No.822914

天馬†行空 五十話目 仁義亡くして日は落ちて

赤糸さん

 真・恋姫†無双の二次創作小説で、処女作です。
 のんびりなペースで投稿しています。

 一話目からこちら、閲覧頂き有り難う御座います。 
 皆様から頂ける支援、コメントが作品の力となっております。

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2016-01-04 01:48:09 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:4044   閲覧ユーザー数:3227

 

 

「ま、素直には進ませてはくれんよね。当たり前っちゃ、当たり前か」

 

「流石は袁本初といったところですか。こちらより多くの兵を差し向ければ事足りると考えるあたりが特にね――ふ、なめられたものです。こちらは雑魚を相手にしている暇など無いというのに」

 

 鄴へと続く街道で、官軍と張郃、高覧が率いる袁紹軍が睨み合う。

 司馬懿はのほほんとした調子ながらも、眼光だけは鋭く敵軍を見る。

 一方、鍾会は敵の首魁たる袁紹の本拠地を曹操に落とされる事への危惧か、或いはさしたる労苦もなく壺関を抜いた慢心か、敵軍を端から相手にもしていないような態度だった。

 気ばかりが急いている同僚を落ち着かせるかのように、司馬懿はゆっくりとした動作で敵軍を指さす。

 

「士季、張郃と高覧はこれまた変わった陣で挑んでくるようだね」

 

 先頭に立つ藍色の髪と同色の瞳を持つ少女は袁家のシンボルともいえる金の鎧ではなく、傷だらけの黒い鎧を纏っており、飾り気のない大刀を携えていた。

 司馬懿と鍾会を射貫くような視線は鋭く、今にもこちらに打ち掛かって来そうにも見える。

 

「長蛇の陣。恐らくは壺関を落とされた袁紹が慌てて出した軍ですね。よほど急いでいたのでしょう、我々と接敵するに至ってもそのままの陣形とは……攻め寄せるのであれば鋒矢、大将を先頭にするのであれば偃月の陣を採るべきでしょうに。ふん」

 

 やはり袁紹の麾下は兵法に疎い者しかいないのですね、と鍾会は鼻を鳴らした。

 

(それはどうかねぇ?)

 

 しかし司馬懿は鍾会とは逆に考える。

 

(こっちは歩兵を主力とした魚鱗。対して相手は騎兵……ん、馬鎧とか着けてないから速さを生かした軽騎兵ってとこか。それで長蛇の陣、ってことは)

 

 チラリと目を袁紹軍後方へと向ける……が、当然ながら前方の群れに隠されており中軍、或いは後曲に位置しているであろうもう一人の将の姿は見えなかった。

 

(真っ向から当たるのではなく、横合いから突撃しつつ、隙あれば後方まで一気に駆ける――ってとこかな)

 

 先鋒が張郃、高覧の何れであろうが確実にこちらの目を引き付ける役目だ。

 本命は戦端が開かれた後に展開するであろう後方に控える将、

 

「袁紹が将、高覧と申す。壺関を下した(つわもの)よ、この先に進みたくば我が軍を降して往くが良い!」

 

(へぇ、先に名乗ってくれたかい。――ってことは張郃が本命か。さて)

 

 先鋒の将が名乗りを上げてくれた為、張郃に確定した。

 

「そこを退け、大罪人の犬めらが。劉協陛下が遣わした我ら精兵に加え、公孫賛……殿や曹操に包囲されている貴様等には最早万に一つの勝機すらないわ!」

 

(やれやれ、相変わらずだね士季は。相変わらずの陛下至上主義だ)

 

 劉協の側近として近侍している司馬懿は、鍾会のその態度に苦笑する。

 司馬懿にとって劉協は仕える主君であり、またその器に容れられた人材だ。

 だが司馬懿には司馬懿の理想がある。

 それを叶える為の最善手として劉協に頭を垂れているのであり、盲目的にその全てに従っているわけではない。

 

『司馬仲達。お前は自らの才を天下に示し、活かせ。朕が間違っていると思うのならお前が糾せ。それが朕がお前に望むものだ』

 

 ――それは、司馬懿が劉協に仕えるにあたって劉協本人から示されたものである。

 

 ――その言葉は、劉協自身が登用した人材達の前で発せられたものである。

 

 故にこそ、誰よりも劉協を敬愛して止まず、またそれを公言して憚らない鍾会にとっては自分自身こそが掛けられたい言葉だったのであろう。

 

(ま、士季には悪いけど陛下にそこまで言われちゃあ……ね。ここで手柄を、って意気込む気持ちは解らんでもないけど兵を無駄に損なう訳にもいかないし)

 

 完全に上から目線で見下す鍾会の言葉を聞いた高覧は怒る訳でもなく、ただ静かにこちらと対峙していた。

 

「ふん、所詮は現状すら把握できぬ輩か。……司馬懿殿は後曲へ、ここは私が始末を付けましょう」

 

 まるで動じる気配のない高覧の態度に業を煮やしたらしく、表面上は冷静な様子で鍾会は馬を進める。

 

「ん……敵は機動を旨とした構え。横を取られないように気を付けること」

 

「そこまで警戒する手合いとは思えませぬが……気には留めておきましょう。鍾会隊、進軍! 賊軍を蹴散らし、鄴までの道を開く!」

 

『ははあっ!!!』

 

「……中曲も前曲に続くこと。敵の動きにはくれぐれも注意して」

 

「はっ!」

 

 檄を発して進軍する前曲の鱗を前に眺め、司馬懿は待機していた中曲の将へ命を下した。

 壺関では床子弩隊の指揮を執っていた中曲の将は一つ頷くと、素早く馬を返して鍾会の部隊の後を追う。

 前曲と中曲が前進し、間が空く形となった司馬懿の後曲は僅かに時間を置いてから前進を開始する。

 

(お膳立ては出来たかね)

 

 それとなく速度を落として進軍しながら、司馬懿は少しずつうねり始めた敵陣を見つめ、

 

(さて、お手並み拝見といくよ)

 

 すうっ、と目を細めて腰に佩いた剣を抜き放った。

 

 

 

 

 

 江陵での攻防は蒯越の目算通り二日で終結を迎える。

 床子弩を中心に据えた攻城戦は、張允らの船をあわや水没直前まで追い込んだこともあってか守備側の士気は上がらなかった。

 抗しきれないのを悟り、江陵を放棄した張允と蒯越は落城前に襄陽へと急使を飛ばし、現在は麦城へと退いて荀攸への迎撃準備を整えている。

 一方の荀攸は張允を退けた後、江陵に入ると兵馬を十分に休めさせてから北へと進軍を再開した。

 すぐにでも追撃が来ると想定していた張允らは肩透かしを食らった形となり、夜襲に備えて眠れぬ一晩を過ごしたためか、皆しきりに眼を擦っている。

 やっと緊張の糸が切れて一眠り出来た頃合いで地平線に姿を現した董卓軍を見て、見張りが悲鳴に近い声を上げた。

 それは先だってからの戦で悉く痛い目に遭っているからというのもあるが、今は別の理由もある。

 

(――江陵を放棄したのが裏目に出た、か)

 

 頼みにしていた援軍は、襄陽を出発したらしい……が、数はわずかに三千ほど。

 こちらは一万を切る兵力で、確認しただけでも董卓軍は騎兵を三千に歩兵を五千、弓兵三千を有していた(後に、実際の数は二万だったと知ったが)。

 兵力でも士気の差でも最悪のこちらと殆ど兵を損じていない董卓軍とでは、例え襄陽からの援軍が到着しようとも結果は見えている。

 そもそも、江陵を取られているのに援軍が少ない理由は襄陽より以西にあった。

 襄陽より北西に位置する新城、そこに「張」の旗を掲げた謎の敵軍が姿を見せたというのだ。

 敵というのは、付近にいた劉表兵(呂公が率いていた敗残兵。一部は襄陽へと馬超襲来を知らせる為に帰還したが、残りは引き続き周囲の索敵を行っていた)が襲撃を受けた為。

 僅かな生き残りは馬超に引き続き、敵の増援が上庸へと集結しているのだと推測し、襄陽へと知らせる為に急ぎ撤退した。

 報せを受けた劉表は降って湧いた敵の存在に飛び上がらんばかりに驚き、慌てて襄陽付近(当然の如く西)の防備を固めるべく指示を出したのである。

 ただでさえ武官の少ない劉表軍。

 故に、張允という数少ない戦経験者を有している上に蒯越を参軍としているこの部隊にはさほどの援軍を寄越されなかったのだ。

 

(よもや、劉璋がここまで早く敗れるとは…………姉さん)

 

 謎の軍との報告だが、蒯越はその軍の正体を看破していた。

 ”その”可能性があったからこそ出陣前に姉はあそこまで”なにか”を気にしていたのだと、ここに来て蒯越はようやく気付く。

 

(負けたかな……私達)

 

 間も無く、戦が始まり――。

 

 ――そして、麦城は董卓軍の手に落ちるのだろう。

 

 馬超と「張」旗の軍が益州より進軍して来た事実に気付けたことには最早何の感慨すらも抱けず、蒯越はただじっと空を見上げていた。

 

 

 

 

 

「我々には戦う意志は無い」

 

 江夏。

 紅の鎧の群れが城門前に集う中、城壁に立つ文聘は静かに宣言した。

 

「だが、ここを貴殿達に明け渡すつもりはない」

 

 淀みなく紡がれた文聘の次の言葉に、ざわ、と孫策軍が色めき立つ。

 

「――どういうつもりかしら?」

 

 先頭に立つ雪蓮は、文聘を見上げ静かに疑問を口にする――表情は柔らかに、ただ眼光だけは鋭く。

 戦う意志は無いという文聘の言葉は本当なのだろう。

 見たところ江夏の城壁に立つ兵は、どう多く見積もっても千に満たない。

 城壁の下、つまり門を守備している者達がいるとしてもそれより多くはないだろう。

 対してこちらは孫策軍と漢軍を合わせて五万強。

 とても勝負になるとは思えないし、雪蓮が伝え聞いた文聘という将はそのような戦をする人物には思えない。

 だからこそ彼女の言葉に籠められた真意を雪蓮は問うのだ――お前は、何を考えているのだ? と。

 射貫くような雪蓮の視線に、しかし文聘は動じることなく再び口を開いた。

 

「言った通りだ。江夏は”孫家”には明け渡すつもりはない」

 

 孫家、の部分をやや強調しながら、文聘は雪蓮の横に立つ朱儁へと視線を移す。

 

「だが朱公偉殿。貴女ならばこの江夏を治める主を知っているのではないのか?」

 

 あくまでも穏やかな口調で続ける文聘に、朱儁は腕組したまま瞑目した。

 

「……伯諸」

 

 暫し瞑目していた朱儁は、やにわに傍らの桓階に呼び掛ける。

 呼ばれた桓階は一つ頷くと、一歩前に出て文聘を見上げた。

 

「失礼。私は桓階、字を伯諸と申す者。今回の戦における荊北の領有権について陛下より一任されております」

 

「――っ」

 

 一礼して告げられた桓階の言葉に、雪蓮は思わず眉間に皺を寄せる。

 そして、今更ながらにあの約定を思い出した。

 黄祖との戦からここまでうっかり忘れていたが、この戦は亡き母、孫堅の仇討ちではあっても領地を得る為の戦ではなかったことを。

 

「董卓殿の荊南統治に対して劉表殿が流言や扇動を謀り民の生活を乱さんとしたこと、既に把握しております」

 

「ほう、何を証拠にそのような戯言を申されるか? 桓階殿よ」

 

「私が従軍する以前から、陛下によって遣わされた者達が荊州の情報を逐一調べております。例えば文聘殿、貴女が長沙へと兵を向けていた事なども」

 

「……私は賊徒によって蹂躙されんとしていた長沙を案じた殿の命によって兵を率いたに過ぎない。貴殿の言い方はまるで殿が長沙を己が手に入れんとしていた様に聞こえるぞ」

 

 淡々と喋る桓階に対して、文聘は胸中の思いを押し殺しつつも反論を試みる。

 

「その通りです、文聘殿」

 

 だが桓階は小動もせず、そう言い切った。

 

「袁紹との密約、同盟によって送られた郭図という者による賊徒の扇動。それが長沙を目指していた事実は承知済み、ということです。お望みとあらば、他にも情報を提示できますが?」

 

「――!」

 

 袁紹との同盟は周知の事実としても、郭図の存在は秘されていた筈。

 開戦直前まであのいけ好かない男は裏で暗躍することに徹していたのだ。

 泰然とした様子の桓階を見下ろす文聘は一度だけ目を閉じると、小さく吐息を漏らす。

 

「返答が無くば話を元に戻します。江夏はこれより、董卓殿の統治下に置かれます。諍いを起こす気が無いのであれば董卓殿の下に降り、これからの治世の一助と成って頂きたい」

 

 その言葉は文聘だけに掛けられたものではなく、城壁に居並ぶ将兵全てに向けられていた。

 

 

 

 

 

「事は成りました。劉賢殿、刑道栄殿、ここからは進軍速度を落とします」

 

「ぅえ!? どーしてさ? ここまで順調に来てるんだからこのままの勢いで一気に襄陽まで行けばいいじゃん!」

 

「お嬢……開戦前に軍師さんが話した作戦、覚えて無いんですかい……」

 

 いつも通りの困ったような顔で告げた荀攸こと月季の言葉を聞いて、不思議そうにそう言葉を返した劉賢に刑道栄は頭を抱える。

 劉表の居城である襄陽城までは、撤退した張允らが篭る麦城を落とせば後はさほどの障害は無い。

 ここまで連戦連勝で勢いづいている月季の軍中では劉賢のように考えるものも少なくはないだろう。

 だが、月季はここで別動隊との足並みをそろえて最終決戦へと望む腹積もりでいた。

 別動隊とは言うまでもなく、遊撃隊として動いている馬超、それに上庸に駐屯している益州からの援軍である。

 江陵に入った月季は直ぐに近辺の港へと斥候を放ち、劉表軍の姿が無いことを確認していた。

 

(流石は風殿、よもや馬超殿を派遣して頂けるとは思ってもいませんでした)

 

 加えて、夷陵への偵察がてら馬超らとの接触も済ませている。

 彼女達はこれより上庸から出る軍と連携して襄陽へと迫るとの報せを受けた。

 

(後は……孫策が来るでしょうね)

 

 仇敵を目前にして江夏で止まるとは思えない。

 諜報では夏口へと進軍中との事だったが、恐らくはさほどの時間を掛けずに江夏を下して劉表へと向かうだろうと月季は推測していた。

 

(包囲完成ですか。――詰みですよ、劉景升)

 

 南より自分達、西から馬超達、そして東からは孫策らが。

 北は元より劉協が抑えている為問題はない。

 

「合図と同時に進軍は再開します。ので、それまではゆっくり休んでいて下さい」

 

「うぇ~い」

「了解しやした」

 

 完成した盤面を脳裏に描き、月季は部屋を後にする二人の背を見遣ると椅子の背にゆっくりと身を預けた。

 

 

 

 

 

「久し振り、かしら? 公孫伯珪?」

 

「ああ、そっちも息災みたいだな。曹孟徳」

 

 南皮と平原の境にて、二つの軍が対峙する。

 一方は白、白馬義従と名高い白蓮の軍勢。

 開戦からここまで幾度の戦闘を経て白い軍装は所々黒や赤茶色にはなっているが、白蓮を初めとした将兵達の瞳は些かの輝きも失われていない。

 もう一方は青、死を象徴する髑髏の意匠が施された軍装を纏う華琳が軍勢。

 御遣いが歴史に介入した所為か、両の瞳が健在な春蘭を筆頭とした武官達は武具だけでなく馬具も白一式の軍を前にしてピリピリとした空気を出していた。

 あの後、南皮を守護していた淳于瓊を下した白蓮は士気が落ちた袁紹軍に投降を呼びかけて開城させる。

 戦の疲れは殆ど無く、別動隊の柚子(田豫)と合流した白蓮達は即座に南下した。

 一方の華琳は平原を無血開城させた後、鄴より押し寄せるであろう袁紹軍に対しての備えを残し、先ずは北の南皮を攻め落とさんとする。

 結果、華琳らは南皮に着く前に白蓮達の軍と出くわした、という訳だ。

 互いに協力関係に無く、またどちらもが袁紹を打倒せんとしている。

 故にこその対峙、穏やかな風が吹き抜ける草原には張りつめた空気が漂っていた。

 その空気を破るのは両軍の大将の会話、不敵に笑う華琳と奇妙なくらい落ち着き払った白蓮。

 

「――ふふ」

(ほぅ――連合の時とはまた違う。公孫賛、このような顔も出来るのか)

 

 凪いだ湖面を思わせる琥珀色の瞳を正面から見詰めた華琳は、雰囲気の違う白蓮に感嘆の声を漏らす。

 反董卓連合の際には常に穏やかな印象が強かった白蓮が今、震えが来るような威圧感を静かに漂わせていた。

 

 ――不退転。

 

 白蓮から感じられるのはその一語に尽きる。

 それを察し、笑みを深くした華琳は再び白蓮に問う。

 

「平原は既に開放した。公孫賛、これより先の戦は無用よ。ここからは、陛下の勅を受けた我等が袁紹を討つわ」

 

 ――その決意は本物なのか?

 

 下がるのであればそれでも良い、自分達だけでも麗羽の軍勢は討てる。

 公孫賛は袁紹とは旧知の仲であり、何故か同伴している顔良と文醜を含めて仲が良い。

 かつて同じ私塾で学んだ自分よりも友誼は強いと華琳は聞いていた。

 そんな麗羽と戦えるのか、と。

 幾ら道を踏み外したとはいえ、公孫賛は袁紹を攻め滅ぼす覚悟はあるのかと。

 劉協が見込んだ才の持ち主の器、それが下す断は如何なるものかと華琳は蒼空を映す瞳で琥珀を捉える。

 失望させてくれるなと思う華琳を裏切ることなく、白蓮は蒼を見据えて口を開いた。

 

「断る。――曹孟徳、袁紹は我等が討つ。必ずだ」

 

「貴女に袁紹討伐の勅は下されてはいないわよ。――それでも往く、と? 或いは、我等を敵に回しても?」

 

 目を細めた華琳の言葉と同時に春蘭、季衣、凪達が各々の得物を構えて前に出る。

 付き従う兵達もまた、軍靴を鳴らしていつでも戦闘に移行できる構えを取った。

 

 ――それでも、白蓮は。

 いや、白蓮達は一兵卒に至るまで誰一人として動揺していなかった。

 彼女に付き従う全ての将兵(文醜と共に降った兵士達でさえ)は、ただ静かに華琳と対峙する主の背を見ている。

 

「――ああ」

 

 答えは短く、だが強い決意と共に発せられた。

 揺るぎのない、その琥珀の光を見た華琳は愛刀『絶』を抜き――

 

「――良し」

 

 ――その切っ先を刹那、白蓮に向け、すぐに地へと向ける。

 

「新たな天を奉ずる我が軍の全ての者に告ぐ!!」

 

 そして、華琳は辺り一帯に響き渡る声で宣言した。

 

「我等はこれより同じ天を抱きし同士と共に逆賊袁紹を討つ!!」

 

 ニヤリと笑い、白蓮に片目を瞑りながら。

 

 

 

 

 

「前線、間も無く敵軍と接触します!」

 

「来るか。――よし、交戦を開始する! 手筈通りにいくぞ!」

 

『はっ!!!』

 

 猛進してくる鍾会の部隊を見据え、高覧は大刀を握る手に力を籠める。

 

(儁乂の言った通りね。こちらの陣を見ている)

 

 相手は魚鱗の陣、勢い良く攻めてくるのは長蛇の陣を敷くこちらが左右へと動く前に接敵して少しでも動きを抑える為か。

 攻め手は今の天子が新規に登用した者と聞く、それだけに高覧は気分が滅入る戦いに光明を見出していた。

 

(あれが新しき世を紡ぐ者達か。――それと矛を交える機会を得たはなんたる誉れか)

 

 戦前に浴びせられた鍾会からの罵倒は気にしてはいない、なぜなら高覧自身も今の袁家に疑問を持っているからだ。

 

「まだだ。まだ引き付けろ――よし、今!!」

 

 なれば自分は何をこの戦に求める――自問しつつ、高覧は猛進するあまりに僅かな綻びを見せた敵前衛をカッ、と見据えると大刀を振りかざして馬を駆る。

 

 

 ◆――

 

 

「敵軍、動き出しました!」

 

「ここに至ってようやくか! ――だが判断が遅い!」

 

 間も無く弓兵の射程範囲内と言ったところで馬を走らせ始めた高覧達を見て、鍾会は駆ける足を緩めなかった。

 鱗の一枚目は勢いのままに敵先鋒に突き刺さる――それは、最早確定している事。

 後はその楔を基点とし、残りの鱗でその左右を抑えて敵先鋒のみならず中軍や後曲の動きも牽制する。

 

(――その機動力を活かす間などやらぬ!)

 

 司馬懿より忠告された長蛇の陣の特徴、それは名の通りうねる蛇の如く蛇行する動きを旨とする機動力と変化を活かした陣形。

 しかしながら忠告されずとも鍾会はその程度の事は把握済みであった。

 

(蛇は頭を捉えれば自ずと動きは鈍る。先鋒の高覧さえ抑えれば中軍や後曲がどう動こうとも!)

 

 迂回、挟撃、そのいずれも左右に配した鱗で止められる、と鍾会は見積もる。

 

「――接敵します!!」

 

「歩兵隊盾構え!! 弓兵隊は射撃を開始せよ!! 敵の勢いを封じ込める!!!」

 

『ははぁっ!!!!!』

 

 

 

 

 

 ――或いは、この場に派遣されたのが高覧だけならば鍾会の計算は正しかったかもしれない。

 

 

 

 

 

 だがこの戦場に限って、それは甘い目算だと言わざるを得なかった。

 

 

 

 ◆――

 

 

「――そろそろか!」

 

 茜色の瞳に首の半ばで切り揃えられた黒銀の髪、高覧と同様に傷だらけの鎧に身を包む少女は軍の最後方にいた。

 

「皆、一気に駆け抜けるぞ!」

 

『応!!』

 

 右の手に片刃の直剣、左手に短戟を携えた武人――張郃――は、檄を発すると同時に馬に鞭をくれる。

 疾風のように駆けだした張郃の後に、彼女が率いる一隊が怒涛の如く付き従っていく。

 前方、鍾会の部隊が左右に展開してこちらの動きを阻まんとする――が。

 

(――大丈夫)

 

 かねての打ち合わせ通り、こちらの中軍が左右に展開して敵の動きに合わせる。

 敵の視界から張郃の部隊が一瞬消えて、

 

「何っ!?」

 

「は、速い!!」

 

 狼狽する敵軍、その横を掠めるようにして通り過ぎていった。

 横切る際に一太刀も浴びせず、張郃はただ一点を目指して馬を駆る。

 

(狙うは一つ!)

 

 予想を超えた進軍速度に驚愕する鍾会の本隊すらも追い越し、張郃はひたすらに馬を走らせた。

 目指す先は、赤地に黒の司馬の牙門旗、ただ一つ。

 号令が下っていない為か敵が横を通っても勝手に隊伍を乱さず、ただこちらを驚愕の表情で見詰め、或いは指さす官軍の部隊すら目に入れず、張儁乂は一心に牙門旗を目指す。

 

「見えた! 皆、ここが死地ぞ!」

 

『応っ!!!!!』

 

 魚鱗の陣、最後方に控える本隊を完全に捉えた張郃は戟を天にかざして声を張り上げた。

 麗羽より預かった兵ではなく、張郃が育てた兵八百名はその檄に応えて闘志を燃やす。

 

「吶喊!!!!」

 

 当たれば砕けん、とばかりの勢いで司馬懿の隊に肉薄する張郃。

 彼女が死地と言った通り、どの道無事で帰するつもりはなかった。

 張郃と高覧は、この負け戦の中で袁家にも気骨がある者がいることを天下に示したかったのかもしれない。

 彼女達は、自分達の戦をただの意地と捉えてはいるが。

 しかしながら、その意地は見事に鍾会の思惑を覆した。

 

 

 

 

 

 ――或いは、官軍の大将が鍾会だったならば張郃の意志は成ったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 だが――

 

 

 

 

 

 一方、荀攸が江陵を落として十日経った荊北、襄陽で。

 

 西を翠と蒲公英、竜胆(張嶷)に輝森(李恢)、蓬命(馬忠)が轡を揃えて居並び。

 南からは月季、劉賢、刑道栄らが床子弩隊を城門前に整列させ。

 東からは黄祖を下した雪蓮達と朱儁の連合軍が夕日に照らされ、その軍装を更に紅く染めて迫った。

 北は既に皇帝劉協が治める地であり、襄陽の境には杜預、そして新規に登用された鄧艾(とうがい)が軍を率いて包囲の一角を成している。

 

 開戦前から流言などの謀はしても、ついぞ諜報を疎かにして劉璋の滅亡、袁術打倒後、迅速に兵を挙げた雪蓮らの情報を逐一入手出来ていなかった劉表は、事ここに至って完全に忘我した。

 お抱えの儒者や、洛陽から流れて来た元清流派もこの事態に右往左往どころか思考停止に陥る。

 そんな中、劉表の側室で蔡瑁の姉は子の劉琮(りゅうそう)と共に城下の民や名士達と談義の上、降伏を決意した。

 呆けた劉表や、責任の擦り付け合いをする儒者らにこの動きを止める事など出来よう筈も無く、城の門は包囲されてから三日で開く。

 それは、武陵より月達が軍勢を率いて到着した当日の事であった。

 

 

 

 

 

 ◆――

 

 

「!? ――くっ!?」

 

 きぃん、と鋼と鋼の打ち合う音が戦場に高らかに響いた。

 一拍を置いて飛び退いた張郃は、驚愕の表情を浮かべて渾身の一撃を受け止めた敵を見る。

 

「あ~……もしかしてアンタ、私が剣も握った事無いとか思ってた?」

 

 そこには、困ったような顔をしてぼやく司馬仲達の姿があった。

 

「ま、そうだよね。世間一般で司馬八達とか言われてるけど、主に文官的な意味合いが殆どだし」

 

 ハァ、と溜め息を吐いた司馬懿は剣を横に一薙ぎし、左手一本で張郃を指し示すように構え直す。

 

 ――張郃の双撃を受け止めて尚、左手だけで平然と。

 

「だけどさ、考えてもみなって。例えば軍師ってのは、軍略が出来て尚且つ戦場に有っても騎馬の上で采配を振るえる者を言うよね?」

 

 灰色の長髪を鬱陶しそうにかき上げ、司馬懿は語る。

 

「んで、一軍を率いる大将ってのは」

 

 紅玉を想わせる瞳が未だ驚愕している張郃を捉え、

 

「指揮とかは言うに及ばず、いざって時には自ら剣を取って戦う者を指すわけ。んじゃ――――司馬仲達、いざ参る」

 

 その宣言と共に、司馬懿の顔から一切の表情が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 お待たせしました。天馬†行空五十話です。

 去年中に投稿したいところでしたがなかなか仕事との折り合いがつかず断念。

 前回よりやや遅れての更新となりました。

 さて、劉表との戦が今回で終結。

 次回はいよいよ麗羽vs華琳、白蓮、司馬懿の決着と行きましょうか。

 

 では、次回天馬†行空五十一話でお会いしましょう。

 それでは、また。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 超絶小話:盤外の駒

 

 

 交州は交趾郡、沢山の人で賑わう中央通りの一角。

”南安”、頑固な老婆が切り盛りする交趾でも老舗の飯店がある。

 お昼時で混雑する店の中に、その二人組の姿があった。

 

「――おおー! 美味しそうなのじゃー!!」

 

「わーいい匂いですねー。これは並んだ甲斐がありましたね、お嬢様?」

 

「はぐはぐはぐ」

 

「ああ、そんなに急がなくてもご飯は逃げませんよー?」

 

 蜂蜜色の長い髪を持つ童……もとい少女は一心不乱に餡かけ炒飯をかき込み、藍色の短髪の少女が困ったようにも嬉しそうにも見える笑顔でその様を見ている。

 店の中程、四人掛けの卓で昼食を採るその二人に料理を運んでいた給仕の少女が申し訳なさそうに声を掛けた。

 

「すみませんお客様、相席をお願いしたいのですが……」

 

「あ、はいはーい、構いませんよー」

 

 一瞬だけ残念そうな顔をする少女――七乃――だったが、すぐに笑みを浮かべて給仕の娘に返事をした。

 

「有難うございます! あ、おかみさん! こっちですー!」

 

「あいよー」

 

 七乃の返事にぱあっ、と表情を明るくした娘が店の入り口付近に声を掛けると、七乃の前でご飯を食べる少女――美羽――とよく似た声が返ってくる。

 

「いやー、突然だけどお邪魔するね。――よっと」

 

 現れたのは美羽と同じくらいの背丈の少女。

 桜色の瞳と同色の髪をお団子にして両耳の辺りに結わえている少女は七乃の正面の席に座るとにぱっ、と笑った。

 

「揚さーん、いつものー!」

 

「あいよ! 少し待ってな!」

 

 卓に着いた少女は七乃に一礼した後、店の奥に向かって声を掛ける。

 店主がすぐに答えるあたり、常連客なのだろうと七乃は思うが、

 

(あ~……目を閉じるとお嬢様が二人いるみたいですね~……うふふふふ~)

 

 ふと思いついて目を閉じると思った以上の名案だったらしく口元がだらしなく歪んでいた。

 

「? お~い? お嬢さん、食べないのかい?」

 

(ああっ! お嬢様の声で「お嬢さん」なんて呼ばれるなんてっ! うふ、うふふふふ~)

 

 少女――葵(黄乱)――がハテナ顔で声を掛けるも、既に自分の世界に旅立っている七乃にはその声は届かない。

 

「あぐあぐはぐはぐむぐむぐむぐ……ふぅ~。? 七乃? この幼子は誰じゃ?」

 

「おさ……黄乱だよお嬢ちゃん。お連れの人は何か――ってうわ!? なぜ鼻血!?」

 

「ぎゃー!? な、七乃! 鼻、鼻から血がー!? というか、ご飯に掛かるのじゃー!!?」

 

 自分の分を食べ終わった美羽がようやく葵に気付いた瞬間、同時に七乃がエライ事になっているのに気付いて慌てるのだが――

 

 

 

 

 

「ちゃんと拭いときな」

 

『ゴメンナサイ』

 

 

 

 

 

 ――葵の頼んだ料理を持ってきた揚婆さんの一喝で即座に終結したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
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