No.843304 38(t)視点のおはなし その62016-04-19 22:45:42 投稿 / 全1ページ 総閲覧数:501 閲覧ユーザー数:492 |
私の名は38(t)戦車。
かつて祖国を守る為に生まれ、今もまた、乙女達の愛する町を守る使命を帯びて戦う戦車で御座います。
劇的な勝利に終わった戦車道全国大会一回戦から暫く経ち、私達は馴染みの戦車倉庫にて待機しておりました。
傍らには、この度艦上で新たに発見された車輌。旧・大洗戦車道最後の八勇士の内の一輌、ルノーB1bisの姿。
サンダース大付属には辛くも勝利を果たしたものの、圧倒的な車輌不足を前に今後を戦い抜く事は
厳しいと判断した西住殿と角谷殿の判断により、再度学園艦内の捜索を実施。
結果として、艦上沼地よりルノーB1bis、学園旧校舎よりⅣ号用長砲身パーツ、
そして艦底放棄区画より、あの臍曲りのポルシェティーガーを発見するに至ったので御座います。
ポルシェティーガーは現在倉庫奥にて自動車部の皆様方により集中的なオーバーホールを受けている最中。
かつては自動車部員の練度不足、そして本人の偏屈さが祟り、最後まで修復しての参戦は叶いませんでしたが。
しかし、今の自動車部員の能力と献身をもってすれば、或いは…
「西住みほ、黒森峰学園機甲科一年生。戦車道チーム副隊長…」
私の車内では、角谷殿が車長席にもたれ掛かりながら、資料の束に目を通しておりました。
資料の中には、第62回・戦車道全国高校生大会に関する試合記録も含まれています。
「…川沿いの山岳地帯を行軍中だった黒森峰はプラウダの待ち伏せに遭遇…」
大会の登録選手名簿と思しき項目からぱらぱらとページを進め、試合経過を記した項へと読み進める角谷殿。
「砲撃の矢面に立ったⅢ号戦車が足場を取られ滑落…これをいち早く察知した黒森峰副隊長・西住みほ選手が…」
ページに目を通していた角谷殿の手がふと止まり、思案深げにページのある項目へと目を落とします。
「水没した味方車輌乗員を救助に向かった事で、フラッグ車が無防備となり、これをプラウダ校が撃破…」
それっきり、角谷殿はページを進める手を止め、暫し押し黙ったまま。
「…そりゃあ、責任感じちゃうよねぇ、西住ちゃんなら」
「こんな所にいたんですね、会長」
私の車体によじ登り、キューポラから内を覗き込んで来たのは、副会長の小山殿。
「…小山」
「何を読んでたんですか?会長」
角谷殿の表情から何かを察し、車内へと踏み入り様子を窺う小山殿。
この気配りの良さが恐らく、生徒会の皆様を影に日向に支えて来たので有りましょう。
角谷殿は体を起こすと、ん、と無造作に資料を小山殿に渡し、再び座席にもたれ掛かります。
「…前回の大会で、こんなことが有ったんですね、西住さん」
資料を流し読んだだけで、西住殿の心境に感情移入を示す小山殿。
「強豪校の副隊長としての立場と、西住流としての面子、色んな物を背負っていた上で、試合中の事故」
「そりゃ、戦車道が嫌にも、なるよねぇ?」
「会長…」
西住流。伝統と格式に彩られた、戦車道にその名を刻む銘家。
西住殿の名と、戦車道経験者である旨を最初に聞いた時、かの名門を連想は致しましたが。
しかし、西住流のご息女が何故、御膝下である黒森峰では無く、ここ大洗に在籍していらっしゃるのか。
乗員が持ち寄る情報からしか世の情勢を知る事の出来ぬ機械の身では、推測するだけの材料も無く、
結論を先送りにしておりましたが、斯様な事情をお持ちだったので御座いますね。
「…会長、西住さんを戦車道に誘った事、気にしてるんですか?」
「あの時は、廃校阻止のことしか頭になかったからねー」
「…西住ちゃんの事情なんて、思い浮かびもしなかった」
蓋を開けて見れば、手駒は売れ残りの戦車ばかり。大会が始まってからも、尚追加戦力探しに奔走する始末。
現実的な視点に立ち戻り、自らの行いを振り返ってしまうのも無理は無いのかも知れません。
「前に小山が言った通りだなぁ。西住ちゃんからしたら、私って完全に悪役っていうか、さ」
「会長、あんこう鍋パーティーしましょうか?」
「ふぇ?」
小山殿が突然、突拍子も無い提案を投げかけて、角谷殿が普段は上げないような声を発します。
「西住さんも呼んで、会長御自慢の料理をみんなで囲むんです。きっと楽しいですよ?」
「いや、それと西住ちゃんが戦車道を嫌ってるのと何の関係が」
「それで、西住さんに今までの事、ついでに謝っちゃえばいいんじゃないですか?」
それは、聊か楽観的な発想に基づいた、安易な謝罪の計画。
しかし、小山殿なりに、角谷殿にあまり気負いをして欲しく無いと配慮した上での提案なので有りましょう。
暫し、沈黙。再び言葉を漏らしたのは、角谷殿の方。
「…西住ちゃん、許してくれるかな」
学園の君主たる普段の様子からは想像出来ない、か細く、不安に満ちた声。
しかしそれは、齢相応の、御学友に嫌われたくないと願う、等身大の少女の声。
「会長、忘れちゃったんですか?」
「…?」
角谷殿が、疑問符を浮かべた表情を見せます。
「西住さん、言ってたじゃないですか。大洗で、今までとは違う戦車道の楽しさを知ることが出来たって」
「きっと、西住さんも、最初の頃の事、もうそんなに気にしてないと、思いますよ?」
伝統と格式に縛られ、責任と言う重しを背負わされ、袋小路に陥ってしまった、西住殿の戦車道。
しかしそれは、ここ大洗の、新鮮な視点の戦車道に触れた事で、静かに新しい花を咲かせようとしていました。
「…そうかな、そうかも」
小山殿の優しい激励に、沈みがちだった角谷殿の表情が、微かに柔らかさを取り戻しつつ在りました。
「…小山、ありがと」
角谷殿の感謝に、にこり、と笑顔だけで答える小山殿。
その絆の深さに、私はただ感銘を受けるばかりなので御座います。
角谷殿と小山殿は、共にキューポラから這い出し、車外に佇みます。
「何はともあれ!明日のアンツィオ戦を乗り切らなきゃな!」
「はい!」
角谷殿の声色は、既にいつもの軽妙な様子に戻っており、二回戦へと意欲を滾らせます。
そう、明日は全国大会の二回戦。
廃校を阻止する為には、まず何は無くとも、勝ち進むより他に術は無いので有ります。
であれば。私もまた、一回戦以上に奮励努力するより他有りません。
「小山」
「はい」
「西住ちゃんにさ、本当の事、言おうと思う」
彼女達がどのような選択をしようとも。
「会長がそうしようと思うなら、私はそれを応援しますよ」
彼女達の選択を、私は全力で支援する次第で御座います。
「…ありがと」
爆発音。敵フラッグ車。白旗。
『大洗女子学園の勝利!』
高台に集結した私達と乙女達は、全国大会二回戦、アンツィオ高校への快勝に、皆一様に喜びを表します。
次はいよいよ、準決勝。去年の優勝校、プラウダ高校。
かつて私を雪原に伏する屈辱を与えた、ソ連の戦車を要する強豪校。
ある意味で私にとっても因縁浅からぬ相手ですが、
今の私達なら、そして成長した彼女達なら、きっと奇跡も起こせる筈。
乙女達の力を、そして絆を、信じるのみで御座います。
つづく
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アンツィオ高校…なんてつよさなんだ…