今日も、警邏の仕事があったので集合場所に向かった。軽く挨拶をして午前の警邏に出かけた。
昨日と違い今日は午前に西地区と南地区を警邏することになり、俺と李典が南地区、楽進と于禁が西地区担当になっている。
見たところ于禁は武闘派って感じがしなかったが楽進がいるなら大丈夫だろう。そして俺も剣道の経験はあるが実践的とはいえないが李典が居れば大丈夫だろう。というか李典の持っているドリルはどういう構造をしているのだろうか。
疑問に思い尋ねてみることにする。
「なぁ李典、それって先端が回転したりするんだろ?」
「ん~?これか?回るで~それがどしたん?」
「いや、動力はどうなってんのかなって思ってさ」
「氣ぃや」
「は?」
「だ~か~ら~、ウチの氣やって。兄さんは凪が使こうとるん見たことないんか?そっちの方が分かり易いと思うねんけど」
氣?
ありえないだろ・・・いや、あの時確か楽進の拳が光ってた気がする。
「もしかして楽進の氣って拳が光った、あのことか」
「なんや見とるんやないの。それそれ」
「マジか?」
「まじ?」
「あ、あぁごめん。マジってのは本当に、って意味だ。そっか俺たちの世界には氣って言うものが実在しなかったからさ、信じられなくて」
「せやな~こっちでも結構珍しいからな~。氣って扱い大変やし」
「そうなのか、でも凄いな。カッコいいと思うぞ」
やっぱりこの世界には不思議なことがいっぱいあるな。というかありすぎて困る。
「ホンマか!?兄さんなかなかわかっとるやん~。やっぱりこの無骨な形状と無機質な感じが――――」
また李典は自分の世界に入っていってしまう。こうなってはどうしようもないのでとりあえず相槌だけうっておくことにする。
「あ、そういえばもう出来てんで」
「何が?」
思わず聞き返してしまった。
「昨日言ってたやん。今日までに作っとくって」
「ホントか?それにしても早すぎないか?」
「そんなに疑うんなら見てみぃ」
李典は腰に下げた工具入れの中から頼んでいたものを取り出した。
「す、すごい。こんなに綺麗に出来上がってるなんて・・・」
そっと壊れ物を扱うように手に乗せてみる。
端から小さなガラス玉がだんだんと大きなものに変わっていきそしてまた小さい物になっていく、穴を開けたにもかかわらず周りにはほとんど傷も付いていなようだ。ただ落としてしまった時についたものはそのままだったが。
それは紅い紐でしっかりと結び付けられており、決してガラス玉同士が離れ離れになってしまわないようになっている。
「どや?出来るだけ兄さんの要望通りに出来てると思うねんけど」
「ありがとう!」
李典の手を握りしめて心からの感謝を伝える。
「そ、そこまで喜んでもらえると思わんかったわ」
「そんなことないよ!本当にありがとう」
「ええんよ。そんなに難しいことやあらへんかったし」
「それでもだよ!なにかお礼しなくちゃな」
「い、いらんよそんなん」
「どうしてだ?」
李典の性格からして遠慮するようには見えなかったのだが。
「・・・ウチかて好意だけやったんやないんや。初めて会うた時に変な態度とってもうたし、昨日だって兄さんの大切にしてたそれウチの所為で落っことしてしもうたし・・・」
李典はバツが悪そうに目を逸らしながら答える。
やっぱりこの娘はいい子だ。
李典だけじゃない、于禁も楽進もすごくいい子なんだ。
こんな娘たちの前では絶対に昏い感情を見せちゃいけない、接しちゃいけない。本当にそう思う。
俺は無意識の内に李典の頭に手を伸ばしていた。
「に、兄さん!?」
「李典は良い子だな」
「い、いきなりなに言うてん!?」
「いや、そう思っただけさ。それに俺は別に気にしてないって言っただろ。それに昨日のことだって楽進は悪くないよ。声をかけてくれただけなのに怒鳴ったりしてゴメンな」
「・・・・・・」
李典は俯いてしまって何も答えない。
「李典?」
「な、何でもないで!ホンマやで!?じゃあもうウチ行くわ!!」
李典はそう言うと走ってどこかに行ってしまった。
「行くって、今警邏中なんだけど・・・」
困って周囲の隊員を見回してみるが、なぜか気まずそうに目を逸らされてしまった。
「なんでだ・・・・・?」
その後はいわずもがなである。集合場所に戻ってみると楽進に李典が正座させられて怒られていた。
楽進は俺の姿を見つけるとすぐに謝ってきて、一方の李典はというと顔を赤くして俺の所為だと言わんばかり睨みつけてきた。
なのでとりあえず謝ってみたが見事に無視されてしまった。
・・・・・・これって俺が悪いのか?
それから数日は何事もなく日々が過ぎて行った。
今はこれでいい。
そう思っていた。
しかし、神様は気まぐれだった。
国境の砦より緊急の伝令が到着した。
伝令内容は耳を疑うものだった。
劉備軍の兵5万、国境を犯し許昌に向け進軍中。
すぐに玉座の間に緊急招集がかかった。そこに集まったのは曹操、俺、程昱、荀彧、楽進、李典、于禁、主要な将は俺を含めないで六人だけだった。
これだけでも戦えないこともないと思うかもしれないが、夏侯惇と夏侯淵と張遼、それに親衛隊の許緒と典韋、軍師の郭嘉がいないのだ。
特に夏侯惇、夏侯淵は主力中の主力であること以上に兵たちの心のよりどころであることは間違いない。
士気というものが戦に置いてどれだけ大切なものであるかというのは桃香達の所にいた時に肌で感じている。
そんなことを考えていると曹操が静かに口を開いた。
「すでに聞いていると思うけど、劉備の軍が我が魏領に侵攻してきたわ。桂花、兵はどれだけ集められる?」
「はい、敵軍の進軍速度を考えますとこの許昌に到着するのが三日後になると思われます。それから考えますと限界までかき集めて二万といったところでしょうか。主力軍の大半が河北の平定に向かっておりますのでこれが限界かと」
「敵軍の兵数は?」
「・・・約五万と報告を受けています」
「兵数差三万・・・ふふっ、面白いじゃない。受けて立ちましょう」
「そ、それは危険です!」
「あら桂花、私に逆らうつもり?」
「い、いえそんなことは!!」
「華琳さま~、風も桂花ちゃんの意見に賛成です~」
「まさか風までそんなことを言い出すとはね。ねぇ北郷一刀、これもあなたの思惑通りなのかしら?それならあなたは相当な策士ね」
全員の目が俺に集中する。
「そんなことあるわけないだろ。そもそも曹操が軍を河北に向かわせることを決めたのは俺が君の軍門に降ったあとだっただろ。もし、俺が劉備達を扇動したって言うんなら君が俺につけた密偵が報告してるはずだろ?」
密偵うんぬんというのただの鎌かけだ。
「・・・さぁ、何のことかわからないわね」
白々しいにも程がある。間を空けたのはわざとだろう。まぁ本当に密偵が居るのかどうかはわからないが俺は本当に知らないのだからしかたない。けど、この前の霞の会話を聞かれていたとしたら厄介だな。
いや、大丈夫か。霞のとこだからそういうのが居るのであれば気配で気づくはずだし。
それよりも桃香達がこんな行動に出たことの方が俺は信じられなかった。星には曹操とは事を構えないように言っていたはずだったが。周りの人間を止められなかったのかもしれない。
でもこの状況は俺にとっては幸運だとしか言いようがない。このまま桃香達がここに来てくれれば俺は皆の所に戻れる。
狂喜したいほどの感情を抑えるのが難しい。俺は必死で顔面の筋肉を操作した。
「それで桂花、風、戦うことを前提で策を出しなさい」
良かった俺から意識が逸れたようだ。
「そうですね~、戦うのでしたらこの許昌で籠城し、援軍を待つしかないかと」
「私も風に同意です。野戦をするにも戦力の差が大きすぎます。それに劉備の性格を鑑みますと不用意に手を出してこないと思われます」
「ふざけないで!!私に許昌の民を盾にしろというの!?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「別の案を出してちょうだい」
俺は曹操の意外な発言に驚くと同時に感心してしまっていた。史実の曹操は奸雄と称されるほどの人物だったので民を盾にするくらい普通にやると思っていたのだが。
「それならば許昌の近くにある出城で迎え撃つしかないと思われます」
「あの出城なら民に被害を出すことはありませんし、そこで籠城するのが得策かと~」
「そうね、それでいきましょう。でも籠城なんてしないわ、一回も剣を交えないで亀のように閉じこもるなんて私の誇りが許さないもの」
なんて誇りの高さだろう。自分が死ぬかも知れないというのに。
俺はこの曹操という人物を見誤っていたのかもしれない。いや、俺なんかの目ではこの小さくも大きい英雄の底なんて測れないだろう。
「北郷一刀」
不意に声がかけられ身体が硬直してしまった。
「どんどんあなたにとって都合のいい状況になってくるわね。私は圧倒的な兵数差に挑もうとしている。もしかしたら死ぬかも知れない。そうなればあなたは無事に劉備達の元に帰れる。どう思う?」
「俺は・・・曹操の家臣。俺に言えるのはそれだけだ」
「そう」
曹操は俺を見つめてくる。値踏みするように、見下すように、俺をじっと見る。何度も経験しているが決して馴れることはない。心臓を鷲掴みにされる錯覚に陥る。
「曹操、俺は君を裏切ることはしない。それだけは絶対に言える。信じてくれるかどうかは君次第だけど・・・」
「・・・いいでしょう。それでは全員出陣の準備をしなさい!!」
「「「「はっ!!!!!」」」」
威勢のいい返事と共に全員が駆け出して行った。
その場に残されたのは俺と曹操の二人だった。
「私のことが憎いでしょう?」
不意に曹操が告げる。
「・・・なんて答えたら満足なんだ?」
「さぁ?あなたの心なんてわかるわけないでしょう?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人とも言葉を発しようとしない。重苦しい沈黙が俺に圧し掛かってくる。多分そう感じてるのは俺だけなのだろうけど。
「どうしてこの事態を私に伝えなかったの?あなたの未来の知識があれば十分回避できたんじゃない?」
「それについては謝りたい。俺もずべての事柄を知ってるわけじゃないんだ、小規模の戦については俺もわからない。国家を揺るがすような戦や出来事なら全て話すつもりだ」
「で、この状況はなに?」
曹操の瞳に静かな殺気が籠るのがわかる。
「すまなかった。この時代の呂布が曹操の領土に攻め込んだのは知っていたけど、劉備が曹操の領土に攻め込んだ事実はなかったんだ。もし、劉備が呂布を配下にしたからこの事態が起きてしまったのなら俺の責任だ」
一瞬にして曹操の姿が消えた。すぐに俺の喉元に冷たい何かが触れているのがわかった。
「このまま頸を刎ねてあげましょうか?」
「・・・・・・」
ゴクリと唾を飲み込む。
「あなたは私の家臣になる時に言ったことを覚えてる?」
頷くことができないのでなにも反応することができない。
「まぁいいわ。あなたを殺してしまっては私の関羽が手に入らなくなるもの。気に食わないけど関羽も劉備達もあなたを助けるために軍を発したのでしょうから。それでは元も子もなくなるわ。私はこの戦で関羽を手に入れる。そして彼女の眼の前で」
そう言って曹操は言葉を区切る。俺の耳元に口を寄せて。
「殺してあげる」
そう言った。妖艶に誘う様な声音で囁いた。
頸から冷たい感触が消える。
「あなたは出城に着いたとしても城内に残りなさい。私の戦場に足を踏み入れることは許さないわ」
曹操はそれだけ告げて玉座の間を出て行った。
数日前の徐州・彭城内。〈星side〉
城の広間には劉備軍の主だった将達が集められていた。当然、その中には私の姿もあった。
「今日皆に集まってもらったのは他でもないご主人様を曹操の魔の手からお救いする好機が巡って来たからだ」
愛紗の一言で広間の中が騒然となった。体がびくりと震えるのがわかった。頭の中で主があの時に言った言葉が蘇る。
「静まれ!ことの詳細は朱里から話してもらう」
「先日、魏領に潜入させていた密偵から魏軍が河北の平定の為に大軍を発したという情報が入りました。曹操さんの居城の許昌に残された兵は僅かしかいません。私が見積もってみた所、今からどれほど急いで兵を集めたとしても精々三万が精いっぱいでしょう」
「と、言うことだ。我らの軍は直ぐにでも五万の兵を用意することができる。そこで私はこれより魏領に攻め入りご主人様を奪還する作戦を進言する。いかがでしょうか桃香様?」
「・・・そうだね。皆はどう思う?」
私はその問いに答えることができなかった。千載一遇の好機が目の前にある。本当ならここで私が止めなければいけないはずだった。
それでも主をお助けすることができるかも知れない、その欲求に逆らうことは、できなかった。
「もちろん行くに決まってるのだ!!鈴々がお兄ちゃんを助けてあげるのだ!!」
「・・・恋も・・行く・・・!」
いち早く鈴々と恋が同意の声をあげた。それに続いて皆も賛同の声をあげだした。この場にいるほとんどの人間が賛成しているようだ。
「あわわ・・・」
その中で雛里がなにか言いたそうにオドオドしている。とりあえず声をかけることにする。
「雛里、どうかしたのか」
私の声と同時に全員の顔が雛里に向いた。
「~~~~~~~」
緊張してしまったのか雛里は声を出すことが出来なくなっているようだ。
「雛里ちゃん、落ち着いて。深呼吸深呼吸」
桃香様が声をおかけになり、それに従い雛里は深呼吸を繰り返し、落ち着いてから口を開いた。
「あの、皆さん、少々熱くなり過ぎてはいないでしょうか?」
「なんだと!?」
声を張り上げたのは立案した愛紗だった。
「ひぃう」
雛里は驚き、声を詰まらせてしまう。
「もう、愛紗ちゃん。驚かしちゃだめだよ」
「も、申し訳ありません」
桃香さまの窘めに愛紗は頭を下げる。
「雛里ちゃん、続けて」
「は、はい!この戦で我々に大義名分はありません。もし、ご主人様を取り戻すことができたとしても我々は世間から見れば侵略戦争を起こしたと見られてしまいます。桃香さまの徳という風評に大きく傷をつけてしまうことをおわかりでしょうか?」
雛里は軍師然とした口調で朗々と語る。その言葉に皆が息を飲むのがわかった。
「でもね」
そう言葉を発したのは桃香さまだった。
「私たちがここに今いるのは、ここにいる皆が集まることができるのは、全部ご主人様のおかげなんだよ。私はご主人様と出会うことができたからこの乱世で立つことができたの。みんなみんなご主人様が私と皆の傍にいてくれたから出来たことなんだよ」
全員が桃香さまの言葉に聞き入っている。
「私ね、ご主人様が大好き!皆だってそうでしょ?だからここにいるんじゃないかな?暖かくて優しいご主人様と一緒に夢見たいから、一緒に生きていきたいから皆ここにいるんじゃないかな?私はそう思ってる」
全員がその言葉に頷いた。
「それじゃあ行こう!ご主人様の所に!」
「「「「「「「「応っ!!!!」」」」」」」」
こうしてご主人様奪還作戦が決行されることになった。
その後、すぐに出陣準備が開始され翌日の明朝には城を進発することになった。私も兵に指示を出して夜には自らの武器の手入れをしていた。
普段から手入れを欠かすことはないが此度だけは入念に刃こぼれや刀身に傷がついてはいないかと確認する。
「熱心なものだな」
「あぁ、愛紗か。お主もここに来ると言うことは同じだろう?」
愛紗はそういうと私の隣で得物の青龍刀と取り出し、手入れを始めた。
「星、私はこの手でご主人様を絶対に救い出して見せるぞ」
「そうだな。でもそれは叶わぬかもしれぬぞ?」
「なんだと!?」
「まぁそう熱くなるな。私とて主をお救いするのに否はないさ。私が言いたいのは主をお救いしたいと思っている奴は一人ではないということだ」
「そう、だな」
「あれほど思慮深い朱里も反対しなかった、それに鈴々の気迫も凄まじいモノがある。その上、あの恋までがやる気になっておる。当然、私もそうだ」
「あの御方は大きいのだ、全てが」
「ほう、それはそれは。主の逸物がそれほど気に入ったか?」
「ななな、なんてこと言うんだ!?は、破廉恥な!!!」
「はっはっはっ、そう照れずともよいではないか」
「照れてなどいないっ!!!」
愛紗は顔を真っ赤にして声を荒げる。本当に可愛い奴だ。主も愛紗のこういう所が気に入っているのだろうな。
「なぁ、愛紗よ」
「なんだ、また馬鹿にする気か!?」
「いや、・・・・なんでもないさ」
「おかしな奴だ」
全てを話してしまえばどんなに楽だろうか?
このままあの日あったことを全て洗いざらい話してしまいた。
そんな欲求に駆られた。
選択肢1
① ここで愛紗に全てを話してしまう/ ② だめだ、主との約束は絶対だ
最後に設けさせてさせていただきました選択肢はこの物語に大きく影響するものになっています。
そこで読者様にコメントなどで選択していただきたいと思います。
選択肢次第でこの物語が次回で終わってしまうかもしれません。もうすでにどちらが正解かお分かりの方もいらっしゃるでしょうがお付き合いいただければ幸いです。
もし、次回で終わってしまう選択肢だったとしても一旦終わりまで物語を進めてから再開いたしますので気軽に選んでもらっていいです。
なぜこんなことをしようと思ったのかはただ物語を読んでいただくだけでは退屈させてしまうかもしれないと感じたからです。
それでは宜しくお願いします。
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今回の投稿は少し短めの内容になってしまいました。
また今回の投稿した作品の最後に読んでくださる方に重要なお知らせがありますのでそちらにも目を通していただければと思います。
また誤字やおかしな表現がありましたらご報告ください。