No.835602

ハートオブクラウン・エキシビジョンマッチ 4/4

枝原伊作さん

http://www.tinami.com/view/835598 の続きとなります。
 本文書はこれにて終了となります。



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2016-03-05 16:46:57 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:432   閲覧ユーザー数:432

「皆様こんにちは、クラムクラムです。まずは、先程の試合において私の行動に数々のお見苦しい点がありましたこと、遅ればせながらお詫び申し上げます」

予定の二時間後に実況席へと戻ったクラムクラムは、再開早々、謝罪の言葉と共に頭を下げる。

「私としては、そのような今更なことよりも、大会の進行遅延についてのお詫びの方が必要性が高いのではないかと思うのですがね」

「それに関しては、中断前に行わせて頂いたはずですが。同じ内容の謝罪を何度も繰り返すのは、それはそれでいかがなものかと思いますよ」

そんなクラムクラムに、彼女の隣に座したベルガモットが意見を述べると、クラムクラムはそれに対して異議を唱える。

「確かに、ご閲覧の皆様方へのお詫びについては、仰る通りだと思います。しかし、選手の皆様方についてはどうですか?」

「ご心配には及びません。選手の皆様方へのお詫びは、中断時間内に完了しておりますので」

クラムクラムの異議を受けたベルガモットがお詫びの対象について補足をすると、クラムクラムはしたり顔でベルガモットへと言葉を返した。

「ほほう、それは手際のよいことですね」

「そうでしょうとも。もっとほめて下さってもよろしいのですよ?」

クラムクラムの手際のよさにベルガモットが感心すると、クラムクラムは得意満面に胸を張る。

「……そのような素晴らしい手腕をお持ちの方が、なぜ、冒頭のような謝罪を行うはめになるのか。まったく、世の中とは怪奇なものですね」

「今更ですが、ベルガモットさんは、本当に人を素直にほめるということができないお方なのですね……」

そうしたクラムクラムの態度を目にしたベルガモットが皮肉を飛ばすと、クラムクラムは思わず顔をしかめた。

「さて、それはともかく。お詫びの結果……かどうかは存じませんが、選手の皆様方には引き続き大会へご参加を頂けることとなりました」

それから程なく、気を取り直したクラムクラムはお詫びの結果らしきものを関係各位に連絡する。

「よかったではないですか。この大会は、選手の皆様方がおられてこそですからね」

「まったくですね。大幅な進行遅延が生じたにも関わらず引き続き大会へのご参加を頂けまして、選手の皆様方には感謝の限りです」

クラムクラムからの連絡を聞いたベルガモットが所感を口にすると、クラムクラムはそれに同意しつつ選手たちへの謝辞を述べた。

「いやいや、感謝をされるほどのことではないわ。どうせ、妾の今日の予定はこの余興に参加をすることだけじゃしのぉ」

「ウチもアナスタシアと似たようなもんや。やから、そこまで気にせんでもえーで」

そこへ、クラムクラムとベルガモットの耳に艶のある声と軽い調子の声が届く。

「そう仰って頂けると、ありがたい限りです」

クラムクラムが声の方へと振り向くと、実況席に座るアナスタシアとエムシエレの二人が、いつも通りの表情で彼女とベルガモットを見つめていた。

「おや、お二方も実況席におられるのですか」

「そうじゃ。ここから先は、妾とエムシエレも解説に参加するでな」

アナスタシアは、クラムクラムに続いて自分たちの方へと振り向いたベルガモットへ、自分たちが実況席に座している理由を説明する。

「ま、なんもせんで閉会まで待つっちゅーんも手持ちぶさたやし。限りある時間は有効に使わへんとな」

「なるほど、暇つぶしということですか。実にあなたらしい理由ですね」

アナスタシアに続いてエムシエレが自分の心境を語ると、ベルガモットからは身も蓋もない言葉が返される。

「うん、たしかにその通りやねんけどな……。もうちょい言い方っちゅーもんを考えてほしかったわ……」

エムシエレは、そのにべのなさに思わずげんなりとした表情で脱力した。

「……えー、それはそうと致しまして。ご覧の通り、ここから先は、アナスタシア選手とエムシエレ選手のお二方に解説へご参加頂けることとなりました」

ベルガモットと二人の会話が一区切りされると、クラムクラムは関係各位に改めて二人の解説参加を連絡する。

「では、お二方、これからよろしくお願い致します」

「キヒヒ、よろしく頼むぞよ」

「んじゃま、よろしゅー頼むわ」

そして、クラムクラムが二人へと頭を下げると、二人も彼女へと頭を下げ返した。

「なお、フラマリア選手、レイン選手、シオン選手のお三方には、先の試合に引き続き解説へご参加を頂いております」

その後、正面へと向き直ったクラムクラムは、予選第一試合の三人の状況について連絡を行う。

「ということだ。よろしく頼むぞ」

「よろしく」

「この大会もあとちょっとだけど、最後までよろしく!」

クラムクラムからの連絡が終わると、三人はめいめいの表情でめいめいの挨拶を口にした後、姿勢を正して軽く頭を下げた。

「では、期せずして長くなってしまいました前置きは、この程度に致しまして。ここで、大会続行の可否およびルウェリー選手の現在の体調について、ご閲覧の皆様方へご連絡を申し上げます」

三人が頭を上げ終わるのを待ってから、クラムクラムは話題を本題へと切り替える。

「まずは、ルウェリー選手の現在の体調についてご連絡を。中断時間内での休憩の結果、ルウェリー選手の体調は普段通りにまで回復なされました」

「そうか。ルウェリーに関しては、これで本当に安心できるな」

クラムクラムからの連絡内容に、フラマリアは胸をなで下ろす。

「ということですので、本大会は続行させて頂くことと相成りました」

そうしたフラマリアの横で、クラムクラムは続けてもう一点連絡を行った。

「もっとも、大会が続くことに関しちゃ、前置きの内容で予想がついとった奴も多そうやけどな」

「私もそう思いますが、前置きはあくまでも前置きですからね。大会続行が公式な決定事項であるということは、司会者である私からご連絡を申し上げる必要があるでしょう」

大会続行の言葉を聞いたエムシエレが自分の考えを口にすると、クラムクラムは、それに同意をしつつも連絡の必要性をエムシエレへと説明した。

「それで、結局、ルウェリーが倒れた原因ってなんだったの?」

「救護班の確認結果によれば、フラマリア選手が仰られていた通りの、一過性の精神疲労が原因のようです。深刻なものではなく、本当に安心しました」

続いて、クラムクラムはレインからの質問に安堵の言葉を交えながら回答を行う。

「……では、ここでもう一点、皆様方へご連絡を。これまでにご連絡差し上げてきました事実とルウェリー選手ご本人からの強いご希望とがありまして、ルウェリー選手はこの後行われる決勝戦に出場なされることとなりました」

それから、顔に僅かな不安の色を覗かせつつ、彼女はルウェリーの決勝戦参加を告知した。

「ふむ。まあ、先の試合で小娘が見せた強情さを考えると、そのような結果になることも納得はできるのぉ」

「一応、出場許可を出すにあたりましては、ご無理をなされないようにと強く申し上げさせて頂きましたが。やはり、私としては少々不安ではありますね……」

アナスタシアがそれに対する所感を述べる横で、クラムクラムはルウェリーの今後の体調をおもんばかり、ひとり気をもむ。

「それでも、出場許可は出したんでしょ? 司会進行権限で、強引に出場を止めることもできたのに」

「それはまあ、シオン選手の仰る通りなのですが……」

シオンが、そんなクラムクラムに彼女自身が下した判断について確認を行うと、クラムクラムがらは歯切れの悪い答えが返る。

「なら、最後までルウェリーを信じることが、今のクラムが本当にやるべきことなんじゃないかな。心配だっていう気持ち自体は分かるけどね」

「……そうかもしれませんね。では、ルウェリー選手がご無理をなされないと信じて、ここは決勝戦を開始させて頂くと致しましょうか」

冴えない表情のクラムクラムを見つめながらシオンが自分の考えを語っていくと、クラムクラムは彼女の言葉を受け入れ、表情を戻して大会の進行を再開させる。

「それでは、長らくお待たせ致しました。これより、本大会最後の試合となります、決勝戦を開催させて頂きます!」

そして、クラムクラムは、正面へと向き直ると声高らかに決勝戦の開幕を宣言した。

「さて。まずは、激闘の予選を勝ち抜かれた選ばれし四名の選手の皆様方に会場へご入場頂くことと致しましょう!」

次いで、クラムクラムが選手入場を予告すると、待ちかねたかのように会場の照明が一斉に落とされる。

「ほう。さすがは、この大会の最後を飾る決勝戦。入場にもそれ相応の演出を用意しているということか」

「では、僭越ながら、このクラムクラムが選手の皆様方のご入場に合わせ、改めて決勝戦にご出場なされる選手の皆様方のご紹介をさせて頂きます」

薄暗くなった会場でフラマリアが所感を述べる中、クラムクラムは表情を引き締め、ゆっくりと椅子から立ち上がる。

「まずはこの方。帝国の象徴、帝国の華。帝国が誇る高貴なる姫、第一皇女ルルナサイカあぁぁぁっ!」

それから程なく、クラムクラムの声が力強く放たれると、それに導かれるようにして帝国第一皇女が舞台袖から姿を現した。

「予選第一試合では、裏方として手際よくラオリリ選手の支援を成し遂げられましたルルナサイカ選手。しかし、帝国の象徴はやはり表舞台に立ってこそ。第一皇女であることの意味、それが、この一戦で問われます!」

なおもクラムクラムによる紹介が続く中、ルルナサイカは、その身にスポットライトを浴びながら粛々と舞台となる円卓へと近づいていき、そのままゆったりと着席した。

「お次にこの方。小さな体の大きな才人、秘めたる力は偉大なる姉にも引けを取らず。帝国の隠れた実力者、第二皇女ラオリリいぃぃぃっ!」

次に、帝国第二皇女が、にこやかな表情でまずは舞台袖からちょこんと顔を出す。

「予選第一試合、ラオリリ選手がお見せになられたルルナサイカ選手との連携はじつに鮮やかなものでした。ですが、この決勝戦で求められるのはその彼女を打倒すること。目標の姉越えを、この決勝戦の舞台で果たすことができるのでしょうか!?」

続いて、彼女は舞台袖から完全に姿を現すと、薄暗い会場の中でも軽やかに足を進めていき、ふわりとルルナサイカの左隣へと着席した。

「それからこの方。用意周到、剛毅果断、そして何より百戦錬磨。その算術で全てを見通す、極東の算法姫オウカあぁぁぁっ!」

それから、極東の算法姫は、扇子を口元にしながら、すまし顔で静かに舞台袖から姿を現す。

「予選第二試合では、残念ながら不発気味であったと言わざるを得ませんでしたオウカ選手お得意の算術。その真価が、この決勝戦では存分に発揮されるであろうこと、私は確信をしております!」

次いで、しずしずと円卓へと歩み寄り、その歩みと同様のたおやかな動作でルルナサイカの向かいへと着席した。

「そして、最後にこの方。永遠と思われた未完の大器は、今この時をもって再び自らを形作る。目覚めた極東の眠れる獅子、古王朝の裔姫ルウェリいぃぃぃっ!」

そして最後に、古王朝の裔姫は、自分に降り注ぐスポットライトに落ち着かない様子を見せながら姿を現す。

「予選第二試合、この方については様々なことがありましたが、それはともかく、終盤における粘りからの逆転勝利はお見事なものでした。決勝戦でも、そのような不撓不屈の闘いを、ご無理をなされない程度に期待をさせて頂きたいものです」

彼女は、おぼつかない足取りで円卓へ進むと、顔にありありと不安の色を浮かべながらラオリリの向かいへと着席した。

「以上四名の選手の皆様方が、これからの決勝戦を戦い抜かれることとなります。どうぞご期待下さい」

選手入場が終わり会場に再び明かりが戻ると、クラムクラムは締めの言葉を述べ、静かに実況席へと着席した。

「……この大会もこの試合で最後ですから、この際、進行時間のことに関してはもう何も申し上げません。しかし、それは置いておくとして、ルウェリーさんの緊張具合は先の試合に輪をかけてひどいですね……」

会場中の視線が円卓の四人へと注がれる中、いたたまれない様子で縮こまるルウェリーの姿を目にベルガモットは思わず不安を漏らす。

「まあ、なんとかなるでしょ。実際、さっきの試合だってなんとかなったわけだし」

「そうじゃな。さすがの小娘も、自分から出ると言うておいて逃げ出すような真似はせんじゃろ」

だが、シオンとアナスタシアは異口同音に彼女の不安を否定する。

「そうかもしれませんね。まあ、ここはとりあえず、私もクラムと同じくひとまずはルウェリー選手を信じることに致しましょうか」

ベルガモットは、彼女たちの意見に納得をするとひとまずルウェリーから視線を外した。

「さて、ここで、試合開始の前に解説の皆様方へ優勝予想を伺ってまいりましょう。まず、ベルガモットさんはどなたが優勝なされるとお考えでしょうか?」

ベルガモットたちの会話が終わると、クラムクラムはベルガモットに彼女の予想する優勝選手を問いかける。

「私は、ルルナサイカさんですね。決勝戦に残られた皆様方の中では、最も手堅い王道の試合運びが期待できる方ですから」

クラムクラムの方へと振り向いたベルガモットは、眼鏡のブリッジを押し上げながらその質問に回答した。

「でも、手堅い試合運びって傍から見てて面白いものとは言いにくいよね。地味だし」

「じ、地味……」

そこへレインが口を挟むと、ルルナサイカはレインが口にした地味という言葉に思わず衝撃を受ける。

「王道とはそういうものでしょう。目先に映る華やかさだけに価値を求められるのは、個人的にはいかがなものかと思いますがね」

ベルガモットは、そうしたルルナサイカの様子に気付く様子もなく、レインの意見へと異議を唱えた。

「内輪でやるなら地味でもなんでもいいんだろうけど、ここは衆人環視のお祭り会場だからね。そういう場所なら、目先に映る華やかさだってそれなりに重要になってくるんじゃない?」

すると、レインはベルガモットの予想に反した理に適った反論を飛ばす。

「……いいではないですか、地味な方策が好きでも。そういった方策が好きであることと、私自身が地味であるのかどうかということは関係ないのですから……多分」

「……それは一理ありますね。同じものを見るにしても、何を重視するかは個々人の価値観によりますか」

それを聞いたベルガモットは、レインの放った地味という言葉を引きずるルルナサイカの様子に相変わらず気付かぬまま、特に反論をすることなくレインの意見を受け入れた。

「それでは、そんなレイン選手にもご意見を伺わせて頂きましょう。レイン選手は、どなたが優勝なされるとお考えでしょうか?」

「私はオウカだね。さっきの試合ではことごとく不発だったけど、それでも引き出しの多さなら決勝戦に出るみんなの中じゃ群を抜いてると思うし」

続いて、クラムクラムがレインへ先程と同様の質問を行うと、彼女はクラムクラムに自分の意見を述べる。

「評価をされること自体はありがたいのじゃが、今一つ素直に喜べぬ内容の言い回しじゃな……」

「クラムも似たようなこと言ってたし、そのへんは大目に見てよ。それより、シオンはどうかな?」

それを聞いたオウカが複雑な表情を浮かべると、レインは彼女に軽く謝った後、姉へと話を振る。

「私は、ラオリリかな。私が先行してた第一試合の状況をひっくり返したのは、他ならないラオリリ考案の策だったからね。それを考えると、ラオリリの底力は侮れないと思う」

「え、そうなの? てっきり、私と同じでオウカだとばっかり思ってたけど」

姉の語った予想優勝者の名前を聞いたレインは、思わず目を丸くする。

「そのへんはちょっと悩んだけどね。まあ、ここは若さに期待ってことで」

「ちょっと待つのじゃ、シオン殿。お主の言い回しじゃと、まるで儂が年寄りであるかのようではないか」

シオンが小首をかしげる妹へと理由を補足すると、その内容にオウカは唇を尖らす。

「いや、あくまでもラオリリと比べてって話だから。オウカが年増だとかおばさんだとか、そういうことはまったく思ってないから安心してよ」

「うむ、お主のことじゃから、嘘は言うておらぬとは思う、思うのじゃがな……。なんじゃろうか、この今一つ素直に納得できぬ感じは……」

オウカの抗議にシオンが淡々と言葉を返すと、オウカは冴えない表情を浮かべて首をひねる。

「細かいことはあんまり気にしないほういいよ。細かいことを気にしすぎるとハゲるって、帝国の高名な学者も言ってたことだし」

「……さり気なく私を巻き込もうとなさるのはご遠慮頂けませんかね、シオンさん」

シオンが、そんなオウカをベルガモットの前言を持ちだして説得しようとすると、ベルガモットはそれに眉をひそめた。

「と、とにかく、シオン選手のご予想はラオリリ選手ということですね。では、フラマリア選手はどうでしょうか?」

シオンとオウカの会話に雲行きの怪しさを感じたクラムクラムは、混沌としていく状況をごまかすようにフラマリアにも先程と同様の質問を行う。

「私は、ベルガモットと同じでルルナサイカだ」

フラマリアは、クラムクラムへ答えを返した後、続けて答えに至った理由を述べていく。

「彼女は、決勝戦の四人の中でもとりわけ基礎戦術によく通じている。そのことは、どのようなサプライ構成においても有利に働くだろうからな」

「なるほど、何事も基礎が重要ということですか。フラマリア選手らしいお答えですね」

そのフラマリアらしい内容に、クラムクラムは思わず納得した。

「……まあ、正直なところ、先程の答えはあえて言うならばということではあるのだが。私は、決勝戦の四人の間に勝負を決定づけるほどの実力差はないと考えているのでな」

「確かに、どなたが優勝なされても決しておかしくはないですからね。それにも関わらずご回答を頂きまして、ありがとうございました」

その後、フラマリアが多少言いにくそうに言葉を付け足すと、クラムクラムはその内容に同意しつつフラマリアへと一礼し、正面へと向き直った。

「さて、ここまで解説の皆様方に優勝予想を伺ってまいりましたが、様々なお名前が挙げられました中で、ルウェリー選手のお名前はまだどなたの口からも挙げられておりませんね」

「や、やっぱりそうですよね……。分かってたことですけど、私が皆さんに勝てる見込みなんてほとんどないんですよね……」

それから、クラムクラムがここまでの質問結果を簡単に取りまとめると、ルウェリーはその内容に表情を曇らせる。

「……で、でも、私だって」

しかし、顔を伏せた彼女は、自分を奮い立たせるように拳を硬く握りしめる。

「私だって、エムシエレさんとアナスタシアさんに勝たせてもらってここにいるんです! だから、たとえ誰にも期待されていなくても、お二人を前に恥ずかしい戦いなんてしないつもりです!」

そして、顔を上げた彼女は、会場へ声高な自らの決意表明を響かせた。

「よっしゃ! なら、ルウェリーちゃんのその心意気、ウチが買わせてもらうわ」

そんなルウェリーの気概に真っ先に応えたのは、砂漠の蛇。

「ならば、妾も、妾たちを打ち破った小娘のその執念に賭けてみることとしようかのぉ」

それに続いて、極北の狐もまた、薄く笑みを浮かべながらルウェリーへと声をかけた。

「エムシエレさん……。それに、アナスタシアさんも……」

二人の言葉を耳にしたルウェリーは、思わず瞳を潤ませる。

「……ほんま、ルウェリーちゃんは大げさなやっちゃな」

そうしたルウェリーの姿を目に、エムシエレは困ったような表情を見せながら微笑む。

「という訳で、妾とエムシエレの優勝予想は小娘じゃ。そういうことで、よろしく頼むぞよ」

その横で、クラムクラムの方へと顔を向けたアナスタシアは、彼女に改めて自分とエムシエレの予想優勝者を告げた。

「はい、分かりました」

クラムクラムは、簡潔に、そして力強くアナスタシアの言葉を承知した。

「……それにしても、みんなの優勝予想、わりと結果が分かれたね」

「フラマリアも言ってた、みんなの実力差がそんなにないんじゃないかってことが予想結果に反映されてるんじゃないかな」

解説一同の優勝予想が出揃ったところでレインが所感を口にすると、シオンはそれを掘り下げていく。

「たしかにね。決め手があんまりない状況なら、予想結果が分かれてもおかしくはないか」

「それより、私としてはクラムの予想する優勝者が誰かってことのほうが気になるんだけどね」

シオンは、自分の考察に納得する妹を横目にクラムクラムへ視線を送り、彼女の優勝予想を引き出そうとする。

「……私は司会進行という立場でありますので、申し訳ありませんが、そのような私情を多分に挟みかねない内容のご質問にはお答え致しかねます」

しかし、シオンの期待とは裏腹に、クラムクラムは露骨に答えをはぐらかす。

「あ、逃げた……」

「さっきの試合でものすごく私情を挟んでた人の言うことじゃないよねー」

「それは、あくまでも突発的な緊急事態に対応するための例外ですので。では、これより本試合のサプライ構成を発表致します」

彼女の逃げ口上に双子は冷ややかな視線を飛ばすが、クラムクラムはそれを一蹴しつつ予定のサプライ構成発表へと移行した。

「本試合におけるサプライ構成は、独立都市、豪商、家庭教師、伝令、灯台、先行投資、都市開発、離れ小島、冒険者、祝福という内容となっております」

「全体としては、カードの獲得効果や追放効果を持つコモンカードが非常に多いですね。となれば、予選第一試合と同様に手早い勝負が見込まれるでしょうか」

クラムクラムの口から決勝戦のサプライ構成が発表されると、ベルガモットは本日最後のサプライ構成に対する考察を行う。

「本サプライ内に存在する星天前路のカード群については、どのようにお考えでしょうか?」

「星天前路の特色とも言える条件起動能力を使用しやすい構成のサプライであると思いますので、それらのカードを有効に機能させることはさして難しくはないと考えます」

続けてクラムクラムから質問が行われると、ベルガモットはそれに淡々と回答した。

「ふむふむ。では、その戦術の例と致しましてはどのようなものが考えられますでしょうか?」

「そうですね……。あくまでも一例ではありますが、帝都カリクマを冒険者により追放して皇帝の冠を獲得する際、それと同時に先行投資の条件起動能力を使用することで、皇帝の冠と同時に公爵を獲得して一気に大勢を決するといったような活用方法が考えられますね」

ベルガモットは、先程の自分の回答内容をさらに掘り下げようとしていくクラムクラムへ自分の考える戦術の一例を語る。

「……いえ、申し訳ないのですが、それは不可能なのですよ」

「どういうことですか?」

それを聞いたクラムクラムがばつが悪そうに切り出すと、ベルガモットは首をひねる。

「それはですね、本試合では帝都カリクマの代わりに妖精女王エルルーンを使用するからです」

「なるほど、確かにその環境では先程の戦術は不可能ですね。妖精女王エルルーンは追放不可能なカードですし」

クラムクラムからの説明を聞き、ベルガモットはクラムクラムが見せる冴えない表情の理由に納得した。

「しかし、そのような発言をなされたということは、ベルガモットさんはこの件についてご存じなかったということですか?」

「はい。先の試合における混乱のせいかどうかは分かりませんが、この決勝戦におけるサプライ周りの情報については私のところにまで話が及んでいないのですよ」

ベルガモットの言葉の後、クラムクラムが一連の会話から生じた疑問をベルガモットへと発すると、彼女はやや不満げな表情を見せながらクラムクラムの疑問の内容を肯定する。

「それは申し訳ありませんでした。その件に関しましては、この場をお借りして不手際をお詫び申し上げさせて頂きます」

唇を尖らすベルガモットを目にしたクラムクラムは、ベルガモットへと頭を下げた。

「まあ、決勝戦のサプライ構成を試合直前まで伏せておくということについては、大会開始前に連絡がありましたので別に構わないのです。しかしですね、それならそれで、こういった然るべき連絡については手抜かりなく行って頂きたいと思うのですよ。先の試合において不測の事態が発生したことで現場に混乱が生じていたという酌量の余地はあるとはいえ、それもこの試合が始まる前までにはある程度落ち着いてはおりましたし」

「……そうですね。こちらの落ち度によりベルガモットさんへご迷惑をおかけ致しましたことは、本当に申し訳なく思っております」

そのことに端を発したベルガモットの長々とした説教が始まると、クラムクラムは平身低頭してそれをやり過ごそうとする。

「……まあ、これはもう済んだことですのでこの程度でいいでしょう。頭を上げて下さい」

「そうですか。ありがとうございます」

しかし、彼女の予想よりも早くベルガモットの説教が終わると、彼女は内心の喜びを表に出さぬよう努めて平静を装いながら頭を上げた。

「はぁ……。それはともかく、他の未伝達事項はないのですか? こういった状況ですと、そのようなものがあってもおかしくはないですし」

そんなクラムクラムの内心をなんとなく察知したベルガモットは、ため息を一つ、クラムクラムへ更なる未伝達事項の確認を行う。

「……もう一点だけありますね。通常の個人戦形式となるこの決勝戦では、順番決定をハンドエリミネーション形式で行うという内容の未伝達事項が」

「まったく、そんなことだろうと思いましたよ……」

ベルガモットの鋭い視線が飛ぶ中、クラムクラムがやや言いにくそうに口を開くと、ベルガモットは思わず再びのため息を吐いた。

「諸事情がありましたとはいえ、これらの連絡が遅れましたことについてはひとえにこちらの不手際であります。関係各位に対しましては、この場をお借りして改めてお詫び申し上げます」

クラムクラムは、正面へと向き直ると深々と頭を下げる。

「クラム、さっきの試合の終わりくらいから頭下げてばっかだよねー」

「こんなに頭を下げてばっかやと、クラムも皇帝候補やっちゅーことを思わず忘れそうになるわなー。メンツもなにもあったもんやあらへんし」

「頭を下げて通る筋があるのなら、私は何度でも頭を下げます。つまらない自尊心からそれを拒んだところで、誰も得はしないと思いますしね」

レインとエムシエレがその光景を眺めつつクラムクラムへと茶々を入れると、彼女は迷いを見せることなく、静かに自分の心情を二人へと語った。

「さて、それはともかく、皆様方にお伝えすべき連絡事項はこれにて全てお伝えさせて頂きました。それでは、前置きはここで本当に終了と致しまして、これより決勝戦の試合を開始させて頂きたく思います」

それから、クラムクラムが試合開始の予告を行うと、会場は水を打ったように静まり返り、それに伴い会場の空気も張り詰めていく。

「事ここに至れば、もはや私の余計な言葉など不要でしょう。私もただ、観衆の一人として、この勝負が良い勝負であることを期待させて頂きたく思います」

会場の視線がクラムクラムへと注がれる中、彼女は目を閉じ、静かに平手を高く掲げると、深く大きく息を吸い込む。

「それでは、いざ、皇帝の座へ! ソード・オブ・ブレイブっ!」

そして、見開かれた目と共に勢い良く振り下ろされた手により、最後の勝負の幕は切って落とされた。

決勝戦:1ターン目開始時

 

場に出ているコモンマーケットカード:

伝令*3 都市開発*3 先行投資*4 冒険者*3 祝福*2 離れ小島*1 独立都市*5 豪商*4

 

デッキ構成:

ルルナサイカ 農村*7 見習い侍女*3

オウカ    農村*7 見習い侍女*3

ルウェリー  農村*7 見習い侍女*3

ラオリリ   農村*7 見習い侍女*3

 

擁立した姫(後見人):

ルルナサイカ none

オウカ    none

ルウェリー  none

ラオリリ   none

 

サポートカード:

ルルナサイカ none

オウカ    none

ルウェリー  none

ラオリリ   none

 

継承点:

ルルナサイカ none

オウカ    none

ルウェリー  none

ラオリリ   none

 

 

「私の番ですね。では、まずは伝令を」

まず、農村二枚を並べたルルナサイカの白い指先は、コモンマーケットからそっと伝令をつまみ取り、自分の捨て札置き場へと移動させる。

「ふむ、ルルナサイカ殿の初手は伝令の購入か……」

ルルナサイカに続いて、オウカもまた農村二枚を並べて伝令を購入する。

「私は、農村三枚で祝福を買います」

「リリも、ルウェリーちゃんと同じで、農村三枚で祝福を買うね」

そして、残る二人は共に農村三枚を並べて祝福を購入した。

「そして、次に私は豪商を」

次のターン、農村五枚を並べたルルナサイカは宣言通りに豪商を購入する。

「なるほど、ここで豪商か。個人的にはあまり良い選択とは思えぬがの」

そんな彼女の選択に、向かいの席から水を差す一言が入る。

「……どういう意味です?」

「それはじきに分かることじゃよ。では、儂はこいつを頂くとしようかの」

オウカは、腹の底を探るようなルルナサイカの眼差しをのらりくらりとかわすと、迷うことなく農村五枚で独立都市を購入した。

「ここで独立都市……? 早期の擁立が狙いなのは間違いないんだろうけど、何を使うつもりなんだろう……」

「それを言ってしまえば、せっかくの仕掛けの意味があるまい。そこは今後のお楽しみじゃよ」

それを見たシオンの疑問にも、オウカはひょうひょうとした態度を崩さない。

「……あのオウカさんの考えた戦略なんて、私なんかに想像がつくはずもない。なら、余計なことは考えず、私は私の全力をぶつけるだけです!」

そうしたオウカを前に、ルウェリーは自分に発破をかけると農村四枚で都市開発を購入した。

「ルウェリーちゃん、すごくやる気だね……。リリだって負けないよ!」

それから、ラオリリもルウェリーに張り合うかのごとく気勢よく都市四枚を並べ、都市開発を手に取っていく。

「うーん……。シオンも言ってたけど、確かにオウカの仕掛けは気になるね」

「まあ、それはオウカいわくじきに分かるということだし、ここはとりあえずは経過を見守ることにしよう。開始直後というこの場面であれば、くだんの独立都市もすぐに彼女の手元へ回ってくることだろうしな」

レインとフラマリアがオウカの仕掛けに思いを巡らせる中、華の決勝戦の幕は、僅かな不穏さを覗かせながらも確実に上がっていった。

決勝戦:3ターン目開始時

 

場に出ているコモンマーケットカード:

伝令*1 都市開発*1 先行投資*4 冒険者*3 家庭教師*1 離れ小島*2 独立都市*4 豪商*3

 

デッキ構成:

ルルナサイカ 農村*7 見習い侍女*3 伝令*1 豪商*1

オウカ    農村*7 見習い侍女*3 伝令*1 独立都市*1

ルウェリー  農村*7 見習い侍女*3 祝福*1 都市開発*1

ラオリリ   農村*7 見習い侍女*3 祝福*1 都市開発*1

 

擁立した姫(後見人):

ルルナサイカ none

オウカ    none

ルウェリー  none

ラオリリ   none

 

サポートカード:

ルルナサイカ none

オウカ    none

ルウェリー  none

ラオリリ   none

 

継承点:

ルルナサイカ none

オウカ    none

ルウェリー  none

ラオリリ   none

 

 

「私の番ですね。私は、まず伝令を使用。次に、豪商を出して大都市を獲得。その後、農村三枚を出して都市を購入します」

「よし、では、儂の番じゃな。首尾よく独立都市も手元に回ってきておることじゃし、ここは皆の期待に応えさせてもらうとしようかの」

ルルナサイカがマーケットの都市を自分の捨て札置き場へ移すの確認すると、オウカは農村三枚と独立都市を並べていく。

「という訳で、儂はこの独立都市と農村を使って擁立じゃ。使うカードは儂自身。そして、後見人にはルウェリー殿を選ぼう」

そして、言うが早いか、オウカは手早くプリンセスカード置き場から自分のカードと裏返しにしたルウェリーのカードを手に取っていった。

「おーっと! オウカ選手、早くも擁立だ! これは仕掛けが早い!」

「まあ、オウカさんの早期擁立については、特に驚くようなことでもないですがね」

オウカが見せる早速の仕掛けにクラムクラムが声を張ると、ベルガモットはいつもの調子で盛り上がりに水を差す。

「そういう盛り下がることを仰らないで下さい、ベルガモットさん……」

「性分ですのでご容赦下さい」

クラムクラムは非難めいた視線をベルガモットへと飛ばすが、彼女は涼しい顔でそれを受け流した。

「早期擁立といえばクラムかエムシエレが定番だけど、ここであえてオウカ自身か。これはますます狙いが読めないね……」

そんな見慣れた構図が繰り広げられる横で、ひとりシオンはオウカの意図に首をかしげる。

「……じゃが、それでも分かることもある」

そうした彼女の疑問に答えるように、アナスタシアは静かに言葉を紡いでいく。

「このサプライはコインが出やすいし、カード効果によるカードの獲得も容易じゃから、速攻擁立の定番であるクラムやエムシエレを使用しても効果は薄い。じゃから、あやつは使用するプリンセスカードにあやつ自身を選んだのじゃろう」

「確かに、それは考えられるね」

「もっとも、今の時点までの情報量では、残った選択肢の中であえてあやつ自身を選んだことにどのような意図があるかということまでは、さすがに推測をつけられぬがのぉ」

アナスタシアは、自分の語った推測に納得するシオンへさらに言葉を続けていく。

「そして、早期の擁立を目指したのは、小娘のカードを万が一にも他者に使用させぬためじゃろう。豪商という小娘の効果を引き出しやすいカードがサプライに存在する以上、小娘のカード効果は勝負の行方を左右しかねぬ程の威力を持つものになりかねんからのぉ」

「なるほどね。さすがはオウカの同類、手の内なら少ない情報量でもある程度読めるってことか」

そうして、アナスタシアが推測を語り終えると、シオンはその内容に感心する。

「誰が同類じゃ、誰が!」

すると、そんなシオンへ向けて、すかさず実況席と円卓から声の揃った文句が飛んでくる。

「そういうところが同類なんだと思うけど、まあ、それはどうでもいいか。ここは他の三人の出方に注目だね……」

シオンは、がなり立てる同類コンビを軽くあしらうとひとり円卓へと視線を戻した。

「私は、まずは祝福で山札の見習い侍女を追放。次に農村を並べて、それから、都市開発を使い手札の農村を都市に。そして、最後にその都市を使って二枚目の都市開発を購入します!」

それから、少しずつ張り詰めていく空気の中、ルウェリーは確かな手つきで先行投資をマーケットから手に取る。

「オウカちゃんの仕掛けはなんとなく分かってきたけど、お姉ちゃんとルウェリーちゃんからはどんな仕掛けが出てくるんだろ?」

続いて、ラオリリは農村四枚と祝福を並べ、山札の見習い侍女を追放するとマーケットの離れ小島を捨て札置き場に移動させた。

「ルウェリーとラオリリの手が分かれたね。ここらへんから、二人の目指すところもはっきりしてくるってことかな」

「そうだな。ルウェリーは都市開発を積んでの単純な圧縮重視で、かたやラオリリは追放時における条件起動能力を持つ離れ小島による連携狙い。この違いが後にどういう影響を及ぼすか、見ものだな」

ルウェリーとラオリリが購入したそれぞれのカードを目に、レインとフラマリアは彼女たちの戦術を推測する。

「……オウカさん」

そんな中、ルルナサイカは、自分のターンの開始前、不意にオウカへと声をかける。

「藪から棒になんじゃ、ルルナサイカよ」

「貴女は先程、私が豪商を購入したのは愚策だと仰いましたね?」

オウカがルルナサイカの方へと顔を向けると、ルルナサイカはオウカを毅然と見据えながら卓上に農村を四枚並べていく。

「まあ、そういう趣旨のことは言うた気もするの」

「私は、その見解が誤りであることを、これからこのカードであなたに証明したいと思います」

そして、彼女はマーケットから先行投資を手に取ると、すまし顔で扇子を口に当てるオウカへ見せつけるように顔の横へそれを掲げた。

「……ふむ、お主が何がやりたいかは儂なりに想像はできたわ。その思惑通りにいくよう、上手く手札が回ればよいがの」

オウカは、ルルナサイカの宣言を受けてもなお表情を変えることなく、農村四枚を並べて家庭教師を購入する。

「うーん、ここに来てオウカも悪さがよー出てきとーやんか。ウチもしっかり勉強させてもらわんとな」

「いやいや、この程度では先程の試合のお主には到底及ばんよ。そのお主に儂の立ち振る舞いから勉強などと言わせてしまうとは、恐れ多いにも程があるわ」

そうしたオウカの振る舞いに皮肉を飛ばすエムシエレであったが、間髪入れずオウカから強烈な反撃を見舞われる。

「……あんたのそういうとこだけは、ホンマに勉強させてもらいたいわ」

そんな皮肉と皮肉のつばぜり合いに押し負け、エムシエレは捨て台詞と共に悔しそうな顔で押し黙った。

「まったく、子供っぽいことを……。ルウェリーさん、彼女たちのことはお気になさらず続けて下さい」

「わ、分かりました。では、私は農村四枚で二枚目の祝福を購入します!」

二人のやり取りを呆れ顔で眺めるベルガモットに促され、ルウェリーは宣言通りにマーケットから祝福を手に取る。

「なるほどなるほど、ルウェリーちゃんはそう来るんだね。なら、リリはこうしてこうしてっと……」

その後、ラオリリは農村を二枚置き、続いて都市開発で手札の農村を都市にすると、その都市を並べルウェリーと同じく二枚目の祝福を購入した。

「さて、ここまでの序盤戦を振り返っていかがでしょうか、解説の皆様?」

「一応、各選手の方針はおぼろげながらも見えてはきましたが、取れる手の幅がまだ広いこの状況でははっきりしたことは言い難いですね」

序盤戦が終わったところを見計らい、クラムクラムが解説陣へと状況を問いかけると、まずベルガモットが言葉を返す。

「ざっくり見た感じやったら、ルウェリーちゃんとラオリリは圧縮、ルルナサイカは豪商による大都市獲得が戦術の柱ってとこなんやろーけどな。ただ、オウカのやりたいことだけはまだ読めんなー」

「そうだね。自分のカード効果で見習いを追放してくるのは間違いないんだろうけど、そこからどんなカードを獲得するかでどういう手になるのかが大きく変わってくるし」

続いて、相変わらずのすまし顔で他の選手達を見つめているオウカを目に、エムシエレとシオンが揃って小首をかしげる。

「まあ、そこに関しては、とりあえずは先程のフラマリアのように経過を見守ることにせぬか? これまでのオウカの手札から考えると、次のターン、あやつの手札に見習いと伝令が来ることは確実じゃしのぉ」

「そうですね。クラムの選手紹介ではありませんが、あの方の仕掛けは変幻自在と申しますか、はっきり言ってしまえば奇計が多いですし。机上の空論になりかねない事前推測を延々と交わすくらいなら、いっそのこと先に結果を見てしまった方が、確実かつ手っ取り早くあの方の意図を推し測れるでしょう」

アナスタシアがそんな二人へ提案を行うと、ベルガモットは横からそれに賛同した。

「……理屈の塊のようなあのベルガモットさんに過程を無視するような言葉を述べさせるとは、オウカ選手はある意味恐ろしいですね。では、そんなオウカ選手に注目しつつ、再び試合の推移を見守っていくことと致しましょう」

オウカの仕掛けに解説陣が波乱の予兆を感じる中、クラムクラムの進行と共に試合は続いていく──。

決勝戦:5ターン目開始時

 

場に出ているコモンマーケットカード:

伝令*3 祝福*1 先行投資*3 冒険者*3 灯台*1 離れ小島*3 独立都市*4 豪商*3

 

デッキ構成:

ルルナサイカ 農村*7 見習い侍女*3 都市*1 大都市*1 伝令*1 豪商*1 先行投資*1 

オウカ    農村*5 見習い侍女*3 伝令*1 家庭教師*1

ルウェリー  農村*6 見習い侍女*2 都市*1 祝福*2 都市開発*2 

ラオリリ   農村*6 見習い侍女*2 都市*1 祝福*2 都市開発*1 離れ小島*1

 

擁立した姫(後見人):

ルルナサイカ none

オウカ    オウカ(ルウェリー)

ルウェリー  none

ラオリリ   none

 

サポートカード:

ルルナサイカ none

オウカ    なし

ルウェリー  none

ラオリリ   none

 

継承点:

ルルナサイカ none

オウカ     -4

ルウェリー  none

ラオリリ   none

 

 

「私の番ですね。私は、農村三枚と都市で伝令と灯台を購入します」

「ふむ、ここでリンク二つかつドロー効果がある伝令と、コモンカードの効果でカードが手札に加えられた時に捨て札のカードを回収できる条件起動能力持ちの灯台の購入ですか。エムシエレさんの推測通り、ルルナサイカさんの戦術は豪商中心の戦術で間違いなさそうですね」

ルルナサイカの購入カードを確認したベルガモットは、先程のエムシエレの推測内容が妥当であったことを確信する。

「じゃが、それなら擁立を急いでベルガモットを使うという手もあった。今回はそれよりも似たような効果を持つカードの確保を優先した形になるが、そのあたりの判断が今後どう影響してくるかのぉ」

「まったくまったく。では、儂の番じゃな」

それを受けてのアナスタシアのコメントへ横から相槌を一つ、オウカはゆっくりと手を動かしていく。

「儂は、まず儂のカード効果で手札の見習いと伝令を追放し、祝福を手札に加えるぞ」

「祝福か……。だとすると、オウカの戦術も軸は圧縮ってことかな」

オウカの手に取ったカードに、レインは目を凝らす。

「いや、あのオウカがそれだけで終わるとは思えない。これから先、まだなにか別の仕掛けを残してるはず……」

双子の疑念が渦巻く中、オウカは着々と自分の手を進めていく。

「そして、その祝福を使用し山札から農村を追放。次に、手札の家庭教師を直轄地の独立都市にキープ。最後に、農村を使用し伝令を購入。これで終わらせてもらうかの」

「……まだ、これといって目を引くような仕掛けはありませんね」

ベルガモットの所感通り、ターンを終えたオウカの戦術は取り立てるような何かがあるわけでもない、ごく普通の圧縮戦術であった。

「こういう地味な仕掛けの積み重ねが、ゆくゆくは大輪の花を咲かせることとなるのじゃよ。ほれ、次はルウェリー殿の番じゃぞ?」

オウカは、自分を訝しむ会場の視線に気後れすることもなく、マイペースに進行を促していく。

「……分かりました。では、私はこれで行きます!」

そんなオウカを警戒しつつ、ルウェリーは農村を二枚並べ、次に都市開発で農村を都市にすると、最後にその都市を出してもう一枚都市を購入した。

「うーん……。最後の勝負って感じはするけど、リリはこういうのはあんまり好きじゃないかなぁ……」

時が経つにつれ緊迫感を増していく会場の空気に、ラオリリは表情を曇らせる。

「しょっちゅう緊張感のなくなる現場なんだし、こういう時間があっても別にいいと思うけどね」

「そうですね。と言いますか、私としてはむしろ今まで締まりがなさすぎただけだと思いますが。おかげで、ぐだぐだとした場面が随分と多かったですし」

それを見たシオンがラオリリに声をかけると、ベルガモットは横からシオンの考えに同意を示す。

「えーやんか、締まりなんかなくてもさ。ぐっだぐだな方がウチららしいと思うけどな」

「そう思っておられるのは、あなただけだと思います」

そこへ口を挟むエムシエレへ向けて、ベルガモットは眉一つ動かすことなくピシャリと言い放った。

「いやいや、私はエムシエレに賛成だよ。実際、ここまでの試合を振り返っても、真面目にやってる時間よりぐだぐだした時間のほうが長かったんだしさ」

「それは主にあなたのせいだと思いますがね、レインさん」

ベルガモットの言葉を聞いたレインがすかさず彼女へと反論すると、ベルガモットも即座に応戦する。

「えー、それってひどくない? 私に言わせれば、ベルだって大概なんだけどなー」

「……言うに事欠いて、そのようなことを。ならば、私がどのように大概であったかを仰って下さい。さあすぐに。今すぐに」

ベルガモットの売り言葉にレインが買い言葉を返すと、ベルガモットはレインへと目を据え、頭にうっすらと青筋を立てながらじりじりと顔を近づけていく。

「あ、あはは……。たしかに、緊張感がなさすぎるのもそれはそれで問題かもね……」

そのような混沌としたやり取りを目にしたラオリリは、苦笑いを浮かべながらカードを並べていった。

「リリはまず、祝福を二枚使って農村と見習い侍女を追放するね。次に、手札の離れ小島を捨てて条件起動能力で家庭教師を獲得。最後に、農村を一枚出してから都市を買って終わりだよ」

「おっと、ラオリリ選手は早くも条件起動能力を使用してきましたね」

「ここで獲得したカードが家庭教師であることを考えると、ラオリリの戦術の予測範囲はだいぶ絞れてきたな。とすれば、彼女にとって鍵を握るのは、冒険者かあるいは独立都市といったところだろうな」

クラムクラムは横を振り向くと、フラマリアはクラムクラムへ自分の推測を述べる。

「なるほど……。では、私もそろそろ仕掛けます!」

それを待ってから、ルルナサイカは高らかな宣言と共に農村二枚と大都市を並べていく。

「それから、私は次に豪商で大都市を獲得。ここで、手札の先行投資の条件起動能力により、手札から先行投資を捨てて公爵を獲得します!」

「ルルナサイカ選手、ここで早くも公爵を入手! 中盤戦も始まったばかりのこの局面で、これは大きいか!」

そうして展開されたルルナサイカの仕掛けを見たクラムクラムは、歯切れのいい実況を会場へと響かせる。

「しかし、擁立前に継承権カードを入手しても大抵はデッキの重しにしかならない。ルルナサイカのデッキには追放効果を持つカードもないし、それを踏まえるとこれは一種の賭けと言えるな」

「そのようなことは承知の上です。では、私は先の農村二枚と大都市で、再び伝令と灯台を購入してターンを終了します」

フラマリアの指摘内容を否定せず、しかしそれに動じることもなく、ルルナサイカは続けて淡々と予定のカードを購入して自分のターンを終了させた。

「ふむ……。では、儂はまずキープしていた家庭教師をリコール。見習いと家庭教師を儂のカード効果で追放して、豪商を頂くとするか」

オウカは、ルルナサイカの様子を横目で確認すると、扇子で口元を隠しながら手札を操っていく。

「次に、農村四枚と豪商を並べて大都市を獲得。最後に、先行投資を買って終了じゃ」

「豪商、そして先行投資……。なるほど、狙いは同じということですか」

オウカの入手した二枚のカードを目の当たりにし、ルルナサイカは思わず目の色を変える。

「それが儂の戦術の一つであることは、否定せんよ」

「一つということは、まだ何か仕掛けがあるということですね……」

のらりくらりとしたオウカの言葉に、ルルナサイカは表情を硬くする。

「それは今後のお楽しみじゃよ。今説明してやってもよいが、それでは味気ないことこの上ないしの」

オウカは、じっと自分を見据えるルルナサイカをさほど気にした様子もなく彼女から視線を外すと、ルウェリーの方へと視線を向けた。

「このままじゃお二人の速度に負ける……。なら、こっちも手を早くしないと!」

大きな変化を見せ始める展開に焦りを感じながら、ルウェリーは、祝福二枚で見習い侍女と農村を追放すると都市開発で都市を手札に入れ、最後に都市二枚を並べて独立都市を購入するとターンを終える。

「ここから巻き返せる手があるとしたら、こうかな……」

そして、思案顔のラオリリは口数も少なく農村三枚を並べ、都市開発で農村を都市にするとその都市を出し、最後に独立都市を購入してターンを終えた。

決勝戦:7ターン目開始時

 

場に出ているコモンマーケットカード:

都市開発*2 家庭教師*1 先行投資*3 冒険者*5 灯台*2 離れ小島*3 独立都市*2 豪商*3

 

デッキ構成:

ルルナサイカ 農村*7 見習い侍女*3 都市*1 大都市*2 伝令*3 灯台*2 豪商*1 先行投資*1 公爵*1

オウカ    農村*4 見習い侍女*1 大都市*1 伝令*1 祝福*1 豪商*1 先行投資*1

ルウェリー  農村*3 見習い侍女*1 都市*4 祝福*2 都市開発*2 独立都市*1

ラオリリ   農村*4 見習い侍女*1 都市*3 祝福*2 都市開発*1 離れ小島*1 家庭教師*1 独立都市*1

 

擁立した姫(後見人):

ルルナサイカ none

オウカ    オウカ(ルウェリー)

ルウェリー  none

ラオリリ   none

 

サポートカード:

ルルナサイカ none

オウカ    なし

ルウェリー  none

ラオリリ   none

 

継承点:

ルルナサイカ none

オウカ     -4

ルウェリー  none

ラオリリ   none

 

 

「……私の番ですね」

ルルナサイカは、表情を硬くしたまま伝令と農村二枚、そして大都市を並べ、その後に豪商を手札から出して大都市を獲得する。

「ルルナサイカ選手、ここで豪商です! これは、先程のターンの再来となるのでしょうか!?」

それを見たクラムクラムは掛け声を上げるが、ルルナサイカはその後、議員を購入しただけでターンを終えた。

「ふむ。やはり、あのような小手先の奇策は上手くいくものではないということかの」

そうした光景を目にしたオウカは、さも当然とばかりに口にする。

「同じとこ目指しとーっちゅーのに、よーそんなことが言えんな……」

「同じ結果を出すにしても、その過程まで同じにする必要はないからの」

そんな彼女の図太さに呆れ半分のエムシエレを気にすることもなく、オウカは手札の先行投資と見習い侍女を自身のカード効果で追放する。

「世に奇策と言われるものも、その大方が綿密な計画策定と地道な下準備によって成立した、本質的には普通の策となんら変わらぬものじゃ。それを踏まえれば、奇策というものを成すための道も自ずから見えてくるというものよ」

そして、彼女はコモンマーケットから離れ小島を手に取り、手札へと加えた。

「えっ、ここで先行投資を追放するの?」

「これもまた、奇策を成すための仕込みの一環じゃよ。では、その後はまず祝福で山札の農村を追放して、最後に手札の離れ小島と大都市で冒険者を買わせてもらおうかの」

迷うことなく先行投資を手放したオウカを前にレインは呆気にとられたように声を上げるが、オウカはそうしたレインを尻目に、迷うことなく冒険者を手に取ると自分のターンを終えた。

「私のターンですか……。では、私はまず独立都市を。次に、都市開発で手札の都市を大都市に。あとは、大都市、都市、農村を出して擁立です!」

オウカのターンが終了し、続くルウェリーが凛とした声で擁立宣言を行うと、会場は多少のどよめきを見せる。

「さあ、ここでルウェリー選手が擁立を宣言! 果たして、ルウェリー選手の選ぶプリンセスカードとは!?」

「まず、擁立するのはレインさんとシオンさん!」

クラムクラムの威勢のいい実況を背に、ルウェリーは双子のカードをプリンセスカード置き場から自分の直轄地へと移動させる。

「次に、後見人はラオリリさん!」

続いて、彼女は裏向きにしたラオリリのカードを自分の直轄地へと運んでいく。

「そして、サポートカードは帝宮の宝物庫を! これで私はターン終了です!」

最後に、帝宮の宝物庫のカードをサポートカード置き場から自分の直轄地へと移動させると、ルウェリーはターンを終了させた。

「ふむ……。ここは双子とアウローラの組み合わせかと思ったが、アウローラではなかったか」

「アウローラさんをお選びになられなかったことに関しては、その特性を考えてのことでしょう」

ルウェリーの選択を見たフラマリアが彼女の意図について思案をしていると、横からベルガモットの声がかかる。

「オウカさんの追放対象カードは大都市のみですから、ここでアウローラさんを使用すると、そのカード効果でオウカさんに再び先行投資を獲得されてしまいますし。改定前と違い、ルルナサイカさんが公爵を追放しても、それをそのまま手に入れられるという訳でもありませんしね」

「なるほどな。そう考えると、アウローラも随分と使いにくくなったものだ」

ベルガモットの推察を聞いたフラマリアは、その内容に納得しつつ所感を口にした。

「あーあ……。リリのカード、取られちゃったか。リリが使おうと思ってたのに……」

一方で、ルウェリーの選択にラオリリは渋い表情を見せる。

「あっ、そ、そうだったんですか。それは申し訳ないです……」

「別にいいよ、そこは勝負なんだしね。じゃ、仕方ないからリリは次善策で行くかな」

ラオリリは、自分に平謝りするルウェリーに向けて首を横に振ると、手札を並べていく。

「リリは、まず独立都市ね。次に、都市を一枚。そのあと、都市開発を出して手札の農村を都市に。最後に、その都市と農村を出して擁立だよ!」

続いて、ルウェリーの後を追うように擁立宣言を行うと、会場のざわめきは音量を増した。

「おーっと、ラオリリ選手もルウェリー選手に続いての擁立です! 決勝戦の展開は、ここに来てにわかに大きく動きを見せ始めております!」

「それじゃあ、まず、リリが使うのはお姉ちゃんね」

クラムクラムの声が響く中、ラオリリは小さなその手でルルナサイカのカードをプリンセスカード置き場から自分の直轄地へと移していく。

「で、後見人はマリアちゃん」

次に、彼女はフラマリアのカードを裏向きにして自分の直轄地に置く。

「最後に、サポートカードは帝国議事堂を使うよ。リリのターンはこれで終わり!」

そして、サポートカード置き場から帝国議事堂のカードを自分の直轄地へと移し、ラオリリはターンを終了させた。

「……リリ。改定後の帝国議事堂の効果がさして高いものはでないということ、貴女も知らない訳ではないのでしょう?」

「もちろん知ってるよ。知ったうえで、リリはこれを選んだんだよ。今のリリには、帝国議事堂のカード効果が必要だと思ったからね」

ラオリリの選んだサポートカードを目にしたルルナサイカは心配そうに妹へと問いかけるが、ラオリリは笑顔で姉へと答えを返す。

「そうですか……。ならば、私からこれ以上言うことはありません。貴女は貴女の信じた一手を貫きなさい」

妹の答えを確認すると、ルルナサイカは手札に視線を落とし、それを場に並べていく。

「では、私も私の一手を貫きます。私は、まず伝令を使用。次に、灯台の条件起動能力で手札の灯台を捨てて捨て札の大都市を手札に。そして、再び伝令を使用し、その後に再び灯台の条件起動能力で灯台の代わりに捨て札の大都市を手札に。そして最後に、都市を並べて擁立を行います」

「なんと! なんとなんと! ルルナサイカ選手もここで擁立だあぁぁぁっ! 勝負の行方は実に混沌としてまいりましたっ!」

ルルナサイカの口から先の二人に続いての擁立宣言が飛び出すと、クラムクラムの実況も俄然熱を帯びてくる。

「まず、私の擁立する姫はベルガモットさん」

宣言と共に、ルルナサイカはたおやかにプリンセスカード置き場からベルガモットのカードを自分の直轄地へと移動させる。

「後見人……はまあ、最後の擁立という立場上、状況に関係はしませんので無作為に選ばせて頂きます。また、サポートカードには王錫を使用します。私のターンは以上です」

そして、彼女はプリンセスカード置き場から裏返しにしたアナスタシアのカードを、サポートカード置き場から先帝ヘラルドの王錫のカードをそれぞれ自分の直轄地へ移動させ、ターンを終了させた。

「……ルルナサイカ殿も考えたの。やはり、そう簡単に勝ちを譲るつもりはないということか」

ルルナサイカが選択したカードを目に、オウカは表情から笑みを消す。

「オウカさん、貴女にもお分かりでしょう。この組み合わせなら、次のデッキリシャッフルで私はほぼ確実に戴冠式に至ることができるということに」

「ああ、分かるとも。改定後の王錫の効果があれば、あと一枚の公爵でお主は戴冠式に至ることができる」

「……」

ルルナサイカは、自分の問いに答えるオウカをじっと見据えながら、彼女の次の言葉を待つ。

「そして、お主はその公爵をベル殿と先行投資の効果で確保する。そういう腹積もりなのじゃろう?」

「さすがはオウカさん、ご明察の通りです」

言葉を終えたオウカがルルナサイカを鋭く見返すと、ルルナサイカはそれに身じろぎすることもなく、オウカに向けて静かに頷いた。

「じゃが、お主のデッキはとかく重い。必要なカードが手札に回ってくる前に決着をつけてやれば、なんの事もなくなるの」

オウカは、ルルナサイカから視線を外すと、自らの手札へと視線を移す。

「儂の番。儂はまず、手札の伝令を独立都市へキープ。次に、農村二枚と大都市を並べ、最後に家庭教師を購入して終了じゃ」

「む……。オウカの奴め、ここに来て豪商を使わぬか」

捨て札されたオウカの手札に未使用の豪商があることを認め、アナスタシアはオウカの意図を訝しむ。

「これは、ルルナサイカさんに続いてオウカさんも仕上げに入ってきたということですか……。では、私のターンですね」

ルルナサイカとオウカの仕掛けの内容に近づく閉幕の気配を感じながら、ルウェリーは顔に緊張を浮かべて手を進めていく。

「私はまず、双子カウンターを一つ使用。最初のターンでは、まず手札の都市開発を直轄地の独立都市にキープ。次に、祝福を二枚使用して山札の見習い侍女と農村を追放。その後、都市二枚を出して大都市を購入し、帝宮の宝物庫の効果でコイン置き場にコインカウンターを一つ置きます」

「なるほど、ルウェリーは徹底したデッキ圧縮を最後まで貫いてのレアカード狙いだね」

「まあ、ここから巻き返そうと思うとそうなるだろうけど、今のところ肝心のレアカード二種がどっちもまだマーケットに出てないから自分で出さないといけないよね。それはこの風雲急を告げる状況だと結構厳しい条件だと思うけど、どうかなー?」

双子が推測を交わし合う中、ルウェリーは追加ターンに備えてリシャッフルされた山札からカードをドローする。

「では、次に追加ターンを。まず、祝福を二枚使い、農村を追放してもう一枚を手札に。次に、手札の都市開発を直轄地の大都市にキープ。それから、手札の農村と都市二枚、大都市を使って大都市を購入。最後に、もう一度帝宮の宝物庫の効果でコイン置き場にコインカウンターを一つ置いて、ターンを終わります」

「ルウェリーちゃんも、オウカちゃんも、お姉ちゃんも、みんないよいよ大詰めみたいだね。リリも置いていかれないようにしないと……」

そうしてルウェリーが自分のターンを終えると、他の三人の仕掛けを目の当たりにしたラオリリは気を張りながらカードを並べていく。

「リリは、まず祝福二枚で山札の見習い侍女と都市を追放するね。次に、離れ小島の条件起動能力を使って、手札から離れ小島を捨てて議員を獲得するよ。最後に、家庭教師と農村二枚を使って議員を買ったら、リリのターンは終わりだよ!」

「ラオリリは、帝国議事堂の効果による直轄地への議員のセットの合間に、他の継承権カードを購入していく戦術か。この場面だと速度的に多少厳しい気はするが、どうだろうな……」

ラオリリの戦術を見たフラマリアは、意気込むラオリリに悟られぬよう気を配りながら、ひとりその効果に疑問を抱く。

「さあ、勝負は混沌とした状況のまま、早くも終盤戦の様相を見せ始めております! ここから先に抜け出すのは、果たしてどの選手となるのでしょうか!?」

「それは儂をおいて他ならんよ。さてさて、儂の仕掛けの集大成、ここらで皆に開帳するとしようかの……」

クラムクラムの朗々とした実況の掛け声が響く中、オウカは自らの手札に目を落とし、人知れずほくそ笑んだ。

決勝戦:9ターン目開始時

 

場に出ているコモンマーケットカード:

都市開発*2 家庭教師*1 先行投資*3 冒険者*4 灯台*2 離れ小島*2 独立都市*2 豪商*3

 

デッキ構成:

ルルナサイカ 農村*7 見習い侍女*3 大都市*1 伝令*3 灯台*2 豪商*1 先行投資*1 議員*1 公爵*1

オウカ    農村*3 大都市*2 伝令*1 祝福*1 豪商*1 冒険者*1 離れ小島*1 家庭教師*1

ルウェリー  農村*1 都市*2 大都市*2 祝福*2 都市開発*2

ラオリリ   農村*3 都市*1 祝福*2 都市開発*1 離れ小島*1 家庭教師*1 議員*2

 

擁立した姫(後見人):

ルルナサイカ ベルガモット(アナスタシア)

オウカ    オウカ(ルウェリー)

ルウェリー  レイン&シオン(ラオリリ)

ラオリリ   ルルナサイカ(フラマリア)

 

サポートカード:

ルルナサイカ 先帝ヘラルドの王錫

オウカ    なし

ルウェリー  帝宮の宝物庫

ラオリリ   帝国議事堂

 

継承点:

ルルナサイカ  2

オウカ     -4

ルウェリー   0

ラオリリ    8

 

 

「私の番ですね。私はまず、ベルガモットさんの効果で捨て札の豪商を手札に加え、手札の見習い侍女を捨て札とします」

ルルナサイカは、迫り来る終幕の中にあっても優美さを失わぬ指使いで、捨て札の豪商と手札の見習い侍女を交換する。

「この急いておる場面で、あえて大都市の獲得効果しかない豪商を手札に戻すか。となれば、やることは一つじゃな」

「次に、農村二枚と大都市、豪商を使用して大都市を獲得。その後、先行投資の条件起動能力を使用し、手札の先行投資を捨てて公爵を獲得します。そして最後に、議員を一枚購入して私はターンを終了します」

それを眺めるアナスタシアの予想通り、ルルナサイカは先行投資の条件起動能力により、公爵をマーケットから自分の捨て札置き場へと移していった。

「これで、ルルナサイカには二十点分の継承点が集まったね」

「ちゅーても、オウカもゆーとった通り、ルルナサイカのデッキは他の三人に比べてかなり重いっちゅーでかい問題があんねんけどな。ちょうどこのターンでデッキリシャッフルとはいえ、そのへん灯台二枚とベルのカード効果だけでカバーしきれんのかねー」

エムシエレがレインに示した懸念内容をルルナサイカも承知であるのか、他の選手に先んじて二十点分の継承点を集めたにも関わらず、彼女の表情が和らぐことはない。

「……さて、儂の番じゃな」

ルルナサイカのターン終了を確認したオウカは、意味深な笑みと共にゆっくりとその手を動かしていく。

「儂はまず、キープしておった伝令をリコール。次に、儂のカード効果で伝令と手札の祝福を追放し、マーケットの先行投資を手札に入れるぞ」

「ここで先行投資を取ってくるか。条件起動能力のきっかけとなるであろう豪商は、まだ捨て札の中にあるままだが……」

「マリア殿、そう結論を急がれるな。儂の仕掛けはまだまだこれからよ」

捨て札置き場の豪商に目を凝らすフラマリアに一言かけつつ、オウカは順序よく手札を並べていく。

「そして、農村を出し、次に冒険者で手札の大都市を追放する。ここで、離れ小島の条件起動能力により、離れ小島を手札から捨てマーケットの公爵を獲得じゃ」

「ほー、離れ小島の条件起動能力を使いよったな。これの獲得効果を踏み台に、さっき取った先行投資の条件起動能力で公爵をもう一枚獲得しようっちゅー腹か?」

「でしょうね。各々の手札起動能力の都合上、先行投資から先に使用すると離れ小島の手札起動能力による公爵獲得は不可能になりますし」

「お二方ともご明察じゃ。この流れこそが、儂が思い描いていた戦術の道筋ということじゃよ」

その横でベルガモットとエムシエレがオウカの戦術を推測していると、彼女は少し得意気にその内容を肯定する。

「では、儂は続いて離れ小島での公爵獲得効果によって先行投資の条件起動能力を使い、先行投資を手札から捨て三枚目の公爵を頂いてターンを終了させてもらうぞ」

そして、悠々と予定の戦術を完遂させると、会場には大きなどよめきが広がった。

「オウカ選手、ここで一度に三枚の公爵を獲得しました! 彼女の巻いてきた種が、今まさに大輪の花を咲かせた瞬間です!」

その広がりは実況席の中においても例外ではなく、クラムクラムの実況は今日一番に冴え渡る。

「それにしても、なんという鮮やかな一気呵成の追い込みなのでしょう! これが、これがっ、極東の算法姫の真骨頂なのかあぁぁぁっ!?」

「これが、味方だったときには見えなかった、敵としてのオウカさんの一面なんですね……」

怒涛の仕掛けをなんのこともないかのようにやりおおせるオウカの手腕の巧みさを目に、ルウェリーは半ば呆然と声を漏らした。

「ルウェリー殿、手が止まっておるようじゃが、どうかなされたか? 次はお主の番じゃぞ?」

「……な、なんでもありません。気にしないで下さい」

そんなルウェリーの様子を見たオウカが小首をかしげながら声をかけると、ルウェリーは慌ててオウカに言葉を返す。

「そうか? ならばよいのじゃがな……」

「……」

オウカという人物の底知れなさを意識し始めたルウェリーには、小首をかしげたまま自分から視線を逸らす見慣れたオウカの横顔が、今までとは一転して不気味さをはらむ物に感じられた。

「……エムシエレさんとアナスタシアさんにお恥ずかしい姿を見せないためにも、私はここで立ち止まっているわけにはいかない」

しかし、彼女はその幻影を振り払うかのようにそっと目を閉じ、小さく深呼吸する。

「なら、今はとにかく、私はこの手を動かすだけです!」

そして、程なく目を開けた彼女は、怖気づく心を奮い立たせながら手札を卓上に並べていった。

「私のターン! 私はまず、最後の双子カウンターを使用! 最初のターン、まずは手札の祝福二枚で山札から二枚カードをドロー。次に手札の農村、都市二枚、大都市二枚でマーケットの灯台を二枚、家庭教師を一枚購入し、帝宮の宝物庫の効果でコイン置き場にコインカウンターを一つ置いて終わります!」

「さて、このコモンマーケット補充でなにが出るかがルウェリーの運命を分けるけど……。これが灯台と家庭教師って組み合わせだと、最悪だね」

「ま、残りのコモンカードの数を考えると、確率論ではそうそうそんなことにはならないと思うけどね。最低でもレアカードのどっちかは出るでしょ、たぶん」

シオンのコメントにレインが自分の推測を述べると、その内容を肯定するかのように、灯台と家庭教師が失われたコモンマーケットには新たな灯台が一枚とルウェリーが待ち望む皇帝の冠が補充される。

「よし、追加ターン! 私は手札の祝福二枚、灯台二枚、家庭教師でコイン一枚を獲得しつつ山札から五枚ドロー。次に、コイン置き場のコインカウンターを三つのうちの二つだけ使用。そして、ドローしてきた農村、都市二枚、大都市二枚を並べ、皇帝の冠を購入。最後に、帝宮の宝物庫の効果でコイン置き場にコインカウンターを一つ置いて、ターン終了です!」

それを確認したルウェリーは、出てきたばかりの皇帝の冠をすかさず自身の捨て札置き場へと移動させ、ターン終了と共にデッキをリシャッフルした。

「ルウェリー選手、ここで皇帝の冠を購入! 先行する二人を猛追走です!」

「皇帝の冠の後に出てきたのはエルルーンだね……。これなら、次のターンにオウカやルルナサイカに来る手札の内容次第では、ルウェリーにも勝ち目は残るかな」

クラムクラムの舌が回る中、シオンはコモンマーケットに出てきたエルルーンのカードに視線を落としつつ呟く。

「……お姉ちゃんの戦術の発展形か。さすがはオウカちゃん、こういう応用的な戦術には強いね」

ルウェリーのターンが終了すると、ラオリリはオウカの手腕を賞賛しつつ手札を並べていく。

「でも、リリだってまだ負けたわけじゃないよ! リリはまず、帝国議事堂の効果で手札の議員一枚を直轄地に移動! 次に、祝福で山札の都市を追放! それから、離れ小島の条件起動能力を使って、離れ小島を手札から捨てて議員を獲得! あとは、手札に残った祝福一枚を直轄地の独立都市にキープして終わりだよ!」

「リリも、帝国議事堂を活用して着々と手を進めていますね。ここは私も、王錫を活用できるよう急ぎませんと……」

妹の戦術を見終えたルルナサイカは、軽い焦燥を漏らしつつ自分のターンを開始する。

「私はまず、手札の伝令を使用しカードをドロー。次に、手札の議員と公爵一枚づつをそれぞれ直轄地へセット。最後に、王錫の効果でプリンセスカードの上に継承権カウンターを二つ置き、ターンを終了します」

「ふむ、ルルナサイカも詰めの作業に入ったか」

「ちゅーても、この後ルウェリーちゃんがエルルーンを買うてくんのはほぼ確定やろーしな。それを考えると、ルルナサイカも最後まで気は抜けんのとちゃうんか?」

「そうだな。ルルナサイカのデッキはリシャッフル直後だし、そのタイミングで公爵を捨て札に送られる影響は、彼女のデッキの重さを考えると決して小さいものではないだろうからな」

今後の展開に思考を巡らせつつ、フラマリアとエムシエレは所感を交わし合う。

「では、儂の番じゃな。儂はまず、儂のカード効果で手札の豪商と家庭教師を追放し、マーケットから公爵を獲得。そして、その公爵と手札にあるもう一枚の公爵を直轄地にセットして終了じゃ」

そんな二人を気にすることもなく、オウカは着々と自分の思い描く勝利への道を切り開いていく。

「……オウカさんも、ルルナサイカさんも、戴冠式はもう目の前。なら、この状況で私が勝てる道はこれしかない!」

その後、終着点に向かっていくオウカとルルナサイカの姿を目に映しながら、ルウェリーは決意を込めてカードを並べていく。

「私はまず、手札の祝福二枚と家庭教師で、山札から三枚ドローしつつコイン一枚を獲得。次に、ドローしてきた灯台二枚で山札から二枚ドロー。そして、農村、大都市、都市二枚を並べて、それからコイン置き場のコインカウンターを二つ全て使用。あとは、妖精女王エルルーンを購入して、ルルナサイカさんとオウカさんの直轄地にある公爵とラオリリちゃんの直轄地にある議員を捨て札に。最後に、帝宮の宝物庫の効果でコインカウンターを一つ置いてターンを終了します!」

「さあ、ここでルウェリー選手が皇帝の冠に続いて妖精女王エルルーンを購入! 先程のオウカ選手にも負けず劣らずの、怒涛の追い込みを見せます!」

最後の瞬間に向けて一気に加速していく状況を前に、クラムクラムの熱は上がり続ける。

「リリの番だね。リリはまず、帝国議事堂の効果で手札の議員を直轄地にセット。次に、家庭教師の条件起動能力で、家庭教師を手札から捨ててプリンセスカードに継承権カウンターを一つ置くよ。そして、直轄地の祝福をリコールして山札から一枚ドロー。そのあと、農村を出してから都市開発を使って手札の農村を都市にするね。最後に、その都市と農村を出して、宮廷侍女を買ったらターン終了だよ!」

「……さて、解説の皆様。この勝負、そしてひいては長かったこの大会もいよいよ大詰めですね」

続くラオリリのターンが終了すると、クラムクラムは再び解説の面々に向かって話を振る。

「そうですね。ですが、あなたも冒頭で仰っていた通り、この期に及んでは特に言うこともないでしょう。今はただ、黙ってこの最後の勝負の行方を見守ることに致しませんか?」

「と、ベルガモットさんは仰っておられますが……」

ベルガモットからの提案を聞いたクラムクラムが実況席を眺め回すと、そこに座する面々からはただ頷きだけが返ってくる。

「……分かりました。では、来るべき最後の瞬間に向け、私も引き続き試合の経過に注目させていくことと致しましょう」

それを確認したクラムクラムが再び円卓へと視線を戻すと、解説の面々も、彼女に続いて空気の重さを増していく円卓へ静かに目を凝らした。

決勝戦:11ターン目開始時

 

場に出ているコモンマーケットカード:

都市開発*2 家庭教師*1 先行投資*3 冒険者*4 灯台*1 離れ小島*2 独立都市*2 豪商*3

 

デッキ構成:

ルルナサイカ 農村*7 見習い侍女*3 大都市*1 伝令*3 灯台*2 豪商*1 先行投資*1 議員*1 公爵*2

オウカ    農村*3 大都市*1 先行投資*1 冒険者*1 離れ小島*1 公爵*3

ルウェリー  農村*1 都市*2 大都市*2 祝福*2 都市開発*2 妖精女王エルルーン*1 皇帝の冠*1

ラオリリ   農村*2 都市*1 祝福*2 都市開発*1 離れ小島*1 家庭教師*1 宮廷侍女*1 議員*1

 

擁立した姫(後見人):

ルルナサイカ ベルガモット(アナスタシア)

オウカ    オウカ(ルウェリー)

ルウェリー  レイン&シオン(ラオリリ)

ラオリリ   ルルナサイカ(フラマリア)

 

サポートカード:

ルルナサイカ 先帝ヘラルドの王錫

オウカ    なし

ルウェリー  帝宮の宝物庫

ラオリリ   帝国議事堂

 

継承点:

ルルナサイカ  7

オウカ     2

ルウェリー   0

ラオリリ    12

 

 

「私の番ですね。私はまず、ベルガモットさんの効果で手札の見習い侍女を捨て、捨て札の伝令を手札に入れて直轄地の都市にキープします。次に、手札の伝令と豪商を使用して大都市を獲得。そして、先行投資の条件起動能力で先行投資を手札から捨てて公爵を獲得し、ターンを終了します」

勝負の幕が降りかける中、ルルナサイカは相変わらず表情を硬くしたまま手を進める。

「では、儂の番か。儂はまず農村を。次に、冒険者の効果で手札の大都市を追放し公爵を獲得するが、ここで先行投資の条件起動能力により、手札から先行投資を捨ててもう一枚公爵を獲得するぞ。最後に、手札の公爵を一枚直轄地にセットして終了じゃ」

続けて、オウカもまた硬い表情でターンを終える。

「急いでる状況なのに、オウカは条件起動能力での公爵獲得を優先してきたね。先行投資と冒険者をオウカの効果で追放すれば、すぐに公爵を手札に入れられたのにさ」

「それは、先のことを考えてじゃないかな」

オウカの判断を前に首をひねるレインへ、シオンは自らの推測を述べる。

「オウカが今持ってる継承点は二十点だから、あと二枚公爵があれば、手持ちの継承点をすぐに勝負が決められる三十二点まで増やせる。でも、ここで目先の公爵一枚を優先して冒険者と先行投資をオウカの効果で追放すると、そこから後、オウカには公爵を獲得するための原資がなくなるよね」

「だからオウカは、速度で不利になっても、条件起動能力を使って公爵を二枚獲得することを優先したんじゃないかってシオンは思ってるの?」

「うん。今の展開だと、延長戦に入る可能性は高いと思うしね」

レインの確認に、シオンは頷く。

「なるほどねー。どっちを優先しても一長一短ある感じだけど、この判断がオウカの今後にどう影響してくるのかな……」

レインは、シオンの推測内容に内容に納得すると、視線を隣席から円卓へと戻した。

「判断を間違えられないこの場面で、オウカさんは勝負に出ましたか。なら、その覚悟に打ち勝つためには、私も相応の勝負に打って出ないといけないですね……」

そうしたオウカの判断を前に、ルウェリーは覚悟を決める。

「私のターン! 私はまず、手札の祝福二枚で山札から二枚ドロー。次に、ドローしてきた灯台二枚で山札から二枚ドロー。そして、ドローした家庭教師で一コインを獲得しつつ最後のドロー。あとは、手札の大都市二枚、都市、農村を並べてから、コイン置き場のコインカウンター一つを使用。最後に、公爵と宮廷侍女を一枚づつ購入してから、帝宮の宝物庫の効果を使ってコイン置き場にコインカウンターを一つ置いて、ターンを終了します!」

そして、彼女もまた、オウカに続いて自分の考える最大限の勝負に打って出た。

「ルウェリーちゃんも、継承権カードのセットより追加の継承権カードの確保を優先してきたか。言うだけあって、勝負をかけてきたね……」

ルウェリーが公爵と宮廷侍女を購入したことを確認すると、ラオリリは表情をこわばらせ、自分のターンを開始した。

「じゃ、リリの番だね。リリはまず、手札の祝福で山札の祝福を追放するね。次に、離れ小島の条件起動能力で、手札の離れ小島を捨てて議員を獲得。あとは、都市開発を直轄地にキープ。最後に、宮廷侍女と議員を直轄地にセットしたら終了だよ」

ラオリリですらその表情をこわばらせるほどに会場内へ満ち満ちた緊張は、収まりを見せることもなくなおも会場を支配し続ける。

「……私の、番ですね」

しかし、瞳に光を灯した崇高たる純白の姫君は、そうした会場の空気の中、己の勝利を確信するかのごとく薄い笑みを見せていた。

「私はまず、ベルガモットさんの効果を使用。手札の見習い侍女を捨て、捨て札の伝令を手札へと加えます」

かくして、決勝戦の閉幕を彩る、純白の姫君による最後の舞台は始まっていく。

「次に、手札の伝令を二枚使用。一枚目のドローで手札の灯台の条件起動能力を発動し、手札から灯台を捨て、捨て札の公爵を手札に加えます」

それは、彼女のための一人舞台。彼女だけが、至ることを許された世界。

「そして、二枚目のドローにおいても灯台の条件起動能力を発動し、手札から灯台を捨て、捨て札の公爵を手札に加えます」

彼女はただ、ひとり静かに舞い踊る。この戦いに、終わりを告げるために。

「その後、私は直轄地に手札の継承権カード全てをセットします」

荘重、森厳、威風堂々──。

「その内訳は、公爵三枚と議員が一枚」

そんな言葉が相応しいそれは、王者の風格などという曖昧なものではなく。

「これで、私の継承点は王錫の効果による加算分を含めて三十四点。この勝負、私の勝ちです!」

まさしく、王者の姿そのものであった。

「なっ……これは……これはっ……」

その偉容に呑まれたのか、クラムクラムは勝負が決着したにも関わらず茫然自失に驚きだけを呟き続ける。

「……クラム、進行を」

そうした彼女の脇腹を肘で小突くのは、彼女と同様に言葉を失いながらも、まだ多少の冷静さを残している博覧強記の錬金術師。

「……っと、そうでした。試合の最後を告げるべき実況が、この大事な瞬間にぼんやりしていてはいけませんね」

彼女からの合図を受けたクラムクラムは、頭を振ると調子を戻していく。

「なんという、怒涛の追い込みからの鮮やかな差し切り! これこそが、真の王者の戦いなのかっ! いずれにせよ、いずれにせよ、いずれにせよっ!」

そして、彼女は大きく息を吸い込み──。

「この大会の最後を彩る決勝戦。その勝者は、ルルナサイカ選手となりましたあぁぁぁっ!」 

腹の底からあらん限りの声を張り上げ、この大会最後の試合に幕を下ろした。

決勝戦:試合終了時

 

場に出ているコモンマーケットカード:

都市開発*2 家庭教師*1 先行投資*3 冒険者*4 灯台*1 離れ小島*2 独立都市*2 豪商*3

 

デッキ構成:

ルルナサイカ 農村*7 見習い侍女*3 大都市*1 伝令*3 灯台*2 豪商*1 先行投資*1

オウカ    農村*3 大都市*1 先行投資*1 冒険者*1 離れ小島*1 公爵*4

ルウェリー  農村*1 都市*2 大都市*2 祝福*2 都市開発*2 宮廷侍女*1 公爵*1 妖精女王エルルーン*1 皇帝の冠*1

ラオリリ   農村*2 都市*1 祝福*1 都市開発*1 離れ小島*1 家庭教師*1 議員*1

 

擁立した姫(後見人):

ルルナサイカ ベルガモット(アナスタシア)

オウカ    オウカ(ルウェリー)

ルウェリー  レイン&シオン(ラオリリ)

ラオリリ   ルルナサイカ(フラマリア)

 

サポートカード:

ルルナサイカ 先帝ヘラルドの王錫

オウカ    なし

ルウェリー  帝宮の宝物庫

ラオリリ   帝国議事堂

 

継承点:

ルルナサイカ  34

オウカ     8

ルウェリー   0

ラオリリ    17

「さて、決勝戦はルルナサイカ選手の勝利という結果で終了と相成ったわけですが、振り返れば短いながらも非常に中身の濃い展開でしたね」

「そうですね。予想通りの手早い展開ではありましたが、それでもどなたかが格別に抜け出すということもなく、皆様に勝利の機会が残り続けていましたから。素晴らしい勝負であったと思います」

決勝戦も終わり、クラムクラムがその展開を振り返ると、ベルガモットも彼女の所感に同意する。

「では、試合を終了して早速ではありますが、そんな激闘を繰り広げられた選手の皆様方へお話を伺わせて頂きましょう。まずはこの方、本大会の優勝者であるルルナサイカ選手から」

その後、クラムクラムは勢いよく実況席を立つと、その足でルルナサイカの側へと歩み寄った。

「それでは、ルルナサイカ選手、よろしくお願い致します」

「はい。今回、私は運よくこの試合に勝利をさせて頂きましたが、その結果に至るまでの内容は盤石とは程遠いものであったと思います。例えば、私の勝利の直前にルウェリーさんが公爵と宮廷侍女を購入なさられておられましたが、あの場面でもしもエルルーンさんと皇帝の冠のセットを優先なされておられましたら、今回の私の勝利はなかったでしょう」

クラムクラムに促され、ルルナサイカは決勝戦を振り返りながらコメントを行っていく。

「なるほど。ところで、ルルナサイカ選手のご様子について個人的に気になっておりましたことがあるのですが、それについてお伺いをさせて頂きましてもよろしいでしょうか?」

「はい、構いませんよ」

その途中にクラムクラムが質問を挟むと、ルルナサイカはクラムクラムに向けて小さく頷く。

「では、お伺いさせて頂きます。終盤においてルルナサイカ選手の表情は終始硬いものであるように感じましたが、それはもしや、あなたがこの勝負において不利な立場であると他の選手に印象づけることで、最後の仕掛けの大きさを他の選手に悟らせないようにするためであったのでしょうか?」

「さあ、それはどうでしょうね?」

それを確認したクラムクラムが改めて質問を行うと、ルルナサイカはウインクを一つ、答えをはぐらかした。

「それはともかく、先程例示させて頂きましたようなことを踏まえましても、今回の勝利は、私自身の力というよりも、私にとっての幸運が偶然に積み重なった結果により導かれたところが大きいと思っております。今回の勝利がそのようなものであったということは、私自身の未熟さ、そして皆様方のお力を示す事実の一つとして、これからも心に留めておきたいと思います。私からは以上です」

それから、語るべき言葉を語り終えたルルナサイカは、正面へと向き直り姿勢を正す。

「では、最後に、この試合の関係者の皆様方へお礼を。皆様、今回はこのような素晴らしい機会を用意して頂き、ありがとうございました」

そして、締めの言葉と共に会場の面々へしとやかに一礼するルルナサイカに向けて、会場の四方八方から拍手が飛んだ。

「むむむ……。そんな例示をされてしまうと、さっきの判断にちょっと未練が出てきちゃいますね……」

「こと勝負事においては、たらればを考えても際限がないので考えるだけ時間の無駄であると思いますよ。考えてしまうお気持ち自体は、私も分からなくはないのですがね」

その影でひとり後悔の念を抱くルウェリーへ、ベルガモットは自分の考えを述べていく。

「しかし、無事に試合を完遂なさられて何よりです、ルウェリー選手。私としてもこれで一安心ですよ」

「そ、その節はご迷惑をおかけしてしまいまして、本当に本当に申し訳ありませんでした!」

続けてクラムクラムがルウェリーに声をかけると、彼女はクラムクラムへ向けて平身低頭の限りを尽くして謝罪した。

「本当にのぉ。ところで小娘よ、ふと思ったことなのじゃがな」

そこへ話を切り出してきたアナスタシアは、自分の声を聞いたルウェリーが顔を上げたことを確認しつつ話を続ける。

「ルルナサイカの勝利直前の時点では、どのみちそなたには勝ち目など残っていなかったのではないか?」

「えっ? そ、そうですかね……」

「そうじゃ。先程ベルガモットが考えるなと言うておったたらればの話にはなるが、仮にそなたがあそこでエルルーンのセットを優先しておったところで、その後は速度の関係でオウカに負けておったのではないかと思うしの」

頭に疑問符を浮かべるルウェリーを前に、アナスタシアは更に自分の考えを述べていった。

「うーん……ちょっと考えてみます」

アナスタシアの指摘を耳にして、ルウェリーはルルナサイカの勝利直前に自分を含めた場がどのような状況であったかを思い返し、改めて精査していく。

「……たしかに、よくよく考えてみればアナスタシアさんの言うとおりですね。あの場面から私が勝とうとすると、ルルナサイカさんやオウカさんと違って一ターンや二ターンの猶予じゃ足りませんし」

その結果、彼女はアナスタシアの指摘が真実であるとの確信に至った。

「なのに、私、一人であんなに張り切って……。滑稽すぎますね……。穴があったら入りたいっていうのは、まさにこういう時なんでしょうね……」

ルウェリーは、そのことを自覚した途端に湧き上がってくる恥ずかしさのあまり、思わず手で顔を覆う。

「まあ、そのあたりは仕方ないじゃろ。同じ対象を見ておったとしても、その視野は当事者よりも傍観者の方が広くなりやすいものじゃからな。傍目八目というやつじゃよ」

「そ、そう言っていただけると助かります……」

そんなルウェリーへオウカがフォローを入れると、ルウェリーは徐々にではあるが顔を覆う手を開いていった。

「オウカ選手は惜しかったですね。勝利まであと一歩といったところでしたが」

「そうじゃな。とはいえ、過程がどうあれ負けは負けじゃ。そのことについては素直に受け入れるのが、敗者の務めというものじゃろうよ」

そこへ挟まれるクラムクラムのインタビューに対し、オウカはあっけらかんと答えを返した。

「ところでさ、結局、オウカがルウェリーを後見人にしたのにはどういう意味があったの?」

「今回の試合のサプライには、豪商や都市開発のような、大都市をデッキに組み込みやすくするカードが揃っておったじゃろ? つまり、そういうことじゃよ」

続いてのレインからの質問に、オウカはある程度考える余地を残しつつ回答を行う。

「要するに、デッキ内の大都市率が高くなりやすいサプライだから、ルウェリーの効果によるサポートカードの大量付与を警戒したってこと?」

「その通り。儂がルウェリー殿を後見人とした時にアナスタシア殿が行っておった推測は、考え方の面では大当たりであったということじゃよ」

オウカは、自分の回答を聞いたレインの推測に頷くと、そのまま言葉を続けていく。

「例えば、ルウェリー殿の効果で王錫と帝国議事堂とクロナ殿の三つを重ねて積まれると、それだけで六点というルルナサイカ殿の効果に比肩する継承点が加算される上に、これらのサポートカードの追加効果が全て有効になるというおまけが付く状況になってしまう訳じゃろ? そういう状況に持ち込まれるのは、儂もさすがに怖ろしいのでの」

「クロナちゃんかぁ……。リリのカードとクロナちゃんの組み合わせが使えてれば、リリの勝ち目だって十分あったと思うんだけどなぁ……」

それを傍で聞いていたラオリリは、オウカの口から出てきたクロナという言葉をきっかけに、ふと決勝戦の結果への未練を口にした。

「ええと……その……ラオリリ選手は……」

「……」

クラムクラムがラオリリを前に口ごもっていると、ラオリリは小さく顔を伏せながら唇を噛む。

「……はっきり言ってくれてもいいんだよ、クラムちゃん。多分だけど、クラムちゃんは、リリに勝ち目がないと思ってたんでしょ?」

しかし、彼女はすぐに顔を上げると、クラムクラムをまっすぐに見据えながら毅然と問いかけた。

「……そうですね。申し上げにくいことではありますが、正直なところ、試合が終盤に差し掛かったあたりからそういった考えを持っていたことは事実です」

「そっか……。はっきり言ってくれてありがと、クラムちゃん」

ラオリリに促されたクラムクラムが心情を吐露すると、ラオリリは笑顔でクラムクラムへと謝辞を述べた。

「時に、その口ぶりだと、お前も自分の不利には心当たりがあったということなのか?」

「そうだよ、マリアちゃん。だから、これはクラムちゃんが気にするようなことじゃないんだよ」

そこへフラマリアが疑問を挟むと、ラオリリはフラマリアへの返答の後、クラムクラムへのフォローを交えつつ言葉を続ける。

「リリがそれを薄々感じだしたのは、擁立の時に次善策を取らないといけなくなった頃くらいからかな。本当は、リリの効果で持ってきた宮廷侍女をクロナちゃんの効果で増やしていくのを軸にして、それに家庭教師や離れ小島の条件起動能力を混ぜながら攻めていくってことがやりたかったんだけどね」

「なるほどな。ルウェリーにお前のカードを抑えられた時にお前が見せたふくれっ面には、表面に見えた以上の無念さがあったという訳か」

「……ほ、本当にすいませんでした」

ラオリリとフラマリアのやり取りを耳にしたルウェリーは、思わず体を小さくする。

「でも、そのときも言ったけど、ルウェリーちゃんにリリのカードを取られたことは勝負である以上仕方がないこと。そして、今回リリが負けたのは、そういうことを予想できてたのに十分な手を打てなかったリリの責任だと思ってる」

「……」

「だから、ルウェリーちゃんも別に気にしなくたっていいんだよ」

ラオリリは、そんなルウェリーに顔を向けると軽く微笑んで見せた。

「最後に、今日の試合でリリもまだまだ勉強が足りないなって思ったよ。今後はこういうことがないよう、もっと頑張らなきゃね!」

「これはラオリリ選手の今後に期待させて頂きたいですね。さて、誠に勝手ではありますが、ここで試合後のインタビューは終了とさせて頂きます。選手の皆様、ありがとうございました」

その後、ラオリリが区切りの言葉と共にコメントを終了させると、それを確認したクラムクラムは選手たちへの一礼の後、場を仕切りなおすように軽く咳払いをする。

「えー、では、改めまして。インタビューの間に表彰式の準備ができましたので、一位から三位までの選手の皆様方は後方の表彰台へとお上がり頂けますよう、よろしくお願い致します」

クラムクラムに移動を促された姫たちが会場の後方に目を凝らすと、そこにはそれまで存在していなかった凸形の壇が目立つ場所に配置されていた。

「ほう、急ごしらえの割にはそこそこ立派じゃの」

「あ、土台の素材にはさほど予算を取ることができませんでしたので、選手の方々はあまり勢いよく壇上に登られないで下さいね」

豪奢に飾り付けられた表彰台の外観に感嘆するオウカへ、クラムクラムから容赦のない冷や水が浴びせられる。

「まったく、そういう余計なことは言うでないわ。夢が壊れるじゃろうが……」

そんなクラムクラムへ愚痴をこぼしながら、オウカは表彰台へと足を進め、そのまま壇上へと登っていった。

「ところで、クラムクラムさん。今更の質問で恐縮なのですが、よろしいでしょうか?」

「はい、結構です。どうなされました、ルルナサイカ選手?」

壇上へと登るオウカの後ろ姿を見守っていたクラムクラムにルルナサイカが質問を切り出すと、クラムクラムはルルナサイカの方へと顔を向ける。

「この大会の試合は、勝敗をそこまで重視しない模範試合でしたよね。なのに、表彰式を行うのですか?」

「はい。勝敗が重視されないとはいえ、それでも勝利は勝利ですからね。それに対しては、なんらかの褒賞があってもよいのではないかということです」

「なるほど。では、勝者の責務として、謹んでその栄誉にあずからせて頂きましょう」

クラムクラムからの回答を受けたルルナサイカは、しずしずと表彰台へ登っていく。

「あっ、待ってよお姉ちゃん!」

それに続いて、ラオリリもまた、姉の後ろ姿を追って表彰台に登っていった。

「さて。それでは、本大会最後の行事と致しまして、これより表彰式を執り行わせて頂きます。なお、一時的に照明を落としますので、表彰台に登られた選手の皆様方は足元にお気をつけ下さい」

三人が表彰台に登ったことを確認したクラムクラムが表彰式の開始を宣言すると、程なくして会場の照明が落とされる。

「……では、ルルナサイカ選手。まずは、本大会の優勝者であるあなたをこれより表彰致します」

薄暗くなった会場が静けさを見せると、壇中央のルルナサイカとその前に立つクラムクラムの二人を照らし出すように照明が浴びせられた。

「ルルナサイカ殿。あなたは、本大会におきまして優秀な成績を収められました。よって、ここにそれを賞します。ハートオブクラウン・エキシビションマッチ実行委員会一同」

クラムクラムは、スタッフから賞杯を受け取ると、照明に照らし出されながらルルナサイカを表彰していく。

「おめでとうございます、ルルナサイカ選手」

そして、語るべき言葉を語り終えると、手にした賞杯をうやうやしくルルナサイカへ差し出した。

「ありがとうございます。今後も、この栄誉に恥じぬ精進を続けてまいりたく思います」

ルルナサイカは、クラムクラムに軽く頭を下げると、ゆっくりと差し出された賞杯を受け取った。

「おめでとう、お姉ちゃん! さすがはリリの自慢のお姉ちゃんだね!」

「おめでとうございます。なんだかんだで最後に勝利なさられておられるあたりに、あなたの底力を感じますね」

「おめでとう。お前に負けず、私もより精進していかねばな」

「おめでとう、ルルナサイカ! 機会があったら、今度は私とも勝負しようね!」

「おめでと。素直に凄いと思うよ」

「うむ、めでたいの。よきかなよきかな」

「めでたいのぉ。じゃが、栄光とは移ろいゆくものじゃ。そのことをゆめゆめ忘れるでないぞ、キヒヒ……」

「あの場所に立っとーんがウチやないっちゅーんはしゃくやけど、ま、とりあえずはおめでとさん」

「おめでとうございます! 私も、早くルルナサイカさんに追いつけるように頑張ります!」

その瞬間、九者九様の賛辞と共に、割れんばかりの拍手の音が会場を包み込んだ。

「……えー、それでは、これより照明を戻します。会場の皆様方は、急な光にお気をつけ下さい」

やがて拍手の音が小さくなっていくと、クラムクラムは会場に光を灯す。

「あ、もう照明を戻しちゃうんだね」

「暗くしたままでは何かと危ないですからね。特に、壇上の皆様方にとっては」

ラオリリに声を返しつつ、クラムクラムは再びスタッフから賞杯を受け取る。

「では、次に二位のラオリリ選手、あなたを表彰致します。ラオリリ殿、以下省略です。おめでとうございます」

それから、彼女はラオリリの方へと向き直ると、受け取った賞杯をラオリリに差し出した。

「……ありがとうございます。今度があれば、その時は姉の立つ場所へ至ることができるよう、私も精進を続けます」

ラオリリが姿勢と言葉遣いを正してたおやかにそれを受け取ると、再び会場に拍手の音が響いた。

「最後に、オウカ選手。オウカ殿、以下省略です。おめでとうございます」

「うむ」

拍手の音が残る中、オウカは、続けてクラムクラムから差し出された最後の賞杯を言葉少なに受け取った。

「なお、入賞者の皆様方には、本大会実行委員会からの副賞を贈呈させて頂きます。まずはオウカ選手から、こちらをどうぞ」

入賞者に賞杯を渡し終えたクラムクラムは、スタッフから一枚の紙を受け取り、オウカへそれを手渡す。

「ん……? これは、証明書か?」

「はい。今しがたお渡し致しました紙は、聖ルモイ大聖堂発行の免罪符となります」

渡された紙に記載された内容に目を通していくオウカに向け、クラムクラムは渡した紙がどういうものであるかを端的に説明する。

「各地の教会で発行されている免罪符の中でも、聖ルモイ大聖堂発行のものは発行枚数が極端に少ないですからね。その価値については、この南洋の市姫が自信を持って保証致します」

「うむ、儂にもこれの価値がいかほどのものであるのかは分かるのじゃ。分かるのじゃがな……」

オウカは、手渡した副賞の価値を誇るるクラムクラムの前で、冴えない表情を浮かべながら免罪符の紙面に視線を落とし続ける。

「クラム殿には申し訳ないのじゃが、免罪符を貰っても今一つ喜べないところはあるの。心情的に、あまり長く持っていたいものではないとでも言うかの……」

「そうですか……。確かに、価値のことを考えないのであれば、免罪符というものはあまり貰って嬉しいものではないのかもしれませんね」

そして、ややあって顔を上げたオウカが歯切れ悪く口にすると、クラムクラムは多少残念そう顔つきながらもオウカの所感に理解を示す。

「ただ、今回はそれと同等程度の価値を持つ他の物品を用意するには少々時間が足りませんでしたので……。申し訳ありません」

「い、いや、クラム殿が頭を下げるほどのことではないのじゃがな……。別に、大して気にしておるようなことでもないしの」

それに続いてクラムクラムが頭を下げると、オウカは多少うろたえながらクラムクラムに頭を上げるよう促す。

「そうでしたか。まあ、長期間保有することに抵抗がおありなのであれば、各方面の有力者との交渉材料に使用したり、オウカ選手のご趣味であられる骨董品収拾の交換材料に使用したりなどの形でご活用下さればよろしいかと」

「……免罪符のそういう使い方を推奨するのもどうかと思うが、まあよいわ。この免罪符はせっかくの副賞ではあるし、どうするかはひとまず置いておくにして、とりあえず遠慮なく頂くことにしようかの」

頭を上げたクラムクラムからの提案を耳にしたオウカは、その内容に少々眉をひそめながらも手にしていた免罪符を懐へと収納した。

「さて、次はラオリリ選手ですね。ラオリリ選手にはこちらを」

オウカが免罪符を収納したことを確認すると、クラムクラムはラオリリの方へと向き直り、スタッフから受け取った上等な黒い小箱を彼女へと手渡した。

「ねえねえクラムちゃん。これ、開けていいの?」

その黒い小箱の放つ存在感を目の当たりにし、ラオリリは目を輝かせながら待ちきれない様子でクラムクラムへ問いかける。

「もちろんです。これは、ラオリリ選手のものなのですから」

「そっか。じゃあ、開けちゃうよ……」

クラムクラムの返事を聞くと、ラオリリは期待に胸を膨らませながら小箱の蓋を開いていく。

「うわぁ、これって……!」

「はい、見ての通りの宝石です」

そして、箱を開いたラオリリがその中に収まっていた光石を目に歓声を上げると、クラムクラムは改めてそれが何であるかを説明する。

「すっごくきれい……! 帝宮でも、こんなにきれいな宝石なんて見たことないよ……!」

「それはそうでしょう。この宝石は、選りすぐった上質な原石を腕利きであるドワーフの宝石職人が加工した、まさに至高の逸品なのですから」

クラムクラムは、宝石の輝きのまばゆさにただただため息を漏らすばかりのラオリリへ、宝石の由来について補足した。

「ほほう。儂の免罪符もそうじゃが、よくそのような貴重な物を用意できたものじゃな」

「南海の市姫を甘く見て頂いては困りますよ、オウカ選手。時間さえあれば、この私に手に入れられないものなどないのです」

宝石の由来を耳にしたオウカが感嘆すると、クラムクラムは得意満面に胸を張る。

「などとクラムは格好をつけていますが、実際は皆様方がご想像であろう通り、これらの入手にはとても苦労をしたみたいですよ」

「そこは最後まで格好をつけさせて頂けませんかね、ベルガモットさん……」

そこへすかさず隣席から冷や水が浴びせられると、クラムクラムは肩を落とす。

「しかしですね、同じ裏方と致しましては、是非とも本日の主役である選手の皆様方にも知って頂きたかったのですよ。皆様方の驚く顔や喜ぶ顔が見たいと頑張っていた、あなたのその心意気を──」

「わーわーわー! だーかーらー、そういう余計なことは言わなくていいっての!」

クラムクラムは、差し出がましいベルガモットの言葉を司会進行としての立場をかなぐり捨ててまで必死に誤魔化そうとする。

「そっか……。クラムちゃん、リリたちのために頑張ってくれてたんだね……」

しかし、時既に遅く、彼女を見つめる数々の視線は既に微笑ましさや暖かさで満ち溢れていた。

「うう……。どうしてこんな辱めを……」

顔を赤くしたクラムクラムは、いたたまれない様子で体を小さくする。

「仕方がないではないですか、事実なのですから」

「世の中には隠しておきたい事実ってのもあるでしょーが!」

ベルガモットがクラムクラムの姿を他人事のように眺めていると、彼女からの怒号が飛んだ。

「それでも、暴かれてしまったものは仕方がありません。諦めて下さい」

「暴いた張本人のあんたがいけしゃあしゃあと言うなってーの!」

「そうですね、その件については申し訳ありませんでした。ということで、ラオリリさん」

ベルガモットは、クラムクラムからの怒号の数々を柳に風と受け流すと、ラオリリの方へ顔を向ける。

「なに、ベルちゃん?」

いつもと同じすまし顔でラオリリを見つめるベルガモットの瞳には、いつもには見られない強い気持ちが込められていた。

「そのような訳で、その宝石は単純な貴重品である以上に、クラムの血と汗と涙の結晶という意味合いが強いです。そのことを心に留めておいて頂けますと、このベルガモットも嬉しく思います」

「うーん……。そんな風に言われると、この宝石がなんだか汚い感じに見えてきちゃうよ……」

ベルガモットの言葉を聞いたラオリリは、先程まで目を奪われていた宝石に対して露骨に顔をしかめる。

「うわぁ……。ベルだけならいざ知らず、ラオリリまでそういうこと言う? あたし、もう立ち直れないかも……」

ラオリリのしかめっ面を目にしたクラムクラムは、見るも無残に崩れ落ちる。

「なーんてね、冗談だよクラムちゃん。クラムちゃんの気持ちが詰まったこの宝石、一生大切にするからね!」

ラオリリは、そんなクラムクラムへ微笑みかけるとゆっくりと小箱の蓋を閉め、それを大事そうに胸の内へと抱え込んだ。

「はぁ……。まったく、心臓に悪い冗談はやめて欲しいわ……」

愚痴をこぼしながら立ち上がったクラムクラムは、スタッフから最後の副賞を受け取りながら表情と調子を戻していく。

「……えー、先程は色々とお見苦しい振る舞いを見せてしまい、まことに申し訳ありませんでした。では、気を取り直しまして、最後にルルナサイカ選手への副賞を」

その後、彼女は会場に向けて謝辞を述べると、最後の副賞をルルナサイカへ手渡した。

「えーと……。なんらかの証明書ではあるようですが、オウカさんが受け取られた免罪符とはまた違うもののようですね……」

「はい。ルルナサイカ選手へお渡し致しましたのは、アゴタアルタ候コルネリウス卿のご息女、クランベルカさんとの優先交渉権証明書となります。その証明書の有効期限内において、証明書を持たない他の皇帝候補の方々はクランベルカさんとの交渉を行えず、なおかつ、有効期限内における交渉の際の諸経費をアゴタアルタ候家も折半して負担するという内容のものです」

ルルナサイカが受け取った数枚の紙にざっと目を通していく横で、クラムクラムはそこに記載されている内容をかいつまんで説明する。

「ほう、あの辺境伯の娘殿との優先交渉権か。これはなかなか面白い賞品だな」

それを横で聞いていたフラマリアは、思わず驚きの声を上げた。

「フラマリアは、そのクランベルカって人と知り合いなの?」

「ああ。父親同様にひとかどの人物ではあるのだが、同時に一癖も二癖もある人物でな。今でも、彼女には色々と面食らわされる事が多いよ」

レインからの質問に返答しつつ、フラマリアは燃え盛る炎を思わせる橙と黄色の入り交じる波がかった髪をたなびかせながら不敵に笑う、知己の少女の見知った姿を頭の中に思い描いた。

「しかし、先程のオウカではないが、よくそんなものを用意できたな。この大会にアゴタアルタ候家が一枚噛んでいるとでも言うのか?」

「その通りなのですよ、フラマリア選手。諸般の事情によりここまで情報を伏せさせて頂いておりましたが、本大会にはアゴタアルタ候家のご協力を頂けておりまして。その関係で、今回の証明書をご用意頂けたということになります」

それから、フラマリアが優先交渉権証明書の入手経緯を訝しんでいると、クラムクラムはその詳細についてフラマリアへ説明する。

「ほー、よー侯爵家の協力なんぞ取り付けられたもんやな。お貴族様っちゅーんは基本的に体面ばっか気にしとーから、自分が主催するわけでもないこんなお遊びに協力なんぞしたがらんはずやのにさ」

「あの候家の者たちはわりと遊び好きなところがあるからな。今回のような内容の催しであれば、前向きな協力を得やすいだろうとは想像できる。それが例え、民間との共同主催という貴族のメンツを立てるような開催形式ではなくともな」

フラマリアは、クラムクラムの手腕に感心しているエムシエレに、自分の知るアルゴアルタ候家の内情から導き出した推測を語っていく。

「だが、優勝者に対して優先交渉権証明書を発行するほどにこの大会に入れ込む理由までは想像がつかんな。クラムから聞いた内容から考えれば、あの優先交渉権証明書は、手間も費用もアゴタアルタ候家の立場もそれなり以上にかけている重要書類だと思うのだが……」

「お預かりした手前としてはなんですが、その件に関しましては私も少々疑問に思ったところではありますね。クランベルカさんから本大会の優勝者へ向けた直筆のお手紙を頂いておりますので、その内容が分かれば思い当たることも出てくるかもしれませんが……」

その途中でフラマリアが首をかしげると、クラムクラムはスタッフから受け取った小さな円筒の封を解いて、中に収められていたクランベルカ直筆の手紙を取り出す。

「ということで、ルルナサイカ選手。もしよろしければ、このお手紙の内容を音読頂けませんでしょうか? 優勝者以外が手紙の内容を知ってはいけないというようなお話は、クランベルカさんからは伺っておりませんので」

「うーん、そういうことでしたら……」

クラムクラムがルルナサイカへ手紙を手渡しつつ依頼を伝えると、多少気が進まないながらもそれを承諾したルルナサイカは、自分の眼前に受け取った手紙を広げた。

「では、読み上げます。……『まずは、本大会の優勝者に対して簡単ではあるが祝辞を。優勝おめでとう。それが誰であるかはこの文章を書いている間には分からぬことであるが、並み居る姫君たちの頂点に君臨した猛者たる貴女の戦略眼はきっと確かなものなのだろう』」

会場の一同は、ルルナサイカが透き通った声で当たり障りのない内容の手紙の文面を読み上げていく姿を黙して見守る。

「『しかしながら、余もこのゲームの腕には覚えがある。そして、余は間違いなく本大会の優勝者たる貴女よりももっともっと強い』……」

しかし、文面の雲行きが怪しくなるにつれて、ルルナサイカの姿を見守る会場の一同の表情は、次第に思い思いの形に歪んでいく。

「『さあ、その優先交渉権証明書を使い、余に挑みに来るがいい。貴女の勝利の暁には、このクランベルカが一個人として貴女への支持を約束しよう』だ、そうです……」

そして、文面の全てを読み終えたルルナサイカは、その内容の突飛さに思わず困り顔を見せた。

「手紙の内容は、それで全部なの?」

「はい。先程私が音読させて頂きました内容が、受け取りましたお手紙に書かれていた文面の全てです」

「そっか。さっきの内容だと、私には、そのクランベルカって人が優先交渉権証明書を発行したのは、個人的に優勝者と戦いたいからってだけの理由にしか思えなかったんだけどね」

シオンは、自分の確認にルルナサイカが頷いたのを見ると、思ったままの所感を口にする。

「なかなか素直な感想ですね……。まあ、正直なところ、私もそのように感じた部分はありますが……」

シオンの所感の明け透けさに少々面食らいながらも、ルルナサイカは言葉を濁しつつ彼女の所感に同意を示した。

「優勝者が決定するまで開封厳禁との仰せでお預かりしたものだったのですが、まさかこのような内容であったとは……」

手紙の内容を知ったクラムクラムは、脱力感のままに肩を落とす。

「ねえ、フラマリアさあ。こんな手紙を書いてよこすような人間が、本当にひとかどの人物なわけ?」

「その疑問はもっともだが、実際に対面するとまた違った印象があってな。どこがどうとは、なかなか具体的に説明しづらいが……」

その横で、レインがフラマリアの語ったクランベルカの人物像に疑念を抱くと、フラマリアはそれに対する補足を加え、レインへと暗に理解を求めた。

「ところで、ルルナサイカ。お前は娘殿に会ったことはあるか?」

「いえ、ありませんが……」

その後、フラマリアが不意にルルナサイカへ話を切り出すと、彼女はフラマリアの方へと顔を向けた。

「ならば、私からささやかながらも忠告をしておこう。娘殿は概ね手紙の内容から想像できるような人間ではある訳なのだが、私個人としては、それは相手の本性を見抜くための演技という面があるのではないのかと思ったりもしている」

「……」

クランベルカという人間の真実を彼女なりに暴いていくフラマリアの言葉に、ルルナサイカは黙して耳を傾ける。

「くれぐれも、娘殿という人間を表面だけで評価するなよ。彼女は、そういう人間が見せる隙を容赦なく突いてくるからな」

「……分かりました」

続けて念を押すフラマリアを前に、ルルナサイカの表情は硬さを増していく。

「私からの忠告はこれくらいだ。お前が娘殿という人間をどう判断するか、その結果が楽しみだな」

「……ありがとうございます。フラマリアさんのご忠告、肝に銘じておきましょう」

そうしてフラマリアが忠告を終えると、ルルナサイカは言葉少なにフラマリアへ謝辞を述べた。

「なお、念を押させては頂きますが、今回ルルナサイカ選手に与えられましたのはあくまでも優先交渉権です。その後の交渉の成否につきましては当大会は一切の関知を致しませんので、その旨、悪しからずご了承下さい」

「えー、本当に優先的に交渉できるってだけなの? それならラオリリがもらった宝石のほうがよっぽど価値あるでしょー」

それから、クラムクラムが優先交渉権についての注意を述べると、レインからの横槍が入る。

「いやいや、それだけでも先程の宝石や免罪符以上の価値はありますよ。レイン選手も身に覚えがおありかもしれませんが、高位の貴族と何度も交渉の場を設けようとする手間と費用たるや、それはそれはすさまじいものですからね」

「それはたしかに……」

クラムクラムからの指摘に、レインは、以前自分が行おうとした公爵との交渉準備作業の煩雑さを思い返して語気をすぼめる。

「であれば、この優先交渉権の価値についてはレイン選手にもご理解頂けるところでしょう。本大会優勝という栄誉の価値に決して見劣りするものではないと、私は確信しております」

それを確認すると、クラムクラムは踵を返し、表彰台から実況席へと戻っていった。

「……さて、これにて表彰式は終了となります。ということで、名残惜しいですが、本大会もそろそろ終了のお時間と相成りました」

そして、再び実況席に腰を下ろしたクラムクラムは、姿勢を正すと終幕に向けての言葉を紡ぎ出していく。

「色々なことがありました結果とはいえ、思っていたよりも時間がかかりましたね」

「仰る通り、色々なことがありましたからね。ルウェリー選手が倒れたり、ルウェリー選手が倒れたり、ルウェリー選手が倒れたり……」

ベルガモットがカーテンの隙間から差し込む西日を目にしながら所感を口にすると、クラムクラムはここに至るまでの出来事をしんみりと振り返った。

「……本当に、本当に、すいませんでした」

「ルウェリーちゃんがあんたの言葉を無視して無理したこと、まだ根に持っとーんか? にしたって、そういうねちねちした当て付けはどうかと思うけどなー」

そんなクラムクラムへ平謝りするルウェリーの姿を見て、エムシエレは冗談交じりにクラムクラムを非難する。

「そのような意図はなかったのですが、本大会で最も印象に残ったこととなると、どうしてもルウェリー選手が倒れたことになってしまいますからね……」

「そうじゃな。妾にとっても、あれは多少以上に印象に残る出来事じゃったからのぉ」

エムシエレからの非難に少々困惑するクラムクラムへ、アナスタシアは助け舟を出す。

「その件に関しては、ルウェリーに大事がなくて本当によかったものだ」

「まったくです。はらはらするのは、勝負の行方にだけで十分ですからね」

それに続いて述べられたフラマリアの所感に、クラムクラムも同意した。

「しかし、今更だが、万が一のことを考えれば、私もクラムのようになりふり構わず飛び出していたほうがよかったな……」

「もう終わったことなんだし、そんなこと、今考えても仕方ないでしょ。フラマリアには、予選第一試合の後にも似たようなこと言ったはずだけど」

「そうそう。同じ時間には二度と戻れないんだし、ルウェリーにまた同じようなことが起こる確証があるわけでもないんなら、もっと他の事を考えたほうが建設的だって」

その後、フラマリアが過去の自分の判断を悔いていると、横から双子の声が飛ぶ。

「それは分かっているが、今回は予選第一試合の時のような大したことのない問題ではなく、下手をすればルウェリーの命に関わる問題だったからな」

双子の意見を聞いたフラマリアは、それに同意しつつも改めて自分の考えを双子へ述べていく。

「だから、反省くらいはしておきたいのだよ。理屈ではなく、気持ちの問題としてな」

そして、全てを語り終えた彼女は、迷いのない眼差しで双子を見つめた。

「……そういえば、フラマリアは戦場に行ったことがあったんだったね。なら、人の命に関わることについて、私たちよりも思うことが多くあって当然か」

「フラマリアの仕事って、時と場合によっては人の命が多く動くしね……」

フラマリアの心中をおもんばかり、双子は顔を曇らせる。

「まあ、別にこのことを引きずるつもりはないぞ。必要以上に過去の出来事に囚われていることは決してよいことではないと、私も思うからな」

フラマリアは、表情を戻すとそんな双子を気遣った。

「しかし、本当にマリア殿は生真面目なことじゃ。たまには気を抜いてもよいと思うのじゃがな」

「それは同感じゃな。とはいえ、気を抜きすぎてそなたのような締まりのない人間になっても困るがのぉ」

そうした双子とフラマリアの様子を横目にオウカが呟くと、すかさずアナスタシアが茶々を入れる。

「いや、さすがの儂も、お主の締まりのなさには遠く及ばぬよ」

「いやいや、そのようなことはないぞ。妾の方こそ、そなたの締まりのなさには遠く及ばぬわ」

それをきっかけに売り言葉と買い言葉の応酬が始まると、二人の間に漂う空気は少しづつ熱を帯びていく。

「いやいやいや……」

「いやいやいやいや……」

「あの、お二人とも、とりあえずはそのあたりで……」

火花散る堂々巡りを見かねたルルナサイカが二人の仲裁に入ると、二人はゆっくりと彼女の方へと顔を向けた。

「……では聞くがのぉ、ルルナサイカ。そなたは、妾とオウカ、どちらの方が腑抜けであると思うておるのじゃ?」

「それは儂も興味があるな。帝国第一皇女ともあろう人間の言葉であれば、その判断にそうそう異議を唱えることはできぬしの」

不気味な薄笑いを浮かべながら、二人はルルナサイカへと詰め寄っていく。

「も、もしかして、これが俗に言う“藪をつついて蛇を出す”というものなのでしょうか……」

視線を逸らすことなくじわりじわりと自分に迫り来る蛇たちの姿を目に、ルルナサイカは、心の底から二人に声をかけたことを後悔する。

「さあ、聞かせてもらおうかのぉ。そなたの中の真実を……」

「お主のその公明正大な鑑識眼が導き出す結論ならば、間違いはないと儂は信じておるぞ……」

しかし、蛇たちは、そんな彼女に藪をつついた罰とばかりに容赦なく回答を迫る。

「だ、誰か、助けて下さい……」

鬼気迫る蛇たちの姿を前にしたルルナサイカには、わらにも縋るような気持ちでただ救いを求めることしかできなかった。

「……クラムちゃん。このままだといつまでたっても終われない感じだけど、どうするの?」

「えー……そうですね。ここは、司会進行権限で強制的に大会を終了させて頂くこととします」

大会終了を控えても相変わらず締まりのない空気に呆れ気味のラオリリへ、クラムクラムは大会の強制終了を予告する。

「そっか。なら、ここはクラムちゃんにまかせて、リリはお姉ちゃんのところに行ってくるね」

クラムクラムの返事を聞いたラオリリは、窮地の姉を救うべく、姉に詰め寄る蛇たちの元へと駆け出していった。

「ということで、いささか強引ではありますが、本大会はこれにて終了となります」

「本当に強引ですね。前後の流れも何もあったものではないですし」

ラオリリの後ろ姿を見送ったクラムクラムが予告通りに大会の終了宣言を行うと、ベルガモットはその脈絡のなさに呆れ顔を見せる。

「そうでもしないと、いつまでも終了できない気がしますから」

「まあ、その判断は私も正しいとは思いますがね」

そんなベルガモットへクラムクラムが終了宣言の判断理由を説明すると、ベルガモットもそれに納得した。

「では、またどこかでお会いできますことを期待しつつ、今回はこれにてお別れとさせて頂きましょう」

「それでは皆様、お疲れ様でした」

そして、クラムクラムとベルガモットは、姿勢を正すと揃って頭を下げる。

「え、ええと、お疲れ様でした。このような楽しい催しに参加させて頂きましたことを、嬉しく思います」

「お疲れさま! 今日は楽しかったよ!」

「お疲れ様だ。なかなか有意義な催しだったぞ。皆の新たな一面を見ることもできたしな」

「お疲れさま! うーん、次が楽しみだね!」

「次があるかどうかは分からないけどね。でも、なんだかんだで私も楽しかったよ。ということで、お疲れさま」

「うむ、いい余興であったわ。お疲れ様じゃ」

「お疲れ様じゃ。まあ、妾にはこの後、ルルナサイカに先程の問いの返事を聞くという一仕事が残っておるがのぉ」

「お疲れさん。ウチも適当に楽しませてもらったわ」

「お、お疲れさまでした! 楽しかったです! 色々勉強もさせていただきましたし、とても有意義な時間でした!」

その後ろで、姫たちは思い思いの表情を浮かべながら、一斉に手を振っていた。

 

 

 

 

                              ─完─


 
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