No.826061

みほ杏バレンタインSS

jerky_001さん

まさかぼくも数年ぶりにTINAMIに投稿する作品がガルパン二次創作SSだとは思いもしなかった

2016-01-21 08:44:28 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1795   閲覧ユーザー数:1768

最初に変化に気付いたのは、戦車道全国高校生大会が終わってすぐの頃だった。

会長が西住に対して見せる表情に、特別な感情が込められている、と言うことに。

その事について柚子に話題を持ちかけたときは

「桃ちゃん、鈍過ぎ。みんな薄々気づいてたよ?」

と呆れた顔をされ、自分の察しの悪さにばつが悪くなり思わず癇癪を起してしまったが。

ともかく会長が西住に対して、学園艦救済の恩義や自分の願いに応えてくれる信頼感、そして戦いを通じて芽生えた友情といったものを

一歩踏み超えた特別な感情を抱いていることは、もはや誰の目にも疑いようのないことであった。

 

「かーしまぁ、今日の午後の予定は?」

「はい、本日は戦車道の履修が定例どおり、あとはいくつか生徒会の雑務がありますがこちらは他の役員で事足ります」

「ん。小山、例の予算増額案はどうなった?」

「はい。戦車道での実績が決め手になったのか学園長からの了承もあっさりと。戦車道以外の科目も合わせて、全体的な予算増額のお約束を頂きました!」

いくら全国大会優勝という実績を手にしたとは言え、口約束だと文科省役員からあっさりと掌返しを受け二たび廃校の危機に陥った教訓から、

選択必修科目の強化によって自校の特色を強め、二度と廃校の憂き目に合わない校風を作り上げるという方針は、卒業間際の会長にとって在校中最後の目標だった。

とは言え、寒さも落ち着きを見せ始める二月のこの頃になると、各種議案の最終承認といった大事をのぞけばおおよその雑務は卒業生から在校生へと引き継がれ、

我々はといえば暇に飽かして、休憩時間に校内見回りという名の練り歩きを繰り返すのがほぼ日課となっていた。

もっともこの見回り自体には、会長のごく個人的な目的もあるのだが。

周囲に目を走らせる会長の目線が一点に定められると、その先に西住の姿があった。

「あっ、…にぃしずみちゃーあん!」

「っひゃあ!か、会長…ど、どうしたんですか?」

まるで主人を見つけてはしゃぐ子犬のように西住の元へと駆け寄り、その背中にひょい、と飛びついて頬ずりをする会長。

一方で西住はというと、飛びつかれて驚いたのか間抜けな声を上げると、その声の主に気付きすぐに優しげな笑みを浮かべ問いかける。

その光景を見ていた柚子は、口を伏せくすくすと小さく笑う。

要するに会長は、見回りにかこつけて西住との談笑の場を設けたいだけなのだ。

「西住ちゃん今日は何の日か知ってるよねぇ?西住ちゃんってばモテモテだしもうさぞや沢山貰ったんじゃなぁい?」

「えっ?えーっとそれは、まだ優花里さんから友チョコを一つ貰っただけですよ?」

「いやぁーそれって本当に友チョコかなぁ?そういえばうさぎさんチームの一年生たちも隊長の為に手作りチョコ用意しようって張り切ってたよー?」

「そ、そうなんですかっ?えへへ…ちょっと嬉しいかな」

そう。二月のこの時期と言えば、イベント事の大好きな世の乙女たちにとって、そして何より恋する少女にとって大切な日。

意中の相手に心のこもった甘い贈り物を届ける日。バレンタインデーだ。

そういえば周りの生徒たちの話題も、友チョコだの本命だの、誰それにあげるだの誰彼から貰っただの、どことなく桃色づいた気配を感じるものだった。

「そういう西住ちゃんはさぁ、誰かにチョコあげたりしないのぉ?例えば私とかっ。私なら何時でも何処でもウェルカムだよー?」

「へっ!?えぇーっとそれは、その…秘密ですっ」

会長からの不意を突かれた質問に、図星なのか西住の声がうわずる。

小さく微笑みながら誤魔化すが、それが傍から見れば誤魔化しにもなっていないのは、彼女が後ろに隠した両手指の絆創膏が物語っていた。

よく見れば両目の下にはくっきりと隈が刻まれ、昨日は夜更かしをしていたであろうことが窺える。

慣れない手つきで両手指に怪我をするような作業を、目に隈を作るほど熱心に行っていた、となれば、それが何を意味するかぐらいさすがの私でも察しが付く。

そして、夜更かしの証である目の下の隈は、会長にもはっきり刻まれていた。

 

思えば西住の会長を見るまなざしに変化の兆しが見えたのは、我が校が二たびの廃校危機に見舞われ、その起死回生の策として挑んだ大学選抜対抗戦の後だった。

廃校再撤回の約束を取り付けるために身を粉にして方々を駆け回った会長の、その努力に報いたいという西住の思いやりが、やがては友情を超えた強い思いに変わり

二人を近づけるに至ることは、よくよく考えてみればありえない話ではなかった。

度々会長と言葉を交わす西住の柔らかな表情には、確かな深い思慕の念が見え隠れしていた。

そして、二人の想いが正に結実しようとするならば、チャンスは今日この日を置いて他は無かった。

 

 

 

昼食が終わると、残りの休憩時間は会長室でゆったりとするが我々の普段の過ごし方だ。

「よろしかったんですか会長?せっかくのチョコ、渡さなくって」

「いやいやこういうのはサプライズ感が大事でしょー。予期せぬ相手からの突然のプレゼント!…にウブな西住ちゃんはイチコロってわけよ」

柚子からの直球インタビューにケラケラと笑いながら返す会長。

会長ほど聡明な方ならば、おそらく自分の思いの内が周囲にも気付かれていることは重々承知であろう。

その上で、気付かれているということに気付かないふりをしている方が、仲間達との関係をギクシャクさせずに済むと考えああしておどけた態度を取って見せる。

会長はそういうお方なのだ。

「会長、そろそろ休憩も終わりますし、午後の授業に向かいませんと」

「んー」

時計をちらりと見やり、午後の戦車道履修に向かおうとする我々を、予期せぬ来訪者が割って入った。

「し、失礼します会長!」

「なんだ突然!扉をノックぐらいせんか!!」

扉をあけ放ち飛び込んできたのは生徒会役員の一人だった。両手に分厚い書類の束を抱えて入ってきた不躾な役員を私は一喝する。

「かーしま、いいから。それよりどうしたのさ」

「は、はい。それが、先日提出した予算増額案の書類が、全体の予算計算に誤りが見つかって訂正をお願いされまして…」

「わかった。その件は後日修正書類を提出する。それで問題ないな?」

「そ、それが。本日中に申請書類がそろわないと、その、予算申請に間に合わないので至急お願いしたいと…」

その言葉に会長が、一瞬ピクリと眉を震わせた。

あれだけの量の書類をもう一度精査し、作り直すとなれば相当な時間がかかるだろう。

ふと休憩中の会長と西住の会話を思い出す。おそらく西住は、授業後に会長にチョコレートを渡す気だろう。両手指に怪我をしながら一生懸命作ったチョコレートを。

そしてそのもくろみは会長も同じだ。

会長の事務机の一番下の鍵のかかる引出しにしまわれた、おそらく昨日夜更かしして作ったであろうチョコレートがそれを物語っている。

それでも、きっと会長はこう言うだろう。

「わかっ―――」

「わかった。書類の方は我々で何とかする。貸してくれ」

「か、河嶋?」

会長の言葉を遮るように、率先して言葉を繰り出す。

「それよりあなたは、戦車倉庫に行って戦車道履修生徒のみんなに自主練習をしているように伝えて。お願いできる?」

「は、はいっ」

「小山…」

役員の書類を受け取り、柚子が言伝をお願いする。

こういう時会長は、浮かれて書類にしっかり目を通さなかった自分を責めるだろう。そして責任を自分一人で背負い込んで片付けようとする。

普段は飄々としていて苦労をおくびには出さなくとも、会長とは昔からそういう方なのだ。

だからこそ。

「会長、手分けして作業しましょう」

「大丈夫、三人で分担すれば必ず間に合いますから」

「…おぅよっ!」

 

 

 

夕日指す戦車倉庫の片隅。赤茶けた煉瓦が赤みを帯びた日の光に照らされ鮮やかな色合いを見せる。

その背景に溶け込むように、亜麻色の短い髪を夕日に染めた少女が佇む。

そんな彼女の前に、膝に左手を突き息を切らせたツインテールの少女。

「はぁっ、んはぁっ…に、にしずみちゃんっ」

最初に口火を切ったのは、会長の方だった。

「あ、あのっ会長、大丈夫ですかっ?ゆっくり、落ち着いて…」

会長のただならぬ様子に気づかいの言葉をかける西住。

「う、うん。大丈夫…もう落ち着いたから」

あれから我々三人は手分けして予算書類を精査し直し、驚くべき速さで書類の訂正を進めていった。

いつだったか誰かに、「その手際がもう少し戦車道に生かせればいいのにね」と揶揄された自身の事務仕事の力量に、今日ばかりは感謝したい。

そして完了の目途が付きつつあった頃を見計らい、柚子と声を合わせて会長を西住の所へと送り出したのだ。

会長は最後まできちんと面倒を見ると固辞したが、今回ばかりは会長の意向をねじ伏せ、二人して西住のもとへ駆けつける様急かした。

何しろ授業終了まであと五分と迫っており、この機を逃せば西住を探し出して合流できる保証は無かったから。

「あ、あのさぁ西住ちゃん。えっと…その、あのね」

「は、はい」

普段の態度からは想像できないような、煮え切らない態度で言いよどむ会長。

その様子からただならぬ事態を察したのか、微かにに緊張した様子で真顔になる西住。僅かな静寂。

「こ、これ。西住ちゃんに…受け取ってほしい」

後ろ手に隠していたかわいらしい包みの袋を、西住の元へ差し出す。

一瞬あっけにとられた表情を見せた西住の顔が、見る見るうちに赤く染まっていく。

「え…え、えぇっ!?わ、私に…ですかっ!会長がっ!?」

「…あー。い、嫌ならいいんだ!ごめんねビックリさせてさっ」

西住の戸惑いを悪い方へ受け止めたのか会長が思わず取り繕う。

「ち、ちがいますっ!嫌なんてそんな…凄くっ、うれしいですっ!」

会長が引っ込めようとした包みを両の手で包み込むように引き止め言葉を続ける西住。

「…本当に?迷惑じゃない?西住ちゃん」

「迷惑なわけないじゃないですか。むしろ、会長からチョコを頂けるなんて思ってなくて…すごくっ、うれしいですっ!」

西住の言葉に緊張の糸が解れたのか、安堵の顔を浮かべる会長。

全国大会の優勝を遂げた後のような。大学選抜対抗を勝ち抜いた後のような。本当に心底緊張と重責から解放されたかのような、等身大の角谷杏の表情。

「…会長、私からも…差し上げたいものがあるんです。」

そう告げると、西住は気づけば地面に落としていたカバンを拾い上げ、中から小ぶりのこれまたかわいらしい包みを取り出す。

「…私に?用意、してくれてたの…?」

見回り中に会った時冗談めいて言ってはみたものの、本当に用意しているとは思っていなかったのか驚きを隠せずにいる会長。

「受け取って、くれますか?」

「も、もちろんっ!」

西住の差し出したチョコを両手で受け止める。一寸、間を置いて。会長が何かを決意したのか、先ほどまでの嬉しさをこらえて真顔になる。

「…あのね、西住ちゃん。今日はもう一つ…伝えたいことがあるんだ」

「…え?」

再び、一寸の静寂。だけどその停滞を許さぬとばかりに、一筋の海風が校舎を吹き抜けた。

二人の髪が、制服が、ひらりと揺れて。会長が意を決する。

「西住ちゃん。…私は、西住ちゃんが、好きだよ。」

「…っ!?」

ピクリと背筋を震わせ、驚きの表情を見せる西住。だけど、続く言葉をしっかりと受け止めるべく、すぐに落ち着いた顔を見せる。

「友達としてとか、恩人としてとか、じゃない。…これからもずっと、西住ちゃんと一緒にいたい。…恋人に、なりたい」

一言一言をじっくりと噛み砕くように。西住は会長の言葉を真摯に受け止める。

「変だよね、女の子同士なのに。…迷惑だと思ったのなら、忘れてほしい。わたしも忘れるから」

「め、迷惑なんかじゃ、ありませんっ!」

会長の言葉に被せるようにして、今度は西住が口火を切る。

「わ、私も…会長の事が…大好きです」

背筋に電撃が迸り、びたり、と静止する会長。驚きの様子がこちらにまで伝わってくる。

「会長と、これからも一緒にいたい。たくさん、一緒に思い出を作りたい。…恋人に、なりたいです」

「…本当に?」

「本当です」

「ほんとにほんとに、本当に?」

「ほんとにほんとに、本当です」

「ホントにホントにホントに本当!?」

「ホントにホントにホントに、本当ですっ」

一見すると不毛に思える押し問答が終わり。

「―――にしずみちゃぁあんっ!!」

「ひゃわぁっ!?か、会長?」

感極まった会長が西住に飛びついた。下品な言い方をすれば所謂駅弁体勢になって抱きつく。

「にしずみちゃぁあん嬉しいようっ。これで、両思いだねっ!」

「…はいっ!私も会長と両想いになれて…うれしいですっ!」

飛びついてきた会長をしっかりと受け止め、優しく抱きしめる西住。

社交辞令ではない、単なる友愛でもない。恋人同士のそれに違いない確かな抱擁。二人の切なる思いが確かに成就した瞬間だった。

永遠にも思える長い抱擁が終わり、会長が西住から離れゆっくりと降りる。

「…西住ちゃん。一つ、わがままを言っても、いいかな」

「はい。私に叶えられることなら、何でも」

再び会長が何かを決意して言葉を切り出す。

「恋人同士の誓いが…したいな」

「えっと、それって」

「…ん」

会長が目を閉じ、すっと顔を上げて唇を突きだす。

戸惑いながらもその意味を察した西住は、ゆっくりと会長の動きにシンクロするように、前かがみになってゆく。

唇と唇、その距離がみるみる近づき、二人を隔てる隙間が狭まってゆき、そして―――

 

 

 

最後の瞬間は、見ていられなかった。

木陰に身を隠し、二人の視界に入らないよう、二人の世界に水を差さないよう、背を向けた。

俯いた私の視界に影が差し、ふと見上げると、そこには柚子が佇んでいた。

あれから私たちは神速で作業を終え、修正書類の提出を果たすと返す刀で会長と西住の顛末を見守るべく駆けつけたのだった。

「えらいね、桃ちゃん。頑張ったね」

「…会長は、今まで十分過ぎるほど十分に頑張って来られた。普通の学生としての生活を犠牲にして、あらゆる責務と重責を背負い、果てはこの学園艦の存亡をも左右する

 

大事さえも身命を賭して解決なされた」

「だからこそ、全てに決着を付け、あらゆる重荷を降ろした今この瞬間は。卒業までの僅かな間だけは、普通の、学生として、かいちょうに、じあわぜな、じかんを、ずご

 

じで―――」

想いが、溢れて、もう止まらない。

「―――っ、うぅぇええええええええんゆずちゃ゛ゃぁああああああああああああああああんんんっ!!!!」

「うん、うん、良い子だね、桃ちゃんは。すごく頑張ったね。優しいね、桃ちゃんは」

「うぇえっ、ひぐっ、ゆずちゃぁあん、ゆずちゃぁあああんっ!がいち゛ょうにっ、じあわぜになっでほしいよぉおおおっ!!」

「うん、うん、そうだね。きっと二人なら、幸せになれるよ。うん」

二人に幸せになってほしい。その気持ちに嘘偽りは無かった。それでも、会長の隣に並び立つ者が私たちでは無く、西住に取って代わる。

その事に寂しさを隠しきれず、涙をこらえることが出来なかった。

子供のように泣きじゃくる私を、優しく抱きしめ、あやしてくれる柚子。

思えばいつもそうだった。泣き虫な私をどんな時でも、会長と一緒に慰め、優しく包んでくれた。

その優しさに今だけは恥も外聞も無く、甘えていたい。

 

想いを遂げ、結ばれた二人の少女を祝うように、悲しみを堪え、最も大切な存在を送り出した私たちを慰めるように。

夕暮れ時を飛ぶ一羽のかもめが、吹きすさぶ海風に乗って、鳴き声を空に響かせた。


 
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