No.83011

今宵、月が見えずとも

生贄の少女と、その守護者のお話。
月姫は恋をしてはいけなかったのです。
哀しいだけの恋など――・・・

2009-07-07 20:35:52 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:867   閲覧ユーザー数:831

 

 

 

 

私が生まれた日は、月が綺麗だったそうです。

 

 

 

 

 

私に、父様は居ません。

 

 

母様は、私が三歳のとき・・・生贄となりました。

 

 

悲しいとは思いません。

 

 

これが決められし運命(さだめ)なのです。

 

 

私たちは、贄(にえ)となるためだけに・・・生かされているのです。

 

 

何のため、贄となるのか・・・

 

 

何のための贄なのか・・・

 

 

私には分かりません。

 

 

 

私はいつも鳥籠(とりかご)の中に居ます。

 

大きな大きな鳥籠です。

 

私は此処が好きです。

 

此処だけが、私の居場所なのです。

 

 

「三月(みつき)・・・」

 

 

がちゃりと云う音と共に、扉が開きました。

 

顔を覗かせたのは、年老いた女性です。

 

 

「少し・・・声を聞きたいわ」

 

「はい・・・主」

 

 

この方が私の主です。

 

主は私を、とても大切にしてくれます。

 

それはとても光栄な事です。

 

だから私は、主のためならどのようなことでもする覚悟です。

 

 

 

 

「三月、そばへ・・・」

 

「はい」

 

 

主は鳥籠の中の私に呼びかけます。

 

私は言われたとおりに、主のそばへ行きます。

 

 

「今宵は月が綺麗ねぇ・・・」

 

「はい」

 

 

主は窓を見ています。

 

月がとても綺麗です。

 

主は私の頭に手をのせました。

 

そっと、髪を撫でます。

 

私はずっと、主のそばで座っています。

 

大人しく、座っています。

 

 

 

 

 

 

「三月・・・」

 

「はい」

 

 

主は悲しげに微笑みます。

 

 

「あなたは、人形のようね・・・」

 

「はい」

 

 

私は頷く事しかできません。

 

私は贄の身。

 

人形と同じなのです。

 

主は悲しげに、私を見つめました。

 

 

今宵はいつもより、月が美しく思えました。

 

 

 

次の日私は、いつもと同じ鳥籠の中に居ました。

 

窓は閉まっています。

 

私は陽の光を見た事がありません。

 

月の光だけを浴びて、私は生きています。

 

月の光が、私が育つために必要なのだそうです。

 

月のないときは、小さなろうそくで過ごします。

 

今もです。

 

主は私が陽の光を浴びるのを好みません。

 

だから私は、月の光で生きています。

 

主の命は、絶対です。

 

「おまえが・・・月姫(つきひめ)か?」

 

 

突然男の人が入ってきました。

 

主しか入ってこないこの部屋。

 

今までで一番、不思議な出来事です。

 

 

「おまえ、名はなんだ?」

 

「・・・」

 

 

私は答えません。

 

否、答える事ができないのです。

 

主が許すまで、口を開き、言葉を発する事はできません。

 

 

「口が利けないのか?」

 

「・・・」

 

 

私は男の人を見ます。

 

それだけしかできないのです。

 

男の人は、綺麗な黒い髪をしていました。

 

 

 

「「・・・」」

 

 

沈黙です。

 

私はろうそくを見つめました。

 

綺麗な炎です。

 

私も、この炎のように生きていたい・・・

 

どれだけ、

 

望んだことでしょう。

 

何度、

 

祈ったことでしょう。

 

 

いくら願っても、私は

 

 この炎のようには生きられないのです。

 

 

生贄で、人形の私。

 

炎のように生きたいなど、高望みをしてはいけないのです。

 

私は生贄です。

 

私は人形です。

 

 

そう、何度言い聞かせた事でしょう。

 

 

 

「三月・・・」

 

 

主の声がしました。

 

名残惜しくろうそくから目を離しました。

 

扉のそばに、主の姿が伺えます。

 

私が少し見つめると、主と目が合いました。

 

 

「少し・・・声を聞きたいわ」

 

「はい、主」

 

 

いつもの言葉です。

 

この言葉で、私は話すことを許されるのです。

 

私は主の言葉がないと話すことすらもできません。

 

勿論、

 

主が寝るなと言えば、寝てはいけません。

 

主が立てと言えば、私は立たなくてはいけません。

 

私は生贄で人形。

 

生かしてもらっている身なのです。

 

 

 

「三月・・・時が来たの」

 

「はい」

 

 

主は少し、微笑みました。

 

それは酷く儚げで、壊れてしまいそうでした。

 

 

「この人はね、三月を護る・・・守護者よ」

 

「はい」

 

 

ふっ、とろうそくの炎が消えました。

 

月明かりが、私を照らします。

 

 

時が来た、主はそういいました。

 

それは多分、贄の儀(生贄の儀式)のことです。

 

 

「星真(せいま)・・・後は頼んだわ」

 

「あぁ・・・」

 

 

主はそう言って、部屋を出てしまいました。

 

 

「少し、声を・・・」

 

そう言っていました。

 

この人とは話してもいい、という意味です。

 

 

主はとても、悲しそうでした。

 

 

 

 

 

 

「・・・」

 

 

私は、“星真”と呼ばれた男の人を見ました。

 

私の視線に気づいたのか、男の人も私を見ます。

 

沈黙の中、目を合わせたままでした。

 

 

「三月」

 

 

沈黙を破ったのは私でした。

 

遅い、先程の質問への答えです。

 

男の人は、少し驚いたように私を見ます。

 

 

「星真だ。好きに呼べ」

 

 

そう、柔らかな声で言いました。

 

主以外と話すのは初めてです。

 

主以外の声を聞くのも初めてです。

 

星真は優しく、微笑みました。

 

なぜでしょう。

 

私はその笑顔に、少しの間見入ってしまいました。

 

 

 

「月姫・・・その時までそばに居る」

 

 

星真は私を、月姫と呼びました。

 

月姫など、私は知りません。

 

主の口から聞いたこともありません。

 

 

それに、私は月姫ではないのです。

 

三月、なのです。

 

この名が私の真名(まな)であると、主に教わりました。

 

生まれたときから、決まっているのだそうです。

 

 

「月姫、違いま、す・・・三月で、す」

 

 

私はたどたどしくそういいます。

 

話すのは苦手です。

 

会話、と言うものを私は少しした事がありません。

 

ですが、星真には伝わったようです。

 

 

「あぁ、そうだな。すまない、三月」

 

 

三月。

 

そう呼んでくれました。

 

たったそれだけのことが凄く嬉しいと思いました。

 

人形の私は、凄く久しぶりに、嬉しいと感じたのです。

 

 

 

「・・・おまえは何も知らないのか?」

 

 

私はコクリと頷きました。

 

その言葉の意味も分からないのです。

 

 

「そうか・・・」

 

 

星真は少し迷ったような仕草を見せました。

 

そんな星真を私は見つめ続けます。

 

 

「分かった。」

 

 

何かを覚悟したように、星真は私の前に来ました。

 

 

「・・・?」

 

 

よく分からない行動に戸惑います。

 

そんな私の前に、星真が座りました。

 

 

「教えてやる。何が知りたい?」

 

 

何が知りたい、そう聞かれました。

 

困ります。

 

何がなんだか分からないのです。

 

 

混乱した私に、そっと星真は言いました。

 

 

 

 

“ 月、出ずる時

 

 

 

ひとつの贄を奉げよ

 

 

 

さすれば今宵、

 

 

 

月の神子(みこ)が舞う ”

 

 

 

 

「月姫・・・」

 

 

私は呟いていました。

 

 

「そうだ。そして月姫は、三月・・・おまえだ」

 

 

星真は真剣に言います。

 

まだよく分かりません。

 

ですが、私が月姫らしいのです。

 

月姫と言う言葉は、私の中で馴染みます。

 

 

「おまえの母親も、月姫だった」

 

 

ああ、だから母様は贄となったのですね。

 

全てがつながったような気がしました。

 

生贄の理由が。

 

 

月の神子。

 

通称、月姫。

 

それが私であり、母様なのです。

 

母様が贄となり、舞った時。

 

私は月から舞い堕ちたそうです

 

 

星真がきてから、三度目の夜です。

 

私は、星真と一日中一緒に居ます。

 

それが私の、初めての喜びとなりました。

 

 

「三月」

 

 

星真の口から、月姫の言葉はでなくなりました。

 

代わりに、三月、そう私の名を呼んでくれます。

 

 

人形の私は、少し笑う事を覚えました。

 

星真が話してくれる、外の世界。

 

 

青い空

 

白い雲

 

緑の木々

 

真っ青な海

 

 

星真の普通は、私にとって未知でした。

 

星真は楽しそうに、色々な事を教えてくれます。

 

私はぎこちなく、笑います。

 

星真の笑みは、私の全てとなりました。

 

 

 

 

 

今宵も月が綺麗です。

 

私は始めて、神というものに感謝しました。

 

 

 星真と出逢わせてくれて有難う御座います。

 

 

そう、感謝しました。

 

そして、月に祈ります。

 

 

 贄となるまでに、もう少しだけ時間を下さい。

 

 

私はもう人形ではなくなったのです。

 

星真に触れる事により、私は人に近付いたのです。

 

 

星真の寝顔を、月が照らします。

 

とても、可愛らしいと思いました。

 

今宵ほど、月が愛しく感じられた日はありません。

 

月は今宵も、私を見つめます。

 

 

 

 

月の光を浴びて私は、

 

 

 ――月姫となってしまうのです。

 

 

 

 

「三月、どうかしたか?」

 

「なんでもありませんよ」

 

 

私は普通に、話せるようになりました。

 

星真と逢ってから、1ヶ月が経とうとしています。

 

私はまだ、鳥籠の中です。

 

鉄の柱の間からしか、星真を見る事はできません。

 

私はまだ・・・人形なのでしょうか。

 

 

「星真・・・」

 

「なんだ?」

 

 

私を見て、そう返してくれる姿をとても愛しく感じます。

 

私は星真に、初めての感情を抱きました。

 

それを星真に聞くと、愛だと教えてくれました。

 

 

私は星真を、愛してしまったようです。

 

 

「愛してます」

 

 

驚いたような、照れたような星真の顔、

 

愛しい笑みで言ってくれます。

 

 

「俺も愛している」

 

 

私は幸せ者です。

 

生贄となるときは、少しずつ近付いてきます。

 

 

主はあの日以来、顔を見せてくれません。

 

 

 

 

「なぁ、三月」

 

 

悲しそうな顔で、星真が話し出しました。

 

私はずっと、何も言わずに聞いていました。

 

 

「・・・本当?」

 

 

信じられない話です。

 

そんな・・・

 

嘘だと言ってください。

 

お願いします。

 

 

「ああ、本当だ」

 

 

私は、胸を深く抉られたような気分です。

 

 

星真が話してくれたこと。

 

月姫と守護者は、必ず愛し合うという運命(さだめ)。

 

月姫となる者は、人を愛する事でより神子の存在に近付くのだそうです。

 

だから、時が近付くと、守護者と呼ばれる星真の一族がそばにつくのだそうです。

 

 

「・・・」

 

 

本当に、その通りでした。

 

私は星真を愛してしまったのです。

 

 

 

私は・・・

 

 

 神子に近付いたのです。

 

 

 

私は神子に近付くために、星真を利用する立場にあるのです。

 

そう考えると、胸が苦しくなりました。

 

これほどまでに、時を巻き戻したいと思ったことはありません。

 

あの日、私が拒絶していたなら。

 

星真は傷つかずにすんだのです。

 

私は、私を恨みました。

 

 

「三月、俺はおまえを愛している」

 

 

優しく星真は言います。

 

切なそうな顔です。

 

私はそんな顔、見たくありません

 

 

「神子でも月姫でもない・・・三月、おまえを愛している」

 

 

私はその時、初めて泣きました。

 

生まれて初めての涙でした。

 

 

星真は鳥籠の中の私に手を伸ばします。

 

ゆっくりと涙をすくってくれました。

 

 

 

 

次の日、主が私のところに来ました。

 

様子が可笑しいのです。

 

いつもの優しさの欠片もない、冷たい瞳で私を見ます。

 

 

「今日よ」

 

 

贄の儀は今日だそうです。

 

私は星真を見ました。

 

切なそうに、辛そうな目でした。

 

 

≪逃げるとどうなるか・・・分かるわね?≫

 

 

星真を一度見て、主は言いました。

 

私にだけ、聞こえるようにです。

 

私はコクリと頷きます。

 

 

「そう、いい子ね」

 

 

主は私を、初めて鳥籠から出してくれました。

 

私に許された時間は・・・あと少し。

 

私は始めて月を憎いと思いました。

 

そして、閉ざされた窓を睨みました。

 

 

 

 

「三月、逃げるぞ」

 

 

主が出てからすぐに、星真が言いました。

 

 

ああ、主はこのことを分かってたのですね。

 

だから、あんなことを・・・・・・

 

 

「私は月姫。逃げるわけには行きません」

 

 

それでも、星真は引き下がってくれません。

 

私の手を取って、無理矢理にでも連れ出そうとします。

 

私は覚悟を決めました。

 

 

「私は、絶対に逃げません」

 

 

星真の手を振り払って、私は言いました。

 

 

私が逃げれば、星真は殺されてしまいます。

 

主はそう言っていました。

 

 

「三月、おまえを死なせたくない!」

 

 

星真は初めて、声をあげました。

 

そして、私を抱きしめました。

 

覚悟が崩れていきそうになります。

 

星真は私を感じるように、強く強く抱きしめました。

 

 

人とは温かいのだと、初めて知りました。

 

 

 

そして、時が来ました。

 

 

主は約束どおり、私を迎えに来ました。

 

初めて、外の世界に出ます。

 

主に連れられて私の向かった場所には、人が沢山居ました。

 

 

月がとても、大きく見えます。

 

 

「三月・・・あなたは今から月姫。月の神子となるのよ」

 

 

さっきと同じ、冷たい瞳です。

 

もう、元の主は居ません。

 

悲しいのです。

 

 

月姫が、

 

私が、

 

主を変えてしまいました。

 

 

月の神子が、

 

私が、

 

星真を苦しめます。

 

 

月姫など・・・

 

 月の神子など・・・・・・

 

この世にはいらないのです。

 

 

 

 

 

「星真・・・ずっと愛しています」

 

 

私が三月のうちに、言いたい事でした。

 

だから私は、星真の前に居ます。

 

 

「三月、愛している」

 

 

そして私は、星真に抱きしめられます。

 

少し見つめあい、そっと口付けを交わしました。

 

とても、優しい味がしました。

 

 

「行ってきます」

 

 

私は笑いました。

 

今までにないくらいの満面の笑顔です。

 

星真への、最初で最後の贈り物です。

 

 

「あぁ」

 

 

星真も笑ってくれました。

 

 

月光の下へ、私は向かいます。

 

 

≪月が憎らしい≫

 

 

三月の私は、そう思います。

 

 

≪月が愛おしい≫

 

 

月姫の私は、そう思います。

 

 

体が勝手に動き出します。

 

私は月の神子となるのです。

 

この舞いが終われば、私は死んでしまうのでしょう。

 

 

ぽたり、涙が頬を伝います。

 

そして地に落ちました。

 

 

星真、有難う御座いました。

 

少しの間、私は幸せでした。

 

運命とは、恐ろしいものです。

 

 

星真、私は・・・

 

 月の神子となりし今も、星真を愛しております。

 

 

 

私は舞っています。

 

最後の舞いです。

 

 

三月は、月姫・・・月の神子となりました。

 

 

 

 

 

私が最後に見たのは、

 

 

 

 

星真の・・・

 

 

 

 

涙に濡れた、優しい笑顔でした。

 

 

 

 

今宵、

 

月が見えずとも

 

(私はあなたの傍らに)

 

 

 

 

 
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