No.845713

戦国恋姫X 播磨争奪戦

凱刀さん

戦国恋姫の外伝。詩乃と雫そして梅の播磨での活躍が見れます!こうご期待!

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2016-05-02 23:29:03 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:2056   閲覧ユーザー数:1970

第一章 播磨の情勢

 

 第一章 播磨の情勢

 

 晴れ渡る青空の下、三人の少女が駿馬に乗っていた。

「京を出てから五日目ですね。雫、そろそろ御着には着きますか?」

 黒髪の少女は疲れた声で訊いた。名は竹中半兵衛重治、通称は詩乃。

 彼女の体力は人並み以下であり、馬での遠出や、馬を駆けさせることは苦手。

 体力がない分、彼女には天才的な軍略を考えられる智慧がある。

「はい。そろそろ姫路につきます。長かったですね~」

 肩までしかない短い髪に白い頭巾を被っている少女が答えた。

 顔は疲れた表情が窺え、声にもさほど元気はない。

 名は小寺考高、通称は雫という。

彼女も詩乃と肩を並べるほどの智謀の持ち主。

「もう、くたくたです~」

「詩乃さん。雫さん。もう少し頑張って下さいまし、播磨の調略はお二人にかかっているのですよ!」

 二人とは対照的に、まだまだ声に活力がある金髪の巻き髪少女が鼓舞する。

 蒲生賦秀、通称は梅。

 文武両道の将であるけど突っ走る傾向があり、仲間からは梅ならず牡丹と言われるほど。

「梅さんは元気ですね~」

「あたりまえですわ! 早く終わらせてハニーの許に帰りたいのです!」

 ハニーとは梅をはじめ詩乃、雫といった剣丞隊の隊長である新田剣丞のこと。

 巷では如来の化身、天からの使い、等と言われている青年。

 彼は己の力と仲間の力を借りて数々の戦を乗り越え、この世界に跋扈する鬼を京で撃滅したのは、ついこの間の話になる。

 一方で、剣丞を軸にした同盟も結ばれ、彼の許には名のある将や大名が集い、全員が嫁という、なんとも、羨ましい称号、天下たらし状までもがある。

 名実ともに彼は日ノ本の王になろうといわんばかりだ。

「今頃、何をしているのでしょうかね? 剣丞様」

「今は久遠様たちと京で復興作業でしょうね。私も残りたかったです」

 詩乃は剣丞と一緒にいたい気持ちを暴露した。

「詩乃さん! 私もハニーと一緒にいたかったのですよ。わがままはいけませんわよ」

 前を行く梅は振り向きざまに窘めた。

「あら、京にいたとき、私たちより剣丞様と一緒にいた梅さんが言いますね」

「それは……詩乃さんや雫さんは播磨のことを話し合っていたので邪魔しちゃいけないと思い」

「それでも、一緒にいた時間は私と雫より長いのは事実で?」

 梅は京にいたときに剣丞と共にした時間は二人より長かった。

「まぁまぁ、お二人とも、もう姫路に着きますよ」

 苦笑いを浮べ雫は二人の仲裁に入った。

「ここが御着ですか」

 田畑広がり大きな集落がそこにはあった。

「あちらが優香様のお城の御着城です」

 山を背にして正面奥には播磨灘が広がる平城。

 御着城は雫の主君であった小寺政職、通称、優香の城で、この御着のより先には雫の城である姫路城がある。

「雫さん。たしか、御着の優香様は優柔不断なお方でしたわよね?」

「ええ。少し煮え切らない部分がありますが、良い人です」

 さすがに、元主である優香を悪くは言えない。

「その、優柔不断さが危ないのは事実ですね。中国地方でも鬼が出ると噂されていますし」

 京で鬼を倒したとはいえ、まだまだ、日ノ本には鬼がいるのが現状で、小寺みたいな小国人衆などでは侵略を防ぐので精一杯。

「はい。ですから、こちらの味方に入れようと思っています」

 剣丞同盟に入れれば何かと双方の利益に繋がる。

 まだ、西には毛利や九州には島津といった大名がおり、剣丞同盟に快く思っていないかもしれない。

 その対策としても播磨吸収は最初の一歩。

「着きましたよ」

 大手門は固く閉ざされ門番兵が櫓の中で三人を見下ろした。

「我が名は小寺考高雫である。御着城城主、小寺政職、優香様の拝謁に参った。門を開けてもらいたい」

 堂々たる声で門番兵に言上を述べる雫。

「考高様! はい。今、門を開けます」

 急いで門番兵は門を開聞させた。

 元とはいえ、考高は政職に仕えていた。門番兵から見れば恐れ多いほどの人物に違いはない。

 馬の蹄鉄を鳴らして門を潜った三人は、これから小寺政職の調略を開始する。

 

 大広間には小寺の家臣団が左右に座っていた。

「優香様がお見えになる」

 その言葉と共に一同は平伏した。雫たち三人も平伏し敬意を払う。

 足音が聞こえ上座で止まり、そのまま腰を下ろした。

「雫ちゃん。元気だった? 顔をあげてー」

「はっ!」

 雫が顔を上げると、笑顔の優香が鎮座していた。

 茶髪の長い髪が目立ち、おっとりとしているような空気を漂わせている。

「優香様も息災でなによりです」

「うん。元気だよ~。後ろのお二人は?」

「はっ! お初にお目にかかります。新田剣丞が家臣の竹中半兵衛重治、通称は詩乃と申します」

「同じく、蒲生賦秀、通称、梅でございます」

 詩乃と梅はまだ平伏したまま名を名乗った。

「竹中って、あの今孔明の竹中!?」

 詩乃の噂は遠い播磨でも知られているほど有名。

「いかにも、しかしながら、今孔明と言われるのは抵抗があるので、おやめ頂きたい所存です」

「わかったわ。さあ、二人も顔を上げて」

 詩乃と梅は顔を上げる。

「ところで、雫ちゃん。話って何かな?」

「はい。優香様に織田の味方になってほしいのです」

 雫の言葉に家臣団がざわつきはじめた。

「でも、でも、毛利はどうなるの? もし、織田の味方になったら毛利が攻めて来るかもしれないよ? 小寺は毛利に攻められたら終わっちゃうよ~」

 不安げな顔で雫を見る優香は毛利を怖がっている。

「可能性はありますが、今、毛利は西に手を焼いています。こちらに攻めるのはまだ先のことであり、もし、毛利が攻めてきても織田連合軍は援軍を出します」

「でも、間に合わなかったらどうなるの? 小寺は滅亡だよ! 私まだ死にたくないよ~」

「そうです。毛利は西の大友と戦ってはいるが毛利は大国です。こちらにもきっと攻めて来るかもしれない」

 家臣の一人が威勢のある声で言い放つ。

 毛利は今、西の大友と戦をしている最中で、両者とも一歩も譲らない。

「それは無理でしょう。大友には雷神と恐れられている立花鑑連殿や驍将の高橋鎮種殿がいます。この二人がいるとなれば全力で当たらないといけません。攻める余裕はないでしょう」

 雫の切り替えしが速く狼狽える家臣は次なる攻勢に出た。

「しかし、毛利にも吉川殿や小早川殿がいらっしゃるぞ」

「たしかに、吉川殿は勇将として、小早川殿は智将として名が響いてますが、そのお二人でも片手間で大友の二将を相手にするのは無理に近いと思われます。必ず全力で当たるべきだと判断しましょう」

「うっぐ……」

 言葉が出なくなった家臣は引き下がった。

「毛利と大友が早く決着したらどうするの?」

「我ら連合軍は迅速に対応します。だから、大丈夫ですよ」

「雫ちゃんが言うなら大丈夫だと安心はできるけどー、でも、やっぱり、毛利が怖いよ。家臣も毛利に味方しようと言っているから、毛利も良いかな~とも思ってるの」

 雫の言葉に次から次へと、心配事を言っていく優香は煮え切れていないようだ。

詩乃は後ろで呆れた表情を見せていた。

 梅はイライラした顔を見せ、今にも割って入りそうな勢いがありそうだ。

「優香様、今の毛利の情勢を見る限り東には目を向けてくれません。西の大友との戦で手一杯なのです。毛利を頼るか織田連合軍を頼るか決めて下さい」

 雫の言葉には僅かな脅しが含まれており、優柔不断な優香に喝を入れていた。

「わかったわ。今すぐには決められないから、皆とそうだんして決めるね」

「分かりました。私たちもしばらくは播磨にいますので、その間に決めてください」

「これから、姫路に行くの?」

「はい。母に会いに行きます」

「時雨も喜ぶと思うからゆっくりしていってね」

「はい。お気遣いありがとうございます」

「じゃあね雫ちゃん」

「ありがとうごじます。優香様」

 再び平伏し優香は広間から去って行き、家臣団も同様に去っていく。

 大広間には雫たち三人だけとなった。

「一応、優香様の説得はしました。次は別所ですね」

「次は私が調略しますよ。雫」

「よろしく頼みます。詩乃」

「もう、日も傾いてきましたので、別所は明日にしましょう。さあ、今日は雫さんのお母様がいらっしゃる姫路城に行きますわよ」

三人は御着城を出て姫路城へと向かった。

姫路城は姫山という山の地形を生かした城であるが、外観から見ると大きな屋敷に近い造りをしている。

 廊下から襖が解放された部屋に女性が座っているのが見えた。

「雫ちゃん! おかえり」

 肩まである浅黄色の髪を後ろで束ねた女性は、雫を見て優しい笑みを浮かべた。

 彼女は雫の母で名は小寺職隆、通称、時雨という。

 雫の母だけあって慈愛に満ちた双眸に、おっとりとした空気を漂わせている。

 母とは思えないほど綺麗で若く周囲は姉妹ではないかと思われるほどの美貌。

 残念ながら胸は雫同様に発達していない。

「ただいま帰りました」

「そちらのお二人は竹中詩乃ちゃんと蒲生梅ちゃんね」

「はい。私の友人で仲間です」

「お初にお目にかかります。竹中半兵衛重治詩乃であります」

「蒲生忠三郎梅でございます」

「そんなに堅くならないで、雫ちゃんのお友達なのだから、ここを我が家だと思ってゆっくりしていってね」

 二人の仰々しい態度に時雨は優しく言葉をかけた。

「雫ちゃん。御着の優香様に会ってきたのでしょ?」

「はい」

「でも、雫ちゃんの織田連合との同盟の件は保留という形で追い出されたみたいね」

 笑顔から真剣な顔に変った時雨の言葉は当たっていた。

「そうです。優香様は毛利に付こうと心揺らいでいます」

「優香さんは優柔不断で臆病だからね~。待つしかないわ」

 困った顔で主の返答を待つしかないと結論づける。

「詩乃ちゃんは優香様を見てどう思ったのかしら?」

 時雨に急に質問された詩乃だが堂々として口を開かせた。

「時雨さんの仰ったとおりに優柔不断で煮え切らない部分があると思いました。また、あの様子では仮にこちらの味方になると宣言されても、後々、やはり毛利に味方すると言いかねないと思います」

「さすが、詩乃ちゃんね。雫ちゃんも憧れるのも納得」

「ちょっと、お母さん!」

 頬を赤らめ恥ずかしがる雫。

「うふふ。雫ちゃん明日はどうするの?」

「明日は三木城に行きます」

「別所長治殿に会うのね」

「はい」

「雫ちゃんでは小寺家という認識があるから、今度は詩乃ちゃんがやるんでしょ?」

「あっ、は、はい!」

「別所はお堅いけど、当主の長治殿、三奈ちゃんは読書家で学問には秀でてるから、詩乃ちゃんなら説得出来るかもよ」

急に名を呼ばれたことと、自分が別所の調略をすることを見破ったことに驚く。

別所は小寺家とは仲良くは無い。小寺家の雫が調略しても織田連合軍の味方にならないと言うのが眼に見えている。

 詩乃が別所の説得となれば話は変わってくる。何のわだかまりもなく説得しやすいだろう。

 時雨はそれを知って詩乃が別所を説得するのだろうと見破りつつ、助言もあたえてくれた。

「ご助言ありがとうございます」

「いいのよ。お母さんもこれでも播磨のことは調べてるんだから」

 慈愛に満ちた笑みを浮かべつつも、彼女の洞察力に詩乃と梅は感嘆したのだった。

「ところで、三人は剣丞君とうまくいってるの?」

 好奇心旺盛な時雨は話題を三人の恋路に変えた。

「「「―――っ!」

 三人は頬を高潮させ驚いた。

「いきなり、何を言い出すのですか!? お母さん!」

「だって~、気になるじゃない~。どうなの?」

「ハニーはとても可愛がってくれます。でも、欲を言いますと、もっと可愛がってもらいたいです」

「そうですね。剣丞様はとても凛々しく素敵な方です。もうちょっと、可愛がって下さって欲しいと思っています」

 二人は剣丞を褒めるも自分の欲求も顔を赤くして言った。

「うんうん。雫ちゃんは?」

「えっ!? 私は……その……剣丞様によくしてもらってます。とても優しく勇敢なお方です」

「もぅ~三人とも可愛いー。お母さんも剣丞君に会いたくなってきたわ~」

「お母さん!?」

 雫は終始、時雨の言動に振り回されていた。

播磨よりもっと西、岩見国(島根)。

 緑生い茂る山々の麓に一文字に三ツ星の旗が高々と上がっている。

「あー。てっか、いきなり鬼となった尼子が来るなんて空気読めだし!」

 一人の女の子が山から見下ろした先の城を見て愚痴を零した。

 柿色の長い髪を後ろで束ね少し無造作に乱れがある。

「どうしましょうか?」

 隣にいた家臣が恐る恐る尋ねた。

「このままここにいてもしゃーないでしょ。そろそろ攻めるべきだと思うな」

「いいのですか?」

「大丈夫、大丈夫、先陣は私が切るから付いてきて、あの城を落とそう」

 楽天的なのか自分に自信があるのか軽い気持ちで城攻めを決めた。

 彼女の名は吉川元春、通称、朱海。

均整に整った身体に豊満な胸の持ち主。

彼女は毛利家の次女で勇猛な将と名が知られている。

毛利家は中国地方をほぼ手中に収めつつあり、残るは尼子だけとなったのだが。

 尼子は元々、毛利より強大な勢力を誇っていたが、毛利元就こと、和泉が得意の調略を駆使し勢力を削いでいき、今では毛利の方が尼子より大国となっている。

 尼子はそんな苦境の中、鬼となり毛利家を襲いにかかってきていた。

その尼子を食い止めるため、朱海は尼子との最前線の戦地に送られた。

「し、しかし、あの城には勇将で名高い本城常光がいます」

「あ~、たぶん、あっちから来るかもしれないね~。でも、それはそれで滾るよね! この姫切でぶっ倒したい」

 槍を頭上に高々と上げ言った。

「では、いつごろ攻めますか?」

「明後日ぐらいでいいかな? あ、あと、あそこの茂みに。私も馬鹿じゃないからね」

「わかりました」

 家臣は一礼し下がっていった。

「それにしても、優海姉と穂波たちはどんな状況なのかな~?」

 彼女には姉と妹がいて二人は別の戦場にいる。

 別々にいるのは、朱海は武勇に名をはせており、中国地方では有名。

 彼女をここにいれば迂闊に近隣諸国は攻めてこない。鬼は別として。

「―元春さま! し、城から鬼が打って出ましたー」

「えっ!? マジに? すぐに準備して、あっちが包囲する前に突撃を掛けるよ」

「はっ!」

「出てくるとは思わなかった~、まぁ、城攻めより野戦の方が殺りがいあるから、いっかな」

 朱海は槍を肩に乗せ戦いに赴く。

詩乃、雫、梅は姫路から別所の居城である三木城に向かっていた。

 晴れ渡る青空の下で三人は真剣な顔だ。

「詩乃さん。別所の調略は大丈夫そうですの?」

 梅は詩乃の力を疑ってはいないけれど、やはり、調略というのは難しいことも心得ている。

「はい。時雨殿のご助言で私なりに考えました」

 別所長治こと三奈は学問好き、この情報が詩乃の頭の中で一つの策として変換されていた。

「詩乃、別所も毛利に味方するという意見が多いですが、頑張ってくださいね!」

「ありがとうございます。雫」

 雫の応援で詩乃は少し緊張が解れた。

 いくら、音に聞こえし軍師でも調略は緊張するものであり、間違いを犯してしまえば命すら危うくなる危険性も孕んでいる。

 今回は雫と梅の命も預かる身、緊張するなと言うのが無理なこと。

「問題は取り巻きの家臣の者たちですわね。毛利に心寄せている者がいると厄介です。まだ、迷っている方の方が楽ですわ」

「そこは、こちらに利があることと大儀があることを言えば問題はないでしょう。雫には悪いですが、小寺の当主の優香殿のような心変わりが一番怖いのです」

「あはは、そうですね。優香様はすぐに気が変わりますから」

 苦笑いで答える雫も否定は出来ない。

 三木城までの距離はもう近い。

「ところで、毛利の動きはどうなっていますか?」

 詩乃は調略の前に毛利の動きについて雫に尋ねた。

 西に集中してるとはいえ、調略の手がないとは言いけれない。

「母は今、毛利は西の大友と戦をしているのは変わりなく、調略の手は伸びてないとは言っていましたが……」

「雫何か不安があるのですか?」

「その大友との戦に毛利家の次女にあたる朱海殿はどうやらいないらしいです」

「えっ!? どうゆうことですの?」

「わかりません。背後を気にしてか留守を預かっているのかとは思いますが」

「それなら、他の将でも良いのでは? 朱海殿は中国地方では勇将として名高いです。単純に考えれば、大友の戦に入れるべきです」

 元春こと朱海は毛利の武の要、その朱海が大友の戦いにいないのは二人にとっては不思議にならないらしい。

理由は大友には二人の驍将がいる。

 一人は武勇誉れ高く雷を刀で斬り雷神と謳われた戸次鑑連。また、どんなに弱卒でも彼女の軍勢に入れば獅子の如き猛者になるとも言われている。

もう一人は、文武に通じ智謀を兼ね揃えている高橋鎮理。

 大友の柱石、この二人がいるのに朱海がいない。

 二人が疑問に思うのも無理はない。

「そうですよね。そこが私も引っかかります」

「もしや、鬼が出た可能性もありますわね。それなら、元春殿を置いておくのもが点がいきますわ」

「たしかに可能性はありますね」

 小さな手に考え込むように顎を乗せる詩乃。

「別所の件が終わりましたら、探ってもらえませんか?」

「わかりました。毛利家を探らせます」

 毛利の動向を探ることになった。今後の方針のため必要なことだと、軍師二人の意見は一致しているのは互いに信頼している証、まさに、剣丞隊が誇る二大軍師。

「雫さん。あれが三木城ですか?」

 梅が指を指した方角に城がそびえ立っていた。

 三木城は前方に川が流れ背後には小高い丘陵が控えている天然要害な城。

 播磨でも堅牢な城。

「雫、三木城のあの大きさといい曲輪の形が何とも興味深いです! この城ならいろんな策を駆使して敵を追い払いたいです!」

 城が好きな詩乃は興奮し三木城を舐めるように見ている。

「ちょっと、詩乃さん! 今からこの三木城の別所を調略するのですよ。お城の観察をする暇はなくてよ!」

「それは承知してます。しかしながら、この三木城のすばらしさは眼に焼き付ける必要があります!」

 詩乃は城に入る前に三木城を眺めていた。雫と梅はそれに付き合わされたのは言うまでもないだろう。

 

 三木城内に入った三人は大広間に通されたが、別所家臣たちの目は鋭く歓迎されていない。

「暫しお待ちを」

 小姓の一人が部屋を出て主を呼びに言った。

 詩乃、雫、梅は正面一点だけを見つめている。左右には家臣団の鋭い眼があり、それを見てしまえば威圧されるからだ。

「当主、別所長治、通称、三奈様がお見えになる」

 その言葉と共に一斉に広間にいる者たちは平伏した。

「織田連合の使者の方々、面を上げてください」

 涼しい声音が三人の耳に入り顔を上げた。

 まだ、幼さがあるものの、利発な顔立ちをしていた。

「織田連合軍の新田剣丞が家臣である竹中半兵衛重治、通称、詩乃と申します。こたびは、謁見の場を設けて下さり、誠にありがたき幸せであります」

 儀礼言葉を述べる詩乃。

「貴女が今孔明に名高い竹中殿ですか、お目にかかれて光栄です」

「ありがたき幸せです。しかしながら、その名で呼ばれるのは些か抵抗がありますので、詩乃とお呼び頂ければと」

「これは失礼しました。では、改めて詩乃殿、今回の御用向きは?」

「はっ! 別所殿には我が織田連合に味方して頂きたい所存です。今、織田連合軍は京の都と自国の市政に精力を注いでおりますが日ノ本を統一するため準備が整い次第、兵を出すでしょう。無論、各地に蔓延る鬼の討伐のためです」

「この播磨にも鬼はいるが、数は少ない我らだけでも倒せますぞ」

 ここにも反論する家臣がいた。

「播磨が少なくとも近隣諸国の鬼が播磨に来ることも考えられます。それで、別所だけで戦うことはできますでしょうか?」

「それは……も、毛利が助けに来るに決まってる」

「どうでしょうか?」

 一切臆することなく詩乃は言葉を生み出している。

「毛利は西にかかりきりです。播磨に来ようとも西が気になるのではないでしょうか? それに播磨に来る際に宇喜多もいます。宇喜多は毛利の味方ではないようですが、それでも来るとお思いですか?」

「そ、それは……」

 詩乃は中国地方の情勢を調べており抜かりはなかった。

「三奈様、数が少ないからと、毛利が来るから大丈夫、地の利があるからと言うのは簡単です。されど、鬼の力は強いです」

「織田連合軍なら鬼に勝てると申すのですか?」

「戦いには慣れてます。数や鬼の練度にもよりますので絶対とは言い切れませんが勝てる可能性は十分にあります」

「そうですか……」

 三奈は渋っている。詩乃の言葉を信用しているのではなく、本当に織田連合に味方すれば別所は大丈夫なのかと。

「三奈様、播磨ではどの諸勢力も足並みは揃わず互いに警戒し合っています。しかし、それでは、播磨が危うくなります」

「そうですね」

 力なく同意する三奈。

「地の利は人の和に如かず」

「――っつ!」

 詩乃の言葉に三奈は衝撃が走ったかのように驚いた。

「孟子の言葉ですね。詩乃殿、分かりました。織田連合の味方となりましょう」

「三奈様! それはっ!」

「良いのです! 我ら別所だけではあらゆる脅威には勝てません。織田連合軍の力を借りてお家を守ることこそが私の望みです」

 家臣の言葉を制止、自分の思いを強く示した。

 詩乃が言った孟子の言葉は『どのように土地の形勢が有利であっても、人心の和合団結の堅固なのには及ばない』という意味が込められている。

「ありがとうございます。織田連合軍は別所家の危機の時は馳せ参じましょう」

「詩乃殿、機会があれば孟子や六韜などのご教授をして頂けますか?」

「はい。その時にはぜひ語りましょう」

 詩乃の言葉で当主の別所長治、三奈の調略は成功した。

 書物好きという時雨の助言から導き出した策。

 軍略ではない別の詩乃の力が発揮された瞬間だったかもしれない。

吉川元春こと朱海は鬼となった尼子と激突していた

 槍で刺殺せば鬼の鋭利な爪が降りかかり、刀で斬り殺せば強靭な牙で食いちぎられる。怒号と悲鳴が鳴り響く戦場は斃れた鬼や兵士の骸が散乱していた。

 鬼と戦っている毛利の兵士たちの瞳は怒りと覚悟が見え恐れは一切ない。

「そこだ!」

 馬上で槍を振るう朱海は鬼を屠っていた。

「皆、鬼などに恐れるな! お前たちの力を見せてやれ!」

「うおぉぉぉぉー!」

味方を鼓舞する朱海の声に兵士たちは吠えた。

 奮起した兵たちは鬼たちに襲い掛かり、どす黒い血を戦場にぶちまけていった。

将の一声でここまで兵の士気を上げるのは簡単なことではない。

 並みの将ではまずなしえないことでありそれが出来ることは朱海は将として、また、一人の武人として他とは違っていることだ。

 毛利の武の要であり、中国地方で勇将として言われているだけある。

「おかしい?」

 戦況は優勢で鬼も数を減らしていっている。

「もしかして、本城いないのか?」

 隣で戦っていた家臣に尋ねる。

「今、確認させてきます」

「これは。たぶん逃げたのだろう。邪魔だ!」

 目の前から襲い掛かってきた鬼の額めがけ槍を突き刺した。

「次から次へとー!」

 横からくる鬼も突き刺し引き抜くと最後にもう一度、心臓目がけ一刺し。

「申し上げます! 本城は逃げておりました!」

「やっぱりな。まぁ、追っても仕方ない。ここの鬼を片付ける」

「はっ!」

 伝令兵は速やかに去って行った。

「お前ら! 毛利が精鋭、吉川の強さを鬼どもに見せつけろ!」

 最後の一押しだと思い、再び朱海は声を張り上げ叫んだ。

「しゃぁぁぁぁー!」

 鬼の叫びに負けないほど獰猛な声を上げる。

(本城こっちの兵力が見たいがために来て、毛利が今動ける兵力を知ったがために退却したのだろう。次は大軍をつれてやってくるかもな。あいつもつれて)

 朱海は本城が意味もなく退却したのではなく、毛利の兵力を見るために来たのだと考えている。

 彼女が恐れているのは鬼の大軍もあるが、一番は鬼となった尼子の精兵軍団とそれを指揮する鬼となった武将を恐れている。

 名を山中鹿之助、尼子の最強の将と言われ山陰の麒麟児までとも言われていた。

 その鹿之助が鬼となれば膂力や身体能力が格段と増強されている。人だった時でさえ鹿之助は強かったのに、鬼となれば勝てるか分からないほど。

 朱海は鹿之助との対決を望んでいる反面、戦いたくないとも思っている。

(一番戦いたくない相手だが、次は私がその首を取る)

 心の中で決意を固め終わったのと同時に、朱海の槍は口を開け襲い掛かってきた鬼の口腔を貫いていた。

 戦場に残った鬼の数はもう数えるほどになっており戦は終わりを迎えていた。

 

 

 姫路に帰った三人は絵図を見て播磨の調略した大名や国人衆に印を付けていた。

「これで別所、神吉、など調略に成功しました」

 詩乃は名前を告げた順に将の居城を小さな指で指し示した。

「問題は小寺がどうでるかですわね?」

 雫の前でも堂々と小寺が不安だと言いきる梅。

「明日もう一度、聞いてきます」

「雫、出来ますか?」

「任せてください!」

「私も付いていきますよ。いくら、元当主とはいえ危険ですわ。特にあの時、反論した家臣の目は雫さんを睨んでましてよ」

「あはは……」

 雫は苦笑いで答えるしかない。

「何かあったのですか? 雫」

「昔、彼女の武功を取るような真似をしてしまいまして……」

「雫さんが敵の首を取ったとかですか?」

「いえ、彼女が兜首を取ったのですが、そのあと敵の策に嵌りまして、その策を私は見抜き何とか彼女を助けたのですが、どうやら、武功を奪ったと思われまして」

「そんなことで」

「呆れましたわ。単に猪武者の所業ですわね」

「梅さん……」

「梅……」

 二人は梅を憐れむように見た。

「お二人とも何ですの?」

 当の梅は不思議そうな顔だった。

「雫ちゃん。詩乃ちゃん。梅ちゃん。夕餉が出来たわよー」

 時雨の夕餉を告げる声に三人は部屋から出て廊下を歩いていく。

「夕餉が出来たようですわね? 今日は何がでてくるのでしょう?」

「今日は播磨灘で取れたお魚ですよ!」

「お魚ですか!」

雫の献立を聞いた途端に詩乃は驚きと歓喜の声をあげた。

魚好きな詩乃はどうやら播磨の魚を気に入ったらしい。

「今日は母が海の漁師から鯛を貰ったらしいですよ」

「鯛ですか! 一度は食べてみたかったのです。なにせ、稲葉山では絶対に食べれられない魚です。あー、鯛が食べられるなんて生きてて良かったです」

 詩乃は今、鯛のことで頭がいっぱいらしい。

 三人は夕餉が支度されている部屋の中へと入った。

「今日は腕によりをかけて作っちゃいましたー!」

 陽気な声で手を広げ夕餉の献立を披露した。

「いい匂いですわ!」

「あれが鯛ですね!」

 瞬時に鯛の切り身に眼を遣る詩乃はもう食べたくてしょうがないだろう。

「詩乃ちゃんがお魚好きだって雫ちゃんから聞いたから、鯛を貰ってきちゃった」

「ああ~、時雨殿このご恩は一生忘れません!」

 今にも平伏しそうな勢いで頭を下げた。

「いいのよ。さあ、皆で食べましょう」

「「「はい!」」」

 四人は笑顔を交え喋り、夕餉の食材を口に運んでいた。

「う~ん、これが鯛の味なのですね」

 詩乃は鯛の味を噛みしめ幸福の味を知ったのだった。

詩乃、雫、梅が播磨に入った頃、播磨の隣にある備前の城。

 その城の薄暗い広間に一人の女性が胡座かいて座っていた。

 美しく大人の色香を出している細い身体に、しなやかなに伸びる手足は男を惑わすほど白く艶がある。

女性は徳利から盃に次ぎ酒を飲んだ。

「この酒美味しいわね~」

「申し上げます。椿様」

 声はするものの姿が見えない声の主は椿の忍びの者。

 椿、彼女は宇喜多椿直家といい、智謀に優れ彼女はその智謀で数々の敵を葬り去った。

 そのやり方は暗殺や毒殺が多く危険極まりない人物である。

「どうしたの?」

「播磨に潜伏している仲間から織田の家臣たちが播磨の国衆たちを調略して回っている模様です」

「そう。上方でいろいろとあった織田がついに来たのね。これは楽しめるわ」

「抹殺すべきでしょうか?」

「いえ、そのままで良いわよ。泳がせておくのも悪くないし、どこまで織田がこちらに本気なのか確かめる必要があるもの」

「では、引き続き織田の者たちを監視しておきます」

「頼んだわよ」

「はっ!」

 忍びは音も無く消えていった。

「東には行かず西に来るとはね。まぁ、まだ織田のお嬢ちゃんには手を出さないでおこうかしら」

「今、毛利は大友と一戦交えているけど、こっちに眼を向けられたら厄介だからね。今のうちに頭を下げるのも一つかしら」

毛利は門司で大友と戦をしており、未だ決着づかず膠着状態が続いている。

 この時期に動くのも一手だが、戦の展開が読めない今動くと、戦が終わった後に毛利が何か言ってくる。

宇喜多は決して大きい家ではない。毛利に眼を付けられたら危うい状況に置かれてしまう。しかしながら、毛利も宇喜多を無視できない。

 毛利と宇喜多は互いに牽制し合っている現状である。

「何もしない方が私もやりやすいから毛利に頭を下げてみましょう」

 椿は二回手を叩いた。

「お呼びでしょうか?」

 その音を聞きつけた家臣が早足で駆けつけてきた。

「毛利に書状を書くから紙と筆を用意しておいて頂戴」

「はっ! 今すぐご用意いたします」

 立ち上がり一礼し広間を早足で去った。

「さて、これから面白くなりそうだわ。織田の力を見させてもらうわよ。久遠ちゃん」

 細く笑みを零す椿。

 椿の動きをまだ詩乃、雫、梅は知らない。

備前の蛇が動くのは近いだろう。

 

 


 
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