「雪春!!」
病室のドアを勢いよく開けて、秋穂が飛び込んできた。
目に涙を浮かべ、息を切らせて、悲壮な表情が痛々しい。
「院内ではお静かに」
矢崎の寝ているベッドの前で医者と思しき中年の男が心電図とにらめっこしていた。
「一体、何があったんですか!?」
秋穂は注意の声も頭に入らなかったのか、大声で医者に詰め寄る。
「だからお静かに、こっちが聞きたいですよ。腕や肋骨の骨が何本か砕けてる、鈍器で殴打されたと思うのですが・・・」
「そんなはずありません!!雪春はとても強いんです!!こんな大怪我ありえません!!」
「しかし、現状はそう言ってないんですよ」
医者がベッドに目をやる。
そこには包帯とギブスに巻かれた矢崎の姿があった。
「なんで、こんな・・・」
秋穂は床にへたり込んでしまう。
涙が床を濡らした。
「幸い、命に直結する怪我もごく僅かです、安静にしてれば良くなるでしょう、怪我は・・・」
歯切れの悪い医者の言葉に秋穂が噛み付いた。
「怪我はってどういうことですか!!後遺症でもあるんですか!?」
「落ち着いて聞いてください、先程精密検査をしたところ、心臓性喘息が発見されました」
聞きなれない言葉に秋穂は言葉を失ったが、病名を聞く限り深刻な病状だというのは理解した。
「雪春はどうなるんですか・・・」
自身の体から力が抜けていくのを秋穂は感じていた。
「治療方法もあります、が今までどおりのような生活ができるとは・・・」
「そんな・・・」
「今日はもう遅い、お帰りください」
医者はナースコールを押し、タクシーの手配を看護士に頼んだ
秋穂は足取りも重く、ゆっくりと自宅への道を歩いていた。
タクシーに揺られるより、自分の足で歩いたほうが気が紛れると家の数キロ手前でタクシーを降りていた。
不意に足をもつらせ、秋穂は寒空の下で思いっきり転んだ。
(惨めだな~)
秋穂の思考が幾度と無くその言葉を繰り返している。
(いつもいつも、守ってもらうばかりでさぁ。アイツが危険な目に会うってわかってたのに・・・)
秋穂は矢崎の怪我に思い当たる節がある。
(私のせいだよね・・・)
涙が一滴零れたら、もう歯止めが利かなくなった。
「何、泣いてるんだい?」
ふと声を掛けられ、秋穂は顔を上げる。
そこにいた男は優しい微笑みを浮かべ手を差し伸べている。
「もう君を縛る奴はいないんだよ」
秋穂はその言葉に息を呑んだ。
よく見れば男の服には若干血のようなものがついていた。
「・・・まさか」
「うん、あいつは君を不幸にするからね、僕が成敗してあげたよ」
にこやかに秋穂の手を取る。
「離して!!」
秋穂は思いっきり手を振り解いた。
「あなたが・・・!!!」
「君のためを思ってじゃないか、何を怒ってるん・・!?」
秋穂の平手が男の頬を捕らえた。
「・・・痛いなぁ、なんでこんな事をするんだい?」
「あなたが・・・、雪春を!!」
「あんなのがいいのかよ!!賢い女性だと思っていたが、そうでもなかったようだ」
男は懐からナイフを取り出した。
「あいつをやったバットは曲がっちまったからな」
ナイフを片手に秋穂に飛び掛る。
非力な秋穂に抵抗の術は無かった。
ナイフの刃は秋穂の腹部に埋まっていく。
「惚れた女だからね、殺しはしないよ。でも、本当に幸せになりたいなら、男を見る目を養わなきゃ」
男は薄ら笑みを浮かべて闇に消えていった。
程なくして救急車とパトカーのサイレンが聞こえてきた、男は離れた場所から通報したようだ、秋穂はその音を聞きながら、胸中で決心していた。
(できるなら・・・、私の心臓を雪春にあげよう・・・、私がアイツにしてあげられる最初で最後のこと)
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