No.83322

真・恋姫†無双IF 一刀が強くてニューゲーム? 第五話・後編

しぐれさん

前回お待たせしたにも拘らず、多くのご支援にコメント、誠にありがとうございます。

一月近くと、大変お待たせしましたが、ここに第五話“後編”をお送りします。

今回も後書きを書かせていただきました。

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2009-07-09 15:27:01 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:6553   閲覧ユーザー数:5155

 

『死ねぇ!』

「くっ…はあっ!」

 

 突き出された槍を右に開いて避け、そのまま体を一回転させて剣を振る。

 

『ぐあっ!』

『おらあっ!』

「っ、このっ!」

 

 休む間も無く向かってくる新たな敵の剣を受け流し、空いた胴に突きを放つ。

 もう何度と無く感じた熱い飛沫を無視し、次の敵に向き直る。命を奪わずに済んだかなんて分からない、分かるのは、俺も相手も死に物狂いというだけだ。

 抱いた覚悟も、感じた恐怖も自覚する暇が無い。生き残るための必死さがそうさせるのだろうか、初陣でもこれ程は感じなかったそれが、戦場での行動に悪い意味で慣れさせているような気がした。

 と――

 

『北郷様! ご無事ですか!?』

『ここは我々が引き受けます! 本陣へお急ぎ下さい!』

「っ! 雛里は!? 本陣は!? まだ無事なんだな!?」

『はっ、鳳統様は既に本陣にて指揮の補佐に! 本陣は北郷様のおかげで体勢は立て直しました! さ、お早く!』

「すまんっ!」

 

 見知った顔ぶれ…本陣に回していた俺の直衛の兵達にこの場を任せ、後方へと走る。今は兎に角、みんなの無事な姿が見たかった。

 幾分も走らぬうちに、戦闘での混乱がまだ尾を引く、人の行き来も激しい天幕が見えてくる。

 

「あっ、ご主人様!」

「! 桃香! それに朱里も雛里も! みんな無事か!」

 

 天幕の入り口に立っていた三人の少女達が、こちらを見るなり声を上げる。

 その無事な姿にひとまず安堵の息をつきながら、しかし改めて顔を引き締める。

 

「戦況はどうなった!?」

「大丈夫です、ご主人様が戦っていた間に愛紗さんも鈴々ちゃんも包囲を完了させています!」

「ん…今武装解除完了の報告が入りました。同時に、お二人とも逃げた敵の追撃に移るそうです…」

「そうか…はぁ~…」

 

 軍師二人の報告に引き締めていた表情を緩めて、大きく息をつく。目の前の三人も、愛紗も鈴々も無事で何より。

 被害は大きかったが、どうにか切り抜けることが出来たようだ。

 

「何とかなったなぁ…」

「はい…ちょっと兵糧が心許無いですが、何とか切り抜けられました…」

「それはそれで頭が痛いね…。まぁ、それは後でみんなで考えるとして……朱里、新しく現れた敵はやはり黄布の増援部隊だったのか?」

 

 漸くできた余裕に、気になっていた事を尋ねてみる。俺が直接本陣への殿に回った為に、指揮や情報の取りまとめは任せていたのだ。

 とはいえ、直接刃を交え改めて分かったのだが、新しく現れたのも黄布党だった。

 同じ勢力に属する部隊なら、増援だとしてもおかしくは無い。

 

「それなのですが…黄布党は黄布党でも、どうやら違うようです」

「…え?」

 

 だからか、予想していた物とは違う答えに些か面食らう。しかし、桃香も雛里も真剣な表情をしていてそこには驚きも動揺も見られない。

 事情が飲み込めない俺としては、眉を顰めるしかない。

 

「どういう事だ?」

「まず、私達は最初、黄布党を作戦通り峡間で敵を迎え撃ち、返り討ちにしました」

「愛紗ちゃん鈴々ちゃんに加えて、ご主人様も追撃に移ろうとしてたね」

「…そこまでは作戦通りでした。ですが…」

「そこで、黄布党の後方から更に黄布党が現れたって訳か…」

 

 事の推移を確認しつつ説明してくれる三人の言葉に、頷きつつ思い出す。

 俺が追撃に出ようとしたまさにその時、伝令が本陣へと駆け込んできたのだった――。

『たっ、大変です! 黄布党が逃げる前方より、新たに武装した集団が現れました! 黄布党の新しい集団です!』

「なんだと!?」

「えっ!?」

「うそ…」

「そんな…!」

 

 出陣前、桃香達と最後の確認をとっていた俺の所に、息を切らせて伝令の一人が駆け込んできた。

 伝令自体は珍しくない事だが、もたらされた報告にこの場に居るみんなが驚きの声を上げる。

 

「本当なのか?」

『はい! 黄布党だという事は関羽将軍、張飛将軍両名の確認も取れております。合流して逆撃の恐れありとの事!』

「その二人はどうしてる?」

『はっ! お二方ともその場に留まり防衛するとの事です』

「そうか…」

 

 伝令の言葉に、湧き上がる不安を無理矢理押しとどめて考える。兵たちの間でもざわめきが湧き上がる。どうやら話は伝わってしまったらしい。

 動揺しているだけで恐慌に陥ってはいないようで助かる。しかし、目の前の問題はそこではない。この危機をどう切り抜けるかだ。

 合流して士気の上がる黄布党、愛紗と鈴々は食い止めると言うが、それは可能だろうか?

 数が増えて士気が上がる黄布党、反対に下がる俺達……正直、難しい所だろう。

 ではどうすればいい…?

 

「ご主人様…」

 

 急に黙ってしまった俺に不安を感じているのだろう、桃香が呼びかけてくるのが聞こえる。朱里も雛里も、声こそ出さないがこちらをじっと見つめている。

 応えてあげたい、不安を拭ってあげたいが…手段も無く、時間が惜しい。

 黄布党の今後の動き、愛紗と鈴々の状態、全ての要素から導き出せる、乗り越える為の答えを探す。

 

「……!」

 

 あった。

 危険な賭けになるが…これしかない。

 

「伝令さん、愛紗達に伝えてくれ、各隊それぞれ左右に展開して、真ん中を少し開けて迎え撃つように!」

『はっ、はい!』

「桃香は今から本陣を率いて後退してくれ! 朱里は桃香の補佐、雛里は初めだけ俺の補佐を頼めるか?」

「本陣って…それじゃご主人様はどうするの!?」

「俺は殿としてここに残る」

「そんな!? それじゃご主人様が―」

 

 反論される事は目に見えていた。ここは何とか納得させないといけない事も分かっている。

 しかし、それは俺が口を開くどころか、桃香の台詞が終わる前に、小さな手によって止められた。

 

「―雛里ちゃん?」

「…駄目です、桃香様。現状では、それしかありません…」

 

 及び腰ながら、しかししっかりと桃香の手を握った雛里が首を振る。それに追従するかのように、朱里が口を開いた。

 

「心配は要りません、そう悪い策でもないと思いますよ。二段構えで敵に出血を強い、勢いが弱まった所で逆に包囲を仕掛けるんですよね?」

 

 雛里とは桃香を挟んで反対の位置に立ちつつ、俺に向けて安心させるような笑みを見せる朱里。

 さすがは稀代の名軍師。俺の策はあっさりとお見通しらしい。

 

「それなら、愛紗さんと鈴々さんには、頃合を見て当たっている敵も通すように伝令を出しましょう」

「頼むよ。…大丈夫かな?」

「戦力が減っているため厳しいですが、それは相手も同じ。ご主人様は攻撃を受け止めるので大変でしょうが、愛紗さんたちは受け流すだけなので大丈夫ですよ」

「…ご主人様は偃月の陣を敷いて、防御する事に集中すれば、十分に耐えられます…」

「…うん、雛里のお墨付きなら心配ないな!」

「ど、どういう事?」

 

 俺と軍師二人だけで進む会話に、桃香が困惑も露わに問い掛ける。

 心配なんて何処吹く風で会話を進めたんだ、無理もないだろうな。

 

「つまりは、本来の作戦の応用なんだよ」

「本来のって…峡間を使う策の?」

「そう。峡間を愛紗達に置き換えてさ。本物の峡間と違って敵は通してしまうけどな」

 

 随分大雑把な説明になってしまったが、間違ってはいないはず。峡間の左右の壁が愛紗達で、敵を通さないのではなく飲み込んでしまうのだ。

 微妙に違う気もするが、分かり易いからよしとしよう。

 

「う~ん…?」

「簡単に説明すると、愛紗達には二手に分かれてそれぞれ敵に当たってもらう。でも、真ん中を開けている上に敵の士気は上がっているのだから、手の空いた敵はそのまま本陣に向かってくるだろう。そこは俺が対処する。俺が敵を押さえ込んでいるうちに愛紗達は敵の出血を誘い、その後敵を通す。俺に敵全軍が向かってきた所で愛紗達は反転し、包囲する訳だ」

「…あー! なるほど! あっ、でも、もし敵が本陣に来なければどうするの?」

「可能性は低いだろうけどな。その時は俺も前進して、愛紗達と前線を形成するさ。んで、その後俺が少し下がれば、半包囲の完成だ」

「包囲しても敵が死に物狂いで向かってきたら?」

「在り得る話だな。だから、どちらも包囲は半包囲だぞ」

「えっ、愛紗ちゃん達が包囲すると逃げ道がなくなるんじゃないかな?」

「愛紗達は真ん中を開けているだろ? 包囲の時もそのまま包囲すれば、逃げ道はあるのさ」

「……おぉ~…さすがはご主人様! よく考えているんだねー!」

「何とかな。それじゃ、そういう訳だから頼むぞ」

「うん!」

「はいっ!」

「はい…っ!」

「よし。……兵士のみんな、聞いてくれ! 今予想外の事態が起きて、敵が再びこちらに向かってきている!」

 

 三人が頷くのを確認して、俺は改めて声を張り上げる。一瞬兵士達を静寂が支配したが、その意味に動揺したのか次々とざわめきが走る。

 ここでこのまま動揺に取り付かれてはいけない。愛紗も鈴々も居ない、行動を理解したばかりの桃香では無理、ならば鼓舞するのは俺の役目だ。

 

「一難去ってまた一難だ、怖いのは仕方が無い。でも考えてみてくれ! 今俺達がここにいる意味を! 俺達の後ろに何があるのかを!!」

 

 俺達はこの乱世を治めるために立った、後ろに無力な、けれども大切な者を背負って。それを兵士達一人ひとりに思い出させる。

 愛紗達ほど鼓舞はできないが、それでも、戦うという意志を持ってもらうことは出来る。今回は勝つ事が目的じゃない、耐える事が目的なんだ。

 

「俺達は向かってくる敵を押し止め、攻撃に耐える! その後、先攻させていた愛紗達とともに半包囲を敷く! 勝つ為じゃない、生き残る事が目的だ!」

『応!』

「桃香!」

「うんっ! 本陣は私についてきてー! 直衛さん達で本陣を下げるよー!」

『応っ!』

「朱里!」

「はいっ! 各将の直衛さんは本陣へ! 兵隊さんたちはご主人様の元へ!」

『応っ!!』

「雛里!」

「は、はい! 弓兵さんは後ろへ! 槍兵さんは槍衾を形成して下さい…!」

『応っ!!!』

「みんな、生き残るぞ!」

『おおおぉぉーーーっ!』

「――それで、何とか作戦は成功して、今に至るというわけか。しかし、それで何で増援じゃないと言い切れるんだ?」

「はい。その戦闘で、新しく現れたほうの黄布党で捕虜にした者がいましたので、聞いてみました所―」

「…“自分達も逃げていた”という答えを得ました…」

「…何だって?」

 

 朱里と雛里の説明は分かったが、その答えの意味が分からない。

 追われていたのに向かってきた? どういう意味だろう?

 

「…うーん?」

「だからねご主人様、捕虜さんが言うには、」

「そこからは私が説明します、桃香様」

「え…?」

 

 新たに上がった声に振り返れば、見たかった顔が二人、こちらに近づいてきていた。

 ふらついたり、引きずったりする様子のない二人の足取りに、思わず笑みがこぼれてしまう。

 

「愛紗ちゃん鈴々ちゃん! 良かったよぉ~!!」

「ただいま戻りました、桃香様」

「ただいまなのだ!」

 

 飛びついた桃香を受け止めながら、愛紗も鈴々も嬉しげな笑みを浮かべる。ゆっくりと歩く朱里と雛里に続いて、俺も二人の無事を確認したくて歩み寄る。

 

「お帰りなさい、愛紗さん、鈴々ちゃん」

「ご無事で何よりです…」

「愛紗、鈴々…よく、戻ってきてくれたな…良かった」

「朱里、雛里…ご主人様こそ…」

「へへん、お互いに無事なのは分かっていたのだ!」

 

 俺達全員の無事な姿を認めて、堪えていただろう涙がにじむ愛紗。笑顔ながらも頬に赤みが差す鈴々。

 本当に良かった。無事だという事は分かっていたとは言え、直接確認できると喜びも一入だ。

 とは言え喜んでばかりもいられない。先程の説明、愛紗がすると言ったが、愛紗は事情が分かっているのだろうか?

 

「…それで愛紗、説明って、状況が分かるのか?」

「あ…そうでした、実は――」

 

 

「――ちょっと! いつまで待たせるのよ!」

 

 

「「「「…え?」」」」

 

 唐突に上がった、しかも苛立ちが感じられる声に、俺に桃香、朱里も雛里も異口同音に声を上げる。

 対する愛紗と鈴々は強いて表情を動かさないようにしているようだ。

 声のしたほうを見てみれば、ちょうど本陣の入り口から三人の女性が歩いてくるのが見えた。

 

「…ええと?」

 

 正確には女性が二人、少女が一人だろうか。少女を先頭にして、女性二人が後に付くように歩いてきている。

 女性二人は微妙に似通ったような外見だが、片や燃え盛る炎の様な印象を受けるのに対し、もう片方は凍てついた氷のようで、ちぐはぐな印象を受ける。それぞれ炎と氷の女としよう。

 そして何より、先頭の少女だ。体格だけならば小柄で見た目には後ろの女性よりも目立たないだろうが、身に纏う雰囲気が尋常では無いほどの存在感を醸し出していて、知らずに目が引き寄せら

 

れる。

 

「…しばしお待ち下さいと申したはずですが?」

「待ったわよ。でもあまりに遅かったから、こちらから出向いただけの事」

「……」

 

 

 苦言を呈す愛紗もあっさりと切り返されて口を閉じる。真面目で礼儀や作法にうるさい愛紗ならば怒声の一つでも出ようものだが、何故か愛紗は大人しい。

 おかしいと思って様子を伺ってみれば、愛紗は不満そうな表情…ではなく、無表情ながら微かに警戒するような、油断ない目つきで三人を見据えている。

 これは……もしかして、緊張してるのか?

 もう一人の状況が分かるであろう人物も、普段の活発さは鳴りを潜め、変わりにこちらはあからさまな警戒の眼差しで少女を見つめている。まさしく猫だな、鈴々は。

 

「……」

「……」

 

 誰も口を開かず、静寂が辺りに満ちる。

 俺は事態が飲み込めず口を開かないだけで、それは桃香達も同じだろう。事情を知っていると思われる二人も警戒したままで口を開く気配は無い。

 相手方は何を考えているかは分からないが、どうも三人とも…というか少女は、俺を見つめている気がする。

 微妙に居心地が悪いが、何となくじろじろ見られたままと言うのも癪なので、堂々と見つめ返してみようか。

 

「………」

「………」

「…………」

「…………」

「……………」

「……………ふぅん、成程」

 

 どれ程少女と見つめ合っていただろうか。こちらを見ていた少女が、唐突に口を開く。

 何を納得したかは知らないが、そろそろこちらも口を開く頃合だろうか。

 

「…えっと、何かな?」

「確認するけど…貴方達がこの軍を率いていたのかしら?」

「そうなるかな。第二軍には苦戦したけど…何とか勝てたよ」

「なっ、貴様! それは我々への当てつ――」

「姉者、落ち着け。あの時の話を聞いていたのか? それにこの者達が知るはずが無いだろう」

「し、しかし…」

「構わないわ、下がりなさい」

「っ、はっ…」

 

 何かを言いかけた炎の女が、氷の女と少女に制止されて押し黙る。しかし、不満がありありと見て取れる…と言うか、凄い目で睨んで来るんだが。

 

「部下が失礼したわね。私は曹孟徳。この二人は側近の夏侯惇、夏侯淵よ」

 

 少女の自己紹介に、一瞬時が止まる。俺だけでなく、桃香も軍師二人も口を閉じている。

 女の子とは言え、その名は伊達ではないという事か。

 

「……俺は北郷一刀。この子達は劉備に、諸葛亮、鳳雛だ」

「あら意外、こんな所で噂の劉備、天の御遣いに会えるなんてね…。そう、貴方達が…ねぇ…」

「…は、ははっ初めまして、劉玄徳です。あえ…会えて光栄ですっ、曹孟徳さん!」

 

 何とか口を開いた俺に続き、桃香も名乗りを上げる。しかしやはり緊張しているのか、挨拶する声が硬い。朱里・雛里に至っては俺の後ろに隠れてしまっている。

 まぁ無理も無いだろうなぁ、なんたってこの曹操といえばあの曹操だろうし…この世界でも覇者の風格はありありと見えるしな。

 さてどうしたものか…戦場とは違う意味で緊張する。威圧感が凄いの何の…良くない雰囲気だ、気圧されて言いなりとか勘弁願いたい。話を変えつつ揺さぶりを掛けてみようか?

 確か、まだ魏は建国されてなくて…今はまだ許昌あたりで勢力拡大中だったかな?

 

「…俺も光栄かな、魏武曹操に会えるとは、ね?」

「成る程、天の御遣いと言う名もあながち誇張ではないようね、名だけならまだしも、露わにしていない国号まで当てられるとは。これは真名も名乗ったほうがいいかしら?」

「……止めておくよ。まだまだ我が身が可愛いからね」

「そう? 食えない男ね」

「君に言われると鼻が高いよ…」

 

 名乗っていない筈の名、起こす予定だった勢力名を言い当てた所で、曹操と名乗った少女には動揺の欠片も見られない。それどころか、真名を餌にこちらを釣ろうとさえしてくる。

 もし釣られて真名を呼んでいたら、後ろの二人が何をしたものやら…愛紗達も黙ってないだろうし、火は見たくない。

 

「…ふふっ。今のは聞かなかった事にしておきましょう」

「褒め言葉だよ。……それで、どんな用かな?」

「噂の劉備の顔が見たかっただけよ」

「えっ、わわ、私?」

「そうよ。仁愛を持って人と接する義勇軍の長…それがどのような者か、興味が沸くというものでしょう?」

「そんな、私は何も…ご主人様が」

「…まぁ、素直に受け取っていいと思うよ、桃香」

「ご主人様…」

 

 喜びよりも困惑が勝っている顔で俺を見つめる桃香。

 まぁそうだろうな、本人からすれば普通に接しているだけなのだろうから。覚えの無い評価をされてもどう返していいか分からないといった所か。

 曹操もこの反応は予想していたのだろう、こちらを見つめているだけで何も言わない。

 だが、表情は緩めているものの目が笑っていない。こちらを探ろうとしているのか、真意を見通そうとでもしているのか…本当に、油断ならない。

 

「…それで、用件はそれだけかな、表向きの話は終わったようだけど?」

「あら、含みのある言い方ね?」

「お飾りで長ではないとはいえ、みんなのまとめ役みたいなものだからね。そういう目を持つようにしているのさ」

「……ふぅん。いいわ、本題に入りましょう。私達は礼を言いにきたのよ」

「…んん? 礼?」

「そうよ。貴方達の前に現れた第二の黄布党、あれは私達が逃がした者達なのよ」

「何だって…?」

「実はね――」

「――成る程、包囲が完成する前に突撃したから、敵が逃げたと?」

「そう。夏侯淵が包囲、夏侯惇が突撃役だったのだけど、見れば分かるでしょう? 夏侯惇はこの通りの性格だから…」

「か、華琳さまぁ~…いくらなんでも…」

「事実だ姉者」

「うう…秋蘭まで…」

「後でたっぷりとお仕置きしてあげるから、黙っていなさい」

「か、華琳さま…はいっ!」

 

 …あれ? お仕置きなのに何であんなに夏侯惇は嬉しげなんだ? 頬なんて染めて…。

 しかも、それで夏侯淵は何故か不満そうだし…こいつら、何なんだ?

 

「えっと…曹操さん?」

「気にしないでいいわ劉備、こちらの話よ。それで…逃げられたから追撃してみれば、ちょうど劉備達がいたという訳ね」

「ふぁー…そうだったんだ…」

「…成る程な」

 

 あとは俺達が戦い終えたのを見計らって接触してきたと、話は繋がったな。新しく向かってきた黄布党は、曹操軍に追い立てられて死に物狂いだったため、あれだけ勢いがあったという訳か。

 しかし…ちょっと引っかかるのは何だろう?

 

「そういうことだから…劉備、礼を言うわ。“逃げた獲物”を、よく仕留めてくれた」

「え…あ、はい…」

「…!」

 

 悪びれるどころか、まるで予想通りの成果を収めたことを褒めるような…どこか嬉しそうな曹操の物言いに確信する。曹操たちは黄布党をあえて逃がしたのだと。

 包囲網を突破されたのではなく、突破させたのだと。

 何故そんな事をしたのか? 簡単だ、俺達の力を見るにはそれが最も手っ取り早い。危機に対してどう動くかで簡単に底力まで測れる。

 された側からすれば厭らしい事この上ないが、堅実で的確だ。

 ではその目的は? 力があるとは言え被害の出た部隊に求める物は何だ? 行動が読めただけに、意図が分からないのは不気味だ。

 

「その礼と言う訳ではないけれど―」

「―お眼鏡に適った訳だ」

「……何の話かしら?」

 

 呆然と事態に取り残されている桃香の変わりに口を開くと、それが意外だったのか、曹操の顔がやや曇る。額面通りに受け取れば困惑といった所だろうか、しかし、細められ、鋭さを増した目に

 

はありありと警戒の色が浮かぶ。

 俺が気付いた事に気付いたようだ。

 だが、腹の探りあいは不利、俺にはまだ分かってない事が多い。単刀直入にいくか。

 

「あ、ぅ…えっと、ご主人様…?」

「……どうしました?」

 

 不穏な空気を察したのか、桃香も愛紗も緊張に強張った声を上げる。

 ますます良くない兆候だ。これでもし武力衝突にでもなれば俺達の勝ち目は薄い。よしんばこの場を切り抜けたとして、背後に控える曹操の軍を敵に回すのは無理だ。

 

「何でもないよ桃香、愛紗。ちょっと分からないだけさ」

「分からないって…?」

「どういうことです?」

「うん、まぁ、それの答えも含めて……なぁ曹操、どうしてそんな事をしたんだ? 俺達の力を見るだけなら、ここにこうして来る必要は無いはずなのに」

「言ったでしょう? 顔を見たかったのと、礼がしたかったのだと」

「それだけならわざわざ、自分達の失敗を説明したりはしないだろうさ。……失敗ではなくても、ね」

「……本当に食えない男ね」

 

 しばしの沈黙を挟んで、曹操の目つきがいくらか柔らかくなる。言葉とは裏腹にどこか楽しそうなその様子は、こちらをからかっているようにも見えて。

 …もしかして、試された?

 

「ふふふふふ……いいでしょう。礼にかこつけて取り込んで利用しようと思ったのだけれど、それは失礼に値すると認めましょう」

「…心臓に悪いね」

「あら、これからもっと凄いこと言うつもりよ?」

「聞かずに帰るというのは――」

「その陣容で生き残れるならそうしてもいいわね。心配しなくても、悪い話ではないはずよ」

 

 その笑顔からして既に嫌な予感しかしないんですが?

 

「…今、何か失礼な事考えなかったかしらぁ?」

「い、いや…別に…?」

 

 内心の動揺を押し隠して浮かべた愛想笑いも、見抜かれていそうだ。強張っているのが自分でも分かるぐらいなのに。

 

「………まぁいいわ、話は簡単よ。劉備、私に協力しなさい」

「え…?」

「今の貴女には独力でこの乱を平定する力が無いでしょう。貴女の理想は何?」

「わ…わわ……私は、この大陸を平和にしたい。誰もが笑って暮らせるように、理不尽な事で涙を流さなくて済むようにしたい!」

「それが貴女の理想?」

「うん。…それは譲れない、そのためなら何にも負けない。負けたくないって、思ってる」

「そう…でも、二度の戦いで兵力を失っている。違って?」

「確かにそうですけど…でも」

「分かっているわ。二度目の戦いは予想外ながら引くに引けなかった、それにこちらの責任でもある、だからこうして提案しているのよ。貴方達はその能力を、私達は兵力を、合わせればこの乱も

 

早く平定できるでしょう。今は一刻も早くこの乱を鎮める事が大事、違うかしら?」

「その通りだと思いますけど…」

「それが分かっているのなら、理想として掲げているのなら、今は私に協力しなさい」

「うーん…でも…」

 

 不安げな瞳が俺を捉える。取り込んで利用しようとしていた事が引っ掛かっているのだろう、無理もない。

 しかし、曹操の性格を考えるに、それはもう無いだろう。誇り高い性格のようだし、一度認めた相手には礼を以て接してくれそうだ。

 

「提案を受けよう、桃香。曹操の言う通り、今の俺達には兵力が無くこの乱を治めるのは厳しい。このままでは不可能か、出来ても時間がかかる。でも、ここで曹操が協力してくれるなら堅実に、

 

かつより早く治められる」

「あら、話が分かるじゃない?」

「色々考えているんだよ、お互いのメリットデメリット…とかね」

「めり…何ですって?」

「あぁ、損得の事さ。……まぁそれも、そちらの言い分を信じた上でのことだけど」

「私の誇りに誓っていいわよ?」

「ならばいいさ。でも、一つだけ分からない事がある」

「何かしら? 今なら特別に答えてあげるわよ?」

 

 ここが肝要だ。何故そんな事をしたのか、曹操にとってどのような得があるのか…。

 

「ありがとう。…君達と俺達が組むとして、俺達にはさっき話したように大きな利点がある。でも、君達にある利点って何だ? どういう目的があるんだ?」

「あら残念、それは私が答えては意味の無い問いね。貴方は何だと思う?」

「…正直、見当が付かない。だから聞いてみたんだけどな」

「ふふふ、考えなさい。用意された答えが正解とは限らない、自分で考えて考えて、導き出された答えが貴方にとっての正解。それが私からの答え、かしらね?」

 

 楽しげに、しかしどこかはぐらかすように答えた曹操が、くるりと背中を向ける。これ以上の話は無用とでも言うつもりだろうか。

 聞きたい事は見事に煙に巻かれた気が。

 

「あ、おい……」

「話は以上よ。以後の作戦については軍師を通じればいいでしょう。…何も言葉だけが読み解く手段だけではない、行動もまた、その人の本質が現れるわ」

 

 最後にそれだけ言うと、曹操はもう振り返ることなく本陣を出て行った――。

 結局、何だったのだろう。分かった事といえば、曹操は色々な意味で凄い子という事ぐらいしか…。

 

「……何か凄かったねー…」

「尋常じゃない覇気をお持ちでしたね」

「こ、恐かったです…」

 

 姿が見えなくなった途端、みんな思い思いに言葉を発した。事前に会っていたはずの愛紗や鈴々でさえ、大きく息をついている。

 

「…噂以上の人物でした」

「鈴々、アイツの言っている事が全然分からなかったのだ…」

「あの言葉は、まさに曹操さんの人となりを表したものだと思います…」

「言葉だけでなく、行動に現れた本質を読み取れ、か。あのような言葉、果たして信じてよいものなのですか…?」

「俺は信じてもいいと思うよ。話してみた様子だと、少なくともつまらない嘘をつくような人ではないと感じられたな」

「うーん? 信じられる人って事?」

「今は、ね? 曹操自身も言っていたけど、今回に限っては大丈夫だと思う」

「今回に限って、という事は…」

「いずれは敵対する…って事?」

「そうだろうね…」

 

 俺達が理想を掲げているのと同じように、曹操にも掲げる理想があるだろう。それがどんなものかは分からない……いい理想であるとは限らないのだ。

 少なくとも、俺達の理想とは違っているだろう。

 

「目指すものが違えば、戦いになると?」

「そうだな。後は…たとえ同じだとしても、過程が違えば争いは必至だと思う。本気でこの国の人の事を考えているなら、尚更ね」

「そっかぁ…その時にも今回みたいに協力したりは、出来ないのかな…」

「それは、そのときの状況次第だろうね…」

「そうでしょうね。しかし…他者の力を必要とする状況なんて、曹操さんは作らないと思います」

「…先の先を見据えた上で、そうならないように常に最善を尽くす方のように見えました…」

 

 一同に顔が曇る。曹操と敵対した時の事を考えるとそれも仕方無い。

 でも、それでも立ち止まる訳には行かないのだ。

 

「…大丈夫だ、俺達だって理想では負けてはいないさ。な、桃香?」

「うん! どんなに凄い人でも、私達の理想を邪魔するっていうなら遠慮なく立ち向かってやるんだから!」

 

 宣誓と言わんばかりに…いや、宣誓そのものを力強く言い切った桃香に、みんな一様に、はっきりと頷き返す。

 それは、目指す理想に向けて力を束ねているような、一緒に燃え上がっているような感覚がして。

 俺にはとても眩しく、一緒に居られる事が言いようも無い嬉しさを感じさせてくれた――。

「…しかし、宜しいのですか華琳さま、劉備の軍と共同戦線など…」

「あら、春蘭は不満?」

「いえ…ただ、わざわざ寡兵の力を借りずとも、私がその分働けば…」

「頼もしいわね。でも、それじゃあ駄目なのよ」

「駄目、ですか?」

「そうよ。秋蘭は分かるかしら?」

「は…黄布党の本陣叩くに際し、少しでも戦力は欲しい所。それが寡兵とは言えども…」

「そうね。それに、こんな所で我が軍の精兵を失いたくは無いわ。劉備軍にはせいぜい頑張ってもらうとしましょう」

「なるほど、さすが華琳です! そこまで考えての共同戦線なのですね!」

「慧眼恐れ入ります……しかし、本当にそれだけで?」

「ふふっ…英雄となれる人物を見つけて、自分で育ててみたいと思った。自分の胸中に、そんな思いもあったかも知れないわね」

「…華琳さまの好敵手となり得ますかな、劉備は」

「なれば良し。我が覇道に添える花として、美しく咲いてもらいましょう。ならぬのならばそれもまた良し。所詮、一時の戯れよ」

「御意に…では華琳様、部隊の士気は我々にお任せあれ」

「我らの力、存分に天下に振るってご覧に入れましょう!」

「ええ、期待しているわ。…桂花?」

「お側に」

「劉備との話し合いは貴女に一任するわ。良きようにしなさい」

「御意」

「部隊の準備が整い次第、出陣する。……さぁ、巣穴を狩りに行きましょう」

『御意!』

 

 

 

 

「ふふふ…劉備、それに北郷一刀、面白いわね…」

 

「特に北郷…。目の付け所もよく、機転もいい。腕も悪くなさそうね」

 

「本当に、楽しみ…」

・後書き

 ありがとうございました。

 「真・恋姫†無双IF 一刀が強くてニューゲーム? 第五話“後編”」をお送りしました、お楽しみ頂けたでしょうか?

 

 今回は後編という事でしたが、前回申しましたとおり、オリジナル色を強くしてみました。

 うまく書けているかどうか、きちんと伝わっているかどうか、不安が尽きません。

 

 あくまで流れは「真・恋姫†無双」に沿いつつ、自分にできる事は何かと模索した結果が今回の話です。

 やはり何を置いても、楽しんで頂けたかどうか、何かしら思って頂けたかどうか。

 気になる点はここですが…はてさて・・・。

 

 次回で黄布党との戦いは終止符の予定です。その後は…日常の話を入れるか、あるいはそのまま童卓軍との戦いに入るか、悩んでおります。

 

 ともあれ、今回も付き合い頂き、誠にありがとうございました。

 

 ご意見・ご感想はいつでもお待ちしております。

 コメントを書いて頂けると、喜び過ぎて踊…執筆速度が上がるかもしれません。

 

 …なんて馬鹿な事を書きつつ、次回作まで失礼します。

 

 

 
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