No.820190

主従が別れて降りるとき ~戦国恋姫 成長物語~

第2章 章人(1)

いろいろ考えましたが、恋姫と戦国恋姫で次の話ができたほうから順々にupしていくことにします。

2015-12-22 21:19:51 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1318   閲覧ユーザー数:1255

13話 章人(10)

 

 

 

 

 

「少しは慣れた?」

 

「こうやって章人殿につかまって乗っているのには慣れました……。そこまで怖くありません」

 

恐怖から、最初はきっちり抱きついていた木下秀吉だったが、ようやく慣れて軽くつかまる程度になっていた。もちろん、章人は馬があまり速度を出さないようにきっちりと扱っていた。

 

「何より。馬は決して怖い動物ではないから、きちんとつきあってやればいい」

 

「どうやったらそんなに落ち着かせられるんですか?」

 

「態度で支配者は私だと理解させることかな。もちろん心を開かせる必要はある。そのときには必ずしもいい方法ではないし、信頼関係を築いて馬に乗るのが最善ではあるけれど、そんなことに時間をかけていると数ヶ月あっという間に過ぎてしまうことを考えれば、それはとても重要なことだ。いきなり乗るにはそれが手っ取り早い。

 

お、わかったわかった。大丈夫だよ。

 

とこんな具合にある程度話していることがわかるくらいには賢い。ただ……。そうだね。今『決して怖い動物ではない』と言ったけれど、馬は本気を出せば人を殺すこともできる。これは覚えておかなければいけない。

 

といっても、柴犬のような子犬でもかまれれば指がなくなることはあるし、大型犬ならば殺されることもあるからそれと大して変わらない。それでも『殺せる』ということだけは覚えておくべきだ。どこまで本当かはわからないけれど、あの頼朝の死因は落馬となっているくらいだよ。

 

だから、今後仮に侍になったり久遠から許可されたりして馬に乗れるようになっても、私の許可がないときは一切乗ってはいけない。誰かの後ろでもだめだ。誰かに何か言われたら『章人様から禁止されています。許可は絶対に守らなければいけません』とでも言うことだ。もちろん、落馬でなくとも足で蹴られて死ぬ人もいる。それも含めて気をつけなければいけない」

 

章人の言葉に反応して馬はいなないた。もう自分は章人のことを信頼しているのになんてこというんだ、とでもいうように。

 

「誰かの後ろでも、ですか?」

 

「ああ。いまのところ、私から見て安全に後ろに乗せられるのは壬月と麦穂だけだ。ただ、あの二人でも冗談で急発進させたりしないとはいえない。向こうは冗談か“修行”と称してやるわけだろうけど、慣れていない人がやられると落ちる可能性は充分にある。後ろに石があったりして当たり所が悪いと死んでしまう」

 

木下秀吉はそれを聞いて血の気が引いた。確かに、織田家中の将ならば誰でも「修行」と称して急発進させることくらいやりかねない。まして安全に乗せられるのが二人だけというのでは、とても乗る気はしなかった。

 

「わかりました……。でも、急がなくても大丈夫ですか? 少しは慣れましたし……」

 

「場所は聞いたけど、このくらいの速度でも充分間に合う。今日は挨拶をして、向こうの反応によっては話を出して終わりだ」

 

「今日で決めたりはしないんですか?」

 

「まさか。そこそこ難しい話だし、これまで家老と家中でも格の高い将が失敗している話を即答で受けるような頭領では、まず成功しないだろう」

 

「もし即答で受けたらどうしますか?」

 

「金を想定よりかなり安くして、場合によっては破談にするだけだね。こちらはまだ久遠に正式に話を通したわけではないから、厳密な予算は出ていない。そこをうまく使えばいい」

 

すでにそこまで計算しているのか、と考えると言葉がなかった。もちろん、交渉ごとに自分が口を挟んで潰すわけにもいかない。友人がうまく対応してくれることを願うだけ。

 

章人は書類仕事をしている間に、柴田勝家たちがどのくらいのお金を使って墨俣の作戦をやったのか、ということも調べていたので概算はつかんでいた。しかし、概算を相手に伝えてしまえば値段交渉は確実に失敗するので、あえてまだ金銭の話は信長にも一切通していないのだった。

 

「なるほど……。あの、章人殿が“別の世界から来た”ということを聞いてからずっと聞いてみたい質問があるんですけど、聞いてもいいですか?」

 

“別の世界”それがどういうものなのかは章人から聞いた話をもとに自分で想像するしかないのだが、木下秀吉は気づくとその想像を膨らませているほど、章人の世界のことが気になっていた。何せ聞くことすべてが目新しいのである。

 

「どうぞ。答えられることなら答えるよ」

 

「この世界に来て、よかったと思っていますか? 毎日は楽しいですか?」

 

「とてもよかったし、毎日楽しくてしょうがない。そういう人はきわめて少数派だと思うけれど、私にとっては最高の日々だ」

 

「楽しくない人もいるんですか……?」

 

「不特定多数の人一万人に『行くか』と質問して『行く』と答えるのが十人いるかいないか。その中で七日保つ奴が果たしているか、という感じだろうなあ。一度“便利”を知ってしまうとなかなか戻れない。

 

たとえば、私たちはいま、蜂須賀さんのところに馬で向かっているわけだけれど、その10倍以上の速度で動く乗り物があったり、押すだけでろうそく100本分くらいの明かりが一瞬でついたりする道具があったりする。

 

夜、ちょっと目が覚めて小水に行こうとしたらあたりは真っ暗で、感覚だけで遠くまでいかなければいけないということだけで“こんなはずじゃなかった”と思うだろう。ついでにちょっと何か食べたくても何もない。夜食におにぎりでも作っておけば話は別だけど、それくらいしかない。もちろん真っ暗闇で街には出歩けない。普通は保たないだろう」

 

 

茶道の修業でほぼ冷暖房すらないところで1年の休日の大半を過ごしたことのある章人でさえ、この世界の暮らしは自分の常識を打ち破る日々の連続だった。一言で言えば、“無い無い尽くし”元の世界にあるものを探すのが難しいのである。あるものなど布団くらいだろう、と思っていた。それでさえ、自分が使うのは羽毛布団にマットレスなので木綿の普通の布団は初めてである。そんな暮らしでありながら、章人にとっては本当に楽しかった。情報過多で、先の予定をすべて手帳に書こうと思えば書けるような予想のできる暮らしではなく、明日は何をするかすら厳密には決めず、時間で動くわけでもない生活である。ある意味では前以上に自己を律する必要があるが、それだけ自由度が高かった。そして、何より楽しい理由が二つあった。

 

「なら、どうして章人殿は?」

 

「私の楽しさを簡単に言えば“追体験”と“勝負”だ。」

 

「追体験と勝負?」

 

「そうだね……。たとえば、かつてこんな問題が出されたことがある。『百姓と農民の違いを2つ挙げて、百姓と農民の関係を説明せよ』。さて、ひよならどう説明する?」

 

もともとの問題となっている時代は“近世”なので基本的には江戸時代の農民と百姓の違いを指すのだが、この世界で実際に“違い”を確認して、ここで聞いても問題ないと章人は判断したのだ。

 

「うう……。お百姓さんになれなかった私に聞くんですか……。一つは、百姓は農業だけじゃなくて、漁業とか林業もやる人のことで、もう一つは、村の運営にいろいろと口を出せて土地を持っているのが百姓で、自分の土地を持っていないのが農民、ということをいえばいいんですか?」

 

「そう。私はそれを“知識”として知っている。そもそもこんなことを知っているのは一万人に一人くらいじゃないかと私は思うけれども、ともかくも私は知っている。しかしそれは“本”を読んだことによる知識として、だ。

 

わかるかな。過去の出来事を私が知る方法はただ一つ「知識」として伝聞で本を読むか人から聞くしかないんだ。もちろん、“考察せよ”“論ぜよ”と言われれば自分の頭で考える必要はある。けれど、それを構成する道具はすべて“伝聞”による知識なんだ。

 

例を挙げれば、ひよは聖徳太子、つまり厩戸皇子が役人の心構えとしてあるものを制定した。それは何か、と聞かれれば『十七条の憲法』と答えられるかもしれない。あるいは、平安時代の貴族の女性たちはどんな服を着ていたかと聞かれれば『女房装束』と答えられるかもしれないし、当時の基準に照らし合わせればひよも久遠もここにいる女の子は全員不細工だということも理解できるかもしれない。しかし、それは“知識”だ。自分が実際に見たわけではない。わかるかい?」

 

「不細工なんですか……。まあ意味はわかりますけど……」

 

「“おかめ”って見たことあるかい? あれとか能面みたいな顔しててまっすぐな髪が身長の倍くらいあるのが超美人だ。バケモノだ。まあ実際は和歌をすぐ返せるような教養が大事だったみたいだけど。

 

いま、私はここでその“知識”が本当だったと理解しているんだ。それが“追体験”だよ。もちろん違うところもあるけれど、文化や社会経済についてはほぼ同じといってもいい。

 

街に行く、遠乗りで村を見る、それによって実際に文化に触れる、どれもこれも、ふつうに人生を送っていては絶対にできないことだ。だから楽しくてしょうがない」

 

「あんまり見たくないですね……。定子様は悲劇の中宮であこがれだったのに……。なら、章人殿のいた世界から何か一つ、道具を持ってきてこの世界での暮らしを楽にできるとしたら何を持ってきますか?」

 

藤原氏の争いの中でも、道隆の娘として中宮になった定子は政争に使われた挙げ句病気で死んでしまい、“悲劇の中宮”として印象に残っていたのだった。

 

次なる疑問はそれである。どんな道具があるのか、その中から章人ならば何を選ぶか、気になって仕方なかった。

 

「普通に考えたら携帯一択だけど、おもしろくないから冷蔵庫だろうなあ。たいしてほしいとも思わないけど」

 

「携帯?」

 

「そう。この世界で手っ取り早く勝つためにはそれしか選択肢はない。簡単に言えばだけど、私と城にいる久遠が話すことができる道具だ。やろうと思えば地図上でお互いがどこにいるか印をつけられる。

 

つまり、私が墨俣に行ってそれを使えば、久遠に墨俣の状況を見たまま説明できるんだ。普通は自分が城まで戻るか誰かに口伝なり書状を使うなりして伝えるしかないけど、携帯があればその必要は全くない。だから、“何か一つ”と考えればそれしかないけれど、しかしそれがあるとおもしろくない。どこの群雄だって情報伝達を早く、正確にわかりやすくするにはどうすればいいかを考えているときに、そんなのがあったらねえ……。私も情報伝達をどうしようかいろいろ考えているけど、そんなものは仮にできても使いたくないね。もちろん、相手も使えるならやむなしだけど、そうでないならいらない。ちなみに冷蔵庫というのは年中“雪の中”くらいの温度に保てる箱のことだ。冷たい水が飲みたくても井戸からくむしかないし、肉も魚も野菜もそのままおいておけば腐ってしまうよね? でも、その中に入れておけば数日は保つし、あるいは凍らせることもできる。そうすればかなり保つから食糧不足に陥りにくい。私も、久遠も、ひよも、もちろん馬も、何も食べない飲まないではそのうち死んでしまうから、食糧事情は考える必要がある」

 

もちろん、連射式の銃から飛行機、車、石油まで、あれば便利なものはキリがないが、たった一つだけ、といわれれば章人が思いつくものは携帯電話だった。車や飛行機ほど環境を悪化させるわけでも、銃のように人を殺せるわけでもない。しかし、携帯電話は間違いなく戦争から外交まで、すべてを一変させうる力を持っていた。

 

この世界の“消滅”を早めかねないそれらの兵器を除外して無難で便利なもの、といえば冷蔵庫くらいなのだった。薬という手もあったが、そこはある程度“自然の摂理”に任せるべきだろう、と考えていた。

 

「確かにそんなものがあったらものすごく便利ですね。“おもしろくない”ってそもそもおもしろがられても困りますけど……。もう一つ“勝負”というのは何なんですか?」

 

「主に、さきほど言った“武田と組んだ”奴かな。かつて、私は彼女が唯一“自分より能力的に勝っている唯一の人物”だと思っていたし、それは今も変わりはない。、かつて、一時的に別の立場になったことはあったけれど、それは意図的にそうしただけで、最終的には同じところを見て示し合わせたことだった。しかし、今は違う。完全に陣営は分かれている。織田と武田の利害関係がかみ合えば一時的に何かすることはあるかもしれないが、それだけだ。私は向こうの考えを見破らなくてはならないし、それは向こうも同じ。ある種の知恵比べとでもいうべきかな。

 

彼女が自分の予想の上をいってくれることをどこかで期待しているし、それ以上に向こうを正当な手段でねじ伏せたいと思っている。将来にわたって、“敵対”することは絶対にあり得ないと思っていた。しかし心のどこかでは“敵対”したらどうなるのかを常に考えていた。その機会が来てしまった。これほど心躍ることはない。彼女は謙虚だから自分より能力的に勝る者なんてたくさんいると本心から思ってはいるけど、それでも私と一度は完全に敵対してみたらおもしろいし、それは幾度となく考えたとは言っていたよ。絶対に負けたくない、ともね」

 

「私、というか織田家中からするとおもしろがられても本当に迷惑なんですが……」

 

「障害は大きいほうが越え甲斐があるだろう? 平坦な地面を歩くだけでは衰えて、そのうち歩けなくなるのと同じだ。人生おもしろくなければ意味がない。

 

もちろん、美濃の斎藤家をはじめ敵は山ほどいる。その中で最も強大なのが武田、というだけの話だし、他の群雄とどう渡り合っていくのかもある。いずれにせよ楽しくてしょうがない。何せ、織田ははっきり言って“弱小”勢力だ。そこからどうやっていくかというのはやっぱりおもしろいよ。もちろん、そんな言い方は不謹慎なのだけど、他に言い方もない。最初は“武”もどうなのか楽しみだったけど、壬月や麦穂が最弱の部類に入るわけでもなさそうだからそっちは考えないことにした。半分よりは上でしょ?」

 

章人自身、元の世界で“無敵”状態だった自分の武を越える者がいるという期待はもちろんあった。しかし、悲しいことそれは打ち砕かれた。柴田勝家も、丹羽長秀も、皆が“弱すぎる”のだ。自分の能力を考えれば当たり前の結論ではあったのだが、やはり実際に知ると少なからず悲しみはあった。

 

「私の推測ですが、あの二人より上なのは松平の本多忠勝殿や武田の馬場信房殿、山県昌景殿らごく数人でしょうね……」

 

「だろう? 向こうもあの演舞ではせいぜい8割だったろうけど、こっちは2割前後のお遊びであれだから武で楽しむのは期待するだけ無駄だろう。その分、知略は相手もいろいろいるし、織田をどう持って行くかも含めて発揮し甲斐があるからありがたい」

 

「本気を出さないのは相手に失礼ではないのですか? 少なくとも壬月様たちは殺すつもりがないというだけで全力でやっていらっしゃいました」

 

木下秀吉の常識としては、真剣勝負ならば全力を以て臨むのが最低限の礼節である、というのがあった。

 

「本来はそうなんだろうけど、私の戦い方はそうじゃない。本気でやれば、常に相手には“心が折れる”という危険がつきまとう。壬月も麦穂も、もちろん犬子たちも、味方の主力だ。永遠に元に戻らなかったり、あるいは1年、戦線離脱しましたでは笑い話にもならないだろう?」

 

「心が、折れる?」

 

「相手の骨の髄に、私に反抗する気など起きないようにたたき込むんだ。そうなると、武器を持つことがそもそも怖くなってしまうこともよくある。そのうち、なんとか一家とかいう荒くれ者どもがそうなる様子が見られると思うよ。

 

さて、あとは一本道を歩くだけだ。最後は歩いて行こうか」

 

そのうち“なんとか一家”をどうするか、それも少し楽しみだった。

 

「歩く、ですか?」

 

「家の前まで馬で乗り付けて『喜べ、俺様に協力させてやるぞ』なんて頼んでうまくいくと思うかい?」

 

「うまくいきそうになかったら破談させよう、という人のやり方じゃないですよね?」

 

「“それはそれ、これはこれ”だよ。うまくいくならばそれにこしたことはない、というのは間違いない」

 

 

敵わないなあ、という当たり前のことを再確認したが、しかし間違いなく目の前にいるのは織田で知略も政略も武力も一番の人物である。その人物の唯一の部下として自分が認められているらしい、というのは木下秀吉にとってとても嬉しいことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

後書き

 

作中に出てくる“問題”はたまたま見つけた某大学の入試問題ですが、読む分にはおもしろいと思ったので載せました。“農民と百姓の違い”などの理解を深めるには『日本の歴史をよみなおす(全)』網野善彦著、ちくま学芸文庫、などを読むと良いと思います。


 
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