「隊長、ネズミを連れてきました」
コンクリートに囲まれた部屋はひんやりと冷たい。高い場所に取り付けられた窓には鉄格子が付けられている。その鉄格子の向こうに小さく見える空を見上げていたショートカットの少女、西住まほが振り返る。
「おとなしくしろ」
冷ややかな視線の元で、黒森峰女学園戦車部副隊長の逸見エリカが連れてきた者を押さえつけてパイプ椅子に座らせる。
頭に麻袋をかぶせられ、後ろ手に縛られている者は椅子に座るとようやくおとなしくなった。身体のラインから少女だと推測させる。
「取れ」
まほの指示で隊員が麻袋を取ると、押さえつけられていたくせ毛がぶわっと広がった。
「こんなの、ジュネーブ条約違反です」
秋山優花里は開口一番そう主張したが、まほは冷ややかな視線のまま、冷たい口調で返す。
「私達は軍隊ではない。お前たちは下がって良い」
隊員たちが重い鉄製のドアを閉めると、部屋にはまほとエリカ、優花里が残された。
「わ、私は熊本観光に来ただけです。辛子レンコンや馬刺しを食べて、熊本城に上って、くまもんと遊びに来ただけです。こんな拘束をされる言われはありません」
「黙れ」
背後に立つエリカがパイプ椅子の脚を蹴ると、優花里は先ほどまでの威勢がどこに行ったのか、ひいぃっと縮みあがる。
「なにも話しませんよ。ガス室にもゲニックシュースにもアイアンメイデンにもどんな拷問にも耐えてみせます」
怯えながらも必至で声を上げるが、まほはそれには答えずエリカに目を向ける。
「何を見られたの?」
「我々はサンダースやアンチィオのような無能ではありません。潜入されてすぐに捕えましたから、何も見られてはいません」
「潜入はされたのね」
まほの短い言葉に、エリカはびくっと身体を振るわせ、背筋を伸ばす。
「監視を強化します」
「そうして」
「はい。所持していたデジカムには艦の外観を撮影した記録が残っていましたが、問題ないレベルと考えます。念のため、データは消去しました。ただ、他に問題が……」
エリカはまほの隣に移動し、手に持っていたデジカムを操作して画面を見せた。優花里が「私のデジカム」と言うのをぎろりと睨んで黙らせる。
映し出された映像を見たまほは深く頷く。
「なるほど。このデータのバックアップを……」
「取ってあります」
「さすがね」
「ありがとうございます」
エリカは満足気に頭を下げる。
「あなた、……秋山さん」
まほは冷たい視線で優花里を見下ろす。
「は、はい」
「あなたは、みほが朝、なにを食べるか知ってる?」
「西住殿ですか?」
意外な質問に驚きながらもおずおずと応える。
「西住殿の朝食はパンですね」
「バターにマーマレード?」
「マーマレードが好きなようですね。でも、大洗にはイチゴが取れるところがあるのでなので、最近はイチゴジャムも使っているようです。
「ふうん」
まほの目がすっと細くなる。
「果物は食べているのかしら」
「一人暮らしですのでなかなか難しいみたいですね。たまにコンビニで買ったカットフルーツを食べています」
「目玉焼きは醤油をかけてる」
「ええ、でも先日、醤油がしょっぱいって嘆いていました。醤油がしょっぱいのは当たり前ですよね?」
「九州の醤油は甘いのよ」
答えながらまほは辛そうな顔をする。九州の醤油が使えない妹が不憫でならないのだ。
まほが顎で指示をすると、エリカが頷き、どこからか取り出したナイフを抜く。
「ご、ご、ごめんなさい。もう決して潜入したりしませんから、許してください」
頭を下げてお願いする優花里の背後に回ったエリカは、手を縛っている紐を切った。
「え?」
突然自由になった手に驚く優花里に、まほはデジカムを手渡す。
「潜入は今後も続けてもらう。但し、大洗へだ」
エリカはナイフの刃を指でなぞりながら告げる。
「二重スパイをやれってことですか!私はそんな……」
「お前に拒否権はない」
背後からナイフの刃を頬に当てられ、優花里はひいぃっと声を上げる。
「そのデジカムに入っているように、みほの寝顔、食事、登校、授業中、部活中、入浴中。ありとあらゆる場面を撮影して、報告しろ。撮影できなかった時は、文書で報告しろ」
最初は驚きの表情で聞いていた優花里だったが、聞き終わるとその趣旨を理解し、にやりとした笑みを返した。
「それで、私への報酬はあるんですかね?」
「貴様、自分の状況が分かっているのか!」
「いい」
まほは激高するエリカを制すると胸ポケットに手を伸ばした。
緊張する優花里の前に出されたのは一枚の写真だった。
Ⅱ号戦車の上でポーズを取る、幼いみほの写真。
「おおお、これは……」
感動の雄たけびを上げながら、優花里は目を皿のように開けて写真をガン見する。
まほは写真をすっと引き、胸ポケットに戻す。
「これはデジカムに入っていた分の報酬……」
期待に目を輝かせる優花里に、まほは告げる。
「今後の報酬は、送られてきた情報の質によって考えるわ」
「合点承知の助であります」
優花里は勢いよく立ち上がって敬礼した。
「それでは不肖、秋山優花里。大洗女子学園へ西住殿監視活動に出発します」
「よろしく」
「光栄であります」
ドタドタと出て行った優花里の後を追うエリカに、まほが声をかける。
「おみやげに醤油を持たせてあげて」
「醤油だけで良いのですか?他にも……」
「良いわ」
「了解です」
エリカが出ていき、部屋にはまほ一人が残された。
顔を上げ、鉄格子がはめ込まれた窓の向こうに見える空を見る。
その顔には、どんな戦車戦に勝った時にも見せたことがない、勝利の笑みが浮かんでいた。
終わり
【後書き】
作者は基本的にアニメしか見ていませんので、その他の設定と食い違う箇所がありましてもご容赦下さい。
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対戦前の恒例行事として黒森峰女学園に潜入した秋山優花里であったが、あっさりと捕まってしまう。
連れてこられた優花里に対して西住まほは・・・