No.839974 とある武術の対抗手段《カウンターメジャー》 第三章 G−1トーナメント:四neoblackさん 2016-03-30 22:32:58 投稿 / 全1ページ 総閲覧数:694 閲覧ユーザー数:694 |
「ぽけ~~~~~~」
九月二十五日。大覇星祭最終日。廷兼郎は出店の並ぶ公園の木陰で阿呆のように、というか阿呆そのものの体で口を半開きにしたまま座り込んでいた。
武人にあるまじき姿だが、一週間続いた『長点上機学園連続優勝確実化作戦』への従事がようやく終わり、思わず油断してしまっていた。
未だ昼前で、競技もいくつか残っているが、ライバルである常盤台中学校を大きく引き離し、すでに学校部門での長点上機学園の優勝はほぼ決定していた。
廷兼郎の仕事は、もう片付いた。ここからは完全なプライベート——というわけにいかないが、とてもとても楽しいことが起こるのは間違いない。
胸のポケットからチラシを取り出すと、それまで開いていた口がきりりと締まり、背筋もすくっと直された。
上半身裸の男たちがひしめくごつい表紙のなかには、廷兼郎の姿も混じっていた。
G—1トーナメント。学園都市最強決定戦を謳い文句としているワンデイトーナメントである。本人の了承と学校からの推薦を受けた一六名の選手によって競われる。
眼球、金的への攻撃と噛みつきを禁止し、それ以外は何をやっても良い。一見危険なルールだが、そもそも大覇星祭では百人単位の能力者がぶつかり合う祭典である。この程度は危険のうちにも入らない。
それでも、数人の『衝撃拡散《ショックアブゾーバー》』などの能力者によって観客席と試合場を防護するなどの対策を取っている。
残念ながらG—1トーナメントは、大覇星祭の得点とは関わりのないレクリエーションイベントであるため、あまり認知さられておれず、選手層も厚くない。
廷兼朗が無能力者にも関わらず、長点上機学園からの推薦を貰えたのも、単に推薦枠が余っていただけのことである。
しかし、却ってその知名度の低さがアングラ的人気に拍車を掛け、特別に開放された第二学区の訓練ホールは異様な盛り上がりを見せていた。
『やっぱり『音速突破(スーパーソニック)』井上で決まりだろ』
『いやいや、今年こそ荒涼がやってくれるぜ』
『二人とも分かってないね~。『絶対低温《アイシクルオナー》』なら、誰が敵でも関係ないんだよ』
などという超能力格闘談義が至るところで展開されていた。
そんなむさい男ばかりの空間に、無駄にスポーティなデザインの車椅子が入ってくる。その上に乗っているのも、それを押しているのも、まだあどけなさの残る少女である。
「何か面白そうですね」
初春飾利は興味津々といった様子で、車椅子に乗っている同僚の白井黒子に話しかける。
「こんな大会があったなんて、初めて知りましたわ」
たまたま風紀委員の仕事に余裕のあった二人は、廷兼郎が前々から「僕、今度トーナメントに出るんですよ。チケットはけないとファイトマネーもらえないんで買ってください! ホントお願いします! 絶対面白いですから! 安くしときますから!」と必死になって風紀委員《ジャッジメント》の同僚たちに売り込んでいた『G—1トーナメント』なる大会の観戦にきていた。
何でも学園都市最強を決めるという大会らしく、能力者同士のガチンコバトルが学割でリーズナブルに見られるとして、一部の格闘ファンに大人気らしい。
「ハア……。私、このように野蛮な見世物は、正直好みではありませんの」
「ま~たまた。白井さん、そういう振りはいりませんから」
「いえ、別に振りとかではありませんのよ」
「そんなこといって、体調が良かったら自分が出たかったんでしょ?」
「それは私ではなく、お姉様に言うべきことですわよ」
とは言うものの、この大会の存在を御坂に知らせる気は、白井には毛ほども無い。むしろ知られてはいけないと考えていた。
何故ならこの大会には、廷兼郎が出場している。
「おい」
あの二人を会わせてはいけない。それも戦うことが肯定されているような場では、絶対に同じ空間に置いてはいけない。
「おいこら」
美琴の好戦的な性格では、廷兼郎に焚きつけられるのが目に見えている。そして廷兼郎は、対能力者戦闘術の研究者である。その彼が、超能力《レベル5》という格好の研究材料を前にして、以前のように大人しくしている保証は無い。
「聞けってんだこらあ!」
少女の憂いが、野卑な叫びによって妨げられた。
いつの間に集まってきたのか、いかにも不良然とした若者たちが白井たちを取り囲んでいる。
「白井さんの知り合いですか?」
「いいえ。全く記憶にございませんの」
「んだと!? こちとらてめえに捕まったんだよ。あんときの借り、きっちり返してやるぜ」
「きゃあっ!?」
男は初春の手を引っつかみ、男はぎらりと白井を見下ろす。
「妙な動きすんなよ」
いかにもか弱そうな友人を人質に、男は白井の動きを牽制する。
「卑怯ですわよ!」
「能力者自体、卑怯の塊みてえなもんだろうが。これくらいしたってバチはあたんねえよ」
「へえ。そういうもんかね?」
男の言葉に、鷹揚な老人の声が応じた。
皆が注目するなか、その視線を気にもせず、杖を突き突き、不良たちの中心へ歩み寄る。
「かあ~。学園都市ちゃ、こったなおっかないとこだったんか」
「何だ? じいさん、どかねえと怪我するぜ」
不良の一人が老人の肩を掴み、力任せに引っ張る。
「そうかい、それは嫌だのう。怖い、怖い」
老人が淡々と呟きながら、すっと肩の力を抜くと、肩を掴んでいた若者は、老人の方を支点にしてくるりと宙を舞った。
「ごはッ」
自身の身長とそう変わらない高さから落ち、まともに呼吸が出来ないのか、口をパクパクと動かして呻いている。
「正当防衛じゃ。すまんのう、あんちゃん」
そうは言いつつも、特に気にしていない様子で彼をまたぎ、老人は白井の車椅子を押さえている若者に杖を突きつけた。
「ほれ、離さんかい」
「関係ねえだろ。じじいは引っ込んでろ!」
「いちいち関係が無いと、おまんは何も出来んとか? 赤子に勝る受身だのう」
「んだと!? このじじ……」
威嚇の言葉が半端なところで止まる。
首にぐるりと巻かれた腕は、彼が言葉を言い終わる前に、意識を脳の外へ締め出していた。
若者がくらりと倒れると、そこには廷兼郎が厳つい顔をして立っていた。
「字緒さん!」
叫んだ初春を見、取り囲まれている白井を見、最後に老人と目を合わせる。
何に呆れたのか、「はあ……」と重たいため息を吐き、もう一度不良たちを睨みつける。
「風紀委員に絡むとは、豪気じゃないか。元気が余っているのなら、俺が相手になろうか?」
挑むような台詞に、不良たちも黙っていられず反応する。とは言うものの、いきなり飛びかかる勇気は無く、体を廷兼郎の方に向けただけだった。
「次から次へと……。何なんだよてめえは!!」
「おい。こいつG—1に出る、字緒とかいう奴だ」
「能力者かよッ」
吐き捨てるように、中心人物らしき若者が言う。
「ちがえよ。こいつ、無能力者だぜ」
「無能力なのに、G—1に出るのかよ。ばっかじゃ——」
「悪いかい?」
笑い声が上がろうとしたのを、廷兼郎は一瞬にして沈ませた。それは彼が厳かな低音の声をしているからではなく、台詞を言ったときには既に不良たちの中心、白井のすぐ横に出現したからだった。
「無能力で悪いかって、聞いてるんだよ」
周りの誰とも無く語りかける。この中の誰一人、先ほどの廷兼郎の接近を察知出来てはいなかった。
ますます固く身構える不良に対し、今度はふっと顔を和らげ、寿ぐように見回した。
「ここに来たってことは、G—1を見にきたんだろ? 俺も出るから、楽しんでいってくれよ」
そう言って、廷兼郎は白井の車椅子を押し、初春を掴んでいる手を離し、そそくさと会場に入っていった。
不良たちは虚を突かれたまま、呆然と立ち尽くすほか無かった。
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東京西部の大部分を占める学園都市では、超能力を開発するための特殊なカリキュラムを実施している。
総人口約230万人。その八割を学生が占める一大教育機構に、一人の男が転入してきた。
男の名は字緒廷兼郎(あざおていけんろう)。彼が学園都市に来た目的は超能力ではなく、武術だった。
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