「………どうぞ、紅茶しかないけれど」
「ありがとうございます。頂きます」
ズズっと紅茶を啜るウルティムス。
彼に紅茶の入ったカップを差し出したのは、白磁のような肌を持つ美女―――アイリスフィールだ。
その傍らにはセイバーが控えている。
彼らがいるのはアインツベルンの城、その客間である。
キャスターを撃退したウルティムスとセイバー、彼らは戦闘が終了した後キャスターが攫ってきた子供達の処遇を決め兼ねていた。
魔術の秘匿の観点から今回の件の記憶を消去して各々の家に帰す、と言うのがベターな選択だったのだが、セイバーは記憶消去などの魔術を扱えず、ウルは自身で記憶消去の魔法を扱うことに忌避感が有った。
二人は話し合った結果、セイバーの(表向きの)マスターであるアイリスフィールに委託することにしたのである。
―――ぶっちゃけ、丸投げともいうが。
「子供達に関しては、アインツベルンが責任をもって親元に帰させてもらうわ」
「その言葉を聞いて安心しました」
「勿論、記憶に関しては消去させてもらうけれど…」
「…問題ありません。僕個人として記憶消去に忌避感はありますが、秘匿に関しても納得はしています」
「なら良かったわ」
カチャ、と音を立ててカップがソーサーに置かれる。
アイリスフィールの紅の眼光がウルを強く見据える。
「―――それだけが目的ではないでしょう」
「…子供たちの処遇が気になったのも事実なんですけどね…。キャスターに関してです」
「キャスターの討伐に関してならば、教会から通達が有ったはずよ」
「あんなもの何の意味も為さないでしょう。こと実戦においてはルールなど無用の長物です。―――むしろ
アイリスフィールの背筋を嫌な汗が流れる。
「キャスターの討伐に関して、僕とセイバーはそれが為されるまでの休戦協定を結びました。それが問題無い事か、確認を」
「―――ああ、そんな事なの。問題無いわ。分かりました、アインツベルンはガーディアン陣営との休戦を受諾します」
「無論ドアの向こうにいる彼女に関しても、です。マスターを狙っても、僕の使い魔が守っているので徒労に終わる事でしょうけど」
「ええ、舞弥さんにも伝えておくわ」
ここで、傍らに控えて居たセイバーが口を開く。
彼女はどうやら、ウルに聞きたいことが有るようだ。
「ガーディアン、私は貴方に尋ねたいことが有る」
「何ですか、セイバー」
「貴方は埠頭での戦いのときに、『英雄にして、反英雄』―――そう名乗りました。そして異世界の存在であると言う事も。差支えなければ貴方の生前の事をお聞きしたい」
「…聖杯戦争において信じがたい事ですね。他のサーヴァントに対して自己紹介をしろと?」
「良いじゃない!私も興味があるわ。あなたがいた世界がどんなところで、貴方がどんな人生を送ったのか」
「…セイバーのマスターまで、ですか…。―――まあ、良いでしょう。これから語るのは、ただの
―――――その
魔力が枯渇しかけ、いずれ崩壊する世界。
その世界を人々を各々の考える『
だがその計画は代替案によって撤回され、
自由を得た
なにせ元々は世界を滅亡させようとしていた組織の作った
敵には事欠かない。
そしてひとまずの卒業を経て、彼は派遣と言う口実でまた別の学校へと通うことになる。
その学校は悪魔の創設した学校であり、彼を狙う者たちもそこまでは手が届かない。
だが、力を持つものは厄介ごとに巻き込まれるのが世の常。
彼はその学校で
その闘争に巻き込まれ、
悪魔、天使、堕天使の和平。
その他様々な厄介ごとに巻き込まれ少し成長した
―――その戦いの結果、彼は異世界へと飛ばされる。
幾つもの
彼はその世界で生き抜くために傭兵を始め、そして元の世界へ戻るために様々な世界を渡り歩く。
ある時は、
ある時は、
ある時は、
そのうちに彼には大切な人たちが増え、敵もまた増える。
完全なる人造魔法使いの製造法を知るため、
やった事実も、覚えもない罪が彼に科せられる。
その罪は塵が積もるように累積し、また彼の首にかけられた賞金を我が手にと群がってくる賞金稼ぎを撃退すればするたびに罪が重なる。
追っ手を撃退する日々、そんな日々にも癒しが生まれる。
小さな村と、優しい人々。山賊から助けた少女とその母親と親しくなり、気の休まらない日々での小さな癒しとなっていた。
願わくば、この村での日々は永遠に―――。
―――――だが、この世界はそんな小さな
小さな村は
燃え盛る家々。黒焦げになった住人。血にまみれ苦悶の表情で息絶えている幼子。
その惨劇の中、微笑みながら息絶えていた一つの遺体。
それを見とめたとき、彼の中の希望は音を立てて壊れ始める。
それは、少女の母親。彼が守ると誓っていたものの一つ。
だが村には少女の遺体は無かった。
『生きているかもしれない』
その希望を胸に抱き。
胸に小さな紫の罅が入りながら、それでも壊れかけた体を推して時空管理局の施設を潰して回る。
しかし万全の状態でならいざ知らず、壊れかけた体では多勢に無勢。
志し半ばにて体は言う事を聞かず倒れ伏す。
そこを狙った時空管理局に捕縛されてしまう。
――――待っていたのは凄惨な人体実験の日々。
解剖、投薬、改造、その他非人道的な実験の数々―――
精神と体が擦り減る一方、彼は抱いた希望だけは見失わなかった。
なんとか施設を破壊し地上に這い出た所を
そこからは戦いの連続だった。
とある
不正に別世界へと転生を遂げた者たちを狩る『不正転生者狩り』。
異空間から出現し、人間に害をなす
そんな日々の中、彼は遂に探していた少女を見つけ出す。
―――――管理局に改造を施され、元の記憶と埋め込まれた記憶が
仲間が彼女の記憶を全て消去し、命だけは助かった。
しかし彼女の存命を願い、彼女を消したのは紛れもなく自分だ。
自分を責める彼に、彼女は言う。
『私は貴方を恨まない。思い出せないけれど、私は貴方ともう一度思い出を作っていけるから』
許しを得た彼は、もう一度彼女と思い出を作り今度こそ守り抜くことを誓う。
―――しかし、世界は厳しく出来ているようだ。
冥界の霊たちが現世へと逆流する事件が勃発。
その事件の中で、彼は少女の母親の霊と邂逅する。
―――娘を守り切れなかった彼へ、恨みを持った怨霊として。
罪悪感を持つ彼は、抵抗すらせずに彼女の攻撃を受け入れる。
が、彼の中に住まう
騒動の首魁を打倒し終え、少女の母親と和解した彼は新たに誓う。
必ず守り抜く、と。
それからはまた戦いの日々だ。
かつて
その世界でも
そして、まだ戦いは続いて行く――――
「と、僕が語れるのはこの辺りまでです」
すっかり冷めてしまった紅茶を呷りながらウルは話を締めくくる。
「…つまり貴方は渡り歩いてきた世界によって評価が変わり、英雄でもあり、反英雄でもあると。そういう訳ですね」
「その解釈で間違ってませんよ。もっとも、僕が元々いた世界ではその認識は半々と言ったところですけれどね」
「―――貴方は、後悔していないのですか?」
セイバーが真剣な顔をウルに向け、問う。
何を、とウルが答えを返せば少女の事だ、と。
「聞けば、貴方が助けられなかった人たちも居ます。貴方の所為ではないかもしれませんが、記憶を失ってしまった少女も。―――過去をやり直したいとは、思わないのですか?」
「思いません」
バッサリと、ウルはその問いを一刀両断する。
何故だ、とセイバーは声を荒げる。
貴方は守りたかったはずだ、守れなかったのならばもう一度、とは考えないのかと。
「確かに、過去をやり直したいと思う人もいるでしょう。僕だって思ったことはあります」
「ならば―」
「その記憶を失った人に言われたんです。『思い出せないなら、これからの記憶を作っていきたい』と。…僕は過去を想うより、未来へ歩いて行きたいんですよ」
さて、とウルは席を立つ。
「用は済みましたし、僕はこれで失礼します。紅茶、ご馳走様でした」
「待て、ガーディア―――」
《テレポート、ナウ》
セイバーが制止する前に、ウルは転移魔法を発動していた。
もうその場にウルがいたという痕跡すら残ってはいない。
セイバーは自分の願い―――故国の救済を正しい物と思っていたが、その願いに曇りが生じ始めていた―――
はてさて、この自分語りがどういった効果を齎すことやら…
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第拾参話 獅子、その来歴