No.825705

雪合戦 前夜

雪をテーマに思いついた艦これSSの一つです。
多分続きます。

2016-01-19 00:01:45 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:973   閲覧ユーザー数:971

「おー、雪ですよ! 雪!」

 雪風がいつものように布団から勢いよく飛び出して窓を開けると、ひんやりとした空気が流れ込んでくる。

「窓しめてよ。寒いわ……」

 もこもこの羽毛布団の中から漏れでた同居人の声を聞くと、彼女はさっと窓を閉めた。それから二段ベッドの梯子に足をかけて、ひょいっと二段目を覗き込む高さまで自身の体を持ち上げる。そして布団の端を持ち上げて、半ば首を突っ込む形になりながら、声を上げる。

「雪が積もってます!」

「……大声出さないでよ」

「雪が積もっています」

 気持ち声を搾って言い直してから、雪風は布団をずるずると階下へ引きずり始める。初風が抵抗を試みても、雪風には重力が味方しているから、あっという間に勝敗は決してしまった。タオルケット一枚では、さすがに横になっていることはできない。

「さぁ、着替えてラジオ体操しましょう!」

「冗談やめてよね……」

「冗談じゃありません。いつもやっていることです」

「立冬まででしょ」

 初風がようやくベッドから降りてくる。が、彼女は雪風から掛け布団をひったくると、そのままベッド——上段ではなく、雪風が使っている下段の方に——に倒れこんで、きっちりと、それはもうきっちりと布団の中にくるまってしまった。布団の端を抱き込んで、外からは手の出しようが無いようにしている辺りに、彼女の性格がにじみ出ている、と雪風には感じられた。

「それこそ初耳です! ほら、起きますよ!」

 雪風も呆気にとられていた自分を叱咤して、初風の鉄壁の防御をこじ開けようと挑んでみたが、今度は合金製の金庫を工具無しで開ける様な、無謀な戦いに思えた。完璧に外界と隔絶したような羽毛布団の塊を前に、雪風はうなった。残された手段は、布団を破壊する、というものだけだが、さすがにそのあとが恐ろしすぎて、試す気にもなれない。怒りで針が振り切れたときの初風の恐ろしさと言ったら、駆逐艦娘がクモの子を散らすように逃げて、駆逐艦寮が一斉に空になるレベルだ。無論、それだけではない。司令部には柴田副司令を本部長とする対策本部が立ち上げられる。これは不文律ではあるが、秘書艦の間では至極当然のように共有されている。一応他にも何人かの対策方法が確定されているのだが、その中でも特に注意が必要なAランクにリストアップされている。万が一にも怒らせるようなことがあってはならない。

「では、雪風は先に行きますからね。戻ってきたら起きてくださいね」

 着替を終えた雪風がそう告げると、布団の一角からにゅっと手が伸びてきて、ひらひらと掌を横に振った。雪風はため息をついて、部屋のドアノブに手をかけた。

 

「……あ、おはようございます」

 ドアを開けると、見慣れた顔が二人、廊下に立っていた。銀と黒、長と短という対称的な髪の二人は、隣室の天津風と時津風。どうやら、今の一騒動が筒抜けだったらしい。心配そうな面持ちで、雪風を見ていた。雪風が後ろ手にドアを閉めると、天津風がおはよう、と口を開いた。

「大丈夫かしら?」

 天津風の言葉に、雪風は両腕を地面と水平に広げて、セーフセーフ、とおどけた口調で言った。

「そう。ならいいわ」

「ちょっとだけ心配してたんだよねー」

 と時津風。

「朝はいつも不機嫌値の上昇補正ボーナスが高いから」

 これに天津風が頷いた。

「本当。一層のこと定量的に判断できればいいのに。額に数値が浮かんでたら楽じゃない?」

「あー、それいいねー。わかりやすい」

「それはダメです。絶対にギリギリのところで遊び始める人が出ます」

「磯風とか〜、磯風とか、磯風とか?」

 時津風がケラケラと笑った。

「陽炎もやりそうじゃないの?」

「あの二人変なところで似てるもんね」

「逆よ。変なところしか似てない」

「あ、あのー、今日の二人はなんだか随分攻撃的、ですねー」

 雪風が遠慮がちに声をかけると、二人は同じように目を細めて言った。

「当然でしょう」

「当然でしょ」

「えっと、何がどう当然なのか、雪風には話が見えませんが」

 雪風の反応に、二人はやはり同時に、あっ、と言った。

「そっか。雪風達は昨夜いなかったんだっけ」

「そうだったわね」

 雪風は首を傾げた。昨夜は帰投後、残務処理をしてからさっさと寝てしまったから、その後で何かがあったということなのだろうか。

「雪が積もるという話だったから、除雪の準備を整えてたのよ」

「そうしたら陽炎と磯風が、スコップ持って飛び出して行った」

「ほう? ……ん?」

 雪風は、天津風が指差した先を見た。駆逐艦寮の北側。北東にある巡洋艦寮との間にちょっとしたスペースがある。普段であれば芝生で青々としている一角が、一面の雪原になっている。そこに、見慣れぬ構造物が見える。

「んん?」

 廊下の窓を開けて、よくよく見れば、それはトーチカの様な大きなものから、ただの壁の様なものまで、大きさも形状もさまざまだ。何の目的を持って作られたのか、雪風にはよくわからなかった。

「何ですか? あれは」

「何に見える?」

「何でしょう? この前、見学で見た訓練用の施設に近い気が」

「まぁ、そんなものよ。アレを作らされてたのよ。昨夜」

 天津風の声にあからさまな敵意が混じる。

「作るって、あれ全部……? 一晩で……?」

「磯風が立案して、陽炎が旗を振ったわ」

「なんか、雪合戦したいんだってさ」

 時津風がげっそりしたように言う。

「あんなものなくても、雪合戦ならできるのにさー」

 雪風にも、一連の構造物は、ただ遊びのために造ったにしては少々大げさすぎる気がした。だが、旗ふり役が旗ふり役なだけに、さもありなん、といったところだろうか。

「ということは、二人はあまり寝てない?」

「私達だけじゃなく、ね。昨日今日非番の娘はほぼ全員寝不足」

「それはまた……」

 おつかれさま、と雪風は小さくつぶやいた。二人がそんな状態なのに、ぐっすり寝てた自分が、さらには隣室の爆発物の心配までさせたことがことさら申し訳ない。

「まぁ、過ぎたことだからいいのだけれど」

「問題は今日これからだよ。チーム分けして、試合やるんだってさ。二人ともめっちゃ目をキラキラさせてたよー」

「……ああ。……なるほど」

 二人がげんなりしている主たる原因が、自分と初風ではないことがわかって、雪風は胸を撫で下ろした。しかし、雪合戦か、変なことになったな、と雪風は思った。正直なところだと、少しだけ楽しみにも思っているのだが、さすがにそれを二人の前で表明することはできない。

 三人が寮の外に出ると、どんよりと曇った空からは今にも雪が降り出しそうな雰囲気だった。時折海から吹き込んでくる強い風は、冷たい。だいぶ強い寒気が張り出しているのだろう。

「……今日は荒れそうね」

 天津風の小さくつぶやいた声が風に乗って、かすかに雪風の耳まで届いた。


 
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