか俺が悪い事をしている気分になって来た。
「死んだりしてない筈だが、起きないな」
俺はイクスヴェリアに近寄り、脈を確認する。規則的に流れる血と、静かに膨らむお腹から間違いなく生きてはいるのだが、目覚める気配がない。
「アギト、そこの端末でイクスヴェリアの状態を確認できるか?」
「やってみる」
アギトは側にある端末を操作し、調べ始める。程なくして、アギトの表情は何かに辿り着いたような、それと怒りにも似たものに変わっていった。
「おいオーナー。ここの研究者もなかなか腐ってたみたいだぜ。まず、イクスヴェリアは今、擬似的なコールドスリープ状態になっている。擬似的なってのは、その手段が魔法による肉体年齢の遅延、生命維持、それと本人の意思とは反して眠り続けるという、ある意味呪いみてぇなもんだからだ。まぁ、それまでならまだいい。そこまでなら、イクスヴェリアの意思に沿っている。だけど、問題はここからだ。オーナー、レーゲンの話では、イクスヴェリアは自分の力を封印したと言ったいたよな?なのにマリアージュが歩いていた。これについて、疑問には思わねぇか?」
アギトの言う通り、マリアージュが起動している事には疑問を感じていた。イクスヴェリアは封印を望んだ筈だった。それは、力を一切使わないように。なのに、その力の代表格、マリアージュは動いていた。考えられるのは…
「ここの研究者が、イクスヴェリアには内密にマリアージュを使っていた?」
「そういう事だ。例えば本当にコールドスリープ状態なら、魔力源たるマリアージュコアも凍結される。だが、ここのコールドスリープは半端も半端。肉体と意識が眠ってるだけでマリアージュコアは生きていた。研究者が、イクスヴェリアの知らないところで使う為にな!」
なるほど、そりゃ胸糞悪い話だ。レーゲン曰く、イクスヴェリアは破壊を望まず、自身の力の封印を望んだ。だが、周りはそれを許さず、イクスヴェリアという器を眠らせ、彼女の力だけを使おうとした。
「ま、それも失敗みたいだったがな」
だが、この研究所の荒れ具合、そしてマリアージュの放った言葉から察するに、イクスヴェリアはそれも視野に入れていたのだろう。事前にマリアージュが起動した時を考え、自分を守るように指示した。その結果、研究者共はマリアージュを生み出した瞬間に殺された。それはあのボロボロの研究所がそれを物語っている。自業自得というやつだな。
「ハッ!ザマァみろだぜ!腐れ研究者どもが!」
アギト的に、今でも研究者が嫌いらしく、随分荒れているようだった。
「アギト、このコールドスリープ、解除出来るか?」
「んお?やってみる!」
アギトはイライラしていた所を一転、カタカタと端末を弄り始めた。程なくして…
「……悪りぃ、一時的に目覚めさせる事は出来ても、解除は出来ねぇ。特に肉体遅延についてはここでやったモノじゃねぇから、ヒントすらもねぇ」
ふむ、流石に無理があるか。なら後は…
「アギト、一時的でいい。目覚めさせてくれ」
「あいよ」
アギトが端末を弄ると同時に、イクスヴェリアの魔力が輝きだす。俺は少し離れ、経過を見守った。
眠っている筈なのに、目を閉じている筈なのに、瞼にはあの灰色の空が、燃え盛る大地が映し出される。
まるで、自分が行ってきた事から逃さない為に、忘れさせない為に。
多くをこの手で殺め、多くを奪い、多くを不幸にしてきた。
それは、絶対に許されない事。
どれだけ時間が経とうとも、私が償わなければならない罪。
でも、それ以上にマリアージュという力は強大で、危険だった。
だから、私は私自身を封印した。
マリアージュが、これ以上何者も殺さないように。
だけど、それは自分に都合のいい言い訳。
本当はただ、あの戦いから逃げたかっただけ。
現実から逃避する為に、全ての責任から逃れる為に、私は眠りについた。
それも、私の罪。
無責任で、弱い、私のわがまま
だから………
「んぅ…」
まどろみの中にあった意識が突然目覚めていく。まだ意識がハッキリとしていないながらも、私は動揺を隠せない。
なぜ、目を覚ました?
考えられるのは、誰かが強制的にシステムを切った事。
狙いは何だ?マリアージュか?それとも…
「やぁ、お目覚めかな?」
少しだけ低い、男の声音。だけど、威圧感は感じられず、それどころかとても優しく耳を通っていく。暖かい。そんな印象だった。
視界はぼやけているものの、徐々にクリアになっていく。すると、目の前に映ったのは、とても優しげに微笑む男の姿だった。
「おはよう、俺は東士希。俺の言葉、わかるかな?」
男はアズマ・シキと応えた。それが名前だと言うのはわかるし、話している言葉も通じている。
短めの黒髪に、キリッとした目付き。だけど、目の色が片方は茶色で、片方は水色という、オッドアイ。体格は良く、肉付きもしっかりしている。恐らく兵士か何かだろう。その手には…
「………っ!?」
手に握られている剣を見て、思わず息を飲んでしまった。
あれは間違いない、ゼウスだ。
だけど何故?あれは間違いなく封印したはず。あれ程の武器を外に出さない、そして私に使わせない為に。なのに何故この男はそれを持っている?
悪い人には見えない。だけど、だからと言って信用する訳にはいかない。神器も私も、目覚めちゃいけないのだ。
「……何者かわかりませんが、野放しにする訳にはいかない」
「へ?…っ!?」
マリアージュ、精製。戦武器、展開。出力低下のため、近接武器のみを現出。
眠り、鈍りきったとはいえ、かつては王と謳われたのです。その力、身をもって味わうといい、略奪者。
私は手に現出させた戦刀を、そばにいる男に振り下ろす。肉体は魔力で強化している。聖王程の能力はないにしても、大抵の者ならこれで…
「……っ!?んっ!んっ!」
「おっと、女の子がこんな物振り回しちゃいけない」
振り下ろした腕を止められた?それに、どれだけ力を入れても動かない?この男にそんな力が?
「やめっ…離して…」
「君がそのデカイ刀を手放したらね」
こ、こんな…まさかこんなところで…
「う…くっ……」
「あ!ちょっと!?」
涙が出てしまう。それは、私の不甲斐なさからなのか、それとも恐怖からなのか。どちらにしても、静かに涙が流れてしまう。それでも、私は王。目の前の男を睨む事だけはやめない。最後まで抗ってみせる。
「完全に事案だな。オーナー、管理局に通報されるのと、はやてに通報されるの、どっちがいい?」
「どっちもアウト!てか、正当防衛だろ、勘弁してくれ!」
側にいた赤毛の女の子がこちらを見ている。恐らく、魔力の感じからして融合騎。目の前の男がロードなのだろうか?その割には、あまり主従のような感じがしない。今もこうして、私の腕を掴みながら融合騎と話している。
あなたは…
「あなたは、一体何者なんですか?」
あるはずのない神器に加え、融合騎までいる。それにこの力、普通ではない。
「俺は東士希。しがないカフェのオーナーで、君を保護しに来たんだ」
男は、東士希は、笑顔でそう言った
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サブタイトル:イクスヴェリア